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風立ちぬ

引退宣言をした宮崎駿監督最後の長編アニメ

零戦の開発者である堀越二郎氏の半生と、堀辰雄原作「風立ちぬ」の悲恋をミックスした独自の物語になっている。

他にも、風に関する詩などが劇中で引用されており、風と飛行機がキーワードの物語と言って良いかもしれない。

堀越二郎氏の半生記として観ると、時間経過を夢で繋いだり、唐突に時間がジャンプしたりで、全体的に夢物語風にまとめてあるため、やや時系列的には把握し難い構成になっているし、技術的な解説も物足りないと感じる人もいるだろう。

ただ、観客の大半は、技術的なことにはずぶの素人…、つまり感心が薄いということを考えれば、娯楽としてはこうした形になるのも当然なのかもしれない。

個人的にも、専門的な知識等持ってないので、こういうファンタジー仕立ての方が観易かったのは確かである。

とは言え、では、娯楽映画として面白かったかと言えば、正直微妙だったような気がする。

戦前の描写や、モッブシーンの描き込み等、随所に魅力的な要素があることは分かるものの、たびたび登場する夢の中の飛行機のシーン等、過去の宮崎映画で何度も見て来たことの繰り返しに過ぎないようにも感じる部分も多い。

やはり、全体的な印象として「新しいものを観た!」と言う感動は薄かったように思う。

おそらくそれは、描いている宮崎監督自身も分かっていることであり、そのことが引退を決断させた一因なのかもしれない。

持てるイメージはことごとく出し尽くしたと言う自覚があるのだろう。

だから、この作品は、宮崎監督の趣味性のみで構成されたような部分があり、メッセージ的なものはほとんど混入していない感じがある。

もちろん、全くメッセージ性がないということではないが、今まで描いて来た作品以上に目新しいものはなく、無難にまとめた印象が強い。

それは、戦争を描く以上、下手な読み違いをされたくないと言う配慮もあるだろうが、誤解を恐れずとことん描いてみると言う気迫と言うか、情熱のようなものも失せたと言うことなのだろう。

宮崎さんの年齢を考えれば、もはや、若い頃のような奔放なイメージやパワーを期待する方が無茶なことは分かる。

とは言え、この映画には、これから未来を担う若い世代へのメッセージは含まれていると思う。

日本にも貧しかった時代があったこと。海外の技術の物まねばかりしているとバカにされていた時代があったこと。

そういう過去を多少なりとも若い世代の人たちに伝える意味合いはあると思うし、劇中の二郎に、宮崎さん本人のアニメ職人としての人生を重ねるような見方も出来るだろう。

とにかく、若いうちは全身全霊仕事に打ち込め!がむしゃらに突き進め!夢をどこまでも追い求めろ!…と言うような先輩から後輩たちへの継承の気持ちは十分に汲み取ることが出来る。

とにもかくにも、これだけの長編を完成させただけでも良かったと言うべきだろう。

今はただ、長い間、ありがとうございました。ごくろうさまでしたと宮崎監督には感謝する他はないように思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2013年、スタジオジブリ+日本テレビ+電通+博報堂DYMP+ディズニー+三菱商事+東宝+KDDI、宮崎駿原作+脚本+監督作品。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」(ポール・ヴァレリー 堀辰雄訳)

蚊帳の中で、妹の加代と一緒に寝ている少年堀越二郎

いつしか二郎は、屋根の上に上り、大棟の端に取り付けていた飛行機に乗り込むと、エンジンを吹かし、プロペラが回転し出す。

飛び立った飛行機は、朝日が差し込んで来た田園地帯の上を飛び、橋の下を潜り、旅館に泊まっていた客たちが嬉しそうに手を振って来たので、操縦していた二郎も手を振り返す。

その時、上空を見上げた二郎は、奇妙な黒いシミのようなものが大量に蠢いているのを見つける。

良く見るとそれは、爆弾に乗った人影のようで、やがて雲間から、その大量の爆弾を吊り下げている不気味な超巨大飛行艇が姿を現す。

二郎はそこで目覚める。

メガネをかけると、蚊帳越しに庭が見えた。

学校に出かけた二郎は、訓導指導室の前で、先生から英語の雑誌を借り受ける。

その帰り道、土手下で下級生を虐めている学生を発見、降りて行って注意すると、逆ギレされたので、背負い投げして投げ飛ばす。

帰宅すると、母(声-竹下景子)が、顔を擦りむいた二郎を観て、まあ、勇ましい姿ですね。喧嘩はなりませぬよと優しく諌める。

二郎が帰宅したことを知った加代は、笹取りに行きましょうとせがむが、二郎が、お勉強と言い、部屋で雑誌を読み出したので、しつこく寄り添い、雑誌に載っているイタリアの設計家カプローニ伯爵の名を教えてもらうが、兄の顔に怪我を見つけると、赤チン塗りましょうと御節介を焼く。

夜、屋根に寝そべって夜空を見上げている二郎の所にやって来た加代は、同じように横に寝そべると、流れ星をたくさん発見する。

二郎は空に、イタリアの国旗の色である赤、白、緑色に翼が塗られた飛行機が飛んで来たのを発見する。

複葉機を草原で観ていた外国人は、イタリアの設計家カプローニ(声-野村萬斎)のようだった。

同じ草原に現れた二郎に気づいたカプローニは、ここは私の夢の中だったはずだが?とちょっと戸惑うが、二郎は、僕の夢の中でもありますと答える。

カプローニに、飛び去って行く飛行機を観ながら、彼らは戻って来ない。敵の町を焼きに行くのだ。だが、戦争はじきに終わる。乗りたまえ、日本の少年。戦争が終わったら飛行機を作るのだと言いながら、夢の中の飛行機に二郎を案内する。

爆弾の代わりにお客を乗せるのだと言いながら、カプローニは、夢の飛行機の中を二郎を連れ、翼の上まで案内する。

平行して飛んでいる六つの翼がある巨大飛行機を二郎に見せたカプローニは、どうかね?美しかろうと問いかける。

二郎は、はい!壮麗です!と答える。

100人の客を乗せ、大西洋を横断するのだとカプローニは語る。

近眼でも設計士になれますか?僕は近眼なので、飛行機の操縦士にはなれないんですと二郎が聞くと、私も飛行機の操縦は出来ない。作る人間だ。設計家だ。飛行機は戦争の兵器でも商売の道具でもない。夢を形に出来るものだ。さらば少年!とカプローニは語る。

勉強机の前で寝ていた二郎は、母に揺り起こされる。

時は飛び、大学生になった二郎は、帰省していた国元から汽車に乗り、東京に帰って来ていた。

三等車の席に座っていた二郎は、立ち上がって側にいた夫人に席を譲ると、二等車との連結部分のデッキに腰を降ろして本を読み始める。

その時、二等車のデッキ部分から気持ちが良いわと言う娘の声が聞こえて来たので目をやると、金持ちの令嬢とその付き添いの女2人が立って車窓の景色を眺めていた。

その時、二郎のかぶっていたカンカン帽が飛ばされたので慌てるが、二等車側の令嬢がキャッチしてくれたので、ナイスプレイ!ありがとうと礼を言う。

令嬢は外国語で語りかけて来たので、二郎も外国語で答える。

令嬢と付き添いの女は二等車に戻り、二郎は又デッキに座り本を読み始める。

暗い地の中に赤い亀裂が走り、家並みがうねり、線路も波打つ。

二郎は手すりに思わずしがみつき、地震だ!と直感する。

停まった機関車から降りる客たち。

機関室が爆発するぞ!と叫ぶものがいる中、二郎も逃げ出していたが、振り返ると、先ほどの令嬢の付き添いのお絹と言う女中が怪我をしたのか、動けないでしゃがみ込んでいるのを発見、駆けつけて女の足の様子を観ると骨折している風だった。

二郎は持っていた計算尺を当て木代わりにお絹の足の応急処置をするが、お絹は、お嬢様、汽車が爆発しますと早く逃げるように促す。

汽車は爆発等しないとお絹の言葉を否定した二郎は、お絹を背負って、土手を降りる。

自分のトランクを持ってついて来た令嬢に、家はどこ?と聞くと、上野だと言うので、そこまで送ろうと二郎は言う。

君たちの荷物は?と聞くと、令嬢は良いですと答える。

二郎は上空に、イタリア製の飛行機が飛ぶ幻影を観、取りあえず、避難民でごった返す上野近くの神社までたどり着く。

その時、余震で神社も倒壊してしまうが、母親に縫ってもらった新品のシャツに水を含ませたものを持って来た二郎は、井戸が涸れてしまったと言いながら、お絹と令嬢に水を与える。

お絹にトランクを預けると、令嬢と共に上野の屋敷にたどり着く。

家の前で、令嬢を心配して様子を見に出て来ていた家人2人を連れ、再び、神社に案内した二郎は、ではよろしくと挨拶すると、名も告げず、その場を立ち去ったので、お絹を背負った庭師風の男は、良い男じゃねえか!なぁ、お絹…と嬉しそうに語りかける。

大学に駆けつけた二郎は、学校も炎上しており、級友の本庄(声-西島秀俊)らが、構内から書物を外に運び出している所だった。

航空研究所は?と二郎が聞くと、深川は火の海だと答えた本庄は、空を飛んで行く火のついた大きな戸のようなものを観て、火が移るぞ、東京は壊滅だ…と呆然とする。

その時、カプローニのハガキを見つけた二郎は、その文章を読み、カプローニさんの夢は壮大だと感心する。

カプローニは、完成したばかりの飛行機の試運転をフィルムで撮影させていたが、水面から飛び出した飛行機は、すぐに分解し墜落してしまったので、カプローニは慌てて、カメラを止めさせ、中に入っていたフィルムを抜き取る。

まだ風は吹いているか?日本の少年よとカプローニから語りかけられた二郎は、吹いています。恐ろしい風が…と心の中で答える。

翌朝、焼け残っていた水道に並び、顔を洗った二郎は、上空を飛ぶ日の丸のついた飛行機一機を見つける。

授業が再開した後、昼休みになったので、本庄と一緒に、近くの「杉屋」と言う飯屋に昼飯を食いに出た二郎は、相も変わらずサバを注文する。

肉豆腐を頼んだ本庄は、いつも同じものばかり注文する二郎をマンネリズムだと批判し、日本は列強に比べ10年は遅れていると日本の後進性を嘆くが、二郎は、サバの骨を箸で掴んで見せ、美しいだろうと呟く。

学校に戻ると、小使いさんが、先ほど若い娘さんが掘口さんへと…と言いながら、預かったものを渡しに来たので、中を開けると、真新しい計算尺やシャツが入っていたので、驚いて校門の外まで出てみるが、もうその娘の姿は見つけられなかった。

下宿している小川荘に帰って来た次郎は、家主の女将さんから、お客様を部屋にお通ししておきました、女の方ですよと言われたので、少し浮き浮きして部屋に戻ると、そこで待っていたのは、妹の加代だった。

ニイニイのバカ!と待たされた不満をぶちまけた加代は、一緒に上京した母親はおじさんの所に言ったと教え、ずっと国元に戻って来ない兄二郎に文句を言う。

一銭蒸気に加代を乗せ、今日学校に来た娘のことを聞かせると、加代は、その方、好きなのよ、ニイニイのことが…とませたことを言うので、2年も前のことだ…と二郎は否定する。

その方の家に行ったことがあるの?と聞かれた二郎は、行ったよ、日が落ち着いてから一度だけ、路地で火が止まったらしい…と、令嬢の屋敷が無事だったことを思い出しながら答える。

加代は、こんなに東京が復興するとは思わなかったわと、船から川沿いの町並みを観ながら感心する。

そして、あの下宿に自分も暮らしてはいけない?父さんが1人暮らしを許してくれないのと加代が言い出したので、その頃は僕は名古屋だと二郎が教えると、私、大学で医学を学びたいのと加代は訴える。

二郎は、正月に帰るから、その時父さんに話をするよと伝える。

その後、二郎は、就職先の名古屋に汽車で向かっていた。

窓のカーテンを開けて外を観ると、線路を歩いていたらしき何人もの男たちが、後ろから来た列車を避けて土手に散らばるのが見えた。

名古屋駅には、先に名古屋入りしていた本庄が出迎えてくれる。

いよいよだな!と本庄が言うと、二郎も、いよいよだ!と張り切って答える。

車に乗り込み会社に向かう途中、二郎から線路を歩いていた人間たちの話を聞いた本庄は、それは仕事を探して町にやって来る連中だなと教える。

やがて、人ごみで車が通れなくなったので、何事かと外を観ると、亀八銀行の取り付け騒ぎのようだった。

不景気だ。俺たちが行く会社はもっと不景気だと本庄は言う。

彼らがやって来たのは、三菱重工だった。

設計室に案内してくれた黒川(声-西村雅彦)は、小柄で口うるさそうな男だった。

部屋に入り、二郎の机を教えた黒川は、設計課の仲間たちに新人の二郎を紹介すると、すぐに仕事に取りかかるよう命じる。

二郎は直ちに、計算尺を使って仕事に取りかかる。

そんな二郎の仕事ぶりを、黒川は観察していた。

二郎は、白いまっさらな飛行機が飛ぶイメージを思い浮かべていた。

昼飯を誘いに来た本庄と共に食堂に行った二郎は、その後、組立工場に案内される。

本庄に、今、取り付け金具の設計をやらされていると教えると、工場内に置いてあった飛行機にすでに取り付け金具はついていたので、その話を聞いていた工場長は、黒川さんらしい、新人しごきですねと苦笑するが、二郎もその辺は承知しており、見学した取り付け金具が、自分が考えたものと同じであることに不満を持っていた。

これじゃダメだと考えていたからだった。

その後、設計室に戻った二郎は、服部課長(声-國村隼)を黒川から紹介される。

設計図を覗き込んで来た服部課長に、二郎は、自分が考えているスチールの板羽を使いたいと願い出るが、一緒に聞いていた黒川は、そんなことしたら、主翼全体の改変をしなくてはならないと指摘する。

しかし、二郎は愉快そうにそうなんです!と言い、黒川から言われていた設計図は、もう出来ていると見せる。

それを確認した黒川は、完璧です!と驚いたように服部課長に伝える。

本庄と一緒に会社から帰る二郎は、そこに牛がいることに気づく。

飛行機を実験場まで運ぶために牛が使われており、この前なんか、時速3kmで2日もかかった。恐るべき後進性だ!と本庄は嘆く。

後日、その実験場での飛行実験に、二郎も黒川等と一緒に立ち会うことにする。

スピードを測ろうとストップウォッチを押した黒川だったが、それが壊れていることに気づき悔しがる。

同時にストップウォッチを押していた二郎が13.3秒!と教えると、遅い!エンジンの本調子が出ていない!と黒川は不満そうだった。

その日は、陸軍のお偉方が視察に訪れていた。

やがて、飛んでいた実験機隼は、突如空中分解してしまう。

パイロットは落下傘で脱出するが、飛行機は墜落し、無惨な残骸だけが残される。

雨が降り始めた中、その残骸を見つめていた黒川に、戻って2号機を作りましょうと二郎は声をかけるが、問題はもっと深く暗い…、隼に2号機はない。今日は我が社の技術を陸軍に認めさせるただ一回の機会だったんだと黒川は打ち明ける。

我が社は、ユンカース社の爆撃機を作ることになった。ドイツに行く要員として君を推薦しておいたと黒川は二郎に告げる。

チンチン電車で寮に帰る途中、二郎はまだ開いていた菓子屋に寄り、シベリアを2つ購入する。

その時、側に立っている、赤ん坊を背負った少女とその弟らしき少年の姿に気づいた二郎が、店主に素性を聞くと、毎晩親の帰りが遅くて、いつもああやって待っているのだと言う。

哀れに思った二郎は、その子たちの前に来た時、シベリアをお食べ、おなかが空いているだろうと差し出すが、警戒したのか、少女と弟は黙って逃げ去ってしまう。

寮に戻って来ると、同じ寮に住んでいる本庄が、隼の開発中止になったんだって?と言いながら部屋にやって来て、妙なものを食べてるな等と言いながら、テーブルに置かれていたシベリアを食べ始める。

今会った子供たちの話を二郎から聞いた本庄は、そりゃ偽善だ。その少女からにっこり笑って礼でも言って欲しかったのだろう。そんな子は今の日本には何十人もいるんだと指摘された二郎は、そうかも知れんと思い返しながらも、どうして日本って貧乏なんだろう…と呟く。

我が社がユンカース社に払う技術料だけでも、その子供たちが天丼とシベリア毎日食べてもお釣りが来るくらいなんだと皮肉った本庄は、二郎と共に自分もドイツに行くことになったと打ち明け、さらに、明日、東京に行って嫁をもらうんだと言う。

二郎と本庄は、選抜された他の社員や軍人と共に、ドイツに到着する。

しかし、工場の立ち入りは禁止と知った本庄は、ドイツ人はケチだと不満を漏らす。

その後、見せられた巨大なG-38の偉容に2人は圧倒される。

陸軍は一体どこと戦争するつもりだろう?と二郎が呟くと、アメリカだろうと本庄は予測してみせる。

何とか格納庫の中に入れた2人だったが、ユンカース社の社員たちの警戒振りは露骨で、金属工作を覚える良いチャンスだと感じた本庄や、ただ、美しい!と小型機を観て感動していた二郎たちを機体から遠ざけようとする。

彼らが言うには、日本人はすぐ真似をするかららしい。

しかし、そんな社員を呼んだ人物がユンカース博士だと気づいた2人は感激する。

ユンカース博士の許可が出たらしく、日本人たちは飛行する機体の中に同乗することも許される。

軍人に席を譲った2人は、翼の中の通路まで見学し、興奮する。

その奥には機関士の場所があったが、さすがにそこまでの立ち入りは許されなかった。

それでも、二郎と本庄は本場の技術を間近に観られ、大満足だった。

ホテルに戻って来た後も、本庄は、ユンカース博士は立派だが、ユンカース社はケチだと文句を言っていた。

二郎は、外は寒そうなのに、室内を暖めている室内のラジエーターのデザインも、ユンカース社ではないだろうか?などと感心していた。

本庄は、ドイツと日本の技術格差を嘆き、炬燵と飛行機は繋がらないとぼやくが、それを聞いた二郎は、炬燵と飛行機は繋がるかもしれないよと反論するが、俺たちは20年は遅れている!と不満を口にした本庄は、いきなり歩こう!ここにいたのでは脳が煮えくり返ると言い出す。

2人はホテルを出て、冬の夜の街を散歩する。

20年先を追おう。5年で1年追いつく!と本庄が言うと、それじゃ、ずっと追い続けることになる。

亀を追い抜けないアキレスだよ。何とか小さくても亀になることは出来ないのかな…と二郎が呟く。

近くの建物から、蓄音機が奏でる「冬の旅」の音楽が聞こえて来る。

その時、2人の目の前を人影が走り抜け、その後を追って来た数名の男たちが、2人に気づくと、日本だ!等と言って、再び先に逃げて行った男の後を追って行くのを観る。

逃げていた男は、格納庫にいた男だ!と本庄が思い出す。

雪の中に近づいて来る機関車の線路の方へ二郎

空を見上げると、雲間から日の丸をつけた飛行機が姿を現す。

ホテルへ戻り、風呂から部屋に戻って来た本庄は、もうベッドで寝ていた二郎に気づくと、日本の飛行機を1人で背負ってるような顔をしてやがると苦笑する。

そこに、社員仲間がやって来て、本社から電信が入り、我々は帰ることになった。本庄くんは当地に残留、堀越くんは西回りだ。つまり世界を観て来いってことだと告げる。

汽車の席に座っていた二郎の横に、突然、カプローニが座って来る。

まだ風は吹いているかね?日本の少年、私の引退飛行に招待しようと言うと、戸惑う二郎をデッキに引っ張って行き、思い切り飛べと命じ、まずは自分から飛び降りてみせる。

二郎も思い切って飛び降りると、今まで冬の世界だったのが、いきなり春の世界に変化しているのに気づく。

下の入口から早く乗りたまえとカプローニから指示された二郎は、巨大な観光飛行機のようなものに何とか乗り込む。

中には大勢の客が乗り込んでいたが、カプローニが言うには、みんな職工の家族であり、この機体も納品前のものらしい。

どうだね?と感想を求められた二郎は、壮大です!と、又、子供時代と同じように答え、古代ローマの建築のようですと感想を言う。

私たちの国は貧乏ですと訴えると、カプローニは、設計で託すのは夢であり、技術は後から付いて来る。貧乏なのは我が国も同じだと言い、飛行機の翼の上に案内すると、君派ピラミッドがある世界とない世界のどっちが好きかね?と問いかける。

私派ピラミッドのある世界を選んだとカプローニが言うので、僕は美しい飛行機を作りたいと思っていますと二郎は答える。

その二郎がイメージする白い機体が側に飛んで来たので、良い形だとカプローニは褒めてくれるが、まだまだです。エンジンもコクピットも形になってませんと二郎は答える。

ブラボー!美しい夢だ!とカプローニは絶賛し、私はこの飛行を最後に引退する。才能は10年だ。君の10年力を尽くして生きなさいと二郎に話しかける。

日本に帰国した二郎は、仲間たちと共に、懸命に設計の仕事に打ち込んでいた。

そんなある日、黒川からカフェ「ラライア」に誘われたのでついて行くと、そこには服部課長が待ち構えていた。

服部から見せられた注文書を読んだ二郎は、過大な要求だな…と思わず口走る。

君は入社何年になる?と服部から聞かれたので、二郎は5年ですと答える。

二郎が大抜擢されることになったのは、艦上戦闘機であった。

二郎は注文書を読むことに夢中で、服部からの問いかけにも気づかない有様だったが、やらせて頂きます!と答える。

本庄を一緒にやらせてくださいとも願い出るが、同期はライバルだ。組むと友情を失うぞと黒川は忠告する。

昭和7年

黒川と二郎は、航空母艦に飛行機で到着するが、着艦時、2人はエンジンから噴き出した油まみれになる。

黒川は、これが国産エンジンだ!と嘆く。

艦上で着替えさせてもらった2人は、甲板上で試作機の発射実験に立ち会うが、二機目に飛び立とうとした試作機は、そのまま海に墜落してしまう。

その後、二郎は、草原に大勢で押して来た新たな試作機の飛行実験に立ち会う。

その試作機は無事飛び立ち、立ち会ったみんなは、やったぞ!飛んだぞ!と歓声を上げる。

そんなある夏、二郎は避暑地軽井沢に出向く。

途中、丘の上でパサソルで日よけをし、油絵を描いている女性がおり、二郎とすれ違った中年男性にお父様~!と呼びかけたので、その娘らしかった。

次の瞬間、急に突風が起き、女性のパラソルが飛ばされて二郎の方に飛んで来たので、二郎は思わずパラソルを追いかけ、何とか捕まえる事に成功する。

それを観ていた女性は、ブラボー!ナイスキャッチ!と嬉しそうに叫ぶ。

二郎からパラソルを受け取った父親は、やあ、失敬、失敬、借り物をなくす所でしたと礼を言い、二郎は、ではこれで…と会釈してホテルへと向かう。

父親と会った娘は、お父様、私、失礼なこと言っちゃったと反省するが、同じホテルのようだから礼を言う機会はあるだろうと父親は答える。

草軽ホテル

自分の部屋で寝そべり、試作機が壊れるイメージを思い浮かべる二郎。

二郎は、地上に散らばった残骸の前になす術もなく立ち尽くしていた。

夕立の後、食堂で1人、スープをすすっていた二郎に、やってきた先ほどの娘が気づき微笑む。

二郎の方は、隣のテーブルで、新聞を片手に、山盛りのクレソンを食べている外国人に気づき、そちらに顔を向けた所で、その奥のテーブルにいる娘に気づき会釈する。

娘は怪訝そうな父親に、パラソル捕まえてくれた人と教え、二郎に気づいた父は、連れはいないんだな…と呟く。

翌日、散策に出かけた二郎は、昨日の娘のものらしい油絵の道具が放置してあるのを見つける。

さらに歩いて行くと、湧き水の場所に娘が立っており、振り向いて二郎に気づくと泣き出しそうな顔になったので、気を使った二郎は、僕戻りますと伝えるが、娘は、今、和泉にお礼を申し上げましたの。あなたと会えるように願っていたものですから…と言い、震災のときは本当にありがとうございました。里見奈緒子と申しますと頭を下げて来たので、あの震災時の令嬢だと思い出した二郎も、堀越二郎ですと名乗る。

その直後、豪雨に襲われた2人は、パラソルを相合い傘にしてホテルの方に戻って来る。

あなたの居場所が分かったのは、お絹が嫁に行く2日前でした。私たちにとってあなたは、白馬に乗った王子様でした。お絹に知らせたらさぞ喜ぶことでしょう。お絹、2人目の赤ちゃんを産んだんですよなどと、奈緒子は話しかけて来る。

絵、濡れちゃいましたねと二郎が持って来た油絵のことを残念がると、記念に取っておきますと直子は答える。

そうしているうちに、夕立は止み、パラソルを出た奈緒子は背後を観ながら、ほら、ご覧になって!と声をかける。

見事な虹が出ていたので、虹なんてすっかり忘れていた…と二郎も見とれる。

そんな所に、娘を案じた父親の里見(声-風間杜夫)が近づいて来て、娘が又ご厄介をおかけしましたと二郎に礼を言う。

夕方、里見親子と会食の約束をした二郎が、ベランダで煙草を吸っていると、隣に、あのクレソンを食べていた外国人が座って来て、自分も煙草を取り出すと、ドイツの煙草はこれが最後なので哀しいと話しかけて来る。

そのカストルプ(スティーブン・アルパート)と言う外国人は、あなたはドイツに行きましたね?とか、あなたはエンジニアですね?などとズバズバ言い当てるので、あなたはシャーロック・ホームズですか!と二郎は驚嘆するが、カストルプは、二郎がドイツの雑誌を読んでいること等を指摘し、種明かしをしたので、両者は笑って打ち解け合う。

ヒトラーの政権のことを二郎が聞くと、あれはならず者ですとカストルプは答え、二郎は自分が持っていた日本のタバコを勧める。

良い夜です…、ここは魔の山です。何もかも忘れます…と言い出したカストルプは、チャイナと戦争していること忘れます。国連脱退したことも忘れます。世界を敵にすることも忘れます…などと、今の日本を皮肉りながら、ドイツは破裂するとも言うので、戦争になりますか?と二郎が問いかけた時、里見がやって来て、娘が熱を出してしまったので、会食はキャンセルさせてくださいと言うので、二郎は承知する。

気がつくと、隣に座っていたカストルプの姿はいつの間にか消えていた。

夜、布団の中で本を読んでいた二郎は、足音が聞こえたので、何事かとドアを開け、廊下を見渡して観るが、もう誰もいなかった。

ベランダに出た二郎は煙草を吹かす。

翌日、ベランダに出て来た二郎は、誰が風を見たでしょう?…と、クリスティナ・ロセッティ(西條八十訳)の詩「風」を口ずさみながら手製の紙飛行機を飛ばそうとしていた。

カストルプもホテルの外にいた。

投げた紙飛行機は軒下に引っかかってしまったので、ベランダの柵に乗って、それを取ろうとした二郎だったが、隣の棟に泊まっていた奈緒子も、その様子に気づいたようで見つめていた。

紙飛行機に指先が触れそうになった時、突如柵の手すりが壊れ、危うく二郎は落ちかけるが、寸での所で屋根にしがみつき落下は免れる。

その弾みに、引っかかっていた紙飛行機は軒下を離れ、飛び立つと、奈緒子のベランダに落ちる。

奈緒子は、しっかり!と声をかけるが、二郎はジェスチャーで飛行機がそっちに落ちたと知らせる。

それに気づいた奈緒子は、紙飛行機を拾い、外に向かって飛ばすが、それを下で受け取ったカストルプが手を拡げてみると、紙飛行機が潰れていたのでがっかりする。

その後、二郎は、ゴムで飛ばす新しい紙飛行機を持って意気揚々と表に出る。

先端をゴムで引っ掛け、奈緒子のいるベランダ目がけて放った紙飛行機だったが、それを取ろうとした奈緒子は、思わず、身を乗り出し過ぎ、かぶっていた帽子が落ちてしまう。

それを二郎が慌てて拾おうと走る。

奈緒子は笑い、ナイスキャッチ!と声をかける。

そんな2人の様子を、ベランダのカフェから微笑みながら見つめるカストルプ。

夜、カストルプがバーでピアノを弾きながらドイツの歌を歌い出したので、同じテーブルに座っていた里見と二郎も唱和する。

歌い終わったカストルプは、ワインを飲みながら、二郎たちのテーブルに近づくと、お嬢さん大丈夫ですか?ここは魔の山、みんな直る。この若者、来た時、打ちひしがれていた。でも今は元気、恋をしたから。でも避暑地の恋はすぐ終わる…などと話しかけて来たので、それを聞いていた里見は、その相手とは…、まさかうちの娘では?と驚く。

すると、立ち上がった二郎が、お嬢さんとの付き合いを認めてくださいと申し出る。

里見が返事に窮していると、お父様、そのお話、お受けしてくださいと言いながら、二階から降りて来ていた奈緒子が声をかける。

その前にお話があります…と前置きした奈緒子は、2年前、母が亡くなりました。結核でした。私も同じ病気です。結婚するまでに立派に病気を治したい。待って頂けますか?と告白したので、10年だって待ちます!と二郎は即答する。

カストルプもおめでとうと2人を祝福する。

会社に戻った二郎は、ある日、本庄のいる工場に案内される。

そこで観た飛行機を観た二郎は、これは飛ぶ!風が立っている。本庄は日本のアキレスだ。20年を一飛びした。僕はアヒルだったと旧友の仕事を褒め、これを使わないかと、自分が描いた設計図を見せるが、ありがたいが、今は使わん。次のアヒルに使わせてもらうと答える。

その時、慌てた様子の黒川がやって来て、自分が乗って来た自転車を二郎に漕がせると本社に戻り、服部課長と3人だけになると、特高が二郎も調べている。思想犯を調べているようだ。お前は出張でいないことにしたと黒川は打ち明ける。

二郎は戸惑い、身に覚えがないんですが…と答えるが、俺の友人たちもやられたが、みんな身に覚えはなかったと黒川は教える。

そこに、二郎の部下たちが、ジュラルミンの押し出しで作った部品が届いたと持って来る。

箱を開けると、部品は「支那事変」を報ずる新聞に包まれていた。

その部品を手に取って観た黒川は、贅沢なものだ…と感心する。

その後、二郎は、黒川と服部が挟んで隠す形で車に乗り込み、秘密裏に会社を出る。

二郎は、一度家に行かせてくださいと頼む。

下宿は特高が張っているから危険だと黒川は忠告するが、婚約者から手紙が来るのです。読まれたら困りますと二郎が打ち明けると、そんな手紙は読ませてやれと黒川たちは笑う。

二郎は、しばらく、黒川の家の離れに身を隠すことになる。

二郎は、あのカストルプが無事日本を離れただろうか?と気にしながら、奈緒子に手紙を書いていた。

そんな二郎に、本社の黒川から電話があり、下宿の方に2日前に届いた電報を管理人が届けてくれたのだと言う。

読んでくださいと頼むと、「奈緒子、喀血 父」と黒川が伝えたので、慌てて電話を切った二郎は、黒川の妻(声-大竹しのぶ)に、一番早く東京へ行く方法を聞く。

妻は、次に来るバスを待たせておくから、それに乗れば急行に間に合うと教える。

二郎は急いで着替えをすますと、書きかけていた書類をまとめ、バスに乗り込む。

そして、二郎は、登戸に移転していた里見邸に夜駆けつける。

観ると、奈緒子の部屋の窓に灯りが点いていたので、二郎は庭先から上がり込む。

ベッドで寝ていた奈緒子は、二郎に気づくと、あなた!と喜び、互いに抱き合う。

遅れてごめんね…と言いながら、二郎は口づけするが、奈緒子は伝染ります…と戸惑う。

しかし、二郎は、きれいだよ。大好きだ!と奈緒子に伝える。

ちょうどその時帰宅した里見は、二郎が庭先から奈緒子の部屋に上がり込んだと伝え聞き驚きながらも、部屋にやって来る。

今度は、明るいうちに玄関から入りますと二郎は詫びる。

里見は送ろうと声をかけ、終電に乗るのだと知ると急がないと!と焦る。

里見から奈緒子の容態が思わしくないことを聞いた二郎は、僕が付き添ってあげられれば良いんですが…と悔むが、男は仕事をしてこそですと諭す。

戻って来た里見は、奈緒子が泣いていることに気づく。

奈緒子は、高原病院に参ります。私、生きたいの。二郎さんと一緒に行きたいの!と訴える。

会社に戻った二郎は、陸軍や海軍のお偉方と会わされるが、いつも、全力を尽くします!とだけ答えていたので、付き添っていた黒川は、お前聞いてないな?と、二郎が軍人たちの話を無視していることを見破る。

その後、二郎は、会社内の部下たちと実質的研究会を開いていた。

それを服部課長が黒川に案内され見に来る。

出された課題に対し、自由に挙手して質問が飛び交う。

二郎は引き込み脚を採用するなどと各種アイデアを紹介した後、使用したい新しい鋲のことを、工作課の平山に説明してもらう。

黒川が服部課長に「沈頭鋲」ですと、今話し合われている内容を教える。

部屋を出た服部は、面白かったなと今の討論会の感想を言い、黒川も、感動しました!と答える。

奈緒子は、高原病院のベランダに、他の結核患者と共に、寝袋状のものにみの虫のように包まれた格好で並んで寝かされていたが、雪が降って来た中、二郎から来た手紙を読み始める。

その後、奈緒子は、雪をかき分け、1人山を下りて行く。

会社で設計の仕事に忙殺されていた二郎は、電話だと言うので迷惑がるが、やむなく出ると顔色を変える。

奈緒子が山を降り、二郎に会いに来ると聞いたからだった。

三等車で駅に到着した奈緒子がホームに降り立つと、迎えに来ていた二郎の方も気づき、乗降客でごった返す中、2人は互いに駆け寄り抱き合う。

二郎さん!二郎さん!と奈緒子は言い、良かった、見つけられなかったらどうしようと思ったと二郎も安堵の声を挙げる。

私、会えたら、すぐ帰ろうと思っていたの…と言うが、帰らないで!ここで一緒に暮らそうと二郎は勧める。

取りあえず、黒川邸に奈緒子を連れて来た二郎だったが、話を聞いた黒川は、離れを貸すのは構わんが、結婚前の男女を泊めるようなふしだらな真似は出来んと拒絶反応を見せる。

それを聞いた二郎は、今すぐ結婚します!と言い出す。

黒川の妻は、恋しさに、山を抜け出して来るなんて健気だわ…と感心し、女には女の仕度がありますと言って、奈緒子を別室に連れて行く。

部屋に残った黒川は二郎に、彼女の身体を思うなら、山に返さんと行かんぞと忠告するが、二郎は、私たちには時間がありません!と訴えたので、分かった!盛大に祝おうと黒川も腹を決める。

やがて、髪に白い花をつけ、きれいな着物を羽織った奈緒子を部屋の前に連れて来た黒川の妻が、廊下から、申す!如何に?と口上を述べる。

それに対し、部屋の中で正座して待ち受けていた黒川も、申す!と言い、返答を述べる。

部屋に入ってきた奈緒子は二郎の横に座ると、三三九度代わりの酒を口にし、二郎と共に、仲人になってくれた黒川夫妻に頭を下げ、身一つの私どもへの心配り、このご恩は生涯忘れませんと礼を言う。

黒川は、うん、健気だ!目出たい!おめでとう!と祝福する。

離れに来た二郎は、布団に奈緒子を寝かせ、疲れたろう?とねぎらう。

ずっと夢の中にいるみたい…と答えた奈緒子は、来てと二郎を寝床に誘う。

だけどお前…と二郎は躊躇するが、来てと奈緒子はもう1度誘う。

ある日、バスで黒川邸にやって来たのは、二郎の妹加代だった。

遅い時間に帰宅して来た二郎に会った加代は、黒川夫妻は先に休んだと答え、ニイニイはいつもこんなに遅いんですか!と文句を言う。

お医者になったんだってね?おめでとうと二郎は言葉をかけ、奈緒子には会ったか?と聞く。

ハイ!と答えた加代は、ニイニイ、奈緒子さんをどうするつもり?診た所、病気はずっと悪いのよ。ニイニイのために顔色を見られないように化粧してるみたいだけど…と打ち明ける。

加代は、奈緒子は山の病院に戻す方が良いと勧める。

離れに向かった二郎は、寝ている奈緒子から、加代が来てくれたこと、キラキラして未来が一杯ある加代のことを羨み、義母から肌着と寝間着を縫ってもらったと嬉しそうに聞かされる。

二郎は、そんな加代の床の横で、その夜も仕事の続きに取りかかる。

機体をもう少し軽く出来そうだったからだ。

そんな二郎の左手を布団の中から伸びて来た奈緒子の手が握りしめ、離さない…と言う。

二郎は右手1本で計算尺を操り、仕事を続ける。

途中、煙草が吸いたくなった二郎は席を立ちたいと思い、そう申し出るが、ここで吸ってと直子はだだをこね、二郎が身体を気遣い、ダメだよと言い聞かせようとしても、奈緒子は聞かなかった。

しかたなく、二郎はそこでタバコを吸い始める。

そんなある日、本庄が完成した試作機を見に来る。

翼に用いられた沈頭鋲を観てベコベコだな…と指摘するが、工作がまだ不慣れなんだ…と二郎は解説する。

機体全体を見渡した本庄は、こりゃ全部、サバの骨だなと笑う。

そんな本庄は爆撃機を作るよう命じられたと打ち明け、ほとんど燃料タンクみたいなものだが、防弾タンクなんて作ったことないし、3000kmも飛ばなければいけないので、少しくらいのパワーアップでは間に合わんと愚痴る。

どこと戦争するんだろう?とまた二郎が聞くと、中国、ソ連、アメリカ、オランダ、イギリス…と本庄は答えたので、爆発だな…と二郎は呆れる。

終わったよ…、後は飛ばすだけだ。これからは泊まり込みが続きそうだと、深夜くたくたに疲れた様子で離れに戻って来た二郎は病床の奈緒子に教える。

疲れた?と奈緒子が聞くと、ちょっとね…と言いながら、二郎は、布団の横に身を横たえる。

きっとちゃんと飛びますわと奈緒子は言い、奈緒子がいてくれたお陰だと二郎は礼を言う。

二郎さん、好き!と奈緒子は言い、奈緒子!と二郎も答えるが、いつしか二郎は寝入ってしまったので、メガネを外してやった奈緒子は、自分の掛け布団を二郎にかけてやる。

いよいよ完成した零戦の試作機を牛に引かせて練習場に運ぶことになる。

朝、二郎は奈緒子にキスをして、行って来ると挨拶をする。

奈緒子も起きて来て、ご成功をと言葉をかけ、離れから手を振って見送る。

その後、台所で押し寿司を作っていた黒川の妻の元へやって来た奈緒子は、お姉様、袈裟は気分が良いので、ちょっと散歩してきますと声をかける。

妻は、今日は加代さんが来る日よ、楽しみねと答える。

バスで黒川邸に近づいて来た加代は、道の端を駅の方へ歩いていた奈緒子とすれ違い驚く。

黒川の妻は、やって来た加代からそのことを聞くと、やっぱり!と口走る。

離れにやって来た加代は、その机の上に、三通の手紙がきれいに並べて残されていることに気づく。

自分宛てのものもあった。

それを急いで開封して読んだ加代は、山に帰るって!すぐ戻してきましょう!と追いかけようとするが、それを止めた妻は、追ってはいけません。美しい所だけ、好きな人に見せたかったのね…と奈緒子の女心を見抜く。

表にかけ出た加代は、そんな奈緒子の気持ちを知り、駅の方角を見ながら号泣し出す。

実験場で、零戦の試作機は雲海の中を見事に飛んでいた。

それを下から観ていた服部は、これは良いなと感心する。

その時、一緒に見上げていた二郎は、何かに気づいたように山の方に目をやる。

試作機は無事着陸して来て、見守っていた関係者たちは全員やった〜!と歓声をあげる。

黒川が、二郎!と声をかけ、山の方を観ていた二郎はようやく我に帰る。

試作機から降りて来たパイロットが握手を求めて来たのである。

素晴らしい飛行機です、ありがとう!とパイロットは二郎に礼を言う。

B-29と戦う零戦

その下には、燃え盛る日本の町並みが黒々と連なっていた。

壊滅した町の残骸と、墜落した飛行機の残骸が入り交じっている中、1人歩く二郎。

やあ、来たな、日本の少年!

そう声をかけて来たのは、カプローニだった。

気がつくと、そこは2人が最初に夢の中で会った草原に変わっていた。

2人の夢の王国だとカピローには言うが、地獄だと思いますけど…と二郎は答える。

君の10年はどうだった?とカプローニは聞いて来る。

ずたずたでした…と二郎は答える。

国を滅ぼしてしまったからな…とカプローニも同乗する。

あれだね?君のゼロは…とカプローニは飛び立つ零戦の機影を発見して問いかけて来る。

二郎とかプロー苦手を振って見送る中、数機の零戦は、上空を飛ぶ無数の零戦の群れの中に合流して行く。

美しいな…とカプローニは褒めてくれるが、生きて戻って来たものはありませんでした…と二郎は悔む。

大空はすべてを飲み込んでしまう…と同情したカプローニは、君を待っている人がいると言い出す。

観ると、草原の向うから、パラソルを差し近づいて来たのは奈緒子だった。

ここで君が来るのをずっと待っていた…とカプローニは教えてくれる。

あなた!生きて!生きて!そう奈緒子は呼びかけて来る。

うん!うん!と答える二郎。

やがて、パラソルは風に飛ばされ飛んで行き、奈緒子の身体も又、風に乗って飛ばされるように青空に消えて行った。

行ってしまったな…、美しい風のような人だった…とカプローニ。

ありがとう!ありがとう!二郎は感謝する。

君は生きねばならぬ。その前に寄って行かないか?良いワインがあるんだ…そうカプローニは二郎に語りかけて来る。