TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

馬喰一代('51)

三國連太郎主演の1963年版は観たことがあるが、これは三船敏郎主演の1951年版である。

粗暴だった無学な男が、妻に先立たれたことから、残された1人息子の為に暮らしを改め、懸命に育てると共に、息子の方もその父親に答えようと勉学に励むと言う父と子の愛情物語である。

そんな男を見守る女と悪友が頼もしい。

ただ、やはり作られた時代が時代だけに、画面的にはちょっと古めかしい印象を受ける。

ロケシーンと、やや芝居じみたセットや書き割りのシーンの差が目立つのだ。

その辺に慣れてしまえば、話自体は面白く見られる。

暴れん坊の米太郎の喧嘩シーンや、危篤の妻に間に合わせようと、気絶した米太郎を運ぶ仲間たちの馬と馬車の疾走シーン、相撲のシーン、競馬のシーンなど、激しい動きを見せる勇壮なシーンがあるかと思えば、しんみりとした父と子の会話のリリシズムがあったり、六太郎の演説会でのユーモラスな騒動があったりと、色々な要素が詰め込まれている。

三船の粗暴さや子供に対する献身振りは、どこか「無法松の一生」を連想させたりするが、カラーでワイド画面だった「無法松」を先に見ていると、画面サイズが小さいこの作品での印象はやや弱い気がする。

同じように、三國連太郎版と比べても地味な印象はある。

作品としての優劣の比較ではなく、あくまでも画面サイズから受ける印象の違いのことである。

子供が親の望む以上に勉学の力があり、立派に育って行く…と言うのは、今の感覚で見ると、古き良き時代の理想主義的と言うか、教育映画風に見えなくもないが、親の子供に対する無心の愛と言うテーマは、時代を越え、心動かされる物があると思う。

女の気持ちが全くわからない朴念仁の米太郎にいら立ちながらも、その米太郎を密かに愛するゆき役の京マチ子も瑞々しい。

単なる嫌らしい金貸しと言うだけに留まらず、米太郎の永遠のライバル兼親友的存在である六太郎を演じているのは、お馴染み志村喬だが、この映画での志村さんは若々しい。

バイタリティ溢れる劇中でのキャラクターのせいもあるのだが、見た目も実に若々しい。

その志村さん演じる六太郎の片腕的存在を演じている小杉義男と言い、農民役の左卜全と言い、東宝のイメージが強い人が共演しているので、ちょっと不思議な感じがしないでもないが、三船と志村さんは、有名な黒澤の「羅生門」でも大映作品で共演している。

余談だが、この時代の大映の会社ロゴ、まだ、雲海から太陽が出かかっているイメージではなく、後の日活の会社ロゴに似て、木彫りスタイルなのが興味深い。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1951年、大映、中山正男原作、成澤昌茂脚本、木村恵吾脚本+監督作品。

日活風の白い木彫りのレリーフのような会社ロゴ

タイトル

丘の上を大量の藁を荷車に積んで通る荷馬車

広大な土地に放牧してある馬たちの姿

そんな馬たちを世話していた馬喰連中が、馬の背に突っ伏して運ばれて来ている1人の男の姿を目にする。

その男が、馬から滑り落ちて草地に倒れ込むと、仲間の馬喰たちがバケツに入れた水をぶっかける。

水浸しになって目覚めたその男、馬喰の片山米太郎(三船敏郎)は、左手に握りしめていた一升瓶の蓋を歯でこじ開け、ぐいとラッパ飲みする。

数日後、米太郎は育てた3頭の馬を連れて市に売りに来る。

市では既に、馬喰仲間のシャッポの孫八(杉狂児)が、言葉巧みに、自分の馬を高く売ろうとしていたが、その口上を聞いていた農民の五作(左卜全)から、どうもおかしいと突っ込まれていた。

それでも、足の悪い馬を売りつけてほくほく顔だった孫八は、仲間たちから、ヨネに知れたらどやされるぞと脅されると、肩をすくめていた。

米太郎は日本一の馬喰を自称しているように、こと、馬に関しては人一倍厳しい男だったからだ。

その米太郎は、早々に馬を売り払い、その金で出店の酒を飲んでいた。

そこに声をかけて来たのは、行商の下駄屋で、昨年の夏祭り、米太郎が相撲を取っているのを見て覚えていた。強いね、親方は…などとおだてて来たので、嬉しくなった米太郎は、隣に座らせ、酒を振る舞い出す。

下駄屋はさらに、米太郎のしこ名も覚えている。島の音でしたねなどと言い当てたので、ますます上機嫌になった米太郎は、酔いも手伝って、下駄を二三足見せてくれと言い出す。

市では、そんな米太郎が、下駄を何足買うか、馬喰仲間たちが賭けを始める。

そこにやって来たのが、金貸しの六太郎こと小坂六太郎(志村喬)だった。

そんな六太郎が孫八から借金を取り立てようとしていると、酔って近づいて来た米太郎が、お前、媒酌人から金借りたのか!と孫八を叱りつける。

しかし。自分も今、下駄を買ったばかりで金がないと言うと、六太郎は、これから「桃代」に行って、壺勝負でどうだ?と博打に誘う。

地元の飲み屋「桃代」で、六太郎相手に博打を始めた米太郎だったが、全部巻き上げられてしまったので、酔った勢いもあり、怒り狂って暴れ始める。

そんな米太郎をなだめようと、おゆき姉さんが来るわよと酌婦たちが脅す。

その言葉に怯えたのか、帰りかけた米太郎だったが、そこへ当のゆき(京マチ子)が帰って来る。

あんた、私を置いて帰ろうと言うのかい?とゆきが睨みつけると、米太郎は急にシュンとなり、払うつもりで来たんだが…、六の奴に…とぼやく。

巻き上げられたって言うのかい?あんなイカサマとやっても勝てるはずないって…と雪が嘲笑すると、米太郎は、何だって!と驚く。

しかし、もうすっからかんになっていたので、そのまますごすごと店を後にするが、酌婦の1人が、こんなガラクタ持ってってよ!と店先の酒樽の上に置いてあった数十足もの下駄の束を投げつける。

それは、さっき、市であった行商人から勢いで買ってしまった大量の下駄だった。

それを見送ったゆきは、馬を三頭売って、持って帰るのはあれだけかい?と呆れたように言う。

そんなゆきに一緒に飲まないかと声をかけて来たのは六太郎だった。

ゆきが無視すると、金を返してもらわなくてはな…と徳太郎がたまった借金のことを持ち出したので、女が欲しけりゃ、後家屋へどうぞ!とゆきは言い返す。

下駄の束を肩からかけ、ふらつきながら自宅のボロ長屋へと帰って来た米太郎は、一旦、同じ長屋の隣の小笠原の家に入りかけるが、間違いに気づいて、その横の自分の部屋の扉を開いて大きな声で呼ぶ。

その声を聞いた隣の住人小笠原(菅井一郎)が出て来て、ヨネ、いい加減にしろ!婆さんが喘息で寝てるんだ!と叱りつける。

中から病身の妻はるの(市川春代)が戸を開けると、ふらつきながら家の中に入った米太郎は、水を飲もうと、目の前に置いてあった茶瓶の中身を流し込むが、何だこれは!と吐き捨てる。

はるのが慌てて、それは私が飲む煎じ薬ですとが言うと、米太郎が癇癪を起こして怒鳴りつけたので、寝ていた赤ん坊の大平が泣き出す。

はるのは、その大平をあやしながら、母ちゃん、乳が出ないのよと詫びると、米太郎は大平を抱き上げ、急に高い高いをする。

ヨネさん、大平のミルク、どこにあるだ?とはるのが聞くと、米太郎はぶすっとして忘れたと言う。

こんなに下駄買うて来て…、子供のミルク忘れるか?とはるのが責めても、忘れただ!と一点張りなので、馬っ子売った銭どこにあるだ!と、はるのは真剣に問いつめる。

ねえよ…とふてくされたように米太郎が答えると、又、博打?…、本当にお前さんと言う人は…と、はるのは絶望したように呟く。

面白くない米太郎は、大量の下駄を選別しながら、小さな下駄を見つけると、これは大平が三つの時のだ!これは五つのとき!などと徐々に大きな下駄を見つけて行く。

そんな米太郎に、大平のミルクどうするんじゃ?うちはもう、身体が弱って乳が出ない…とはるのは問いかける。

困りきった米太郎は、隣の壁に向かい、おい、親父!と怒鳴り、何じゃと言いながら、隣の足が悪い小笠原が入口にやって来ると、又、博打で取られて来たか?と言い当てたので、誰が教えやがった!と米太郎が怒ると、ここの様子は筒抜けじゃ!と、今までの話は全部聞こえたことを証し、早く、ミルク買って来てやれと言いながら小銭を差し出す。

すると、それを握りしめた米太郎は礼も言わずに表に駆け出して行く。

あいつ、やっぱり悪いと思ったのか、走って行きやがったと小笠原が言うと、おじさん…とはるのは哀し気に呼びかけるのだった。

数日後、材木を切り出していた木こり連中が昼飯を食べ始めた中、片目の仁三(小杉義男)が、弁当を食べ始めた六太郎に、そろそろ馬喰たちが山降りるみたいだな?と話しかけて来る。

すると、六太郎は、今夜、全部巻き上げるんだ…と笑う。

その夜の博打場

又、馬喰仲間とやって来た米太郎は、やい、六!今日まで良くもイカサマで騙してきやがったな!と因縁をつけ、六太郎側についていた木こりたちと大喧嘩を始める。

そこへ馬に乗ってやって来た伝令が、はるのさんが死にそうなんだ!はるのさんが危篤だ!と呼びかけて来るが、驚いたのは六や仲間の方で、当の米太郎は殴られて気絶していた。

六は義侠心を出し馬車を用意させると、その荷台に気を失った米太郎を乗せ、他の馬喰たちはそれぞれ馬に乗って、一路、米太郎の自宅に向かって走リ出す。

荷台の上では、仲間たちが、必死に米太郎を起こそうとするが、気絶していた米太郎は全く目を開かなかった。

自宅では、寝かされたはるのを見守っていた小笠原が、しようがねえな、ヨネの奴…、バカヤロー!と怒鳴っていた。

翌朝、まだ草原をひた走っていた馬車を操る六太郎。

その横を並走していた馬から、シャッポの孫八 が振り落とされる。

その時、ようやく荷台の上の米太郎が目を開け、御者をやっていた六太郎に気づくと、どこに連れて行くつもりだ!止めやがれ!と怒鳴りつける。

その荷台の横に付き添って走っていた馬に乗った仲間が、姐さんが危篤だ!近道突っ走るだ!と声をかけると、米太郎は驚き、すぐさまその馬の仲間の後ろに飛び乗る。

草原に落ちていた孫八は、その2人が乗った馬に向かって、ヨネ〜!左だ!近道だ〜!と呼びかける。

何とか自宅にたどり着いた米太郎は、床についたはるのにしがみつき、はるの!死ぬんじゃねえぞ!と呼びかける。

しかしもはや虫の息のはるのは、大平のこと、頼んだよ…。3人でもうちょっと一緒に暮らしたかったけど、おら、先に逝く…。子供と言うものは親を手本にする物だ。金輪際、喧嘩と博打だけは止めてけれ…と頼んで来る。

分かったよ!分かったよ!と答える米太郎に、じゃあ、ヨネさん、あの下駄を履かせておくれ。ヨネさんが買うて来た…、土産の下駄履いてな…とはるのが言うので、これか?と言いながら、米太郎は、女物の下駄を1足手に取って、布団の中のはるのの足に履かせてやる。

ヨネさん、何度もどやされたが、ちっとも痛くなかったよ…、結構幸せだった…、幸せだったよ…と言い、はるのは口を閉ざしたので、米太郎は、はるの!はるの〜!と絶叫し、畜生!何故死ぬんだ!このヤブ医者め〜!と言いながら、その場にいた酒田医師(河原侃二)にむしゃぶりついて行ったので、必死にそれを止めた小笠原は、ヨネ!今、お前、女房に何と言われた?!分かったか!と怒鳴りつけられる。

がっくり力が抜けたようになった米太郎は、はるの…、分かった!おら、もう喧嘩と博打はしねえ!とはるのに誓うのだった。

そんな米太郎に、はるのさんの布団の下を見てみろと小笠原が話しかける。

米太郎が、はるのにかけてあった掛け布団の胸元を上げてみると、はるのが握りしめていた郵便預金の通帳があった。

大平のことを心配して、お前に隠れて貯めていたんだ。血の出るようなへそくりだ。大平が学校に行けるように、何かの足しにしてくれと言っていた…と菅原の言葉を聞きながら、その通帳をそっと開いた米太郎は、そこに「大平をたのみます」とはるのの字が書かれた一枚の紙が挟まれているのに気づく。

米太郎は、赤ん坊の大平を抱き起こすと、お父ちゃんがついてるぞと声をかける。

下水の側溝を紙風船が流れて行く。

下駄の束の横に出された小さな下駄が徐々に大きいサイズの物に変わって行く。

ある日、米太郎は、5歳になった大平の手を引いて祭りを観に来る。

大平は、三輪車に乗って遊ぶ同年代の子供を見て羨ましそうに見つめるので、米太郎は、あんなものを欲しがるんじゃねえ。猿を観に行くぞと話しかけ、肩車をして、猿を見せた後、今度はお相撲だと言って、土俵の方に向かう。

見物客の中に入り込んだ米太郎だったが、誰かに気づいたのか、こそこそと逃げ出そうとするが、ヨネさん!逃げなくても良いじゃないか!と追いかけて来たのはゆきだった。

ゆきは、米太郎が肩から降ろした大平を見て、大坊大きくなったじゃないかと嬉しそうに頭をなでる。

今年は出ないのかい?とゆきが聞くと、エゾ松がもろにぶつかって来てダメだ…と、米太郎は痛めた右腕を見せて首を振る。

そこに馬喰仲間も近づいて来て、今年は六の奴が、網走から相撲上がりを連れて来たと教える。

その時、米太郎は、3人抜きで優勝した者に与えられる特別賞として、三輪車が飾られていることを知る。

その途端、貞!ふんどし来てるか?と仲間に聞く。

ゆきは大平を連れて相撲見物を始め、見物客の中にはあの行商の下駄屋や六太郎も混じっていた。

行司を勤めるのは小笠原だった。

シマノオトこと米太郎の1番目の相手はトラニシキだったが、あっさり得意の上手投げで倒す。

しかし、右手が痛んだので、仲間たちにシップを貼らせる。

2番目の相手はクマノボリ、これも右の上手投げで投げ飛ばすが、もう右手はかなり動かなくなっていた。

3番目の対戦相手こそ、六太郎が網走から連れて来た相撲上がりのミタミガワだった。

そのキタミガワに六太郎は、左を殺せ、奴の右はもう利かないから…と耳打ちする。

土俵に上がった両者は互いに見合うが、珍しく、シマノオトこと米太郎の方が先に突っかけてしまい、仕切り直しになる。

塩を取りに戻って来たキタミガワに、六太郎は、右の手を締め上げろ。かんぬきにして…と指示を出す。

米太郎は、商品棚に飾ってある三輪車をもう1度見つめる。

いよいよ組み合ったキタミガワは、やはり強く、米太郎はすぐに土俵際に追いつめられる。

キタミガワは、六太郎の指示通り、米太郎の痛めた右腕を締め上げて来る。

米太郎は必死に土俵際で痛みに耐え抜く。

六太郎は、苦しむ米太郎の表情見て喜び、そこだ!と声援する。

下駄屋は上手投げだ!と声をかけ、ゆきは、ヨネさん、危ない!と叫ぶ。

そして、大平が、おっとちゃ〜ん!と声援した声を聞いた米太郎は、三輪車を思い出すと、渾身の右の上手投げを繰り出し、見事キタミガワを投げ飛ばす。

観客席に座布団が舞い上がる。

数日後、商品としてもらった三輪車に乗って遊ぶ大平の姿があった。

その三輪車も年月がたち、いつしか使われないまま古びて行く。

大平用の下駄の方も、さらに大きなサイズに変わっていた。

ある日、縁側に座った小学生の大平は、自分で書いた日記を読んでいた。

3月20日、久しぶりに雪が止みました。

僕が日記をつけておりますと、父は囲炉裏で藁を編んでおります…と大作が読むと、何でえ?父ってのは、おとっつぁんのことか?と、藁を編んでいた米太郎が嬉しそうに聞いて来る。

こいつ、父なんて書きやがって…と、まんざらでもない顔をして縁側に近づいて来ると、父って言うのは文学者はそう言うんだと教える。

ところが、父って言う字、どう書くの?と大平が聞くと、急に米太郎は困った顔になる。

無学な米太郎は字を知らなかったからだ。

厩には子馬のフシミがいます。僕が級長になったので買ってくれたのです。立派に育てますと大平が日記の続きを読むと、今夜、浪花節に連れてってやるぞと米太郎は約束する。

その時、表から呼びかけるゆきの声が聞こえたので、おばちゃんが!と立って行こうとした大平だったが、米太郎は、いないって言えと命じる。

噓はいけないって言ってたじゃないかと大平が言うと、これとこれとは別口だと米太郎はごまかす、

しかし、長屋の横手を通って、縁側の方に回って来たゆきは、縁側で踞っている米太郎を見つけ、何をしてるの?と声をかけて来る。

そんなゆきに、おばちゃん、父って言う字、どう書くの?と大平が聞いて来たので、ゆきも慌て、今忙しいし…と言いながら逃げ帰る格好になり、ヨネさん、いつ払ってくれるんだい?字なんて聞かせて来たりして、意地悪じゃないか!と文句を言う。

すると米太郎は、お前もそっちの方はいけない口だったな?と苦笑いする。

その時、小笠原の家から、株式相場のラジオが聞こえて来たので、止めろ!と米太郎が怒鳴ると、隣じゃないか!と小笠原が怒鳴り返して来る声が聞こえる。

私だって、北海道くんだりまで流れて来て、もう足抜け出来ないほど借金があるけど、小坂の六は、町会議員に立候補するらしいよとゆきが教える。

馬喰仲間たちが、バカ話に興じている所にやって来た小笠原は、お前たちも、演説でもぶってみろ!と小言を言う。

小坂六太郎の北見町町会議員立候補の為の演説会は盛況だった。

六太郎が、私はこれまで銭儲けしかやって来なかった。何故、私が銭こ、銭こと言うかと言えば…と言い始めると、銭こ儲けて、妾置くか!と野次が飛ぶ。

それを聞いた酌婦たちが、うちがなってあげても言いよと混ぜっ返す。

お前じゃない!おゆきだ!おゆきだ!と言いながら、米太郎が場内にやって来る。

そんな場内の雰囲気を正すように、立ち上がった小笠原が、奴の話を聞いてやれ!と会場内に呼びかける。

話の腰を折られた六太郎が、又、何故、私が銭こ、銭こと言うかと言えば…と言い始めると、聴衆の中から突然立ち上がった五作が、何、聞いた風なこと言っているか!百姓、食い物にするだけじゃねえか!と文句を言う。

正装して、壇上に座っていた片目の仁三がにらみをきかし黙らせると、又、六太郎は、又、何故、私が銭こ、銭こと言うかと言えば…と続ける。

すると今度は、シャッポの孫八が立ち上がり、ちょうど今から二年前〜♪と浪花節調にうなり出したので、海上は大喜びするもの、怒り出すもにとがぶつかり合い、大混乱になる。

よく学び よく遊べ…、大平がそう小学校の黒板に書くと、担任の先生が、雪も溶けたし、一生懸命勉強するんだよとクラスの子供たちに挨拶する。

下校時、1人学校から校庭に出て来た大平に追いすがって来た3人の悪ガキたちが、大平!馬喰の子供なら、オラの馬になれ!とからかい、つかみかかって来る。

そこに、自転車で通りかかった六太郎がこら!何をしてる!と声をかけ、悪ガキたちが逃げ出すと、倒れていた大平を、泣くんじゃねえと言いながら助け起こす。

自転車の荷台に大平を乗せて帰り始めた六太郎は、お前、学校出来るそうだな?人に負けんということは喧嘩をすることじゃないぞ。オラも、ゼニコ儲けたら、人にバカにされんようにしているだ。分かるか?と意見するが、大平は、分かんね…と答える。

分からんか?と笑った六太郎は、お前のおとっつぁんも分からん男だからな…と言う。

長屋の前で、将棋を指していた米太郎は、裏庭で人の気配がするので、そっと行ってみると、井戸の所で、六太郎が大平が怪我をした足を洗ってやっているではないか。

六太郎は、負けるが勝ち…、その方が利口だと大平に言い聞かせている。

その時、米太郎は、大!お前いくつになった?自分の足くらい自分で洗え!お前、喧嘩して来たな?勝ったか、負けたか?これもってもう一度行って来いなどと、棒っ切れを持って大声を上げながら2人に近づいて行く。

そんな米太郎に、六太郎は、この大平を俺に預けないか?俺がみっちり学問を仕込んでやっても良いが…と笑顔で話しかけるが、大作は俺の子だ!と米太郎が睨んで来たので、石頭にはやっぱり話は分からんか…と笑った六太郎は、良い親父を持って幸せだなと大平に皮肉を言いながら帰って行く。

米太郎は、大!何、ぐずぐずしている!仕返しして来い!行かんのか?じゃあ、そこに立ってろ!と命じる。

その後、大平は、さっき虐めた3人に単身仕返しに行く。

その後、ヨネさん、大坊が怪我したそうじゃないかと言いながら、ゆきが米太郎の家に様子を見に来る。

大平は、頭に包帯を巻いて勉強机に向かっていた。

こんなことでケツ割っちゃいかんぞ。ええ馬喰になるんだ!と、大平に米太郎は言い聞かせるので、それを聞いたゆきは、あんた、大坊を馬喰にするのかい?と言いながら上がり込むと、大平が好きだと言う風船2つと好物のねじりんぼうを渡す。

ゆきは米太郎に、あんた、六太郎嫌いなんだろう?鬼のような金貸しね。御百姓の金を搾り取る蛭みたいな奴ね。あんたがイカサマしなくても、他の馬喰たちは博打してるのよなどと話しかけ、私、いっぺん、ヨネさんにぶたれてみたいわ…、私は死ぬまで待っててやるから…などと言いながら身を寄せて来る。

しかし、米太郎が、何をさ?と聞いて来たので、何をって奴があるかね?このぼんくら!長生きするよ、お前さんは!とゆきは怒り出す。

そして、お勘定は今月限りしか待たないよ。このすってんてんのぼんくらめ!と憎まれ口を残して帰って行く。

ふと縁側にいる大平の姿を見た米太郎は、2つの風船を持った大平の手から、1つの風船が離れて空に上がって行くのに気づく。

何だ、逃がしちゃったのか?と言いながら、米太郎が大平の横に座ると、おっかちゃんに手紙を出したんだよと大平は言う。

浮かび上がって行く風船の糸の下には小さな手紙がくくり付けられていた。

おっかちゃん、死んじゃったじゃねえか?と米太郎が言うと、雲の上にいるんだよ。雲の上の天国にいるんだよと言いながら、大平は、もう一つの風船も手から離すのだった。

その糸の下にも手紙が付いていたので、おっかちゃんに何て書いたんだ?と米太郎が聞くと、学校、行きてぇって…、中学校に行きてぇって…書いたんだ…と大平が答えたので、それを聞いた米太郎は愕然とする。

外に出て考え込む米太郎は、その後、馬のいる草地にやって来てもずっと1人で考え事をしていた。

やがて、草地の一角にあるはるのの墓の前にやって来た米太郎は、その横にしゃがみ込むと、供えていた花を替えてやり、又考え込むのだった。

その夜、雨漏りがする家の中で大平と枕を並べて寝ていた米太郎は、大平、お前、上の学校さ行きてえか?と聞くと、うんと大平は答える。

札幌の中学か?うん…、札幌は遠いぞ…、うん…、おめえ、おとっつあんと離れても行きてえか?…

良っしゃ!大平、おめえ、中学さ行け!学校行って偉くなれ!おっかちゃんも喜ぶぞ!と米太郎は言い渡す。

だがな、中学行く金がない。フシミは良い馬だ。おっかちゃんが残してくれた金で買った馬だ。北見競馬で優勝できる馬に育ててみせる!と米太郎は決意を語る。

それから、米太郎は今まで以上に、フシミの世話に精を出し始める。

大平の方も、学校でしっかり勉強を続けていた。

働き通しの米太郎は、徐々に、悪かった右手が利かなくなり、腰も始終痛むようになっていた。

そんな父親を気遣うように、大平は時々、米太郎の腰を揉んでやったり、1人で結べなくなった帯を結ぶのを手伝ったりするようになっていた。

腰を揉んでくれていた大平に、いよいよ卒業だな…。フシミもええ馬になりよった…と米太郎が言う。

おまんま食うか?と大平が煮えた鍋のふたを撮ろうとすると、立ち上がった米太郎は、ちょっと用足しに言って来ると言い残し出かけて行く。

米太郎が向かったのは、今や、六太郎の選挙事務所になっていた、飲み屋の「桃代」だった。

その「桃代」から、六太郎なんて落選よなどと言いながら、酌婦たちが出て行った後、店にやって来た米太郎に気づいたゆきは、飲むの?神経痛に悪いわよと言い聞かす。

六さん、道会議員に当選したら、次は代議士だって…とゆきは教えるが、折り入って、頼みたいことがあるんだと米太郎が言い出したので、ゆきは緊張する。

金じゃねえ。女房もらおうと思うんだ、大平のことを考えたら、その方が良さそうだと米太郎が言うので、ゆきは、どこか浮つきながらも、とにかく上がってと勧める。

座敷の上り框に座った米太郎は、よく考えた、夜もろくろく寝られなかったくれえだと言うと、なあ、おゆき、そんな女、あるまいかの?と聞いて来る。

ゆきが嬉しそうに、知らないよ!と答えると、読み書きが出来て、女学校出た女で、大平が中学に入っても話し相手になってくれるような女、いないかな?などと米太郎は平然と言うので、自分のことじゃなかったと悟ったゆきは、帰ってよ!と怒り出す。

探してくれって言ってるんじゃねえか!と米太郎は狼狽するが、出てって!このぼんくらめ!と言いながら、ゆきは米太郎を店から追い出してしまう。

店に1人残ったゆきは、急に笑い出したかと思うと、売れ残り!と叫ぶ。

おゆきちゃん、どうしたんだい?と仲間の酌婦が障子を開けて聞いて来ると、売れ残りに、とうとう、かびが生えちゃったんだよ!とゆきは笑う。

家に戻って来た米太郎は、厩の前にいた大平が、おとっちゃん!フシミが病気だ!と叫ぶのを聞いて、驚いて駆け寄る。

確かに、フシミは、厩の中で倒れていた。

驚いて中に入った米太郎は、フシミの口をこじ開け、下の様子を見ると、こりゃいけね!大平、医者を呼んで来い!と命じる。

大平は、雪道に足を取られながら、駆け出して行く。

高利貸しの六太郎を訪ねていたゆきは、大平の学費をやって欲しいと頼んでいた。

わしは、元の取れねえ銭を貸したことはない。抵当がいると六太郎が言うと、抵当はありますよと言い出したゆきは、私さ、私じゃ行けない?と聞いて来る。

そうか…、いつ、そんな気になったんだ?わしは徳川家康じゃ。鳴くまで待った…と六太郎は愉快そうに笑う。

その後、やって来た六太郎から札束を渡された米太郎は、これは何だ?と聞く。

無期限、無担保の催促なしの銭こだと六太郎が笑うと、さすが町会議員ともなると違うなぁ〜と感心してみせた米太郎だが、次の瞬間、おめえの金なんて受け取れるかい!と言いながら、札束を投げ返す。

大平は俺の算段で学校行かせるんだ!出てけ!馬車追いの銭こなんて借りれるか!バカヤローと米太郎は怒鳴りつける。

そんな話を隣で聞いていたのか、その後、、六の金をヨネが断った。それじゃあ、大平は学校辞めねばなるめえ…などと噂しあっていた馬喰仲間の前に来た小笠原は、ヨネはお前たちとは違う。あいつは馬に生きる馬喰、馬に賭けてる男だ!それが奴の意地だべよと言い聞かすのだった。

その後も、ヨネは、大平を学校に行かせてくれ!フシミ、起きろ!と言い聞かせながら、必死にフシミの看病に明け暮れる。

雨が降る夜中、一旦寝ていた米太郎は起き出すと、松葉杖を使って厩の様子を観に行く。

フシミの上に、雨漏りの水が滴っているのに気づくと、板を持って木の仕切りの上に昇り、屋根の隙間に差し込もうとする。

何とか、雨漏りは防ぐが、バランスを崩して転げ落ちてしまうが、そこに、危ない!ヨネさん!と言いながら、ゆきが駆け寄って来る。

そして、来て良かった、痛むんだろう?何だか気になってね…などといたわるので、おめえどこから入ってきやがった?と米太郎が怒ると、どこにも鍵なんかかかってないじゃないかとゆきは呆れる。

何故あんた、金を断ったの?とゆきが聞くと、てめえ、奴とグルになりやがったな!大平を取ろうとしてるな?と米太郎は怒り出す。

大坊が惜しいから、みんなで心配してるんじゃないのさ!とゆきも切れる。

大平は俺の子だ!放っといてくれ!と米太郎が言うと、ヨネさん、あんたってそんな人なの?そんな気持ちを張り通したら、大坊、学校に行けるの?人間1人の一生を親の勝手にして良いのかしら?あんたの意地で、大坊を馬喰で終わらせて良いのかい?と懇々とゆきは説得する。

すると米太郎は、俺だって人の情はありがてえよ。心の中では泣いてるんだ。だがな、おゆき、俺も天下の馬喰だ!人の力は借りたくねえ。人の助けを借りたと言われちゃ…などと言う。

自分の能がないくせに、大坊の一生を犠牲にするのかい!とゆきがさらに責めると、やかましい!出て失せろ!と米太郎は怒鳴り出し、ゆきを殴ろうとする。

すると、奥にいた大平が飛び出して来て米太郎を押さえつけると、おとっちゃん!おばちゃんにそんなことしちゃいけないよ!と迫る。

その隙に、ゆきは出て行くが、米太郎はまだ興奮しており、畜生!嘗めやがってなどと呟いていたが、おとっちゃん、何故そんなに怒るんだい?おばちゃんはおとっちゃんのことが好きなんだよと大平が言うと、何言ってやがる!寝ろ!と米太郎は叱りつけて来る。

すると大平は、おとっちゃん、オラ、学校へ行きたくねえ。おら、おとっちゃんの子だから馬喰になる。おれだって、おとっちゃんに負けないような馬喰になってみせると言い出す。

米太郎はそんな大平に、良いか>俺は日本一の馬喰だ。おめえが逆立ちしたって俺には敵わねえ。バカヤロー!馬喰は一代でたくさんだ!と言い聞かす。

だけど…と口ごもった米太郎は、もし明日になってもフシミが立たなけりゃ、学校辞めろと悔しそうに続ける。

その時、厩の方に目をやった大平が、あ!フシミが起き上がる!と叫ぶ。

米太郎も驚き、厩の前に駆けつけると、必死に足をばたつかせ、立ち上がろうとしているフシミを、必死に応援し始める。

莫大な賞金がかかった北見競馬の日がやって来る。

その日の第11レース、1番はイソチドリ、3番は小坂六太郎の持ち馬で、その日の本命と称されるサンノー、そして4番はフシミ…と紹介しかけたアナウンサーだったが、そのフシミの姿が見えないことに気づくと、病を得て、今日の勝負に出られないのかもしれませんと紹介する。

しかし、その直後、大平が引いて来たフシミの姿を発見し、どうやら出場するようです!と告げる。

大平は、騎手が乗ったフシミの身体を軽く叩きながら、しっかりやれ!と励ましていた。

その頃、長屋では、小笠原の家のラジオ中継を聞こうと、馬喰仲間が集まっていたが、隣に米太郎がいることに気づくと、ヨネさん、おめえ、競馬行かねえのか?と聞く。

米太郎は、見ちゃいられねえよと言い、ふて寝を始める。

そんな中、いよいよ11レースが始まる。

いきなり先頭に飛び出したフシミだったが、その後徐々に遅れが出始め、サンノーにトップの座を奪われる。

そのラジオを聞いていた米太郎はいたたまれなくなって起き上がる。

小笠原は気を利かし、ラジオを米太郎の部屋の近くの方へ持ってこようとするが、そのとき肝心のラジオの調子が悪くなり、雑音が入り始める。

苛ついた米太郎は、壁に出来た大きな穴を通って小笠原の部屋に入って来ると、何とかラジオを直そうと叩き始める。

他の馬喰もラジオを叩こうとするので、止めろ!とラジオを奪い返そうとした小笠原は、つい手を滑らせてラジオが畳に落ちてしまう。

ところが、そのショックでラジオは直り、又明瞭な音声が聞こえて来る。

アナウンサーは、サンオーがトップ、フシミに元気なし、コクリューにも抜かれ、第3位に後退したと叫ぶ。

サンノー、断然トップ!と言うアナウンスを聞いた米太郎ががっくり肩を落とす。

すると、その直後、フシミが出て来ました!とアナウンサーが絶叫し出したではないか。

猛然と迫ってきました!コクリューを追い抜く恐るべきファイト!フシミ出た!激しいトップ争い!サンノーに追いつきました!フシミトップに出ました!フシミ、トップでゴールイン!フシミ優勝です!あっ!ゴールを抜けて30mほど行った所でフシミが突然倒れました!

そのアナウンスを聞いた米太郎はヨロヨロと立ち上がる。

恐るべき闘魂!フシミ、ぴくりとも動きません!片山米太郎氏が精魂込めて育てたフシミ、病を得ての出場、絶賛に値します。フシミは自らの命を捨て、堂々の優勝を勝ち取ったのであります!アナウンサーの絶叫は続いていた。

その後、藁を運ぶ荷馬車の後ろに並んで腰掛けて移動していた六太郎とゆきの姿があった。

とうとう大坊も札幌に行くか…、フシミも死んだし…、ヨネの奴、いっぺんへこましてやろうと思っていたが、もうそんなことはどうでも良い。喧嘩を止めて仲人するだ、ヨネの奴も、何かにつけて1人では不便だろうし…と六太郎が言うので、誰か心当たりあるのかい?とゆきは聞く。

承知するかしら、ヨネさん…、ちょっと!どこの女の?とじれったそうにゆきが聞き返すと、おめえも知ってる女だよと笑った六太郎は、ゆき!おめえだよ!と言うと、ひょいと荷車から飛び降り、おら、ちょっと役場に言って来るだと言いながら歩き始めたので、ゆきも慌てて飛び降りると、その後を付いて行く。

六さん、待って!待っとくれ!今のもういっぺん言っとくれ!ねえ、お願いだから!もういっぺん!と声をかけながら追いかけるゆき。

足を速める六太郎は、婚礼の物は全部わしが見るだ!元が取れねえ銭こ使うのは初めてだ!と愉快そうに言うと、急にソーラン節を歌い出す。

その頃、米太郎の家出は、札幌に向かう大平の送迎会を、小笠原のおごりでやっていた。

只酒が飲めるので、馬喰仲間は、いつまでもソーラン節に合わせて踊っていたが、とうとう小笠原に、そろそろ大平の出発じゃ!と怒鳴られて止めるとすごすごと出て行く。

大平と2人きりになった米太郎は、用意しておいた下着や鼻紙、そして腹痛の薬mそして、大平のお好きなねじりんぼうを風呂敷包みに詰めて渡してやると、何、ぐずぐずしてるんだ?早くおっかちゃんに挨拶して来いと言う。

大平は仏壇で鈴を鳴らす。

戻って来た大平を前にした米太郎は、これからはおとっちゃんと競争だぞ。おとっちゃんはええ馬作るから、おめえはしっかり勉強しろと言い聞かす。

すると大平は、おとゅちゃん、これから腰痛くなったらどうする?明日から誰に帯を結んでもらうだ?誰が飯焚くだ?と聞く。

米太郎が、早く仕度しろと言うと、おら、馬喰になる!おとっちゃんの側にいて馬喰になる!と大平が言い出す。

それを聞いた米太郎は、お前いくつになった!と厳しい顔になり、そんなことでフシミに申し訳が出来るか?フシミはお前の為に死んでくれたんだ!と言い聞かせる。

そこにゆきがやって来て、大平をせかすと、おとっちゃん、行ってまいりますと、大平は意を決して挨拶すると、米太郎も無表情に行って来いと声をかける。

ゆきが停車場まで送って行く行っている中、外では、大平の為の餞別を1人50銭にするかどうか話し合っていた馬喰3人が、そのまま小笠原の家に金を借りに行く。

大平は入口の所でゆきに、おばちゃん、おら、おとっちゃんにぶたれても痛くねえんだ。何故だか痛くねえんだと打ち明ける。

そんな話を聞いていた米太郎は、いら立ったように、早く行かねえか!このバカタレ!と2人をせかして追い出すと、その場にふて寝をする。

そんな米太郎に気づかれないように家の中に入ってきた2人の馬喰仲間が、そっと大平の荷物の入った行李を外に運んで行く。

その後、布団をかぶって寝ていた米太郎だが、列車の汽笛が聞こえると、はっと起き上がる。

停車場では、汽車に乗り込んだ大平が、窓から、ホームで見送るゆきに、おばちゃん、おとっちゃんの腰が痛いとき、揉んでくれるかい?と問いかけていた。

汽車が動き出すと、ああ、良いとも、もしそんな時が来ればね…と約束してその場で泣き出す。

汽笛が何度も聞こえる中、家に残っていた米太郎はそわそわしていた。

側に残っていたお銚子に手を伸ばすが、そのまま何かを考えているようだった。

何度か、寝転がったり、起き上がったり繰り返していたが、とうとう辛抱できなくなったように、おい、爺!お前ん所に馬いるか?!と隣の小笠原に呼びかける。

壁の穴から姿を現した小笠原が、立ち上がっていた米太郎を見て、今度はどこに行くだ?と聞くと、大平に言い忘れたことがあったんだと言うので、止せ、そんな身体で…と小笠原は止めようとするが、その小笠原を投げ飛ばして、米太郎は隣の部屋に向かう。

走っていた汽車に乗っていた大平は、窓から見える村の半鐘を眺めていた。

そして、おとっちゃんが入れてくれたねじりんぼうを嘗め始めると、汽車はトンネルの中に入る。

その時、米太郎は草原を馬に乗って走っていた。

丘に昇ると、遠くを走っていた汽車の姿が見えたので、真一文字に駆け出す米太郎。

大平は、お〜い大平!大平や〜い!と叫ぶ父親の声を聞いたような気がして窓から身を乗り出す。

すると、汽車の横に並んで走る馬に乗った米太郎の姿が見えたので、あっ、おとっちゃ〜ん!と叫ぶ。

大平〜!しっかりやれ〜!おとっちゃん、付いてるぞ〜!と米太郎は呼びかける。

人間、しっかりするんだぞ〜!分かったら手を上げろ〜!と呼びかけると、大平が、分かったよ〜!と手を振りながら答える。

おとっちゃんのこと、心配するな〜!しっかりやれ〜!と米太郎が呼びかけると、車窓の大平も、腰の悪い時にはおゆきおばちゃんに揉んでもらいなよ〜!分かったら、手を上げて〜!と叫び返す。

米太郎は手を上げて答えようとするが、その途端、バランスを崩して馬から落ちてしまう。

あっ、おとっちゃん!と驚く大平。

しかし、よろよろと立ち上がった米太郎は、そのまま汽車が通り過ぎた線路上に這い上がって来ると、その場で遠ざかって行く汽車の後部を見送りながら、急に線路に耳を押し当てると、伝わって来る汽車の振動音を聞き出す。

そして、立ち上がった米太郎は、大平〜!しっかりやれ〜!おとっちゃんが付いてるぞ〜!と左手を上げ呼びかける。

大平~!しっかりやれ~!おとっちゃんが付いてるぞ~!もう1度呼びかける米太郎。

草原の上空には大きな空が広がっていた。