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穴('57)

若き市川崑監督のユーモアミステリの快作。

脚本の久里子亭と言うのは、「ミステリの女王 アガサ・クリスティ」をもじった、監督と脚本家の合作ペンネームだが、この時代は、奥様の和田夏十さんとの夫婦合作名義だったはずである。

女性の感覚が入っているお陰で、ヒロイン役の北長子だけではなく、登場する女性たちのセリフなどがリアルで生き生きとしている印象を受ける。

会社を首になった女流ライターが、自らの失踪劇を賞金付きの雑誌企画として思いついたことから、その失踪を利用して犯罪を企む一派との頭脳合戦に発展する…と言う、全体的にスピーディーでサスペンスフルな展開になっている。

アイデアも細部に渡りよく考えられており、映画としては面白く出来ているのだが、残念ながら気になる点がないでもなく、ミステリとしては難があるように思える。

その最たるものが、ヒロイン北長子が、犯罪に自分が利用されていると気づくきっかけとなる一通の手紙である。

その手紙は、ラジオの月賦が滞っていると言う内容で、偽者の北長子宛に書かれたものだが、何故、その手紙が、身を隠している本人のアパートに届けられたのかが説明されていない。

どう考えても、偽者の北長子宛ての手紙が本人に届くはずがないのだ。

なぜなら、彼女は、賞金付きで自分を捜す雑誌企画の真っ最中で、姿を観られないため、部屋の窓も開けないほど厳重に身を隠しているのに、本名でボロアパートを借り、ましてや本名の表札などかけているはずがないからである。

ラジオを月賦で購入したのは、銀行で働き始めた偽者の北長子である。

だから、月賦屋は、滞納金を受け取るため、偽者の勤め先である第億銀行へ行くと書いてあり、そこが、本物の長子が同姓同名の別人がいることに気づく重要なポイントになるのだが、手紙の住所は本物の長子が隠れ住んでいたボロアパートの場所ではない。

手紙の宛先として書かれていた「極楽荘」と言うのは、後に本人が訪ねて行っているが、完全に別の場所である。

なぜ、そんな手紙が、隠れ住んでいる本人のアパートに配達されていたのか?

考えられる唯一の理由は、その手紙を本人が読まないと、事件が進展しないから…と言う、あくまでも映画用の事情だけである。

他にも、長子から事件を聞いた鳥飼が千木のアパートに閉じ込められていた経緯など、何となく推測は出来るが、明らかに説明不足の部分がある。

とは言え、単に映画として観る限り、テンポも良く、キャラクターも生き生きしており、ヒロイン長子の冒険は楽しい。

長子は頭脳明晰風なのに、生活力には欠ける部分があり、それを補佐する図太い女性として登場している赤羽スガ役(劇中では、赤羽シズ…と名乗っているように聞こえるのだが…)の北林谷栄も面白い。

北林谷栄さんは、この前年、同じ市川崑監督の名作「ビルマの竪琴」(1956)で、印象的な現地の老婆役を演じているが、この作品では老け役ではなく、年相応の若々しい女性役で登場しているが、人を食ったような独特の個性は愉快である。

船越英一郎さんの父親である船越英二は、この当時、甘い美貌で長身の好男子。

山村聡は、最初、ちょっと分からなかったほど痩せている。

分からないと言えば、猿丸警部を演じているのが、二枚目だった菅原謙二と言うのも気づき難い。

独特のメイクをしているからだ。

さらに、本作で一番印象的なキャスティングと言えば、若き石原慎太郎氏が出ていることだろう。

駆け出しの作家としてだけではなく、何と、歌手役としても登場しており、どうやら劇中で「DREAM」と言う歌を歌っているのは本人のようである。

当時のこうした慎太郎氏の映画での扱いを見ると、単なる「時の人」とか「有名文化人」と言う感じではなく、弟石原裕次郎並みの「スター」だったとしか思えない。

主役を演じている京マチ子の珍しいコメディエンヌ振りと言い、見所が多い秀作になっている。


▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1957年、大映東京、久里子亭脚本、市川崑監督作品。

第億銀行渋谷支店

就業時間が終わり、行員たちが全員帰宅した後、店内に残っていたのは、支店長の白州桂吉(山村聡)、支店長代理の千木恋介(船越英二)、そして出納係の六井外次(春本富士夫)の3人だけだった。

受付の所で身をすくめていた六井に近づいて来た白州は、六井君、何故やらなかった?やるには金が動くこの25日前後しかないんだよ。今日、高橋商事に1000万払ったんですよ!このことを知っているのはここにいる3人しかいないんですと優し気に問いつめるが、俺を殺さないでくれ!と六井が怯えて叫んだので、チャンスはまだあります…と、白州はなだめるように言い聞かせる。

その頃、G警察署では、太い眉と立派な口ヒゲがトレードマークの猿丸警部(菅原謙二)が、雑誌「文芸公論」に載った「警察の腐敗を暴く」と言う告発記事の中で、賄賂を受け取っていると書かれていた「S警部」と言うのは、自分のことに違いない!激怒していた。

雑誌に材料を提供したのは内部の者でしょうなどと仲間は推理するが、興奮状態の猿丸警部は、名誉毀損で訴えてやる!と叫ぶと、雑誌のそのページを破りポケットに入れると、部屋から飛び出して行く。

そんな猿丸警部を見送った仲間たちは、本人がいなくなった途端、自分で買った「文芸公論」をカバンから取り出して、そのページを開いた刑事の元に一斉に集まって来る。

「文芸公論」の編集長の部屋に飛び込んだ六井警部は、床に倒れている中年男と、その前に拳銃を持って立っている青年(石原慎太郎)を観て驚愕する。

青年は六井を観ても動揺するでもなかったが、職業意識に目覚めた猿丸は、殺人の現行犯で、その青年を捕まえようと近づく。

すると、青年は、もう起きて良いですよと声をかけ、持っていた拳銃の銃口から水をコップの中に発射し、この拳銃は実存的な重量感があると呟き部屋から出て行く。

ムクリと起き上がった中年男は、編集長の机に座ると、今のは売り出しの小説家ですよ。まだ新人なので、殺人は実演してみないと書けないと言うので芝居をやっていたんですと説明すると、初めて、猿丸のことに気づいたかのように、君は誰ですか?と聞いて来る。

猿丸が、この記事に書かれたG警察のS警部と言うのは俺のことだろう!と持って来た雑誌のページを突きつけると、警察の方でしたか!と恐縮しながら立ち上がったその中年男、大屋編集長(見明凡太朗)は、忙しくてまだ読んでいないんですと言いながら、猿丸にソファを勧めると、自分のその横に腰を降ろして、受け取った雑誌の記事を読み始める。

箒のような眉に時代遅れのヒゲ…、確かにこれはあなたのことですな…と猿丸の顔を見ながら断定した大屋編集長は、この記事は近年にないヒット記事でしたが、コレを書いた女性は昨日首にしました。名前は北長子と言いますと教える。

俺は汚職警官ではない!と猿丸が訴えると、それを大衆に訴えるため告白文を書きませんか?私がお手伝いしますと大屋編集長は言い出す。

大衆の心理なんてくそくらえだ!と猿丸が言うと、それを言っちゃいけません。大衆から嫌われますぞと大屋編集長は忠告する。

その頃、アパートの一室で、遺書を書きあぐねている者がいた。

そこにいきなり入って来た赤羽スガ(北林谷栄)は、また遺書?と聞いて来る。

遺書の前で振り返った部屋の主は、出版社を首になり泣いていた北長子 (京マチ子)だった。

そんな長子に、あんたが死んだら、この部屋の権利頂戴ね。今の部屋西日がきついのよとスガは、無遠慮に頼む。

どうやら、長子が遺書を書くのは毎度のことなので、それをからかっているのだった。

しかし、長子は、今度は本当の書き置きよ。私首になったの。警官が金のため不正をする。その記事を載せた出版社は儲かる。大衆なんてもういないのよ!人が勝手に作り上げた怪物よ!とまくしたてる。

スガは、あんたお腹空いてない?腹立てるとお腹空くのよ。お上がんなさいと言いながら、土産に持って来た煎餅を渡す。

素直にその煎餅をかじり出した長子は、記事の内容は、鳥飼と言う警官に聞いたのよ、もう新しい仕事なんて見つからないわ…と悲観する。

そんな長子に、この狭い日本で、人間1人の足跡を完全に消すなんて不可能に思うでしょう?、でも。今現在、行方不明者は多いのよ。あんた物書きなんでしょう?そう言うのを書いてみたら?といきなりスガが提案する。

私自身が行方不明になって、それを自分で書くって言うの?でも、私なんてすぐ見つかっちゃうわ…と長子が反論すると、美人だから?とスガはからかって来る。

自分が美人だから、すぐ見つかってしまうとうぬぼれているんでしょう?とスガが言うので、雑誌のカバーガールになったこともあるのよと長子が自慢すると、そりゃ、写真家の腕が良かったのよとスガは断定する。

でも、相当長い間、姿を消さなくちゃいけないからお金がいるわ。貸してくれる?と長子が頼むと、スポンサーを見つけりゃ良いじゃない。私はアイデア料として、あんたが得た収入の2割を頂くわとスガは一方的に話をまとめてしまう。

その後、スガは長子を連れ、「週刊ニッポン」と言う新興の超弱小出版社にやって来る。

社員が1人しかいないと言う編集長の甘粕左平(潮万太郎)は、スガとが長子が持ち込んで来た企画に乗り気になる。

しかし、うちのような弱小出版社では、とても長子が望むような多額の原稿料は払えないと言うので、長子の代理人と名乗ったスガが、賭けをやると言うのはどう?と言い出す。

つまり、長子が姿を消すので、長子を見つけた読者に賞金を出すと言う企画にすれば、絶対雑誌は売れるし、見つからなければその賞金を長子に渡せば良いではないかと言うのだった。

それを聞いた甘粕編集長は、東京だけに限っても、6000万円分くらいは雑誌が売れるに違いないと素早く計算し、賞金は100万…、いや50万で十分だと答える。

さらに30万まで値下げしようとした甘粕に、スガが50万!と声をかけ、決定させる。

生活費として少し前借りできませんか?と長子は頼むが、あなたが無事姿を隠し通せたら、一ヶ月後にお支払いしますと言い、その場で自ら長子の写真を雑誌掲載用に撮り出す。

その後、甘粕ともう1人の社員が部屋を出ると、知ってる人がいる銀行に頼んでやるよと、金がなく落ち込んでいる長子をスガが励ます。

そのスガの紹介で、長子がやって来たのは第億銀行渋谷支店だった。

白須さんにお会いしたいと長子が声をかけたのが千木恋介で、応接室に案内してくれる。

その後、姿を現した白州は、赤羽さんからうかがいましたと言い、それで、どこに隠れるのですか?と聞いて来る。

50万も賞金がかかったのでは、もう友人も親類も信用できないので、変装して、誰も知らない所に身を隠すと長子が答えると、白州はあっさり5万円差し出して来る。

3万くらいでも借りられれば…と思っていた長子は、5万も出されて戸惑うが、白州の人柄を信じ、借り受けると、言われるがママ借用書にサインして帰る。

長子が応接室からでて行った直後、白州は黙ってその借用書を破り捨てる。

アパートに帰り、姿を消すために荷造りをしていた長子は、電話がかかって来たので出ると、竹馬書房から、今度、女流作家全集を出すことになり、長子の作品も入れたいので、作家紹介用のお写真を銀座のスタジオで撮らせてもらえないかと言うものだったので、長子は喜んで承知する。

しかし、その電話の受話器にハンカチを当ててかけていたのは、先ほど会ったばかりの白州だった。

白州は自分のマンションの部屋に、千木と六井、そして、中村武子(日高澄子)と言う飲み屋の女を呼んでおり、これから銀座のスタジオで撮る長子そっくりに成り済ました武子を六井の部下にするように命じる。

白州は全員に、長子は一ヶ月間姿を消すので、その間、うちの銀行の工員として、長子に化けた武子が働き、一ヶ月後に姿を消せば、金を奪ったのは長子ということになると計画を打ち明ける。

武子は、こんな堅苦しい仕事をするのは嫌だとごねるが、盗んだ金の4分の1が手に入るんだぞと言われると渋々承知するが、何だって、こんな別荘を持っているほどのあんたらが泥棒なんてするんだいと尋ねる。

白州は、俺は来年定年だが、一度社長になってみたいんだと言い、千木は、あんたはサラリーマンの苦しい生活を知らないだろう?と武子に迫り、男たちの気迫で後ずさった武子は、そのままベッドに倒れ来んでしまう。

銀座のハヤタスタヂオに来た長子は、写真代は竹馬書房が払うのよなどと上機嫌でカメラの前に座っていた。

その後、銀座の雑踏の中に出た長子は、ばったり、自分が首になったあの告発記事の情報提供者鳥飼秋太(石井竜一)に出会う。

鳥飼は、あの件で警官を首になったので、田舎に帰って探偵事務所でも始めようと思う、近くに来た節は寄ってくれと言い、住所を書いた紙を長子に手渡すと、自分も首になったと言う長子が荷物を持っているので、あんた、これから旅行か?と聞き、別れる。

その後、いよいよ「この人を探せ 北長子」が写真入りで掲載された「週刊ニッポン」が発売され、懸賞が始まる。

時計の針が高速で廻り、太陽と雨のシンプルデザイン化したイラストが交互に出て来て、29日経過の文字…

長い髪のカツラをかぶり、濃い化粧で変装していた長子が、密かに隠れ住んでいた団地の部屋に戻って来る途中、怪し気な男が立ちふさがったので、バレたかと身構えるが、その男が差し出したのは布団針で、買ってくれと言うので、単なる押売と分かったので、振り払って、臭い匂いが染み付いた部屋に戻り、カツラを脱ぐと腹這いに寝っころがる。

部屋の匂いは気になっても、身を潜めている今、窓を開けるわけにはいかなかった。

いよいよ明日、賞金の50万が自分のものになるはずだったから、油断は出来なかった。

そんな長子は、ドアの下に差し込まれている一通の手紙に気づく。

差出人は「丸優月賦株式会社」と言う会社からで、お買い上げのラジオの二回目のお支払いが未納なので、第億銀行渋谷支店の方にお受け取りに伺いますと言う内容だった。

ラジオなど買った覚えのない長子は、宛てがきに書いてある「台東区弁天町極楽荘 北長子様」と言う名前を観て、同姓同名の人宛ての手紙が間違って配達されたのだと気づく。

それでも気になった長子は、変装姿のまま第億銀行渋谷支店に向かい、支店長の白州に面会を求める。

応接室にやって来た白州は、長子を観ても誰だか分からないようだったが、長子がカツラを取り、服もアレンジして見せると、すぐに北長子!…さんでしたか!と驚く。

1度会っただけなのに、良く顔を覚えておられますねと長子が聞くと、白州は少し狼狽しながらも、商売柄、記憶力は良い方で…と答える。

そんな白州は、1日早かったですね?もう1日残っているはずですが?と聞いて来たので、確かに後24時間残っているんですが、白須さんは信用していますから…と長子は言い、私と同姓同名の方がこの銀行に勤めておられますね?と言いながら、持って来た催促状を渡す。

白州が、その内容を読んでいる最中、白州を呼びに来た千木も、長子がそこにいるとは知らなかったようで、顔を見るなり、驚いたように、北長子さん!と声を上げたので、この銀行の人は記憶力が良いのねと長子は皮肉を言う。

白州が確認して来ると言い、千木と共に部屋から出て行った後、急いでカツラをかぶり、元の変装姿に戻った長子は、白州がテーブルに置き忘れていた書類の束の中に挟んであった「鉄腕アトム」の漫画本を引き出し、ちょっと読んだ後、またちょっと好奇心から書類をめくり、そこに、自分が銀座のハヤタスタヂオで撮った写真があるのに気づく。

写真の裏面にも、はっきり「ハヤタスタヂオ」と文字が入っていた。

その時、人が近づく気配がしたので、急いでその写真を自分のバッグに隠すと、戻って来たのは白州で、本人は今欠勤していますと言い、これまであなたは誰にも見つけられませんでしたか?と聞いて来る。

大丈夫!明日の正午までですからねと長子が答えると、念のため、通用門からお帰り下さい…と白州は勧める。

その言葉に従い、長子は通用門から外に出る。

その後、白州のもとにやって来た千木が、午後、竹森工務店が金を受け取りに来ますと報告すると、あそこは2500…何万かだろう?と白州は意味ありげに確認する。

一方、長子の方は、変装したまま、銀座のハヤタスタヂオに向かうと、この間、竹馬書房の来たの写真を受け取りに来たのは誰だった?とカメラマン兼受付の男に聞くが、男は長子を覚えておらず、あんた誰?と聞いて来る。

長子はその場で電話を借りると、竹馬書房に女流作家全集の企画があるかと聞くが、そんなものはないと聞くと、自分は騙されていたと気づく。

その後、長子は、手紙の宛先に書かれていた「極楽荘」と言うボロアパートへ向かって、北長子なる同姓同名の女について管理人のおばさん(岡村文子)に聞くが、契約に来たのは兄と名乗る男で、本人が住んでいた気配はなかったと言うではないか。

大衆食堂で、大勢の男客に混じり、チャーハンをかき込みながら、長子は今まで知りえた謎の数々をノートに列記して整理していた。

ラジオの請求書、銀行にあった自分の写真、自分の失踪のことを根掘り葉掘り聞いて来た支店長…

やっぱり穴だ!と長子は叫ぶ。

電話帳を調べ、公衆電話から六井の家に電話して、北長子さんのことでちょっとお聞きしたいことがあるんですが?と切り出すと、先方も、僕もあなたにお話があるので、すぐ来てくださいと言う。

夜、六井の家を訪ねた長子は、呼びかけながら中の様子をうかがうが、ラジオから音楽が聞こえて来るだけで誰の返事もなく、中で倒れていた六井に気づく。

驚いて上がり込んだ長子が六井の身体を抱き起こすと、背中にべっとり血が付いており、絨毯にも血が付着していたので驚いて手を離す。

その時、突然玄関から入って来た見知らぬ女が悲鳴を上げ、あなたが殺したのね!と言いながらピストルを突きつけて来る。

長子が身動きしないでいると、銃を突きつけたまま、ラジオを止めると、その女は部屋にあった電話のダイヤルを回し110番にかける。

勤めているジャズ喫茶「プレスリー」に、兄が危篤なので来てくれと連絡があり、家に来てみると殺されている。自分は妹のふき子(川上康子)で、住所は弥生町5番地…と伝える。

その間、足下の絨毯を足の指で探っていた長子は、絨毯の端を思いっきり引っぱり、ふき子が転倒して頭を打ち気絶したので、その隙に外へ逃げ出す。

ところが、暗がりに潜んでいた男に突然飛びかかられ、持っていたバッグをひったくられたので、泥棒!と叫んで追いかけて行くと、たまたま通りかかった警官がその男を取り押さえてくれる。

警官は、念のため、署まで来てくれと言うので、急いでいるので…とごまかそうとした長子だったが、パトカーが近づいて来たので、事件があったのかしら?等と言い、慌てて、その場を逃げ出す。

警官は、このバッグはあなたのじゃないんですか?お金がないと困りますよ!と声をかけて追いかけて来る。

何とか、そんな警官を振り切って逃げ延びた長子は、以前、住所を書いた紙をもらっていた鳥飼の探偵事務所がある千葉にやって来る。

長子は、白須氏の書類に私の写真があったことを始め今までの経過を説明し、白州が怪しいと推理を披露していた。

話を聞き終えた鳥飼は、そんも推理は正しい!原因は金だ!銀行員が狙うのは金に決まってると断じる。

あなたがくれた紙を見つけたものだからと、ここに来た理由を打ち明けた長子が、今、あなたはどうしているの?と聞くと、親の理解がなく、自衛隊に入るか、百姓になれと言われていると打ち明けた甘粕は、警察に行けば良いじゃないか?あなたには動機も証拠もないんだからと勧める。

しかし長子は、ある理由があって行けないの。でもそれはあなたには話せませんと言うので、あなたはものをこんがらがせる癖がある!と鳥飼は言い聞かせようとするが、千円とあの野良着、そしてその腕時計を貸して!どうしても借りるわよ!と頼む。

翌日、新聞紙上に「25000万盗まれる」と言う真新しい事件が載っているのを知った猿丸警部は、捜査会議で激怒していた。

警察の重要情報が筒抜けなのはどうしてだ?と怒っていたのだった。

竹森工務店が2500万を第億銀行の出納係六井の部下の北長子から引き出したのは昨日の11時の事だった。

そこにやって来た鑑識係は、殺された六井に使われたナイフには、北長子の指紋が残っていたと報告する。

刑事の1人が、週刊ニッポンの甘粕編集長が言うには、賞金を賭けて身を隠しているはずの北長子が銀行に勤めているなんて考えられないと報告すると、灯台元暗しを狙って意図的にやっていたのかも知れず、犯行は、六井と北の共犯かもしれないと猿丸警部は推理する。

竹森工務店は、確かに現金を銀行では受け取ったと話していますとの刑事の話を聞いた猿丸は、銀行に来た竹森工務店の目の前で現金を勘定してみせた六井は、その現金を足下のズックの袋に入れ、前からその横に置いていた別のズック袋を竹森工務店に渡したかも知れないと推理してみせる。

しかし、2500万と言えば相当な嵩ですよね?どうやって銀行の外に運び出したんでしょう?と刑事が突っ込むと、猿丸も、そいつは俺にもまだ分からんと正直に言うしかなかった。

そこに連れて来られたのは、一晩留置場に泊められた六井の妹ふき子だった。

重要参考人なのですまなかった、朝食は用意してあるから食べて帰ってくれと猿丸は詫びるが、その顔を観たふき子は、私、あんた知ってる!店に来る文学青年が持っていた雑誌に載っていた!随分思い切ったことが書いてあったわと感心するように猿丸を見つめて来たので、頭に来た猿丸は、もう飯、食わせなくて良い!と切れる。

その頃、タクシーに乗って東京に戻って来たのは、田舎娘に変装した長子だった。

長子は運選手(浜村純)に、実は東京の男に騙されたおぼこ娘だと噓を言い、今その男に会いに行く所だと説明する。

すると、同情した運転手が、その男の勤め先に着いたら、俺がその男を車に引っ張り込んでやるからと言い出し、勤め先を聞くので、第億銀行だと長子が答えると、それは強盗があった銀行じゃないか!と驚く。

やがてタクシーは、第億銀行渋谷支店前に到着し、長子は、近づいて来た千木を指して、あの男だと教える。

何も知らない運転手は、なるほど女を騙しそうな男だと納得し、車を降りると、いきなり千木に近づき、腕づくで後部座席の押し込んで来る。

千木は、隣に座った長子に最初は気づかないようだったが、運転手が車を走らせ、おらだよ、忘れちまったのか?と言いながら長子が抱きつくと、ようやく気づき、2人だけでゆっくり話しましょうと観念する。

渋谷のビルが見える空地に高台の空地にやって来た長子は、次に殺されるのはあなたよ、私と銀行に勤めていた私そっくりな女が別人であることを知っているのは、あなたと六井だけですものと切り出す。

まるで白州が犯人のようですが?と千木が言うので、だって彼が犯人だものと指摘した長子は、今ではあなただけが、私が無実であることを証明してくれるただ1人ですと訴える。

私があなたと昨日あったことを知っているのは白州だけ、私はあなたの共犯者ってことにならないでしょうか?とやんわり聞いて来た千木は、偽の北長子を探すしかないでしょうねなどと言いながら、崖っぷちにしゃがんでいた長子の側にさりげなく近づき、突き落とそうとするが、長子は一瞬早く身を避け、白州は、私の部屋から短刀を盗み出し、それで人を殺すような男だから気をつけた方が良いと答える。

千木は納得したように頷くと、明日の夜8時、又ここで会って互いの情報を交換しましょうと提案する。

翌日の昼12時3分前、週刊ニッポン編集部に来ていたのは、今日、賞金を受け取るために来るはずの北長子を捉えようと待ち受けていた猿丸警部他数名の刑事たちだった。

その時、ドアをノックする音がしたので、刑事たちは一斉に隠れるが、入って来たのは、返本を運んで来た坊や(蔵方しげる)だった。

甘粕編集長は、部屋の隅に山と積まれた返本の山を前に来ると、何故売れないんだ!と嘆く。

北長子を探せと言う募集記事が載った返本の1冊を抜き取り、中を読んだ猿丸警部は、賞金50万か…、女は欲が深いから絶対来るぞと呟く。

その時、編集長の机の電話が鳴り、甘粕が出ると、あの人です!と猿丸にそっと伝える。

そして、お約束通り、賞金を差し上げます。えっ?ここには警官はいません。私はあなたがあんな危ないことをしたとは思ってませんよなどと甘粕が余計なことを言ったので、電話は一方的に切れてしまい、猿丸はがっかりする。

猿丸警部は、次に、赤羽スガのアパートに来ると、君の部屋だけを無防備状態にして、北が近づくように仕掛けたい。来たら連絡をくれと頼んで帰りかけるが、その時部屋の電話がかかって来たので、入口の所で緊張して振り返る。

電話に出たスガは、まぁ、あなたなの!私をペテンにかけて、銀行強盗をするなんて!二度と電話をしないで頂戴!と一方的に怒鳴りつけ、近づいて来た猿丸の目の前で電話を切ってしまう。

又しても、長子との接触を阻まれた猿丸警部は、思わず、バカ!と怒鳴ってしまう。

その後、銀行の方にやって来た猿丸警部に、銀行では工員の身元調査は厳しいはずですが?と聞かれた白州は、六井は6年も勤めていたのですっかり信用しており、彼の部下のことはよく調べませんでしたと恐縮し、実は私は監督不行き届きを感じ、辞表を出しましたと言うので、それを聞いた猿丸は、最近では珍しい高潔な方ですな…、警察にも欲しいくらいの人材ですなどと感心し、犯人は遠からず逮捕してみせますと約束する。

そんな第億銀行渋谷支店に突然姿を見せたのは鳥飼秋太で、カウンターの中で働く千木の姿を見つけると、10年以上も会ってなかったな!などと声をかける。

昔の戦友に気づいた千木の方も驚いて近づき、今何をやっているんだ?と聞くので、鳥飼が私立探偵だと答えると、千木の顔が急に強張る。

その時、応接室から白州と共に出て来たのが、かつての上司である猿丸警部だと気づいた鳥飼の方も慌て、今晩うちで会おうと言う千木の言葉を聞くや否や銀行から飛び出して行く。

猿丸警部の方も、自分を汚職警官と長子に話した鳥飼に気づくと後を追って来るが、電柱の影に隠れた鳥飼を見失ってしまう。

一緒に走って来た刑事たちが訳を聞くと、鳥飼の奴だ。俺はあいつの顔をみると胸くそが悪くなる!と説明した猿丸警部だったが、側に立っていた女を長子だと思い込み、北長子!と声をかける。

しかし、振り返った女は全くの別人で、何?おじさん…と言うと、いらしてねと言いながら「アルサロ」と書かれたマッチッを手渡して去って行く。

銀行内では、竹森工務店が午後の2時頃来るそうですと報告に来た千木から、長子に会った話も聞かされた白州が、あの女がそこまで頭が良いとは思わなかった…と考え込んでいた。

そんな白州から離れた千木が、銀行内にかかって来た電話に出ると、あいては長子だったので、白州に気づかれないように、支店は川崎のK工場跡ですと伝える。

勘の良い長子は、それを聞くと、そこに偽者の私がいるのね?と確認して来る。

一旦公衆電話を切った長子は、また第億銀行に電話をすると、今度は竹森工務店の秘書課を名乗り白州を呼びだすと、今日は2時半までそちらにうかがえないと申しておりますと伝える。

その電話を受けた白州は信じ込み、お待ちしておりますと答えた後、近づいて来た千木に、弱ったね、今日はすぐには出かけられないと訴える。

その後、田舎娘に化けた長子は、川崎の廃工場になっているK工場跡1人で乗り込んでいた。

地下に降りるとドアがあったので、ノックすると、白須さん?と言う女の声が聞こえ、ドアを開けたので長子が中に入ると、相手の女は、北長子!と驚く。

本物…と言いながら、偽長子こと中村武子と対峙した長子は、似てないわねとバカにするが、似てるわよ!と武子も言い返す。

白州から連絡があったでしょう?あんた、殺されるよと長子が忠告すると、私があれを持っている限り殺されることはないわと武子は嘲笑し、あんたの方が殺されて、迷宮入りになるだけ!などと言うので、頭に来た長子は相手に組み付いて行き、2人の女は転げ回って喧嘩をする。

長子は武子の腕に噛み付くと身体を外し、ドアから外へ逃げ出そうとするが、追って来た武子が木の棒で後頭部を殴りつけたので、長子は昏倒してしまう。

気がついた長子は、綱でぐるぐる巻きに縛られ、先ほどの地下室に転がされていることに気づく。

鳥飼から借りた腕時計を観るともう3時だったので、先ほどの偽電話で2時半までしか待ってないはずの銀行の白州は、今こちらに向かっているはずだと気づき、焦る。

白州が来たら、自分が殺されることは分かっていたからだ。

鳥飼は、部屋の隅にあった金棒に近づくと、それに背中の綱の結び目をこすりつけ、何とかほどこうとし始める。

その頃、白州は確かにタクシーで川崎の廃工場に近づいていた。

何とか綱を擦り切った長子は、足を縛った綱もほどき、何とかドアから脱出しようとするが、ドアは施錠されており開かない。

一計を案じた長子は、部屋の中に置いてあった電気スタンドを持って来て、コンセントに繋ぎ、電気が通っていることを確認すると、コードを引きちぎり、二本に引き裂くと、ビニールの被服を歯で噛み切って電線を出し、その一方をドアの手すりに巻き付け、ドアの下には鉄板を敷いて、脇にもう一方のコードを持った状態で、火事だ!爆発する〜!と大声を上げる。

やがて、声に気づいた武子が戻って来て、ドアを開け、足を中に踏み入れて下の鉄板に踏んだ瞬間、長子はもう一本のコードを鉄板にくっつけたので、ドアの取っ手を握ったままだった武子は感電して倒れる。

階段を上がり、そこで、自分が持って来た変装用具を入れたふろしき包みを見つけると、急いで洋装に着替え始める。

しかし、気がつくと、足元は下駄のままだったので、急いで下の地下室に戻り、気絶していた武子の靴を脱がして履き替える。

サイズもぴったりだったが、何か足裏に違和感を感じたので靴の片方を裏返して振ってみると、中から折り畳んだ紙片が床に落ちる。

それを拾い上げ開いて確認すると、それは「472」と書かれた駅の荷物の預かり表の一部のようだった。

さっき武子が言っていた、これさえ持っていれば殺されることはないと言うのはこの紙のことのようだった。

六井も仲間だったのねと気づいた長子だったが、上に上がって逃げ出そうとしている所に足音が近づいて来る。

白州が来た!と直感した長子は、取りあえず、物陰に身を潜めると、案の定入って来たのは白州で、下から武子のうめき声が聞こえたのに気づいたのか、階段を降りて行ったので、その隙に長子は外に逃げ出す。

その夜、ジャズ喫茶「プレスリー」では男性歌手がステージで歌っていた。

そんな中、ウエイトレスの六井ふき子に、あの夜、君に兄が危篤だと知らせて来たのは誰だったんだろう?と聞いていたのは猿丸警部だった。

ふき子は、そんな猿丸が迷惑そうだったが、その時、おじさん、少ししつこいじゃないかと声をかけて来たのは、歌の途中だった歌手だった。

その顔をまじまじと見た猿丸は、前に「文芸公論」の編集室でピストルを持っていた駆け出しの小説家だと気づき、何しているの?と聞く。

青年は、小説にはもう飽きたから、今は歌手をやっていますと答えると、歌の2番を歌い始める。

収穫もなく「プレスリー」を出て行った猿丸と、入口付近で肩がぶつかり、すみませんと謝って店の中に入ったのは、帽子を目深にかぶり変装していた長子だった。

席に着いた長子は、ウエイトレスのふき子が来ると、隣に座りなさいと、バッグの底から銃口らしきものを突き出し命じる。

あんた、ピストルを持っていたわね?と長子が聞くと、このライターねと言いながら、ピストルを取り出してみせたふき子は、火を付けて見せると、ちょっと見、本物に見えるでしょうと笑う。

あなたにあの夜、兄さんが危篤って電話をして来たのは誰?と長子が聞くと、さっきも同じこと警察に聞かれたわとふき子が言うので、長子は驚く。
さらに、何か、兄さんから預かったものはないと長子が突っ込むと、このペンダントだけ…と言いながら、首から下げていたペンダントを開けてみせたふき子だったが、中に紙が折り畳んでいれてあったので、ゴミだと思って灰皿に捨てる。

長子はさりげなく、その紙切れをつまみ上げて隠す。

その後、「む83」と書かれた紙切れを手に入れた長子は、昨日と同じ、渋谷の空地に夜の8時にやって来る。

先に来ていた千木が現れ、あんたが来なかったら警察に行く所だったなどと言いながら近づいて来ると、まだ夕刊、観てないんですね?と言いながら、夕刊を渡して来ると、暗闇でも読めるように、マッチの火をつけてくれる。

そこには、川崎の廃工場に女の死体と言う記事が載っていた。

死因は感電死と書いてあったが、長子は、あの時にはまだ生きていたわと呟く。

支店長が来たんでしょうね?と千木が聞いて来たので、私、観たわと長子は答える。

支店長が犯人なんですね?と千木は念を押して来る。

「プレスリー」で手に入れた紙片を撮り出した長子は、それを千木に見せながら、これは東京駅の荷物預かり表じゃないかしら?それを3枚にちぎって、3人で分け合ったんでしょうと推理を聞かせると、千木も、でも、この2枚だけじゃ荷物は渡さないでしょうと答え、今夜はどこに泊まるんですか?と聞いて来る。

千葉に鳥飼って男がいるんだけど、ぼんくらで…と長子が言うと、僕のアパートに来ませんか?と言いながら千木が迫って来る。

しかし、たった一カ所だけ、ゆっくり眠れる所があるんですと長子は答える。

とある警察署の女専用の留置場の中では、新宿駅の裏手で捕まったと言うポン中が、一晩中、訳の分からないことを呟き、他の女たちから煙たがられていた。

そのポン中の女こそ、長子が化けた姿だった。

安心して眠れる場所とは留置場のことだったのだ。

翌朝、又着替えて東京駅に向かった長子は、靴磨きの少年に50円を渡して、自分が持って来たバッグを荷物預かり所に預けて来てくれと頼む。

戻って来た少年から、預かり表を受け取った長子は、今度は自分で荷物預かり所に向かい、1人の係員に、もうすぐ列車が出るのだが、3日前に預けた預かり表をなくしてしまったので、自分を中に入れて、荷物を探させてくれないかと頼む。

係員は、そう言うことをすると上司に怒られるので…と言いながらも、長子が色目を使ってみせると、仕方がないと言う風に中に入れてくれる。

手に入れた2枚の預かり表に書かれた「む83472」の数字を手掛かりに、置いてある荷物を調べていた長子は、同じ番号の荷物を発見したので、急いで、札を、先に自分が靴磨きの少年に預けさせたバッグの札と付け替える。

表に出て来て見つけたと係員に示したのは、自分が預けたバッグだった。

中には本が15冊入っていると申し出ると、中味を確認した係員も同じだと答える。

その時、バッグの中を覗いていた長子が、預かり表があった!少し破れているけどこれです!と「む83472」と書かれた2枚に破れた預かり表を取り出したので、その数字も確認した係員は間違いないね。最初からこれを出していれば探す手間が省けたのに…と太鼓判を押し、そのバッグを渡してくれる。

その後、長子は、夫の服を預けているので、取りに行ってもらえないかと構内を通りかかった赤帽に、預かり表を渡して頼む。

その預かり表は、靴磨きの子に預けさせた時に受け取ったものだった。

少し待っていると、赤帽が、先ほど長子が札を中で付け替えておいた目的の荷物を抱えて持って来てくれる。

その荷物を持った長子はm、週刊ニッポンの編集部にいた甘粕の元にやって来る。

甘粕編集長は、突然やって来た長子に驚き、今、刑事たちは食事に出ているだけですよと忠告するが、だから今来たのよと答えた長子は、ここに盗まれた2500万の現金が入っています。私が犯人じゃなければ、賞金50万をくれるでしょう?だから、あなたに見せたかったのよと言いながら、ハサミで荷物の紐を切り、その場で蓋を開けてみせる。

しかし、箱の中に入っていたのは現金ではなく、折り畳んだ新聞の束だけだった。

全部取り出して床に新聞を放り投げた長子は、見込み違いだったことが信じられず、その場で頭を抱えてしまう。

これは何かの間違いですよ…と甘粕は慰めるが、その時、長子は、床に散らばった新聞に目をやり、何かに気がつく。

拾い上げた新聞には、四角い穴が開いていた。

その四角い穴は、全部の新聞にあるようだった。

この穴は何なのか?

誰かが何かを切り抜いた跡だった。

連載記事か何か?

編集部内に置いてあった同じ新聞を拡げ、切り取られた部分を確認してみると、それは「株式相場欄」だった。

毎日、律儀に「株式相場欄」を切り抜いている男が背後にいると言うことだった。

甘粕さん!この穴を新聞に開けた手を見つけ出せば良いのよ!と長子は口走る。

その頃、銀行内のトイレ内で白州と遭った千木が、長子をあなたの部屋におびき寄せ、何とかしましょうと持ちかけていた。

君と私の受取表では、荷物は受け取れないと白州は呟いていた。

あの女は私のことを信用しています、今夜中に取り返しましょうと千木は答える。

その夜、長子は単身、千木のアパートに来る。

実は、その押し入れの中には、鳥飼が縛られて、猿ぐつわを噛まされ押し込まれていた。

意外ときれいにしているのね。私の部屋よりきれいだわなどとお世辞を言いながら、千木の前に座った長子に、千木は、小型魔法瓶に入ったミルクのようなものを注いで出す。

その時、押し入れの中の鳥飼が少しもの音を立てたので、千木は長子に気づかれないように押し入れを開け、足で鳥飼の頭を蹴って静かにさせる。

私は女の人のことを良く知りませんが、あなたのような冒険好きな人はいませんね。僕にはとても魅力的ですなどと言いながら長子の前に座り直した千木だったが、長子は、その千木が新聞の株式欄を切り抜いている姿を目の前で目撃し目を見張る。

しかし、それに気づかない千木は、白州の部屋に行くのはお止めなさい。僕も白州の顔を見るのが嫌になり、一週間休暇を取りました。どうしても白州の犯行だと思いますか?などと千木は問いかけながら、白州の部屋の鍵を渡す。

そして、今夜は白州はいません。本社の連中の会合の話をしていましたから…と千木は教える。

長子がそんな千木に、一緒に付いて来てくれませんか?ドアの外に立っていてくれるだけで良いんです。私に何かあったら、すぐに警察に知らせてくださいと頼むと、何を探すんです?と聞かれたので、言えませんと長子は答えるが、あなたのためなら僕は何でもやりますよと千木は約束してくれる。

その後、長子は白州のマンションの部屋に忍び込むと、私、何のためにこんなことやっているのかしら?私が罠にかけられたから、私も罠をかけてみせるわ!一か八か…等とぼやきながら、家捜しを始めるが、そこに不在のはずの白州が突然入って来る。

会合があったのでは?と驚く長子に、私は明日にも銀行を辞める男です。会合等出る必要はありませんし、警察に知らせる必要もありませんなどと言いながら棚の中から猟銃を取り出し、料だけが私の趣味でね…と言いながらソファに腰を降ろす。

そして、ラジオのスイッチを入れて大きな音量で音楽を流し始めたので、その音で銃声をごまかそうと言うのねと長子が指摘すると、白州は黙って銃口を長子に向ける。

長子は、ドアのノブが少し回されたことに気づき、外に千木がいてこの状況を聞いていることを確信すると、あなたは洋服箱の中に新聞紙を詰めたのねと長子が言うと、知らないと白州が言うので、自分で詰めたくせに…、そして、駅にその金を預けたのねと長子が指摘した瞬間、銃声が轟き、長子は胸を押さえるが、自分は撃たれていないことに気づく。

銃を撃ったのは、ドアから入って来た千木で、床に倒れていたのは白州だった。

怖かったわ!と言いながら長子が千木にしがみつくと、白州が君に猟銃を突きつけたので、つい…と千木は発砲した言い訳する。

何を探していたんです?と千木が聞くので、白州が私の部屋でナイフを盗まれたとき使った鍵が見つからないかと思ったけどダメだったわと長子は答える。この部屋だって、もう部屋だって、私の指紋があちこちについているだろうし…と、もう身の潔白を証明するのを諦めたような長子は、どうして私を連れて行きたいの?と千木に尋ねる。

僕は君が好きなんです。北海道へ行きましょうと言い出した千木は、部屋の電話を取り上げると、羽田の日航に電話を入れ、今夜の11時45分発北海道行きの飛行機の予約を仮名を使って2人分すると、そんな千木に、その銃は?とピストルの出所を長子が聞くと、軍隊の時持っていたんですよと答えた千木は、僕は仕度で一旦家に戻るので、直接羽田で会いましょうと言い残して部屋を出て行く。

部屋に1人残された長子は、ふん!愛している割には水臭いものねとぼやき、白州の机の上の便せんに、指紋がつかないようにハンカチで持ったペンを使い、「夜11時45分、北海道飛行機の予約をすること 白州」と書き残し、窓を開けて、人殺し〜!と悲鳴を上げる。

そして、部屋の中に置いてあった大きな優勝カップを持ち上げると、目をつぶって、思い切り自分の頭に叩き付ける。

その後、警察署内の猿丸警部は、新聞記者たちから、犯人が捕まったんですか!と詰め寄られながら、刑事部屋の中に入って行く。

その部屋のソファには、頭に包帯を巻いた長子が寝かせられていた。

猿丸警部は、彼女は絶対白州を殺してはいないと言いながら、長子が持っていた新宿駅の荷物預かり表を受取に行った警官が、途中で車がエンコしたと言い訳しながら遅れて到着するのを待っていた。

届いた荷物は風呂敷包みだった。

その場で開けてみると、中に入っていたのは、野良着、帽子、靴、長い髪のカツラ…と言った変装道具だけだった。

盗まれた金が入っているのではないかと期待していた猿丸警部は、ちくしょー!と悔しがるが、ソファで寝ていた長子はにやりと微笑む。

彼女は気絶している振りをしているだけだったのだ。

飛行場の男はまだか?その男に聞けば分かると猿丸が苛ついていると、羽田で捕まり連行されて来た千木が連れて来られる。

千木は、何故僕が警察に連れて来られなきゃ行けないんです?飛行機が出てしまったじゃないですか!と抵抗していた。

何しに北海道へ?と猿丸が聞くと、休暇でです。休暇届を出しときましたと千木は答える。

予約の電話はどこからかけました?白州のマンションの交換手の話ですと、白州の部屋から電話がかけられていますけど?と猿丸は教え、その場で千木の身体検査を命じる。

バッグを調べていると、中から拳銃が出て来て、銃口の匂いを嗅いだ刑事が最近撃っていますと告げる。

猿丸は鑑識に調べさせるよう命じる。

その時、ソファから長子が起き上がって来たので、それに気づいた千木は、君も捕まったのか!と驚き、白州のことをうっかりしゃべってしまったので、白州が殺されたことを何故君が知っているんだ?と猿丸は追求する。

さらに、長子の方も、私、この人に会ったこともないわと言い出したので、千木は唖然とする。

確かに私は白州さんの所へ行きましたが、それはお金に困っていたからで、この男が白須さんを殺したんですと指摘する。

すると、千木は逆上し、川崎のK工場跡で女を殺したのもこの女です!と長子を指差すが、それを聞いた猿丸は、川崎のK工場跡で見つかった女の事件がこの事件と関わりがあるとは気づかなかったと呟くと、君は色々詳しいねと千木に迫る。

千木は、白州がやったんだ!殺しなんて愚劣なことはやってない!と叫ぶが、白州を殺したじゃないか!と猿丸は責める。

長子は、相変わらず、あなたと会ったこともないわとシラを切り通す。

そこへ、鑑識の係員がやって来て、今調べた拳銃の銃弾は白州のと同じですと証言する。

猿丸は、千木の持っていた旅行用トランクを開けるよう部下たちに命じる。

千木は止めろ!と叫ぶが、施錠されていたトランクの蓋をこじ開け中を開くと、新聞紙の下に、びっしり盗まれた2500万の現金がつまっていた。

この女と共犯だ!と千木は叫ぶが、この人が共犯なら、君と飛行機に乗ったはずだと反論する。

刑事たちが千木を取り押さえようとすると、必死の抵抗を始めた千木は、一瞬の隙を突き、窓から外へ身を投げてしまう。

刑事たちも全員退室した後、1人、机に座っていた猿丸警部の横のつい立ての後ろから、着替え終わった長子が出て来る。

着替え用の風呂敷包みを持ち、警察って親切なものね。これも保管してもらったようなものねと苦笑した長子は、猿丸に近づくと、千木を追いつめたあなたのこと、私思い違いしていたわ。あなたは立派な人間よと褒める。

しかし、猿丸は、真犯人を捕まえ損なったと、千木を目の前で自殺させてしまったことを悔んでいた。

そこに駆け込んで来たのは、週刊ニッポンの甘粕編集長、赤羽スガ、そして、千木のアパートの押し入れから救出された鳥飼秋太たちだった。

スガは、白州とは株で知り合って、その後、色々、でたらめを言って付き合って来たと打ち明けると、鳥飼は、千木とは軍隊が一緒だったが、奴はしょっちゅう、営巣に入れられていたと打ち明ける。

スガは甘粕編集長に、この記事はとびっきりよ!と高く売りつけようとし始め、長子は鳥飼に、汚職警官の話は外国のことだったそうじゃない!と抗議すると、そう言いかけたのに、君は最後まで聞かなかったじゃないか!と鳥飼も言い返す。

そこに、もう帰っても良い?と言いながら六井ふき子までやって来たので、みんな、出て行ってくれ!と猿丸警部は叫ぶ。

替え玉泥棒などするのなら、ごうして北長子が身を隠してすぐに犯行を起こさなかったんだろう?と聞かれた猿丸警部は、東京で犯罪を起こしても、北君が九州などで名乗りを上げれば、一発で替え玉だということがバレてしまうじゃないかと答える。

甘粕は、賞金の50万と言ったって、税金など色々引かれると、実際受け取れるのは10万くらいにしかならないんですよと言うので、長子は、あんなに苦労してたった10万!と驚く。

鳥飼は、探偵事務所を東京に開きます!と宣言し、長子は金を貸さないとは言わなかったわと答えるが、君が助手になってくれれば費用は安くすむし、結婚したら良いんじゃないか?等と言い出したので、あんたが私の助手になれば良いんでしょう!と、呆れた長子はやり返す。

それでも鳥飼は、東京で事務所を開く!君の力を借りるよと、なおも言い返すのだった。