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峠を渡る若い風

晩年、観念的で難解な作品を作る事で有名だった鈴木清順監督の、日活時代のプログラムピクチャーで、ロードムービー風の分かり易い人情ドラマになっている。

気ままな旅をしている学生が旅芸人一座と知り合い、旅を一緒にする…と言う展開は、「伊豆の踊子」を連想させたりするが、純文学と言うより、もっと大衆小説風の内容である。

青春ものなのに恋愛要素も淡いものでしかなく、抱擁やキスすらないのが逆に心地よい。

和田浩治主役の映画は初めて観るような気がするが、当時の日活スターの中では、「不良性」が全く感じられない、ごく普通の甘いマスクの好青年にしか見えないところがあり、その辺が今ひとつ、人気が出なかった要因ではないかと想像する。

不良役等をやらせても、あまり様にならなかったのではないだろうか。

意外だったのは、藤村有弘と漫才コンビのような役を演じている土方弘と言う人。

ちょっと額が広い個性的な顔立ちで、悪役が多い印象だっただけに、この作品のような善人役は珍しい。

さらに意外なのが金子信雄で、手ぶらで香具師をやる寅さんみたいな役かと思って観ていると、実は…、結構かっこいい役だったりする。

役名も健さんだし、これはかなり儲け役のような気がする。

話自体も明朗青春ものと言う感じで、癖がないのが、逆にインパクト不足のようにも感じる。

キャスト面でも、森川信とか初井言栄と言った渋い人は出ていたり、ゲスト的に島倉千代子等も登場しているものの、決定的に動員力がありそうな人が誰も出ていない印象。

つまり、今観るとそれなりに面白いのだが、当時、興行的にはあまり受けなかったのではないだろうか。

調べてみたら、この作品は青山恭二主演「兇悪の波止場」と言う作品と2本立てだったようだが、こちらもスター映画と言う感じではない。

別に作品の出来がどうこうと言う以前に、キャスティング的に地味過ぎだと思う。

こうした作品が多かったとすると、当時の日活で本当に客が呼べたのは裕次郎か旭か、せいぜい吉永小百合さんくらいだったの言うのも頷けなくはないような気がする。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1961年、日活、秘田余四郎原作、池田一朗+高橋二三+森本吉彦脚色、鈴木清順監督作品。

汽車がとある駅に到着し、大きなリュックを背負った1人の学生が降り立つ。

城南大学経済学部2年船木信太郎(和田浩治)だった。

同じ列車から降りて来たと思われる集団が続き、ハイヤーでも迎えに来ているのか?と聞いた1人が、トラックだと聞き、がっかりしている。

駅前の売店で、今夜祭りがある所を聞くと、バスで行くと言うので、学生は困った様子だったが、その時、バスが走り出したと売店のおばさんが言うので、慌てて追いかけて乗り込む。

80円だと売店で聞いて来たバス代を、学生証を担保に後払いにしてもらえないか、今持ち合わせがないが、明日は必ず返すからと、自分の名前を車掌に明かした信太郎だったが、話を聞いていた運転手から、ダメだよ。バスと銭湯は、昔からツケはきかない事になっているんだからときっぱり断られたので、途中で降ろされてしまう。

タイトル(山道を背景に)

仕方なく、約2里はあると言う道のりを徒歩で歩き始めた信太郎だったが、後ろから、先ほどの一団が乗ったトラックが近づいて来たので、手を挙げて一緒に荷台に乗せてもらうことにする。

座長、今井金洋(森川信)の娘だと言うめぐみ(刈屋ヒデ子)が、荷台に乗っているメンバーたちを紹介して行くが、人数が多過ぎてとても覚えきれない。

信太郎は、去年は北海道に旅したし、今度は九州へ行くつもりで、卒業するまでに日本中廻り、卒業したら、トレーラーを引いてアメリカ中を巡りたい等とめぐみに夢を語って聞かせる。

そんなトラックに近づいて来たスバルから降り立った、足の悪い男が、今井金洋一座を呼び寄せた興行主秋田久助(近藤宏)のようで、ストリッパーはいるかと言うので、金洋がマリリン朱実(星ナオミ)を紹介する。

全ストをやってくれるんだろうな?と秋田が確認すると、気分次第よとアケミが返事したので、この子の気分を壊すような事をするなよと言い残して、秋田はスバルに戻って行く。

その夜の祭りの境内に露天を拡げ、鍵を売っていた満月の三平 (青木富夫)は、近づいて来た信太郎から、この横は空いているか?と聞かれたので、つい空いていると答えるが、信太郎が店の横の地面にビニールシートを拡げ始めたので驚く。

何をしているんだと聞くと、働いていた会社がつぶれ、給料代わりにもらったものを売ろうと思っていると信太郎が言うので、ショバってもんを知っているか?勝手に商売されては困ると三平が呆れて聞くが、信太郎は知らないし、僕を追い出そうとするのは独占禁止法違反ですよなどと反論して来る。

そこにやって来たのが、三平と同じ香具師仙波一家の青木(藤岡重慶)で、訳を聞き、素人だと分かっている信太郎が持って来た大きなリュックの中味を観る。

一緒に覗き込んだ三平は、酷いネタだよと顔をしかめる。

その頃、今井金洋一座の舞台では、朱実がストリップショーをやっていたが、客が早く脱げ!とせかした途端、場内の電気が消え、真っ暗になってしまう。

すぐに電気が点くと、舞台にはもう朱実の姿はなく、ジョージ望月(藤村有弘)とエディ村川(土方弘)の漫才コンビが司会として登場し、今井金洋の奇術を紹介したので、客たちは怒り出し、舞台に上がり込むと、裏手で休んでいた朱実に迫ろうとする。

舞台で奇術をしていた金洋も、客席の客がどんどん帰ってしまうのに気づきがっかりする。

そんな様子を哀し気に脇から観ていたのは、金洋の長女美佐子(清水まゆみ)だった。

そんな美佐子の元にやって来ためぐみは、さっきの学生さんが境内で、女の私の口からは言えないようなショッキングなものを売っていたのよと報告する。

信太郎が境内で売っていたのは、女性用のブラジャーやパンティと言った下着だった。

しょせん素人商売なので、全く売れない信太郎だったが、そこに、俺に口上を付けさせてくれと声をかけて来たのは健(金子信雄)と言う見慣れぬ風来坊だった。

その仕事っぷりに惚れ込んだ青木は、仕事の後、泊まっている宿に付いて来た健に、一杯やろうと誘うが、健は遠慮すると、青木たちに仁義を切り帰って行く。

その後、みんなで風呂に入った仙波一家らは、健はただ者ではなく、手ぶらで商売をしているプロだと見抜き感心していた。

信太郎は、今井金洋一座の宿に来ると、昼間トラックの運転をしていたピエロの栗田源次(杉狂児)に、おじさん!と声をかけるが、なぜか源次は人目を避けるように奥へ逃げてしまう。

朱実の姿が見えないので聞いてみると、興行主の秋田とドライブに出かけたと言う。

秋田と言う奴も嫌な奴だが、朱実の方も色目なんか使いやがって…とジョージ望月が愚痴ると、横で聞いていた怪力自慢のヘラクレス佐野(藤田山)が、朱実の悪口を言うなと口を出して来て、望月と喧嘩になる。

そこに来合わせた信太郎は佐野を観て、思わず、馬鹿力だな~…と感心するが、それを聞きとがめた佐野は、今度は信太郎に挑みかかって来る。

その場に居合わせた座員は、佐野を落ち着かせようとなだめるが、佐野は言うことを聞かない。

驚いた信太郎だったが、受けて立つ事にし、その代わり、勝負方法は挑戦者の僕に決めさせてくれと佐野に頼み、指相撲で勝負をすることになる。

その時、宿に帰って来たのが朱実を連れ出していた興行主の秋田で、子分のサブに若い者を集めさせに行かせると、金洋を二階の別室に呼び出し、朱実はしばらく一カ所に落ち着きたい。つまり、一座を抜けたいと言っているので、秋田興行と専属契約をしたと伝える。

金洋は突然の事に声を失い、それを障子越しに聞いていた座員たちも驚いて中に入ると文句を言い始めるが、そこに、サブに連れられて来た若い衆が、ドスをちらつかせてなだれ込んで来たので、座員たちは何も抵抗できなくなる。

その場に来た信太郎は、契約書か何かあるのでは?と金洋に聞くが、この世界では人間同士の付き合いなのでそんなものはないと言うと、じゃあ、仕方ないでしょうねと諦める。

朱実を手に入れ、得意顔になった秋田の頬を美佐子が思わず叩いてしまったので、秋田は激怒するが、自分を殴ってくれと言いながら思わず止めに入った信太郎は、秋田から1発殴られるとにわかに拳銃を取り出して突きつけたので、驚いた秋田と子分たちは逃げ出して行く。

その直後、宿にやって来た三平に、その拳銃を撃ってみせた信太郎だったが、それは奇術に使う玩具のピストルで、銃口から出て来た万国旗を美佐子が嬉しそうに引っ張り出してみせる。

その夜、信太郎は宿の前を流れる川に浮かんだ小舟の前で、めぐみとおしゃべりをしていた。

馬小屋の中で寝たこともある。野宿くらい平気でないと僕らには旅行できないし、そっちの方がずっと面白いなどと信太郎は話していた。

そんな2人の様子を二階の縁台から眺めていた美佐子は、下に降りて行き、めぐみが小舟に乗り込んだ隙に、信太郎の隣に座ってしまう。

頭に来ためぐみが花火の音で脅かすと、跳び上がって驚いた美佐子は信太郎に抱きついてしまう。

その後、信太郎と2人で夜道を散歩する美佐子は、普通の生活がしたいとこぼすのだった。

そんな2人の後ろ姿を忌々しそうに宿から見下ろしていたのはジョージ望月だった。

俺は河原の枯れすすき~♪のメロディに乗せ、翌朝、今井金洋一座は船で当地を出発し、信太郎と別れる。

その後、今井金洋一座は、青森ねぶた祭、秋田竿燈祭など、各地を巡っていた。

一方、信太郎の方は、仙波一家と一緒にバスに乗り、下着を売り歩きながら旅を続けていた。

金洋の妻秀麗(初井言栄)は、自分だけ東京に帰って踊り子を捜して来ようか?と旅を続けていた亭主に話しかけるが、金洋は、あんなフーチャカ踊りなんかいらないと拒否していた

ところが、次の舞台である宮本座の支配人(山田禅二)から、ストリップなしで客が来るか!と金洋は文句を言われ、あんたらだけでは客が呼ばないと思い、島田加代子(島倉千代子)と言う歌手と抱き合わせにした。金を半金にするし、3日の約束も2日にしてもらうと無理難題を吹っかけられてしまう。

舞台では、島田加代子が歌い出す。

そんな小屋の近くにバスで到着したのは、仙波一家と信太郎だった。

信太郎は、井戸で水を汲んでいる老婆に手を貸してやった時、壁に貼られていた金洋一座のポスターを発見する。

その頃、小屋の座敷で考え込んでいた金洋は、こうなったら、会津の山口さんに泣きつこう。あの人なら古い付き合いだし…、気心も良く知ってるし…、興行界でも顔利きだから何とかしてくれるだろう。

そうねえ、困ったことがあったら、何でも相談に乗るって言ってくれてたもんね…と秀麗も賛成する。

ピエロの源さんに、舞台がはねたら言付かってくれないか。誰かにすがるようでみっともねえけど…、老いぼれたな、俺も…と自嘲しながら、金洋は頼む。

宮本座を訪ねて来た信太郎は、部屋の前で中をうかがっていた健を観かけるが、健は何も言わず姿を消してしまう。

土産を渡し、部屋の中に入った信太郎だったが、全員落ち込んでいるので、訳を聞くと、美佐子は、不景気なのよ。手品じゃもうお客が集まらないのよ。見切り時が来たんだわ…と一座の解散を匂わすが、それを聞いた金洋は、バカ!バカもん!と言いながら、泣き出し、そのまま部屋を出て行く。

そこに座員たちが全員戻って来る。

帰ってもらいましょうか。あんたには関係ない話だと望月は迷惑顔をするが、美佐子は、他人の意見も聞くべきだわと主張する。

そんな窮状を目にした信太郎は、僕はあなたたちが好きだ。解散してもらいたくないと無責任な発言をする。

秀麗は、外に佇んでいた金洋を迎えに行く。

信太郎が部屋にいた望月に、顔に傷のある男が来なかったか?と健の事を聞くが、望月は知らないと首を振る。

しかし、めぐみが、知ってるわ!栗田さんの事をしつこく聞いてたわと教える。

その声が聞こえたのか、ピエロの栗田源次はおどおどし始める。

その後、祭りの境内でいつものように下着を売り始めた信太郎は、交代しに来た健に、誰か探しているんだって?と聞く。

すると健は、俺はただの風来坊さ。ただ旅が好きなだけさと答えるだけだった。

そんな信太郎に会いに来た望月は、今夜10時、神社の裏手に来い。話が付けてえからな。お前さんがちょっかい出すからよ。助っ人は何人連れて来ても良いぜと告げ去って行く。

一方、金洋から山口宛ての手紙を預かってバス停に来ていたピエロの栗田源次は、いきなり近づいて来た健から拳銃を突きつけられたので、私は座長から大切な用事を頼まれているんだ。この手紙に一座の運命がかかっているんだ。何の用か知らないが、これがすんでからにしてもらえないか?と頼むが、健はそのまま栗田を人気のない河原まで連れて行く。

そして、源さん、刺青を見せてくれと健が言い出したので、驚いた栗田は、お前さんは誰だ!と振り返る。

健は、ハマの江崎一家の客分だと名乗ると、栗田は、やっぱりそうかと言いながら服を脱ぎ始め、俺は確かに足を抜いたが、サツにたれ込むような事はしていないんだぜ。ただ、ヤクを扱うのに嫌気がさしただけなんだ…と説明する。

服を脱いだ栗田の片肌には刺青が入っていた。

後ろ向きに立っていた栗田に、声をかけたらこっちを向くんだと健は命じるが、撃たれると覚悟した栗田は、頼みがある、俺に代わってこの手紙を届けてくれないか?と言い出す。

やけに忠義立てするんだな。あんなオンボロ一座に…と健は呆れたようだったが、同じ釜の飯を食い、一緒に旅をしていると、赤の他人でも親兄弟以上に親身になるもんだと栗田は説明する。

健は、黙ってその手紙を受け取り、ポケットに入れる。

栗田は歩きながら、川の中で四つん這いになり、早くやってくれ!いつまでも俺を苦しめるな!と哀願する。

その時、健は、誰かに銃を背中に突きつけられていると感じ、手を上げるが、その手から銃を奪い取ったのは信太郎で、背中に押し付けていたのは万年筆だった事が分かる。

あんたも俺に嘘をついたんだ。お互い様だよ…と笑いながら、信太郎は健から取り戻した手紙を栗田に返すと、その場から逃がす。

そして、奪い取った銃を健に返し、望月に決闘を申し込まれたので、しつこく追い回されるより、あっさり倒しておいた方が良いと思うので、その返添え人になってもらえないかと頼む。

健は、そんなあっけらかんとした信太郎に、憎めない奴だ…と呆れるしかなかった。

10時、健をともない、神社裏にやって来た信太郎は、盆踊りを背景に、待ち受けていた望月と喧嘩のような事を始めるが、望月の顔をかき氷屋の前に置いてあったあんこに突っ込むと、望月も負けじと、赤や青のシロップを信太郎に浴びせかける。

互いに酷い姿になった所で、笑い合うしかなく、遠巻きに観ていた健も、喧嘩にもならない争いに苦笑する。

お前さんには負けたよ。お前さんのようにのびのびした男はざらにいないと、望月と別れ、縁日に戻りながら健は信太郎を褒める。

健さんだって、さっぱりして良い気性だと思うけどなと信太郎も褒め返し、ピエロの爺さん、どうするんだ?と信太郎が聞くと、また、探し出すと健は答えるので、せっかくまともになろうとしてるんだ。可哀想じゃないかと信太郎は同情する。

しかし、健は、人の商売に口を出すんじゃないとにらみ、下着の啖呵売を始めようとするが、そこに割り込んで来た信太郎は、人の商売に口を出すもんじゃない。餅は餅屋だよ等と言い、ヘタクソな口上を並べ始める。

翌日

宮本座に、栗田と共にやって来た山口敏男(二本柳寛)は、一座を解散しなさいと金洋に告げる。

しかし、諦めきれない金洋が、何とかあなたの小屋で出してもらいたいと頭を下げると、何を賭ける?と山口は切り出す。

私の方は、あんたたちの興行をうつ事でかなりの金を賭けると言うので、金洋は、では、私のメンツを賭け、興行が失敗したら引退すると約束するが、山口は承知せず、美奈子さんだねと言い出す。

隣の部屋で剣のジャグリングの練習をしていた美奈子は、その言葉を聞き、思わず、投げていた剣を左手で握りしめてしまう。

山口は、自分の妾にするんじゃなく、息子の嫁になってもらいたい。脳膜炎をやってから発育が遅れた子だ、美奈子さんのためなら何でもやると言う。

しかし、金洋は、娘を売ってまで商売はやれないと断るが、自信がないのか?と山口に問いつめられてしまう。

まわりで話を聞いていた佐野等も、そんな事なら、大道芸でもやった方が良いと言い出し、たまりかねた美佐子は部屋を飛び出して行こうとし、お父さん、もし成功したら、渡し東京へ出るわと金洋に告げる。

金洋は、そんな娘の言葉に黙って頷いたので、山口は、賭けに応じるって言うのかい?と確認して来る。

美佐子は信太郎に会い、事情を説明すると、そんな事で将来を賭けるなんて!と信太郎は驚く。

左手に包帯をした美佐子と歩いていた信太郎だったが、お父さんを信用しよう!と勇気づける。

その後、宮本座では、金洋が新しい出し物として「縄抜け」の練習をしていたが、呼びに来ためぐみに対し、美佐子は、なるようにしかならないわよ…と無関心そうだった。

座員たちが見守る中、縄抜けをしようとしていた金洋だったが、どうしても巧く行かず、その内、ダメだ…と言いながら泣き出してしまう。

そんな金洋の側に近づいた秀麗は、こんな事で情けないわね!と叱りつけ、結局観に来た美佐子も、私はお父ちゃんを信用してるわよと声をかけ慰める。

その頃、仙波組の宿にやって来た栗田は、花札をやっていた健を見つけると、頼みがある、俺は逃げも隠れもしねえから、俺の処分は、若松の公演まで待って欲しい。噓だと思うなら、ずっと見張っていてくれても良いんだと頼み込んでいた。

金洋の縄抜けの練習はなおも続いていた。

1分45秒で、何とか縄を抜けたものの、金洋は不満そうだった。

実際の舞台では、手錠をかけ、箱の中に入った後、水の中に沈める言う趣向があったからだ。

箱には仕掛けがあり、手錠と縄さえ早く抜けられれば、脱出は可能だったので、秀麗に手錠をかけさせてみると、それはあっさり外す事が出来た。

盆が終わり、道に残されていたキュウリで作った動物を拾い上げた満月の三平は、その場で信太郎と別れを惜しんでいた。

青木も、次に自分たちが行くのは、若松じゃ河原町の巽館だと宿を教え、仲間たちと共に去って行く。

金洋一座を訪ねた信太郎は、そこにいたおばあさんから、みんな河原に行っていると教えられる。

行ってみると、金洋が実際に手錠と縄をかけられ、箱に入り、川の中に沈めてみる実験を一座総出でやっている所だった。

箱に入る金洋は、1分10秒で楽に抜け出してみせるから、1分40秒まで絶対に上げないでくれ。後はお前の裁量に任せると秀麗に命じ、にっこり笑って扉を閉めさせる。

橋の上では、栗田を監視するために健も観ていた。

川に沈めて、栗田が時計で秒数を観ている。

1分30秒が過ぎた時、耐えきれなくなった美佐子が上げてちょうだい!と声をかけるが、秀麗は、上げるんじゃないよ!と制する。

それでも、金洋は姿を現さなかったので、信太郎が思わず、上げるんだ!と命じる。

怪力の佐野が箱に付いた紐を滑車で引っ張り上げるが、箱を開けてみると、金洋はその中でぐったり倒れていた。

金洋は既に絶命していた。

数日後、舞台に飾った金洋の遺影の横の控え室に集まっていた一座のものたちを前に、望月は、もう解散するよりしようがない…と発言していた。

しかし、佐野は、自分1人ではやって行けないと反対する。

それでも、座長の奇術がなくては、客寄せの芯にするものがなかった。

秀麗は、亡き夫の遺影を観ながら、幸せだね、父ちゃん…、芸の最中に死ねるなんて…、芸人冥利ってもんだねなどと泣きながら語りかけていた。

そんな中、妹のめぐみだけは、1人で手品の練習に励んでいたが、信太郎を外に誘い出した美佐子は、興行を打って観ようと思う。みんなの気持ちを考えるとやらなくてはいけないと思う。でも、新しい奇術なんて早々出来ない…と打ち明ける。

信太郎は、ショーにしたらどうだい?お父さんの手品だってショーだよと提案する。

そんな2人に栗田が、山口さんは興行を止めるつもりですぜと情報を教えたので、信太郎は美佐子に、やる気があるなら、自分で山口さんに頼んでみるんだと諭す。

信太郎も美佐子に同行し、山口家を訪れると、総合的なショーにする方が良いと言う自分のアイデアを打ち明ける。

しかし一座のネームバリューもないし…と山口は乗り切れない様子。

さらに美佐子は、賭けはさせてもらって良いと申し出るが、山口はあの賭けはキャンセルすると言い出す。

すると美佐子は、私が賭けるんです。私の意思で!と強調するが、あなたは良介を観たことがありますか?と聞いた山口は立ち上がり、息子の良介を呼ぶ。

姿を現した良介が挨拶するが、明らかに知的ハンデがある青年だった。

これでも賭けを続けますか?と山口は念を押すが、続けます!と美佐子は答える。

宮本座を出て、トラックに乗り若松に向かう事になった一座のメンバーたちだったが、ムラことエディ村川が姿を消している事に気づく。

荷台に乗った栗田は、残った健に、若松のスター劇場にいますと居所を打ち明けて出発する。

国際スター劇場

望月たち一座のメンバーは、ショー仕立てにした「ミュージック・マジックショー」と言う新しい出し物の練習を始める。

客席でそれを観ていたのは、山口や信太郎だけではなく、健も来ており、栗田のピエロ芸のまずさに文句を言ったりするほど熱心だった。

信太郎はしないの喫茶店等にポスターを貼ってもらいに出かけるが、相手にしてもらえない事が分かると、コーヒーを何杯も頼んで、客として粘り始める。

そうやって何軒も廻る信太郎は胃の調子が悪くなっていた。

やがて、今井秀麗一座と名を変えた美佐子たちの開幕の日がやって来る。

劇場の前では、ピエロの栗田が客引きをやって来たが、へたなので通行人は誰も足を止めない。

それを見かねた信太郎は、健から習い覚えた啖呵売の要領で客引きを初めてみる。

すると、面白いように、客が入り始めたので、側で栗田を見張っていた健は、思わず、巧い!と叫んでしまうほどだった。

舞台では、中国人に扮した望月が寸劇仕立ての芝居を始めていた。

そんな劇場の前にやって来たのは、あの足の悪い秋田だった。

それに気づいた信太郎は、朱実は辞めましたよと不思議がるが、勝手に朱実を呼びだしやがって…と言いながら、子分を連れ劇場内に入り込もうとしたので、入るなら金を払ってくださいと信太郎は言う。

舞台では、大きな水槽を使った手品をやっており、覆いを取った水槽から出て来たのはあの朱実だった。

朱実は、他のダンサーたちと水着姿で踊り始める。

舞台袖では、エディ村川が朱実ちゃんを呼び戻してきました。でも、その時ちょっと、無効の子分を殴ってしまって…と秀麗に頭を下げていた。

それを聞いた秀麗は、へたに警察に訴えたら、捕まるのはこっちだね…と考え込む。

一緒に話を聞いていた信太郎は、めぐみに、巽館にいる仙波組の連中を呼んで来てくれと頼む。

客席で舞台を観ていた秋田の子分たちは、突然、朱実を奪い返そうと舞台上に上がり込んで来るが、背後の暗幕に朱実が近づくと、手品の仕掛けで白骨に変化したので、子分たちは驚く。

秋田は舞台裏に来ると、朱実を出せ!契約違反で訴えるぞ!と言いながら、信太郎を追い始める。

その頃、めぐみは、必死に巽館を探していた。

信太郎に誘われる形で外に出た秋田の子分サブが、これは引き延ばしの手ですぜと気づき、子分たちが劇場に戻ろうとしたので、それを阻止せんと信太郎は殴り合いを始める。

すると、健までもが駆けつけて来て、信太郎を助けて殴り合いに参加して来る。

その間も、舞台のショーは続いており、秀麗が大砲を撃たせると、宙づりになった箱から美佐子が登場する。

観客は大喜びで喝采したので、美佐子は、お父さん、聞いてちょうだい!と笑顔で呟く。

信太郎と健が、秋田の子分たちと戦っている所に、めぐみから話を聞いた青木や三平たち、仙波一家が駆けつけて来る。

それに気づいた秋田は、諦めるしかなかった。

舞台では、コミックバンド(ファンキーガイズ)の演奏に続き、歌手(井上ひろし)が登場し、歌を披露していた。

その日の出し物が終わり、簡単な打ち上げが行われる中、秀麗は仙波組のメンバーたちに、助けてもらった礼を言っていた。

そこに顔を出した山口は、大成功だ!と喜び、それを聞いた美佐子は、私たちの勝ちねと問いかける。

この若松を皮切りに、向こう半年間契約したい。若松の次は仙台で半月やって欲しいと申し込んで来たので、美佐子は契約をお受けしますと答える。

それを聞いた秀麗は、美佐子…、お前は東京に…と驚くが、良いのよ、母さんと美佐子は答え、みんなで乾杯をすることにする。

そんな中、ピエロの衣装だけが残されており、栗田がいなくなっていることに信太郎は気づく。

健と共に、人気のない場所に来ていた栗田は、もう思い残す事はない。久しぶりに大入りの舞台に出れたんだ…と満足そうに言うと背中を向ける。

健が、そんな栗田に銃を向けた時、源さん!と呼びかけながら信太郎が近づいて来る。

いい加減にしろよ!しつこいぜと、信太郎は健に言うが、

人の仕事に口出しをするなって言っといたはずだぜ。俺だってやりたくってやってる訳じゃない。こいつにぶっ放さないと俺の顔が立たないってだけよ。それに俺はハジキを外した事がないと健は信太郎に言う。

すると信太郎は、まあやってくれよ。僕はあっちを向いてタバコ吸ってるから…と言い、背中を向ける。

健は、背中を向けた栗田目がけて発砲するが、栗田は倒れない。

外したと思った健はさらに数発連射するが、一発も当たらない。

その時になって、食う方に入れ替えやがったな!と気づき信太郎を睨むと、信太郎は笑顔で振り向き、夕べさ。これで栗田さんを撃つ理由はないはずだぜと言う。

健は、良し!一抜けた!おっさん、達者で暮らしなよ!と言い残すと、あっさり帰って行く。

命が助かったと分かった栗田も又、信太郎に頭を下げどこへともなく去って行く。

そこにやって来たのが美佐子だった。

信太郎さんがどっかに行ってしまうんじゃないかと思って…。ごめんなさい!私って、やっぱり芸人の子なんだわ…。信太郎さんとは住む世界が違うんだわと、東京行きを断念した事を弁解する。

そんな美佐子に、又きっと会えるさ…、学生なんて口ばっかり達者で、何の役にも立たない…と信太郎は自嘲し、美佐子も、ありがとう…、私は信太郎さんの優しさが好きだったの…と打ち明け、2人はその場で握手する。

そして、もう少し一緒に歩いてくださらないと頼んだ美佐子は、東京に帰ったら、私の事を忘れないでねと頼むのだった。

今井秀麗一座の幕を張ったトラックが山道を走る。

峠にさしかかった時、荷台から信太郎が降りる。

先代の公演成功するの、祈っているよ。峠を降りたら、また別れ難くなるから…と信太郎が、美佐子や座員たちに言うと、めぐみが、私たちもその内、トレーラーを引いてアメリカ中を旅するわと声をかけて来る。

美佐子は、信太郎への思いを振り切るつもりなのか、運転手に出発して!うんとスピードを出してね!と声をかける。

遠ざかって行くトラックを見送っていた信太郎は、手に持っていた手品用の万国旗を首に巻き付け、山道を反対方向に歩き出すのだった。