TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

鬼火('56)

上映時間46分の中編作品で、1956年から約2年間、東宝が試みた併映用中篇映画「東宝ダイヤモンドシリーズ」の1本と思われる。

このシリーズは、一見まじめな文芸ものでありながらも、時間の短さを補うためなのか、最後にどんでん返し的な展開があり、観客を驚かすような趣向のものがあるのだが、本作もまた、舞台はありふれた日常風景、どちらかと言うとユーモラスなタッチで描かれており、別に怪異や超自然的なものは登場しないし、粗暴な人間や異常な人間なども一切登場しない。

出て来るのは、みんな、どこにでもいるような気の良い庶民なのだ。

それなのに、見終わった後、ぞっと背筋が凍り付くような恐怖が残る、何とも言いきれない不気味な作品になっている。

短編恐怖小説の実写化のような雰囲気になっているのだ。

独身でうだつが上がらないガスの集金人が、仲間も寄り付かないような草深く荒れ果てた家を訪れたことから、とんでもない悲劇が起こってしまうと言う話なのだが、一見「黒い家」のようなその荒れ家には、異常な人間が住んでいるのではない。

ただ、極貧の夫婦がひっそりと暮らしているだけなのである。

この極貧振りが、どんな怪異現象よりも怖いのである。

夫婦自体は、もともと善良な庶民であり、彼らを極貧にさせたのは、病気と言う世間で良くある不幸である。

夫婦はそれでも、最後まで心を荒ませてはいない。最低限の人間としての品位を保とうとしている。それが余計に辛い。

映画としては、基本、俗物の代表みたいな忠七と言うキャラクターを通して、時にはユーモアも交えながらも淡々と描いて行くのだが、最後の最後になって、どんでん返しのような演出になっているのがミソである。

この演出は「怪談」風に捉えると成功しているのだが、それまでの日常生活の延長のような感覚で観ていると、かなり不自然なものになっている。

まず、忠七が屋敷に入るのは、光の感じから観て、どう観ても真っ昼間である。

忠七がガスコンロが燃えているのに気づき、玄関から中に侵入して逃げ出すまでは、どう考えても10〜15分くらいなものだろう。

それが、外に飛び出た時には、何故かもう夕暮れになっていると言うのが不思議である。

季節は、彼岸の頃と最初に言っているので真夏の出来事であり、日が暮れるのも遅いはず。

忠七が、中で気絶でもしていたと考えるしか、この辺の時間経過を合理的に説明するのは難しい。

ラスト、ガスの火が燃え盛っている意味も良く分からない所が怖い。

視覚的には、これが、死人の怨念を現す鬼火のように見えると言う恐怖効果があるのだが、何故、ガスの火をつけっぱなしでいるのかが実は良く分からない。

中に入った忠七が、電気をつけようとしても点かなかったのも解せない。

前夜、ひろ子が帰宅して、修一に話をする所では、普通に電気は灯っていたからだ。

電気代も、ガス代同様払っておらず、前夜、電気を止められてしまったと言うことか?

暗闇を照らす最後の灯はガスしかない。

その揺らめく明かりの中で、夫婦は最後の決心をしてしまったのかもしれない。

タイトル文字が、同じ形の炎に変化する冒頭の特撮や、伊福部昭の重厚で不気味な音楽も相まって、ラストの短兵急な展開が、妙な形で観るものにショックを与える作品になっている。

それにしても、この作品の津島恵子さんの演技は観もの。

やつれはて、生気も失せた女房の薄幸な演技と、忠七の妄想の中に登場する色っぽく元気そうな女房の落差!

堺左千夫が、メガネをかけた、ちょっとインテリ風でまじめそうな集金係で登場しているのも意外だった。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1956年、東宝、吉屋信子原作、菊島隆三脚本、千葉泰樹監督作品。

タイトル文字が炎に変化する。

気の毒なのは此の人たちの運命であった

世間にはふとしたことからその人の一生を左右することがありがちだ……

 -作者-(…とテロップ)

蝉が鳴き、うだるような暑さが続く彼岸の頃

自転車を押しやって来たアイスキャンデー売り(佐田豊)からアイスを買ったのは、土手に腰を降ろして休んでいたガス集金人の忠七(加東大介)だった。

今度、こちらの地域に移って来たばかりの忠七は、馴染みのない家を一軒一軒歩いて、集金をして廻っていた。

とある家の勝手口から中に入って声をかけるが、誰もいないのか返事がない。

ふと観ると、廊下に猫がいるだけだった。

帰りかけた忠七は、台所の棚の上に置いてある財布を発見する。

ちょっと手を伸ばして、その財布を手に持って重さを確認した忠七は、一瞬、迷うような顔になるが、気を取り直して、又棚の上に置いて行くと、その財布を隠すように、鍋を伏せておく。

家を出た所で、何か消毒の噴霧器のようなものを下げた怪し気な男(広瀬正一)がその家に入りかけたので、その家は留守だぜ、今俺が観て来たら鍵がかかっていたと噓を言い、追い払う。

愉快そうに、去って行く男を観ていた忠七に声をかけて来たのは、帰って来たその家の主婦(中北千枝子)。

ガスの集金ですと名乗り、財布を棚の上に置き忘れていましたぜ。近頃物騒ですからねと教えると、主婦は安心したかのように台所に向かう。

しかし、棚の上に見当たらないので、一瞬戸惑うが、鍋の下ですと忠七が教えると、今、魚屋さんで気がついたんだよ。ガス屋さんで良かったわと主婦は喜び、代金460円を払うと、ちょっと忠七を待たせ、奥に上がると、猫を抱えて戻って来ると、新品の煙草を1箱渡してくれる。

その後、昔一緒に闇市をやっていた知り合いの吉太郎(笈川武夫)の家に寄った忠七は、何か悪いことでもやったのか?こんな場末に回されるなんて?と聞いて来るが、優秀だから、こういう所に回されたんだ。7、8軒、どうにもならない家があるねと忠七は答える。

その時、表を通りかかった豆腐屋を呼び止めたシミーズ姿の女が豆腐を買うのを忠七が観ていると、何を観ているんだ?お前もまだ若いからな。早いとこ、かみさんもらうことだと吉太郎はからかう。

忠七が、さっきもらった日の丸を取り出して吸い始めたのを観た吉太郎はうらやましがり、1本くれねえか?と言うので、5、6本取りなよと忠七は余裕顔で煙草を渡してやる。

すっかり上機嫌になった忠七は、道路で水道管工事をやっている連中に明るく声をかけたので、工事人たちは、何だい?ありゃあ…とあっけにとられる。

大きなガスタンクのある場所に向かっていた忠七は、集金仲間の吉川(堺左千夫)から声をかけられる。

吉川はこの地区を廻るようになって半年になると言い、昼飯まだだろう?この先に、安い店があると誘って来たので、この近辺はもう1軒だけなので、先に行って待っていてくれと忠七は答える。

その家の勝手口から入ると、ガスコンロの上で夜間が沸騰していたので、靴のまま這い上がり、ガスを止めると、部屋の方に目をやるが、そこに女の足が引っ込んで行くのが見えたので、間が悪くなり、一旦、帰りかけた忠七だったが、気を取り直すと、また、靴を履いたまま廊下に這い上がり、部屋の奥を覗こうとする。

その時、女が慌てて部屋を飛び出して行き、浴衣姿のその家の主人らしき男水原(中村伸郎)が、不機嫌そうに現れて、何だ、君は!土足で上がり込んで!と言って来たので、夜間が沸騰していましたので…と忠七は謝るが、水原は、覗くとは何ごとだ。名前は何と言う!上司は何と言うんだ?と凄んで来たので、忠七は平身低頭謝る。

それでも、言わんでも宜しい。営業所に電話すればすぐに分かることだと水原は言うので、忠七はすっかり気落ちしていると、電話がかかって来て、それに先ほど部屋から飛び出して行った女(中田康子)が出て、奥様なら里にお帰りですなどと言うのを聞くと、忠七は水原の顔を見て、何となく事情が分かったと言う風に笑ってみせる。

すると、水原は、何がおかしい!と怒りながらも、料金は明日払ってやる。今日の所は見逃してやろう。下劣なことをしてはいかんよなどと言い出したので、忠七はどうぞ、営業所の方にはご内聞にと謝りながら家を出ることにする。

飯屋でその話を聞いた吉川は大笑いする。

昼間っから女中を手込めにするなんて!と忠七が憤慨すると、じゃあ、なぜ、ぺこぺこした?と吉川は笑う。

俺たちだって、旨い目に遭うこともあるさ。俺も3回頂いたし…。女中あり、未亡人あり…などと吉川は自慢し出す。

そんな話をつまらなそうに聞きながら、飯を食い終わった忠七は、そこのメシ代が50円と女将から聞くと、ちぇっ、安くねえじゃないか!と吉川に当たる。

27番地まで一緒にやって来た吉川は、草木が生い茂る中に建つ、観るからに荒れ果てた一軒家を観て、あそこはダメだよ。機嫌の悪い時に行く家じゃない。長いこと寝たっきりのいる家で、女房の方は磨けば光る女だがねなどと忠告して来る。

それでも、忠七は、かと言って、挨拶の一つもしないではおれまいと言って、草木の生い茂る沼地に入り込んで行く。

勝手口の外に下がった葦簀を挙げて中をのぞいてみると、台所も荒れ果てていた。

こんちは!と声をかけると、庄司の億からゆらりと姿を現したのは、浴衣を腰紐で盗んだだけの生気のないひろ子(津島恵子)。

ガス屋なんですがね、おたく、随分貯めてますねと文句を言うと、もう少し待ってもらえませんか?今、払えないの。薬を煎じているんですとひろ子は頼む。

確かに、ガスコンロの上には、土鍋が乗っており、何やら薬のようなものを煎じているらしい。

そんな事言っても…、あんた、昔は結構立派にやってたんだってねなどと忠七は皮肉を言いながら、日の丸を取り出して、口に1本くわえると、ひろ子が徳用マッチを擦って火をつけてくれる。

忠七は、こんなサービスくらいじゃ伸ばせませませんぜ…と意味ありげにひろ子を観ると、どうすれば良いんですか?とひろ子が聞く。

娘っこじゃあるまいし、分かってるじゃありませんか…と忠七が好色そうな目つきで見上げると、ひろ子は思わず、徳用マッチの箱を落としてしまう。

でも…、ここには病人がいます…とひろ子が拒絶すると、俺んちに来たよ。今夜、そうすりゃ、俺が立て替えておくからさ。東町の停留所の前の水菓子屋で聞けばすぐ分かる。産婆の家の二階だ。誰もいやしねえよと忠七は言いながら、寿書を書いた自分の名刺を渡し、一旦帰りかけるが、電車賃と言って金を少し渡し、来たら、寿司くらいおごるぜ。帯くらいして来いよな、体裁悪いからよ…と言い残して帰って行く。

その言葉を聞いたひろ子は、思わず、腰紐を手で隠そうとする。

その時、ひろ子を呼ぶ声が奥から聞こえて来る。

帰宅後、銭湯に入った忠七は、妙ににやけながらひげを剃っていた。

その隣に、刺青を入れた寿司屋(如月寛多)が浪花節をうなりながら座って来る。

ひろ子は口紅を塗っていた。

そして、その夜、寿司を準備して待っていた忠七の下宿に、すみません、遅くなってと詫びながらやって来たので、忠七は脂下がり、すっかり別嬪になって…と喜びながらも、寿司は好きかい?俺はこれをやるからよと酒瓶を出してみせると、ひろ子は、お酌してくれる。

そして、自分も美味しそうに寿司を食べ始めたので、育ちってのは、ものを食う時に出るって言うけど本当だねと忠七が言うと、左利きらしく、上品に寿司を箸で食べていたひろ子を恥ずかしがるが、褒めているんだと忠七も笑う。

いじわる!とひろ子が可愛く睨んだ時、銭湯でひげを剃っていた忠七は、手が滑って頬を切ってしまったので痛がる。

完全に妄想の世界に入っていたのだ。

今日は妙に脂下がっているねと寿司屋が話しかけて来たので、後で、上寿司2人前、届けてくれと忠七は頼む。

その後、寿司の出前が産婆の家にやって来たので、うちじゃ取らないよ?と応対に出て来た産婆の松田しげ(清川玉枝)と怪訝そうに言うと、二階ですと言うので、上寿司じゃないか!と中味を覗き込んでちょっと驚いてしまう。

二階では、忠七が蚊取り線香に火をつけていた。

そこに、忠さん?と言いながらしげが上がって来て、上寿司取れるくらいなら、溜まっている下宿代くらい払っておくれよと嫌味を言いに来る。

今夜だけは堪忍してくれよ。女の客が来るんだと忠七は頭を下げる。

その頃、病人の薬をガスコンロの上で煎じていたひろ子は、産婆の二階だ…と言っていた、忠七の誘いの言葉を思いましていた。

その後、ひろ子は、寝たきりの夫、修一(宮口精二)におかゆを食べさせる。

旨い!ひろ子、今夜は特別優しくしいな…と修一が言い出したので、そうですか…とだけひろ子は答える。

今夜は用事があるって言ってたけど、良いのかい?と修一は聞いて来たので、細紐1つでは出られませんわ…とひろ子は恥ずかしそうに答える。

女に帯がないなんて気持ち、男には分からないでしょうけどね…とひろ子が哀し気に言うと、修一は、寝たまま、自分の腰帯を解き、夜だったらごまかされるよと言いながら渡す。

そう言う修一は泣いていたし、男物の帯を目の前にしたひろ子も泣いていた。

そんなひろ子を待つ忠七は、寝っころがって、ラジオの浪曲を聴いていた。

蚊取り線香は残り少なくなっていた。

下から、ちょいと出かけるから、下、見といておくれよとしげの声が聞こえて来る。

畜生!一杯食わせやがったな!と忠七はふてくされながら、寿司を一つつまみ、わさびに顔をしかめる。

その時、下の玄関が開く音が聞こえたので、誰?と声をかけると、私ですと答えたのはひろ子だった。

急に笑顔になった忠七は、待ってたぜ、上がってきなと誘う。

すると、ひろ子は下から、2階の電気を消してくださいと言うので、恥ずかしいのかい?小娘みてえに…とにやつきながらも、忠七は電燈を消してやり、開け放した窓には簾を降ろしてやる。

恐る恐る上がって来たひろ子に、あんまり遅いんで、どうとっちめてやろうかと思ってたんだなどと忠七がからかうが、その顔は既に上機嫌だった。

何の病気なんだい?と亭主の病名を聞くと、カリエスだと言う。

どのくらい寝てるんだい?と聞くと、7年も寝込んでいるとひろ子は答える。

旦那は、元何をやっていたんだい?給料取りとかかい?と忠七が聞くと、さすがにひろ子も我慢しかねたのか、昔のことなど聞かないでください!と語気を荒げる。

それもそうだと忠七も気まずくなり、布団でも敷くか…と言ってごまかそうとすると、泊まるのは困りますとひろ子は言うので、終電車までか?と忠七が聞くと、ガスを止めないでくださいますね?とひろ子は念を押して来る。

忠七は、ちゃんと内金を立て替えといてやったぜと言いながら、領収書を探すため、机の上のランプを点ける。

その時、ひろ子が着物を隠そうとしたので、ふとそれを観た忠七は、お前、昼間のままじゃねえか…と呆れる。

ひろ子は、昼間の着物のまま来ていたのだった。

これしかないんです…。帯も寝ている主人のを借りて来たんです…ひろ子は恥じ入るように答える。

旦那も納得づくで来たって言うのかい…、忠七の方も鼻知らんだように聞く。

主人は何も知りません!とひろ子は弁解し、忠七は領収書を取り出して見せる。

終電車までとは忙しいなと言い出した忠七は、慌ただしそうに布団を敷き、窓も閉めてしまうが、その時、下から、ただいま!お客さん来たのかい?お茶でも入れてやろうか?としげの声が聞こえたので、慌てて、ひろ子は階段を降り、逃げ出してしまう。

代わって、階段を上がって来たしげは、逃げられたね…と笑いながら笑う。

忠七は面白くなさそうに電燈を点けると、酒を飲む。

やけ酒は身体に悪いよなどと言いながら座り込んだしげは、残りものには福がある。ごちそうになるわよ!と勝手に言い、寿司に手を伸ばして来る。

ふて寝した忠七は、目の前に見えたしげの大きなお尻に手を伸ばして来るが、お止しよ!とあっさり払いのけられ、そう、お前さんみたいに短兵急じゃ逃げられるよ。素人は、1度や2度は楯突くもんさと訳知り顔でしげから言われてしまう。

おばさん、一杯やろうか?と忠七が酒瓶を見せると、酔わす奴の下心…、その手は古いよと、しげからあっさり見透かされてしまう。

ぼろいえに戻って来たひろ子に、修一は、お帰りと言う。

早かったでしょう?と夫の蕎麦にやって来たひろ子は、帯、ないよりましだったわと言いながら帯を解くと、帯する?と修一に聞く。

返事がないので、どうしたの?あなた…とひろ子は問いかけ、私、今夜、ガス屋の家に行って来たのよ。ガス止めるなんて言うものだから。酷いこと言ったのよ。あなたに言えないようなこと。でも何でもなかったの。取り返しのつかないことになる所なるくらいなら、とっくに闇の女になっています。魔がさすって、こんなことを言うんでしょうね。死んでもあんなことしない!とひろ子は一息にしゃべるが、修一は、虫、鳴き止んだねと言うばかり。

あなた、私の言うこと、聞いてないの?何でもないから、平気でこうして話しているのに…とひろ子は言葉を重ねるが、また、鳴き出した…と修一は言うだけだった。

あなた、疑っているのね?と憮然としながらも、ひろ子は優しく、修一の手を揉み始める。

すると、ひろ子の顔は見ずに、目をそらせていた修一は、俺たちって、不幸だな…と呟く。

その目は涙に潤んでいた。

それに気づいたひろ子も涙を流し、修一の身体に覆いかぶさって嗚咽を始める。

翌日、忠七は、昨日、覗きをやったばかりに追い帰された水原欣吾事務所に集金にやって来る。

応対した女中のお梅に、だって明日来いって、昨日、旦那が言ったろ?と忠七(三條利喜江)が言っていると、その声を聞きつけた女房が出て来て、今時分、うちの主人がそう言ったんですか?と不審そうに聞いて来たので、忠七は嬉しそうに、ええ!と答える。

昨日の亭主への意趣返しが出来たような気分だった。

その後、吉川と一緒に集金に廻っていた忠七だったが、また、あの荒れ家に行こうとするので、吉川は、忠さん、粘るな…と呆れたように声をかけて来る。

元がかかっているんで…と呟きながら、草木を分けて、1人勝手口の方へ向かう忠七。

葦簀を悔し紛れに引きちぎって中をのぞくと、何もかかっていないガスコンロに火が燃え盛っている。

ちぇ、当てつけみてえに…、もってえねえことしやがる!とぼやいた忠七は、玄関に廻ると、立て付けの悪い戸をこじ開けて中に入ると、こんにちは!いねえのかね?ガスの火、付けっぱなしですぜ!と声をかけるが、全く中から返事がない。

仕方ないので、部屋の中に上がり込み、電気をつけようとするが、止められているのか電気も点かない。

ガス、付けっぱなしじゃ不用心じゃないかと言いながら、障子を開け、台所を覗くと、そこにガスの火に照らされるように、ひろ子の縊死体がぶら下がっていた。

燃え盛る火は、まるで鬼火…、人魂のようであった。

慌てて逃げ出そうとした忠七は、布団に寝ていた修一の身体に躓き、倒れてしまう。

忠七は、ちょうど修一の顔の所に倒れ込むが、修一の顔は完全に死人の顔だった。

すっかり腰を抜かした忠七は、堪忍してくれ!堪忍してくれ!と叫びながら、後ずさりながら家を飛び出して行く。

もう外は暗くなって来ており、足下も分からないまま草地を逃げた忠七は、沼に足を取られ転んでしまうが、もうそんなことに頓着する余裕すらなかった。

堪忍してくれ〜!堪忍してくれ〜!!

忠七は、念仏を唱えるように叫び続けながら、電塔が灯った夜道を走り去って行くのだった。

荒れ家の台所のガスコンロの炎は、その間も、ゆらゆらと燃え盛っていた。