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みな殺しの霊歌

佐藤允主演の濃密なサスペンス映画。

白黒画面が緊張感を高める佳作に仕上がっている。

ミステリ作品も得意だった松竹の、知られざる名品の1本ではないだろうか?

冒頭で斬殺される被害者を演じているのは、TV特撮番組「マグマ大使」のモル役でも知られる應蘭芳だが、そのシーンのエロティズムと残酷さは強烈である。

この年、應蘭芳は、その発言が元で「失神女優」と呼ばれていたらしいが、正にその呼び名にふさわしい熱演振り。

この緊張感溢れる導入部が、作品全体を引き締めているクライマックスのように思えたりもする。

2番目以降の殺害シーンは、徐々に大人しくなっているからだ。

しかし、作品は逆に、人間ドラマとしての奥行きを醸し出して来る仕掛けになっている。

犯行動機も意外で、あまり類例を観た記憶がない。

では不自然か?と言うと、この映画を観ている限り、違和感はない。

犯人は最初から観客の目の前に登場しているので、いわゆる倒叙ミステリスタイルと言うもので、「犯人当てミステリ」ではない。

むしろ、意外な動機を探る「社会派ミステリ」に近い感じがする。

捜査するのは名探偵ではなく、痔に苦しんだりする普通の人間である所等も「社会派ミステリ風」

犯罪者が出会った無垢そうな相手が、実は過去に犯罪に関わっていたと言う展開も面白い。

彼らは2人とも、自らの欲望ではなく、「止むに止まれぬ気持ちで」犯罪を犯してしまうのである。

2人とも同情の余地があるのだ。

だから、観ていて、残酷な事をしている犯人についつい感情移入してしまう事になる。

一方、被害者側には「自分が殺されるはっきりした理由が分からない」…、つまり「罪悪感がない」ところが始末に悪い。

山田洋次が構成に参加し、兄を慕っていた妹役で倍賞千恵子、タコ社長こと太宰久雄、二代目おいちゃん役松村達雄等も登場している松竹作品なので、何となく「男はつらいよ」がダブったりするが、「男はつらいよ」シリーズが世に出る前年の作品である。

しかし、ぐれて乱暴者の兄を妹が思いあまって…と言う設定は、何となく、初期の頃の寅さんを連想せずにはおかない。

つまりこの作品は、山田洋次のオリジナルではないが、ダーク版「男はつらいよ」みたいな見方も出来るような気がする。

深作欣二監督夫人であった中原早苗や菅井きんなどが、斬殺される側を演じているのも見物。

特に、人気デザイナーを演じている菅井きんさんは、貧しい底辺のおばさん等を演じる事が多い人なので、こうした派手な役所は珍しい気がする。

「ゴジラ」(1954)で演じた女性代議士以降、この手の裕福そうな役はあまり観た記憶がないからだ。

サスペンスとしてはまとまっているが、ミステリとして考えると、犯人の最初の犯行である新婚花嫁殺しの部分の説明がないのが若干気にかかる。

それも「止むに止まれる事情があったのか」?

それとも、その時点では単なる、激情に駆られた単純な犯行だったのか?

ひょっとすると「本陣殺人事件」みたいな動機だったのかも…などと、犯人の人柄を観てしまった後だけに、あれこれ想像してしまう。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1968年、松竹、広見ただし原案、三村晴彦脚本、加藤泰監督作品。

安田孝子(應蘭芳)は、自室に忍び込んでいた侵入者から殴られたのか、ベッドの上に倒れ込む。

侵入者は、気絶した孝子の胸をはだけると、着ていた洋服を脱がせ、口にはチューブで猿ぐつわをはめ、手は後ろ手に縛った姿で浴室に運び込む。

そして、シャワーを浴びせかけると、気絶していた孝子は目を覚ますが、侵入者は、その女の背中をシャワーホースで殴り出す。

猿ぐつわされて口がきけない孝子は、苦しがりながら、先ほど侵入者から求められた事に応じると言う意味で頷く。

寝室に連れ戻された孝子は、侵入者から渡されたメモ帳にペンで、4人の女の名前と住所を書き始める。

それは、数日前、この部屋で徹夜麻雀をしていたメンバーだった。(ハイコントラストの映像で回想シーンが重なる)

侵入者は、ベッドに押し倒された孝子の足下に立つと、いきなりナイフを取り出し、それを孝子の腹に突き立てようとするが、その時、自分の右手のひらを切ってしまう。

その直後、侵入者は孝子の腹を滅多突きにし始める。

そして、孝子が死ぬと、彼女が最後に書いたメモを破り取り、浴槽に水を張り出す。

その浴槽にたまった水に大量の血が流れ込む。

(事件現場の検視の様子をバックに)タイトル

捜査係長が、犯行現場のマンションの窓から下を見下ろすと、野次馬が路上に集まっていた。

近くには、ビルの工事現場も見えた。

捜査本部に戻って来た係長は、殺され易いタイプと言うのはいるようで、今日殺されたバーのホステスのような女で、しかもベテランが多い。この前の大井町の「ルビコン」の被害者もそうだったし、一昨日の歌舞伎町もそうだった…と思い出すように言うと、捜査本部長である笠原課長(松村達雄)は、男手入りが激しい女の殺しは残忍だねと嘆息をつくが、その苦し気な表情を観ると、また持病の痔が悪化した様子だった。

そこに捜査に出ていた山ちゃんから電話がかかり、板倉の証言にあった男は錦糸町の鉄工所にいたそうですと刑事が内容を教えたので、笠原課長は、後13人か…と言いながら、字の錠剤を机の上に並べながら、これとこれと…と、孝子に関係がある容疑者を1人ずつ潰して行く過程を例えていたが、横から刑事が、これも…と薬に手を伸ばそうとしたので、素手で觸るんじゃない!と叱りながら、その内の1錠を飲み込む。

安田孝子の死体が安置してあるパシフィックマンションの部屋に集まったのは、橋本圭子(中原早苗)、富永京子(石井富子?)、毛利美佐 (菅井きん)、王操(沢淑子)の4人だった。

全員、あの日、孝子の部屋で徹夜麻雀をした仲間だった。

売れっ子デザイナーの毛利美佐は、出先で聞いて駆けつけて来たと言うが、仏前に飾ってあった写真立てに、自分たち4人が写っている集合写真が入っていたので、無神経ね!と言いながら取り外す。

孝子の死体は解剖に移されると言うことだった。

1時から次の予定が入っていると言う美佐は、圭子ときょう子が電車で帰ると言うので、一緒に帰る事にする。

事件現場のマンションでは、近くの派出所に勤める亀岡巡査(大泉滉)が管理人室で立ち番をしていたが、管理人のがコーヒーを勧めると、最初は遠慮していたものの、結局口にし、普通のインスタントより旨いねと褒める。

殺されたマダムが残っていたのをくれたんだよと管理人が言うので、思わず亀岡巡査は顔をしかめる。

その管理人室の前を、圭子、きょう子、美佐たちが帰って行く。

この4日で2人だからね…、クリーニング屋の飛び降りがあったばかりだと言うのに…と管理人は愚痴る。

その後、鑑識が、棺を持ってマンションにやって来る。

雨の日、右手に包帯を巻いた川島正(佐藤允)が、一軒の大衆食堂にやって来る。

店主は、もうお終いなんですけど…、火を落としちゃったんですよと言って来るが、簡単なものなら良いわよと答えたのは、従業員らしい若い娘春子(倍賞千恵子)だった。

注文を聞かれた川島は、ためらわず、カツ丼!と答える。

そこに、雨に濡れたぼさぼさ頭の出前持ち新吉が帰って来て、客の悪口を言い出したので、お前の髪を切れ!コ○キみてえな頭しやがって!と店主が叱りつける。

新吉と、調理中だった春子も口喧嘩を楽しそうに始める。

そんな騒々しい会話を黙ってタバコを吸いながら聞いていた川島の前にカツ丼が置かれる。

川島は、割り箸を、怪我した右手で握り難そうに割るが、その目の前にフォークを差し出したのは春子だった。

翌朝、鎌倉の海辺の屋敷から出て来た幼い娘を追いかけ回す父親は、出勤前の橋本圭子の夫だった。

娘をからかい終えた夫を車に乗せた圭子は、鎌倉駅まで送ってやる。

改札前で夫を送り出し、車に戻って来た圭子だったが、いきなり助手席側に近づいた川島から、話があると声をかけられ、強引に乗り込んで来られる。

とっさに運転席から逃げ出そうとした圭子だったが、その耳元に、何事か川島が囁きかけると、動きを止める。

その後、2人は近くの喫茶店で向かい合っていた。

圭子は怒ったように、警察を呼ぶわよ!と言うが、向かい側に座っていた川島は、動揺するでもなく、良いよと言うだけだった。

立ち上がって、店内の電話から110番を回そうとした圭子だったが、途中で思い直したのか、またテーブルに戻って来る。

お金?いくら?と聞きながら、財布から札を取り出そうとした圭子だったが、これを出したって事は、あそこであった事を認めるんだな?と川島は聞いて来る。

すると、圭子は泣き出したので、泣いたってダメだと言う川島は、行こうと言い出す。

どこへ?と圭子が聞くと、ホテルと川島は答える。

ホテルに着いた圭子は、一度だけよ。約束守ってくれるわよねと言いながらベッドに近づいて来るが、電気スタンドを容赦なく点けた川島は、強引に圭子にキスをすると、ベッドに押し倒し、何度も犯した後、殺害する。

川島は、新宿駅の西口で、1人立っていた春子を見つけ近づくと、何してるんだ、こんな所で?と声をかける。

春子は、何となく…、観てたの…。新宿も随分変わっちゃったなと思って…と答えるが、その目からは涙がこぼれていた。

その後、陸橋を渡っていた春子を、川島が追いかけて来る。

新聞には、「情交の直後、斬殺!鎌倉部長夫人」「新宿マダムを巡る13人の男」などと、橋本圭子と安田孝子の殺人の事を報じる扇情的な記事が載っていた。

その話題で持ち切りだったとあるバーのマダム(角梨枝子)は、いっぺん抱かれてみたい男の話題で、客と盛り上がっていたホステス真実 (藤田憲子)から話を向けられると、その新聞記事を指差す。

その時、テーブルに座っていたサラリーマンが、向かいに座っていた沈み込んでいる男を、こいつだよ。警察から調べられたS氏と書かれているS氏だよ!とホステスたちに面白そうに教える。

川島は翌日、クリーニング屋に来ていた。

自殺した青年と言うのは、北海道から出て来て、ここの2階で下宿していた青年だった。

仏前に線香をあげる川島に、クリーニング屋の女将は、何故飛び降りたのか…、北海道からはまだ誰も来ない。

父親は季節労働者と言うのか、船に乗っているらしく、家には小さい弟と妹が留守番しているらしい…などと、涙ながらにあれこれ説明してくれる。

清君、良かったね。やっと同じ国の人が線香挙げてくれて…と女将は仏前に向かって言う。

国分清と言うのが、死んだ青年の名前のようだった。

うちからもらう5000円の給料の中から、44723円、毎回貯めててね…と言いながら、女将は預金通帳を川島に見せる。

あの子が買ったのは、このステレオだけなのよ…となおも女将が話している時、下から、従業員が、ご主人が配達の車がパンクしたんですってと電話がかかって来た事を知らせる。

全くあの人ときたら…などとぼやきながら、下に降りて電話口に出た女将は、パンクしたなら、押して帰る!と厳しい口調で命じる。

クリーニング屋の主人(太宰久雄)は、泣きそうになりながら、洗濯物を積んだ単車を必死に押していた。

清の部屋に1人残っていた川島は、窓の桟を指でなどり、鈴を鳴らすと、清のステレオに置いてあったれレコードをかけてみる。

そこから流れて来たのは「いつでも夢を」だった。

それを聞きながら、川島はタバコを吸い始める。

下にいた女将が、上から聞こえて来た音楽に怪訝そうな表情を見せる。

その後、川島は、喫茶店で春子と会っていた。

春子は、自分の生命線は長く、90歳くらいまで生きるみたい。がっかりよ、しわくちゃなおばあさんになるまで生きるなんて…と、自らの手相の話をし始めたので、川島は、例え細くても長く生きる方が良いんじゃないか…と言う川島の手相も観てやると言い出す。

右手は怪我をしているので、左手を観ると、酷い手相で、結婚線を観る限り、生涯縁がないし、珍しい事に、生命線もちょん切れており、もう死んでいるのかもしれない等と春子はおどけて言う。

その頃、警察では、安田孝子殺害事件の容疑者として浮かび上がった13人の内の1人桜田(石井均)を取り調べていた。

最初は、現役の検察官の名前等挙げ、学生時代からの友達なんだ。電話しようか?等と虚勢を張っていた桜田は、事件当日の3月26日は、バー「シオン」で飲んだ後、新宿傑作劇場と言う映画館で「絶対残酷物語」と言う映画を観ていたとアリバイを主張していたが、笠原課長が、その映画館を調べた所、先週一杯、3月30日まで改装のため休館した事になっていると指摘し、アリバイが成り立たんとなると、容疑者と言うことになりますから、精液をもらおうか…とちょっと脅すと、急に態度が急変し、実は女としけこんでいまして…、その相手と言うのが、うちの課の女の子でして山下美子と言うんですなどとすらすら自供し始める。

刑事部屋に戻って来た係長に、宮前派出所の亀岡巡査が面会に来ており、安田孝子殺害事件の3日前の3月23日、同じパシフィックマンションの屋上から、都ランドリーの店員が飛び降りている。調書によれば、北海道出身で、原因はノイローゼによる発作的な自殺であろうとなっておりますと報告する。

係長は、迷惑そうに、それが事件とどういう関係が?と聞くが、まじめ一徹の亀岡巡査は、ご参考までに…と申し出たので、係長は面倒くさそうに、もう良い、帰れ!と追い払う。

後日、橋本圭子の葬儀が執り行われ、夫と幼い娘が焼香をしていたが、気落ちした様子の夫に対し、幼い娘の方は、事態が理解できてないのか、泣くでもなく、じっと、母親の遺影を珍しそうに見つめていた。

葬儀には友人として、王操、富永京子、毛利美佐も参加していた。

その後、喫茶店に集まった3人は、関係あるんじゃない?私たち…、ほら、あの日…と操が不安そうに言い出したので、美佐は、関係ある訳ないじゃない!世の中には操の頭では理解できない事があるのよといなす。

すると操は、香港に行こうかな?と言い出したので、お相手には奥さんがいるんじゃない?と京子がなだめると、その奥さんが来いって言うんだもの…。2号さんいるんだってさ。だから私は3号…などと操はしらけたように言うので、聞いていた美佐は、何もかも嫌!とヒステリーを起こす。

操は、食事行かない?私の店で…、ダメ?ごちそうするからさ…と誘うが、結局3人は、電車に乗って大人しく帰ることになる。

その車中、操は、ドアの近くの席に座っていた男が気になっていた。

それは、川島だったのだが、ちらちら操が振り向いていると、いつの間にかドアから出て行き姿をくらます。

横浜駅で降りた操が外に出ると、いきなり目の前にタクシーが止まり、ドアが開くと、中に乗っていたのはさっきの川島だった。

もちろん、川島の事を知らない操は、誘われたと気づくと、疑問も持たずにそのタクシーに乗り込む。

港の近くのクラブで飲んだ操は、自分からカウンターに座っていた川島の手を引き、一緒に踊り出し、自らキスをする。

その後、港に浮かんでいた王操の死体が発見される。

殺された安田孝子、橋本圭子、玉操は、共に聖露女子学園の出身で、玉操の遺体からも情交の痕が観られたので、この3つの事件は連続殺人の疑いがあるとして、合同捜査に踏み切ったと言うテレビニュースがかかっている大衆食堂で、春子は、忙しく働いていた。

捜査本部では、3人の被害者は、共に交合した後、殺されている。

毛利美佐は現在、東北、北海道へ講演に出かけているらしい。

笠原捜査本部長は、彼女等が徹夜麻雀をした翌日、事件があったパシフィックマンションで、クリーニング屋の少年が飛び降り自殺しているんだと捜査員たちに話しだす。

今日、念のため、聞き込みして来たら面白い事が分かった。

4月3日に、この少年と同郷と称する男が焼香に訪れている。

その男と言うのが、事件のモンタージュそっくりなんだと教えた笠原は、自殺と有閑マダムとはどういう関係があるのか?と捜査員たちに問いかける。

1人の捜査員安藤刑事が、少年はマダムにもてあそばれて、捨てられたのを悲観して自殺したのでは?と推理を述べるが、では、後の2人は何故殺した?と笠原本部長は聞き返す。

丸富布団店の女将、王操と、デザイナーの毛利美佐も狙われる可能性があるのか?

そんな話をしている中、札幌から電話が入り、毛利美佐が講演会場に姿を見せないとの知らせが入る。

都ランドリーの二階では、国分清の遺骨を受け取りに、北海道から父親(吉田義夫)が来ていた。

女将と共に同席した店の主人も北海道出身らしく、山はまだ白いかね?と聞くと、老いた父親は、釧路が原のまだ先の方やけんの…と答え、女将は又泣き出していた。

そんなクリーニング屋に刑事が訪ねて来る。

大衆食堂に又やって来た川島は、主人にカツ丼を注文した後、春子の姿が見えない事に気づく。

出前の新吉は、GSの音楽に合わせて狂ったように踊っていたので、主人は、うるさい!と怒鳴りつける。

春ちゃんはいないのか?と川島が聞くと、休みだよ、具合悪くてね…と主人は答える。

風邪でも引いたのか?と川島が聞くと、その顔をじっと見つめていた主人が近づいて来て、どうなんだ?結婚するのか?まじめに考えて欲しいからだと耳元で囁いて来る。

聞いたのか?あの子の兄さんの事…と主人は続けるので、訳が分からず、川島が不思議そうな顔をしていると、そうか、まだか…と言うので、親父さん、話してくれ!と川島は主人に頼み込む。

その代わり、俺の口から聞いたって事は絶対あの子に言わないでくれよ…と前置きした主人は、煙草を取り出したので、川島が火を差し出してやる。

あの子の兄貴と言うのは、新宿界隈の愚連隊として顔を売っていた…と主人は語り出す。

両親の元にはしょっちゅう金をせびりに帰って来て、オヤジなんかぶん殴っていたし、弟や妹の財布や、来ているものだってひっぺがす有様だったらしい。

5年前のちょうど今日、また帰って来たその兄が大暴れしたので、親父とおふくろさんは、せめてあいつが死んでくれたら…と泣いていたそうだ。

兄貴はその番殺された。

酔っぱらって寝ている所を、寝間着の紐でこうやって…。

それやったの、春ちゃんなんだ!一番兄貴を好きだったあの子が…

人殺しが良いとは言わないが…、あの子が罪人になってムショに入ると思うとたまらなくなり、嘆願書を作って持って行ったんだ。

裁判官も同情したのか、懲役3年、執行猶予5年だった。

せめて、あの子だけには、幸せな結婚をと思ってな…と話し終えた所に、新しい客が入って来たので、主人は厨房の方へと向かう。

その厨房の奥には、指名手配犯の顔写真が何枚も貼ってあった。

その頃、春子は、水門の所で、幼女のようにケンケンパ等していた。

川島は、無表情に町中を歩いていた。

都ランドリーの主人は、ビルの工事現場横の飯場にやって来ると、川島さんは?と聞く。

そこにたむろしていた労務者たちは、この頃さっぱり顔を見せねえと言うので、前に頼まれていた洗濯物を見つけたので持って来たんだが…と主人が困っていると、置いて行けよと言ってくれる。

丸富布団店では、主人が使用人に厳しく仕事を言いつけていたが、その一方で応接室の方を気にしていた。

妻の富永京子に刑事が話を聞きに来ていたからだった。

3月21日、パシフィックマンションの309号室で徹夜麻雀をなさったそうですが、その時、誰か他の人間が来ませんでしたか?と刑事が聞いても、京子はとぼけていたので、クリーニング屋の少年が来ませんでしたか?と刑事は単刀直入に質問する。

ああ、そう言えば…と京子は思い出したように言うが、配達に1時間もかかりますかね?と刑事が聞くと顔色を変える。

309号室の前の203号室にクリーニング屋が訪問したのが9時半頃、309号室の次の310号室に来たのが10時40分頃、どう考えても、あなたの部屋で何かあったとしか考えられない。何があったんです?と刑事は畳み掛けるが、京子は、もう忘れましたと言うだけ。

これは、あなたの生命に関係あるんですよと迫った刑事は、これまで殺された3人の女の無惨な死体写真を見せつける。

今、毛利さんはどうしているかご存知ありませんか?と刑事が聞くと、一昨日青森から電話があり、登別の方に行くとか言っていましたと京子が答えると、定山渓の山中で斬殺死体が発見された、美佐の惨たらしい写真を突きつけて来る。

何もかも包み隠さず言ってくださいと迫られた京子は、はい…と答えかけるが、でも、いくら何でも、酷い目に遭わされるような事はしていないんですと答える。

その頃、水門の所で再会した川崎の右手の指先に刺さったとげを、縫い針を使って抜いてやる春子。

私、荒川の縁で育ったの…と突然春子が言い出す。

荒川の土手を毎日思い出すわ…、夕方になると、いつも兄さんに連れられて、父さんとおじいちゃんを迎えに行ってたの。

父さんの、オンボロジャリ舟が真っ赤な夕日の中に帰って来るのよ。

私たちに気づくと、船に乗っているおじいちゃんが、ふんどし一つで立ち上がり、ラッパを吹いてくれるの。タッタカッタッタッター!って。

青島出兵の生き残りだって…。おじいちゃん、とっても兄さん、可愛がっていたの…と春子が言うので、生きてるのか?そのおじいちゃん…と川島が聞くと、死んじゃったわ、5年ほど前に…と春子は答え、その頃、兄さん、家を出ていたんだけど、1ヶ月ほどして帰って来て、仏壇の前で、一晩中ぼんやりしてたっっけ…と続ける。

どうしたんだ、その兄貴は?と川崎が、何も知らないように聞くと、死んだわ、やっぱり…と言いながら春子は夕日に顔を向ける。

そして、島さん?と春子が呼んだので、思わず川島が、うん?と答えると、島さんって言うのね、やっぱり!川島さんじゃなくて、島さんなのね!と言いながら、春子は、店の厨房からはぎ取って来たらしい指名手配犯のモンタージュを差し出して見せる。

そこには、島と名前が書かれていた。

警察に言うのか?と川島が聞き、言っても良いよと言うと、春子は黙って、その手配書をその場で破り捨てる。

そして、さよなら…と言って帰りかけたので、待ってくれ!春ちゃん、待ってくれ!と呼びかけた川島は、一体どう言うつもりなんだ?と問いかける。

自首して欲しかったのよと春子が答えると、そのためにここまで来たのか?と川島は尋ねる。

そうよ、川島さん、自首して出れば、5年…、長くても10年で刑を終えられる。そのくらいなら、私…、待っててあげようと思って…と春子が言うので、川島は思わず春子の足にしがみついて跪く。

春ちゃん、俺の話も聞いてくれよ!と川崎は懇願するが、春子は、もう話す事はないと言い残して去って行くので、一つだけある!明日の朝、ここで会ってくれ!春ちゃん!明日の朝だ!と呼びかけるが、春子は振り向きせず、走って行くのだった。

丸富布団店で、操の供述を聞き終わった刑事は、まだ応接室に居残っていた。

しかし、あんな品の良い奥さんが…と驚いたように1人が呟くと、金と暇があるからやるんだろう…、しかし、女が男を輪姦するとはね…と、もう1人の安藤刑事も呆れたようだった。

その後で自殺したのかね?仮に俺の妹が輪姦されたら復讐するかもしれんが、弟が5人の女に輪姦されてやるだろうか?しかも、弟でも何でもないんだからね…と、安藤刑事は、川島の動機が理解できないようだった。

そんな刑事たちの元にやって来た操の亭主は、今、女房が出て行きましたと言うので、刑事2人は慌てて立ち上がる。

刑事たちが飛び出して行った後、応接室に残っていた亭主は、間男しやがって…と怒りを押し殺していた。

操を追って、青山の地下にあるゴーゴーバーにやって来た安藤刑事は、店内の騒音の中、何とか捜査本部に電話をかける。

富永京子が家出したと聞いた係長は、こちらでもホシの面が割れたんだ。13年前、新婚の花嫁を殺害し、迷宮入りになっていたヤマの犯人だった。

それを届け出て来たのは、当時、店の使用人だったゲス野郎だ!と安藤刑事に伝えた係長は、又電話が入り、毛利美佐殺害後、奴が札幌から東京行きの502便に乗っていたのを今確認したとも追加する。

電話を終えた安藤刑事は、女を見張っていたはずのもう1人の刑事が、女を見失った事を知り慌てる。

パシフィックマンションの管理人室では、管理人が小便をし、寝ようとしていたが、何か気配を感じたので、ロビーを観ると、そこに女が1人立っていた。

それは、富永京子だったのだが、何かに取り憑かれたような無表情な顔で、階段を登って行く。

気になった管理人はそっと後を付けてみると、京子が入って行ったのは、安田孝子が殺され、今は空室になっていたあの309号室だった。

ドアを開けようとすると、鍵がかかっているではないか。

管理人室に戻った管理人は、すぐに亀岡巡査を電話で呼びだす。

駆けつけて来た亀岡巡査は、309号室に女が入り込んだと聞くと、どうして鍵をかけておかなかったのかね?と詰問するが、確か、かけてあったはずなんだ…と管理人も首を傾げる。

その頃、309号室では、京子が浴槽に水を入れていた。

亀岡巡査は本部に電話連絡すると、クリーニング屋の自殺と連続殺人はやっぱり関係があった。奴はもう鬼だ。奴は必ずここに来る。電気を消せ!係長以下捜査班が到着するまでは、俺とあんたの責任だからなと管理人に言い渡し、タバコを吸い始める。

309号室にいた京子は、壁のブラインドの隙間越しに、こちらを睨みつけている男の目に気づく。

ねえ、誰?と京子が聞くと、富永京子か?と言いながら、ブラインドの横から姿を現したのは川島だった。

京子は悲鳴を上げかけるが、その口を川島が塞ぐ。

どうして、ここにやって来たんだ?と川島は聞くが、怯え切った京子は、助けて!殺さないで!と訴えるだけ。

入口のドアに内鍵をかけた川島は、お前たちが殺したんだ!お前たち5人が!と告げる。

殺さないで!と京子は訴えるが、今さら、お前を殺したって…と呟いた川島だったが、お前、自分がどんな悪い事をしたのか分からないのか?と京子に迫る。

だって…と京子が口ごもるので、この口で言ってみろ!あの日、あのクリーニング屋の子がやって来た時、この部屋で何をやっていたんだ!言ってみろ!と京子の顔を掴んで川島は責める。

天気の良い日だった…。あの子、俺の部屋の前を通っていつも配達していた。

真っ黒な顔に、帽子が真っ白で…と、川島は少年を思い出す。

(回想)「いつでも夢を」を口笛で拭きながら、その日、クリーニングの配達をしていた少年清は、パシフィックマンションの309号室にやって来る。

その時、その中では、暇を持て余した女5人が、ブルーフィルムの映写会をしていた。

チャイムが鳴ったので、応対に出た孝子は、クリーニング屋だと知ると、品物を受け取った後、ちょっと来てちょうだいと言い出し、清の手を引いて部屋の中に引きずり込む。

(回想明け)それから?京子の話を聞いていた川島は、それからどうしたんだ!と責める。

(回想)ブルーフィルムを映写している部屋に清を連れ込んだ孝子は、無理矢理、フィルムを見せ、他の女たちも面白がって、清を無理矢理はだかにさせ、部屋中を置きかけ回し始める。

(回想明け)あんた、何なの?あの子の何なの?と京子は聞くが、何でもねえよ。名前だって知らなかったんだと川島が答えると、そんな…、何の関係もないこの事でこんな酷い事を!と京子は信じられないようだった。

だけど、俺には我慢できなかったんだ!一番きれいなものをぶち壊されてしまったんだ!お前たちにそんな事をするどんな権利があるんだ?と川島が訴えると、急に京子はその場で着物を脱ぎ始める。

何だ?と川島が戸惑うと、あなたの良いようにして、だから、堪忍して。好きなようにして良いから、殺さないで!と命乞いして来る。

それを聞いた川島は逆上し、貴様!と言いながら京子に飛びかかって行く。

止めて!殺さないで!恐怖に駆られた京子が叫ぶが、こうしてお前たちにやられなかったら、あいつは死ななかったんだ!と川島は叫ぶ。

(回想)映画館の前に来た清は、「暗黒街のブルース」と言う映画に興味があるようで、じっと立ち止まっていた。

そこに通りかかった川島は、切符を買ってやり、清と一緒に映画を観た後、ラーメンをおごってやる。

(工事現場にいた川島の所に来た清の回想)あいつ…、その後、俺の所に来て泣いていた。

(回想明け)その翌日、あいつは死んだんだ…と川島が言うと、京子は、何もしない、悪い事など何も…。あの子だって楽しんでいたのよと京子は反論する。

(回想)助けて〜!止めて〜!309号室に閉じ込められた清は、女5人に追い回されていた。

(回想明け)浴室のシャワーを出す川島。

京子はもう死んでいた。

川島はそれを見て、ああ!とおののく。

その時、下の方から近づいて来るパトカーのサイレンに気づく。

部屋に転がっていた電話を取り上げた川島は、あの食堂に電話をかける。

電話に出たのはあの主人だった。

どうしたんだね?こんな時間に…と主人は怪訝そうだったが、春ちゃんに伝えてくれ。俺は我慢できなかったんだ。神も仏もない気がして…。俺、今朝、あそこに行けないって…と言った川島は電話を切ってしまう。

その後、川島は、マンション屋上の鉄柵を乗り越えていた。

地上に集まっていた刑事たちは、屋上の縁に立った川島に気づくと、島〜!バカなことは止めろ〜!と怒鳴る。

やがて、朝日が昇って来る。

春ちゃん、もう一月も前に君に会っていたら…、そう思った事もある。でも、同じ事かな?その光を顔に浴びながら、川島は考えていたが、次の瞬間、マンションから飛び降りる。

地面に大量の血が流れ出す。

雨が降る中、あの水門の所に来ていた春子は、濡れながら地面にしゃがみ込んでいた。

昨日、自分が破り捨てた、川島の指名手配の紙を復元していたのだった。