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奇々怪々俺は誰だ?!

ある日いきなり、自分を自分と認めてくれる人間がいなくなり、会社でも家庭でも居場所を失ってしまった主人公が、その後、くしゃみの度に、他人から別人として認識されるようになり、それに連れ、徐々に人格まで変化して行く様を描いた風刺ファンタジー。

最初の方の、自宅である団地に帰って来たサラリーマンの主人公が、妻や子供、周辺住人ら全員から自分のことを知らないと言われ孤立するシチュエーションは、テレビ特撮ヒーロー番組「ウルトラセブン」47話「あなたはだぁれ」そっくりである。

「あなたはだぁれ」の放映は1968年8月25日らしいので、本作の方が1年程度後の公開と言うことになる。

単なる偶然なのかもしれないが、同じ谷啓主演、坪島孝監督「クレージーだよ 奇想天外」(1966)では、地球の様子を観察するため、人間に化けた宇宙人ミステイク7が地球に舞い降りると言う、何やら「ウルトラセブン」に似た設定だっただけに、因縁を感じるものがある。

本作は宇宙人等、非現実的なものは登場しないが、話の設定自体はシュールなものになっている。

劇中、堺左千夫扮する刑事が、奇想天外な事情を話す主人公に、空想科学小説の読み過ぎじゃないのか?と言う下りがある通り、この当時はまだ「SF」と言う呼び名すら一般的ではなかった時代である。

話の後半は、クレージーお得意のサラリーマン出世話になると思いきや、さらにラストは意表をつく展開になる。

二郎や三郎に変化した段階では、まだ、心は元の太郎のままと言う設定なのだが、社長の四郎になると、急に人格までもが急変すると言うのが、観客であるサラリーマン層を喜ばす経営者風刺と言うことなのだろう。

劇中、今では放送禁止となった用語がこれでもかと言わんばかりに登場するし、精神病院等も茶化した形で登場しているので、まず、テレビ放映等は無理な作品である。

ヒロイン役を演じているのは若い頃の吉田日出子であるが、主人公役の谷啓の奇妙さを浮き彫りにする立場でもあるので、終始純朴でまじめな娘を演じている。

しゃべり方に特長があるので、ぱっと見分からなくても、吉田日出子とすぐに気づくはずである。

考えてみたらこの作品、三木聡監督の「俺俺」(2013)にどことなく似ていなくもない。

ある日突然、もう1人の自分が出現し、自分のアイデンティティが否定されてしまう辺りの出だしは同じである。

共に、自己喪失(アイデンティティー‐クライシス)を描いた作品と言うことなのかも知れない。

こういう軽いタッチのコメディに出ている吉村実子と言うのも珍しいのではないだろうか?

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1969年、東宝、田波靖男+長野卓脚本、坪島孝脚本+監督作品。

とある口外の団地にスタッフロールが重なる。

朝6時、洗面器の上に置いた目覚まし時計が鳴り始め、妻で口うるさい民子(横山道代)が、鈴木太郎(谷啓)の布団をはぎ取って、そのお尻を蹴飛ばして起こす。

洗面をしている太郎の元に、息子の一郎が来たので、歯磨きを渡してやった太郎だったが、チューブの真ん中だけがへこんでいるのを観た一郎は民子を呼ぶ。

民子は、チューブはお尻の方から押さないと無駄になるのよ!と又文句を言うが、朝食の席でも、太郎がバターをトーストに塗ろうとすると、もう塗ってあるからと民子は言い、脂肪の取り過ぎは身体に悪いのよ。生野菜は身体をアルカリにするので良いのよなどとしゃべりかけるが、全く何もしゃべらないので不審に思ったのか、どうかしたの?と額に手を当たられる。

その瞬間だけ、太郎は驚いたように悲鳴を上げるが、顔色悪いわよ。しっかりしてよ。会社1日でも休まれると給料に響くんだからなどと嫌味を言われてしまう。

一郎を送り出して一安心した民子は、まだ太郎が出勤していなかったことに気づくと驚き、その日の小遣い300円渡して送り出す。

太郎が団地の外に出た所でキャストロールが重なる。

馴染みの田中(小栗一也)が、お互い、牛乳配達より早く出社するような場所に家があって大変ですななどと話しかけられるが、肩を叩かれて気づいた太郎は、それまでずっとしていた耳栓を外して挨拶を返すが、気分でも悪いんですか?とまた言われたので、この通り元気です!と張り切ったポーズを見せるが、顔色悪いですよと言われてしまう。

会社の前までやって来た太郎は、前を同じ総務課の福田とみ子(浦山珠実)が歩いていたので、肩を叩いて声をかけると、顔色悪いわよと振り向いた彼女からも言われてしまう。

彼女と一緒にタイムカードを押していた太郎は、後ろからやって来た同僚からも、顔色が悪いと同じように声をかけられる。

席についてまでも、課長の大場末吉(人見明)が出社して来て太郎の顔を見るなり、君、顔色悪いぞ。病気じゃないのか?気分悪いなら無理せん方が良いぞと言ってくれ、続いてやって来た荒井部長(田武謙三)も、君、ただ事じゃないね。ぽっくり病でも起こされたら迷惑だから、帰りたまえと勧めるので、仕方なく、太郎は早引けする。

団地に戻って来た太郎は、また、民子から、だから、朝、顔色悪いって言ったじゃない!大体あなたはしゃべらな過ぎるのよ。今先生を呼びますから!などと文句を言われながら、布団に寝かされてしまう。

監督名

皆さん、ここまでのお話は、鈴木太郎さんが、無理矢理病気にさせられてしまったお話ですが、これから彼が経験することは、こんな生易しいことではなかったのです。(と、熊倉一夫のナレーション)

タイトル

朝、団地を出た所で耳栓を取りながらくしゃみをした鈴木太郎は、馴染みの田中に挨拶をするが、田中は怪訝そうな顔をするだけで、そのまま去ってしまう。

会社の前まで来た太郎は、前を歩いていた福田とみ子に、トミちゃん!と声をかけるが、振り向いたとみ子は、気持ち悪そうに視線を避ける。

一緒にタイムカートを押そうとやって来た太郎は、自分のカードにもう印がついていることに気づく。

その時、同僚たちも出社して来たので、とみ子は、この人変なのよと指摘する。

そんなとみ子の様子に戸惑いながらも、机に向かおうとした太郎は、既にそこに見知らぬ男が座っていたので、そこは僕の席です。退いてください!と文句を言うが、座っていた男(犬塚弘)は、仕事の邪魔をしないでくれ。僕は鈴木太郎だと答えるではないか。

鈴木太郎は僕だよ!と太郎は憮然として言い返すが、とみ子に助けを求めても、私、あなたなんて知りませんわ。どこで聞いて来たのか知りませんが、気安く呼ばないでくださいなどと言うではないか。

そこに大場課長がやって来たので、僕が鈴木太郎ですよね?と助けを求めるが、君の顔は観たことないなと言われてしまう。

さすがに怒り出した太郎は、いたずらにしても悪質過ぎるぞ!後で謝っても知らないからな!と言い残し、渋々会社を出て行くことにする。

自分の姿が無限に続いて見える合わせ鏡になっている喫茶店で落ち着いて考え直してみることにした太郎は、畜生…、みんなで示し合わせててん、良し!覚えてろ!と呟くと、もう1度総務課に戻ることにする。

総務課の連中は、又来た!守衛を呼んでつまみ出してやろうか!と眉をひそめるが、太郎は自ら笑って見せ、ま、確かに面白い。でも悪い冗談はやめようや。まだ、からかうつもりか?よ~し、認めさせてやる!課長や部長に!と叫ぶ。

その頃、大場課長と荒井部長は、専務の若林剛(山茶花究)に呼ばれ、そろそろ社長が悪性腫瘍で危ないらしいと言う話をしていた。

大場と荒井は、となると、次期社長は専務辺りですな?とゴマをすると、いや、ニューヨーク支店長で社長のご子息の四郎君がいるよと若林は謙遜するが、そこに止めようとする総務課の連中と共になだれ込んで来たのが鈴木太郎だった。

若林は太郎を観ると、誰だね、君は?我が社のバッジをつけとるようだが?と言うので、太郎もさすがに、これはいたずらなんかではないことに気づく。

会社を出た太郎は、訳が分からない朦朧とした状態で、赤信号の横断歩道を渡る。

首だ…、俺を首にするつもりだ…、人権蹂躙だ!と呟きながら、牛印乳業の工場にやって来た太郎だったが、そこの守衛からも、どなたですか?と呼び止められてしまう。

鈴木太郎じゃないですか!と怒った太郎だったが、ここでも通じないらしく、仕方がないので、大学時代の友人である、製品部の山中に会いに来たと申告し、何とか中に入れてもらう。

所が、工場内で会った山中(船戸順)までもが、失礼ですが、どなたですか?と聞いて来たので、君もかい!分かったよ!と太郎は憤慨し、守衛に噓つき呼ばわれされ、そのまま工場から引きずり出されてしまう。

団地の自宅に戻って来た太郎だったが、ドアを開けた息子の一郎は、だ~れ?と不審そうに観て来るし、リビングを観ると、そこで民子と夕食を食べていたのは、会社にいたあの鈴木太郎だった。

貴様ここで何をしているんだ?!と太郎が怒鳴ると、そこにいた鈴木太郎A(犬塚弘)の方も、太郎の顔を見て驚いたようで、

あなた!これはどういうこと?と太郎Aに聞いた民子は、私は鈴木の家内です!と太郎に言って来たので、思わず太郎は、それが夫に対して言う言葉か!と言いながら、民子の頬を叩いてしまう。

会社だけでなく、ここでも悪ふざけをする気か!と怒った鈴木Aは太郎につかみ掛かって来て、キチガイだ!警察に電話をしろ!と民子に呼びかける。

一郎までもが、玩具のバットで太郎を殴って来て、パトカーのサイレンが近づいて来る。

警官2人に取り押さえられ、団地の外に出た太郎は、朝、家を出るまでは普通だったんだ…と考えながら、ここでくしゃみをしてからおかしくなったんだ…と思い出したのか、もう1度くしゃみをすれば元に戻れるかな?などと呟いていたが、野次馬と一緒に観ていた田中は、この男、朝からこの辺をうろついてましたよと警官に証言する。

地元署に連行された太郎は、朝からの一部始終を刑事(堺左千夫)に話すが、空想科学小説の読み過ぎだろう?そんな噓が通ると思っているのか!と叱られた上で名前を聞かれたので、鈴木太郎と答えるが、それは押し入った家の主人の名前だろう?ちゃんと自分の名前を言え!と迫られるが、やはり鈴木太郎と答えるしかなかった。

本籍地を言ってみろ。問い合わせればすぐに噓かどうか分かるはずだからと言われた太郎は、本籍地?…、そうだ!と気がつく。

太郎は、実家のある過疎谷に列車とボンネットバスを乗り継いで帰って来る。

家に入り、母親を呼ぶがいない。

ふと、写真立てを観ると、そこに写っているのは、自分の母親とあの鈴木太郎Aではないか!

その時、外から帰って来た母親に声をかけた太郎だったが、母親は太郎の顔が分からないようで、泥棒!助けて~!と叫びながら逃げ出してしまう。

その騒ぎを聞きつけ、村人たちが追いかけて来たので、太郎は逃げ出すしかなかった。

途中、郵便配達の自転車を倒し、逃げ回った末、太郎が飛び込んで難を逃れたのは肥だめだった。

その後、雨が降る中、びしょぬれの姿になった太郎は、終わりだな…、もう終わってしまったんだ…と呟きながら、線路に身を横たえようとしていたが、近くからうるさいぞ!と注意する声が聞こえて来る。

誰だろうと思って周囲を見回すと、近くの線路にもう1人、横たわっている人間がいるではないか。

近づいて観ると、それはまだ若い娘で、明らかに自殺しようとしている所に見えたので、君は一度だって、自分が生まれてきた意味を考えたことがあるか?何のために生まれて来たか考えない奴は牛よりも劣るんだよ!と説教するが、あんただって死のうとしてたでしょう!と娘から反論されると、僕の場合は事情が違う!と言い返すが、男の人って勝手だと娘から言われてしまう。

あんた、親兄弟は?友達はいないのか?と聞くと、誰もいねえと娘は泣き出す。

一体、どうしたって言うんだ?話してごらんと聞いても返事をしないので、君が死のうと思うなら、僕も一緒させてもらおうか…と言い出した太郎は、紐か何かないかと言いながら、娘の側に置いてあったふろしき包みを開けてみると、中には、娘の母と思しき遺影と位牌が入っているだけだった。

それでも、紐が入っていたので、互いの身体を結び、何するだ!と驚く娘に、こうしておけば、どっちかが気が変わって逃げ出そうとしても出来ないだろうと言って、娘の隣の線路の上に横になる。

知らない人が観たら心中だと思われるだろうな…と太郎は呟く。

しかし、なかなか肝心の列車が来ないので、待っている間、気を紛らすたmtにと、太郎は側に生えていた葉っぱを取り、草笛を吹き始める。

やがて、近くの踏切の警報が鳴り出し、列車の汽笛と照明が近づいて来る。

その時になり、いきなり娘は、お腹の赤ちゃんを道連れに出来ない!と言い出したので、太郎も慌てて逃げ出そうとするが、互いに逆方向に逃げようとしたので、身体を繋いだ紐が邪魔になり、いつまで経っても、線路上から離れられなかった。

しかし、衝突寸前、何とか同じ方向に逃げ延びた太郎は、腹を押さえて苦しみ出した娘を背負って、立ち上がるが、その弾みにズボンが脱げてしまう。

それでも、近くにあった「落目産院」に入院させることが出来たが、赤ん坊は死んでしまっていた。

太郎は、嘆き悲しむ娘に、君は死ぬ原因がなくなったんだと慰める。

種村百合子(吉田日出子)と名乗ったその娘は、集団就職で上京したが、そこの会社の大学出の労務係と仲良くなったが、その相手は、工場長から良い縁談の話があると逃げて行ったのだと言う。

太郎の方も、自分が誰なのか分からなくなったと打ち明けると、一度、テレビに出てみれば?とゆり子は言い出す。

何とかモーニングショーとかで、人探しのコーナーをやっているから分かるのではないかと言うのだ。

さらに、必要だったら、このお金を使って…と、彼がくれた手切れ金を差し出して来たので、太郎は驚き、観も知らぬ人からそんなことをしてもらうわけにはいかないと断る。

しかし、太郎は東京に戻り、「古今亭志ん馬モーニングショー」尋ね人探しのコーナーに出演することになる。

団地で何気なくテレビを観ていた妻の民子は、この前団地にやって来た太郎がテレビに出ているのを知り、飲みかけていたミルクを噴き出してしまう。

司会の志ん馬(本人)から、お尋ねの方の名前は?と聞かれた太郎は僕ですと言い、事情を話すと、頭確かですか?いつのことですと怪訝そうに聞いて来るので、何日か前のことです。会社に行くと見知らぬ男がいたんですと太郎は説明する。

その頃、その鈴木太郎Aは、社長危篤だって?後任の社長にはニューヨーク支店長の息子か、若林専務かどちらかだろうが、どっちになるかで会社の人事は大荒れだろうななどと同僚たちと噂話をしていたが、そこに民子から、あの男がテレビに出演しているとの電話が入る。

「古今亭志ん馬モーニングショー」のスタジオ内に設置された複数の電話の1つが鳴り始め、志ん馬がそれを取り上げると、鈴木次郎さんですって!?と驚きの声を挙げる。

太郎が連れて行かれたのは、「松沼精神病院」だった。

俺はキ○ガイじゃない!鈴木太郎だ!と太郎は抵抗するが、太郎を個室に監禁した医者(加藤春哉)は、ここには他にも、桃太郎や金太郎がいるるうだと嘲って去って行く。

太郎は、キ○ガイなんかと一緒に暮らせるか!と憤慨する。

休憩時間、中庭に出ることが許されるようになった太郎は、枯れた花壇の花にジョウロで水を与えている患者(ハナ肇)などを観ながら、キ○ガイはやっぱりキ○ガイなんだな等と呟き、うんざりしてしまう。

そんな太郎の元に、他の患者たちが遊んでいたボールが転がって来て、次郎さん!ボール取って!と言われると、素直にしたがってしまう。

今や、太郎は鈴木次郎になり切っていた。

そんな太郎に、医者が面会人だよと教えに来る。

面会人とは種村百合子だった。

太郎さん!会いたかったと言ってくれたので、今や、僕を太郎さんと呼んでくれるのは君だけだよと太郎は感激すると、百合子は、名前なんかどうでも良いわと言ってくれ、あの後、すぐ東京に出て、今は喫茶店に勤めているのだと近況を教える。

いけの側で話し合っていた2人をわざと邪魔するように、あのジョウロを持った患者が池に水を汲みに来る。

僕を本当のキ○ガイと思いかい?と太郎が聞いてみると、百合子はうんと答えるが、でも、乱暴するでもなく、こうして普通に話してるじゃない。私にとっては、太郎さんでも次郎さんでも構わない。おれ、次郎さん好きだ…と言う。

そこに又、ジョウロを持った患者が邪魔しに来たので、本物のキ○ガイですと太郎は百合子に詫、僕も、おふくろが山や畑を売って、大学出してくれた頃は幸せでした。サラリーマンの生活に、何となく違和感を感じていたんですと話す。

そんな太郎に、いきなり、兄貴!と呼びかけて来たもう1人の面会人が来る。

太郎は全く面識がないその相手は、虎吉(二瓶正也)と名乗り、兄貴の本名は鈴木三郎で、ベレッタの三郎と言われる腕利きだ。警察の目を欺くため、次郎って名乗っていたんじゃないですかと言うではないか。

面会時間が終了したので、百合子と虎吉なる男は帰って行くが、その夜、太郎は、病院の塀を乗り越え、外で立ち小便をしていた虎吉と合流する。

タクシーで、「秀和青関レジデンス」なるマンションまで連れて来られた虎吉は、親分に連絡してきますと言って、そのままタクシーで去ろうとする虎吉に、俺はどこに行けば良いんだ?と太郎が聞くと、忘れたんですか?9階の2号室ですよと教えられる。

902号室にやって来た太郎が部屋に入ると、中でダーリン!お帰りなさい!と出迎えたのは、三郎の情婦らしき女(塩沢とき)だった。

太郎が戸惑っていると、キ○ガイ病院で半年も暮らしていたから無理ないわねと女から同情され、強引にキスされてしまう。

先に風呂に入ったその女が、ダーリン、タオル取ってくれる?と声をかけて来たので、どこ?と聞き返すと、化粧ダンスの引き出しの中でしょうと言うので、開けてみると、タオルの下に拳銃が置いてあったので、サングラスをかけ、その拳銃でポーズを決める真似をしてみる。

風呂から出て来た女は、その銃は親分が預けて行ったのと言うので、親分って?と聞くと、伊沢組の熊五郎親分よと女は呆れたように教える。

そこに、虎吉に案内され、伊沢熊五郎(田崎潤)が、用心棒の鉄(草川直也)とやって来る。

それまで、パンツにランニングシャツ姿だった太郎は、いつの間にかスーツ姿にサングラスを決めて出迎える。

1人、消してもらいたい奴がいると、いきなり熊五郎親分は切り出して来る。

写真を太郎に渡すと、牛印乳業の社長の息子で、こいつがいたんでは困る奴がいて、専務の若林だと言う。

今若林を助けてやると、後々役に立つんだと熊五郎親分は説明するが、太郎は、いやです。そんな恐ろしいことで来ませんよと拒否する。

それを聞いた熊五郎親分は、今まで散々人を殺しといて…と呆れたようだった。

横で話を聞いていた虎吉も、キ○ガイって伝染るものなんですねと首を傾げる。

第一、僕は銃を撃ったこともないんだと太郎は言うが、そんな太郎に、鉄がナイフを投げようとすると、無意識に手が動き、銃でその鉄のナイフを撃ち落としてしまう。

何だ、撃てるじゃねえか。やっぱりこの仕事はあんたにやってもらわないと困るんだと熊五郎親分は感心したように言い、大金を太郎に手渡す。

そこに、女がコーヒーを運んで来るが、太郎の腕が当たって、お盆が飛んでしまい、ミルクの粉が鉄にかかってしまう。

すると、急に鉄は咳き込み出したので、熊五郎親分は、こいつはミルクアレルギーなんだと教える。

翌日、太郎は、百合子が働いている喫茶店に行ってみると、ウエイトレスをやっていた百合子は、どうして病院からいなくなったの?あれから面会に行ったらいないじゃないと言う。

今日は早番だから6時には店を出れると言う百合子と、その晩デートをすることにした太郎だったが、店の隅で、虎吉が監視していたことまでは気づかなかった。

夜出会った太郎は、自分は今は三郎と言うんだ。君は、名前が違っても好きだなんて言ってくれた。君に借りた金を返すことが出来るんだと言い、熊五郎親分からもらった大金を取り出して見せると、悪いことでもやらかしたの?と百合子は驚く。

今からやるんだと打ち明けると、逃げれば良いじゃない。オラも一緒に逃げる。過去に何したか知らないけど、新しい間違いやらないことだ。2人でどっか遠い所行って、幸せになりたいと百合子は言ってくれる。

おら、アパートに帰って、荷物まとめて来ると言い残し、太郎は喫茶店で待つ約束をし、百合子は帰って行く。

しかし、喫茶店で待っていた太郎に、8時になって電話がかかって来る。

電話の相手は熊五郎親分で、例の仕事やってくれるんだろうな?と念を押して来たので、止めさせてくれますかと言うと、太郎さん~んと言う百合子の声が聞こえて来る。

百合子は熊五郎親分に捕まっており、鉄と情婦から痛めつけられていた。

やむを得ず、翌日、太郎は虎吉をともない、ニューヨークから戻って来た社長の息子、鈴木四郎 (なべおさみ)を羽田空港で確認するため、歓迎台に来ていた。

その近くには、鈴木太郎Aと福田とみ子が2人だけで出迎えに来ていた。

他の社員たちは全員、専務についてしまったからだった。

四郎が鈴木太郎Aが用意した車に向かっていた時、1台のスポーツカーが四郎の横に停まり、運転していた黒江みどり(吉村実子)が四郎に声をかけ、さっさとその車に乗せて走り去ってしまう。

その車の後を自分の車で尾行する太郎だったが、さらに、その背後には、虎吉と鉄の乗った車が尾行しており、万一、三郎兄貴が親分の言いつけに背いたら、あんたがやるんだぜと鉄に頼んでいた。

人気のない高架下に車を停めたみどりは、いきなり四郎に、ただいまのキスをねだる。

そんな2人の前にやって来た太郎は、鈴木四郎さんですね?と確認した上で、逃げてくれ。でないと、あんたを殺さなくてはいけないんだと言って、拳銃を取り出して見せる。

驚いた四郎は、逃げるどころか、逆に太郎に飛びかかって来る。

そこに、虎吉と鉄が乗った車が到着し、路上で格闘している四郎と太郎の様子を観ていたが、その途中、太郎は又くしゃみをしてしまう。

虎吉は、どっちが兄貴だ?と見分けがつかなくなったようで、鉄は、任せてとけと言うと、四郎の胸に銃弾を撃ち込み、2人は車で逃げ去る。

目の前で四郎を殺された太郎は、畜生!鉄の奴…と去って行く車を観ながら悔しがるが、みどりはそんな太郎に、四郎さん!良かった!と言いながら飛びついて来る。

驚いた太郎が、倒れている四郎のことを聞くと、この人は知らない。あなたを殺そうとしたのよ。私があなたの無実を証明してあげるわ。だから、今ここで約束して!私と結婚するってと言うではないか。

どうやら、みどりは、アメリカに行く前に四郎と関係が出来ていたらしい。

太郎は結婚なんか出来ないと断ると、良いわ、あなたが社長にならないようにしてやる。若林は株を買い占めており、家のパパにも話しに来ていたからと言うので、君は、株主の娘だったのか!と太郎は初めて気づく。

しかし、みどりは、太郎がとぼけていると思ったらしく、パパは黒江勇蔵じゃない!と呆れたように教える。

今や四郎と認識されるようになった太郎は、若林専務がそこまで手を回しているとは知らなかったなぁと感心する。

その後、新聞には、鈴木三郎なるヤクザが殺されたという記事が小さく載っていた。

牛印乳業社長鈴木元郎の葬儀の中、若林専務を人気のない部屋に読んだ太郎は、その新聞を見せ、あんたが差し向けて、僕を殺そうとするつもりだったことは分かっている。あなたを警察に突き出すことも出来るのだと脅すが、君のような若造なんかに何が出来るんだとあざ笑い、去ってしまう。

その直後、四郎の母親が太郎に、黒江さんとみどりさんがお見えになりましたと教えに来るが、ありがとう、婆やと間違えて返事をしてしまい、さらに、そこにやって来た婆やが呼びに来ると、ありがとう、母さんなどと答えてしまう。

後日、大株主である黒江邸を訪れた太郎に、黒江勇蔵(清水元)は、会社を近代的な企業に脱皮するため、社長は君に引き受けてもらいたいと明言する。

太郎は喜んで引き受けることにするが、ただし、条件があると言い出した黒江は、現在、1割8分の配当金を2分上げて欲しいので、よほど合理的に進めないと無理だぞと釘を刺して来る。

それでも、太郎は、必ずやり遂げますと約束するのだった。

かくして、牛印乳業の新社長に就任した太郎は、早速出社し、総務課に来た時、つい以前の癖が出て、タイムカードを手に取ってしまったので、慌てて取り繕う。

そして、鈴木君ととみちゃんだけだったね、迎えに来てくれたのは…と他の社員もいる前で嫌味を言う。

総務課の奥にある社長室に入ろうとした太郎は、よそ見をしながら歩いていたので、入口横の壁に正面衝突してしまうが、それを観てしまった大場課長等は、笑いを必死に堪えていた。

笑うな、バカと言いながら、太郎が初めて入った社長室の机の上には、見慣れぬ透明なスイッチのようなものがたくさん並んでいたので、面白がって、いくつか押してみると、警官や医者、消防署員と共に、大場課長が駆け込んで来て、これは緊急ボタンですから買ってに押さないでくださいと頼む。

彼らが帰った後、とみ子がお茶を持って来てくれたので、ありがとうと言いながら椅子に座ろうとした太郎は、又バランスを崩し、緊急ボタンを押してしまったので、また、警官や医者、消防署員、大場課長らが駆け込んで来る。

太郎は取り繕って、ちょっと試しただけと言い訳するが、大場課長は小声で、ああ、そう…バカ!と呟く。

その後、社員たちの前にやって来た太郎は、新しい営業方針を発表し始める。

諸君らには、新人から定年まで5000万もの金を払っているが、それに見合った仕事をしているか?

まずは、我が社のトレードマークを変える!

さらに、能率向上のため、全員、駆け足を励行する。

これに違反したものは、減給処分にすると言うものだった。

これには、年輩の社員等には酷なやり方だった。

その上に、全社員にはノルマが与えられ、毎日5本以上の牛乳を購入、消費すること。

社用宴会の類いに酒は禁止し、みんな牛乳にすること!

大場課長や荒井部長は、芸者を上げた宴席で、ミルクを飲む有様になる。

そんなある日、とみ子が太郎に、労働組合の委員長である山中が会いに来たと知らせに来る。

部屋に駆け足で入ってきた山中の前で、太郎は椅子にふんぞり返って見せる。

いくら合理化のためとは言え、昼食時間が30分と言うのは酷過ぎる。もっと人間を尊重してください。今の条件を続ければ、みんなばててしまいますと言う直訴だった。

すると太郎は一言、首だ!と言い渡す。

何ですって?!と山中は驚くが、そこへ、みどりが訪ねて来たので、大場課長を呼んだ太郎は、これからみどりをエリートクラブに連れて行くので、後はよろしく。良いチャンスですよ、組合員を整理する。首にする理由なんて五万とあるんだから…と山中の処分を命じ、驚く大場に、断ったら、君も平に格下げするぞ!と睨みつける。

そして、太郎はみどりを連れ、ハープ演奏が流れているエリートクラブにやって来る。

みどりは、席に着くなり、結婚の日取りはどうするの?とせっついて来るが、太郎は、まだ喪中だから…とごまかそうとする。

そんな2人の席にカクテルを持って来たのは、あの種村百合子だった。

百合子は、太郎の顔を見るなり、驚きのあまり、トレイを落とし、カクテルを太郎にかけてしまう。

百合子は慌てて謝り、その場を逃げるように立ち去るが、太郎は、トイレで吹くを吹いて来るとみどりに言い、百合子の後を追って行く。

百合ちゃんと呼びかけると、振り向いた百合子は、太郎さんは死んでしまったはずだと驚いたように聞く。

僕は、四郎として生き残ったんだと太郎は説明するが、私が知っている太郎さんとは人が違っているみたいと百合子は信じられない様子。

太郎は、その場で草笛を吹いてみせる。

それを聞いた百合子は、やっぱり太郎と気づいたのか、なして知らせてくれなかったのと言いながら泣き出す。

色々訳があってね…と太郎が謝ると、今、何をしているの?と言うので、牛印の社長をやっているんだと打ち明ける。

その後、みどりのアパートにやって来た太郎は、みどりがまだ七輪を使っているので驚く。

ガスコンロは怖いのだとみどりは恥ずかしそうに言う。

あれからどうしてたんだ?と太郎が聞くと、三部楼さんが殺されて、解放されたので、見せを代わったのだとみどりは言う。

そんな所に、酔った山中が突然やって来て、会社を辞める決心をしたので、お前は俺の社長でも何でもないと言うと、忠告しとく、いつまでも確かなもの等ない。今のうちに、好きな彼女に優しくしてやれと言い残し帰って行く。

みどりは驚き、何か悪いことでもしたの?と聞いて来たので、経営合理化のために、あいつを辞めさせたんだ。10儲かったら、それを100にも1000にもするのが経営なんだ。義理人情なんか通用しないと太郎は言い聞かす。

それを聞いていたみどりは、会社のことを話す太郎さんはおっかねえと言い出す。

キチガイの次郎さんや、殺し屋の三郎さんの方が好きだ。太郎さんははじめて会った時、何のために生まれて来たか考えないと、牛よりも劣るって言ったね。何だか、今の太郎さんを観ていると、牛に見える…。せっかく、太郎さんに会えたけど、何だか、太郎さんと違う、帰って!いつ又変わるかもしれない。今度は五郎さんかな…、コ○キの五郎さんかも知れないね…、その時、又会いましょうともみどりは哀し気に言う。

分かったよ…と言い残し、百合子のアパートを出た太郎は、くしゃみをすると別人になるんだ。せっかく社長になったと思ったら、又違った男になるのか…とぶつぶつ言いながら帰路についていたが、その時、五郎と呼びかける女が近づいて来たので驚く。

しかし、その女が呼んでいた五郎とは犬のことだった。

犬殺しにでも連れて行かれたのかと思ったじゃない…と言いながら、女は見つけた犬を抱き上げる。

自分を呼ばれたのではないことが分かり安堵した太郎だったが、またあんなサラリーマンの仲間には入りたくないからな〜と考え始める。

翌日、鈴木太郎Aを社長室に呼んだ太郎は、君を経理部長に抜擢しようと思う。その代わり、今から言う、会社が保有する金を全部現金化し、僕の所に持って来るんだと命じ、全ての責任は僕が持つと約束する。

その金を隠し金庫にしまった太郎だったが、いつの間にか、みどりがつけて来ていたことに気づく。

あなたが信用できないので、私立探偵に素行調査していたのだと言うではないか。

そして、結婚するまで、その鍵を預かっておくわと手を差し出す。

仕方なく、鍵をみどりに渡した太郎が、必ず結婚するから、必ず鍵を返してくれと頼むと、じゃあ、デートしてくださる?とみどりはねだって来る。

その夜、車で黒江家の屋敷前までみどりを送り届けた太郎だったが、鍵を持ったみどりは、これを持っていると、太郎さん、やさしいから、当分持っていることにするわと言い、屋敷の中に入ってしまう。

がっかりして、運転席に戻った太郎だったが、いつの間に潜り込んだのか、後部座席から鉄が現れ、太郎を羽交い締めにすると、鈴木四郎さんだね?と聞いて、車を、牛印乳業の工場まで運転させる。

この中であんたの死体が見つかれば、首を斬られて恨んでいる奴の仕業と思われるからな…とあざ笑いながら、鉄は太郎を降ろし、工場の倉庫内へと連れて行く。

鉄は、人気のないミルク倉庫に入ると、太郎に向かって得意のナイフを投げて来る。

太郎は必死に逃げようと、手近にあったスイッチに触ると、タンク内の牛乳が、横に立っていた鉄目がけ噴射し、鉄は倒れる。

奥の粉ミルク袋の集積場へ逃げ込んだ太郎だったが、追いかけて来た鉄は、そんな太郎を刺そうとして、粉ミルクの袋を刺してしまう。

倉庫内にまき散らされた粉ミルクで、鉄は苦しみ始める。

それを見た太郎は、鉄がミルクアレルギーであることを思い出し、粉ミルクの袋をそこら中にぶちまける。

鉄は半狂乱になりナイフを振り回し、太郎と共に、崩れて来た粉ミルクの袋の下敷きになってしまう。

粉ミルクにまみれた姿のまま、百合子のアパートへ逃げて来た太郎は、あ〜…、死ぬかと思った。僕の顔変わってない?と百合子に確認する。

何回もくしゃみをしたから、五郎か十郎にでもなってないかい?と聞いた太郎は、僕が悪かった。社長なんか辞めて、蒸発しよう。外国へでも行って暮らそう。金を出すために鍵を取り返すのがちょっと手間取ると言うと、百合子はお金なんか…と答えるが、今後、五郎か十郎になる時、金が必要だと太郎は言い残し、部屋を後にする。

その後、太郎はみどりと結婚式を挙げ、ホテルに向かう。

先に泡風呂に入っていたみどりは、あなた、何しているの?と太郎を誘うが、その太郎は、みどりの手荷物の中から、例の隠し金庫の鍵を見つけようとしていた。

ようやく見つけた鍵を、首からぶら下げ、思わずくしゃみをしてしまう太郎。

いつまで待っても、太郎が風呂にやって来ないので、何ふざけているのよ…と言いながら、みどりが部屋に戻って来ると、そこには、首から鍵をぶら下げた牛が1頭いたので、みどりは悲鳴を上げてしまう。

人間、牛に変身か?社長、牛になるなどと新聞で大騒ぎになる。

ホテルに詰め掛けて来た新聞記者たちは、ご主人は、食事の後、すぐに横になられましたか?などと、バカな質問をミドリにする。

東帝大の大藪博士(左卜全)は、問題の牛を調べた結果、元人間であったのならば、何か人間としての痕跡が残っているはずだが、単なる牛でしたとテレビで発表する。

ホテルにいた牛は、窓から下に降ろされ、その後、ホテルがある栃木県南那須脳業組合で競売にかけられる。

その牛を飼ったのは、種村百合子だった。

太郎さん、とうとう牛になってしまったのね。でもやっと2人きりになれた。さ、行きましょうと語りかけ、百合子は牛を引いて去って行く。

その後、2人の姿を見かけたものはありません。(とナレーション)

ある日、鈴木太郎Aは、妻の民子と、息子の一郎と共に、田舎にピクニックに来ていた。

しかし、一郎と遊ぼうとせず、ずっと寝てばかりいる太郎Aは、無性にこうして牛みたいにゴロゴロしていたいんだよなどと言うだけなので、民子は呆れて、一郎を連れ、近くに遊びに出かける。

後に残っていた太郎Aは、あ〜、疲れた、疲れた…、全く、牛にでもなりてえや…と呟くが、その背後には、オスメス2頭の牛が草を食んでいた。

トントントンカラリ〜♪と谷啓の歌が重なり、草原に蝶々が飛んで行く。

草を食んでいた牛の一頭の首には、あの隠し金庫の鍵がぶら下がっていた。