石原慎太郎原作で、「キタキツネ物語」や「南極物語」の蔵原惟繕監督が撮った海洋怪奇譚
「白蛇伝」を元にした「白夫人の妖恋」(1956)とか「キャット・ピープル Cat People」(1942)等と同じく異類婚姻譚の一種で、人間に化身した動物が人間の若者と恋に落ちる…と言う伝奇的な内容になっている。
キャストロールの最初に出るのは筑波久子の名で、その左側に川地民夫の名が並んで出る、ダブル主演のような形になっている。
筑波さんと言えば、一時期、日本のお色気女優とした活躍した後、アメリカに渡り、ジェームズ・キャメロン監督「殺人魚フライングキラー」のプロデューサー等を手がけた事でも有名な人。
その「殺人魚フライングキラー」が「ジョーズ」ブームの便乗企画らしきことは有名だが、それより遥か前から、筑波さんは「鮫」に縁があったと言うことになる。
ただし、特撮の類いは一切登場せず、筑波さんの変身シーン等は一切ない。
ラスト、女は素っ裸でヨットに上がって来た…と漁師が証言している所から、原作では全裸でいつも出現すると言う設定だったのではないかと思われるが、50年代の映画なので、さすがに、筑波さんは全編水着姿で出ている。
筑波さんは、丸顔にぱっちり眼が可愛い顔つきの方だが、今のモデル等を見慣れた目から観ると、特にナイスボディと言うタイプでもなく、当時としては、脱ぎっぷりが良かったと言うだけのことだったのだろう。
水中シーンもあるが、水中での彼女は、顔がアップになる所以外は、泳ぎなれたスタンドインが演じているように見える。
一方、川地民夫が演じている人付き合いが苦手でぼっちの青年は、ヨットや別荘を持っている金持ちの息子で、兄弟の弟の方…と言う設定なので、一見石原裕次郎がモデルか/とも想像するが、やんちゃな所はまるでなく、むしろ、兄の克彦の方が、そう言うタイプに描かれているので、石原兄弟の性格を逆に描いているのかもしれない。
基本的には、ラブロマンスに焦点が当てられており、ごく普通の一夏の恋…と言った感じで、怪奇性や幻想性は弱い。
予算もかけていないように見えるので、文芸大作と言った感じでもないし、ましてや、新東宝映画のようなB級ゲテモノ映画風にもなっておらず、娯楽映画としては、やや中途半端で地味な印象。
併映は、川端康成原作「風のある道」だったようなので、そちらがメインで、本作は添え物扱いだったのだろうが、メインも地味だし、添え物が、筑波久子と川地民夫主演の白黒映画では、興行的にも当たらなかったのではないかと想像する。
浜村純、草薙幸二郎、榎木兵衛、山田禅二、武藤章生、河上信夫、杉山俊夫…と言った、お馴染みの脇役陣が登場しているが、中でも、漁師役を演じている浜村淳、草薙幸二郎、榎木兵衛、山田禅二と言った面々は、日活作品としては珍しい伝奇的な内容を、ややオーバー気味な学芸会風に演じているのが楽しい。
そんな中、内田良平が、まじめな作家役で、二枚目風に登場しているのがちょっと珍しいように思えた。
▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼ |
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1959年、日活、石原慎太郎原作+脚色、蔵原弓弧脚色、蔵原惟繕監督作品。 ヨットが浮かぶ入江 若者たちが、ホテルの外の広場で踊りに興じている。 音楽が止まった途端、若者たちは一斉に側の椅子に腰掛け、取り残された若者に何かやれと迫る。 「椅子取りゲーム」をやっていたのであり、負けた若者は敏夫(川地民夫)と言った。 みんながはやし立てるので、敏夫は困惑したように立ちすくむが、その場にいた兄の克彦(水谷貞雄)が、こいつ内気なんだよ。罰ゲームは俺がやるからと申し出るが、みんなは許さない。 意を決した敏夫は、その場で逆立ちをして許される。 その後、再び椅子取りゲームが再開されるが、気がつくと敏夫の姿がいなくなっている。 やがて、入江から出て行くヨットの姿が見えたので、娘たちはどうしたのかしら?と案ずるが、敏夫の奴だろう。あいつがいない方が気楽で良いだろう。あいつと俺とは性格も違う。親父が死んでから、ママからも距離を置いてると克彦は言う。 1人ヨットで海を行く敏夫… タイトル ある日、敏夫は海辺の見晴し台で、ウクレレを弾きながら口笛を吹いていた。 そこに、近くで療養中の作家堤(内田良平)が入江から上がって来たので、観てましたよ、帰って来たの、ここから…と声をかける。 ずっとここにいたの?と堤が聞くので、3時頃からと敏夫が答えると、何か考えながら、僕の錯覚だろう。小説家の神経衰弱だろう…、大分直ったんだが…、妄想にやられてね…、君の船に女の子がいたよなどと言い出したので、敏夫は、兄貴が連れて来たのかな?そそっかしい人だから…と答え、どんな人でした?と聞く。 髪の長い…、妙な…と言いかけた堤だったが、止そう、僕の幻覚だ…と自分に言い聞かせ、立ち去って行く。 夜、別荘に戻った敏夫は1人でトランプをしていたが、急に思いついたように、婆や(本間文子)に懐中電灯を出してと頼む。 婆やは、こんな時間に又ヨットですか?ほどほどになさった方が…と眉をしかめるが、敏夫は、ちょっと観て来るだけだよと言って、入江に出かける。 するとそこで、またもや堤に出会う。 堤は、何か音が聞こえないか?と聞いて来たので、敏夫は別に何も…と答えるが、さっきはもっと聞こえたんだが…、すまなかった、さっきの事が気になって…、最近良く眠れないんだ…と言い訳しながら堤は帰って行く。 その後、何か水音に気づいた敏夫は、ボートで自分のヨットへ近づいてみる。 しかし、怪しい様子はなかったので、魚か…と呟いた敏夫だったが、ヨットにたどり着いて観ると、デッキ上に魚の死骸が置かれ、血で汚れていたので、敏夫は驚き、畜生!誰がこんな事を!ただじゃおかないぞ!誰だい?と怒り出す。 翌朝、敏夫は再びボートでヨットへ近づいてみる。 観ると、海面に魚の死骸が浮いている。 ヨットには、見知らぬ娘(筑波久子)が乗っているではないか。その周囲にはやはり魚の死骸が散らばっている。 娘は敏夫を観ると、にっこり微笑みかけて来たので、何しているの?と聞くと、休んでるのよと言った娘は、これ、あなたの船?この当たりで一番新しい…などと聞いて来る。 その魚どうしたの?と敏夫が聞くと。食べたのよ。変に料理するより美味しいわなどと娘は言う。 夕べも君の仕業だろう?と聞くと、そうよ、この淵には、随分魚が集まってくるわなどと娘が言うので、噓つけ!何も道具なんかもってないじゃないかと敏夫が指摘すると、そんなものいらないわ。手で取るのよ等と言う。 夕べからずっとここにいると娘が言うので、どこに住んでいるの?ここらかい?漁師村?と聞くと、あんな所…!と軽蔑したような表情になった娘は、上がって来たら?とヨットに誘う。 帰らないと、うちで心配しているのでは?と敏夫が娘の事を案じると、誰もいないわと言うので、君1人かい?と敏夫は聞く。 すると娘は、今年だけよ。ずっと前にも来たことがある。あんたなんて知らない頃…と娘は言うし、夜は暗くて怖くないかい?と聞くと、私は良く見えるのと言う娘は、夕べは魚より良いものがあった。でも、あなたには教えないなどと言っていたが、その内、あんたのうちに行って良い?私、どこだか知ってると聞いて来る。 その時、朝もやの向うから漁船が近づいて来たので、それに気づいた娘は、じゃあ、またね!と敏夫に言うと、海に飛び込み姿を消してしまう。 近づいた漁師たちは、敏夫の姿を観ると、別荘に来ている人かい?と聞き、誰か見かけなかったかい?生け簀の魚がめちゃめちゃにやられているんだ。ちぎったり、むしったり、酷いもんだ…と言うので、これも生け簀の魚?と浮いていた魚の死骸を敏夫が見せると、それは違う。鰹じゃないかと漁師は言い、この夏はろくな事がない。夕べは晋作が溺れた。履きもんだけが見つかった。女と踊っていたのを観た者もいるらしいなどと奇妙な話しをする。 浜辺では、晋作の母親が、息子の下駄を抱いて泣いていた。 鱶だよ…、これで3度目じゃないか!と、集まっていた漁師の1人藤作(浜村純)が言うと、そうだよ、祟りだよ!と母親も同意する。 秀爺が昔、つがいの鱶の片方を仕留めた。その晩、秀爺の船はひっくり返って、秀爺は首が食いちぎられて見つかった。 オラの弟の安も、手足バラバラにされてたって、潮婆さんが言ってたと藤作が言うと、父っちゃん、晋作は殺されたんだと、同じく漁師の勝造(草薙幸二郎)も言い出す。 夕べ、晋作は町で飲んだ後、向かいの端まで帰って来たらしいが…、女の子が一緒にいたとか…と、巡査(河上信夫)が聞くが、晋作には飲み屋のあまっこしかいないと漁師たちは言う。 その頃、別荘に戻った敏夫に、飼い犬のルーが先ほどから鳴き止まないのを叱りつけながら、婆やが、夕刊に出ておりますよと、漁師が行方不明になった事を伝える。 さっきからルーの鳴き方が普通じゃないと言う婆やは、何かに怯えていた。 しかし、若い敏夫は全く気にせず、いつものようにウクレレを弾いて口笛を吹きながら、自分の部屋に入る。 すると、ベッドの上に、先ほどの娘が寝そべっているではないか! 来たわよ、約束通り…と言うので、一体どっから?と敏夫は愕然とするが、窓から入って来たと言う。 窓の外は、切り立った崖で、その下には入江があるだけだった。 良く見ると、娘の身体には、血の付いた漁師の服が巻き付いていたので、それを取り去り、タオルで身体を巻くようにと貸してやるが、娘は、肌触りが悪いと言って巻こうしない。 そこに、飲み物とイチゴを持った婆やが入って来て、娘を観ると固まってしまう。 慌てた敏夫は、友達だよと紹介するが、一体どこからお入りで?とやはり、娘が突然出現した事に衝撃を受けているらしかった。 夏は1人でいるらしいんだと敏夫が説明すると、それはご不自由でしょうと言いながら婆やは下がって行く。 娘は、敏夫の差し出したイチゴを口にするが、酸っぱい!と言って吐き出すと、こんなもの、どこが美味しいの?と言いながら、部屋の中を見回して、そこに置いてあった銛を見つける。 そして、勝てやしないわ、私には…などと言うので、生け簀から魚を持って来るんだろう?と敏夫が聞くと、あんなもの!と馬鹿にしたような娘は、みんな私が獲るのよ。噓だと思うなら、明日、私と海に行きましょう。良い漁場を知っているのよと娘は言う。 さらに、今夜ここに泊まって良い?等と言い出したので、敏夫はダメだよと断るが、婆やの事を木にしていると知った娘は、一度帰った振りをするわ。私、ここに寝る。海は今夜うるさいのよと、一方的に言う。 敏夫は、溺れた人を探しているんだと教えるが、あんなことで見つかりゃしないよと娘は言う。 結局、娘をベッドに寝かし、敏夫自身はソファに寝る事にするが、その夜、こんな所、寝苦しいったらありゃしないと文句を言いながらベッドから起きて来た娘は、ソファに寝ている敏夫の横に立ち、その寝顔をじっと見つめていた。 早朝、敏夫を起こした娘は、約束したじゃないと漁場に出かけよう促すが、敏夫が、こんなに早く?と驚くので、潮が引きかけているとせかし、モーターボートで2人は海に出る。 途中、岩場に散歩に出ていた堤を見かける。 堤は、敏夫と一緒にボートに乗っている娘を観て驚いたようだった。 遠ざかって行く堤の事を、変ね、あの人…と娘は言うが、ちょっとここが病気なんだよと、敏夫は頭を指して説明してやると、あの人、僕が君に会う前の晩に、君を観たと言っていたよ。噓だね?と聞くが、娘は何も答えなかった。 やがて、人気のない岩場に到着すると、娘はここよと言って海に潜ったので、敏夫もアクアラングを背負い、銛を持って後に続く。 娘は、水の中では生き返ったように動き回る。 敏夫も銛で魚を狙っていたが、やがて、海底にたくさんの魚の骨が散らばっており、巨大な鱶の姿も見かける。 さらに、食いちぎられた人間の片腕も見つけたので、慌てて岩場に上がると、鱶がいたんだよ!と叫び、娘を呼び寄せる。 娘は、思い違いでしょう?と言いながら上がって来るが、敏夫は、手が…!投げれ付いた漁師の服と同じだった!と動揺しているので、人が来たら、この漁場は荒れるでしょう?この場所は絶対に言っちゃダメよ。約束破ったら、私、嫌よと娘は念を押す。 その後、漁師村に向かった敏夫は、鱶を見たと集まって来た漁師たちに知らせる。 駆けつけて来た藤作は、爺様、聞いたか?あの鱶だ!と源爺(横山運平)に話す。 観たのはどの辺だ?と漁師たちは聞くが、敏夫は一緒にいた娘との約束があるので、はっきり覚えてないんだとしか答えられない。 やがて、犬が鳴き始め、その声を聞いた娘は怯え出す。 そんな娘の様子を源爺は怪しんだのか、じっと見つめていたので、その視線に気づいた娘は、私、帰るわ…と言って浜の方へ戻る。 敏夫も、集まって来た人込みをかき分けながら浜辺に戻るが、もう娘の姿は見えなくなっていた。 別荘に帰った敏夫は、昨日、娘に貸してやったタオルを手に、いなくなった娘の事を案ずるのだった。 翌朝、ボートでヨットの所へ行ってみた敏夫だったが、やはり娘はいなかった。 少し海に出て、近くに漁船を出していた漁師たちに聞いても、髪の長い女等観たことがないと言うし、逆に、その女どこに住んでいるんだと聞かれた敏夫は、泳いでいるんですとしか答えようがなかった。 その後、別荘に戻ると、藤作や勝造ら漁師が訪ねて来て、この前連れて来た娘さん、家は知ってなさるかね?と聞いて来たので、あれから姿を見せないんですと答える。 夕食時、敏夫が考え事をしているので、婆やは、何か心配事でも?この頃変ですよなどと声をかけて来る。 その時、電話がかかって来たので敏夫が出ると、それは友人のガンスケ(武藤章生)からで、アルプス行きは明後日の8時だぜと、約束の念を押す内容だった。 ガンスケと一緒にいた克彦が電話を代わり、代わりに、その別荘に俺が行くぜ。何か面白い事あったか?などと聞いて来たので、敏夫は、何もないよ!と不機嫌そうに答えて電話を切ってしまう。 翌々日、敏夫は日本アルプスに山登りに出かけるが、電車の中からずっと塞ぎがちだった。 一方、克彦とガールフレンドのモデル(隅田恵子)が、敏夫の代わりに別荘にやって来る。 2人は、敏夫の部屋に入るが、そこに見知らぬ半裸の娘が立っており、あの人は?と聞いて来たので、驚いた克彦は、敏夫は山に行ったよと、好奇心から相手をじろじろ見ながら教える。 いつ帰るの?と娘が聞いても、さあ、いつ帰って来るか?敏夫いなくても、いつでも遊びに来てくださいと優しく克彦は声をかけるが、娘は窓から外に出ると、あっという間に姿を消す。 窓から崖下の入江を覗き込んだガールフレンドは、凄い女ね…と驚く。 克彦は、ニュースタイム社に電話をすると、すげえグラマーなんだと教え、重要な仕事あり、すぐ来者されたしと言う電報を打ってくれと頼む。 その電報をニュースタイム社から受け取ったモデルは、首を傾げながらも東京へ帰ることにする。 その頃、山小屋では、仲間の1人(杉山俊夫)がウクレレを弾く中、全員でトランプに興じていたが、やはり敏夫だけは気乗りしないようで、ゲームから外れると、ヨットのことが気になるのでと言い、別荘に電話をかけるので、ガンスケたちは、山に来てまでヨットかよと呆れる。 電話に出たのは克彦で、おめえ、すげえ友達がいるんだな。気に入ったぜ等と言うので、すぐにあの娘がいる事に気づいた敏夫は、そこにいるのかいと聞く。 すると、克彦は娘に電話を渡したので、娘は慣れない手つきで電話を耳に当てると、私よと答える。 敏夫は、君はどうしていなくなっちゃったんだ?君はあれからどこにいたんだ?と聞くが、娘は答えず、もう帰って来ないの?と聞いて来たので、敏夫は、すぐ帰るよ。明後日の夜だと答える。 もう1度受話器を代わった克彦は、明日は俺が、半の浦にお誘いするよとからかうように伝える。 翌日、その言葉通り、克彦はヨットに娘を乗せ、海に出て行く。 その頃、山を登っていた敏夫は、ヤマユリの花を見つけたので採ろうとすると、花弁だけがぽとりと落ちたので、不吉な予感に襲われる。 海は荒れ始めていた。 その日、予約していたホテルに到着した敏夫たち一行に、支配人らしき男が近づいて来て、中田さんのグループですか?関さんは?と聞いて来たので、敏夫が自分ですと名乗り出ると、東京からお電話が入っていますと言うではないか。 電話に出ると、それは母親からで、克彦が海で行方不明になったと言うではないか。さっき、誰も乗ってないヨットだけが見つかったのだと言う。 母親との折り合いが悪かった敏夫は、ママでも息子が死んだら哀しいの?と嫌味を言い、朝一番で帰りますと約束する。 その後、外に出た敏夫は、兄貴とあの子が…と嫌な想像をしてしまい悩むのだった。 別荘に帰った敏夫は、葬儀の後、兄克彦の遺影を前に落ち込んでいた。 そこに、生前、コーヒーが好きだった克彦のために、婆やがコーヒーをいれて来て供える。 そんな婆やに、あの子、毎晩ここに来てたんだろう?と敏夫は聞いてみるが、婆やは存じませんと言うだけ。 前の晩の電話で言ってたと敏夫が繰り返すと、あのお嬢様は…と言いかけた婆やだったが、いいえ、存じません!とまた口をつぐむ。 みんな死んでしまったな…、もう誰もいないんだよ。俺は1人なんだ!と敏夫が言うと、坊ちゃま!奥様だって…と婆やは口を出すが、葬式がすんだら、東京にさっさと帰ったな…と敏夫は言い、急に思い出したように、そうか…、婆やがいたな…、それで良いんだよと言うと、船を観て来ると言い残し別荘を後にする。 入江に係留してあったヨットは、嵐にあった痕跡をとどめ、帆等はぼろぼろの状態だった。 そこに堤がやって来て、敏夫君、大変だったな…、2人だけの兄弟だったもんな…と同情の言葉をかけて来る。 敏夫は、良く分からないんです。人間だけいなくなるなんて…と呟くと、ふいに風が来てね。沖の風が酷かったらしい…と答えた堤は、あの時、僕はこの船が出て行くのを観てたんだと言い出したので、兄貴1人?と聞くと、あの子もいたんだ…と言う。 それを聞いた敏夫は、あの子も死んだのか…、だけど、あれだけ…と敏夫は悔しがる。 夜、敏夫は別荘の入口付近で、又ウクレレを弾き、口笛を吹いていたが、その目は涙で濡れていた。 そこに近づいて来た婆やは、坊ちゃま、風邪を引きますよ。いつまでもこんな所にいらしては。克彦様の事はお忘れになられた方が…、婆やは、何か悪いことが起きそうな気がしますと顔を曇らせる。 その時、また、犬のルーが鳴き出したので、敏夫は急いで自分の部屋に入ってみる。 すると、予想通り、そこにはあの娘が立っていた。 君が溺れるとは思えなかった…と喜びながら近づいた敏夫は、兄貴は?と聞くが、知らないわと娘は言うだけ。 君たちを観た人、何人もいるんだぜとカマをかけてみると、あんたの兄さん、嫌らしいんだ。私に変な事しようとしたの。言ったってしようがないわ。どうせ私は1人なんだもの…、あなたも1人ね。私は戻って来たわ!と言うと、敏夫に抱きついて来て、そのままベッドに横たわると、2人はキスを交わす。 僕は君が死んでいるとは思わなかった。きっとどこかで生きていると思った。僕はどこにも行きはしないよと敏夫は娘を抱きしめるが、その時、婆やがドアをノックして、お客様ですよと声をかけながら部屋に入って来る。 そこに、又あの娘がいる事を知った婆やは凍り付いてしまう。 すると、娘は、私、帰るわ。今日はあなたの顔を観に来ただけなのと言い出したので、明日の今頃、船で待っている。その方が誰も来なくて良いと敏夫は言う。 玄関に来ていた客と言うのは、源爺、藤作、勝造ら漁師たちだった。 今、あの女は、お部屋におりますな?と源爺は、何もかも承知していると言った様子で聞いて来る。 今帰りましたと敏夫が答えると、坊ちゃん、あの女とは、いつどこで会いました?と藤作が聞く。 ヨットの所で、自分で獲った魚を側に置いていた。鰹や鯛を…と敏夫が答えると、坊ちゃん、いけねえ!坊ちゃんは見込まれていなさる。あの女は化物だ。今に分かる。この爺やが若い頃観た事あると源爺が言い出す。 藤作も、爺様の兄貴が死んだとき、俺の弟が死んだとき、今度はオラの息子の晋作が死んだ…、あれは、秀爺が殺したつがいの鱶の片割れだと藤作は言い、あの子がどこに住んでいるか知らないだろう?と勝造も食い下がる。 とにかく、あの鱶を退治しない限り、この入江で漁は出来ない!と興奮した勝蔵は敏夫に飛びかかろうとするので、言えない!そんな事噓だ!と敏夫は抵抗するが、藤作も、あの女は鱶だ!と信じ込んでいるようだった。 入江中見張って、殺してやる!と勝造は息巻き、源爺等と共に帰って行く。 取り残された敏夫は、噓だね、婆や…と婆やを観るが、婆やの表情を見て、そんなバカな!と絶望する。 婆やは、この婆やにはあの娘が生きているのが分かりました。坊ちゃまが帰って来る前、何度もあの部屋に娘がいる気配がしました。掃除をしに中に入ると、部屋の床に塩のシミが出来ていたのです。坊ちゃまを待っていたんですと打ち明ける。 それを聞いた敏夫は、殺される!あの子は殺される!と興奮し始める。 その様子を見た婆やは、お可哀想に…と哀れむが、敏夫は、畜生!絶対に殺させやしねえぞ!と決意する。 翌日、昨日の約束通り、ヨットで会った娘に、奴等、君を殺しに来るんだと敏夫が教えると、何故?と聞くので、バカな迷信なんだ。君が鱶だって言うんだよ。入江中を見張っていると言ってた。あいつら、野蛮人みたいなんだと教えた敏夫は、落ち着いている娘に、君、平気なの?と問いかける。 平気じゃないわと娘が言うので、僕が助けてやる。僕と一緒に逃げるんだ。この船で!と敏夫は言い、そのままヨットの中に倒れ込み、2人はキスを交わす。 僕は君が好きなんだよと敏夫が告白すると、娘が押し黙っているので、どうしたんだい?と聞くと、私、嬉しいわ!と娘は答え、2人はまた強く抱き合ってキスする。 今夜11時に船を出す。僕が先に来て待っていると敏夫は約束する。 その日の夜食後、別荘で婆やがデザートの果物を出すと、敏夫は、夕飯の残りとフルーツ、サンドイッチを3、4人分、バスケットに入れてといてくれと頼む。 こんな夜中にですか?と婆やは戸惑うが、敏夫は、婆や、僕しばらく帰らないかもしれないよ。ガンスケの所に行くんだと言うと、あの子は化物じゃない!あの子を助けるよと打ち明けたので、坊ちゃまがやらなくても、警察の方に頼めば…と婆やは忠告する。 しかし敏夫は、あの村の警察なんて…とバカにし、10時半に起こしてくれよ。これは内緒だよ。婆やだから言ったんだよ。良いねと頼んで一旦部屋に戻ると、ベッドに横になる。 敏夫はなかなか寝付けなかった。やがて、またルーの鳴き声が聞こえる。 気がついて置き時計を観ると、もう10時50分になっているではないか。 婆や!と呼びながら、部屋を出ようとした敏夫だったが、ドアに鍵がかかっていて開かない。 敏夫は、何度もドアを叩きながら、婆や!婆や!と呼びかける。 リビングにいた婆やは、テーブルの前に座り、両手で自分の耳を押さえて、必死に敏夫の声を聞かないようにしていた。 入江では、岩場の影に漁師たちが、銛を片手に隠れていた。 もうそろそろだ…、婆様の言う事は間違いないんだな!と漁師(山田禅二)たちは囁き合っていた。 ヨットには、源爺、藤作、勝造らが船底に身を潜めて、娘の出現を待ち構えていた。 その時、水音が間近で聞こえたので、源爺は目を光らせる。 その頃、ドアから出る事は不可能と判断した敏夫は、窓から外に抜け出すと、崖の上を恐る恐る渡り、何とか入江の方へと降りる。 娘が、水の中からヨットに上がって来る。 入江に到着した敏夫は、畜生と言いながら、夜の海の中に入り込んで行く。 ヨットの上では、藤作たちが、晋作の仇を取ったよ!でっけえ鱶だったな!と興奮していた。 そこに敏夫が泳いで来ると、坊ちゃまだ!と気づいた漁師たちは、ヨットの上に引き上げてくれる。 そして、奴は本当の化物だ。匂いを嗅いでみなせえ。人間の血じゃねえと言いながら、銛に付いた血を敏夫に見せると、これでを四度突いてやったと言うので、敏夫は人殺しだ!とわめく。 あいつは素っ裸で上がって来た所を、腹を突き刺した!すると奴は鱶の姿に戻った。そこで、爺さんが4番銛を突っ込んだ!と藤作が夢を思い出すかのように語る。 これで、この入江にも、化物がいなくなるだろうと、源爺は安堵したように呟く。 噓だ!噓だよ!敏夫は泣き出していた。 その後、敏夫は別荘を出て東京に帰ることにする。 荷物を渡しながら見送る婆やは、用事が済みましたら、婆やも参りますからと挨拶する。 海辺の崖の上を歩いていた敏夫に、堤が声をかけて近づいて来る。 帰るの?みんな聞いたよ。僕には分からないんだが、最初に僕が観たのは厳格じゃなかったんだね。あの日、遠乗りから帰って来た時、君の船に乗っていた女が海に飛び込んだ。そして大きな鱶になった。 あの女の子は本当にいたんだよ。目が大きく澄んだ、手のすんなりした女の子…、あの子は君のためにいたんだよ。君は選ばれた人だったんだよ。美しい夏の思い出だった。誰もその夢を見る事が出来なかった。あの子は、本当に君のためにいたんだよ…と堤は語り、慰める。 その途端、敏夫は走り出し、海を見下ろす。 その後、水中を泳ぐ敏夫は、海底に銛の刺さった鱶の死骸を観たように思えたが、その時、大きな鱶が通り過ぎたのを観たような気がして、その後を追って行くのだった。 |
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