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銀座の恋の物語

「銀恋」の略称で知られる昭和の有名なデュエット曲が登場した歌謡恋愛映画。

石原裕次郎と浅丘ルリ子が恋人同士と言うお馴染みの甘いロマンス設定だが、途中から日活お馴染みの「難病もの」に近い雰囲気に変化して行く。

とは言え、同じ裕次郎とルリ子共演の「世界を賭ける恋」(1959)ほどシリアスなものではなく、かなりご都合主義の展開で、ファンタジーに近い内容になっており、劇中、裕次郎とルリ子さんが何度も歌ってみせる主題歌が、重要な物語の伏線になっているのがミソである。

観ていて一番分からないのは、記憶喪失になったヒロインが、別人名で銀座の一流デパートで働いている展開である。

医者による催眠療法では、「前に勤めていた小さな洋装店のご主人が身元保証人となり、入社試験を受けた」と言っているが、この説明が良く分からない。

いくら紹介者がいるとは言え、過去がないはずの彼女がすんなり入社出来るのだろうか?

トラックに撥ねられたとヒロインは証言しており、それは駅前の人通りの多い場所だったにも拘らず、身元不明になったヒロインを必死に捜しているはずの警察が全く発見できなかったのも奇妙と言うしかない。

事故の目撃者は1人もいなかったのか?

トラックの運転手は届け出なかったのか?

撥ねられて記憶を失った後、ヒロインは何事もなかったかのようにすぐに現場を立ち去り、その後、新しい人格となり、洋装店で働き始めたと言うことなのか?

記憶を失っているはずのヒロインが洋装店を新しい勤め先として選んだのは、洋装の仕事だけはかすかに覚えていたと言うことなのだろうか?

洋装店に勤めたのが事故より前のはずはない。

その時は、本名で勤めていたはずなのだから。

考えれば考えるほど不思議なのだが、その辺はさらっと流して観る方が良いのかもしれない。

さらに言えば、物語の重要な要素の一つである「久子の肖像画」

いくら何でも下手過ぎると思う。

画商が一目で気に入ると言う設定なんだから、それなりに「力」がある絵じゃないと説得力がないと思うんだけど、残念ながら、劇中に登場する絵は「小道具」レベルでしかなく、「魅力」がない。

江利チエミが、意外な役で登場しているのも見物。

ジェリー藤尾も、なかなか良い演技を見せている。

この頃の裕次郎は、少し肥満が始まっているように見えるが、ルリ子さんの方は健康的な丸々した顔でかなり魅力的である。

劇中で、次郎が久子のためにハンドバッグを買ってやろうと、自分が大切にしていた絵を売るのと同時刻、久子の方は、その絵を入れる額を買ってやっているすれ違いのエピソードは、有名なオー・ヘンリーの短編「賢者の贈り物」をヒントにしたものだろう。

恋人との待ち合わせに向かうヒロインが事故に遭ってしまう展開は、「めぐり逢い」(1957)が元ネタだろうか?

「男はつらいよ」シリーズのおばちゃん役で有名な三崎千恵子と、3代目おいちゃん役で知られる下條正巳も出ており、当時は日活作品で活躍していた事が分かる。

また、井上昭文、高品格など、後の石原プロモーションのテレビドラマ「西部警察」などでお馴染みの俳優も出ている。

メガネっ子のキン子を演じているのは和泉雅子である。

銀座の風景はロケとセットで表現されているようだが、特に、久子が勤めている「銀座屋」内部は、三階構造のかなり大掛かりなセットのように見える。

表の風景は、いわゆる「日活銀座」と呼ばれたオープンセットも使われているのではないだろうか。

さすがに今観ると古風な話に見えるが、シンプルで分かり易い構成になっているためか、観ていて嫌味もないし、後味も悪くない。

余談だが、ジェリー藤男の恋人役の名前、最後、留置場での面会シーンで、ジェリー藤尾は「マリ!」と呼んでいるように聞こえるのだが、キネ旬データのキャスト表には「マリ」に当たる名前がなく、配役順から考えると「柳井樹理(牧村旬子)」がそれだと思うのだが、「樹理」を「マリ」とは呼ばないのではないか?

こちらの聞き間違いか?

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1962年、日活、山田信夫+熊井啓脚本、蔵原惟繕監督作品。

早朝6時を指す銀座和光の時計塔

まだ暗い銀座を走る人力車に乗った芸者は、ちょっとアルバイトさん、もうちょっとゆっくり走ってくれない?スピード違反よと声をかけるが、走っていた車夫の伴次郎(石原裕次郎)は、冗談じゃねえ。この車にブレーキは付いてないんでねと笑う。

タイトル

客を送り届け、アパート前に帰って来た次郎は、近くのビルの上で練習している青年(小島忠夫)のトランペットの音を聞くと、又やってるな。若えのにしっかりしてやがると感心する。

そんな次郎の格好の姿を観て驚いたのは、近くの洋装店「銀座屋」の針子をしている仕事をしている秋山久子(浅丘ルリ子)だった。

ピンチヒッターさ、おじさんの…と教えた次郎は、夕べは徹夜かい?と聞き、久子と別れると、アパートの二階に上がる。

車夫の源六(河上信夫)の部屋に衣装を返しに来ると、身体を痛めた自分に代わって仕事をしてくれた次郎に礼を言う。

歌を口ずさみながら自分の部屋に戻って来ると、その曲の元ネタになったジャズをピアノで弾いていた同居人の宮本修二(ジェリー藤尾)が、まさか、その流行歌?と聞いて来る。

自分の作曲しているジャズをヒントにした歌だと気づいたからだった。

着替え始めた次郎は、俺とチャコちゃんで詩を考えたんだと悪びれる風もなく答える。

それを聞いた宮本は、止める!泣きたくなったよ!と嘆く。

その時、舌から宮本の名を呼ぶ声が聞こえたので、ピアノの借金取りだと気づいた宮本は逃げ腰になるが、次郎が代わりに応対に出てやる。

洋裁店「銀座屋」で、リズムミシンを踏んでいた久子は、次郎と2人で作った曲を口ずさんでいたが、後ろで仕事をしている後輩のメガネっ子、キン子(和泉雅子)も、その歌を聞き覚えたらしく、一緒に歌い出したのに気づいて振り返る。

それに気づいたキン子は、キン子が歌っちゃいけないの?2人の歌だから?と不満そうに歌うのを止めると、窓のブラインドを開け、そこから見える、次郎のアパートの部屋を見せてやる。

その日、宮本は演奏をしているクラブ「シャンゼ」に次郎を連れて行くと、友達の絵描きなんですが、店内装飾等が得意なんですとマダム秀子(三崎千恵子)に紹介する。

しかし、マダム秀子は、店内装飾は他の方に決めたし、あなたたちのバンドも契約通り、今月一杯で結構よと断って来る。

がっかりして自分が描いたデザイン図を惜しそうに眺めていた次郎に、私があなたの仕事を世話しましょうと話しかけて来た、沢村(深江章喜)と名乗る一見紳士風の男は、「銀座屋」を知っているかね?と言うので、一流中の一流ですねと次郎は答える。

銀座屋のディスプレイを頼まれた次郎は、張り切って仕事を始めるが、従業員の須藤女史(新井麗子)から、あんな人に仕事を頼むなんてと沢村の事を当てこすられたマダム(南風洋子)は、弱みを握られているのよ、税金の…と打ち明ける。

洋装室から、女性客関口典子(江利チエミ)用に服を持って降りて来た久子は、次郎がいるのに気づく。

次郎は、ディスプレイを手伝う事になったんだと久子に教え、女性客は、出来上がった服を観て、半年もお小遣いを溜めたのと大喜びする。

和光の時計が深夜0時を指している。

焼き芋の屋台をやっているお松(清川虹子)とたこ焼きを売っている武さん(高品格)が、深夜まで働いている次郎と、その手伝いをしに来た宮本に差し入れを持って、やって来る。

久子は次郎に、お金が入ったら、何か買ってくれる?と聞き、ハンドバッグだ!と次郎が答えたので、見直したよと茶化す。

その時、宮本のバンドで歌っている柳井樹理(牧村旬子)がやって来るが、宮本は嬉しくなさそうに、歌の練習は良いんだな?仕事以外の縁は切れたんだよと冷たくあしらったので、樹理はがっかりして帰って行く。

金が入ったら、月賦屋の顔に叩き付けてやる!と宮本は呟く。

ところが、件の沢村なる男は、銀座を食い物にしているイカサマゴロだとの須藤女史から聞いた次郎は驚き、宮本と共に、もらった名刺に書いてあった銀座西5丁目の公衆社ビルと言う香水会社を探しに出かけるが、場所を聞かれた交番の警官(井上昭文)は、その場所が公衆便所だと言うことを教えてくれる。

あっけにとられた次郎と宮本だったが、その公衆便所から不良風の若い娘2人と一緒に姿を見せたのが、先日「銀座屋」で服を買っていた女性客関口典子と気づき驚く。

女性客の方も、次郎たちに気づくと、慌てたように、又不良娘たちと一緒にトイレの中に入ってしまう。

すっかり騙され、金をもらい損なったと気づいた宮本と次郎ががっかりするが、次郎は、学校を出た俺たちがここに居座ったのは、ここをモチーフにするつもりだったからじゃないかと言いながら、銀座の町並みを見渡しながら気持ちを奮い立たせる。

その直後、次郎は約束があったと言い出し、アパートへ戻る。

そこで待っていたのは久子で、部屋の中に置いてある玩具のピアノで、次郎と共に作った歌を弾いていた。

アパートの前に戻って来た次郎に、車の中から声をかけて来たのは、以前から自分の会社で働かないかと声をかけていた「現代美術社」の社員吉本(花村典昌)と部長(松下達夫)だったが、次郎は勘弁してくださいと、2人を振り切るとアパートに入って行く。

帰って来て謝罪する次郎に、久子は、何分待ったと思うの?50分よ!と膨れてみせる。

ペテンに引っかかったんだと打ち明けた次郎は、せっかくの休みだから、どっかに行こうか?と誘うが、久子は自分が作って持って来た服を次郎に着せ、あなたのイメージは叩き込んでるのよ。ステキだわ。とっても似合うわ…と自画自賛する。

感謝した次郎だったが、そんな久子が壊れたバッグしか持ってない事に気づくと、勘弁してくれよな。ハンドバッグ、プレゼントする約束したのに…と謝り、久子を抱擁してやるのだった。

そこにやって来たのは、画商の春山(清水将夫)で、頼まれていた絵の具を次郎に渡そうとするが、次郎は買えなくなったと断る。

それを聞いていた久子は私が買うと言い出すが、絵の具だけは自分で買いたいんだと言い、次郎はその申し出を断る。

春山は、さっき、現代美術社の清水君に会ったよと教え、部屋の中に飾ってあった久子を描いた油彩画を見つけると、良いね、うんと張り込むよと次郎に頼むが、次郎はダメです、これだけは。自分で一番気に入っているんですと言い、売るのを断る。

その頃、宮本の方は、クラブでピアノを弾いていた。

ステージでは、樹理が歌っている。

楽屋裏では、佐和ララ子なる新人歌手の親衛隊らしき娘たちが、初舞台の応援方法を伝授し合っていた。

そこには、あの女性客関口典子もおり、親衛隊が客席に向かっった本番直前も楽屋裏で店内の様子をうかがっていた。

そんな典子に、緊張したララ子がトイレに行くと言い、首からかけていたレイと帽子を預けて行く。

そこに、支配人がやって来て、典子をララ子と間違い、ステージ上に連れて行ったので、自分は違うと慌てた典子だったが、演奏が始まり、客席にいた親衛隊が面白半分で紙テープを投げて来ると、開き直って「奴さん」を歌い始める。

たまたまそこに久子と一緒にやって来た次郎は、ステージで歌っていた久子を見かけて驚きながらも手を振ってみせる。

それに気づいた典子は、恥ずかしそうにステージから逃げ出してしまう。

久子が、うるさいから出ましょうと言うので、外に出た次郎は、歩くの嫌になっちゃったと言い出し久子に、良いとこあるよと何かを思い出し連れて行く。

そこは、次郎の友人佐藤(木浦佑三)が舞台美術を準備中のとある劇場だった。

あいつ、すげえ頑張り屋なんだ。負けたくないんだと次郎は仕事をしている友人を観ながらファイトを燃やす。

ステージのセットを観に上がった2人だったが、その時、スポットライトが当たり、ちょっと一回りしてくれと照明さんが声をかけて来る。

気安く応じた次郎だったが、何故か久子が苦しみ出したので、照明を落としてもらい、表に連れ出す。

ネオンの下にやって来た久子は、空襲を思い出した。お父さんとお母さんが火だるまになったの…と打ち明けると、次郎さん、私の事どう思ってるの?と聞いて来る。

分かってるじゃないか…と照れていた次郎だったが、久子が真剣に聞いて来たので、結婚したいと思っていると告白するが、どうしてあの話を受けてくれないの?と現代美術社への就職の事を切り出される。

人に使われるのが嫌なんだと次郎は答えるが、私は、いつまで待てば良いの?春山さんだって、そうした方が良いって言ってたじゃないと久子は迫る。

俺だって金は欲しいさ…、でも、天才と呼ばれた友人がいたんだけど、広告会社に入って2年でダメになった。そうなりたくないんだ。俺は絵が描きたいんだよと次郎は説明する。

それを聞いた久子は、諦めたように、もう会わないわ…、さようなら…と言い残し去って行く。

翌日、会社でミシンを踏んでいた久子の後ろで、また、キン子があの歌を口ずさみ出すが、ごめん!歌っちゃいけなかったんだと気づき、止めると、チャコ姉ちゃん、絵を描いているわよ彼と言いながら、窓のブラインドを開け、次郎のアパートの部屋を見せようとする。

それを止める久子。

宮本は、バンド仲間と「萬屋商会」と言う店の裏手の地下室で練習をしていたが、クラブを首になりこの先の当てがない仲間たちはすっかり落ち込み、気が入っていなかった。

何とか励まして練習を続行しようとした宮本だったが、もう仲間たちにやる気がないと知ると、店を出て、ちょうど、寝坊して遅れてタクシーで駆けつけた樹理を一緒に出かけてしまう。

その直後、不良娘が2人地下室に駈け込んで来て、その場に残っていたバンド仲間が、洋酒の詰まった木箱を開けているのを観ると、慌てて止めようとする。

そこに、ヤクザ風の男たちが数人降りて来て、余計なものを観てくれたなと凄んで来る。

その時、萬屋商会の前には洋酒の箱を運んで来たトラックが停まり、裏手の入口付近にやって来たのは、あの関口典子だった。

典子は、落ちていた紙に描かれた印のようなものを見つける。

宮本は樹理を自分のアパートへ連れて来たので、絵を描いていた次郎は気をきかせて部屋を出て行く。

樹理は、久子を描いた油絵を見つけると、素敵ね…、どうして額に入れないのかしらと不思議がるが、宮本は部屋のカーテンを閉め切ると、俺は間の子だから、日本人の言う事は通じないんだ…と答えるだけだった。

一方、銀座屋にいた久子は溜まらなくなり、ブラインドを開いて、次郎の部屋を覗くが、誰もいないようだったので、思い切って会社を飛び出すと、次郎の部屋に向かう。

しかし、部屋の中には宮本しかおらず、出て行ったよと言われる。

宮本は、わざと自分の部屋のカーテンを開けてみせると、ベッドに下着姿の樹理がいたので、久子は恥ずかしくなり逃げ帰る。

そんな久子の様子を笑って見送った宮本は、久子を描いた油絵を観ながら急に自己嫌悪に陥ったのか、樹理に帰れ!と怒鳴りつける。

屋台の石焼き芋屋お松の所に来た久子は次郎の行方を聞くが、武さんが、現代武術社にいたと教える。

現代美術社では、次郎が社長と契約の握手をしている所だった。

表に出て、ハンドバッグをショーウィンドーで観ていた次郎は、路地でヤクザ風の男たちから、どっから付けて来たんだ?と因縁をつけられていた関口典子を見つける。

ヤクザ風の男たちは、典子を車に乗せ連れ去ろうとしていたが、近づいた次郎は、落ちていた警察手帳を拾い上げると、それをヤクザ風の男たちに見せる。

男たちは驚き、典子をその場に残し車で立ち去って行く。

次郎は、これ、あなたのでしょう?と言いながら、警察手帳を典子に返す。

典子は照れくさそうに、まだ新米なんですと言い訳し、もう何回もあなたには会ってます。主任に言われて不良少女たちを監視しているのです。去年、たった1人の弟を殺されたんです…と打ち明ける。

そこに、久子がやって来たので、次郎は典子に別れを告げ、久子と共に去って行く。

陸橋の上に上がった典子は又歌い始めるが、歌い手になりたいなら紹介しても良いと言いながら、名刺を差し出して来た沢村は、まだ典子が手に持っていた警察手帳に気づくと、慌てて逃げて行く。

久子は、私が間違っていた。あなたは絵を描いていれば良いのよ。もし、あなたがいなくなったらと思うと…、もうどこにも行かないで!バカだったわ、私!と言いながら次郎に抱きつく。

絵を描いて!約束して!と頼む久子に、描くさ!バリバリ描くさと約束した次郎は、今度2人で信州に行こう。おふくろに会ってもらいたいんだとネオンの下で申し込む。

感激した久子は、夜景を観て!と誘う。

それまで住んでいたお松の下宿を引っ越す事になった久子だったが、そんな久子に、まだ仕度してないの?と言いながら部屋に来たお松は、自分の娘が嫁ぐようだと喜び、ペンダントをプレゼントすると、きれいだよと言いながら涙ぐむのだった。

その頃、次郎は、あれほど手放すのを嫌がっていた久子を描いた油絵を持って春山の所に売りに行く。

一方、そんな事とは知らない久子は、自分の油絵を入れる額縁を買っていた。

次郎は、絵を売った金で、青いハンドバッグを5400円で買い求める。

その後、待ち合わせの新宿駅に向かおうとしていた久子は、急に服の締め切りが明日になったので頼むと、須藤女史から無理矢理銀座屋へ連れ戻される。

キン子は、明後日までのはずだったのに…、須藤さんが安請け合いするからよと言って同情するが、久子は急いで服を縫い始める。

その頃、次郎は、新宿駅で久子を待っていたが、何故か久子が来ない。

何とか、服を縫い上げた久子は、それを須藤女史に投げ渡すと、タクシーで新宿駅に向かうが、渋滞に巻き込まれ、時間に間に合いそうもない。

運転手は電車の方が早い等と言うので、どこか省線の近くで降ろしてと頼んだ久子は、駅近くでタクシーを降りるが、額縁を持って駅に近づこうとした時、猛スピードで突っ込んで来たトラックに気づき悲鳴を上げる。

信州行きの列車の発射時刻になっても久子がやって来なかったので、乗り込むのを諦めた次郎は、久子を探して、宮本やお松、武さん、キン子らと共に、典子のいる警察署に来る。

すると、交通事故に遭った22、3歳の女性が新宿の病院で手術中だと言うので、驚いて駆けつける。

しかし、手術室から出て来た看護婦は、お亡くなりになりましたと言うではないか。

愕然とした次郎が手術室に入ると、看護婦が、患者の顔にかけてあった白布を外してやる。

それは久子ではなかった。

それから一月経っても、久子の行方は分からないままだった。

お松や春山は、久子の事を案じていたが、そこに、あれ以来、久子を探し歩いている次郎が戻って来る。

次郎は、お松が声をかけても、気がつかないようだった。

アパートでは、しつこいピアノの月賦の集金人を宮本が追い返している所だった。

探しつかれた次郎がベッドに横になると、宮本があのメロディを弾き始めたので、思わず、止めろよと次郎は声をかける。

そんな次郎に、まだ信じているのか、愛って奴を?そんなもん、捨ててしまうんだ、俺みたいに。楽になるぜ…と宮本は悪ぶって話しかける。

俺は信じるよと次郎が言うと、愛なんてものは、砂漠の蜃気楼みたいさ、何もないんだよと宮本は言い聞かそうとする。

そこにやって来たのは典子だった。

ダメだったんですと、久子の行方を見つけられなかった事を詫びに来たのだが、宮本は、そいつはお前に惚れているんだと典子の事をからかったので、お前、何てことを言うんだ!と思わず次郎は宮本の胸ぐらをつかみあげる。

そこに、山野さんから頼まれて来たと言いながらやって来た見知らぬ男たちは、ピアノを持ち運ぼうとするので、待てよと止めようとした次郎は、殴り掛かって来た相手と部屋の中で喧嘩を始める。

しかし、結局、ピアノは持って行かれてしまい、次郎はがっかりしていたが、その時、あの青年が練習しているトランペットの音が聞こえて来る。

典子も帰った後、宮本は、もう辞めたよ。俺は引退する。これからは欲しいものを何でも手に入れるんだ。そのためにはまず金だ。違うか?と呟く。

次郎は、これまでのギラギラした野望は何だったんだ?と問いかけるが、次郎、お前は掛け替えのない良い奴だった。でも、今度だけは自分でやってみるぜと言い残し、宮本は部屋を後にする。

その後も、次郎は黙々と油絵を描く一方、佐藤を手伝い、舞台美術等も手がけていた。

その一方、宮本の方は、ヤクザたちの仲間になり、洋酒の密売に手を染めるようになっていた。

ある日、松屋で佐藤と一緒に内装の仕事をしていた次郎は、女性が佐藤のための差し入れを持って来た小休憩中、ふとビルから見下ろした下の雑踏の中に久子を見つけたと思い込み、慌てて降りて行くが、それは良く似た別人だった。

がっかりして戻りかけた次郎に、通りかかった車の中から声をかけて来たのは宮本だった。

宮本は、近くにいる刑事らしき男に気づいたのか、名刺を次郎に渡し、一度飲みに来いよと誘って車を走らせる。

その後、アパートで絵を描いていた次郎の元にやって来た典子は、今日は職務上の事で…と断り、宮本さんの住所、知っているでしょう?今日、町で会ったはずですと聞いて来る。

しかし次郎は、住所は聞きませんでした。あいつと俺は、長い間一緒に暮らした仲なんですと答えるだけだった。

失望したのか、典子は、玩具のピアノで、あの次郎と久子が作った曲を弾いてみるのだった。

そこにやって来たのは春山で、金が入っているらしき封筒を見せながら、君の個展があるのでと言って断ったんだが、宮本があの絵を買って行ったと伝える。

その後、宮本の新しい家を訪れた次郎は、そこに飾ってあった久子の絵を発見する。

宮本は豪勢な生活をしており、高価そうなピアノを弾いていた。

欲しいものは何でも手に入るようになったよとうそぶく宮本は、何のためにこの絵を買ったんだ?と次郎が聞くと、思い出すためさと答える。

思い出す?死んだって言うのか!と次郎は聞き返すが、宮本の方は、まだ探しているのか?この前会ったときも探しているようだったなと半ば呆れたように答える。

返してくれないか?近く個展を開くんだと次郎は頼むが、人間は誰でも変わる。俺も変わった。売ってやっても良いよ。金がなければ、やった金を使っても良いぜと宮本は冷たく言い放つだけだった。

お前は手が汚れているんだ!と宮本に告げた次郎は、持って来た金の入った封筒を叩き付けると帰る。

その時、どうかしたの?と言いながら、樹理がシャワールームから出て来る。

表に出た次郎は、典子が他の刑事と共に付けて来ていた事に気づく。

私、出来るだけの事はしたんです。探しようがないのと典子は久子の事を詫びるが、あなたには感謝しています。僕は必ず探してみます。必ずどこかで生きているんだ!そう信じますとだけ告げて、次郎は夜道を帰って行く。

数日後、松屋の仕事の途中、佐藤と一緒に帰りかけていた次郎は、店内の催し物のアナウンスを聞いた途端、思わず足を止める。

その声に聞き覚えがあったからだ。

放送室に向かった次郎が目にしたのは、やはり久子だった。

しかし、いきなり乱入してきた次郎に怯えるその女性は、次郎を知らないようで、駆けつけて来て次郎を止めた店員たちも、あの子は伊沢良子だと言うではないか。

その日の終業時間を佐藤と共に外で待っていた次郎は、退社して来たその女性に近づこうとするが逃げられてしまう。

翌日、総務部に呼ばれた伊沢良子は、そこにお松や武さん、キン子などが次郎と一緒に待ち構えており、チャコちゃん!と呼びかけて来たので、驚いて更衣室に逃げ込んでしまう。

港脇の貧しいアパートに帰って来た良子は、部屋の中に置かれていた額縁を見つめ、その中に何か絵のようなイメージが浮かび上がって来るので悩んでいた。

後日、とある医者(下條正巳)の元を訪れた次郎は、記憶障害になった人間が、その後、自分を別の人格だと思い込む二重人格形成の特殊な事例に付いて説明を受けていた。

そこにやって来た患者が、あの良子と言う女性だった。

医者は、次郎も同席の中、その患者に麻酔薬を投入し、睡眠状態にしていくつか質問を試み始める。

あなたの本当の名前は?と医者が問いかけると、最初は伊沢良子と答えた女性は、チャコ…と答える。

どうしてデパートに入ったのか?と聞くと、入社試験を受けたと言うので、誰か保証人がいたんでしょう?と聞くと、緑屋のご主人で、前に勤めていた小さな洋装店のご主人だと言う。

どうしてそこを辞めたのかと聞くと、疲れたからだと言う。

その前は何をやっていましたか?と聞くと、眠っている久子は、思い出せないのか、思い出したくないのか、もういや!と拒絶してしまう。

何か怖い事がありましたね?と聞くと、大きなトラックが私を轢いたの…。あの人が待っているのに…と久子が答えたので、横で聞いていた次郎は思わず、あの人って誰の事?チャコちゃん!僕だよと呼びかけてみる。

しかし、それ以上、久子は答えなかった。

医者は次郎に、過去に繋がる思い出を探すんだねとアドバイスする。

それを聞いた次郎は、やりますよ!と決意を見せるのだった。

その後、記憶を失った久子を連れ、ミシンを踏ませてみたり、自分のアパートへ連れて来ると、久子にもらった服を見せたり、あの思い出のネオンの下に連れて来たりしてみるが、久子はどうしても過去を思い出せなかった。

そんな久子に、頑張るんだよ。僕たちの思い出はこれだけじゃないんだと言って次郎は励ます。

久子のアパートに来てみた次郎は、そこに置いてあった額縁を見つけ、僕のために買ってくれたんだねと感激する。

しかし、久子の方は分からないのと言いながらも、その中に絵を思い出すのと言うので、そうだ!僕たちの絵がある!宮本が持っているんだと次郎は思いつき、すぐに宮本の家に向かう。

ところが、宮本の家の中には刑事たちが入り込み、家宅捜索を行っている最中だった。

その場にいた典子が言うには、一足違いだったと言い、宮本共に額縁の中の絵はなくなっていた。

外に出た次郎は、諦めるもんか…と悔しがり、久子はごめんなさいと詫びる。

そうだ!絵を描こう!きっと同じ絵を描いてみせると言い出した次郎は、アパートへ戻ると、久子をモデルに下絵に取りかかる。

そんなアパートにやって来たのは宮本だった。

宮本は、部屋の入口付近で迷っているようだったが、気配に気づいた久子が出て来て、何か?と問いかけると、持って来た紙包みを久子に押し付け逃げ帰る。

その直後、久子が手にした絵が、宮本が持って来たものだと気づいた次郎は追いかけるが、もう宮本はいなかった。

宮本はその後、警察署に自首する。

戻った絵を額縁に入れてみた次郎が壁にかけると、それを目にした久子は驚き、何かを思い出しそうだったが、結局ダメだった。

久子は泣き崩れる。

それにいら立った次郎は、もっと良く観るんだ!僕たちにはこれしかないんだ!と呼びかけるが無駄だった。

その後、次郎の個展が開かれ、会場には、久子をモデルに下絵だけではなく、宮本が作曲していたあの曲の元歌となったジャズもレコードで流されていた。

次郎は、留置場に入れられていた宮本に面会に行く。

個展を開いたんだよ。お前にも観てもらいたかった。お前の曲も画廊で流しているんだと教えると、新聞で読んで知っていると答えた宮本は、負けたよ。俺、今凄くピアノが弾きたいんだと打ち明ける。

久子の記憶がまだ戻らない事を知った宮本は気の毒がるが、次郎が良い人を連れて来たよと言い、樹理が姿を現すと驚く。

樹理は、待ってるわ、歌のお稽古をして…と宮本に伝える。

次郎は、アパートに帰って来るが、そこに駆け寄って来たキン子がみんな待ってるよと祝賀会の事を知らせる。

その頃、次郎の部屋で1人待っていた久子は、玩具のピアノで、思いつくあの曲を弾いてみていた。

しかし、鍵盤の1つが壊れており、どうしても音が出ない。

何度も弾き直してみる久子。

その内、久子の脳裏に、次郎が歌っていた歌詞が蘇って来る。

その時、その曲を歌いながら階段を上がって来る次郎の声が聞こえて来る。

部屋の中に入ってきた次郎は、今夜はみんなが祝賀会を開いてくれるそうだ。一緒に行ってくれる?と誘うが、自分を凝視している久子の様子がおかしい事に気づき立ち止まる。

次郎さん!次郎さん!と呼びかけながら、次郎の胸に飛び込む久子。

遂に記憶が蘇ったのだ。

良かった…と言いながら久子を抱きしめる次郎。

遅いので、迎えに来たキン子は、入口から中をのぞき、抱き合っている2人の姿を観ると黙って扉を閉める。

個展会場で祝賀会の準備をして待っていたお松や武さんの所に走って戻って来たキン子は、チャコ姉ちゃんが!と教えながら、お松に抱きついて泣き出す。

事情を察したお松がアパートへ向かおうとすると、やっと2人きりで会えたんだ…と春山が気をきかせて止める。

それでも、お松は、これが本当の祝賀会だよ!と言い、ビールで乾杯をする。

アパートを出た次郎と久子は、また、トランペットの練習をしている青年の姿を観かける。

あの人ねと…と嬉しそうに久子は笑い、そうだよと次郎も笑顔で答える。

その時、側を通りかかった人力車に乗っていた芸者は、何故、車が停まったか怪訝に思うが、車夫の源六が観る先にいた次郎と久子の姿を観ると、思わず微笑む。

個展会場の前に来た次郎と久子の姿をパトカーの中から見つけた典子は、なぜか泣きそうになっていた。

銀座を楽し気に歩く次郎と久子。

和光の時計塔は、夜の7時を指していた。