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震える舌

いわゆる「難病もの」であり、「闘病記録」のような内容になっている。

巷間、この映画は、「異常に怖い映画」と言われ、ある種カルト映画扱いをされているようだが、子供が観ると怖い部分があるかもしれないが、大人が観る分には、特に怖いと云った感じはしない。

「キワもの」風な演出があるのか?と予想したが、特にコケ脅かしのようなあざとい演出でもないように感じる。

子役の女の子の演技も巧いのだが、同時に子役に似せて作られたらしき医療ロボットのようなものも使用されており、鼻からチューブを挿入するシーンや、心臓マッサージのシーン等では、そのロボットが使われているように見える。

しかし、最初のスタッフロールの部分で「ロボット製作」と言う文字に気づかなければ、おそらく誰も気づかないレベルではないだろうか。

アップで写されているその顔は、まつげがぴくぴく動いたりして、生きている本当の女の子のように見えるからだ。

ロボットが映画に使用されたのは、「ゴジラ」(1984)のサイボットゴジラが最初だと思っていただけに、それより4年前に、すでに意外な形で使われていた事を知り驚いた。

物語は、看病をして行くうちに、看病している方も、精神、肉体とも参って行く姿が描かれており、その辺は、この病気に限らず、介護等にも共通する切実な問題ではないだろうか。

一切の刺激を遮断して、患者を安静に保つべき特殊な病室が、ごく普通の小児科の大部屋の隣と言うのはちょっと解せない部分もある。

ごく一般的な病院がそう言う構造になっていると言うことなのか、それとも、映画的なサスペンスのための演出なのかは分からないが、絶えず、男の子のわんぱく行為が、発作のきっかけになっている辺りに作為を感じる。

登場人物は限られているが、どの俳優もベテランぞろいなので、安心して観ていられる。

そんな中、特に注目したのは、女医役を演じている中野良子で、どんな状況でも冷静さを失わない、知的で頼れると言うだけでなく、好感の持てる魅力的なキャラクターになっている。

個人的には、彼女の出演作の中では一番印象が良い作品ではないかとさえ思った。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1980年、松竹、三木卓原作、井手雅人脚本、野村芳太郎監督作品。

チョウチョが羽ばたくイメージ画像にタイトル

チョウチョを追っている少女三好昌子(若命真裕子)

そこは、葛西南団地脇の川の側の草むらだった。

昌子は、右手の中指の先を怪我し、少し出血していたが、川の中の泥で汚れた石等を拾って遊んでいた。

そんな昌子の様子を、団地のベランダに布団を干しながら見守っていたのは、母親の三好邦江(十朱幸代)だった。(…ここまで、スタッフ・キャストロール)

夕食時、フォークを使ってグラタンを食べようとしていた昌子は、フォークを床に落としてしまう。

邦江は、そんな昌子に、優しく食べさせてやろうとするが、父親の三好昭(渡瀬恒彦)は、自分で食べなさいと厳しくしつける。

そんな昭に、邦江は、昌子はちょっと風邪気味なのよとかばい、口を開けて!と昌子にフォークのグラタンを持って行こうとするが、昌子は何故か口を開こうとしない。

その後、昌子は、自分の人形の髪をハサミで半分切ってしまい、それを見つけたマサエは晶に見せながら、あんまりあなたが厳しいから、あの子ノイローゼ気味なの。あの子にとっては、あなたは大きなお化けみたいに見えるのよと注意する。

ある日、邦江が買い物から帰って来ると、昭がオイ、観てみろよとトイレの方を観る。

トイレから出て来た昌子は、少し左足を引きずっているように見えたので、邦江は、アヒルさんの真似をしてるの?足、痛いの?と昌子に優しく聞くが、昌子は痛くないと言う。

ちゃんと歩けないの?と聞くと、歩ける。でも歩きたくないと言うので、昭は小声で、まさか小児マヒじゃないだろうね…と邦江に伝える。

お医者さんに行ったけど、ちゃんと診てくれないのよと邦江がこぼすので、昭は、明日、俺が連れて行くと答える。

ガラス絵を描いていた邦江にいきなりキスをした昭は、頑張ろう!と励ます。

その夜、もう寝ていた昌子が急に発作を起こし、苦しみ出す。

どうやら、舌を噛んでしまったらしく、口の周囲は血まみれだったので、気づいて駆けつけた昭は、口をこじ開けようと必死になりながらも、救急車を邦江に呼ばせる。

救急車の隊員から、かかりつけの病院を聞かれたので、邦江は病院名を教え、昭と共に、昌子を病院へ連れて行く。

しかし、診察した医者(矢野宣)は、明日、大きな病院に移した方が良いと言うだけなので、昭はムキになるが、そんな昭に邦江は、あなた!こちら、いつものお医者さんじゃないのよとなだめる。

今夜だけでもここに置いて頂けませんかと頼んだ昭だったが、ここも当直医が1人しかいないので…、発作が起きたら、又来てくださいと医者は言うだけだった。

昌子を抱いて、帰りのタクシーを拾おうとしていた昭は、色々まずいんだろ、何かあったときの責任問題とか…と、今の医者の対応を解説したので、どうしてそんな物わかりの良い事言えるの!放り出されたのよ!私、絶対、この子を助けるわよ!と興奮気味の邦江は、必死に通り過ぎるタクシーに手を上げ続ける。

団地に戻って来た昭は、どこかに電話を入れ、今から大学病院に行くぞ。刀と医大の知り合いの紹介だから…、保険証忘れるなと邦江に告げる。

東都医科大学付属病院の小児科で診察した医者は、お父さん、厳しいんですって?と聞いて来る。

脳炎とか、脳腫瘍とかの可能性は?と昭は心配して聞くが、医者は心因性のものでしょうと答え、明日、教授の診察日ですから、又来てくださいと言う。

翌日

小児科医長(宇野重吉)が、昌子の身体を入念に診察する。

今度は口を開けてごらんと医長は昌子に頼むが、昌子は、できる、でもしたくないと言うだけで、やはり口を開けようとしなかった。

症状が出始めたのは?と聞かれた邦江は、4、5日前からですと答えると、心因性のものじゃない。すぐに入院の病室を手配しますと医長は告げ、これは大変だよ。よっぽど頑張ってもらわないと…、疑いがあるのはどれも難しい病気ばかりでね…と言う医長は、まずは検査のためレントゲンを取るように指示する。

レントゲンの後は眼科の検査。

昌子の背中に針を刺し、髄液を採取したりする。

隔離診察室に呼ばれた昭と邦江は、医長から女医の能勢(中野良子)と助手の江田(越村公一)を紹介され、病名は破傷風を決まりました。絶対安静にして治療をするしかないと告げ、部屋を一旦出かかった昭だけをもう1度部屋に呼び込む。

医長は、この病気は後遺症はないが死亡率が高い。患者は2万人に1人くらい。

今、血清を取り寄せているが、血清は毒素には効き目がない。昌子ちゃんは、1度けいれんを起こしているからね…と見込みが薄い事を覚悟させるような事を伝える。

小児科の病室横の昌子が入る個室には暗幕が引かれ、唯一の照明となる電気スタンドにも暗幕シートがかぶせられ、ほぼ暗闇の状態にされる。

婦長の斎藤が両親に挨拶をする。

昌子をベッドに寝かせた邦江は、さっきまでこのベッドに寝ていたのよ。助かったのかな?行けなかったのかな?と不安げに言うので、助かったんだよ。それで俺たちがその人を追い出しちゃったんだと昭は慰める。

やがて、邦江の同僚である山岸(蟹江敬三)が見舞いにやって来る。

困ったことがあったら言ってくれと昭に告げた山岸は、持って来た見舞金を渡す。

その時、能勢医師がやって来て、昌子の右足から血清を注入し始める。

それを見守っていた邦江は、これでもう大丈夫なのね、安心なんでしょう?と聞いて来るが、昭は何も答えられなかった。

その後、昭は、昌子が発作を起こした時、口を開かせようとして左指の爪をはがしてしまっていたので、その治療を受ける。

医学書を読んでいた昭は、この病気の発症5日以内の死亡率は100%と書いてあるので、邦江に発病して何日目だと確認していた時、突如、入院中の男の子が、バンバン!と拳銃ごっこの真似をしながらドアから入って来る。

それに刺激されたのか、また、ベッドに寝ていた昌子のけいれんが始まる。

又舌を噛んだようで、口から出血している。

昭は、隣の部屋でなっていたテレビやラジオを消しながら、静かにしてよ!と叫ぶと、病室のインタホンに発作が起きたと告げる。

すぐに、能勢が駆けつけて来て、昌子の右手の指先を切開する。

助手の江田が、水の中の、泥の中にいる菌が指先から入ったのだろうと昭たちに教える。

ここ2、3日が山です。一時、症状が悪くなる事もあります。ずっと付き添ってやって頂きたい。特に、光と音にはご注意下さいと能勢は両親に告げ、部屋を出て行く。

邦江は、随分脅かすのね…と能勢の態度に不満そうだった。

そんな邦江に、家帰って休んで来い。これからが大変らしいと昭は諭すが、帰れる訳ないじゃないと邦江は嘆く。

入院2日目 午前9時

ずっとご飯食べてないでしょう?今日はこれを食べましょうと能勢は栄養剤の入った容器を昌子に見せ、鼻の中からチューブを差し込む。

昭は、再び、左手の治療を受ける。

午後1時30分

病院内の食堂で遅い昼食を取った邦江は、売店で寝間着を買うと、病室に戻り、昭と共に、昌子を着替えさせようとそっと抱き起こすが、又昌子はけいれんを起こしてしまう。

昭は能勢を呼びに走り出る。

すぐに駆けつけて、応急処置を施した能勢は、突いている方が慌てて刺激を与えませんように…と冷静に告げて去って行く。

その後も、午後6時 午後8時 午後10時…とけいれんは続いた。

けいれんが収まらないので、吐く恐れがあり、胃の中にあるものを全部洗浄したいと江田は説明し、薬を投入するため肛門からチューブを差し込む。

薬の効果はすぐにあり、昌子のけいれんは停まる。

しかし能勢は両親に、悪くなりました…。今のところ、何とも申し上げられない所ですと苦し気に説明する。

そんな能勢に昭は、先生、今夜一晩、病院にいて頂けませんか?その方が何か起こった時に心強いので…と頼むと、そのつもりです。治療室のベッドに寝ていますから…と能勢は答える。

ベッド脇にいた邦江は、必死に何かをノートに書いていた。

発作がいつ起こったか全部記録しているのだと昭に説明する。

そんな邦江に、これも良いけど、今のうちに寝ておけと言葉をかけるが、邦江は、私がダメになったら代わってもらうわと言うだけだった。

昭は病室内のソファに横になる。

チョウチョが飛んでいた。

昌子が河原でそのチョウを追っている。

川の中の泥を触っていたので、泥はダメ!この埋め立て地は危険なんだ!と昭は叫ぶが、昌子は聞こうとせず、泥で汚れた手を面白そうに拡げてみせる。

言うことを聞きなさい!と昭は大きな声を出すが、次の瞬間、昌子は発作を起こし、口から血を出す。

その口を開かせようとしていた昭は、左手の爪をはがしてしまう。

昭は、悪夢から目覚める。

午前3時 

病室に戻って来た邦江は、岡山の実家に電話してお金を頼んだと言う。

明日送ってくれるって、新幹線で…と言いかけた邦江は、昌子の様子を見ながら、また、発作が起きるわ。薬が切れて来たのよ…と怯える。

昭は、お前は休め。俺が代わる…と声をかけるが、政子の身体を慈しむようになでていた邦江は、昌子に火傷の痕が直っている。年頃になって恨まれずにすんだなどと呟くだけ。

それでも、ソファーに横になった邦江は、今度3人で十和田湖にでも行きましょうよと提案する。

昭も、行こうと約束する。

入院3日目 午後1時

食堂のおばさんたちが、小児科に配膳車を運んで来る。

昼食を終えた子供や看護婦たちが、その中に食べ終わった食器を収納して行く。

その時、男の子が乱暴に食器を押し込んだので、配膳車の反対側に押された別の金属食器が大きな音を立てて廊下に落ちる。

それに反応した昌子のけいれんが始まる。

昭は能勢医師を捜して病院中を走り回るが、その日、能勢は外来の診察中だった。

電話で発作を知られられた能勢は、すぐに行くと答える。

先に病室に到着していた江田は、何とか、昌子の口をこじ開けようとしていたが、この子の歯は、乳歯?それとも永久歯?といきなり聞いて来たので、両親は慌てて、何とも答えることが出来なかった。

乳歯ですね?どうせ生えてきますから…と勝手に判断した江田は、伸子が噛み締めた歯の1本をへし折り、何とか、呼吸器を口にはめ込む事に成功する。

そこに能勢がやって来て、口の中を吸引する。

その時、口の奥に残っていた歯の折れ滓を取り除く。

その治療をずっと観ていた昭は耐えきれなくなり、外に出て行くが、待合室に来ていた山岸が手を挙げて合図をしても気がつかないほどだった。

そのあまりの異常な態度をいぶかしがった山岸が心配して近づくと、ダメらしいよ…、死にそうだよ、昌子…、凄く惨いよ…、凄く…と、昭は、窓の外に見える小学校のグランドで遊ぶ小学生を観ながら呟く。

そこに近づいて来た能勢は、窒息や肺炎を起こし易いので、気管切開をしたいんですが…と尋ねる。

昭は、しなきゃ行けないんでしたら、お願いします…と、憔悴し切った昭は言うしかなかった。

駆けつけて来た邦江の姉貞恵(中原早苗)が、持って来た金の入った封筒を邦江に渡すと、邦江は泣き始める。

その時、手術道具が病室に運び込まれて来る。

邦江は、これ以上何をするんです?と言いながら、病室に入ると、手術を始めるため、男性医師が手を洗い始める。

その時、能勢もやって来て、中止です。野原教授が、これ以上刺激になる事は良くないって…と伝えたので、男性医師は、それなら最初からそうすれば良かったんだ…と不機嫌そうに、術着を脱ぐ。

結局、昌子の顔の周囲には「酸素テント」が張られる事になる。

その時、婦長が、受付にお見舞いの方が見えていますよと教えるが、邦江は昭に、あなた、1人で行って来て…、行って、挨拶して来て…と、部屋を出て、育児室の赤ん坊を観ながら頼む。

昭が下に降りると、待っていたのは、兄(梅野泰靖)と母親(北林谷栄)だった。

兄は、着替えを持って来てやった。面会謝絶だって?と心配する。

母親は、今夜は私が看病するよと言い出したので、昭は、その必要はないよと断る。

婦長は、戻って来た昭と邦江に、酸素テントで酸素の量を一定に保っていますから触らないでくださいと注意する。

口から呼吸用のチューブを差し込まれた昌子の顔を観ていた邦江は、口んとこ変よ、まあちゃん…と話しかけるが、止せよ、口聞けないんだから…と昭は言い聞かす。

それを聞いた邦江は、ものも言えなくなっちゃったの…と哀し気に娘の顔を見つめる。

午後9時 能勢がやって来て、口の中を吸引する。

すでに、正気を保てなくなりつつあった邦江は、先生、もうダメなんでしょう?死んじゃうんでしょう?と聞くが、そんなに弱気になってはいけませんと能勢が冷静に諭すと、もうたくさん!そんな子供騙し!あなたも、私を騙してたじゃない!と昭にも当たり、私、生まなきゃ良かった!はじめから、あなたと一緒にならなければ良かった!と叫ぶ。

それでも能勢は動揺するでもなく、下着が汚れてますから取り替えてやってください。汚れ物は、トイレに名前が書いた容器がありますから、その中に…と昭に告げて部屋を出て行く。

お前、疲れているんだよ。それよりおむつ…と頼もうとするが、あなた、紙おむつ換えるの怖いんでしょう?病気がうつると思っているんでしょう?だから、いつも私に換えさせているんでしょうと邦江は言い出す。

何を言うんだ、バカ!と叱り、昌子のおむつを換えて、汚れ物をトイレの容器に持って行った昭だったが、ゴミを捨てた途端、神経質に洗面台で手を洗い始める。

実は、今、邦江が言った事は図星だったからだった。

鏡に映る昭の顔も又、憔悴し切っていた。

午後11時

病院を抜け出し、開いていた寿司屋で折り詰めを作ってもらった昭が受付の所に戻って来ると、母親がまだ帰らずソファーに寝ているのに気づき、驚いて声をかける。

母親はここにいたら気がすむんだから…と我を張るが、とにかく病室に一緒に連れて帰る。

病室では、邦江が何かに取り憑かれたようにノートに記録を続けており、昭の母親の事も眼中にないようだった。

母親も別のソファに座り、ただ昌子を観るだけ。

昭に勧められ、買って来た寿司を頬張り始めた邦江だったが、その直後、また、昌子がけいれんを起こす。

先生を呼べ!と昭は、政子の身体を押さえながら叫ぶが、能勢たちが駆けつけると、既に目が座っていた邦江は果物ナイフを持って能勢たちに迫ろうとする。

そんな邦江を病室の外に連れ出した昭は殴りつける。

邦江は泣き崩れたので、昭はそっと抱きしめてやる。

午前2時

昭の母親が昌子を見守っていた。

昭はソファーに寝ていた。

九官鳥の夢を見ていた。

九官鳥は「おみおつけの身は大根だよ!」と言っている。

中耳炎じゃないよ!と叫び、病院で注射を射たれている子供時代の自分の事を思い出していた。

側には母親がずっと付き添ってくれていた。

うなされていた昭を母親が揺り起こす。

昔、室蘭で、敗血症にかかった時の夢を観た…と昭が教えると、あの時は良く助かったものだ…と母親も思い出したように答える。

入院4日目 午前8時

兄が来て、母親を連れて帰る。

母親は、昭と邦江に、同じ苦労の繰り返しだよ。今度はあんたたちの番だよ…と言い残す。

午後1時 ナースセンターに駆け込んで来る昭

また、発作が起きたのだった。

昼食を食堂で食べていた能勢は連絡を受け駆けつけて来る。

午後11時 また昭は、能勢を探す。

昌子の心電図の波形が止まる。

能勢は必死に心臓マッサージを繰り返す。

その甲斐あってか、ようやく、心電図の波形が脈を打ち始める。

昭は邦江を抱いて、ベッドから少し離れたソファに腰を降ろす。

午前4時

しっかり聞くんだよ、昌子は死ぬ…、そう思う。朝になったら家に帰り、内の中を片付けて、預金通帳とか印鑑とか大事なものが分かるようにしておいてくれ。俺も、指やられたから、もしかしたら発病するかもしれん。片付けが終わったら、寝ておくんだ。何かあったら電話する…、分かったか!と昭は邦江に伝える。

邦江は憔悴し切った様子で、分かった…と言うと、何を思ったか、ハサミを手に取り、昌子の顔に近づくと、酸素テントを開け、昌子の髪を少し切る。

その髪を持ち、東都医科大学付属病院を出た邦江は団地に戻って行く。

1人病室に残った昭は、幼児時代の昌子を思い出しながら、もしお前が死ぬのなら、何も悪い事をしなかったお前がこんなに苦しんで死ぬのなら、お前だけを愛してやるから…、他に子供は作らないで、一生、お前を愛してやる。何にもしてやれなかったお前にしてやれるのは、そめてそのくらいだから…と心の中で語りかけていた。

一方、団地に戻って来た邦江の方は、自分の髪もばっさり切っていた。

その後、病院から山岸に電話を入れた昭は、電話に出た山岸の妻に、さっき電話したが、どうも邦江の様子がおかしい、観て来てもらえませんかと依頼する。

午後5時

山岸とその妻(日色ともゑ)が、邦江を病院に連れて来て、かなり参っている。どうしても君に渡したいものがあるらしので、連れて来たと昭に説明する。

憔悴しきり、正気を失っているように見える邦江の髪を観て、お前どうした?と昭が声をかけると、ちゃんと持って来たからね。もう安心…と言いながら通帳が入った封筒を手渡す。

昭が中を確認すると、その中には、昌子と邦江自身の遺髪のつもりらしいものが入っていた。

私、うつっちゃったの。昌子と同じ症状があるの…と邦江は言い出す。

山岸の妻は、山岸に連絡すると言い部屋を出ると、邦江は、あなたにとうとう何もしてやれなかった…。私は何にも出来ない女だから、せめて子供だけでもって思って生んだけど。それもダメだった…許してね…などと言い出す。

それを聞いていた昭も、俺も分からんよ。3人ともダメかもしれん…、妙だよな、人間の暮らしなんて…、はかないよ…と呟く。

山岸夫婦は、そんな2人を診察してもらう。

内科で診た医者は、何も症状は出ていない。2人ともまず感染していないと言うが、昭は、25年前、ジフテリアになった時、馬の血清を打ったんですけど…と心配げに聞く。

医者は、今は人の血清の良い奴がありますから大丈夫ですよと笑う。

悄然として診察室から出て来た昭を待っていた山岸は、思い過ごしだよ、しっかりしろよ!と励ます。

山岸の妻も、家に帰ってゆっくり休んだ方が良いですと言ってくれたので、邦江は素直に従う事にする。

そんな昭と邦江の憔悴振りを目の当たりにした山岸は、大変だな…、君たち…と絶句してしまう。

帰りかけた邦江に、昌子に会って行かなくて良いのか?と昭が声をかけると、会いたいと言った邦江だったが、病室の前に来ると、足がすくんだようになり、怖い…、入れない…。会いたいけど…と言い出す。

仕方がないので山岸夫婦が、そのまま連れて帰る事にする。

病室に昭が入ると、能勢たちが、昌子の身体をマッサージしている所だった。

そして、お父様にはもう少し頑張って頂けないと…、けいれんの間が広がれば良いんですが…と能勢は語りかけて来る。

その後、邦江を団地に送り帰してくれた山岸の妻が、レコードを何度も何度もかけるの…、こっちの頭がおかしくなるくらい…と邦江の異常行動を教える。

廊下に出た昭は、無意識にタバコを吸う量が増えていた。

そんな昭の様子を、看護婦がナースセンターから見守っていた。

再び病室に戻り、昌子の前に座った昭は、お前たち、何故苦しめる?昌子の中に入り込んだのなら、何故毒素なんか出すんだ?昌子が死んだら、お前等だって死んだぞ。分かっているのか!と破傷風の病原菌に向かって心の中で叫ぶ。

そのまま昭は、ベッドの横でうたた寝をしてしまう。

翌朝、窓にかけてあった暗幕が、そこ師開いていた窓から吹き込んで来た風によってめくれ上がり、太陽光が昌子の顔に当たる。

その刺激で、また昌子の発作が始まってしまう。

駆けつけて来た江田は、こう言う事があるから、しっかり観といてくださいよ、お父さん!と昭に注意しながら、応急処置をする。

その後、昌子に電話をかけてみた昭だったが、昌子は、怖くて出られないと言うではないか。

どうやら、心理的に部屋から出れなくなっているらしい。

俺、参っちゃうぞと昭は叱りつけるが、さっきから努力しているの…、ドア開けようと思っているの…、でも力出し切っちゃった…等と邦江は言うばかり。

午前0時

何とか、邦江が病室にやって来る。

午前5時

お前、顎どうだ?と昭が聞くと、口開くわ…と邦江は答える。

俺はまだしびれている…と、昭は自分の顎の辺りを気にしていた。

入って来るの、怖かったわ。そのドア開けるの怖かった…と邦江は言う。

これから、1人が観ているときは、1人が家で休もう。夜は俺、昼間はお前ならどうだ?と昭は提案し、取りあえず、自宅に帰ることにする。

久々に、朝日を観た昭は、病院前で立ちくらみを感じしゃがみ込んでしまう。

団地に戻って来てみると、テレビが付けっぱなしになっていたので、スイッチを切り、風呂に湯を溜めながら、ウィスキーをコップに注ぎ、冷蔵庫から氷を取って入れる。

レコードをかけようとすると、凄い音が響いて来たので、慌ててボリュームを絞り、クラシックの音楽が鳴り出すと、持って帰って来た邦江と昌子の遺髪を廻っていたレコード盤の上に置く。

レコードは重さに耐えきれなかったのか止まってしまう。

昭は、泣きながらウィスキーを口にする。

入院2週間

昌子が入院していた病室の暗幕が取り去られて、日の光が入って来る。

昌子の口に入れていたチューブが抜かれる。

目覚めた昌子は、何か言いたそうに口を開ける。

怖い…と言っているようだった。

もう嫌なもの取っちゃったから…と能勢が笑顔で話しかけると、昌子は、チョコパン食べたいと口にする。

それを聞いた邦江は、あんた、チョコパン嫌いだったんじゃないの?と聞き返すと、チョコパン食べたい!チョコパンだよ〜!と昌子は大きな声を出し泣き出す。

今晩、スープを上げますからね。ジュースを水で薄めたものなら良いかも…と能勢が言うのを聞いた昭は、廊下に走り出して行き、自動販売機で売っていたリンゴジュースを3缶買い、又走って戻る途中、転んで缶ジュースを弾き飛ばしてしまう。

それを慌てて拾い集めた昭は、思わず泣き出していた。

昌子が初めて声を出した時、俺は、この子が一番怖い目に遭っていたんだ。1人で戦っていたんだと気づいた。

その後も、薬の副作用で、高熱が3日続いた。

何とか病状が治まった後も、昌子の音に対する恐怖はなかなか収まらなかった。

病室の外を、男の子がスプーンで手すりをカンカン叩きながら通り過ぎて行く音に怯えたりした。

やがて、昌子は大部屋に移された。

邦江は昌子に、明日、ドラえもんの絵本を買って来てあげるからねと声をかけていたが、隣のベッドに座っていた子が、本を貸してくれた。

病室の外に出て来た邦江は、明日、チョコパン買ってくるって言ったら、ポテトチップスだってと笑いながら、その場で様子を観ていた能勢に伝える。

本当に、宜しゅうございましたわと答えた能勢は、教授が呼んでいるとの知らせを受け、エレベーターに乗り込む。

そんな能勢に頭を下げた昭は、病院からの帰り道、久しぶりに何か食って帰るかと邦江に話しかける。

能勢先生は鰻が好物だそうだよ等と言っているうちに、じゃあ、うな重にするかと言う結論になる。

その夜、蒲団に入っていた昭は、邦江が病院に電話して、昌子が大人しく眠ったと聞いているのに気づき、枕元のスタンドを点ける。

昭は、そんな邦江を横に招き、抱いて寝るのだった。

病室の昌子もぐっすり眠っていた。