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柘榴一角

戦後は、悪役、脇役として数多くの映画に出ていた阿部九州男主演の戦前の時代劇。

阿部九州男と言う人は、戦前は主役を張っていた人だったのだ。

さらにこの作品では、その阿部九州男が、父と子の二役を演じている。

映画の最初の方で、自宅内で親子が同一画面に出ているシーンがあるが、片方の顔が写っているときはもう片方は背中しか写っていない事に気づくはずである。

合成等と言う面倒な事はしていない。

この作品のもう一つの見所は、松方弘樹や目黒祐樹の父親である近衛十四郎の若い頃の姿が存分に観られる所だろう。

目元等は、晩年の顔付きとそんなに変わってないので、画面に登場するとすぐ分かる。

古い時代の作品であるため、話のテンポ等はゆっくりしており、全体の尺もかなり長く感じるが、当時は、何回かに分けて上映されたものと思われる。

公儀隠密の活躍が描かれた一種のヒーローものだが、追われた逃げ込んだ先で、その身分を打ち明け、水戸黄門の印籠のような葵の御紋が入った形金を出してみせたり、公儀の仕事は天下ご免の公職で、それに逆らうのは許されるなど、近年の隠密の忍者的イメージとはかなり違っている部分がある。

権太夫が妻に語って聞かせる、一旦、敷居をまたいだら2度と帰らぬ事もある。自分の命であって自分のものではない。ご主人のもの、お国のものじゃなどと語る隠密の心得は、作られた時代背景を考えると、滅私奉公を尊しとした戦時中の考えにだぶらせてあるようにも思える。

一応、無声映画ではなく、声や若干の音楽等は入っているが、所々聞き取りにくいような部分には、字幕が付いている。

話は通俗娯楽としてはそこそこ面白い感じで、お鴇の無邪気なセリフに含まれているユーモア表現等も、さすがに今でも通じると言うほどではないが、それなりに楽しい。

悪役が何人も登場し、全員、馴染みのない顔ぶれなので判別が付きにくいのがこの種の古い作品の特長。

一番分からないのが、宿敵、播磨萬心なる人物がどう言う人間なのかと言う事。

初対面の時、佐久間権太夫が、この江戸で御主を知らん奴がいるはずがない等と言っている所を見ると、かなりの有名人と言う事らしいのだが、悪名高いヤクザ的な人物と言う事なのか、はたまた、何かの公職にある人物と言う事なのだろうか?

十手を持っている赤宝喜兵衛といつもつるんでおり、家老青山壱岐守を知っている所を見ると、同心か何かなのだろうか?

十手を持っている赤宝喜兵衛と言う人物も、岡っ引きなのかどうか判然としない。

この当時の映画の悪人は、いかにも悪人風のメイクと表情を作っているので、分かり易いと言えば分かり易いのだが、ステレオタイプ風なので、複数登場して来ると、見分けがつかなくなるのだ。

おそらく、萬心は、岡っ引きなど捜査側と手を組むほどの、それなりに権力を持っている悪人と言う事なのだろう。

矢ノ根旦庵等も含め、表立っての悪役は小悪党が組んでいると言う印象で、一応、その背後に巨悪としての老中が控えている等と言った設定は、後のテレビ時代劇等でお馴染みとなるパターン化のように見える。

その種の通俗時代劇パターンは戦前からあったと言う事が分かるだけでも、この作品を観た甲斐はあったような気がする。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1941年、大都映画、白井喬二原作、湊邦三脚色、白井戦太郎監督作品。

夜の江戸の町

按摩が笛を吹きながら歩いていると、その両脇をかすめるように侍の一団が走り抜けていく。

とある商家に呼ばれてやって来た目明し藤兵衛(伊丹慶治)は、呼んだ女将に用向きを尋ねると、これを観て頂きたいと女将が金を差し出す。

それを見た藤兵衛は番頭に、火箸を!と頼む。

稼ぐに追いつく貧乏無しって…、余分にもらって来たと言いながら、穴あき銭を紐に通したものを持って夕餉の自宅に帰って来た駕篭かきの夫は、嬉しそうに、その銭をいじっている。

その時、何だかこの銭、ピカピカ光ってるぜと言いながら、大飯を頬張っていたデブの女房(大山デブ子)にその金を見せる。

受け取った金をはで噛んでみた女房、お前さん、これ、偽もんじゃないか!と亭主に言う。

自宅に帰って来た先ほどの按摩も、その日の稼ぎを手触りで感じていたが、ある銭を触ったとたん顔色が変わる。

翌朝、大根を売っていた八百屋に、夕べ、偽金が出て来たってなと言いながらやって来た藤兵衛は、張り込ませてもらうよと声をかけて、近くに子分たちを配置する。

そこに買い物に来たのは、夕べ偽金を噛んで見つけた駕篭かきのデブ女房、八百屋で大根を1本買うと、おどおどしながら金を渡し、慌てて帰りかけた所を、張り込んでいた藤兵衛たちに呼び止められる。

捕まえられたデブ女房は、何も知りませんよ!と狼狽するだけだった。

婆やと共に呉服屋で反物を選んでいた奥方(橘喜久子)は、小判3枚で買って帰るが、その小判の1枚を触る手のアップに、障子を開けて部屋の中を覗き込む藤兵衛の姿が写る。

御用だ!

偽金を持っていた罪により、按摩やデブ女房夫婦が捕まるが、捕まえた藤兵衛は、すぐ出られるから心配するなと慰める。

最近、江戸市中を騒がせている偽金の事は知っているな?商人が売り渋っていると言うではないか。目安箱には毎日のように、偽金作りを捕まえてくれと言う訴状が入っている。このままでは通貨の円満な流通を妨げる恐れがあり、将軍家もご心痛じゃ。今回の事件の裏には、幕府の信用を汚そうとする意図があるものと思われる。佐久間権太夫を呼べ!そう松平定明(水原洋一)が家臣に命じる。

呼ばれた公儀隠密、佐久間権太夫(阿部九洲男)は、偽金作りを突き止めてご覧に入れますと約束する。

ある日、岡っ引き萬心が、釣りから帰って来た隠居風の男に成果を尋ねと、近頃は魚も贅沢になり、浪人者の針には掛かりおらんと答えた老人の言葉に笑い出す。

佐久間権太夫と言うのは公儀の隠密か?と家臣に腹這いの姿勢のまま聞いたのは青山壱岐守(大乗寺八郎)だった。

習い事のために石榴庵に通っているお町と言う娘の話なので間違いございませんと家臣が答える。

そのお町(小柳みどり)は、石榴庵での稽古が終わり、他の娘たちと一緒に帰りかけた時、着物の背中に短冊が刺さっていたのに、他の娘たちが気づき、おめでとうございます!等とはやし立てて笑う。

そこに帰って来たのが佐久間権太夫だったので、入口付近で一緒に笑っていた娘のお鴇(琴糸路)が、今日の釣りの成果を尋ねると、今日は大量だ、皆で分けなさいと言って魚籠を渡しながら、自分は石榴庵の中に入って行く。

魚籠の中を覗いてみたお鴇と娘たちは、饅頭がたくさん入っていたので、皆大喜びでそれを頂戴する。

座敷で、妻のお多恵(久野あかね)の側に座った権太夫は、わしの身体は当分忙しくなるぞ。一度敷居をまたいだら、2度と帰らぬ事もある。京七郎とお鴇を予期人妻に育てるのは余の勤めだ。京七郎はもう一人前だのと語りかける。

京七郎ももう25歳、いい加減、京七郎に嫁をもらってやらないと、お鴇まで、いつまでも子供みたいで…とお多恵は案ずる。

今日は、京七郎の帰りが遅いの…と権太夫も眉をひそめる。

その頃、京七郎は、道場で見知らぬ相手と共に、矢の練習をしていた。

全く歯が立たない相手は、京七郎の矢の射方が、弓糸に対して十文字にきちんとなっていないのに的に当たる事を不思議がり、それを指摘すると、貴公らは形ばかりだから当たらぬ。目で狙うのではなく心で狙うのじゃと教えると、相手らの仲間たちは不服そうな顔つきで帰って行く。

その後、今度は見知らぬ虚無僧姿の男が勝負を挑んで来る。

お多恵が権太夫に灸を据えていると、お鴇がお兄様がお帰りでございますと知らせに来る。

今日は弓か?と京七郎に尋ねた権太夫は、そちは喧嘩したな?袴がほころびていると指摘する。

すると、京七郎は、侍たちが人を虐めていたので…と言い訳するが、そこに座れ!と命じた権太夫は、軽々しい振る舞いは慎むのだぞと言い聞かせる。

身体髪膚、これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり…、部屋に戻って来た京七郎がそう呟いていると、軽々しい振る舞いは慎むのだぞ!とお鴇がからかいに来る。

お鴇は、京の父上の釣りの成果として持って来た饅頭を食べながら、去年の秋も、柿を釣って来たな…などと笑う。

そんな京七郎に、手合わせしてやると権太夫が呼びかける。

庭で待っていた権太夫は、タンポ槍を持っており、京七郎は木刀で相手をするが、一瞬で、槍の穂先を折ってしまう。

しかし、権太夫は、力だけでは勝てんぞ、今度は柔だ!と言って、無理矢理柔の勝負に切り替える。

しかし、今度もあっさり、京七郎が父親を投げ飛ばすと、転ばされた権太夫の方が、偉そうに、慢心してはならんぞなどと忠告し、さらに飛びかかって来る。

京七郎は、しつこい父親に何度も平手打ちをくわせ、縁側の所まで投げ飛ばすが、尻餅をつき、顔中泥だらけになりながらも、権太夫は、京七郎、慢心せずに修行するんだぞと言い聞かし、すぐ側にある戸袋に気づくと、良くわしは、この戸袋の所に来るなと笑う。

権太夫は毎回、京七郎に稽古を付けると言いながら、同じ所に投げ飛ばされていると言う事だった。

そんな権太夫の姿を、お鴇は無邪気に笑っていた。

しかしその後、お鴇は、釣りに出かけると言って家を出た切り5日間も帰宅しなくなった父親権太夫の事を夕食時心配する。

母親のお多恵は、去年の夏も一月も帰らなかったじゃないと何事もないように答え、京七郎も、今度は何を釣って帰ろうか迷っておられるのだろう等と冗談で返す。

するとお鴇は、今度は、半襟を日本橋で釣って来て欲しかったわ等と言う。

深夜、権太夫は、ご用聞きたちに追われていた賊の一味を観かけ、闇夜に紛れて後を追い、烏森にある乙姫明神の五重塔の近くまでやって来る。

その塔が気になった権太夫は、人目を忍んで中に入ってみる。

しかし、戸が開いているに気づいた門番が侵入者に気づき、蝋燭を点けて内部を探っていた権太夫を取り押さえようとしたので、権太夫は一目散に外に逃げ出す。

それを追う4、5名の門番たち。

明神さまの太鼓が打ち鳴らされている事に気づいた矢ノ根旦庵(横山文彦)は、養女の早苗(小町美千代)に起きているか?火事ではないかな?と語りかけていたが、そこに飛び込んで来たのが権太夫であった。

権太夫は、追われているので匿って欲しいと言い、名を名乗ると、自分は公儀の隠密で怪しいものではないと言いながら、葵の御紋が入った形金を差し出して見せる。

それを受け取った旦庵は、持っていた矢じりで形金の表面を斜めに傷を付けてみて、これは間違いなく、中打ちの判金だ。隠密殿、お匿いしましょうと家に上げる。

しかし、その後、家を抜け出て同心(?)播磨万心の家に向かった旦庵は、寝ていた萬心を起こすと、権太夫が来ておりますぞと密告する。

播磨萬心は直ちに岡っ引きらを叩き起こす。

翌日、頭巾をかぶった播磨萬心は、同じく頭巾をかぶった子分を引き連れ、外を歩いていた権太夫を追いかけていた。

佐久間権太夫殿、わしを知っているのか?…と呼び止めた萬心に、立ち止まった権太夫は、この江戸で、御主を知らん奴がいるはずがないと皮肉ると、そなたは公儀隠密だろう?わしと一緒に谷中まで行ってくれんかと、いきなり頼まれたので返事をためらう。

谷中が恐ろしいか?と萬心が嘲るので、わしは公儀隠密ではないが、逃げ隠れする気もないので夕刻に行くと答えると、では、暮れ六ツに待っているぞ、誓願寺だと言うので、虎の屋敷か?と皮肉って権太夫は立ち去る。

石榴庵に戻って来た権太夫は、萬心め…、どうしてわしを付けて来たのか?と考え込んでいた。

そんな夫の様子を案じたお多恵は、どうしました?と尋ねるが、それには答えず、京七郎は?と権太夫は聞き、柔の練習に出かけていると知ると、わしはこれから一寝入りするが、京七郎が帰って来たら起こしてくれ。魚釣りも骨が折れる…などと言って横になる。

夕刻近くの七つになったので、お多恵が起こし、京七郎が帰って来た旨を告げると、客間に来させるように権太夫は命じる。

客間に京七郎が来て2人きりになると、権太雄はいきなり、京からお前は名前を変える。京七郎では間延びがしているので、一角はどうじゃ?と言い出す。

突然の話なので、間延びしていると言われても、京七郎と言うのは父上がお付けになった名前ではないですかと不満そうに答えると、では三角でも良いぞ等と言うので、いくら何でも三角はないでしょうと京七郎は呆れる。

権太夫は、さて、わしの職分の話があるのだが、裏へ行こうと言うと、自分は江戸城内でお庭番を勤めている公儀隠密なのだ。この25年間、命を賭けて来たと打ち明ける。

これまで関わって来た案件は数あれど、今回、偽金作りの陰謀を、父に内定せよとの御下命があった。ところが今日、播磨萬心から声をかけられ、わしの事を隠密と知っているようだった。どうして職分を知られたのか知らぬが、とにかく谷中に行く事にした。萬審を恐れてなるものか!と言う権太夫の話を聞いていた今日七郎改め一角は、父上では危ない。私が行きましょうと言い出したので、権太夫は、そう来ると思っとったと笑い出す。

その後、お鴇は、出かける父親を門まで見送るが、権太夫は何も答えないまま出て行ってしまう。

父親の妙な態度に首を傾げていたお鴇だったが、夕食のお膳を運んでいた母お多恵が、お父様はお出かけになりましたと言うお鴇に、お父様なら茶の間におれれますよ等と言うので、今父上は出かけられましたと驚いたように言う。

ところが、母親について茶の間に行ってみると、まぎれもなく、そこに父権太夫が座っているではないか!

お鴇は、まあ!ここにも父上が!と、まるで狐にバカされたような表情で父親の姿を見つめるのだった。

外を歩いていた権太夫(実は一角の変装だったのだが)は、休んでいた駕篭かきに声をかけられるが、ご老体に見えたか?と嬉しそうに答えながら、駕篭にも乗らず、そのまま立ち去ってしまう。

谷中のとあるあばら屋の床の間に案内された一角は、虎の住処らしいななどと案内した浪人に笑いかけると、急に立ち上がり、部屋の隅に立っていたつい立てを倒してみせる。

すると、その裏に潜んでいた浪人が姿を現したので、どこぞで一度お会いしましたなと一角は笑う。

道場の矢の練習の時、萬心と一緒にいた男だった。

そこに現れた萬心が、落ち着いておられるが、あれが見えませぬか?と障子を明けさせると、庭先には、刀に手をかけた侍たちが数名身を伏せていた。

しかし一角は、すすきのように見えますが…、このあばら屋にはふさわしいなどと笑うだけ。

萬心は、そんな一角を権太夫と疑わず、先刻そなたは、烏森の乙姫明神の五重塔の戸を開いたであろう?と問いかける。

その時、逃げ込んだ家で見せた形金には、斜めに引いた矢の傷跡があるはずじゃ!何よりの証拠のその型金を渡せ!と萬心は迫り、槍を手にすると突いて来る。

しかし、一角は、燭台の蝋燭を斬り落として灯を消す。

石榴庵では、まだ疑わしそうに自分を見つめていたお鴇に、あれは兄上だと権太夫は教えるが、名前を変えたり、おかしいわ…とお鴇は納得がいかない様子。

お鴇は、兄上はどこに行ったのですか?と聞くが、顔見知りの所へ行ったのだ。あいつは谷間から這い上がらずにはいまいがな…などと権太夫が答えるので、ますます首を傾げる。

そんな所に、一角が戻って来たが、今、井戸で顔を洗っておりますとの知らせを聞いた権太夫は、出来たな!腹が出来たな!変装を観られまいと、落として来ようとするなど、誰に教えられて訳でもあるまいに…、お多恵、一角は、獅子の子じゃの~…と1人で感慨に耽ると、居間にいると言って、部屋を出る。

変装を落として家に入って来た一角を観たお鴇は、やっぱりお兄様だわ!と驚いてみせる。

居間で父親に対面した一角は、隠密を見破られたきっかけは矢ノ根旦庵ですと報告する。

矢で形金に傷を残すなど尋常ではありませんと、旦庵の狡猾さを指摘する。

形金を見せたのはまずかったか…と反省する権太夫に、むしろ父上の幸運だったのかもしれません。これをきっかけに、旦庵と萬心に探りを入れられますと一角は慰め、本日より、父上の御廃業を命じますと言い出す。

危ない刀渡り稼業、本日より、この一角に勤めさせてもらいます!と申し出る。

虎と呼ばれる萬心も、一角にとっては猫も同様ですと一角が言い放つと、それを聞いた権太夫も愉快そうに、思わず笑い出すのだった。

その時、突然、2人がいた部屋の畳に矢文が突き刺さる。

佐久間、未の刻、上野の森にて待つと書かれてあった。

翌日、誓願寺で待っていた萬心は、誓願寺の虎と呼びかけた深編み笠の浪人に、佐久間権太夫、良く来たなと迎えるが、夕べ父から言い渡された。今日より2代目佐久間京七郎改め、石榴一角と申すと言いながら、編み笠を脱いだのは一角だった。

父に似て、気が強いな…と感心した萬心は、場所は?と聞いて来るが、一角は、どこでも良いと答え、互いに刃を抜きあう。

その頃、石榴庵の門前で尺八を吹いていた虚無僧がいたので、お鴇が報謝を持って出て来ると、この辺に佐久間権太夫のお住まいはないか?と聞くので、それならうちですが?と答えると、ご在宅か?と聞いて来る。

宇家田正春の一子、宇家田輝雪(近衛十四郎)が参ったとお取り次ぎ願いたいと、その虚無僧は頭を下げる。

お鴇からその名を聞いた権太夫は、倅が参ったと申すか…、会おう。客間にお通し申せと命じる。

権太夫と対座した輝雪は、自分が来たのは仇討ちのため。覚えがないはずがない。8年前、そなたに潰され、切腹した宇家田正春の事を…と言い出す。

それを聞いていた権太夫は、宇家田家がなぜ潰されたか事情を知っているか?話してやりたいが、公儀の許しがないと口外できん。5日待て!と言うと、逃げるつもりだろう?と輝雪が疑うので、同じ屋根の下に住んで見張っておれば良かろう。5日間、この家に御滞在下さいと権太夫は言い放つ。

その頃、萬心と一角は斬りあっていた。

形勢不利と悟った萬心は、五重塔の方向へ逃げ去る。

翌日、離れ家に住む事になった輝雪に、母から茶を持って行くように言われたお鴇は、どうかと思うわ。仇討ちの相手にお茶を出すなんて…と文句を言うと、お多恵の方も、どうかと思うのは、父上があの方をお泊めになった事ですと嘆く。

私が相手をしようかしら?私の長刀ではダメかしら?とお鴇が聞くと、あの程度ではね…とお多恵はきっぱり言い切る。

嫌な役目ね…等とぼやきながら、お茶を持って離れに向かったお鴇だったが、いくら外から呼びかけても返事がない。

不審に思って、障子を開けてみると、部屋の中には誰もいなかった。

若様、嬉しいでしょうね!ネギの束を持って、輝雪に付いて来ていたのは、宇家田家に仕えていた大工の新七(伊達正)だった。

仇をいよいよ5日目に討てると思うと嬉しいと、輝雪の顔も晴れ晴れとしていたが、仇は意外にも立派な人物だった。勝手に旨に抱いていたような人物ではなかった…と苦渋の気持ちも吐露する。

それを聞いた新七は、江戸は生き馬の目を抜く所だ。騙されちゃ行けませんぜと忠告する。

そんな新七が落としたものを後から歩いて来て拾った一角が声をかけて返そうとすると、一角に気づいた輝雪の顔がほころぶ。

以前、道場で、矢の勝負を挑んだ相手だったからだ。

奇遇を喜んだ輝雪が、今、ある人物の家に滞在しているので遊びに来て欲しいと誘うと、一角も、自分の住まいもこの近くなので、今後是非遊びに来て下さいと挨拶を返す。

最初に道場でお会いしたときは、江戸にもこんなに強い人がいるのかと驚いたものです。しかし、不思議なご縁ですな…等と言いながら、新七と一緒に輝雪が入って行ったのは一角の家だったので、門の前で唖然とした一角は、あれっ?何だ、わしの家か…と呟きながら、遅れて中に入る。

父様を仇と言って来ているのよ、今、裏座敷にいますわと、呆れたように帰って来た一角に教えたのはお鴇だった。

あの男が…と、その話を聞いた一角が考え込んだので、兄上、ご存知の方なのですか?とお鴇は不思議がり、父上は急にお出かけになりましたわと教える。

離れでは、新七が寝首をかかれないようにと、何やらこしらえものをしていた。

そこにお鴇が食事を運んで来ると、食事は自分で作りますので、一切お心遣いないように。ただ炊事のため、井戸の使用をお許しいただきたいと輝雪は言う。

お鴇が母屋に戻って行くと、輝雪は先ほど再会した一角の事を、先日道場で矢を引いて勝負をした人物だが、相当手強い相手だった。あの分だと、刀を持たせても相当使えるでしょうと新七に教える。

一方、母屋の中では、お多恵が一角に、そなたには万一の事があると行けないから、当分外には出ないでもらいましょうと言い渡していた。

その後、庭先で輝雪が木刀の素振りをしている所に近づいて来た一角は、仇討ちに来られたそうですな?公儀を仇と狙うのはどうかと思うな?公私混同されているのはどうかと思うと話しかけ、自分は実は、ここの倅の一角と言い、言わば、跡取り息子と言う事ですかなと、改めて自己紹介すると、男らしく好ましいと思っていたそなたが仇とは…と哀し気に呟く。

拙者が相手をする。こうなっては、苦しいとも嬉しいとも思わない…と一角は吐露する。

そこに又、茶を入れて持って来たお鴇に対し、輝雪は又断るが、謙信は敵に塩を送ってから勝負したではございませんかとお鴇は言い返す。

毎日帰宅していた権太夫だったが、いよいよ殺される5日目になっても、いつものように、御老中に相談してみようと言い残して石榴庵を出かけて行く。

新七は、あの世で大旦那さまがどんなにお喜びか…と、いよいよ仇討ちの日を迎え、嬉しそうに話しかけていたが、当の輝雪は悩み抜いていた。

一方、屋敷の中では、一角も悩んでいた。

父上を斬れせないために、先方も斬らずに済ますか、それとも一思いに斬るか…。

それを聞いていたは、斬るのは可愛そうね…、悪い人ではなそうだし…と呟く。

いつの間にか、輝雪に情が移っていたのだった。

輝雪は、仇は悪い奴でないと困るな…と嘆息していた。

しかし新八は、旦那さまが腹をお斬りになったのは、権太夫のためでしょう?と聞いて来て、若様には火の玉になって頂かなければ…と、迷っている様子の輝雪を励ます。

その日、権太夫は、宇家田の再興が決まった!改易の顛末を話す事も許された!と喜んで帰宅すると、早くご案内いたせ!と、妻のお多恵に命じる。

さっそく、離れに向かったお多恵は、ご面談もうしたいと…と権太夫の伝言を伝えると、輝雪は、すぐに参ります!と言って、一角が寝そべっていた座敷の廊下を通って、権太夫の待つ部屋へと向かう。

その時、一角は、刀を握りかける。

お多恵は1人、仏壇の前に座り、ご先祖に手を合わせていた。

権太夫の部屋に入った輝雪は、背中に矢を受け倒れている権太夫を発見し、誰かおられませぬか!一角殿!と家人たちを大声で呼ぶ。

一角、お多恵、お鴇らが駆けつけると、権太夫の身体に刺さっていた矢を抜いた輝雪が、新八に、表を見張っていろ!と命じると、拙者は医者を呼んでまいりましょうと申し出る。

しかし、父親の身体を観た一角らは、全員、輝雪に疑いの目を向けて睨んでいることに気づくと、疑っておられますな?と輝雪は言う。

その一瞬後、お頼み申しますと一角が答える。

虫の息だった権太夫は、ご主人のため、お国のため、強くなってくれよ…。敵は播磨萬心じゃ。青山壱岐…、輝雪殿によろしく…と言い残して息絶える。

父様!お鴇の悲痛な呼び声。

覆面をかぶって、屋敷の外にいた播磨萬心は、心のどこかに迷いがあった…。急所を外した…と、自分が放った矢が、権太夫を即死させなかった事を悔んでいた。

今度は誰をやる?と聞いて来た仲間の赤宝喜兵衛(遠山龍之助)に、喜兵衛!お前の番だ!と萬心は睨みつける。

翌日、疑ってすまなかった…と一角は、外を歩きながら輝雪に詫びていた。

輝雪は、宇家田家の再興を手伝ってくれぬか?拙者は、偽金探しを手伝うと一角に言う。

その時、どこからともなく矢が飛んで来たので、新七、一角、輝雪らは避け、弓を持って物陰から逃げ出した萬心を発見、後を追い始める。

すると、萬心は、ちょうど通りかかった大名行列に行き当たる。

御家老!と跪いて駕篭の中に呼びかけた萬心は、その場を通り過ぎて行く。

その直後、兵庫、どうした?と言いながら、駕篭から顔を出したのは青山壱岐守だった。

伊達兵庫(クモイ・サブロー)は、萬心めにございますと答えると、良きに計らえと告げて、壱岐守は駕篭の引き戸を閉める。

その直後、そこにやって来た一角と輝雪の姿を認めた兵庫は、花菱の御紋が目に入らぬか!と叱りつけ、2人はその場に跪かせる。

その時、一角の脳裏には、夕べ、父、権太夫が遺した、萬心じゃ。青山壱岐じゃ…と言う最期の言葉を思い浮かべていた。

屋敷の裏座敷にやって来たお鴇は、又いつものように、輝雪が何事かを真剣に考え込んでいる姿を見つける。

昨日、邪魔された大名の事を考えているのですと輝雪が教えると、お鴇は、輝雪様はいつも裃を着ていらっしゃいますのねと言い出す。

礼儀正しいのもほどほどじゃないと、お側に寄れませぬ。兄上のように、お行儀が良くないのも困りものですが…などとお鴇がやり込めていると、噂をすれば何とやらで、その一角本人がやって来る。

輝雪殿、居間は、この一角が、お父上の仇でござると一角が複雑な胸中を吐露すると、輝雪の方も、父の仇と思い込んでいた人が立派であり、その家で厄介になっているとは…と、こちらも心中を明かす。

するとお鴇は、私も、兄上が2人出来たような気がします等と言い出し、3人は思わず笑い出す。

その後、父の仇と偽金作りを探しにと言って一角が出かけようとすると、輝雪も付いて行くと言い出すが、あなたはここで妹たちを守ってくれと一角は頼む。

烏森にある乙姫明神の五重塔側にやって来た一角は、以前、父親がここに侵入した事を想像していた。

その近くにあった矢ノ根旦庵の家を訪れて声をかけた一角だったが、窓から中をのぞくと、女が倒れていたので、急いで中に入り助け起こす。

女は、旦庵の妻お浅(泉春子)らしく、娘の早苗が、大名屋敷にご奉公せよと無理矢理に播磨萬心たちに連れて行かれたと言う。

一角は、今しがた表ですれ違った駕篭かきがそうだったに違いないと気づき、すぐさま後を追いかける。

その頃、矢ノ根旦庵は、娘を屋敷にやったと赤宝喜兵衛らに報告していた。

一緒にいた萬心は、相手は青山壱岐守様だ。これは運が向いて来たか?と薄笑いを浮かべる。

その萬心から金を受け取った旦庵は、これは偽金では?と冗談めかして睨みつける。

萬心は喜兵衛に駕篭を呼ばせると、住処の誓願寺に帰って見ると、どうした事か、室内が荒らされており、配下の侍が柱に縛られたり、気絶して座敷の中で倒れていた。

不覚を取りましたと詫びる配下の言葉も聞こえなかったかのように、萬心は唇を噛み締め、バカめ!と叫ぶと、燭台の蝋燭を斬って落とす。

その頃、一角は、早苗の乗っていた駕篭屋に別の駕篭追いつくと、両方の駕篭屋に酒代を与え、無事、早苗を救出していた。

佐久間一角と名乗ると、父、旦庵とはご懇意でございましょうか?と早苗は聞き、父、佐久間権太夫が以前助けてもらったと聞くと、では、あの方の?!と驚いた早苗は、宅へおいでになっては行けませんと、家まで送っていた一角を止めようとする。

父は良くない人でございます…、苦し気に早苗は言うので、理由を聞こうとすると、それは私の口からは申されませんと口をつぐむ。

義理でも、旦庵はそなたの父だ。どんなに悪い奴かも知れないが、気をつけておけば良かろう?ついでの事にうちまで送ってまいろうと言い、一角は早苗を家まで送り届ける。

その頃石榴庵では、帰宅の遅い兄一角の事を、妹のお鴇が心配しており、輝雪は、新七に言いつけて、探しに行かせたとなだめていた。

そこに戻って来た新七は、誓願寺から谷中の方まで見当たりませんと一旦報告した後、また探しに戻る。

輝雪に茶を出しながらも、お鴇とお多恵は一角の事を心配し、仏壇のろうそくの火も消えそうになる。

お多恵は、一旦、敷居をまたいだら2度と帰らぬ事もある。自分の命であって自分のものではない。ご主人のもの、お国のものじゃ…と常々言っていた、亡き夫、権太夫の言葉を思い出していた。

その頃、旦庵の家では、お浅が、連れ去られた早苗の事を案じて泣いており、その側で、旦庵が苦虫をかみつぶしたような表情でいたが、早苗が戻って来て、この方に助けて頂いたと教えると、急に相好を崩し、いつぞや父がお世話になったそうで…と告げた一角を家にあげる。

客間にあげられた一角は、さるお屋敷から頂いたと言う蘭茶を出されたので珍しがる。

その時、障子の外に人の気配を感じた旦庵は慌てたように廊下に出ると、そこに来ていた早苗が、一角様、そのお茶を飲んではなりませぬ!と声をかけるが、旦庵が部屋に戻ると、すでに一角は突っ伏していた。

それを観た早苗は、恩人の一角様になんてことをなさいます!と仰天するが、旦庵は笑いながら、既に手足は効かぬのだと言い、萬心殿を呼んで来いと命じるが、早苗は嫌です!いくらお父様の言葉でも…と拒否する。

妻のお浅も旦庵にしがみつき、お願いです!悪い事は止めて下さいと止めるが、旦庵は聞く耳を持たない。

旦庵が家を出た後、早苗が介抱しようとしていた一角が何事もなかったかのように起き上がると、驚く早苗に、旦庵が出かけた先を尋ねる。

表向きは染物屋で、明神様の前を一町ばかり言った所にあると早苗から聞くと、旦庵が戻って来たら、一角は逃げ帰ったと言っておいて下さい。わしはこれから、世の悪と戦う男だ!と言い残して辞去する。

旦庵は、赤宝喜兵衛の所にやって来ていたが、萬心は今出かけた所だと言う。

行った先を聞くと、決まっているじゃねえか、良いのうちにやっておいた方が良いと言っていたと喜兵衛は笑う。

若いものは気が早くて行けねえ。あんなものに正面からぶつかっちゃ行けねえと旦庵は、萬心の早急さに呆れたようだった。

首尾はどうだった?と喜兵衛から聞かれた旦庵は、しびれが早いんでどうしようもない。たあいないもんさ…と、一角をしびれ薬で倒した顛末を愉快そうに話す。

その時、誰かが入って来たので、誰何すると、俺だよ、旦庵。この店も蘭茶を売るのか?と言いながら近づいて来たのは、先ほど倒れていたはずの一角だった。

萬心はどうした?ここにいるはずじゃが?と一角が聞くと、斬り掛かって来たので、相手をした一角は、床に落ちてこぼれた千両箱を観る。

その頃、江戸の町に半鐘が鳴り響き始める。

石榴屋敷から火が出たのだ。

お鴇とお多恵は、輝雪に逃げるように促され、表に逃げ出す。

町民たちも逃げる中、火消しの一団が石榴屋敷へ向かう。

その後を追って屋敷に戻って来たのは一角だった。

火が燃え盛る石榴屋敷の中では、輝雪は火を放った萬心一味と輝雪が戦っていた。

そこに合流する一角。

萬心か?後を頼むぞ!と輝雪に頼んだ一角は、弓を持って逃げる萬心を追う。

萬心が逃げ込んだのは青山壱岐守の屋敷であった。

青山壱岐守は伊達兵庫と碁を打ち合っていたが、御家老!と呼びかけながら萬心が座敷に上がって来ると、追われれば逃げる…、どこまでも逃げる気じゃな?さて、逃げられるかな?と、碁盤から目を放さず、碁の話をしているように呟く。

そこに追って来た一角が、偽金作りの播磨萬心をお引き受けください!と庭先で訴えるが、兵庫は、そのようなものは知らぬ!ここを五万石の家老青山壱岐守の上屋敷と知っての事か?ここには、播磨萬心等と言うものはおらん!と叱りつける。

しかし一角は動こうとせず、成敗はそっちの勝手じゃとうそぶく壱岐守の言葉を聞くと、縁側に上がり込み、殿!御検死の事!と言うなり、側に立ててあった屏風を斬りつける。

すると、その裏に隠れていた萬心が倒れて来る。

一角は、そのまま立ち去るが、刀を持って追おうとした壱岐守を、兵庫が必死になだめる。

このたびの働き、御老中に置いても、ご満悦の様子…、そう焼け残った石榴屋敷で一角に伝達していたのは、松平定明の使いの者。

宇家田には300石与えられ、再興を許された。

先ほど、青山家の前を通って来たが、青竹が張り巡らせてあった所を見ると、謹慎の沙汰あったのかもしれんとも付け加える。

ご内室、良いご子息を持たれたな…とお多恵に話しかけると、このような様で何のお構いも出来ませぬが、どうぞこれを…と言いながら、お多恵は饅頭を差し出す。

その後、一角と一緒に外を歩いていた輝雪は、家が再興すれば嫁がいるな…と言い、それを聞いた一角は存じておると答える。

実は折り入って貴殿にご相談したいことがあると輝雪は言うと、又もや、存じておると一角は答える。

では?と輝雪が顔を輝かすと、存じておると一角は何もかも承知している事を伝える。

お鴇のことを許してもらえたと知った輝雪と一角は互いに笑いあう。

その後、早苗に会った一角は、もはや旦庵殿は帰らぬぞと教える。

すると、早苗は、町の方を観ながら振り向こうともせず、存じておりますと寂し気に答えるのだった。