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父ちゃんのポーが聞える

実話に基づいた感動悲話。

主役を演ずる吉沢京子はテレビドラマ「柔道一直線」(1970)のヒロイン役で茶の間の人気者となり、その後、映画の方では「バツグン女子高生」というアイドル青春ものの主役(2本作られた)とか、「若大将対青大将」(1971)の2代目若大将大矢茂の恋人役などを演じ、東宝が当時、彼女を新しい看板女優に育てようとしていた気配が伺える。

テーマ自体が重い難病ものなので、映画では、病院で思春期を迎えた彼女が綴る詩などを通じ、メルヘンチックな表現なども交えて描き、単調にならないように工夫している。

出来としては普通くらいではないかと思うが、あえて難をいえば、メインのキャスティングが地味すぎると感じる所。

この時期の東宝作品は、何を作っても当らないという興行的などん底状態にあったということもあり、あまりスターが育っていない。

大人側の中核となる小林桂樹、藤岡琢也というキャスティングにしても渋いというか、地味そのものという印象だし、吉沢京子が憧れる相手役の佐々木勝彦にしても、「ゴジラ対メガロ」(1973)の主役に抜擢されたりしているが、どう観ても脇タイプの人で華がない。

吉永小百合主演のヒット作「愛と死をみつめて」(1964)のような路線を狙ったのだろうが、映画としての魅力作りがちょっと弱かったのかも知れない。

とはいえ、こういう哀しい現実があったということを知るだけでも、この作品を観る価値は十分にあると思う。

今回見直してみて気づいた点。

やはり、死を待つしかない則子を、山奥の療養所等に預けっぱなしにしたやり方や、則子の姉の恵子は、新婚とは言え、看病に戻って来れなかったのか?など、正直色々疑問も残る。

しかし、この手の病人を家族に持つものの気持ちは、部外者がとやかく言えるものではないことも分かっているつもりだ。

きれいごとを言ってはならないのだろう。

劇中でも、小林桂樹演ずる父親は、その辺を他人から責められ苦悩している。

肉親である父親が悩み抜いて判断したことだから、それはそれで尊重すべきだと思う。

それでもなお、寂しい山奥の病室で、1人寂しく亡くなっていった少女の気持ちを考えると胸が張り裂けそうになる。

元橋先生を演じる、若き吉行和子の苦悩する姿も印象的だし、藤岡琢也、司葉子らの助演も揺るぎがない。

そして何よりも、小林桂樹の安定した巧さと、新人だった吉沢京子の可愛らしさが悲劇性を高めている。

吉沢京子は、この1作だけでも、観たものの記憶に焼け付く永遠の存在になれたのではないかと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1971年、松本則子原作、笠原良三脚本、石田勝心監督作品。

北陸のとある駅、蒸気機関車の機関士、杉本(小林桂樹)と万年釜焚きの丸山(藤岡琢也)は、クラマル終わり!などと、その日のC56の運転席に乗り込む前の確認しあう。

2人は長年コンビを組む友人同士だったので、乗り込んだ丸山は、俺様のような蒸気の神様が付いていれば、猿だって運転できるよ!などと杉本をからかうが、いつも機関士試験に落ちてばかりいるので、杉本の方はそんな丸山にちょっと呆れているのだった。

タイトル

列車進行中、丸山は、今日ちょっと付き合ってくれと運転中の杉山に声をかける。

丸山はその後、タブレットを次の駅のタブレット受けに引っ掛ける。

その夜、父杉山の帰りを待っていた次女で中学3年生のノッコこと則子(吉沢京子)は、亡くなった母親の仏前に手を合わせていた。

夕食の仕度をしていた長女の恵子(森るみ子)は、7時45分になっても戻って来ない父を待ち、腹を空かせている則子に、先に食べましょうよと勧めるが、父ちゃんっ子の則子は8時まで待とうよと言う。

どうやら、馴染みの飲み屋「千鳥」に寄っているのではないかと2人は考えていた。

確かに、杉本は、丸山に誘われて「千鳥」で飲んでいた。

丸山が呼び出した理由と言うのは、幼い頃から良く知っている則子を、自分たちの養女にくれないかと言う相談だった。

亡くなった則子の母親が入院中等、毎日のように丸山家に来ていたこともあり、自分たちの娘のように思えるからだと言う。

しかし、恵子は来月結婚して東京に行ってしまうとあって、子煩悩な杉本が承知するはずもなかった。

あの子は父ちゃんっ子なんだ。お前、気でも違ったんじゃないか!と丸山をいなすと、今度の連休は休みを取る。お前のようなへぼ窯焚きと組む奴なんかいないから、俺が休むとお前も休みなんだと教える。

機関士、機関士と威張るな!と丸山の機嫌が悪くなると、悔しかったら機関士の試験受けてみろ!と喝を入れた杉山と、しょげる丸山の会話を聞いていた店の女将(千石規子)は、今晩、割り勘だろ?と先手を打って来る。

そこに、則子が迎えに来たので、杉本は一緒に帰ることにする。

則子は、さっき、姉ちゃんと相談したんだけど、今度の旅行は太平洋が観たいのと甘える。

その後、駅に立ち寄った則子は、シゴロクね。私、機関車の匂いって大好き!と杉本に伝える。

でも、ばい煙は公害の一種だし、こいつに乗っていると寿命も違って来るそうなんだと杉本は寂しそうに答える。

姉との最後の家族旅行となった行川アイランドでは、ポリネシアンショーの踊りを、則子は張り切って写真に収め、帰り際には、今観たフラダンスの踊りの真似等して見せたりしてはしゃいでいた。

その時、躓いたのか、転んでしまった則子は、右膝を擦りむいてしまう。

千葉鉄道の指定旅館に着いた杉本は、結婚相手にハガキを出しに恵子が出かけている間、則子の膝の傷に薬を塗ってやりながら、話があるんだと切り出す。

しかし、その後が続かない様子の父親の様子で話の内容を察した則子は、新しいお母さんが来ること?姉ちゃんに聞いたのと自分から言い出してやる。

小学生時分だったらもう反対したかもしれないけど、今は、お父さんが想う人なら再婚するべきだわ。ちょっぴり寂しいけど…、もう私、子供じゃないわと、則子は努めて明るく答える。

則子の了承を得た杉本はほっとして、結婚式は11月の半ば頃の予定なんだと教える。

則子は、安堵した様子の父親にビールを注いでやるのだった。

その結婚式は線路脇の自宅で行われた。

区長の一本松(十朱久雄)が高砂やを歌っていたが、丸山の隣に座っていた後輩が、何とかあれを早く止めさせられないかと相談する。

丸山は、区長が一息入れた時、区長の常磐津は年期が入っていますねとお世辞を言うが、言われた区長は不機嫌そうに、これは謡曲のつもりだよと答える。

せっかくの謡でしたが、今通ったC58の奴の轟音で良く聞こえませんでしたなどと丸山はからかう。

その時、則子が、お銚子を盆に乗せて運んで来るが、どうした訳か、丸山の前で転び、御銚子の酒を全部、丸山に浴びせかけてしまう。

しかし丸山は、これこそ浴びるほど飲んだって奴だと冗談で返し、則子は気まずさを感じずにすんだ。

やがて、新しい母親初江 (司葉子)との生活も順調に始まったある冬の日、則子が学校から帰って来るなり部屋に閉じこもってしまったので、アイロン掛けをしていた初江は不審に思い、則子の部屋に入ってみると、則子は右頬に怪我をしていた。

聞けば、廊下に出て転んだそうなのだが、近頃良く学校で転ぶようになり、もう10回くらい転んだ。体育の時にもみんなと一緒に走れないのだと言う。

その話をその夜、初江から聞いた杉本は、これまでノッコはそそっかしくて転ぶのだとばかり思っていたんだが…と表情を曇らせ、今度の非番の日に金沢の鉄道病院に連れて行こうと答える。

鉄道病院で外科医(加藤和夫)を診察を受けた結果、特に病気は発見できず、扁平足から来るものではないかと言う診断だった。

その結果を聞き安堵した杉本は、則子を連れて帰る。

ところが、その後、中学の校長室に呼び出された杉山は、担任の稲垣(鈴木治夫)と、校長の北川(稲葉義男)から、最近、則子は廊下も壁を伝ってそろそろ歩きするようになり、このままでは一般の生徒と同じような授業を受けられないと告げられ、「こまどり学園」と言う治療と学習を兼ねた市民病院の中にある肢体不自由な子供が入る施設への転入を勧められることになる。

その後訪れた「こまどり学園」の院長市岡(清水元)は、診断の結果、則子の左足には麻痺があり、その病名には、先天性小児まひや舞踏病等3つばかり可能性があるのだが、どれにも少しずつ当てはまるので、今断定はしかねると言う曖昧な見立てを杉本に告げる。

それを聞いた杉本は、永久に直らないかもしれないのですか!と狼狽するが、同席していた若い医師の久保木(富川徹夫)は、脳性麻痺の可能性が一番強いと観ていますと告げる。

その頃、則子の方は、元橋先生(吉行和子)に案内され、施設の中を見せてもらっていた。

松葉杖等に混じり、重りのようなものが付いた木のベッド等を目にした則子は、言い知れぬ不安に教われる。

その時、歩行器を使って近づいて来た少女が元橋先生に声をかけて来る。

図書館へ向かったそのみどり(山添三千代)と言う少女は、半年前ここに来たときは歩けなかったのだと教えた元橋先生は、あなたは3年の1学期まで普通過程に通っていたんだから勉強は有利だと教えてくれる。

その時、本を手にした緑が廊下を戻って来るが、手にしていた本を落としてしまったのを観た則子は、思わず拾ってあげようと近づきかけるが、元橋先生が首を振ったので思いとどまる。

みどりが、自分で本を取るようにさせるためだった。

この子は精一杯病気と闘っている。あなたも頑張らなくちゃと元橋先生が則子を励ましている時、院長室から戻って来た杉本が、これから世話になる元橋先生に挨拶をする。

その後、機関車に同乗した丸山が、則子の様子を聞いて来たので、嬉しそうにしていたよと杉本が答えると、そんなはずがあるか!あんな施設に入れられて…と丸山は憤慨したので、画工に行く苦労がないだけ良いのだろうと杉本は則子の気持ちを忖度して答えるのだった。

うちに来たら、女房の奴が付きっきりで看病してやるのに…と、丸山は則子に同情すると共に、何にもしてやれないことを悔しがるのだった。

則子は、元橋先生から借りた本をどんどん読んで、その感想文を積極的に提出していた。

新たに「智恵子抄」の本を貸した元橋先生は、則子ちゃんは、詩を書いているんですってね?と聞く。

ものを作り出すのは素晴らしいことよ。生きる証明ね。病気になったのも、考えようによっては得したことになるのよと励ます。

則子はその後も、自分のノートに詩を書いていたが、気がつくと、鉛筆を握る右手が動かなくなって来ているのに気づく。

病院とは格子のない牢獄…

私は一対何年の懲役になるの?

市岡院長の回診の時、みどりは見舞いのもらったアイスを食べ過ぎてお腹を壊したと看護婦から聞き、今日は罰として、三食おかゆだよと優しく告げた市岡は、則子から、最近は右足も変で、膝から下が突っ張るし、右手がしびれるんだと聞くと真顔になる。

同行していた久保木医師が、マッサージとお薬を飲んでいれば大丈夫だよと慰めるが、則子は心の中で、何が薬だ!効いてこそ薬でしょう?1年もこの薬飲んで来て、良くなったって言えるのかい?薬なんてあほらしい。ばからしい!と叫んでいた。

季節は冬になり、機関車が雪の中をひた走る。

ある日、生まれたばかりの赤ん坊を背負って、則子の洗濯物を取りに来た初江は、ベッドに座ってと勧める則子に、良いのよと返事をして窓辺に立ったままでいた。

すると則子は哀しそうな顔になり、私の病気は移らないのよと言い出したので、そんなつもりで言ったんじゃないのよと初江は慌てる。

機関車の操作場

杉本を呼び寄せた一本松区長は、昭和50年までに蒸気機関車を徐々に減らし、代わって電気機関車やディーゼル気動車に交換していくことになったので、君も退職前に気動車運転の資格を取ったらどうかと勧める。

杉本は考えておきますと答える。

その頃、「こまどり学園」の院長室では、杉本則子は舞踏病と考えて良いと思うと断定しかけていたが、久保木だけは、もう少しあの子の治療をさせて下さいと頼んでいた。

則子の病状はますます悪化しており、身体の重心が安定できず、大地や地球がひっくり返りそうな恐怖感と戦っていた。

ある日、杉本が見舞いに来ると、今日は夜までいられるの?と聞いた則子は、大丈夫と知ると、散歩したいな。お父ちゃんにお背中におんぶされて…と、子供のように甘える。

それを聞いていた隣のベッドのみどりが、御主やるな!とふざけながら声をかけて来たので、則子も、これで良いのだ!とバカボンのパパ風に答える。

則子を背負って外に出た杉本は、今度、気動車の資格を取ろうと思うんだと言う。

良いんじゃないと答えた則子だったが、2ヶ月間名古屋の鉄道学園に入らなければいけないので、これまでのように、しょっちゅう会えなくなるんだと聞くと、私平気よ。名古屋でもどこでも行って来てと則子は答えるが、その心中は複雑だった。

道ばたに生えていたポプラの葉を1枚ちぎった則子はそれを杉本に手渡す。

メガネをかけ、名古屋の鉄道学園で気動車の授業を受けることになった杉本だったが、その手元には、あの時則子がくれたポプラの葉っぱが置いてあった。

「こまどり学園」のベッドで則子は本を読んでいたが、隣のベッドのみどりには、母親(福田公子)が見舞いに来ており、みどりは嬉しそうではしゃいでいた。

そんなみどりから一緒に遊ぼうと誘われた則子だったが、本を読んでいるからと断ると、父ちゃんなんてどっかに行っちゃえ!則子はいつでも1人ぼっちなんだ。いつだって1人で生きて行くんだ!と心の中で寂しさを悪口にして叫んでいた。

すでに、則子は車椅子なしでは移動できない身体になっていた。

その時、元橋先生が、慰問の人が来てくれていると言いながら、寝室にいた子供たちを呼びに来て、則子の車椅子を押してくれる。

慰問に訪れていたのは「四季の会」と言う地元の4人の絵画愛好グループで、これから毎週、絵の指導に来てくれるのだと紹介される。

リーダーの吉川みちお(佐々木勝彦)と言う青年は、この学園にも納入している「丸高ベーカリー」の息子だと自己紹介する。

その後、則子がみんなと一緒に絵を描いていると、右手が不自由なので、手に付いた絵の具の汚れを自分で巧く拭けなかった。

すると、それに気づいた吉川が近寄って来てくれて、自分のハンカチで、則子の両手の汚れをきれいに拭いてくれる。

則子は、すごく嬉しい気持ちになる。

私が今まで愛を捧げていたのは父だけでした。

でも今は違います。

胸がドキドキときめきます。

これが恋なのでしょうか?

生きているのが嬉しくなるような感じがします…と、則子はノートに記す。

後日、吉川は、パン屋の店員(川口節子)に後を頼んでどこかに出かけて行く。

その日、則子の見舞いに来ていたのは丸山だった。

丸山は、則子が懸命に描いた絵が壁に貼っていったのを知らずに、下手な絵だな…などとバカにしていた。

そこに、車椅子に乗った則子が戻って来るが、面会人と言うのが丸山だと知るとがっかりしたような顔になる。

それに気づいたみどりが、ノッコ姉ちゃんにはステキな彼氏が出来たのよ。おじちゃんと間違えたのよと横から口出ししたので、則子は真っ赤になって否定する。

お父ちゃん、最近あんまり来ないだろう?その間、おじちゃんが来てあげるからなどと丸山が言うと、おじちゃんは名古屋に行かなくても良いの?と則子は聞く。

おじちゃんは名古屋と水が合わないななどと、丸山はしどろもどろな返答をしだし、あげくの果てに、試験で全て決めるなんて憲法に違反しているなどと言うと、土産に持って来たバナナを食おうか?と話をそらそうとする。

その時、吉川が来たので、則子は丸山を紹介する。

丸山は、「足長おじさん」の本を則子に手渡すと、来週の土曜日、大和デパートで展開会をやるので招待するよと伝える。

則子は喜び、つまんないものですけど…などと言いながら、丸山が持って来たバナナを渡すと、もらった吉川の方も、バナナは安いからねなどと笑うので、持って来た丸山は憮然としてしまう。

土曜日、大和デパートでの「第2回 四季の会」展覧会を観賞し終えた則子は、吉川が出品した三点のうち、一番気に入ったのは立山連峰を描いた絵だと答え、吉川の方もあれは一番自信があったんだと喜ぶ。

その後、則子の車椅子を押していた吉川は、学園に帰る前に、二上山の天辺までドライブしようか?立山連峰が良く見えるんだと誘う。

則子は喜んで付いて行くことにする。

山頂に着いた吉川は、持って来たギターを弾きながら、昔の恋の思い出を語る時〜♬と歌を歌い始める。

則子もいつしかその歌を唱和し、夢の中では、タキシード姿の吉川とダンスをしていた。(ギリシャ神殿風のイラストの中に、踊る2人の姿が合成されている)

夢の中の則子は、自分の足で自由に踊り回っていた。

歌い終わった時、見晴し台から周囲の森を見渡した則子は、その緑の森が赤く染まるように思えた。

大人になった。

日曜日から身体がおかしくなり、本当の大人になった。

もう恋をしたらキスをしても良いですか?

キッスを一杯して良いですか?

学園で初潮を迎え、思春期特有の乙女心を綴った則子の詩集は、元橋先生の手によって小冊子になっていた。

それを自宅で読む杉本の気持ちは複雑だった。

愛することは素晴らしいと思います。

愛されるのは資格がいるかもしれませんが、愛するのは良いでしょう。

それが、病院での気持ちを綴った則子の詩集と聞いた初江も興味を持ち、読ませてもらう。

やがて「こまどり学園」では、緑が母親に付き添われ退院して行く。

それをベッドで見送った則子は、自分だけ取り残されたような気持ちに襲われ、バカ!みんな嫌い!ちくしょー!と心の中で叫んでいた。

市岡院長は、則子は、両足とも完全麻痺であるだけでなく、食べたり薬の服用の際、嚥下傷害も出ていると院内会議で報告していた。

出席していた看護婦長(毛利幸子)は、あの子はあまりにも手がかかり過ぎますと困ったように報告する。

あのような例外的患者をいつまでも預かっておくことはこの学園の目的にも外れますと他の医局員(勝部義夫)が発言する。

しかし、則子をこの学園から退院させようとする市岡院長らの判断に、久保木だけは、重傷だから退院させるなんて、医者として反対ですと抗議をする。

その気持ちはみんな同じだと言いながらも、この学園を待っている子供はたくさんいる。あの子の病状はこの病院の能力を超えていると市岡院長は説得しようとする。

久保木は、神経内科の権威で恩師の桜井先生に新潟まで行って頼んで来院してもらいますから、結論はそれまで待って下さいと頼み込む。

ある日、久々に見舞いに来た杉本が、則子に流動食を与えようとするが、則子は食べたがらなかった。

今日はずっといられるの?と則子が聞いても、今日は寄り合いがあるので2時にはここを出ないと…と杉本は答える。

今は1時40分、後20分しか2人きりの時間はなかった。

そこへ、元橋先生と吉川が一緒に来たので、則子は喜ぶが、今日はみちおさんはお分かれに来たのだと元橋先生が言う。

パンを焼く修行のために、東京の第一ホテルの寮に入ることになり、明後日出かけると言うのだ。

驚いた則子は、お兄ちゃん、本当のさよならじゃないでしょうね?と聞く。

自分の詩が録音されたカセットを渡した吉川は、俺はお兄ちゃんだからね。さよならなんかじゃないよと慰める。

すると、則子は、不自由な手でハサミを取り、枕元の花瓶に活けてあったブーゲンビリアの花を斬り落とし、それを吉川に渡す。

その花をもらった吉川が病室を出て行くと、慌ててその後を追って外に出た杉本は、あなたのことは、則子の詩集で知っていましたと話しかける。

詩集に自分のことが書かれているとは知らなかったような吉川は驚くが、則子のことは本当の妹のように思っていますと言う吉川に、その内容にはあえて触れず、あの子はあなたと知り合って本当に幸せでした。東京へ行っても、手紙を書いてくれませんか?と杉本は頼み、吉川は快諾して帰って行く。

そんな吉川を、車椅子に乗った則子も見送っていた。

その後、いつものように機関車常務を終え駅舎に戻って来た杉本に、出迎えた上司の千田(石田茂樹)は、久保木先生から連絡があって、「こまどり学園」の方へ寄ってくれと言うことだったと伝える。

「学園」では、市岡院長、久保木医師、そして元橋先生が同席する中、則子を診察した桜井教授の診断結果を杉本は聞かされることになる。

則子の病気は、現在の医学では治癒の見込みのない「ハンチントン舞踏病」という難病だったと言う。

それを聞いた杉山は愕然とし、治療法はないんですか?このまま死ぬのを待つだけしかないんですか!と市川たちに問いただす。

久保木は、当学園では、教育をさせることを目的としている以上、このような重傷者のお世話は無理な部分があり、越山療養所などにご紹介したいと思うんですが…と苦し気に説明する。

杉山は、あんな山の中の寂しい所へ…、例え規則だとしても…と、納得しかねると言う風に抗議する。

久保木先生を責めないで下さい。私の判断ですと声をかけたのは市川院長だった。

興奮して失礼なことを口走ったことを詫びた杉本だったが、親の口からは、病院を帰るなんて言えそうもありません…と弱音を吐く。

それを聞いていた元橋先生はそっと部屋を後にすると、寝室に来て灯を消すと、則子のベッドの所のスタンドだけを点ける。

則子ちゃん、あなたにお話があるの…、そう切り出した元橋先生は、ここより設備が整っている別の所へ移ることになったのと則子に伝える。

すると則子は、覚悟をしていたかのように、死んだら何もかもなくなるんですか?私の病気、もう直らないんでしょう?先生、辛いの…、とっても辛くて、とっても苦しくて…

私、何のために生まれて来たの?苦しむため?それとも他の人を不幸にするため?

誰のため、何のために…?教えて!先生、教えて!

私、もう字が書けない。生きる証明がなくなりました…

そう言い続ける則子を残し、何も言えない元橋先生は病室を後にしようとするが、先生、私、療養所に行きますと言う則子の言葉を背後に聞くのだった。

久々に自宅に戻って来た則子は、新しい療養所へ送る荷物を両親がまとめている間、少し成長した弟の太郎が、ゴジラの玩具で無邪気に遊んでいる姿や、自分の勉強部屋の様子を嬉しそうに眺めていた。

その後、セーラー服に着替えた則子を、また、杉本がおぶって近所に散歩に出る。

私はみんなに愛される、明るい娘になりたかった。

当たり前の娘になりたかった。

そうして平々凡々の一生を送りたかった。

でも私は、又長い旅に出かけなければならない…

機関車の車庫にやって来た則子は、私、機関車が好き!でも、私、もうこれっきり…と言うので、そんなことないさ。良くなりゃ、又観れるよと杉本が答えると、機関車もうじきなくなるんでしょう?石炭と湯気の匂い、懐かしいわ…と則子は別れを惜しむのだった。

鉄橋を走る機関車

まだ若い窯焚き前川武(小松英三郎)は、則子ちゃんが入った越山療養所って不便な所なんでしょう?と機関士の杉山に聞いて来る。

駅からバスで1時間もかかると杉本が教えると、そこのトンネル抜けた所では?近所に叔母が住んでいるので…と前川が言う。

トンネルを過ぎた時、この上ですねと前川は療養所の方向を教える。

その後、その越山療養所で寝ていた則子を久々に見舞った杉本は、元橋先生が届けてくれたんだと言いながら、吉川から来た手紙を読んでやる。

そこには、狭い寮なので、今では好きな歌も絵も出来ません。パン屋には夏休みもありません。東京より、君の兄貴より…と書かれてあった。

その後、病室の電気を消し、バケツの上で花火を点けて見せてやっていた杉本が、この頃、太郎が花火を覚えてね、だから毎晩…と楽しそうに語りだすと、それを聞いていた則子が泣き出したので、まずいことを言ってしまったと後悔する。

帰して!家!嫌!嫌!帰る〜!とわめきだす則子。

そんな則子に、則子、辛いだろうが我慢してくれ!父ちゃんも連れて帰りたい。出来たら仕事も辞めて、毎日付きっきりでここにいてやりたい。でもそう言う訳にも行かない。非番の日には必ず来てやるから…、それから…、そうだ!と杉本は何かを思いついたように顔を輝かせる。

父ちゃんが引いている列車は、毎週木曜に客車を引く。

行きの5時50分と、帰りの16時10分頃、この下を通る。

その時必ず汽笛を「ポーポッポー!」と鳴らすから、それを父ちゃんの挨拶と思ってくれと杉本は則子に伝える。

その後、木曜日の朝、則子の枕元の目覚まし時計が6時45分で鳴りだしたので、事情を知らない看護婦が飛んで来て何事かと則子に聞く。

則子はもはや口をきけなくなっていたので、「あいうえお順」に文字が書かれた板を指差すことで意思を伝えていた。

「ちち」と則子が刺したので、お父さんがどうしたの?と看護婦が不思議がっていると、山の下の方から「ポーポッポー!」と言う汽笛の音が聞こえて来たので、ようやく事情を察した看護婦は、良かったわね、則子ちゃんと一緒に笑顔になるのだった。

ポー、汽笛が木霊する。

空に小さく木霊する。

父だ!父が引いているのだ。

記者が療養所の下をは走っている。

則子も、声のない汽笛をあげている…

夜、杉本は、隣の部屋で泣いている太郎の泣き声にいら立って寝付けないでいた。

苦情を言われた初江が、太郎は風邪気味なの…と言い訳しながらやって来て、寝そびれましたの?あなた、則ちゃんのこと考えて寝られないんでしょう?いっそのこと、家に連れ戻したら?と話しかける。

すると、杉本は、則子を引き取ってどうするんだ!家に連れ帰って何が出来るんだ?と不機嫌になる。

どうせ短い命と分かっているのだから、せめて則子ちゃんの好きなようにさせてやりたいのよと初江が答えると、お前、メンツで言っているんだろう?継母と思われたくないからだろう?などと杉本は怒鳴りつけ、その怒声に驚いたのか、また太郎が泣き始めたのをきっかけに着替えて外に出かけて行く。

「千鳥」に来ると、試験に落ちた丸山がやけ酒を飲んでいた。

離れた所に座って、冷や酒を頼んだ杉本に、既に寄っていた丸山は、こんな所で飲まないで、家であの若くてきれいな嫁さんと飲めば良いじゃないか?則子ちゃんがいるのに、男の子なんてこさえやがって!越山療養所に移ったんだってね?医者も病院も信用できないね。月に石を取りにいく時代なのに、日本は野蛮国だよ!うちに引き取った方が良かったんだよ。引き取った方が、お前のうちよりいくらかましなんだ!と絡み続け、とうとう堪忍袋の緒が切れた杉山は、酔った丸山につかみ掛かる。

女将と板前が必死にそれを止めようとする。

お前なんかに親の気持ちが分かるか!試験に落ちたくらいでやけ酒くらいやがって!と杉本が怒鳴ると、クズみたいな人間にも、クズみたいな人生送る権利があるんだ!と丸山も訳の分からない答えをする。

そんな丸山を放すと、杉本は黙って帰って行く。

翌日、その日も、杉本は前川とコンビで汽車を走らせていたが、カーブを曲がった先の踏切に、ダンプが立ち往生しているのを発見し急ブレーキをかける。

しかし間に合わず、機関車部分はダンプと衝突、杉本と前川は側に投げ出されていた。

傷が浅かった前川の方が先に起き上がり、倒れていた杉本に駆け寄ると、杉本の方は足に何かが刺さっておりう動けないと言う。

それでも杉本は、後輩の前川に、すぐに車掌に連絡して救急車を呼ぶこと、ダンプの運転手と客車の乗客の安否を確認すること等、あれこれ指示を出す。

すぐさま、前川が言われた良いに車掌に連絡をさせ、また杉本の元に戻って来ると、杉本は気絶していた。

翌日、丸山が機関車に乗車しようとしていると、病院から抜け出して来た前川が包帯姿のまま来たので、昨日、面会に行ったんだが、面会謝絶だったので…と弁解するが、前川は丸山さんにお願いがありますと言い出す。

6時45分、則子の枕元の目覚ましが又鳴り始める。

ノッコは目覚め、不自由な右手で目覚ましを止めると、枕元に置いてあったカセットレコーダーのスイッチを押す。

すると、そこから流れて来たのは、大好きな吉川の歌声だった。

越山療養所の近くに来た機関車に乗っていた丸山は、機関士に頼むと声をかける。

オーライと答えた機関士が、紐を引き、「ポーポッポー!」と汽笛を鳴らす。

それを聞いた則子はベッドの中で喜んでいた。

しかし、次の瞬間、急に呼吸が苦しくなったのか、胸元を押さえ、ベッドの上に釣り下げら得れていたナースコールを押そうと手を延ばすが、不自由な手は巧くスイッチが押せない。

数分後、もがいていた手が止まり、ナースコールから滑り落ちる。

すでにカセットテープも止まっていた。

私は父が好きだ。

シュバイツアーやヘレンケラーより好きだ。

本当に最高の人である。

ちびっ子の頃からお父ちゃんが好きだった。

精一杯お父ちゃん孝行しようと思っていたのに…

運命のバカヤロー!

私が死んだら悲しんでくれるのは父ちゃんだけかもしれない…

その父、杉本は、入院中の病室で眠っていた。

その右足にはギブスが固定されていた。

あなた…と声がしたので目覚めた杉本は、側に立っている初江が泣いているのに気づき、どうした?と尋ねる。

則子ちゃんが…、今朝…、間に合いませんでした。私が行った時にはもう…

可哀想に、1人ぽっちで…

でもきれいな顔をしていました。私、化粧をしてあげました…と、辛そうに報告する初江だったが、すまないが、ちょっと1人にさせてくれないか?と言われたので黙って病室を出て行く。

1人になった杉本は、則子!則子〜!則子〜!と何度も叫び、掛け布団を頭にかぶって号泣しだす。

ギブスをしていた右足も直り、その後、又機関車に乗るようになった杉本は、その日、丸山とコンビを組んでいた。

丸山療養所下のトンネルを抜けた地点に来た時、丸山が汽笛の紐を引っ張る。

ポーポッポー!

それを聞いた杉山は、自分と則子の約束を、自分が入院中、この丸山が代行してくれていたことに気づき、お前…と言って絶句する。

すると、丸山は黙って頷く。

そうだったのか!ありがとう!杉山は心から感謝していた。

地球上には、機関銃の弾が当たって死ぬ少女もいるんだ。くよくよするな!と丸山が励ましてくれる。

ぼやぼやするなへぼ機関士!と言って来た丸山に、何!このへぼ釜焚きと怒鳴り帰す杉本。

俺は蒸気の神様だぞ!と威張る丸山に、飲み屋の神様だろう?と混ぜっ返す杉本。

丸山は、せっせと釜に石炭をくべ始め、涙を拭った杉本も、サングラスをかけ直して機関車を走らせる。

苦しみ抜いたとうぬぼれては行けない。

苦しいと絶望してはならない。

失ったものを数えるな。

残ったものを数えよう。

    杉本則子…

父ちゃんの乗った機関車が走り去って行く。