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風の武士

司馬遼太郎原作の伝奇時代劇の映画化。

かねてより、本作が忍者ものらしいと言う情報を知っていながら、なかなか観る機会に恵まれなかったのだが、ようやく観ることが出来た。

いかにも時代劇を量産していた時期の東映作品と言うことで、安定した出来にはなっている。

「安羅井の里」と言う桃源郷のような秘境を求める冒険活劇なのだが、東映が作っているので、「安羅井の里」そのものは登場しないのではないかと薄々予想しながら観ていたが、やっぱり「安羅井」の具体的な表現は登場しない。

これが同時代の東宝作品だったりすると、お得意のミニチュアセットとか合成処理で「桃源郷」の姿も登場させそうな気がするのだが、当時は特撮等があまり得意ではなかった東映のことだけに、チャチになりかねない表現は避けるだろうと読んだ通りであった。

結果的に、その判断は正解だろう。

桃源郷は「夢の理想郷」なのだから、下手に具体的に表現してしまっては夢が崩れる可能性が高いからだ。

大川橋蔵主演映画としては、「海賊八幡船」(1960)など、実物大の海賊船や特撮を駆使したスケールの大きな冒険活劇もあるが、本作はそこまで予算を使った大作と言う印象はない。

それでもチャチな感じがないのは、時代劇を作り慣れている撮影所時代の強みだろう。

橋蔵の忍者役と言う設定自体が珍しいのだが、冒頭の一見「若さま侍」風のグータラ次男坊が、実は伊賀の流れを汲むお庭番の家の生まれで、任務を命じられると忍び装束でいきなり忍者として活躍する…と言う展開には、ちょっと面食らう部分がある。

通俗活劇では良くある、ギャップを楽しむご都合主義と言うことなのだろう。

宮口精二の忍者役と言うのも珍しい。

やはり、「七人の侍」の久蔵のイメージ(寡黙な剣客)からの抜擢か?

敵役を演じている大木実は、元々松竹で活躍していた俳優さんだが、60年代になると東映作品が多くなる。

他社経験があるベテランと言うことからか、毎回、結構、良い役を配されている。

さらに、本作で印象的な役を演じているのは南原宏治で、クセのあるお庭番「猫」役を憎々し気に演じている。

女優陣も多彩だが、このてのプログラムピクチャーでは良くある通り、大体ステレオタイプな役になっている。

年増の色っぽい女を演じているのが久保菜穂子、この当時はあまり見た目的な個性が感じられない野際陽子が主人公の姉役、眼がぱっちりとした中原早苗が「猫」の配下役で、当時の大川橋蔵常連お相手役だったらしき桜町弘子が本作でもヒロイン役を演じているが、この桜町弘子と言う女優さん、今観ると、特に美人とか可愛いと言う印象ではなく、どちらかと言えば地味な印象の顔立ちの方のように見える。

印象としては、中原早苗が一番心に残るキャラクターになっているように思える。

まあ、大川橋蔵自体、今の女性の目から観て、魅力的かどうかも分からないだろうが…

ロマン溢れる内容なので、個人的には好きなタイプの話だが、作品の出来としては、まずます…と言った所ではないだろうか?

特に出来が悪いと言う印象でもないが、かと言って、飛び抜けて面白い!と言う印象もないからだ。

当時の東映時代劇としては、平均的な出来のような気がする。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1964年、東映、司馬遼太郎原作、野上龍雄脚色、加藤泰監督作品。

大和、伊勢、紀伊周辺の日本地図

山を歩く男の前に立ちふさがる山伏の一団。

鈴鹿峠

山伏は、取り囲んだ男に襲いかかり、その場で斬殺してしまう。

それを観た山伏姿の1人大河内玄蕃(沢村宗之助)は、殺してはならんと言ったではないか!後の3人を追え!と他の山伏姿の部下たちを叱りつける。

浜松

捕らえた男を水攻めにして「丹生津(にぶつ)姫縁起」はどこだ!と山伏たちは聞くが、又しても相手は死んでしまう。

小田原宿のとある宿にやって来た山伏たちは、布団の中に誰もいないのを見ると、自分たちに気取られて逃げられたと知り、しまった!と悔しがるのだった。

タイトル

昼まで寝ていた名張信蔵(大川橋蔵)は、姉の律(野際陽子)から雨戸を開けられ起こされたので、思わず、おかめ…と口走り、言われた律はむかっとしかけるが、塀の向うを通る一の酉の熊手に付いた面のことだと気づき黙り込む。

女好きで、今も二股をかけている信蔵の事を知り抜いている律は、今日の酉の市は、「山月」のお勢以さんと行くの?それとも、道場のおちの様?と嫌味を言うが、その時、そのちの(桜町弘子)本人が訪ねて来たので、下帯姿で寝ていた信蔵は慌て、布団で足下を隠しながら立ち上がり、庭先に来たちのを恥ずかしそうに迎える。

ちのが来た理由を察した信蔵は、また道場破りか?高力さんはどうした?と聞く。

「練心館」と言う町道場は、ちのの父である平間退耕斉(宮口精二)が師範として開いていたが、何せ高齢であることもあり、時々、小遣い稼ぎの道場破りがやって来ていたのである。

ちの目当てに、その相手をしてやっていた信蔵だったが、駆けつけて見ると、自分同様、ちの目当てに道場破りの相手をしている高力伝次郎(大木実)なる浪人が、師範代として相手になり、すでに道場破りを打ち負かし、さらに相手の肩を撃ち砕いた所だった。

外に逃げ出した手負いの相手を追って出て来た高力に、何も肩を砕かなくとも良かろうと仲裁に入った信蔵だったが、逆に、お前こそ、女目当てにちょろちょろ道場に来るな!と怒鳴りつけられてしまう。

そして、一緒に戻って来たちのに、酉の市に行こうと誘った高力だったが、名張様と約束があるので…と言われると、露骨に機嫌を悪くする。

その後、信蔵と共に酉の市に出かけたちのは、名張様はいつも噓ばかり付いている。私を好きと言って、もう1人の方をどうなさるおつもり?お勢以様って美しい方だそうですねなどと嫌味を言いだす。

その返答に窮していた信蔵だったが、悪いことに、当のお勢以(久保菜穂子)がやって来たので四面楚歌の状態になってしまう。

お勢以に気づいたちのは、ふくれて立ち去ってしまう。

お勢以から熊手をねだられた信蔵だったが、何せ、次男坊の甲斐性なしで、律からも小遣いをもらえなかったので、小さな熊手型の玩具簪を買ってご機嫌をうかがうしかなかった。

茶店で、お勢以の髪にその簪を刺してやっていた信蔵は、その茶店に逃げ込んで来た旅人風の男がお勢以にぶつかり、その弾みに落とした熊手の簪に血が付いていることに気づくと、その手負いの男と、それを追う山伏一行の後を自分も追う。

林の中で、山伏一行から斬られていた男に近づいた信蔵は、逃げ去った山伏の姿を探しして元に戻って来ると、今倒れていた血まみれの男の姿が消えていることに気づく。

しかし、大量の血痕は残っており、斬られた男のものと思われる血のりが点々と地面に残っていたので、その後を追ってみることにする。

すると、その先にあったのは、平間退耕斉の道場兼住まいで、庭先の血を消そうと、ちのが懸命に箒をかけている所だった。

信蔵は、家の中に入ろうとするのを止めようとしたちのに、家は代々伊賀のものだから、大体の事情は分かると言いながら払い退け、無理矢理中に入り込むと、そこには、先ほど斬られた男が寝かされており、その前には平間退耕斉が座っていたので近づこうとする。

退耕斉は、いつもとは違う厳しい目つきで、観てしまった以上、わしの味方になってもらうしかない。断れば斬る!と睨みつけて来て、申し入れを聞いてくれれば…と言いながら、一両小判を投げ出すと、立ち去れ!そして本日のこと、一切他言無用!と言い渡す。

信蔵は黙って、その一両を受け取ると、その場は黙って立ち去ることにする。

その直後、退耕斉は、寝かせていた男の懐から、「丹生津(にぶつ)姫縁起」と書かれた巻物を取り出して眺めるのだった。

その頃、玄蕃ら山伏一行は、3人が向かったのはあそこであったか…と、退耕斉の屋敷を探り当てていた。

飲み屋「山月」に、巨大な熊手を持って来た信蔵は、驚いて出迎えたお勢以に、ちょっとした金づるを見つけたと嬉しそうに教え、階段脇にその熊手を置くと、いつものように二階の部屋に上がって行く。

お勢以がやって来ると、練心館のおじいさんのこと知ってるかい?と信蔵は聞き、お勢以は、愛想が良い人で、あのお嬢さんは養女のようだ。この町内に越して来た時、あんな女の子はいなかったし、あのお嬢さんが来たのは5年ほど前よと答える。

意外な話に驚いていた信蔵だったが、人の気配を感じたので、すぐに障子を開け、階段を外す。

その階段を登りかけていたのは、忍び装束を着た男だったが、信蔵はすぐにその正体が退耕斉だと気づく。

信蔵は、知り合いだったよとお勢以に言うと、退耕斉と共に、近くの人気のない材木置き場に話をしに出かける。

今度は抱き込みに来たのか?と信蔵が問いかけると、ちのをやろう。あれなら不足はなかろうと退耕斉は言い出す。

しかし、退耕斉が自分から離れようとするので、不信に思った信蔵は退耕斉の側に近づこうとするが、するとまた、退耕斉は信蔵を材木の方へ誘う。

次の瞬間、材木の間から刃が突き出て来たので、間一髪信蔵は身を交わすが、中から出て来たのは高力伝次郎だった。

どうやら、秘密を知った自分を殺すために、退耕斉が雇ったようだった。

高力は信蔵に斬り掛かって来て、退耕斉は手裏剣を投げて来る。

2人を相手に苦戦していた信蔵だったが、その時、誰が投げたか、煙玉が破裂したので、邪魔が入ったと察した退耕斉と高力はその場を立ち去る。

後に残った信蔵は、近くの土塀の上に乗っていた頬かぶりの男(南原宏治)が、今の助勢の主と気づくと名を尋ねる。

頬かぶりの男は何も答えず、貴様を今殺されては困るので助けたまで。事情は兄、名張与六に聞けと言い、立ち去ろうとするが、信蔵が再度名を問うと、「猫」とだけ答えて立ち去って行く。

後日、その兄、組頭の与六(北村和夫)が城から戻って来るなり、水野和泉守 様がお前をお呼びじゃ。もしお前が御公儀隠密等仰せつかったら、以後、我々とお前は他人同様、功を焦って命を粗末にするなよと、律もいる前で信蔵に言い渡すのだった。

水野和泉守 (西村晃)の部屋の前にまかり出た信蔵は、雨が降りしきる中、庭先で雨に濡れるがまま話を聞いていた。

紀州の山奥に、村人200人あまりが住み暮らしていると言う安羅井と呼ばれる秘境があり、今なお人目に触れずにいたが、先頃、書面をもって、この里の保護を訴えて来たものがいる。

どうやら、この里のことを近年になって知った紀州は、周藩藩領とするつもりで里の在処を探り始めたようだが、それを知った御公儀はもってのほかとお思いになり、この里の事を調べることに下。

そちに命じるのは、安羅井の里とやらが御公儀に危険なものかどうかを探り当てること。そして紀州の野望を撃ち砕くことと言い渡した伊豆守に、信蔵は、自分を推挙したのはどなたか?と尋ねる。

すると、平間退耕斉と言うではないか。

申し付けは私1人ですか?と聞くと、もう1人のお庭番がもう動いていると言うので、信蔵は瞬時に、それは「猫」の事だと気づく。

さらに、なぜ、村人200人程度の安羅井の里を紀州が狙うのか?と聞いた信蔵だったが、伊豆守は不機嫌そうに、知らぬな!と言うだけだった。

その後、退耕斉の道場に忍び込んだ信蔵は、退耕斉に事情を聞こうと詰め寄るが、そこにやって来たちのが、放して挙げて下さい!お帰りください!と頼む。

それでも、信蔵は、あなたたちだけで紀州に勝てるつもりか?と言いながら、退耕斉が隠そうとしていた巻物を取り上げると、今晩一晩借りると言って持ち去ろうとするが、その巻物を必死に奪い返したちのが、お願いです!私たちのことはそっとしておいて下さい!と重ねて頼むと、さすがに帰るしかなかった。

そんなちのを表に連れ出した信蔵は、あんた、安羅井の人だろう?さっきの「丹生津(にぶつ)姫縁起」と言うのは、安羅井に行く道中地図だろう?5年前、紀州が安羅井を知ったこともあり、あなたは江戸へ逃れて来た。最近、安羅井に何かが起こり、里のものがあなたを迎えに来たのだ…と自分の推理を聞かせると、疫病が起こり、父と兄が相次いでこの世を去ったのですとちのは打ち明ける。

それを聞いた信蔵は、今のあなたには、渡しのような若くて強い力が必要なのだと言い聞かそうとするが、ちのは、私はあなたが嫌いです!と言い残し、家の中に入ってしまう。

それを迎え入れた退耕斉は、ちの様、ここも安穏ではなくなりました。高力を呼んでまいります。今後は、私と高力以外のものには決して心を許されませんように…と言い聞かすのだった。

「山月」にやって来た信蔵を待っていたお勢以は、今しがた、水野伊豆守様からと言って届けて来たと言いながら、500両の小判の包みを見せる。

500両の支度金か…と唖然とした信蔵だったが、ある人から仕事を頼まれたんだよと説明すると、こいつの半分をお前にやろうと言い出す。

それを聞いたお勢以は、手切れ金のつもり?と睨みつけると、自分は子供の頃から貧乏だったので、一度だけ、小判を砂のように玩具にして遊んでみたいと言い出す。

信蔵はすぐさま承知し、その場で包みを破って小判の山をこしらえると、運が向いて来い!と笑いながら、お勢以と共に、小判を放り投げて遊び始める。

その頃、平間退耕斉は、紀州の山伏たちに追いつめられていた。

そこへ、高力が駆けつけて来たので退耕斉は加勢に来てくれたと喜ぶが、次の瞬間、その高力が斬りつけたのは、退耕斉の方だった。

2人きりの座敷で信蔵を前に、何を考えているの?道場のお嬢さんのこと?でも良いわ…、始めからの約束だもの。私たちはちょっぴり身体のつながりがあるお友達…とお勢以が諦めた風に呟いていた時、物音がしたので、信蔵が出てみると、そこには斬られて血まみれになった退耕斉だった。

驚いて抱き起こした信蔵が誰にやられた?と問いかけると、高力!裏切りおった…とかろうじて答えた退耕斉だったが、ちの殿を…と言った後、息絶えてしまう。

すぐに、退耕斉の道場に駆けつけた信蔵だったが、中はすでにもぬけの殻だった。

そこに待っていたのは「猫」だった。

遅いわ…、もう誰もおらん。大方、安羅井の里に向かったのであろうと信蔵を嘲るが、信蔵が部屋の中を物色し始めると、不審そうに何を探している?と聞く。

「丹生津(にぶつ)姫縁起」と言う安羅井への道中地図だと信蔵から聞いた「猫」は、なぜ奪わなかった!と信蔵を叱責する。

さすがに耐えかねた信蔵は、あれがなければ里へは行けぬ。自分で探せ!と、逆に「猫」に命じる。

すると、激怒した「猫」は、言葉を慎め!二度とそのような口を聞いたら許さぬ!と言い残し、先に立ち去って行く。

翌朝、「山月」から外の様子をうかがったお勢以は、大丈夫よ!と中で出立の準備をして待っていた信蔵に声をかける。

わらじを履く信蔵が、悪い男には引っかかるなよと言葉をかけると、それって信さんみたいな男?と答えたお勢以は、信さんも、もう私の所に戻らなくても良いから、うんと長生きしてねと答えると、火打石を打って送り出してやる。

店を出て遠ざかって行く信蔵の後ろ姿をいつまでも見送っていたお勢以は、一度くらい振り返りやがれ!と寂し気に呟くのだった。

旅を続けていた信蔵は、向かって来た旅の商人(汐路章)から、名張様で?と声をかけられたので、何者だ!と気色ばみ、その商人を波打ち際に押し倒す。

すると、その商人は、「猫」と言う人から手紙を頼まれただけですと取り出してみせたので、早合点に気づいた信蔵は、すまなかったなと詫びて、その手紙を受け取るのだった。

手紙には、神奈川宿のとある宿名が書かれていた。

そこに泊まった信蔵は、部屋の前の本陣宿に、どこかの一行が泊まっているのに気づく。

その一行こそ、高力と山伏姿を解いた紀州の侍と新たに雇い入れた上侍に化けた浪人たちと、すっかり姫様姿になったちのたちだった。

ちのは高力に、退耕斉が同行していない理由を聞くが、一足先に大阪に行かれたのでしょうと言うだけ。

さらに同行の者たちを怪しみ素性を聞くと、自分が雇った者で、公儀の隠密が近づいており、それは名張信蔵だと高力は教える。

奴が気安く道場に出入りしていたのも安羅井の里を知るため。拙者は必ず奴を斬る!安羅井の里を守るためだ!と高力は意気込んでみせる。

実は、高力も又、安羅井の人間だったのだ。

一方、その向かいの宿の信蔵の部屋にいきなり入って来て、本陣へは行かないのかい?と気安く聞いて来た娘がいた。

怪しんだ信蔵が刀を抜いてみせると、娘はその場で見事なトンボを切ってみせたので、すぐに「猫」の仲間と察し、「猫」に言ってやれ。向うもそんなに油断しねえやってねと言い渡す。

本陣の方では、玄蕃ら紀州の侍たちが、1人で勝手にちのに取り入ろうとする高力の身勝手さにいら立っていた。

気安気にちのの部屋に入ってきた高力は、白い部屋着に着替え、背中を向けていたちのから、お引き取りください。引き取らねば、私が出て行きますと言われ、逆上すると、いきなりちのに抱きつこうとする。

そこに、向うの宿に怪しい奴がいると言いながら紀州の侍たちが駆けつけて来たので、高力は一旦手を離すと、部屋を出て行く。

その直後、ちのの部屋に天井裏から降りて来たのは「猫」で、巻物の在処を聞こうとするが、そこに高力が戻って来て、くせ者!と騒ぎ始めたので、「猫」は素早く飛び上がり、屋根裏へと逃げ去って行く。

後に取り残されたちのは、周囲に心を許せる者が1人もいない自分の今の状況に苦悩するのだった。

翌日、出立した高力たちを襲撃した信蔵は、彼らが担いでいた駕篭の中が空であることを見せられ、自分が罠にかかったことに気づくのだった。

高力は、ちのさんをどうする気だ!と言いながら迫って来た信蔵をあざ笑いながら、俺の女をどうしようが俺の勝手だ。あれは俺が女にした。あれはな、お終いまでお前の名を呼んでいたぞ!と教えるのだった。

その頃、ちのを乗せた駕篭は、別の道を進んでいた。

高力たちの一行から逃れ、無人の川の船着き場で休んでいた信蔵の前に現れたのは、この前宿に来たお弓(中原早苗)だった。

やっぱり、あの人が好きなのね。どのみち長くは生けられない身だけど、あんたが好きなのなら諦めるしかないかな…などと言いながら近づいて来たので、それを聞いた信蔵は、どのみち長くは生きられないとはどう言う意味だ!とお弓を捕まえて問いただす。

「猫」に言わない?とお弓が確認して来たので、信蔵は自分の刀の鍔を鳴らす「金打(きんちょう」)をして約束してみせる。

御老中は安羅井の里を守れとか何とか言ったかも知れないが、本当の目的は金さ。安羅井の里の住民は平家の落ち武者の末裔で、ずっと昔から砂金を掘り続けていて、今では途方もない金があるんだとお弓は教え、驚いた?と聞いて来る。

しかし、信蔵は驚いたようなそぶりは見せず、弱い者は片っ端に潰されりゃ良いんだなどと醒めたように言う。

金輪際、「猫」に逆らわない方が良いよと忠告したお弓だったが、急に緊張した顔になると、「猫」がいる!と警戒する。

その時、船着き場に着いた小舟を漕いでいた船頭こそ「猫」だった。

信蔵とお弓を乗せて川を下り始めた「猫」は、失敗は一度だけ許してやろう。その代わり償いをしてもらう。奴らは大阪から海路を取るつもりだ。そのために、大阪で奴らは紀州屋徳兵衛と言う紀州の倉元に会うので、その徳兵衛を斬れと命じる。

しかし、船を降りた信蔵は、斬りたければ自分で斬れ!俺は、ちのさんを助けることだけをすると答えると、では頼まん!と言いながら、「猫」が飛びかかって来る。

大阪

土蔵を破り、忍び装束で屋敷の中に侵入した信蔵だったが、そんな信蔵を待ち受けていたかのように、短筒を構えて、「名張様ですか?高力から知らせをもらいました」と廊下で呼びかけて来たのは、この家の主、紀州屋徳兵衛(進藤英太郎)だった。

おとなしく徳兵衛に付いて部屋に入った信蔵は、そこのテーブルの上に置かれていた大量の千両箱を前に、あんさんを買わせてもらえまへんか?と切り出される。

一万両払っても、まだ儲かるのか?と信蔵が呆れてみせると、さすが、高力のようにはなりまへんなと感心した徳兵衛は、ちのさんらは明日の夕刻ここへ到着するので、「丹生津(にぶつ)姫縁起」と一緒にちのはんを返しますよって、明日の戌の刻、二番倉までお越し下さいと、新しい取引を申し込んで来る。

御公儀のお怒りを買いとうおへんのやと徳兵衛は言う。

宿に戻った信蔵に面会に来たのは、町奉行所の与力だった。

水野伊豆守からの命で、当方手配の倉に宿がしつらえてあると言うではないか。

黙って付いていくと、別の侍が出迎え、その場で待っていたお弓と共に信蔵が倉の中に入ると、外から施錠されてしまう。

お弓が言うには、「猫」の一存で、町奉行でも何でも動かせるのだと言う。

次の日の夕刻、予定通り、ちのや高力たち一行が待ち受けていた紀州屋徳兵衛の屋敷にやって来る。

高力はちのに、ここは紀州の倉元の家であり、実は退耕斉は既に紀州の者たちに斬られたと告げる。

ちのの前に姿を現した紀州屋徳兵衛と大河内玄蕃は、改めて自己紹介し、姫に挨拶する。

一方、信蔵と共にk、蔵の中に幽閉されていたお弓は、どうしてあんたを好きになったんだろう?私は7つの時、「猫」に拾われ、それから15年もの間色々仕込まれて来た。今では自分で自分が分からないようになっており、本気で男に惚れることが出来るかどうか試してみたいんだ!と告白すると、信蔵の身体に抱きついて来る。

無理言っちゃ行けねえよと信蔵が相手にしないと、あの女がいるからだね?と言いながら、突然、懐剣で信蔵を背後から突いて来ようとする。

そこまでやられた信蔵は、負けたよ…と言うと、今夜二番倉に行くつもりでいたが、お前に付き合うよと言うと、喜んで行灯の灯を消すと抱きついて来たお弓に、ゆっくり酒くらい飲ませろよと笑いかける。

その後、部屋にやって来た「猫」は、布団の中に1人で寝ていたお弓と信蔵がいなくなっていることに気づくと、奴はどこだ?逃がしたのか?と問いかけながら、脇に置かれていた盃の匂いを嗅いだ「猫」は、不覚な…、盛られたのか?と聞く。

身体がしびれて動けない様子のお弓は頷き、「猫」は、窓に付けられていた柵が斬られており、信蔵はそこから脱出したことに気づく。

立て!とお弓に命じた「猫」は、奴はお前に何もしなかったのか?と聞きながら、頷きながらも怯えるお弓に唇を合わせて来る。

お弓はかねてより、「猫」の女だったのだ。

お弓は「猫」の怒りを抑えようと、名張は二番倉に行くと言っていたと教える。

その頃、外で信蔵を待っていた紀州屋徳兵衛は、やっぱり来いへんのか…と落胆していた。

玄蕃ら紀州の侍たちは、新たに雇った狩人らに、後半時で出立だぞと知らせていた。

その頃、紀州屋の倉の上を走っていた信蔵は、二番倉の鍵を開けようとしている忍び装束の「猫」を発見する。

「猫」は警戒していた侍たちに見つかり、やむなくその場を逃げ出す。

「猫」は塀を横向きに走る等、高度な技を見せつけながら逃走する。

紀州の侍らが「猫」を追っていなくなった隙を狙い、倉の中に侵入した信蔵は、その中にいたちのに、自分の名を明かす。

目の前にいる忍び装束をきた男が信蔵だと知ったちのは、あなたは公儀隠密!と警戒する。

しかし、自分を信じてくれと説得し、その場を連れ出そうとすると、側にあの「丹生津(にぶつ)姫縁起」もあることに気づき、紀州屋が持たせたのですか?と聞くと、ちのは頷く。

入口を出ようとした時、高力が戻って来たので、思わず信蔵はちのと共に、入口の扉の陰に身を隠す。

すると、そこにやって来た徳兵衛が、事情を知っているらしく、さりげなく自分で外から扉を閉じると、高力の相手を表でやりだす。

名張には、ちのと「丹生津(にぶつ)姫縁起」をくれてやったが、巻物の方はちゃんと写しが取ってあると高力に説明する徳兵衛。

紀州も頼りにならん。万一、紀州が負けたら、俺もお前もこれや(…と、手刀で自らの首を斬る仕草)。

今回の件は、公儀に貸しを作ったものや。紀州が勝てば勝ったで良いし…などと、得々と徳兵衛は自分の計略を打ち明けてみせるが、それを聞いていた高力は、余計なことをしやがって!と言いながら刀を抜く。

徳兵衛の方も短筒を取り出し、刀を捨てろと迫る。

一旦は、その指示に従い剣を捨てた高力だったが、相手の隙を観て、素早く小刀を抜いて、徳兵衛の腹を突き刺すと、愚かなのは貴様だ!と言いながら側の運河に突き落とす。

名張!と高力は探し始めるが、その時既に、信蔵はちのを連れ、倉を抜け出して逃げ延びていた。

その後、船で紀州へ向かう信蔵とちの。

信蔵は、退耕斉をやったのは公力だと教えるが、ちのは、同じ安羅井の人間である高力がそんなことをするはずがない。高力は退耕斉を斬ったのは紀州だとはっきり言いましたと言って信じなかった。

そんな頑なちのの態度を観た信蔵は、何か、高力を信じなくてはならないことにでもなったんですか?と皮肉を言ったので、ちのは、どう言うことです!と気色ばむ。

なぜ私を送って下さるのです?と尋ねるちのに、一つはあなたが好きだから。もう一つは、今の私には他にすることがないから…などと信蔵は答えるが、もう一つあるのではありませんか?とちのが疑いの眼差しで問いかけると、思わず信蔵は相手の頬を叩いてしまう。

ちのは、始めから、お会いしなければ良かった!と嘆く。

しかし、その後も、2人は紀州安羅井を目指して旅を続ける。

山に分け入った2人は、斬られた紀州の侍たちのむごたらしい遺体を発見する。

信蔵は、「猫」が襲ったに違いないと推測する。

とある山小屋にたどり着いた時、ちのがさりげなく「丹生津(にぶつ)姫縁起」を取り出してみせたので、ここが安羅井の入口なのですね!と信蔵は気づき、迎えはいつ来るのかと聞く。

ちのは、自分が帰るまで、毎晩、夕暮れ時に来るのだと言う。

あなたはどう思っていたか知らないが、大阪からここまでの旅は私には楽しかったよと信蔵が言うと、ちのも、私も…と恥ずかしそうに答える。

それでも、信蔵は、高力がちのを女にしたと言う言葉が引っかかっていたので、あえてちのに確認するが、それを聞いたちのは、それを信じていらっしゃったのね!と嘆く。

その頃、「猫」とお弓、高力と現場たちは、別々にその山小屋に近づいていた。

お弓が、名張たちなんていつでも倒せるから、先に高力たちを!と言い出したのを聞いた「猫」は、貴様!惚れたな!と信蔵に思いを寄せるお弓の本心を見抜き、もう用はない、江戸へ帰れ!と命じる。

立ち止まったお弓は、隠し持っていた針で、いきなり「猫」の背後から、咽に突き刺す。

ふいを突かれ倒れた「猫」だったが、最後の気力を振り絞って刀を抜くと、背後にいたお弓を斬り捨てる。

その頃、周囲に殺気を感じた信蔵は、山小屋の床の一部を上げ、そこからちのを逃がすと、自分は小屋の外に出て周囲の様子を探り始める。

やがて信蔵は、お弓と「猫」の遺体を発見する。

その時、近くづいていた高力や玄蕃一行も信蔵に気づき、狩人たちに鉄砲を撃たせる。

信蔵が倒れたので、その死を確認に近づいた玄蕃たちだったが、死んだ振りをしていた信蔵はいきなり立ち上がると、紀州の侍たちを斬り始める。

一方、山小屋の中に入り調べていた高力は、紀州の侍の1人がやってくると、ここらしい…と言いながら、いきなり相手を斬る。

高力は、情勢次第で、俺は何度でも裏切る…とうそぶいてみせる。

その頃、信蔵の方も、外で玄蕃を斬り捨て、紀州からの追っ手を全滅させた後、小屋に戻って来るが、そこには紀州の侍の遺体が一つあるだけで、高力の姿は見えなかった。

その高力は、床下の秘密の通路を発見したのか、いつの間にか、ちのに追いつき、一緒に安羅井方向へと進んでいた。

ちのはそんな高力に、そなた、退耕斉を殺めましたか?と尋ねるが、また何か、名張に吹き込まれましたな?と高力はとぼけてみせる。

しかし、ちのは、これだけは覚えておきなさい。この黒白はいつか付けますとはっきり言い渡し、高力は、存分にお調べくださいと答えるだけだった。

その時、周囲の草むらに風が走るような物音が聞こえたので、迎えだ!迎えが駆けつけた!と喜んだ高力は、姫を江戸よりお連れもうしたぞ!とさも自分1人の手柄とでも言いたげに呼びかけるのだった。

ちのを見失った信蔵の方は、必死にちのの名を呼びながら周囲を歩き回っていた。

すると、ちのがわざと道しるべとしておいていったと思われる簪を発見する。

その後も、ちのがわざと置いていったと思しき小物を見つけながら、信蔵は先を進んで行き、とある洞窟の中に置いてあった「丹生津(にぶつ)姫縁起」の巻物を発見する。

それを手に取った信蔵は、草むらから出て来たちのの姿を観て驚く。

来てらっしゃったの…、ちのの方も、その場にいた信蔵を観て感激したようだった。

安羅井に行ったのですね?、行って出て来た…。何もかも捨てて、俺の所にきてくれたんだな?と信蔵が聞くと、私、賭けました…とちのは答える。

もし、信蔵様がきていらっしゃらなければこれだけの縁。もしお会いできれば…と言うので、できれば?と信蔵が聞き返すと、ちのは黙って信蔵の胸に飛び込んで来る。

私を信蔵様の妻に…!

良かった…、ちの!

好きなの!…そう呟いたちのは、その場で帯を解き始め、洞窟の中に自ら身を横たえ、恥ずかしそうに顔を手で覆う。

信じて!これほどの私が本当の私でございます。

信蔵は黙って、ちのの身体に寄り添うのだった。

山イチゴのイメージ映像。

ちのの横で寝そべっていた信蔵は、ちの…、後悔はしてねえだろうな?と問いかけると、紀州の奴らはみんな死んだ。安羅井の里も金もこれで誰も分かりゃしねえ…と呟く。

でも、お姫様がいなくなったんだから、今頃、里では大変だろうと信蔵は案じる。

言わないで!とその信蔵の言葉を止めたちのは、私、きれい?信蔵様が今まで知っていらした人よりきれい?などと聞いて来て、何か話をしてとせがむ。

これからの話をしようと言い出した信蔵は、俺は江戸では次男坊だったので、出世の望みはないと毎日グータラしていたが、明日から働く!俺は木こりになる。そして、この森で一番高い木を切っておれたちのうちを作る…と夢を語りだす。

二番目に高い木を切って、子供たちの家を作ろう…と信蔵が続けると、それで?とちのは続きの話をせがむが、何故かその目は涙で濡れていたので、バカだな、お前…と信蔵は慰めてやる。

いつしか、眠りに落ちていた信蔵が目覚めると、自分にちのの着物がかけてあり、洞窟内にちのの姿がないことに気づく。

慌てて起き上がると、着物を持ってちのを探し始める。

やがて、谷向うの高台に立つちのと、安羅井の民らしき人々の姿を目にした信蔵は、ちのが里へ戻ったことに気づく。

一方、そのちのの側に駆けつけた高力は、ちのの名を呼びかける信蔵に気づき、自ら崖を下ると、こちらに近づいて来ていた信蔵の前に立ちはだかる。

信蔵に対峙した高力は、これからじっくり、ちのの心を俺のものにしてやる…と嘲りながら刀を抜く。

信蔵も抜刀し、互いににらみ合うが、そんな2人の様子を、高台からちのは黙って見下ろしていた。

そんなちのを促すように、長老が声をかけると、ちのは他のものと一緒に里へと戻る。

信蔵の刀は弾き飛ばされるが、次の瞬間、小刀を高力の胸に突き刺していた。

ばったり倒れる高力。

高台を見上げた信蔵は、もうちのたちの姿がいなくなっていることに気づき、慌てて崖を這い昇る。

そこには、ちののものと思しき懐剣と手紙が置いてあった。

ちのは行きます…、そう手紙には書かれていた。

あなたとの一夜で、私の私の女の一生をあげました。

私は安羅井の長の定めに生きて行きます。

私はいつまでもあなたの妻でございます。

名張様…、あなたのちのは幸せでございます。

手紙を読み終えた名張信蔵は、風が吹く丘の上で、呆然と佇むしかなかった。


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