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羽織の大将

落語の世界を描いた作品だが、タレント化して身を持ち崩す落語家の話に、当時タレント化していた元落語家である桂小金治や柳家金語楼、三遊亭歌奴(現:3代目三遊亭圓歌)などが出演している所が面白い。

特に、落語家の役を演じている桂小金治が、自らをモデルにしたような弟弟子を諭そうとするシーン等は、一体どう言う気持ちで演じていたのか知りたいくらいだ。

フランキー自身もタレント化したミュージシャンであるので、この役を演じるのは複雑だったはず。

とは言え、桂文楽本人が登場しているのも貴重なら、フランキー堺の芸達者振りに改めて驚かされる作品でもある。

桂小金治演じる兄弟子から太鼓の打ち方を教わるフランキーが、いとも簡単に打ってみせるのは、もちろん彼が元ドラマーだからであり、その辺を意図した笑いの演出である。

タレントとして売り出して来たフランキーが、「私は貝になりたくない!」などと、名作「私は貝になりたい」のセルフパロディを演じているのも興味深い。

小文を影ながら応援する春江を演じている団令子の幸薄さも胸に迫る。

前半は明るく楽しいコメディ風であり、後半はがらりと暗転し、号泣させられる話になっている。

そこに、全学連に巻き込まれて行く妹の姿も意味ありげに挿入されており、世相風刺の一面も垣間見える。

加東大介と東郷晴子が演じる落語家夫婦もなかなか味があり、魅力的なキャラクターになっている。

名作と言って良い作品だと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1960年、東宝、笠原良三脚本、千葉泰樹監督作品。

出ばやしの太鼓、席亭、高座に上がる前座桂小丸(桂小金治)の姿をバックにタイトル

桜満開の春、学生服を着た東西大学卒業の十文字忠夫(フランキー堺)は、「ジュゲム ジュゲム…」と呟きながら道を歩いていて、横から出て来た車に気づかずぶつかりそうになる。

その車を運転していたのは、大学の親友だったブルジュアの息子北川亮太郎(藤木悠)だった。

就職活動中だよと言う十文字は、北川に途中まで乗せてもらうことにする。

お前と違って、俺の方は国からの仕送りを止められているんだとぼやいた十文字は、これから待ち合わせの女を乗せるから降りてくれと北川に言われ、渋々、中途半端な駅前で降ろされてしまう。

その後、ジュゲムを口ずさみながら、目的地である「桂五楽」(加東大介)の自宅前にやって来た十文字は、同じようににジュゲムを言いながら、玄関先を拭き掃除している小丸と鉢合わせする。

学生バイトは入らないよと言われた十文字は、安藤鶴夫先生から紹介状をもらって来たものですと名乗ると、驚いた小丸に案内され、師匠の五楽の家に招き入れられる。

二階に上がり、五楽と対座した十文字は、東西大学出で落語家になりたいのかい?と驚かれる。

文楽師匠を崇拝しておりまして…、ああ言う芸術家になりたいですと言うと、私だってなりたいよと五楽は呆れる。

全楽連の委員長をやっていた頃…と十文字が言うと、今何て言った?と五楽師匠が気色ばむと、全国大学落語連合会の事ですと言い直しと、それなら良いんだ…と師匠も安堵する。

全学連の事かと一瞬思ったのだった。

その頃、文楽師匠の神髄を仲間たちに分からせようと、随分努力したものです…と十文字は、学生時代の事を語り出す。

(回想)文楽の切符買わないか?などと大学で仲間たちに声をかけると、人形なんか興味ないと言われてしまった十文字は、おれが言うんだから、文楽と言えば落語だろう?と憤慨すると、落語なんてもっと縁起悪いなどと毛嫌いされる。

別の学生にも売り込もうとした十文字だったが、俺なんかより、あいつに買わせろよ、初代総長の大物の前にいる奴さと教えられたのが、女子学生と記念撮影をしていた北川亮太郎だった。

国文学の単位、危ないんだって?と十文字が北川に声をかけると、今度、安鶴先生にウィスキーでも持って頭下げに行こうと思っていると言うので、そんなものよりもこれを買え、安鶴先生は全楽連の会長だよと言うと、その意味を悟った北川は、その場で文楽の切符10枚を1000円で買ってくれる。

(回想明け)噺家なんてやめて帰りなさい。普通のサラリーマンにでもなりなさいと五楽師匠は説得するが、それがダメなんですと言う十文字は、今度は、昨年の暮れ、大学の近所の床屋に北川と2人で行ったときの事を話しだす。

(回想)その床屋には、娘(河美智子)がおり、北川は彼女が目当てだったのだが、順番が来るのを待っていた十文字は、床屋の壁にかけてあった写真の人物が文楽師匠にそっくりじゃないかと言い出す。

すると、先にひげを剃っていた人物が起こって振り向くと、あれは当大学の創始者であられる桑沢先生じゃないか?君たちは本当に東西大学の学生なのか!と言い、学生証の提示を求めると、法学部4年と知ったその人物、それは大学の鹿毛先生(十朱久雄)だったのだが、自分の目の黒いうちはどこの会社にも推薦せんよ!と言い渡す。

就職の見込みがなくなった十文字は、安藤鶴雄先生の部屋に向かうと、文楽先生の弟子になりたいので紹介状を書いてもらえないかと頼む。

君は、本当に噺家になりたいのか?古典をやるつもりなのか?真剣なのか?と問いかけて来たので、真剣です!と十文字は答えたのだった。

(回想明け)じゃあ、最初に文楽師匠の所へ行ったんだろう?と娯楽師匠が聞くと、大学で4年も大ションしてたんじゃ、あばらかべっそんと言われました。

あばらかべっそんは師匠の口癖だが、大ションって何だろうと考えた五楽師匠は、考えオチか…と感心する。

とにかく弟子にして頂くまでここは動きません!と言う十文字に、生まれはどこだい?と五楽師匠が聞くと、北海道の札幌で、農機具作る鉄工所の三男坊だと答える。

協会の規則で、1人保証金2万円だよ。今いる小丸だって、1年間牛配りをして金を作ったんだが、お前さん、大丈夫かい?と五楽が言うと、さすがに十文字は考え込む。

下宿に戻って来た十文字は、古本屋(山本廉)と古道具屋(沢村いき雄)を呼んで、部屋にあった自分の家財道具を買ってくれと頼む。

しかし、本屋の出した値段は1600円、古道具の方は2700円で、しめて4300円にしかならなかったので、自分が着ていた学生服までその場で脱いで売ろうとするが、学帽等、たった30円にしかならなかった。

それで、十文字は、北川の屋敷に向かい、一人前になったらきっと返すと約束し、2万円をその場で貸してもらう。

「美寿々亭」で、席亭相手に五楽と小丸が話していると、紋付を着た十文字がいきなり2万円を持ってやって来て、驚いた五楽は、お前さん本気なのかい?金回りが良いねと感心するが、借金して、下宿も引き払ってきましたので、よろしくお願いしますとまで言われると、しょうがねえ、負けたよ…と入門を許すしかなかった。

小丸の方は、そんな十文字の羽織の襟に、正札がぶら下がったままだと教え、呆れながら取ってやると、そこに1888円と言う中途半端な値段が書いてあるのに気づく。

値切られないようにそんな値段だったのだと十文字は教える。

こうして、五楽の家で住み込みの弟子となり、小丸と一つ布団で寝るようになった十文字は、早朝から掛け布団の取り合いから無理矢理起こされたので、稽古を付けてもらえると思い、まだ寝ている小丸の横に正座をして待っていると、最初は掃除の稽古!奥さんはうるさいから、表の格子戸と便所は特にピkピカにしておくように命じられる。

上着は羽織しか持ってないので、羽織を着たまま便所を掃除していると、起きて来た五楽の妻浜子(東郷晴子)が、便所掃除に紋付なんか着ている人があるかい!と叱るので、すみません、奥さん等と謝ると、うちでは女将さんと呼ぶんだよと訂正される。

それでもずっと女将がそこに突っ立っているので、嘗めても良いくらい磨きますなどと熱心さを強調した十文字だったが、分からないのかい?私が入るんだよ!と叱られてしまう。

その後、師匠の下帯を風呂場で洗っていると、また女将さんがやって来て、風呂掃除用のブラシで下帯をこする人がいるかい?すり切れてしまうよと小言を言って来たので、両方一緒にきれいになると思ったんですけど…と十文字は言い訳するが、女将は、そんな十文字に、師匠が釣りに行く時に着ていたお古の着物をくれた女将は、紋付は高座に上がるときだけ着るんだよ!と教えてくれる。

その時、小丸が2階の師匠が呼んでいると伝えに来たので行ってみると、五楽師匠は、稽古に来ていて、もうすぐ真打ちだと言う桂楽馬(佐田豊)と桂遊太郎(三遊亭歌奴)の兄弟子2人に、桂小文って言うんだと十文字の事を紹介する。

小丸が小分に下に降りてろと言い、稽古を付けてもらえるのでは?と聞いて来た小文に五楽師匠は、「鳴りもの」から始めるんだと告げる。

「鳴りもの」とは、落語の舞台に使う太鼓の打ち方だった。

まずは小丸が見本を打ってみせる。

「大入り」「片しゃぎり」「出囃子」と太鼓を打ち分けてみせた小丸は、そんだけで良いんですか?とあっさり小文が言うので、ちょっとかちんと来て、じゃあ、やってみろと命じる。

すると、小文は思いのほか器用に太鼓を叩けるので、小丸はむっとし、「大入り」は「どんと来い、どんと来い」と打つんだと教える。

夜、小丸は、「落語の方には『さんぼう』なんてぇのがございます。泥棒、つ○ぼう、けちんぼう 、この三つを合わせて「さんぼう」と呼んでおります。」と小文に「さんぼう」と言う小話を教えていた。

出来ないうちは寝かさないよと言いながら、自分はさっさと蒲団に入ってしまう。

やがて、小丸が寝息を立て始めたので、小文も小話を続けながら服を脱ぐと、同じ布団に入りこもうとするが、ダメだ!と押し出されたので、兄さん!と小文は憮然とする。

ある日、いつものように、小文と小丸は、五楽師匠のお供としてタクシーに乗って、美寿々亭に向かっていたが、五楽は途中で、今日は宴会に呼ばれているので俺は俺は途中で降りるが、お前たちは美寿々亭に行き、今日は、何か好きなものでも食べなさいと言って金をくれる。

五楽師匠がタクシーを降りると、すぐに小丸は、すぐそこの都電の停留所で停めてくれと言い出したので、運転手は、美寿々亭まで行くんじゃないんですか?と驚く。

美寿々亭まで都電で行って、その浮いた運賃分を食事に回すんだと小丸は言うので、運転手は呆れて乱暴な停め方をする。

都電に乗り、美寿々亭まで歩いて来た小文だったが、どこで飯を食うんですか?と尋ねると、小丸は、「万盛軒」と言う中華料理屋に入る。

給仕の春江(団令子)が注文を取りに来るが、自分の分を頼んだ小丸は、ラーメンとチャーシューメンの内好きなものを頼んで良いぞと勧める。

どちらも50円の料理だったので、小文はがっくりするが、それを聞いていた春江は、兄弟子だからってそんな意地悪しないでよと小丸に言うと、内は酢豚と芙蓉蟹(ふようはい)は美味しいわよと小文に教えてやる。

小文はそれを注文するが、その値段が300円もすると知った小丸は、そんなに使われちゃ残りが懐に入らないよと嘆く。

それでも春江は、小文の事を気に入ったようで、私、断然、この小文さんを応援するわ!と宣言し、彼女目当てでこの店に通っていた小丸はがっかりする。

美寿々亭では、小文が前座として高座に上がり、春江が出前を持ってやって来ると、楽屋にいた小文に、あなた東西大学出てるんですって?すごいわ!ここ教養ない人多いでしょう?などと、他の芸人がいる前で話しかけて来る。

しかし、小文は、逆だよ。大学なんて無駄な時間を過ごさず、もっと早く落語の世界に入っていれば良かったなどと愚痴る。

そんな2人の会話が聞こえたのか、落語をやっていた小丸は舞台袖が気になるのか、ちらちら目線をそちらに向けるので、客から、前座!よそ見をするんじゃない!と怒鳴られていた。

頑張ってねと小文を励まし春江が帰った後、高座を降りて来た小丸は、俺が高座を勤めている間にいちゃいちゃしやがって!と叱るが、でも師匠は、若いうちは人から好かれるようにならなきゃダメだって言ってましたよと小文は答え、俺なんか女なんか出来た事ないよとこぼす小丸に、そうでしょうねなどと言ってしまう。

そんなある日、「桂五楽」の家にやって来た2人の女性がいた。

「桂後楽」の名前の横に書かれた「丸山富三郎」と言う本名の表札を観た2人は、ここが下宿屋らしいと言い、中から出て来た女将に若い女性の方がお宅に内の兄が下宿してないだろうか?と聞いて来る。

その名前を聞いた女将はしばらく考えていたが、小文の事だと思い出すと、いますけど?と答え、2人が、小文の母親と妹で、北海道から出て来たと聞くと驚いて中に招き入れる。

今、寄席の方に行きましたよと女将が教えると、きょとんとした小文の母親こう(梅野公子)と妹の勝子(原知佐子)は、どうにも理解できないと言った表情で、息子は、丸の内の法律事務所に勤めているのではないか?と尋ねて来る。

美寿々亭に来ていた五楽師匠は、チャーシューメンを出前で持って来た春江から受け取ると小丸と2人ですすり出すが、そこに小文も姿を現したので、小文さんの分も持って来てあげましょうか?と聞く。

しかし、五楽師匠は、高座から降りてゆっくり食べると良いよと言い、小文は、今日から前座になったんだと嬉しそうに春江に教える。

チャーシューメンを食べ終わった小丸が、今日の出囃子は俺が叩いてやるからなと言ってくれる。

客席の後ろから、前座に上がった小文の姿を観始めた春江は嬉しそうに拍手する。

それを驚いたように振り返って観たのは、安藤鶴雄先生だった。

噺し始めた小文の落語を舞台袖で神妙な面持ちで聞く五楽師匠と小丸。

あいつもまだまだだな…と呟いた五楽に、筋はいいんじゃないでしょうか?と褒める小丸。

その時、客席にやって来たのは、こうと勝子だった。

それに気づいた小文は、ちょっと焦りながら話を終える。

楽屋に戻って来た小文は五楽師匠に挨拶をするが、そこに勝子と共に乗り込んで来たこうは、今の真似は何です!すぐにこんな事はやめなさい!お母さんと一緒に北海道へ帰りましょうなどと小文を叱りつけたので、五楽師匠はあっけにとられ、ここは楽屋ですから、お静かにとこうをなだめ、自宅に連れて来る。

小文が、親に全く内緒で落語家になった事を知った五楽は、こちらも悪かったが、こいつは筋もいいですし、勘弁してやって下さいとこうに頼む。

小文も、石にかじり付いても落語家になってみせるよと母親に頭を下げるが、勝子、一緒に帰るよ!と、こうは聞く耳は持たなかった。

すると、今度は妹の勝子の方が不機嫌になり、私が東京に行く事は関係ないじゃない!せっかく大学に受かったのに…と抵抗し出す。

どうやら、法律事務所に働いている兄と同居させる事を条件に、勝子の上京を許していたらしかった。

そんな親子の話を困った風に聞いていた五楽師匠は、小文は通いにしますから、学校の近くに下宿して、娘さんと住まわせたらどうでしょうと提案する。

一緒に話を聞いていた女将も、実は私たちにも小文くらいの息子がいたんですが、今生きていたら、好きな事をさせてやりますよと口添えしてくれる。

そこまで言われたこうは、さすがに言い過ぎを反省したのか、色々申しましてご無礼しましたと五楽と女将に頭を下げるのだった。

かくして、五楽は、妹の勝子と同じ下宿で一緒に生活する事になるが、勉強している勝子の横で、郭話等何度も繰り返し練習する小文に、勝子はうるさい!と切れる。

俺も勉強しているんじゃないか!と、1年半で二つ目になっていた小文は困惑するが、大体、今の郭だの花魁なんて話なんて私たち若い世代には何には分かるはずがない。兄さんにも分からないでしょう?と、社会科学研究会に入ったらしい勝子は妙に理屈で責めて来る。

その時、下宿の下の道を通りかかった勝子の研究会仲間らしき男女が、ミーティングは3時からだぞ!と声をかけて来たので、勝子は出かけようとする。

そんな勝子に、小文は、電車賃を貸してもらえないだろうか?と頼み、勝子は呆れたように、10円玉を玄関脇の柱の傷に埋め込んで出て行く。

しかし、それを引っ張り出した小文は幸せそうだった。

五楽師匠の元にやって来た小文は、「北海道鉱山」と言う同郷の会社の奥山さんと言う人から贈ってもらったと言う「小文さん江」と染め抜かれた垂れ幕を見せられ、女将の浜子からは、高座衣装が間に合って良かったよと言いながら、渋い紋付を用意していた事、さらに、今日から一人前の芸人じゃないか。下帯と肌襦袢も縫っておいたよ。良く今日まで信望出来たねと言葉をかけられると、感激して、泣きながら2人に頭を下げるのだった。

すると五楽師匠は、今日は、お前、奥山さんから柳橋の方に呼ばれているから行って来なさいと言われる。

その日の美寿々亭での二つ目最初の落語を終えた帰り、「万盛軒」で小丸と一緒にビールで乾杯していた小文は沈んでいた。

あまり受けなかったからと知っている小丸は、郭話なんて今日日、そうどっとはこないよと慰める。

春江も、今日は私のおごりよと言ってくれたので、嬉しくなった小丸と小文は、よっ、べけんや!と文楽師匠の真似をする。

文楽師匠の古典も俺たち2人が守らなくちゃいけないな…と小丸が呟くと、それまで考え込んでいた小文は、良く分からない事がある。古典ものはこれで良いのかって思う。郭話なんて、今時の人は誰も分からないでしょう?と言うので、そんな事言ったら、歌舞伎も常磐津も浄瑠璃も全部そうじゃねえかと小丸は困惑する。

現代的な要素がないでしょう?今の人には受け入れられないのでは?…小文が考え込むと、お前は学が邪魔しているよと小丸が指摘したので、どうして大学出ちゃったんだろう?と小文は悩み、いくら考え込んだって前科が消える訳でもなし、昔も今も人情に代わりはないだろう?と小丸は言い聞かす。

春江が、じゃんじゃん飲んでよとビールを注ごうとすると、今日はお座敷がかかっているんで…と小文は詫び、春江の方も、私に気兼ねしないでと言ってくれたので、がっかりしたような小丸をその場に残して小文は店を出る事になる。

奥山(柳家金語楼)と言う人物に、同じく北海道出身だと言う小結の鉄砲関と言う関取と一緒に、はじめてナイトクラブに連れて来てもらった小文は、芸者の茶良子(塩沢とき)と会う。

マネージャーがテーブルに挨拶に来ると、奥山は小文を紹介する。

すると、マネージャーは、落語家さんには時々司会者等もやってもらっています。何かやって頂けませんか?と小文に依頼する。

いきなりのリクエストで戸惑っていた小文だったが、奥山から何かやってみろと言われると断る訳にも行かず、仕方なくステージに出ると、客から貰った「オリンピック」「毛生え薬」「メーデー」と言う言葉をヒントに三題噺を始める。

歌舞伎が今度アメリカに行くそうだけど大丈夫かね?

今度のオリンピックはローマだってね?

リンカーンみたいなひげを生やした与三郎がお富に会い…などと巧みにまとめて話し終わるが、それを客席で観ていた放送プロデューサー(岡豊)と放送脚本家(村上冬樹)は、今度あの男を「トンチンカン大放送」に使ってみたら?ちょっと面白い男だねなどと気に入られていた。

後日、小文は五楽師匠に、古典だけをやっていく事に疑問を感じていると悩みを打ち明けていた。

自分の芸が自分に物足らなくなったら一人前だ。それが芸の壁と言うのだ。新作やるのも結構じゃないか。新作も古典もねえ。本物の噺家になりゃ良いんだと五楽師匠は言ってくれる。

その言葉に勇気づけられた小文は、その後、高座で新作落語をやるようになる。

すると、みるみる人気が沸騰し、ラジオやテレビCMに引っ張りだこの売れっ子になって行く。

テレビの時代劇で「丹下左膳」に扮したり、チャップリンのまねごとやったり、「私は貝になりたくない!」と死刑囚役を演じたり…

新聞雑誌にも「小文売り出す」と言う記事が踊るようになる。

いつの間にか、金持ちになっていた小文は、妹の勝子と共に、文化アパートに住んでいた。

ベッドに寝ていた小文は、電話が鳴っていたので勝子を呼ぶが、どこに行ったのか出ようとしないので、仕方なく起き上がると自分で受話器を取る。

電話の相手は、大学時代の友人、北川亮太郎だった。

昨日テレビの風邪薬のCMでお前を観たよと言い、自分の方はアメリカから去年の暮れに帰って来て、今では親爺の会社の専務をやっていると言う。

久しぶりに会いたいが、今日はどうだと言うので、小文は、壁にかかったびっしり予定が書き込まれたスケジュール表を観て、今日は9時過ぎなら空いていると答えると、柳橋で待っていると北川は言う。

電話を終えた北川に、あれほどの人気者が付いてくれたら大助かりですな…と話しかけたのは、黒岩(清水一郎)と言う男だった。

その夜、柳橋の料亭で北川と共に待っていた黒岩は、小文がやって来ると名刺を差し出す。

小文は、いつか君に借りた2万だと言って金を返そうとするが、そんなものはもう良いよと断ろうとする北川に、否、あのときこの2万があったればこそ、僕は落語の世界に入れたのだから、君は恩人だと小文は礼を言う。

北川は、じゃあ、これは一旦受け取る事にして、改めてご祝儀として君に渡そうと言うので、それならばと言って、小文は金を引っ込める事にする。

すると、北川は、頼みがあるんだと言い出す。

今度、参議院の補欠選挙に全国区から立候補しようと思っている、別に政治家になりたい訳じゃないが、親爺の影武者が箱根で頓死してしまったのでやらざるを得ないんだと言い、黒岩も、北川コンツェルンの為に一肌脱いで頂きたいと頭を下げて来る。

6大都市で応援演説をして頂きたいと黒岩は頼み、経済的に迷惑をかけるような事はしないと北川も約束してくれる。

小文は、いきなりの話に戸惑っていたが、そこに芸者衆がやって来て、その中に、かつてナイトクラブで知り合った茶良子が横についてくれたので喜ぶ。

北川は2人が顔見知りだった事に驚いたようで、こんな顔のどこが良いんだ?と学友らしい悪口を言うが、茶良子は、今やファニーフェイスの時代よと言い、すっかり小文が気に入った様子だった。

小文が酒を勧めようとすると、私はスコッチの方が良いと言う茶良子は、これから踊りに行かない?と誘って来る。

その後、ナイトクラブで小文と踊る茶良子は、今度は客としてではなく、お休みの時どっかに誘ってくれない?と甘えて来る。

一緒に店に付いて来ていた黒岩は、あれは浮気好きで有名なフーチャラ芸者ですよと北川に教える。

ある日、「万盛軒」で小丸、遊太郎、楽馬の3人が集まり、今度開く、五楽師匠の還暦祝いの相談をしていたが、来るはずの小文がなかなか現れないので兄弟子2人は呆れていた。

遊太郎などは、あれは噺家ではなくて何でも屋だ。俺たちには出来ない…とバカにしていた。

その時、店の電話がかかり、春江が小文さんからよとテーブルに来たので、まさか来られないってことじゃないだろうな?と兄弟子たちは警戒する。

電話に出たのは小丸だったが、急に遠出のお座敷がかかったので行けなくなった。御贔屓筋なので断れない。会費等は引き受けます。お祝いの当日には必ず行きますよと伝えた小文は、電話を切り終えるなり、巧く行ったと言いながら、側で待っていた茶良子と共に浮気旅行に出かける。

ホテルで茶良子と過ごした小文は、困ったな…、今から美寿々亭に向かっても間に合わない。今日ですっぽかしたの、3度目だよ…と腐ると、茶良子の方も、何言ってるのよ、私の方もお店休んだのよと言いながら、椅子に座っていた子分の膝の上に乗って甘えて来る。

本当に俺に惚れてるのかい?俺も惚れてるんだが、君のような売れっ子が俺のような駆け出しに…?と疑わしそうに小文が聞くと、茶良子は、自分が指に付けていた60万の翡翠の指輪を小文に渡し、これで私が本気だって事分かるでしょう?と言うので、感激しちゃ小文は、俺は幸せだ!と感激し、キスをしようとしかけるが、車が来ましたと仲居さんが知らせに来たので、2人ともぱっと身を離す。

その頃、美寿々亭の席亭は、最近、小文が寄席をすっぽかして困ると、五楽師匠に苦情を言っていた。

そこに、ブレザー姿の小文が悪びれた風もなくやって来たので、五楽師匠は増長するのもたいがいにしろと注意するが、小文は、出りゃ良いんでしょう?とふてぶてしく答えるだけだった。

しかも、着替えようともしないで、自分がやるのは新作なので、たまには洋服でも良いでしょうなどと勝手な事を言い出したので、たまりかねた席亭は、断る!二度と来るなよ!と小文に言い渡す。

その会話を、ちょうど出前に来ていた春江も聞いてしまう。

五楽師匠は呆れながら、お前も大した者になってくれたな…と嫌味を言うしかなかった。

その五楽師匠還暦祝いの席、出席していたしていた安藤鶴雄先生に、隣に座っていた文楽師匠は、歌人の吉井勇先生が長生きするのも芸のうちと言われました。あべらかべっそんでございますが…などと話していた。

そんな中、小丸が立ち上がり、祝電を披露し始める。

東宝の菊田一夫、岸伝助…などと紹介していた小丸が、友達の選挙のため大阪にいます…と読み上げると、それを聞いていた文楽師匠が、それは大ションじゃねえのか?と聞いて来て、何ともべっけんやだ…とぼやく。

小文は、大阪のホールに集まった大群衆の前で挨拶をしようと壇上の机の前に立つが、今や人気者の小文が出たので、観に来ていた子供から大人までもが落語をやれ!とせかす。

それを聞いた小文の方も、こっちもその方が楽ですので…と言うと、壇上に登って正座すると、泥棒が家具を絵で描いた家に入って、盗むつもりごっこを始める話を始める。

町には、北川亮太郎の応援トラック等も走っていた。

ところが、後日「北川亮太郎の応援、選挙違反の疑い」と新聞記事が載る。

それを読んだ勝子は、まだベッドで寝ている兄の小文を叩き起こすと、その新聞を見せる。

5600万をばらまいて、黒岩千蔵と言う男は逃走しているそうよと教えた勝子は、兄さんも片棒担いでいた共犯よ!民衆大衆の敵よ!革命が起こったら、真っ先に死刑になるわ!などと糾弾すると、部屋を出て行ったので、金輪際帰って来るな!と小文は怒鳴りつける。

その日、東洋テレビで孫悟空に扮し、薬を飲む仕事のリハーサルをやっていた小文は、廊下で、安藤鶴雄先生とすれ違ったので挨拶をする。

メイクをした小文に、しばらくは分からないようだったが、かつて推薦状を書いてやった学生だと気づくと、君は確か、古典落語をやりたいと言ってたはずだが?と怪訝そうに話しかけて来る。

その後、新作の方をやるようになりまして…と小文がバツが悪そうに答えると、古典も新作もない!噺家なら本道を行きたまえ!君がやってる事はチンドン屋だよ!と言い残して、テレビスタッフと共に立ち去って行く。

きついことを言われて落ち込んでいた小文の元に、見知らぬ2人の男が近づいて来て、警察の者ですと告げられる。

その後、牢屋に入れられていた小文は、五楽師匠が身元引き受け人として警視庁から連れ出してくれる。

小文は礼を言うが、五楽師匠は、お前さんとの縁もこれきりにしてもらおうと言い残し、さっさと帰って行ってしまう。

その後、アパートに戻って来た小文のスケジュール表には、ほとんど何も書かれていなかった。

東京放送の恵比寿氏から電話が入って来るが、今後、仕事はずっと中止になったと言うものだったので、スケジュール表に書かれていたその予定を消すと、後は何も仕事はなかった。

そこに、アパートの管理人が、2月と3月分の部屋代を払ってくれとやって来るが、もうちょっと待ってくれと言って追い出すと、今度は、東洋テレビの大原に電話を入れ、レギュラーをやっていた「凸凹横町」はどうなったかを聞く。

すると、自分の役は、フグにあたって死んだ事になったと言うので、作家先生に頼んで何とかしてもらえませんか?と頼むが、すぐに切られてしまう。

その直後、電話をかけて来たのは茶良子 で、会いたいので、この前の翡翠の指輪をして来てくれと言うので、お守り袋に入れて肌身離さず持っていた指輪を付けて、約束の喫茶店に向かう。

待っていた茶良子は、今日限りあなたに会えなくなった。自分はあなたの事等何とも思ってない。コレにバレてしまったのだと親指を突き出してみせると、今までの事は何もなかった事にしてくれ。ヒスイの指輪も返してよと言う。

それを聞いた小文は逆上し、「お前のようなあばらか芸者、こっちから願い下げだ!と言って指輪を返すと帰りかけるが、呼び止めた茶良子が飲んでいたお茶代まで払ってよと言われてしまう。

夕方、すっかり落ち込んだ小文が屋台に入ると、先客として飲んでいたのは小丸だった。

先々月から寄席にも出ていないそうじゃないか?何をやっているんだ?と小丸が聞いて来たので、ラジオやテレビもあるし、最近映画から声をかかっているんです。コレから自分は、役者になるつもりですなどとつい小文は噓を言ってしまう。

すると、下らねえ見栄を張りやがって…とすぐに噓を見抜いた小丸は、落語家のくせに選挙違反なんてやりやがって…、俺が師匠に取り持ってやるよと言ってくれる。

しかし、ヤケになって素直になれない小文は、俺はもう噺家を辞めるって言ってるんだ!先輩面はやめてくれ!と怒鳴り返して来る。

それでも小丸は辛抱強く、そうごてるな…。文楽師匠に惚れて始めたんじゃないかと言い聞かすが、俺は大学出てるんだ。噺家なんてやらなくても食って行けるんだ!などと小文は言ってしまい、小丸とコップの酒を掛け合ってしまう。

屋台の外に出た2人は、殴り合いの喧嘩になる。

しかし、先に立ち上がった小丸は、お前みてえな奴いくら殴っても、何にもならねえや…と言い残して、その場を立ち去って行く。

小文は、やい、逃げるのか!等と言いながら立ち上がるが、ふらつく足で通りに出た小丸は、通りかかった車に撥ねられてしまう。

重傷を負い入院した小丸の病室でじっと容態を見守っていたのは、小文と、小丸の母親だった。

ベッドに寝かされた小丸は、目を覚まさないまま、お父ちゃん、俺にも飲ませてくれよ…とうわごとのように「さんぼう」の小話を呟いていた。

母親は、これは本当にこの子が好きだった話なんですと言う。

そこに五楽師匠と浜子が駆けつけて来る。

小文は立ち上がり、俺のせいなんですと詫びるが、五楽師匠は小文の顔も観ようとはせず、浜子、この人に引き取ってもらってくれと告げただけだった。

小文は黙って病室を後にする。

アパートに戻って来た小文は、勝子が、研究会の仲間と一緒に、机等を運び出しているのを見つける。

何してるんだ?と聞くと、家賃も払えないのにここにいられないでしょうと言うので、俺は兄としてお前の面倒を観る立場にあると小文は止めようとするが、勝子は、私は私の道を行くから、兄さんも自分の信じる道を行けば良いじゃないと言い残し、仲間たちと共に部屋を出て行く。

翌日、久々に「万盛軒」にやって来た小文は、チャーハンとシューマイを注文するが、小丸さん、今朝、病院で亡くなったんだってねと春江が教えて来たので、愕然としてしまう。

春江の方も、てっきり小文は知っていたと思っていたようだったが、明後日、お弔いだって、さっき席亭が言ってたと言う。

真打ちにならないうちに亡くなったのね…、いつか、俺たち2人で古典を守るんだって、ここで話してたよねと春江が思い出させるので、耐え切れなくなった小文は、もう兄さんの話はよそうよと呟く。

頷いた春江は、私、近いうち、東京ともお別れしなくちゃいけないの。国に帰ることになったのよと言い出したので、それはつまり…、お嫁に行くって事かい?と小文が利くと、県庁に勤めている従兄弟となのよ。こっちじゃ誰ももらってくれそうもないから…と春江は寂し気に言う。

小丸の葬式の日、紋付姿で五楽師匠の家に近づいていた小文は、先に焼香を終え帰りかけていた文楽師匠の姿を見かけたので、思わず路地に身を隠そうとするが、横を通りかかった文楽師匠は、小文に気づくと、遅かったね。早く行ってお焼香をしておあげ…と声をかけてくれる。

その言葉に後押しされるように家に入った小文は、苦虫をかみつぶしたような表情の来客や兄弟子たちの視線を感じながらも、焼香をすませると、あにさん…、勘弁しておくんなさい。俺は本当にバカやろうでした…。私がはじめてあにさんに教えてもらったのも「さんぼう」でした。せめて、この場で俺の「さんぼう」を聞いておくんなさい…と遺影に語りかけると、「さんぼう」を語り始める。

それを聞いていた小丸の母親は泣き出す。

五楽師匠を始め、兄弟子たちや来客たちもしんみり聞き入る。

話し終えた小文が、どなたさまも失礼いたしましたと頭を下げ帰りかけようとした時、小文、そこにお座りよと声をかけて来たのは、女将の浜子だった。

立ち入るようだけど、私が師匠に詫びを入れるから、戻って来ないかい?小丸は最後までお前のことを言っていたよと言い出し、師匠どうでしょう?と五楽に語りかける。

五楽も考えていたようで、仏さんの気持ちに答えるか?位牌に誓えるか?と小文に聞くと、その場にいた席亭にも、もう1度、こいつを男にしてやってくれませんかと頼み込む。

遊太郎や楽馬も、自分等は別に異存はないと言ってくれる。

それをじっと聞いていた小文は、皆さん、どうもありがとうございました!と頭を畳にこすりつけ泣き始める。

それを観ていた五楽師匠は、落語家に大泣きされたんじゃ商売にならないよと涙目で苦笑し、小文も無理に顔を上げて、泣き笑いの顔を作るのだった。

その頃、勝子は、国会議事堂前で、安保反対を叫ぶデモ隊の中に参加していた。

その後、小文は又、席亭で落語をやるようになる。

客席の後方でそれを観ていたのは、旅行鞄を持った春江だった。

腕時計を気にした春江は、まだ話の途中ながら、そっと寄席を出て行く。

そんな春江の事に気づいたのかどうか、小文は高座で話を続けていた。

追い出しの太鼓の映像と共に「おわり」の文字