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眠狂四郎人肌蜘蛛

シリーズ第11弾

又しても、狂四郎の出生を巡る黒ミサと、家斉の妾腹と忌まわしい兄と妹の双子故、疎まれて僻地へ追放された2人が鬼畜三昧の悪行を繰り返していると言うサイコネタを中心に、怪奇色も交えた劇画タッチの娯楽作になっている。

狂四郎に近づいて来る女たちが、皆、敵の罠だったり、幕府の威信を保つため、サイコの姫たちを殺してくれと目付が頼みに来るのも7作目の「多情剣」と同じ、そうした過去の繰り返し要素が目立つので、特に目新しさはないのだが、似た骨格の上に、いくつか見所も用意されている。

興味深いのは、ここまで手傷を負ったことがない狂四郎が、毒矢を左腕に受けて死を意識するシーンがあること。

これは、この頃既に病魔に冒され、翌年夭折してしまう市川雷蔵の運命を知る者には暗示的に見える。

又、狂気の兄、家武が、遊びで逃げ惑う農民に矢を射かけて殺して楽しむ等と言う描写は、後の「十三人の刺客」(2010)の1シーンを連想させたりする。

こうした狂った残忍な領主と言う描写は、当時の白𡈽三平氏などの劇画にもあったもので、主人公が倒す敵として理屈がいらないと言うことだろうが、何度も繰り返されると通俗で安易な処理に感じられなくもない。

紫を演じている緑魔子は、つぶらな瞳が印象的な女優さんだが、この作品では、時代劇とは思えないほど派手で濃いメイクをしている。

迫力こそないが、意外と悪くないのが家武を演じている川津祐介と都田一閑を演じている渡辺文雄と言う松竹系のイメージがある男優たち。

そして何と言っても本作の見所は、薬師寺兵庫を演じている若き日の寺田農だろう。

画面で観ているだけでは誰だか分からなかったくらいだ。

60年代も後半になると、それまであった五社協定のようなものが事実上消滅して行き、俳優たちの専属イメージのようなものは消えて行った時期だけに、こうした顔合わせが観られるようになったのだろう。

他の作品と比較せずに、これ単独で観る分には普通に楽しめる作品に仕上がっていると思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1968年、 柴田錬三郎原作、星川清司脚色、安田公義監督。

※文中に、今では差別用語と言われる言葉が出ていますが、時代背景を考えると、それを省略したり言い換えると意味が通じにくい部分もあり、劇中で使われている通りにそのまま使用しております。なにとぞご了承ください。

タイトル(金色の溶岩の墨流しのような動きに赤い文字で)

手鏡を前に侍女(矢代洋子)に髪を梳かせているのは、将軍家斉の娘紫(緑魔子)

その紫が、突然、苦しみ出したので、侍女が寝所に寝かせようと付き添うと、突然、紫は、その侍女を簪で刺し殺す。

それを側でじっと観ていた老女楓(岸輝子)は、紫様、生き血を流す今宵の趣向で、持病の頭痛も鎮まりしょうと声をかける。

館の地下にある牢屋にやって来た鉄棒を持つ蜘珠手(松枝錦治)が、捕まっていた農民の1人を外に引きずり出す。

眠狂四郎(市川雷蔵)は、江戸への帰り道、母親の墓のある甲州の寺へ立ち寄ろうとしていたが、途中の大鴉の森の中で、ふらふらと近づいて来た老人が、又人が死んだらしい。その屍を見つけ、鴉がついばむのじゃ…、この村里に長いは無用じゃと狂四郎に告げるとすれ違って行く。

小さな母の墓碑を前に、ここを永眠の塒にして欲しいと母親に言われた…と話す狂四郎に、墓守をしていた七蔵(寺島雄作)から、良く来て下さった。あなた様1人で、その御遺体をここへ運び、これからは1人で生きて行くと申されたのは、あなた様が15才の冬でしたなと懐かしそうに出迎える。

随分荒れ果てた寺の様子を狂四郎が聞くと、豪族の館もこの寺も黒ミサのお咎めを受けて、このように…と七蔵は教え、私はここで一生…と言うと、あれからもう14年、もうお会いできますまい。私は年を取り過ぎました。狂四郎様に会ってもらいたいものがおりますと言うと、近くの寺に誰かを呼びに行くが、そこには誰もいないことに気づく。

近くの川で、魚を銛で突いていた青年は、ツバメが低く飛んで来ると、それを突き刺そうと身構えていたが、そこにやって来たのが、七蔵と狂四郎だった。

七蔵が狂四郎に、その青年を薬師寺兵吾(寺田農)と紹介すると、兵吾は、あなたは眠狂四郎!七蔵からいつも聞かされ育てられましたと言う。

狂四郎は七蔵に、お前が育てたのかと聞くと、嬉しそうに頷く。

その時、円月殺法を一つお願い申す!と声をかけながら、銛を突き出して来た兵吾を観た狂四郎は、御主ももう長い命ではあるまい。それが気にかかる。目出たいことに対する予感は一度もないが、不吉なものにはすぐに響くように六勘を磨いていると言うと、兵吾はあなたと同じ黒ミサの子、死ぬ気でございますと頭を下げて来る。

七蔵の住まいで、寂しい村だなと狂四郎が呟くと、男も女もいなくなりました。2里あまり向うの大鴉の森の端にある鬼館に村のものが連れて行かれ、牢の中に閉じ込められている。一度入ると二度と出られない所ですと七蔵が説明するので、それは誰の館か?と聞くと、土門家武様と七蔵は答える。

それを聞いた狂四郎は、死んでなかったのか?と驚くが、兵吾をお助けください。明日の朝、兵吾は館に召し出すように言われているのですと七蔵は哀願する。

しかし、その間、黙々と飯を食っていた兵吾は、俺は逃げない。あんたは逃げるんですか?どうせ、俺を呼ぶのも黒ミサに対する興味だけだと憮然としながら吐き捨てていたが、そこにやって来たのは、近所に住む娘のはる(小林直美)で、村を逃げるので一緒に逃げてくれ。どうしてそんなに意地を張るの?と兵吾に頼む。

兵吾は、俺はもう蔑みも同情もまっぴらだと言うと、はるを追い出そうとする。

その時、抵抗していたはるが落とした十字架を観た狂四郎は、お前、隠れキリシタンか?と問いかけ、俺は、神と言う奴にそびら(背)を向けている男だと教える。

兵吾ははるに、黒ミサを知っているだろう?神を捨てたものが、悪魔の生け贄に女を捧げる。その子が俺だ!行け!と行って、外へ追い出してしまう。

それを観ていた狂四郎が、俺なら、あの女と平穏に暮らす。まるでガキだよお前はと言うと、世の中に背を向けて、異人の子と円月殺法を売り物に気取って歩く無頼の徒、それがあなただ!あなたが今までやって来たことは何だ?何の意味もないじゃないか。あんたは空っぽだ!女と平穏に暮らす?止めてもらおう、自分に出来もしないことを言うのは。むかつく、そのすました面を観ると。俺は黒ミサの子を売り物なんかにしないぞ!止めろ!そんな目で見るのは!と狂四郎を睨みつけて来る。

宣教師が、裸の女の胸に十字を描き、その上に盃に入った血を垂らす黒ミサの儀式のイメージ

翌朝、馬に乗った3人の侍が七蔵の家の前に来て、薬師寺兵吾、迎えに来た!と呼びかけるが、家を飛び出した兵吾は抵抗しようとしたので、2人の家臣らが刀を抜くと、斬ってはならぬ、紫様のお叱りを受けると言う侍がいたので、紫とは土門家武の妹か?と狂四郎は声をかける。

名を名乗れと侍が言うので眠狂四郎と教えると、その侍は、田付十郎次(五味龍太郎)と自分の名を言う。

狂四郎は十郎太に俺が身替わりに行こうと言い出したので、兵吾は余計なことをするな。俺はあんたの恩など受けたくない!と向かって来るが、狂四郎はそんな兵吾を打って気絶させる。

紫の部屋に連れて来られた狂四郎は、19の男より、俺の方が虐めがいがあろう?とずけずけと紫に対して挑発する。

その頃、館の外廊下から下に広がる広場を見下ろし、矢を引いていたのはこの館の主人、土門家武(川津祐介)だった。

家武が狙っていたのは、農民の若い男女だった。

逃げ惑う男女だったが、家武の矢は、男にしがみついたおみつと言う娘の背中に突き刺さる。

館に連れて来られた狂四郎の前に現れた楓は、薬師寺兵吾の身替わりとはそなたか?奇異な名じゃと話しかけ、紫の方は、そなたの髪の毛は赤いと言うので、狂四郎が黒ミサの子と答えると、仕官が望みなら叶えようと紫から言う。

狂四郎は、この世に欲しいものはない。薬師寺兵吾から手を引いて欲しいと頼む。

楓に狂四郎を寝室に案内させた、2人きりになった紫は、兵吾よりも男振りも良い。寝屋の楽しみごとの限りを尽くそうぞえと誘って来るが、狂四郎は冷徹な目で紫を睨みながら、兵吾も慰み者だったのか?と聞くと、何の不服があろう。将軍家斉の娘か?家斉の子、家武紫兄妹は2年前に江戸で切腹して果てた…の表向きで生きていた、甲府は天領の地、どんな振る舞いをしようとをしようと咎め立てするものなしというわけか。

その通り。死人に文句はつけられまい。でも江戸が恋しく、無聊に堪え難くなるときもある。狂四郎、慰めて欲しいと紫は言う。

遊びの相手にされ命を落とした若い男が幾人いる?俺は何番目だ?と狂四郎が聞くと、私が恐ろしいかえ?黒ミサでは、女子をどのようにして行うのだ?と紫は好奇心で聞いて来る。

えげつさでは黒ミサでもそちらに叶うまいと狂四郎が答えると、紫は笑いながら、悪魔より私が上とは喜ばしいと言うので、将軍の妾腹、それも畜生腹と蔑まれる男と女の双子。日陰者の不平不満が高じての淫乱、親爺家斉への当てつけか?と狂四郎が迫ると、紫は真顔になり、私の肌を観てそなたの眼が少しでも燃えたら、私の勝ち、意のままになろうな?と挑戦して来る。

拝見しようと答えた狂四郎は、着物を脱ぎ出前をさらした紫に、そんな眺めには慣れている。他に趣向はないのか?と嘲り、なければ…と言い残して部屋を後にする。

すると、廊下の両側の壁から槍が次々と突き出して来るが、狂四郎は斬り捨てる。

それを観た紫は、見事!その技に挑みかかる獲物を与えようと告げる。

館の前の広場に連れて来られた狂四郎の前に立ったのは、鉄の棍棒を持った大男、蜘珠手だった。

しかし、それを館から見物する廊下に出てきた土門家武は、まず俺が試してみると言い、蜘蛛手を下がらせると、鏃に毒を塗った矢を射かけて来る。

それをあっさり狂四郎が交わすと、蜘蛛手が再び立ちふさがって来たので、貴様、紫の奴隷か?人を殺すために飼われた獣相手では、無双正宗がわびしかろうと嘲る。

逆上した蜘蛛手が襲いかかって来るが、狂四郎の一太刀で、鉄の棍棒をまっ二つに切断されてしまったので唖然と立ち尽くす。

周囲にいた侍たちを次々に倒しながら館に戻って来た狂四郎は、紫に剣を突きつける。

周囲の侍たちが無礼者!と気色ばむと、次は高貴な御身の姫に向かって…と言うのだろう?楽しみのために殺される方の命は惜しくないのか?と狂四郎は迫り、正座していた紫の足の間に剣を突きつけると、館から逃げ出す。

それを追おうとした家臣たちだったが、江戸から城代都田一閑(渡辺文雄)様が来られたと知らせが来たので留まる。

一閑は家武に会うと、まだ毒殺いじりが止みませんか?と聞く。

家武は、これは南蛮渡来の毒だと見せながら、今に見ろ、俺をここに追いやった幕閣の奴らの度肝を抜いてやる…と目をぎらつかせる。

お館内が騒がしいようですな?と一閑が聞くと、何しに来た?と家武が逆に聞いて来たので、江戸表にとかくの噂が入りますので上様はことのほかのご心痛。かかる寂しき村里にての明け暮れ、さぞや御無聊と存じますが、なにとぞお静かにお暮らしくださいと一閑は答える。

それに対し、何を今さら…、俺は2年前に切腹して果てた人間だぞ、もはやこの世にはいない人間だ。土門家武の行状?そんなものは俺は知らん!と家武は吐き捨てる。

拙者、死を覚悟して参りました。これ以上行状を重ねられると公儀の威信にも関わること故、捨て置かぬとの上様の思し召しでございますと一閑は説得しようとする。

そこに紫が楓を従えてやって来たので、眠狂四郎と言う奴、どうするつもりだ?と家武が聞くと、もう手は打ってありますと紫は答える。

寺に戻って来た狂四郎は、家の前に倒れている七蔵を発見し、兵吾が鬼館に連れ去られたことを知る。

瀕死の七蔵は、お願いします。兵吾を!あの子は、子供の頃からあなた様のような侍になりたいと言って育って来た。逆にののしなければ自分の気持ちを言い表せない…、心のねじけたあの子を…と言い残して息絶える。

鬼館の牢に入れられた兵吾を観に来た紫は、お前は狂四郎をおびき寄せる罠じゃ。いずれは殺す。それまでの命、犬のように楽しむが良い…と笑いかけると、狂四郎をどのように討ち取るか蜘蛛手に呼びかける。

その頃、狂四郎は、土門家武の館で聞いて来たと言い寺にやって来た公儀目付役都田一閑と会う。

一閑はお願いしたい儀があると切り出すが、狂四郎は人の願いは聞かんと仏になった老人にも言ったが…、俺に土門家武を斬れと言うのか?と問いかけると、一閑は、拙者がこの地に来たのは、家武様の行状を探りお諌めして、行状改めなければ家武様の一命を闇に葬れと言われて来たが、家武と拙者とは、少年時代、湯島聖堂で共に学んだ友でござる、苦渋お察しくださいと言う。

俺がことのついでに斬ってもお咎めなしと言うことかと狂四郎が呟くと、家武様が江戸にある頃、幕閣要人の原因不明の死が相次ぎ、それに加えて、妹、紫様に道ならぬ恋情を抱き、その2度のお輿入れの相手も毒殺したとの世情の風評しきり、処断いたさねば将軍家の御威信にも関わるため、表沙汰は切腹の沙汰をし、江戸追放に相成り申したと言う。

そうか、家武は妹に惚れているのか。その兄妹がそろって人殺しを楽しんでいる。キ○ガイの沙汰だと狂四郎は呆れるが、一閑は、とは言え、どうしてあの方を拙者が斬れようか、お力をお貸しくだされ再度頭を下げて来る。

鬼館には生きて帰したい人間がいる。俺が家武を斬るか斬らぬかは二の次だと狂四郎は答える。

その頃、家武は、牢から出して来た農民の女(井上ヒロミ)に、盃に入った液体を飲めと命じ、それを口にした女は苦悩の末息絶える。

それを嬉しそうに観ていた家武は、側に控えていた曽根門之助(伊達三郎)に、この毒は良く利くぞと笑いかける。

その後、館の前の広場で、田付十郎次相手に、騎馬戦遊びをする家武だったが、十郎次がたんぽ槍で突き落とされると、者足りぬと言う風に、誰ぞ替われ!と命じる。

一方、地下牢の前に来た紫の方は、1人の男を出すと、自分が指差す女を犯せば、帰してやろうと言っていた。

そして、紫が指名したのは、はるだった。

向かい側の牢に入っていた兵吾は驚愕し、キチガイめ!と紫をののしるが、やらずばおのれが死ぬだけだと紫から迫られた男は、牢の中に入り、はるを抱こうとする。

兵吾は半狂乱になり、畜生!俺を殺せ!と叫び、はるは、十字架を握りしめて目をつぶっていたが、農民の男はそれ以上はるに迫ることも出来ず、結局、牢の外に出て来た所を、蜘蛛手の棍棒で頭を勝ち割られて死ぬ。

そこにやって来た家武は、又頭痛か?と妹に聞くが、狂四郎は、兄の意のままにも、私の意のままにもならないようですと答えた紫は、十郎次に狂四郎を討てと命じる。

家武は、私がやると妹に伝えるが、私が嫁いだ2人の男のようにですか?と紫は聞き、狂四郎は容易ならぬ男、策略を講じなければ、兄上にも討てますまいと続けたので、家武は笑止なと答える。

寺の墓に参っているおこそ頭巾の女を観かけたので近づいてみる。

女は、知った者の墓ではないが、自分も死にますので参っております。長い患いで、もう蓄えもない。この身をひさごうにも村の者が相手にしてくれませんなどと言うので、狂四郎が1両を投げ与えると、私も元武家の育ち、コ○キのような施しは受けたくありませんと拒否する。

無償の施しより、身を売る法が恥ではないのか?と狂四郎が聞くと、この世の最期の思い出に、あなた様のような方と時を過ごしとうございますなどと言うので、女の後を付いて行き、竹林の中のあばら屋に入る。

そこには、蚊帳が吊ってあり、その中に入った女は、ヤブ蚊が酷うございますので、おいでなさいませと中に誘う。

狂四郎が中に入ると、女は、あなた様は、この頭巾を取れと申されませんか?と言うので、脱ぎたくなければ良いと答えた狂四郎だったが、そなたが武家育ちであることは間違いない。1つだけ聞いて置こう、そなたを抱いた男がない由だが何故だ?と言うと、女は自ら頭巾を取る。

その頬には醜いただれがあったので、狂四郎は、ラ○か?と聞き、この頬をご覧なされては、どんな物好きな殿子でも私を抱こうと言う気持ちは消え失せましょうと女が言うので、たで食う物好きがやって来たと思ってもらおうと言う狂四郎は、浅ましい業病に取り憑かれた女をと驚く女の着物を剥ぐと、ら○の印はどこにもない。どうする?身体を売るか?と迫る。

女はためらった後、売りますと答え、狂四郎は抱き始めるが、次の瞬間、蚊帳の外から数人の侍が襲撃して来たので、瞬時に斬り捨てる。

最後に残った曽根門之助に、蚊帳の中ですでに死んでいた女を観た狂四郎は、この女、おそらくお前の女であったろうが、俺と最期の営みをして、極楽往生を遂げたと告げ、相手が逆上して斬り掛かって来た所を斬り捨てる。

寺を後にした狂四郎に、門付女が近づいて来て、布引きの宿まで遠いんでしょうか?と聞いて来たので、2里ほどかと答えると、連れて行って下さいなと甘えかかって来たので、あいにく俺の行く先は布引きではないと答え、狂四郎は森の中に入る。

すると、頭上から槍が何本も落ちて来たので、敵の位置を見極めた狂四郎は、地面に刺さった槍を1本抜くと、木の上の敵に投げつけ、落とす。

先に進むと、そこには家武が蜘蛛手や家来たちと待ち伏せていた。

家武は、紫がうぬの生首を待ち受けていると呼びかけて来たので、狂四郎も、こちらは、そのキチガイ女から兵吾を頂くために来たと答える。

円月殺法を見せろと言う家武に、狂四郎は答え、円月殺法を披露し始めるが、その途中、脇の木の間から次々に火矢が飛んで来る。

それをさばいていた狂四郎だったが、家武が放った毒矢を左腕に受けてしまう。

家武は、狂四郎!貴様の負けだ!矢の先に塗った毒が全身に廻り、そして消えるのだと嘲笑し、その場を立ち去った狂四郎を、追え!梢に吊るして、鴉の餌にしてやると叫ぶ。

しかし、狂四郎は、森の中に消えてしまい、見つけることは出来なかった。

狂四郎は、木陰に横たわり、空を見上げながら、これが俺が観る最期の空か…と呟いていたが、そこに人影が近づく。

布引の宿の「叶屋」と言う旅籠で、狂四郎は、持っていた解毒剤を使って命を助けてくれた都田一閑に礼を言っていた。

一閑は、貴殿ほどのの者が死の不安を刻み付けられた無念さ、お察しすると言い、拙者は貴殿をお助けした。貴殿も拙者の苦しい立場をお救いなさる務めがあろうと迫って来るが、こちらから頼んだことはない以上、そちらの頼みも聞くつもりもないと狂四郎は、家武殺害の依頼を断る。

天下万民のため!と一閑が頭を下げても、天下万民のためなど寒気がする!死に際の気分を味わえて、土門家武にも礼を言うだけさと言って立ち上がると、まだしびれが残る身体を押して宿を後にする。

1人、飲み屋に入った狂四郎に声をかけて来たのは、昼間会った門付女須磨(三条魔子)だった。

女は、狂四郎に酒を注いで勧めたが、狂四郎は盃を持ち上げようとして、まだしびれが残っていたので取り落とす。

そして、再び、継がれて盃を持ち上げると、須磨に飲んでみろと迫る。

須磨は、その盃を飲み、嫌ですね…、何を疑っているのか知らないけれどと笑いかけて来る。

須磨と村はずれの一軒家で寝ることにした狂四郎だったが、いきなり剣を抜いて相手の身のこなしを見分けると、武芸を学んだことがあるだろう。そしてその身体から匂って来る香り、門付の分に過ぎた香りだなと指摘する。

何故ここまで付いて来た?正体を明かしてみろと狂四郎が迫ると、須磨は、私は町者ではありませんでした。本庄ありゲスイの貧乏旗本で村井勘兵衛と言う真庭年流の手だれものでしたが、患い末に死にましたと言う。

家武の何だ?と聞くと、紫様の侍女、町里に身を沈めていた私の芸が退屈しのぎになると思ったんでしょう。江戸からさらわれて来て、こんな寂しい田舎暮らしなどと須磨は告白する。

色仕掛けの罠なら毎度のことだと無表情に言う狂四郎に、殺すつもりならとっくにやっています。一目見たときから惚れたんです。私を江戸へ連れて行って下さいと迫って来る。

その頃、須磨を色仕掛けの四角として狂四郎の元へ送り込んだと楓から聞いた紫は、狂四郎に抱いて!と迫っていた須磨と狂四郎の元に蜘蛛手を従えて駆けつけると、卑しい女との戯れ言を観よう。続けるが良いと命じる。

須磨は、そんな紫を誘うと小刀を突き出して来るが、蜘蛛手に阻まれたので、外へ飛び出して逃げ去って行く。

田付、逃がすな!と叫んだ紫の言葉を聞いていた狂四郎は、その田付十郎次が布引の宿からずっと俺たちを付けて来ていたが、俺が死んでなくて申し訳ないと嘲笑する。

紫は、薬師寺兵吾がどうなっているか知りたくはないかえ?と聞いて来たので、兵庫に危害を加えたら、そなたの命もないものと思えと狂四郎は凄んでみせるが、明日の夕方、大鴉の森外れにある一軒家まで兵庫の姿を観に参れ!と紫は命じる。

その頃、鬼館では、楓が家武に、あんな痩せ浪人を斬ってどうなりましょう?兵庫を取り放てばすむこと、お館様、紫様が亡くなれば、楓は、お2人の乳母、夜も眠れませんと嘆いていた。

そこに都田一閑が来たので、貴様、余計なことをしたなと、狂四郎の命を助けたことを家武は怒る。

一閑は、あれは世を捨てた無頼の徒なれど、幕閣の者たちにも知るものがあります。不審な死に気づけば、お為になりません。本日は覚悟して参りましたと言うので、与を斬るのか?それとも切腹でもして諌めようと言うのか?面白い、やってみろ!と家武は笑う。

御乱行をお止めくださいますか?と一閑が聞くと、俺は俺のしたいことをするだけだと家武は答える。

その後、妹、紫の元にやって来た家武は、狂四郎は与が斬ってやると約束するが、狂四郎は私の女としての恥をかかせました。私が受けた恥を狂四郎の恥として返さぬうちは…と言う紫の返事を聞くと、許さん!土門家の誇りにかけて許さん!と叫ぶ。

狂四郎を辱め、討ち取る手だては出来ています。兵庫の名を出せば、罠と知っていても来る男、夕方と言いましたが、それまでに来るでしょう。狂四郎を仕留める罠、仕掛けました。ダメならダメで、別の手だても考えていますと紫は言うと、部屋を後にしたので、家武が後を追おうとすると蜘蛛手が立ちふさがって止める。

大鴉の森外れの一軒家に向かっていた狂四郎は、村娘が1人、あそこに…と後ろを指差しながら逃げて来るのに出会う。

やがて、一軒家に入った狂四郎は、その床には農民らの死体が転がり、家の中央には大きな十字架が立ち、そこには、裸にされ、胸に十字の印をつけられた須磨が死んで張り付けにされているのを見つける。

すると、家の窓から、発煙筒が投げ込まれて来て、床に転がっていた村人の死人に化けていた侍たちが斬り掛かって来る。

狂四郎は、その者たちを斬り捨てながら、外の様子をうかがうと、周囲は紫の家来たちが発煙筒を持って待ち構えていた。

その中の1人が、中に入ろうと戸を開けると、それを斬った狂四郎が外に出て来る。

周囲の侍たちを斬り捨て、落ちていた発煙筒を拾った狂四郎は、それを近くで様子を観ていた紫が乗って来た馬に向かって投げつけ、驚いた馬が走り去ると、紫の背後から近づいて捕らえ、近くにいた蜘蛛手に、兵庫と紫を交換しろと家武に伝えろと命じる。

館に帰って来た蜘蛛手からそれを聞いた家武は激怒する。

一軒家に狂四郎と2人きりになった紫は、外を観ながら、鴉が歯肉を食らっている。そなたは案外、心根の優しい男などと戯れ言を言うので、お前は化物だ。救いようのないほど荒れ果てていると狂四郎が指摘すると、自分に似ているとは思わぬかと逆に問いかけて来る。

私にはそなたのような男が必要です。兵庫を返せば、私の願いを聞いてくれますか?と甘えて来たので、兵庫は自分で取り戻す。この世に生ある限り、兵庫にはせめて1つくらい楽しい思いを作ってやりたい…、ただそれだけだと狂四郎は言う。

黒ミサのイメージ

狂四郎!と叫んだ紫が抱きついて来たので、夜鷹を抱くほどの喜びもないだろうが、死神の身体、賞味しよう。外では鴉が歯肉を食らっている。十字架にかけられた死人の前で死神を抱く…、2人だけの宴だ。狂い叫ぶが良かろうと狂四郎は答えてやる。

その後、紫を連れ、鬼館の前の広場にやって来た狂四郎は、食いに鎖でつながれている兵庫を発見し近づくが、呼びかけた声を上げたその顔を観ると、両目が潰されていた。

狂四郎が来たと知った兵庫は、私はあなたのようになりたかった。私には分からない。私の生き方は正しかったのだろうか…と言うが、その背中に、館から放たれた家武の矢が突き刺さる。

うぬの目も、俺がくりぬいてやると迫って来た蜘蛛手だったが、次の瞬間、狂四郎の刃の一線で、両目を斬られてしまう。

館に入り込んで来た狂四郎の前に座っていたのは田付十郎次だった。

自分が腹を切るので、それに免じて家武様をお助けくれと頼んで来るが、人殺しの片棒を担いでおいて、下賎の者は生まれながら殺され損では、虫が良過ぎはせんかと狂四郎は言う。

お願いでござる。武士の情!と言いながら、本当にその場で腹を切った十郎次を観た狂四郎は、そのようなものは持ち合わせておらんが、攻めて俺の情と言って近づくと、介錯!と言って首を斬ってやる。

館に戻って来た紫は、私が狂四郎を抱きました。兄上、それで良うございましょう。狂四郎は、憎しみも喜びも与えてくれましたと言うので、それを聞いた家武は、紫!と呼びかける。

しかし、紫は、兄上が狂四郎に手出しなさいますのはお断りしますと言うので、断じて斬る!と家武は叫ぶ。

その頃、狂四郎は、地下牢の鍵を開け、中に入れられていた村人たちを解放していた。

そして、農民たちを逃がすまいとする家臣たちを斬り捨てて行く。

村人は館から逃れながら、持っていた松明を途中の部屋部屋に放り込んで行き、館は火に包まれ始める。

そんな中、狂四郎があの兄妹を斬ってくれればこちらのもんだとあざ笑っていた都田一閑の元にやって来た楓は、江戸に戻られれば全て都田様の手柄、幕閣の重役職が待っているのでございましょう。忠義立てして切腹する愚か者もおるが、館に残った5万両は2人で…と笑いかけるが、次の瞬間、一閑によって斬り殺されてしまう。

広場では、狂四郎が残党を斬っていたが、そこに現れた家武に気づくと、この世の名残に円月殺法をご覧入れようと言い、斬り掛かって来た相手を斬り殺す。

燃え盛る館の前で呆然となった紫に、逃げる途中の村人たちが石を投げつけて来る。

俺がすることは終わったと告げる狂四郎を観ていた紫は、次の瞬間、燃え盛る館の中に飛び込むと、狂四郎!例え生き残っても、おのれの生涯は血まみれだ!と叫び、火の中に消えて行く。

広場の中央では、死んだ兵庫の身体にはるが泣きながら抱きついていた。

そこに近づいて来た都田一閑は、礼を申し上げる。悪行重ねる土門家は滅び去った。これで将軍家は安泰でござると言うので、御主もな…と言い添えた狂四郎は、その場で一閑を斬って捨てると、何事もなかったかのように振り向いて立ち去る。

鬼館は焼け落ちて行った。