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春はまた丘へ

1929年、日活、長倉佑考監督作品。

脚本は、当時、東京市が募集し、それに応募した山本周五郎(本作では、「俵屋宗八」名)が見事金賞を獲得したもの。
児童向け作品で、白黒、無声映画。
残念ながら、現存するフイルムは、クライマックスの途中で終わっている。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

大きな水車が回る美しい川や森がある田園風景の中、着物姿の三人(溝田満三、松本三郎、鵜沢)の少年らが下校している。(画面には唱歌「春が来た」の歌詞が重なる)

とある塀ぎわを通っていた三人、突然、塀の向こう側から飛び出して来たボールを、塀から身を乗り出したセーラー服の女学生(実は、書生を踏み台にしている)に拾って渡してやる。
女学生(12、3歳くらいか?)は、礼と共に、いつか遊びに来てと三人を誘う。
承知する三人。

少年の一人、溝田満三は、身体の弱い父親を助け、牛乳売りをやっている。
彼は、牛乳馬車に乗り、新しいお客になった、東京からやってきた偉い博士の家を訪ねる。
そこが、先ほどの女学生の住む、洒落た洋館であった。
博士には、女学生の長女と、小学校低学年くらいの長男があり、彼等の家庭教師も務める、書生の春山(三枚目役)が一緒に暮らしていた。

満三は裏口から、牛乳をお手伝いさんに手渡すと、その礼に、ちょうど作りかけていたアイスクリームをもらう。
途中から、馬車に同乗していた松本三郎にも、それを食べさせてやる。
二人とも、アイスクリームなど、生まれて初めて食べたので、後で半分食べようと、胸元に入れ、溶かしてしまう失敗も。

満三と別れた三郎は、医者から薬をもらうと帰宅する。
実は、彼のおじいさんは病気で臥せっていたのである。
おじいさんとの二人暮しで生活には困窮している三郎だったが、彼には発明の才能があり、先ほど、満三から聞いたアイスクリームの作り方をヒントに、風力でアイスクリームを作る器具を作ってしまう。

後日、他の二人と共に博士邸を訪れた際、それを見せて、博士に誉められる。
他の二人も、夢があり、努力している事を知った博士は、すっかり感心してしまう。
長女にせがまれ、4月1日、子供たち全員は牛乳配達用馬車に乗りピクニックへ出かける事に。

最初は、徒歩で同行していた春山だったが、途中でへたばってしまい、馬の背中にのって御機嫌になる。
空に、ツェッペリン号が飛んでいるといって、子供たちをおどかし、「今日、4月1日は、西洋では、嘘をいって良い節句なのだ」と教える。
長女が馬車から落ちた!などと、逆に書生を慌てさす子供たち。
「罪な嘘はいけない、私がお手本になる、楽しい嘘を聞かせる」と春山、ドンキホーテならぬ、ドン・イサム・コンドウなる騎士の話を始める。(ここからは、西洋風の衣装を身にまとった、春山と子供たちの幻想シーンになる。結局、夢の中でも、春山は子供たちにやっつけられる始末)

さて、現実に戻り、川のほとりに到着した一行は、そこで楽しく遊んでいたが、川にかかった丸木橋を渡ろうとした長女は、あやまって川に転落して流されてしまう。

その知らせを聞いた春山、最初は先ほどの嘘の続きと相手にしなかったが、子供たちのただならぬ様子を見て、本当の事と知り、自ら川へ飛び込む。

三人の少年たちは、各々、必死の救出方法を考え実行する。
一人は自ら、川へ飛び込み、長女を救おうとする。
一人は、馬にまたがり、村に救援依頼に走る。
一人は、愛犬と鳩に事故を知らせる伝言を付け、村に向けて放つのだった。

最初に、伝書鳩の伝言に気付いたのは、ちょうど、三郎のおじいさんを診察に訪れていた医者であった。
彼は、自転車で現場へ急ぐ。
一方、犬の伝言を見た満三の母は…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

ここで、映画は途切れている。

全編、地方を舞台にしながらも、極力泥臭さを排した設定、美しい自然描写が相まって、日本映画ながら、ヨーロッパ風とでもいいたくなるような、お洒落なファンタジー映画になっている。

一方で、貧しい子供らの家庭事情を描きながらも、決して暗くならず、むしろ、健気に生きる少年達の姿を通して、爽やかな雰囲気が全編に漂っている。

教育的な配慮もあってか、かなり、理想主義的な描き方にはなっているが、ユーモアや夢を意図的に取り入れた作風は、観ていて好感が持てる。

途中、何度か、回る水車の映像が、走る馬車の車輪の映像や、救援を知らせに急ぐ馬のシーンなどにダブり、効果を上げている。

戦前の映画の水準の高さを窺い知る事ができる、まさに貴重な作品である。