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夜の牙

裕次郎主演のサスペンスミステリ映画。

自分がすでに戸籍上死んでいたと言うショッキングな出だしが面白い。

生き別れた弟の存在、自分の事故現場に居合わせたと言う謎めいた3人の男と黒い男、怪し気な美女の登場、キャバレーを舞台に繰り広げられる黒い罠…と、昔の通俗ミステリの要素はたっぷり詰まっている。

途中で、声と言うヒントが出てしまう恨みはあるにせよ、意外な犯人と言う観点から観ても、それなりのどんでん返しが用意されており、本格ものとしても楽しめる仕掛けになっている。

主人公たる裕次郎を助ける助手役として、若き岡田眞澄と可愛いあばずれを演じている浅丘ルリ子が登場しており、戸籍を知るきっかけとなるのが、岡田眞澄演ずる三太が、スリを辞め、映画のニューフェースに応募するためと言うのが楽屋落ち風でもあり、映画全盛期だった時代をも感じさせる。

普段は、ヒロインの次のポジションくらいを演じることが多い白木マリが、この作品でも、やはりヒロイン真理の次のポジションくらいの、裕次郎と出来ている看護婦役と言う設定になっているのも興味深い。

謎めいた3人の男を演じる、西村晃、小林重四郎、安部徹たちも、それぞれアクの強いキャラクターを楽しそうに演じているように見える。

とは言え、この作品で一番印象に残るのは、やはり犯人役を演じているあの人(ここではあえて書かない)だろう。

2つの異なった人格を見事に演じ分けている。

いかにも芸達者な人だと改めて再認識させられた。

声と言うヒントさえもう少し巧く処理していれば、もっとラストの意外性があったのではないかと惜しまれる。

裕次郎自身もまだ若々しく、魅力的な時代の作品である。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、日活、渡辺剣次脚本、井上梅次脚本+監督作品。

※文中に、今では差別用語と言われる言葉が出ていますが、それを省略しては話が通じない部分もあり、一部伏せ字にしてそのまま使用しております。なにとぞ、ご了承ください。

男のシルエットを背景にタイトル

男の影が動き回り、キャストロール

最後に、扉が開き、シルエットの男がスクリーンに向かって銃を突きつける。

「チーズ雪印バター」のネオンきらめく夜の銀座

杉浦診療所は電車高架の真下にあり、電車が通るたびに棚に並べた薬瓶が揺れる有様。

今そこで、喧嘩で負傷したヤクザの男の背中の治療をしていたのは、医者の杉浦健吉(石原裕次郎)だった。

付き添ってきたチンピラ3人は、痛がる仲間の姿を横で観ていて、あれこれ杉浦に文句を言って来るので、一番口うるさいチンピラに、ちょっと左に寄ってくれと頼んだ杉浦は、ちょうど自分の目の前の位置に立ったそのチンピラをいきなり殴りつける。

殴られたチンピラは吹っ飛んで玄関を突き抜け、表に転がり出る。

それを横目で観ながら診療所に入ってきたのは、スリのお銀(浅丘ルリ子)と相棒の三太(岡田眞澄)、通称三公だった。

三太が、診療室の中にいたチンピラたちにどこのシマのもんだ?と文句をつけると、西だと答えたチンピラたちは、西で出入りがあったんだが、サツに連絡しない医者があると知ってここまで来たんだと詫びながら帰って行く。

そんなチンピラたちを見送ったお銀と三太は、ちゃっかり、財布を抜き取っていたので、杉浦は苦笑して、そんな真似辞めとけと注意しして財布を預かる。

それでも三太は、治療費くらいもらわないと割に合わないぜなどと杉浦に忠告する。

そんな三太が足を洗いたいと言い出したので、それを聞いたお銀は、あんたのスリの技はあたいが教えたんだよ。あんたはあたいと結婚するって決めてるんだ!などと一方的に抗議する。

杉浦は、2人ともきっぱり足を洗うんだなと助言する。

スリを辞めて何になる気だとお銀が聞くと、ニューフェースを受けようと思う。戸籍謄本が必要なんだけど、俺、孤児で前科持ちのスリだから、兄貴の戸籍を借りたいんだと言い出す。

杉浦は、俺の戸籍は城南にあったはずと言い、気楽に承諾すると、帰る三太に小遣いを渡してやる。

看護婦の甲野朱実(白木マリ)も、その日の務めを終え帰宅しようと診療室を出るが、ガラス戸の向うで立ち止まったのに気づいた杉浦は、1人でアパートを帰っても眠れないんですものと言う朱実に、僕もだよと言いながら、もう一度診察室へ招き入れると、電気を消し、二階の寝室へ一緒に登って行く。

翌日、東京都城南区役所に出向いた杉浦は、戸籍抄本を受け取ろうと戸籍係(青山富夫)に頼むが、係員は謄本を観ると戸惑ったように係長(山田周平)に報告し、さらに、課長席に向かい何事かを話し合っているようだった。

やがて杉浦を呼び出した戸籍係は、戸籍謄本を示しながら、杉浦健吉さんは昭和30年2月10日にすでに死亡していますと言うではないか。

火葬認可書にも認可が下りているし、死亡診断書もあると言う。

そんなはずはないと呆れる杉浦を説得するため、課長(内海突破)まで受付にやってきて、あなたは死んでおりますと言うので、死亡届を見せてくれと杉浦が頼むと、死亡届は法務局の方に提出していると言い、あなたは生きていること自体が間違いなのです。お気の毒ですと課長や係員の上司はからかうように言う。

城南区役所を後にした杉浦に声をかけて来たのは、朱実からここだと聞いてきたと言う三太だった。

ニューフェースの締め切りは明日なので、杉浦の戸籍謄本を受け取りに来たと言うが、杉浦はサンタを連れ、法務局戸籍係に向かう。

そこに保存してあった死亡届を観ると、届け人は杉浦忠夫となっているではないか!

15の時に、空襲で生き別れた弟の名だった。

係員係長(山田禅二)は、弟さんの住所と死亡診断をした医者の名が分かったのだから、そこで確認なさっては?と勧める。

「きよみ」と言う飲み屋を探し当てた杉浦は、そこの女将(堺美紀子)に忠夫の事を尋ねるが、2年前に二階を貸していたけど、大変な乱暴者だった。その後、伊豆のおじさんの遺産が入ると言って出て行った。何でも、銀座のビルを買って、キャバレーをやるって言っていたと女将は教えてくれる。

続いて、死亡診断書を書いた立松医院の立松医師(浜村純)を尋ね、当時の事を聞こうとした杉浦だったが、死因は脳底挫傷と書いてあるが、2年の前のことだし、死者など多数診ているのでそれ以上のことは覚えてないと言う。

がっかりした杉浦と三太は帰りかけるが、そこに看護婦が駆け込んできて、吉村さんから電話があって、奥さんの気がおかしいってと伝え聞いた立松医師は、脳底挫傷?ともう一度呟くと、廊下に出ていた杉浦らを呼び止める。

戻って来た杉浦に、立松医師は、トラック事故でしたが、傍らにキ○ガイ女がいてわめいていたので思い出したと言い出す。

死亡診断書は、伊豆の親戚と友人と言う男らに渡した。メガネをかけたがっちりした体系の男と、キザなヤクザひげを生やした男、小柄で神経質そうな男、そしてもう1人、黒い男がいたと立松医師は思い出す。

あなたは?と立松医師から聞かれた杉浦は、僕が杉浦健吉ですと名乗り驚かせるが、とにかく死んだ人が1人いると言うことだけは確かだった。

診療所に帰って来た杉浦は、三太や、その日も来ていたお銀らに、弟の忠夫が言っていたと言う伊豆のおじさんの遺産と言うのは、画家志望で東京に飛び出した杉浦の父親の弟のことだと説明すると、俺は伊豆に行くぜ!と言い出す。

俺も行くと付いてきた三太と共に、奥伊豆の杉浦本田と言うバス停でボンネットバスを降りた杉浦は、おじの墓があると言う妙法寺に向かうが、途中の橋の上で、すごい美人とすれ違う。

その美人は、一瞬杉浦の顔を見て足を止めたので、三太は、兄貴、知っているのか?と尋ねる。

しかし、杉浦には見覚えのない女だった。

妙法寺に到着し、寺の男に案内され墓に行くと、杉浦家代々の墓の横に杉浦健吉の墓が作ってあり、その前に花が供えられていることに気づく。

そこに、住職の卓然和尚(森川信)がやってきて、杉浦の顔を見るなり、あんた、忠夫さんの親戚ですか?と聞いてきたので、兄だと答える。

卓然の話では、この辺一帯の大地主だったおじが残した財産は莫大で、1億は下らないだろうと言われており、東京に勝手に出て行った杉浦家の兄、つまり、既に亡くなっている杉浦健吉の父親の籍は抜いてあったので、遺産相続の権利は、その息子である健吉と忠夫の2人だけと言うことになり、杉浦家の執事の加納と顧問弁護士の2人で、兄弟を捜していたが、健吉の方が自動車事故で亡くなったらしい…と言いながら、その健吉自身が今目の前に立っていることに気づいたのか、私は何だかキツネにつままれたような気分ですと戸惑う。

遺産は結局、生き残っていた忠夫が全部受け取り東京に帰った。杉浦家の家屋一切は執事の加納が受け取ったと言うので、杉浦は、花が自分の墓に供えられていたのだが、誰が供えたのでしょう?と聞いてみるが、卓然は知らないようだった。

その後、杉浦と三太は、元執事の加納に会うため、杉浦家の元屋敷に向かうが、戸が閉まっている。

裏手から入り込んで呼びかけると、ようやく、噂通り変人らしき加納(西村晃)が姿を見せる。

忠夫のことでちょっと話が聞きたいと杉浦が言うと、加納は杉浦の顔にびくっとしながらも、何も知らん!と答える。

その姿を観た三太は、立松医師が観た小柄で神経質そうな男と言うのはこいつじゃないか?と杉浦に耳打ちする。

顧問弁護士の名前を聞くと、赤沼…と言うなり、知らん!と言い残して家の奥へ逃げてしまう。

地元の旅館に泊まった杉浦は、俺が15の時、弟は13だった。空襲の時、おふくろと手を繋いで逃げ回っているうち、いつの間にか、忠夫の姿は見えなくなっていた。その後、おふくろはぽっくり死に、自分は書生になって苦労して医者になった。忠夫はいたずらな奴だったことくらいしか記憶にない…と三太に語り、一緒に浴場に向かうが、そこに先に浸かっていたのは、昼間、橋の所ですれ違ったあの美女だった。

杉浦たちは、その美女に遠慮して離れの風呂に入って部屋に戻ると、妙法寺の卓然が来ていた。

あちこちに電話してここを探り当てたらしく、どうも今回のあなたの話を聞くと、忠夫さんが画策して財産を横領しているような気がすると言うので、杉浦は、僕の名前で1人死んでいると念を押す。

最初から死んでいたのならともかく、生きた人間を死体にしたのだとしたら殺人であり、警察に知らせた方が良くはないかと卓然は心配するが、杉浦は、何かあったら連絡を下さいと名刺を渡す。

卓然は、自分も東京に碁の友人が5~6人おり、時々行きますと笑顔で答え、帰って行く。

翌日、奥伊豆駅で発車した列車に飛び乗った杉浦と三太だったが、座席に着くと、目の前の席に昨日の美女が座っていることに気づく。

三太は東京の女だぜと耳打ちし、杉浦も、そのあか抜けた様子から銀座の女だと察する。

二等車には、加納も乗っていた。

品川駅に着いた杉浦と三太は、列車から降りた美女の後を追おうとするが、その目の前で加納が降りたことに気づくと、三太に加納を尾行させる。

そんな杉浦たちの様子を、新聞の影からうかがっていた男がいた。

診療所に戻った杉浦は、朱実に、赤沼と言う弁護士の電話番号を知れば手くれと頼む。

すぐに、銀座5892と判明し、その場から電話した杉浦は、出てきた赤沼岩男(安部徹)に、自分の名を名乗って忠夫の住所を知らないかと尋ねるが、あなたは死んだのでは?と不審がられたので、おじの遺産相続で不審な点があるので会いたいと申し込むと、東銀座4-5泰西ビルの3階に事務所があると赤沼は教える。

電話を切った赤沼は、来ましたよ、その男が…と、ソファに座って驚いている加納に告げる。

一方、診療所の杉浦の方も、電話を切った途端、加納を尾行していた三太から電話があったので、そこは東銀座の泰西ビルだろうと言い当ててみせる。

その日、診察を終えた診療所で、三太やお銀らが、ストーブの上に置いたフライパンでウインナを炒めながら、酒を飲んでいた所へ電話がかかって来る。

杉浦が出ると、手を引け、さもないと痛い目に会うぜと言う脅しの内容だった。

杉浦の表情から脅迫電話を察した三太が応援を誓うと、側にいたお銀も、あたいもいるよ!と言って、三太が座っていたイスを蹴飛ばしてみせる。

その後、お銀と朱実が帰ったあとも残っていた三太は、杉浦に、朱実さんと出来てるんだろう?と聞いて来るが、眠気に勝てなくなったらしいので、二階で寝るように杉浦は勧める。

11時7分頃、杉浦も診察室のイスでうたた寝をしていた。

そこに不気味な影が忍び寄って来て、銃を寝ていた杉浦に突きつけ安全装置を解除する。

電車が通り過ぎ、轟音が響く中、目を覚ました杉浦は目の前に立っている口ひげの男に気づく。

男は、札束を机の上に放り投げると、手を引けと迫るので、誰に頼まれた?と杉浦が聞くと、お前の弟さんだと言う。

杉浦は、机の上にあった治療器具をわざと床に落とし大きな音を立てる。

その音で、二階のベッドで寝ていた三太は目を覚まし、階下の異常に気づく。

杉浦は銃を突きつけられながらも、あなたが、口ひげを生やした男ですね?と相手に問いかける。

三太は、窓から下に降り、帰って行く口ひげの男を尾行し始めるが、外で張っていた別の男が、その三太をさらにつけ始める。

杉浦は二階にいるはずの三太を呼ぶが、答えがないことに気づく。

人気のない所までヒゲの男を尾行していた三太は、いつの間にか自分が囲まれていることに気づく。

ヒゲの男は、痛めつけてやれと子分たちに命じるが、そこに駆けつけて来た杉浦が喧嘩の相手をする。

形勢不利と感じたヒゲの男は子分たちに声をかけ一斉に逃げて行く。

翌朝、お銀が、三公の奴、怪我したんだって?と言いながら診療所にやっていたので、朱実が二階で寝ていると教えてやる。

頭に包帯を巻いていた三太だったが、ちゃっかりヒゲの男たちの懐中物をすり取っており、その中から出てきた名刺から、キャバレー「カサブランカ」の支配人土井耕三と言うのがヒゲの男の名前だと知る。

お銀は、そのキャバレーなら知っていると言う。

その後、杉浦は、赤沼岩男の事務所を訪ねる。

赤沼と対面した杉浦は、メガネをかけたがっちりした体格の男と言うのが赤沼だったことに気づき、あなたは事故に立ち会いましたね?と聞いてみるが、それには答えない赤沼は、忠夫さんは空襲で顔にひどい火傷を負っており、人に会いたが来のだが、仮に、忠夫さんが横領していたとなると、刑事問題にした方が良いでしょうと言って来る。

杉浦は、もう少し調べたいので…と言い、忠夫に会いたいと伝えて下さいと言い残して帰りかけるが、そこに、忠夫さん?と杉浦の顔を見て嬉しそうに語りかける女が入ってきたので、赤沼はキ○ガイですと謝って、彼女を羽交い締めにする。

その女は、エレベーターが危ないよ!と叫んでいた。

その足で「カサブランカ」に来た杉浦は、店の中にいた支配人土井(小林重四郎)を見つける。

やはり、夕べ診療所にやってきたヒゲの男だった。

席に着いたホステスたちに、ここの経営者は誰だい?と聞くと、土曜日の夜に4階の社長室に来る「土曜日の男」と呼ばれている人としか知らないと言う。

土曜日と言えば明日だった。

その男はいつも黒い服を着ている不気味な男で、真理さんも良くあんな男の言うこと聞いているわねともホステスたちは教えてくれ、その真理と言うのは、カウンターに座っていた赤いドレスの女だと分かったので、杉浦は思い切って近づいてみる。

その花岡真理(月丘夢路)と言うホステスは、伊豆で出会ったあの美女だった。

真理は横に座った杉浦の顔を観ると、いらっしゃると思ったわと呟く。

君かい?僕の墓に花を供えてくれたのは?と聞き、忠夫に会いたいんだけど?と持ちかけると、土曜日にしか来ないのだと真理は答える。

その時、支配人の土井が側に近づくが、巧みに真理が注意を反らせてくれたので、どうして俺をかばうんだい?と杉浦が聞くと、忠夫さんの兄さんだからと真理は言う。

なぜ、そんなに俺のことを観るんだい?と聞くと、ここでは話せない、後で私のアパートに来て。桜台の青いアパートよと教えてくれる。

そこに、三太とお銀が杉浦を案じて駆けつけてきたので、支配人の土井に杉浦が来ていることを気づかれてしまう。

夕べはどうもと言いながら、土井は子分を伴い、杉浦の席を囲んできたので、杉浦は夕べ、土井が診療所に置いて行った札束を返すと、三太も、夕べ抜き取った子分たちの財布を返す。

その時、フロアにいたお銀が、スリだ!と騒ぎ出したので、その意図を悟った三太も、今返した財布を持っていた子分を指差し、こっちもスリだ!と叫び、室内が騒然となった隙をついて逃げ出す。

エレベーターに乗ろうとしていた杉浦に、突如出現したあのキ○ガイ女が近づいてきて、忠夫さん、生きていたのね?危ないよ、エレベーター。怖いよ〜!と叫び始める。

その時、エレベーターが開き、中から出てきたのは加納で、杉浦の顔を観ると、慌ててエレベーターの中に逃げ込み、ドアを閉めてしまう。

子分たちが迫ってきたので、仕方なく殴り合い、そのまま逃げ出す杉浦だった。

キ○ガイ女に気づいたホステスたちは、キャバレーにいたんだって?と事情を知っているらしく、彼女を保護してやる。

真理のアパートの部屋にやって来た杉浦は、無人の部屋に入ると、衣装戸棚の中を何気なく観ていたが、その中に弟忠夫が持っていたギターが隠されているのに気づき取り出してみる。

その時、足音が近づいてきて、真理が部屋に入って来る。

改めて杉浦を観た真理は、そっくりね、忠夫さんに…。何から何までそっくり…と感心すると、灯をつけないでおきましょう。昔のあの人に会っているみたいと言い、電気スタンドのスイッチを入れなかった。

ギターを抱いた杉浦は、作曲家になりたいって言ってた、その後グレちゃって…。ギター巧かったよと忠夫のことを思い出しながら、ギターをつま弾き始める。

その音色を聞きながら、真理は涙を流し始めると、思い出すのよ、昔のこと…と断ると、あの人は誰にも合わないわ。昔とはまるで変わってしまったの…と言う。

杉浦が乞われるままギターを弾いていると、忠夫さん!と言いながら真理は杉浦の傍らに寄り添って来る。

何も話したがらない真理に、そんなにきれいな顔をして、何を悩んでいるんだい?と言いながら、杉浦はキスをしてやるのだった。

翌朝、診療所にやって来た杉浦は、伊豆の卓然和尚が来ていることを知る。

弟さんにお会いになりましたか?と聞かれたので、まだですと答えると、残念ですなと卓然は同情する。

卓然は、村に新仏が出たので、あなたの墓の骨箱が空なのなら取り壊したいと言う。

しかし、杉浦は待って欲しいと言う。骨箱は空ではない可能性があるからだった。

その時、電話がかかって来たので杉浦が出ると、相手は加納で、公衆電話からかけているらしく、お会いしてお話がしたいが、他に知れると困ると何かに怯えているように言う。

文化会館の屋上で1時に会う約束をすると、卓然和尚は、明日の夕方までに引き上げる予定で、今日は碁仲間の所に寄ると言い残して帰って行く。

杉浦は、立松医師は、事故現場にキチガイ女がいたと言っていたが、それは夕べあったあの女のことだろう。自分の友人に精神病の大家がいるんだ。直せるかもしれないと三太に伝える。

その後、渋谷の文化会館屋上に向かった杉浦は加納と会うが、加納は何かに怯えており、私はもうたまりません。恐ろしい男なんです。みんなが土曜日の男と呼んでいます。残酷で狡猾で…、私は分け前として、あの屋敷をもらっただけなんです…と話していたが、その時、土曜日の男があそこに!と指差すので、杉浦が振り返ると、そこにはマスクをし、黒い帽子をかぶり黒いコート姿の男が立っていた。

杉浦はすぐに逃げ出したその黒い男を追いかけようとするが、エレベーターに乗り込まれ逃げられてしまう。

元の場所に戻って来た杉浦は、加納の姿も消えていることに気づく。

杉浦は、屋上に置いてあった看板の「土曜日大売り出し」と言う文字を読み、今日が土曜日だったことを思い出す。

東銀座6丁目付近の食堂のコック(坂井幸一郎)に、キチガイ女のことを聞いた杉浦は、彼女がトキと言う名前で、毎日この近辺に出没していることを知る。

別の食堂の主人(井東柳晴)からは、トキは、元「火の鳥」と言う店のダンサーだったが、その店は潰れて、今は「カサブランカ」になったことと、彼女の住まいは青山1丁目にあることを聞き出す。

杉浦はその足で青山に向かうと、トキの母親民枝(原恵子)と自宅にいたトキ(南寿美子)本人を探し当てる。

杉浦は民枝に、自分の大学病院の友人に精神科の大家がいるので、お嬢さんを直せるかもしれないと持ちかけ、症状が出始めたのはいつからか聞くと、1昨年の2月始め頃からで、流しの人と一緒になると言っていたが…と言う。

自宅から母の元に降りて来たトキは、近くにいた子供からボールを取ってよと頼まれた家の母親が、ボールを二階から放って寄越すのを観ると、急に、怖いよ!と怯え出す。

昭和大学の精神科にトキを連れて来た杉浦が、友人の湯本博士(弘松三郎)に事情を説明すると、高い所からの落下に怯えるらしいな?と気づいた湯本博士は、これは意外と簡単にきっかけが掴めるかも知れん。しばらく診させてくれとトキのことを引き受ける。

その頃、診療所にいた三太は朱実に、ここに押し掛けなよなどと勧めていたが、電話がかかって来たので出ると、相手は忠夫と名乗り、今夜12時、外苑球場の地下通路で会おうと言って来る。

しかし、肝心の杉浦は、夜になっても戻って来ず、やって来たのはお銀だけだった。

杉浦は、又、花岡真理の部屋にやって来ていた。

部屋の中に入ると、男物のパジャマや酒の用意がしてあるので、鉢合わせになると、週に1度しか来ない男に悪いかな?今日は土曜日だからな…と意味ありげに伝える。

一旦は部屋の中に入れた真理だったが、杉浦の意図を知ると、帰って!大変なことになるわと困惑し始める。

しかし、杉浦は、小さな頃は仲良しだったんだと伝える。

今日、ここにやって来るのは、弟の忠夫だと信じていたからだった。

一方、診療所では、お銀、三太、朱実の3人が帰って来ない杉浦を待ちわびていたが、11時を過ぎたので、たまりかねた三太は、兄貴のコートを貸してくれ。俺が身替わりで行って来ると朱実に頼む。

真理の部屋にいた杉浦が、真理の年が自分と同じであることを知る。

結婚しないの?好きな人には巡り会わないの?と真理が聞くので、昨日今日、巡り会ったような気がすると杉浦は答える。

その頃、外苑球場の地下通路に、杉浦のコートを着て、顔はマスクで隠した三太が到着し、まだ相手が来ていないようだったので、タバコにライターで火をつける。

同じ頃、同じようにタバコにライターで火をつけた杉浦は、昨日までのあなたは忠夫さんそっくりだった。今は、忠夫さんの方があなたに似ていただけだったのね…と泣きながら言う真理から、抱きつかれていた。

地下通路にいた三太は人の気配を感じ、扉の背後に隠れるが、その背後に迫った影の人間からスパナで後頭部を殴られて気絶する。

男は外の公衆電話から警察に電話を入れ、事件です!すぐ来て下さい。外苑球場の地下通路に血まみれの男が倒れています!と連絡する。

真理は、あの人に良い娘が出来たの。私、かっとなって…、それから何もかもメチャクチャよ…。今に分かるわと杉浦に伝えると、怖いわと怯えながら抱きついて来る。

黒い男が真理の部屋のドアをノックする。

開けろよと杉浦が勧める。

スタンドの灯を消した真理がドアを開けると、マスクをした黒いコートの男が立っており、誰だ?と聞いて来たので、杉浦健吉だ!と名乗ると、急に黒い男は逃げ出す。

杉浦が追いかけると、男は階段口で下から昇って来た酔客たちに進路を阻まれ、仕方なく屋上へ上って行く。

杉浦もそれを追い、黒い男を屋上の物陰にまで追い込むが、黒い男は、兄さん、止めてくれ、やけどで醜い顔なんだ!観ないでくれ!と近づくのを拒む。

それでも、顔を見せろ!忠夫、どうして顔を見せないんだ?と杉浦が近づこうとしたとき、背後から追って来た真理が銃を杉浦に向けながら、よして!あんたのためよ…と制止する。

その隙をついて、黒い男は逃げて行く。

どうして僕の邪魔をするんだ?と真理に問いかけ、アパートの1階まで追いかけた杉浦だったが、もう黒い男の姿はなかった。

その頃、地下通路で気絶していた三太がようやく気づき、ふらつきながらも起き上がるが、その手にはいつの間にか血まみれのナイフが握らされていた。

それを無意識で落とし、歩き始めた三太は、側に倒れていた誰かの身体に躓いて倒れる。

その倒れていた男を助け起こそうとした三太だったが、それが血まみれの加納の死体だと気づくと慌てて逃げようとする。

しかし、パトカーのサイレンが近づいており、地下に降りて来た警官隊に、血まみれの手をした三太はあっけなく捕まってしまう。

杉浦は真理の部屋に戻って来るが、中から施錠してあり、開けろ!真理!と呼びかけるが、明日話すわ。明日の晩…と中から真理の声が聞こえたので、きっとだぞと念を押した杉浦は帰ることにする。

部屋の中の真理は泣いていた。

翌日、警視庁

三太の事情聴取をしていた荒木警部補(安井昌二)は、連絡を受けかけつけて来た杉浦から今までの事情を全て打ち明けられると、すぐに三太ははめられたことに気づき釈放することにしてくれたが、折り入って話があると杉浦を屋上に誘う。

2人きりになった荒木警部補は、実は自分たちは彼らを追いつめており、忠夫くんの麻薬の組織が出来ており、本拠地が「カサブランカ」であることまでは分かっているのだと言うではないか。

囮になって、忠夫をおびき出してくれませんか?と依頼された杉浦だったが、どんな悪い奴でも、自分の手で弟を警察の手に渡すことは出来ません。もう少し待って下さい。どうも妙なんです。弟に間近で会っても親しさが湧かなかったんですと答える。

その後昭和医大の湯本博士を訪ねた杉浦は、トキの話を色々聞いてみると、どうやら、ギター弾きが死んだらしいと教えられる。

それを聞いた杉浦は、エレベーター事故だったんじゃないか?と聞くと、その死体をどこかに運んだらしいんだと湯本博士は言う。

診療所に帰って来た杉浦からこの話を聞かされた三太は、殺されたのは弟さんか…と事の真相に気づく。

犯人は土曜日の男って言うんだと答えた杉浦は、三太と共に、赤沼弁護士の事務所へ向かうと、弟に言って欲しい。分け前を半分寄越せと。今夜12時までに連絡ないと、警察に言うぜ、何もかも…。麻薬のことも…と伝えて帰る。

何の話か分かりませんなととぼけていた赤沼だったが、2人が部屋を出るとすぐに誰かに電話を入れる。

診療所に戻って来た杉浦と三太、それにお銀と朱実は、犯人からの電話を待ち受けるが、約束の深夜12時になっても電話はかかって来なかった。

三太は苛つき出すが、杉浦は、焦っているのは先様だと言って落ち着かせる。

12時35分になっても電話はかかって来なかったので、三太は、かかって来ないよと諦めかけるが、その時、電話が鳴り出す。

杉浦が出ると、兄貴かい?と言う声が聞こえたので、忠夫か?と杉浦が答えると、来な、「カサブランカ」の4階に…と相手は告げる。

杉浦は三太を伴い、「カサブランカ」に向かう。

「カサブランカ」に着いた2人は待っていた子分2人に案内され、エレベーターに乗り込むが、その時三太が、兄貴、エレベーターってこのエレベーターじゃねえか?と聞いて来る。

4階に着き、社長室に案内された2人の前に待っていたのは土井支配人と赤沼弁護士の2人だった。

その背後に、模様ガラスのパーテーションがあり、その奥から、顔だけは勘弁して欲しいと言う声が聞こえて来る。

その直後、部屋の灯が消され、パーテーションの奥に灯が灯ったので、黒い男のシルエットが模様ガラスに浮かび上がる。

それを見た杉浦は、この男が忠夫の偽物のような気がする。昔、オヤジに連れられて遊園地に行ったよな?どこの遊園地だっけ?小学校の時、お前転んで足にけがをしただろう?その時の傷を見せてくれ?と問いかけ、相手が答えないとみると、こっちは分かっているんだと言い出す。

忠夫はエレベーターの穴に落ちて死んだ。その死体を運んでトラックで死んだ事にしたお前らは、弟の名で財産を横取りし、その金で「カサブランカ」と麻薬を手に入れた…。

そもそも、加納が裏切ったことを知っているのは、あの時、加納からの電話を受けていた俺の話を聞くことが出来たお前1人じゃないか!と迫る。

パーテーションから姿を現した黒い男がマスクを外すと、その下にあったのは伊豆妙法寺の住職卓然だった。

その直後、子分たちが社長室に乱入して来て、杉浦と三太に銃を突きつけて来る。

そんな「カサブランカ」の社長室の様子を、隣のビルの部屋から監視していたのは、杉浦からのライターの合図を待ち受けていた荒木警部補たちだった。

「カサブランカ」のビルの周囲にも、すでに私服刑事たちが張り付いていた。

今度は本当に死んでもらおうと凄む卓然だったが、タバコくらい吸わせてくれよと杉浦が頼むと、最後のタバコくらい吸わせてやれと、子分にライターの火をつけさせる。

窓際でその火を受け取った杉浦の顔を確認した荒木警部補は、直ちに突入の指令を出す。

ビルの周囲から一斉に飛び出した私服刑事や警官隊が「カサブランカ」のビルに突入する。

社長室の非常ブザーが鳴り出し、慌てた子分たちが一斉に逃げ出そうとする。

杉浦は、土井が持っていた銃を奪い取ると、殴り合いを始める。

卓然も社長室を脱出すると、エレベーターで下に逃げようとする。

その時、側にあったエレベーターのスイッチをいじっていたのはトキだった。

外扉が開いたエレベーターだったが、中の箱が上昇し始めたので、その床面にしがみつこうとした卓然だったが、トキはこの人が忠夫さんを連れて行ったんだよと言いながら笑っていた。

卓然は手を滑らせ、エレベーターの穴の底に落下してしまう。

トキは笑いながら、又スイッチを操作すると、下に落ちた卓然の上にエレベーターの箱が落下して来る。

ようやく操作室に到着した荒木警部補がスイッチを止め、エレベーターを上げるが、穴の中を覗き込んだときは愉快そうに笑っていた。

一緒に穴の底を見下ろした杉浦、三太、荒木警部補は、無惨な卓然の死体を観て慄然とするのだった。

やっぱり卓然でした。肝心な男を殺してしまったと杉浦が詫びると、荒木警部補はいずれ又…と言い残して去って行く。

その後、真理の部屋に駆けつけた杉浦だったが、真理はベッドに横になってお

来てくれたのねと喜ぶ真理に、卓然は死んだぜと伝えると、そう…、その方が良いわ。あの人のためにも…。あの人好きだったの。キャバレーの女に心を奪われたのと真理が言うので、トキか?と杉浦が問いかける。

そのエレベーターの下に誘いだしたのは私なの。それからあいつに脅され通し…。あの人を許してくれる?と真理が言うので、俺にとってはたった1人の弟だったと杉浦は答える。

私、死んで行くのよ…と真理が言うので、その側を観ると、直前に飲んだらしき薬が置いてあった。

真理!と呼びかける杉浦に、苦しかったわ。あなたを本当に好きだったの。ねえ。許すと言って…。許してくれないの?お願い…、お願い!言って!許して…、そう呟きながら、真理は息を引き取る。

診療室では、ストーブの上のポットが沸騰していた。

朝まで待っていたお銀と朱実は、夜が明けたことに気づく。

一体どこをほっつき歩いてるんだろうね?とお銀は愚痴る。

その頃、外苑を歩いていた三太は、通りかかった新聞少年から1枚朝刊をちょうだいすると、もう事件のことが出てるけど、女の子とは出てないぜと一緒に歩く杉浦に伝える。

それでも何も答えがないことを知ると、俺だってあんな女が死んだとなったら落ち込むさ。許すと言ってやれば良かったのに…と声をかけるが、又しても、杉浦の返事はなかった。

朝もやの中、黙って歩く三太と杉浦だった。