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浮雲('55)

戦時中の外地で、比較的恵まれた身分同士として愛し合ったつもりの男を頼り、戦後、日本に戻って来たヒロインが、その男のいい加減な本性に翻弄され、身を持ち崩して行く様を描いた文芸作。

純文学の映画化だけに娯楽性は希薄で、全体的に陰々滅々とした重い空気が漂っている。

当時は、こうした重いテーマの映画も一部のインテリ層や女性層には一定の人気があったのか、映画会社がそれなりの予算を使って年間何本かずつ作っていたようである。

金をかけているので、ロケだけではなく、セットなども豪華に作り込んであるし、絵合成などの特殊技術も用い、それなりの時代色を丁寧に再現している。

今なら、まず客が入りそうもない内容であるで、当時は評論家などがこの手の映画を高く評価していたので、映画会社としても体面を保てたのだろう。

劇中で、ヒロインが外地で「ベラミ」と言うギ・ド・モーパッサンの小説を読んだことがあるなどというセリフがあるように、当時は純文学も娯楽小説と同じように若い層が読んでいた時代だったので、こうしたものを観る下地は、エンターテインメント的なものが中心となった今よりもあったはずである。

この作品での高峰秀子や岡田茉莉子は、他の娯楽作に出て来る表情とは全く違う。

不機嫌を絵に描いたような仏頂面である。

だから、スクリーンの中の女優や現実の女性に幻想を抱きたい男は観るのが辛い作品である。

逆に、女性客は、これらの女優たちに親近感を持つのかもしれない。

森雅之が演じているダメ男は、不思議なことに次々と女にモテている。

これは一見あり得ないようで、現実にも良くあることのようだ。

いまだに、ダメな男に惚れる女というのは後を絶たないようだし、その手の男は、常に女にちやほやされるので、ますます自立心がなくなって自堕落な生き方に堕ちて行くという繰り返しのようである。

女性には一生縁がないオタクのような男たちにとって、こうした男女の繋がり方は全く理解できない世界というしかない。

戦後、女性が1人で生きていくことが、今よりはるかに困難だったことは知識としてあるだけに、一応、ヒロインの男にすがりつこうとする生き方はまだ分からないでもない。

だが、ヒロインが追っているのはどう観ても金銭的な安定ではない。

好いた男の側にずっと連れ添いたいという、何か男には良く分からない執着のようである。

それが、女にとっての本能的な欲求なのかどうか、男である自分には正直良く分からない。

一方、森雅之が演じている小心なくせに女好きという嫌なキャラクターの方は、すごく良く分かる部分がある。

男の中には誰にでも、このキャラクターのような嫌なずるい部分が潜んでいるような気がする。

そうした男と女の本性同士のぶつかり合い…

そこには、甘いロマンスのようなものは欠片もなく、正直正視するのが辛いものがあるが、それだけにラストシーンは男としては身にしみる部分がある。

原作は未読だが、男が読んでどう感じるものだろう?

映画ですら観るのが辛かったのに、活字でこの世界が丁寧に書き込まれていることを想像すると、そこには何か、男が近づいてはいけない世界が広がっているような恐怖感がある。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1955年、東宝、林芙美子原作、水木洋子脚色、成瀬巳喜男監督作品。

昭和21年 初冬

引き揚げ船から降りて来た幸田ゆき子(高峰秀子)は、東京渋谷区の富岡兼吾(森雅之)の家を訪ねる。

最初に出て来たのは母親(木村貞子)らしく、次いで、妻邦子(中北千枝子)が出て来たので、ゆき子は農林省から使いに参りましたと嘘をつく。

邦子はその言葉を信じたようで、夫の富岡がゆき子について外出するのを見送る。

役所は辞めたのねと聞いて来たゆき子に、富岡は、管理なんてつくづく嫌だからと答える。

ゆき子の方は、今、鷺宮の親戚の家にいると教えると、富岡は着替えて来ると言って一旦家に戻る。

2人は、戦時中、仏印(フランス領インドシア)で出会った仲だった。

(回想)タイピストとして当地に赴任して来たゆき子は、牧田所長(村上冬樹)から、3ヶ月前にボルネオから転勤して来た責任感が強い男として紹介されたのが富岡だった。

富岡はゆき子などには全く興味を持ってないような第一印象だった。

(現在)2人は闇市の中の安宿に入ると、内地も変わったわねぇと窓から外の様子を見ながら、男は良いわと言うゆき子に、のんきだよ、女は…と富岡が返す。

(回想)幸田くんは千葉かい?と、皆との食事のとき富岡が話しかけて来たので、東京ですとゆき子が答えると、意外そうに、葛飾辺りじゃないのかい?江戸っ子にしては訛があるよなどと無遠慮に言い、年も24、5かな?等というので、22ですとゆき子は憮然として答える。

そんな毒舌家の富岡は、食事を運んで来る現地の女からちらちら観られていた。

もう1人の所員加納(金子信雄)は、自分は香木の研究をしているなどと言う。

翌日、外出する富岡についてきたゆき子が、所長から何の指示も受けていなかったので、私、何をしたら良いんでしょう?と聞くと、夕べは僕のこと怒ったんだって?と富岡が逆に聞いて来る。

2人で森の中に入って行くと、ゆき子は、酔った加納が気味が悪いと言い出す。

川を渡るとき、手を貸してくれた富岡は、渡り終えた後、いきなりゆき子を抱きしめキスをして来る。

(現在)牧田所長とあなたと内地から来た少佐と私が安南のホテルに泊まった時、夜中裸足で、あなたの部屋に行ったわなどとゆき子は懐かしがる。

昔のことが大事なんだわ。私、あなたの奥さん観なきゃ良かった。何で前歯に金歯なんかはめてんの?などとゆき子は聞いて来る。

富岡は、そんなゆき子に持って来た金を渡しながら、僕たちはあの頃夢を見ていたんだ。君は疲れているんだと告げる。

ゆき子は、別に奥さんを追い出そうとは思わない。でも、奥さんとさっぱりして君を迎えるなんて言うもんだから…と富岡が以前言った言葉を蒸し返し、結局、虫けらみたいに追い出されるのねと泣き出す。

その後、富岡の妻の邦子の方も、富岡が南方から帰ってから、随分あなたはお変わりになったと、自宅で泣いていた。

そんな妻に対し、仕事がうまくいかない富岡は、君のご機嫌までとっていられないと苛つく。

邦子はそんな夫に、何かというと怒りっぽくなったと哀しみ、あなたこの頃、私と別れようと思ってらっしゃるんでしょうと迫り、富岡の方は、そんなに疑うんだったら、これから自分が行く信州の山奥へでもついてくれば良いだろうと突き放す。

一方、ゆき子の方は、勤め口がなかなか見つけられないでいた。

そんなゆき子が泊まっていた鷺宮の家にやって来た伊庭杉夫(山形勲)は、あの人の姉さんが兄さんの奥さんと言う親戚だと言っていたのでという、留守番のおばさんから事情を聞いていた。

闇市でゆき子に会った伊庭は、静岡の家に帰らないのか?と聞いて来る。

男に捨てられたんだって?と聞いて来た伊庭に、ゆき子は農林省で働いていた人と別れたの。奥さんいたから。日本に帰って来たら気持ちが変わったのと答える。

伊庭の方は、銀行を辞めて今は百姓をやっていると言う。

内地には戻らないつもりだったと言うゆき子は、私をもとの娘に戻して欲しいわと伊庭を睨みつける。

(回想)ある日、部屋の中に入ってきた伊庭に怯えるゆき子

(現在)雨の日、ゆき子は雨漏りのする小屋の中で、わびしくパンを食べていた。

その後、飲屋街で女給募集の貼紙などを観て歩いていたゆき子に、1人のアメリカ兵が話しかけて来る。

その後、手紙を受け取って闇市の一角にある家を訪ねて来た富岡は、すっかり様変わりしてしまったゆき子が出て来たので驚く。

面白い所に越したねとからかうように聞いた富岡に、ゆき子は、これでも私にとっては御殿みたいな所よと自慢する。

幸福そうだね?うらやましいなとさらに富岡がからかうと、こんな暮らしのどこが良いのよ!日本の男ってみんな同じだわとゆき子は吐き捨て、お家族どうするの?と聞いて来る。

富岡は、浦和の叔母のうちに引っ越しさせるというと、工面して来た金を渡すが、ゆき子はもう遅いわと言う。

そこに、ケイコさんいます?と例の米兵が訪ねて来たので、ゆき子は外に出て応対する。

その間、暗くなるまで富岡はじっと待っていた。

帰って来たゆき子は蝋燭をつけると、カストリを買って来たと言い、富岡に勧める。

邪魔だったんじゃないのかい?どうして知り合った?と富岡が聞くと、あの人も寂しいのよ。あんたが安南の女中を可愛がっていたのと同じとゆき子は皮肉っぽく返し、2ヶ月したら帰るんだってと教える。

また新しいの見つけるんだねと富岡が言うと、そう言う人よあんたって…とゆき子は睨む。

今夜泊まっても良いかいと富岡が聞いて来たので、急に泊まりたくなったんじゃないの?あなたはそう言う人だわ。私をバカにしないで頂戴!とゆき子は怒り出す。

私と一緒に暮らすことが出来なければ、私は1人でやっていかなくちゃならないのとふてくされたゆき子に、時々遊びに来ても良いだろ?と富岡が甘えて来たので、嫌よそんなの!それがあなたの本心なのねとゆき子は呆れる。

富岡は黙って部屋を出て行き。そのまま帰ってしまったので、ゆき子は後を追いかけるが、もう富岡の姿は見つからなかった。

クリスマスの時期、邦子と富岡の母親は引っ越しの荷物をまとめていた。

ゆき子が家に1人いると、急に伊庭が男を連れて来て、パンパンしているんだってな?と聞くと、お前が俺の所から持って行った着物を返してもらうぜ。布団がないと商売できないか?と言い出す。

さらに、芋が7、8貫あるんだが、どっか売るとこ知らないかと気安気に聞いて来たので、しゃくに障ったゆき子は、布団をさっさと持って行ってよと自分から運び出す。

その後、千駄ヶ谷駅にゆき子を呼び出した富岡は、ちゃんと話しといた方が良いと思って…と話しかけるが、こっちはちっとも楽々とはしてないわとゆき子はふてくされる。

渋谷へでも行ってみるかという富岡にゆき子は、私たちって、どこにも行く所ないみたいね…と自嘲する。

旅館に着いた富岡は、そろそろ底をついて来たのでどこか遠くへ行くか?君は死ぬとしたら、どんな方法を選ぶと言い出す。

君と榛名でも登ってと空想したことがあったという富岡に、自分もそう思っていたと答えたゆき子は、あなた、それでここへ?と尋ねる。

2人で一緒に入浴したゆき子は、私、もっとあなたを生かしてあげたいと呟くが、富岡は君とは死ねないよ…とまたはぐらかすのだった。

正月

伊香保に来ていた2人は南仏時代のことなど話していたが、もう帰ろうと富岡が言い出す。

その後、金がつきて来た富岡は、自分の腕時計を金にしようと、「小料理 喫茶 ボルネオ」という店の主人向井清吉(加東大介)に心当たりがないかと聞きに行くが、南方で買ったと言う富岡の話を聞くと、自分も行っていたので懐かしい。1万円で自分が解体と言い出したので話がまとまる。

東京で魚屋をやっていたという向井は、すっかり富岡を気に入り、若い女房のおせい(岡田茉莉子)に酒を持って来させる。

その後、ゆき子も呼んで、この家でゆっくりしてくれというので、その言葉に甘えてゆき子を連れて来ると、向井とおせいは2人を相手してくれる。

風呂に行きたいと富岡が言い出すと、おせいが案内すると言い出し、近所の浴場に連れて行き、自分も一緒に入る。

おせいは2年ばかりここに住んだけど、こんな寂しい所はたくさん。ここは夏場だけでしょう?東京に帰ってダンサーをやりたいと言い出す。

その頃、向井とゆき子は疲れて先に寝ていた。

翌朝も、富岡が風呂に行くというと、おせいも一緒につき合うというので、ゆき子も行くというと、じゃあ、2人で行ってらっしゃいと、急におせいは行くのを止める。

風呂に行く途中、ゆき子はあの人随分浮気性よ、サービス良いわねなどと話しかけるが、富岡は生返事しか返さない。

しかし、浴場から上がったゆき子は、衣装棚に富岡の衣類と新しいパンツがふろしき包みにまとめられているのを発見する。

そこに富岡が上がって来たので、それを指摘すると、誰かが包んでくれたんだろうととぼけるので、ゆき子は、どうして…と泣き出してしまう。

富岡は、僕は神経衰弱だ…などと言ってごまかす。

ゆき子の方も、もうこんなこと止めましょう。あなた怖いわ。自分のことだけ可愛いんでしょう?英棒で移り気でそのくせ弱気で、気取り屋で…、そのくせ、事業に頭が働かないのは役人なんでしょうとバカにする。

東京に戻って来た2人だったが、あの人、バスの所で涙こぼしていたわと、又、おせいのことをゆき子が蒸し返すと、もう棄てて来た…と富岡はその話を嫌がり、1人1人ゴーイングマイウェイで行きましょうなどと言いながら抱きつこうとしたので、ゆき子は、嫌!気持ち悪いと拒否するのだった。

後日、富岡からもらってうた名刺を頼りに、向井がいなくなったおせいを探して上京して来るが、もう富岡は家にいなかった。

ゆき子も富岡の家にやって来るが、もう表札は太田金作と言う名に変わっており、出て来た主人の太田(瀬良明)は自分の子供に、富岡から届いていたハガキを持って来させる。

そのハガキの住所を頼りに、高瀬という家を訪ねてとある集合アパートへやって来たゆき子は、その一番奥の部屋から出て来たおせいとばっかり出会う。

聞けばその部屋はおせいの部屋だという。

富岡のことを聞くと、今留守で、具合悪いらしい奥様の元へ行っているという。

そう聞いたゆき子も、自分も具合が悪いので中で休ませてもらうわといい、ずけずけと部屋の中に入る。

おせいは、富岡さん、東京に来ると家がないので、足だまりとしてここに泊まっているだけだと言い出かけて行く。

ゆき子が部屋の中を見回すと、コップには歯ブラシが2本入っていた。

部屋の前に、他の部屋の住人らしき幼児がやって来たので、ここのおじさんお勤め?と聞くとうんと言い、夜は帰って来るんでしょう?と聞くとうんと答える。

いつも何時頃帰って来るの?と聞くと知らないと言って逃げて行ったので、ゆき子はとりあえずその部屋で待ってみることにする。

しかし、すぐに、当の富岡が帰って来て、ゆき子の顔を見るなり話があると言い出す。

ゆき子の方は靴磨きにでもなろうと思ったけど、身体に触ると言うので…と言葉を濁す。

君は僕を嫌な奴だと思うだろう?と富岡が言うので、ええとはっきり答え、私は棄てられたんだから、あちこち探す必要もないんだ…とゆき子の方も自嘲する。

仕事をなくして困っていたら、新宿でばったりおせいと会ったんだと富岡は説明する。

子供は自分で始末するわ。もう踏ん切りついたのと言い残して良子が帰ろうとしたので、驚いた富岡は追って行って、近くの喫茶店に誘う。

富岡は生んでくれ、自分が引き取る。自分には子供がいないからという。

あいつより、亭主に悪くて…と、向井のことを気にしているようだった。

店を出て歩きながら、奥さん、胸が悪いの?とゆき子が聞くと、頷いた富岡は、今、自分は、友達の設計会社に甘えて勤めさせてもらっていると教え、今度後に曜日に訪ねて行く。おせいとのことも近いうちに解決するからと言って別れるのだった。

ゆき子はある日、「大日向教会」なる新興宗教の教祖に会いに来る。

ちょうど、信者の1人(谷晃)の治療をしている部屋に通されたゆき子は、すっかり様子が変わった伊庭が、教祖として信者から金を受け取っている現場を目撃する。

信者が帰ると、随分うまい商売ねとゆき子はからかい、誰が考えたの?と聞くと、伊庭は、俺と陸軍参謀上がりの男だと言いながら、手提げ金庫に金をしまいながら、棄てられたのか?と聞いて来る。

その後、ゆき子は、病院で子供の始末をした後、寒気がすると言い出し、病室の空きベッドに寝かせてもらう。

そのとき、隣のベッドで寝ていた女が読んでいた新聞を何気なく観たゆき子は、「女給殺しの夫自首する」という記事に、向井とおせいの写真が載っており、記事には元農林省勤めだった富岡のことも書いてあったので驚く。

おせいの部屋に居残っていた富岡は、「熱帯の果実の思い出」と言う農業雑誌に書く原稿を書いている所だった。

自分は農林省官吏で、軍属として4年間仏印に…と書きかけていたとき、ゆき子が訪ねて来る。

大変だったんですのねと同情すると、君こそ大変だったんじゃないかと富岡も聞いて来る。

君から子供を堕したと聞いたとき、こっちは取り込み中だったし…と弁解した富岡は、1人にしておいてくれないかと頼む。

しかしゆき子は、子供のことなんか考えてもいないくせに、自分だけ良い子になって!おせい殺したのはあんたよ!伊香保で心中するつもりだって行ってたけど、こんなおせいの部屋に住んで…と憎々し気に責める。

それでも、向井の弁護士をこっちで頼んでやりたいし…などと富岡が言うので、ゆき子は泣きながら帰って行く。

そんなゆき子とすれ違う形で富岡のとこにやって来たのは、たまった勘定の催促に来た近所の飲み屋の女給(木匠マユリ)だった。

その後、右目にものもらいが出来たので眼帯をつけて、伊庭の家に出向いた富岡は、すっかり若奥様のように様変わりしてその家に居着いていたゆき子と再会する。

伊庭はご祈祷に出かけたという。

富岡は、昨日邦子が死んだと良子に告げる。

葬式代が足りないので少し金を都合してくれないかと泣きつきに来たのだった。

2万円くらいというと、あっさりゆき子は出してくれたので、富岡はこれで棺桶を買って…と言いながらすぐに帰る。

それを見送りに出たゆき子は、今でもあの部屋にいるの?と聞くが、もう送ってくれなくて良いと富岡が言うので、そのまま家に戻る。

おせいの部屋に戻って来た富岡は、あの女給が部屋の中で待っており、お葬式だって?さっききれいな人が来て言っていたというので、それはどんな人だ?と聞くが、はっきりしない。

女給は、以前、富岡が酔っぱらったときキスしたことがあるので、甘えていた。

1人、旅館に来たゆき子は、女中に電報を打ってくれと頼む。

彼女が持って来た鞄の中には大量の札束がつまっていた。

翌日、また女中に電報を打たせると、その直後に、来なきゃ死ぬなんて打つなよと呆れながら、当の富岡がやって来る。

ゆき子は、今の所、出ちゃった。耐えられない生活だからと言い、教会のお金、30万円盗んで来たと言う。

どうせ警察に訴えたらあのインチキ教壇のことがバレるから、伊庭が訴えるはずもないと言う。

驚き呆れた富岡だったが、とりあえず、その晩は一緒に泊まることにする。

伊香保のことを考えると、互いに長く生きたわね。まだおせいさんの亡霊憑いているみたいねとゆき子がからかうと、富岡は明日帰る。互いに生活を変えないと僕等はダメになると言う。

私は死ぬつもりで来たのよ?どうしてそんなに冷たいの?じゃあ、私1人で死にますとゆき子は憤慨する。

しかし、トイレに行って帰って来たゆき子は、死ぬのを止めたと言い出す。

絶望はしてません。生きてみせます。あなたは勝手に女を作れば良いわ。ハノイのキャンプで「ベラミ」って小説を読んだけど、あれは宿無しの風来坊だから、女をはしごして出世したんだけど、あんたは、女だけはしごしていると富岡を責め出したので、お互いの生活を変えようと富岡は言い聞かせる。

終戦と同時に消えた昔の夢は観ない方が良い。話したくないけど、僕は又勤めに出る。屋久島って言う国境の島に。営林所の仕事で5、6年、あるいは一生屋まで暮らすつもりなんだと言い出す。

翌朝、帰りかけた富岡にゆき子は、私はどこに帰るのよ?私も連れてって!嫌!そんな遠い所へ行っちゃいや!とすがりついて来る。

あなたがあんな子と一緒になったら…とゆき子が言うので、女給のことだと気づいた富岡は、あれは近所の飲み屋の不良少女だと教え、伊庭の所へ帰るんだなと説得する。

しかし、ゆき子は、まだそんなこと言って意地悪の?私、結婚するつもりで飛び出して来たのに、やっぱりおせいさんが忘れられないのね。お金は全部上げるわ。おせいさんの旦那の弁護料に使えば良い。私、お金なんかいらない!とわめき出す。

そこに女中が、三島行きの列車は10時5分ですと知らせに来る。

結局、一緒に東京のおせいの部屋に戻って来た2人だったが、また勤める気ないかい?と。途中、富岡はゆき子に聞いていた。

部屋にかけてあった買い物かごを見つけたゆき子が、それを持って買い物に出かけると、隣の部屋の主婦が、さっき、この方が帰りを待っていたと知らせながら名刺を富岡に渡す。

それは伊庭杉夫の名刺で、近々会って話があるので連絡して欲しいと書いてあった。

すぐに、「農業経済」の雑誌社の三上に電話した富岡は、雑誌掲載の礼を言い、屋久島にすぐ発つことになったと知らせる。

部屋に戻って来ると、買い物から戻って来たゆき子がいたので、伊庭が、雑誌社にここの住所を聞き出して、さっき来たらしいと教える。

ゆき子は、連れて行って下さい。そこの生活に飽きれば帰ります。行けば私にも納得いくと思いますと頼む。

結局、ゆき子を連れ屋久島に向かった富岡だったが、鹿児島で雨で足止めを食う。

旅館に泊まることにした2人だったが、ここから船に乗って又1晩かかるなんて、1人では来られないわね。あなたと2人だから来られたんじゃないと言いながらも、島の生活が耐えきれなかったら、ここの旅館で働いても良いわね。女は棄てられたら、それはそれで生きていけるわなどと強がりも行ってみせる。

女中の話では、船が出るのは2日後だという。

ゆき子は、あなた、雑誌社に屋久島に行くとおっしゃったの?と心配したので、伊庭が追って来るか?と富岡は苦笑するが、そのとき突然、ゆき子は震えが止まらないと言い出したので、布団に寝かせてやる。

熱はなかったが、ゆき子の体調は悪く、2日目の朝になっても起きれない状態だった。

女中は、屋久島行きの「輝国丸」は10時に出ると教えに来る。

富岡は、夕べの医者の注射が効いたか?切符は4日伸ばしてもらったから安心しろと、目覚めたゆき子に語りかける。

あなた1人で船に乗るんじゃないの?とゆき子が言うので、バカ、1人で行くと思ってたのかと富岡が答えると、ゆき子はポロポロと涙をこぼす。

その後、出航間際の「輝国丸」を港に観に来た富岡は、果物屋でリンゴを買って帰る。

そのリンゴをゆき子にむいてやりながら、屋久島に歯医者のいなければ電気も通ってないと富岡は教える。

途中で気分が悪くなったら、種子島に置いて行って下さいとゆき子は言うので、医者も1度、レントゲンを撮った方が良いと言っていたぞと富岡が言うと、ゆき子は黙ってしまう。

4日後、出航する船の船室にまで医者に来てもらっていた富岡は、湿気の多い所はどうでしょうか…と案ずる医者(大川平八郎)に、4時間ごとに注射をし、ゆき子の容態が悪くなったら連絡をすると約束をする。

船は、富岡と寝たきりのゆき子を乗せ出航し、さらに小舟に乗り換えて、ようやく屋久島に到着する。

島では、営林署の仲間が迎えに来てくれており、ゆき子を担架で家まで運んでくれる。

家には、おのぶ(千石規子)と言う手伝いの娘がいて、すぐに布団を敷いてくれる。

営林署仲間は、ここでは1ヶ月に35日は雨ですなどと冗談を言って帰って行く。

とうとうここまで来てしまったわね…とゆき子が呟くと、僕が山に入ると1週間くらいは留守になる。君が少し良くなったら東京に戻るよと富岡は告げる。

翌日、珍しく晴れたので、富岡は山に登ることにする。

寝たきりのゆき子だったが、その日は少し元気を取り戻したようで、私がいなくなればほっとなさるでしょうと冗談を言うので、富岡も、どこにでも女はいるからねと冗談で返す。

ゆき子は寂し気に、どんな立派な女でも、男にとっては女は女ね…と呟く。

そんなゆき子を残して、富岡は山の上の事務所に登って行く。

1人残っていたゆき子は、また風が強まって来た中、咳き込み出す。

窓が開いていることに気づいたので、布団を這い出てそれを閉めようとするが、途中で咳き込み出し踞ってしまう。

そこに、おのぶがやって来る。

営林署の事務所にいた富岡の元に、奥さんが!と知らせが来たので、雨の中、急いで戻ることにする。

家に入ると、もうゆき子は布団の中で冷たくなって横たわっていた。

いつから悪くなったんだ!と聞いても、おのぶはさぁ…というばかり。

誰も診てなかったのか…と呆れた富岡は、おのぶや付いて来てくれた営林所の仲間に引き取ってもらう。

2人きりになった富岡は、ランプの灯りをゆき子の顔の近くに持って来ると、その唇の口紅を塗ってやる。

すると、白いブラウスを着て笑っていた仏印時代のゆき子の姿がよみがえって来た。

思わず、ゆき子!と叫んだ富岡は、ゆき子の死体にすがりついて泣き出すのだった。

花のいのちはみじかくて 苦しきことのみ多かりき…とテロップが出る。