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つづり方兄妹

モスクワ国際つづり方コンクールなど、数々の受賞をした実在の兄妹、野上丹治・洋子・房雄さんらを元にした児童映画。

どこまでが実話でどこまでがフィクションなのか、あるいは全て実話の映画化なのかすら分からないが、調べてみると、フーちゃんのモデルとなった野上房雄さんは、劇中で描かれているように、モスクワ国際つづり方コンクールの1位に選ばれた時、すでに8才で亡くなっていたらしい。

とすると、生まれつき障害を持ち、言葉が不自由だった長女まち子も実話が元になっているのだろうか?

だとすると、何とも痛ましい現実である。

いじめも本当にありそうだ。

主役のフーちゃんを演じている頭師孝雄があまりにも巧いので、観客は自然にフーちゃんに感情移入して、後半は涙してしまう。

キリ子役を演じている二木てるみがかすんでしまうほど、頭師孝雄の演技は演技に見えず、本当に元気なわんぱく坊主にしか見えない所が凄いとしか言いようがない。

織田政雄、望月優子、森繁久彌、乙羽信子、菅井きんなど、存在感のある実力派が脇を固めているのも頼もしい。

美しく優しい教師を演じている香川京子と津島恵子も、正に子供が憧れる理想の教師像であろう。

最後に登場する新聞記者を滝田裕介が演じているのは、やはりテレビの人気番組だった「事件記者」を意識したキャスティングだったのだろうか?

後半で披露されるフーちゃんの作文は、本当にこれを子供が書いたのだろうか?と驚かされるような大人びた視線を持つ内容である。

大人たちの社会の矛盾や汚さを、子供の視点で追求した社会派的告発になっている。

今の若者たちからすると、一体どこの国の話なのかと疑いたくなるような貧乏生活だが、確かに戦後しばらくは、こうした貧しい人たちは全国にいたはずだ。

ラストも単なるお涙頂戴で終わっておらず、子供たちの行く末を見守るような形にしている辺り、後味も悪くない仕上がりになっている。

なかなかの良作と言って良い作品だと思う。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、東京映画、野上丹治+野上洋子+野上房雄原作、八住利雄脚色、久松静児監督作品。

近畿圏中心に各地の教育委員会推薦の文字が多数並ぶ。

大阪と京都の間、淀川のほとりに、菊人形で有名な枚方市があります。

その市内は、昔からの宿場町と山際に出来た新しい郊外住宅に分かれています。

その外れの大きな病院の向かいにある柿の木の下の小さな家、それがこれから紹介する野村さんの家です。

野村家の主人である野村元治(織田政雄)はブリキ屋さんですが、昔は台湾の総督府で働いていたのですが、引揚げて来てから苦労を重ねて来ました。

フーちゃんこと野村文雄(頭師孝雄)は、6人兄妹の次男で、いたずらっ子ですが、作文を書くのが好きで、明るくがんばり屋なので皆から好かれている小学3年生。

長男の圭一(藤川昭雄)は中学3年生、新聞配達などやって家計を助けており、作文を書くのが好きですが、現実的でしっかりした考え方をします。

長女のまち子(まち子)は小学5年生ですが、小さいときから言葉が不自由で、言いたいことが人に巧く伝わらないことを哀しんでいましたが、作文を書くようになると、その不満が少し解消できるようになったので性格も明るくなりました。

彼らの下には、まだ幼い次女の君子(藤川清子)、三女の政代(上田智子)、そしてまだ赤ん坊のトンちゃんの6人兄弟たちは、貧しいながらも、毎日仲良く、分け合って暮らしています。

野村家にある自転車、机、棚、シロホン、鳩時計などは、皆、上の3人の兄妹が書いた作文が懸賞に当選し頂いた景品です。

そんな野村家から、さらに小さな丘をいくつか越えた所に、彼らが通う群小学校があります。

学校の真ん中を道路が通っているため、学校は二分されています。

では、フーちゃんの担任杉田はる先生(香川京子)の教室を覗いてみましょう。

フーちゃんは、罰のため一番前の席で絵を描いています。

杉田先生は、フーちゃんのことを「フーフ」と呼んでいます。

杉田先生がその絵を観てみると、人間らしき姿の後ろに車が描いてあるだけ。

お父ちゃんが車に轢かれる所やとおどけるフーちゃんに、お父さんが可哀想でしょう?と杉田先生が注意すると、車の上に飛行機の絵を描きたし、車を爆撃するのだと言い出す、飛行機から赤い線を車に引っ張る。

すると、隣の子が、爆撃したらお父ちゃんも死んでしまうやないか?と突っ込むと、この爆撃は車をパンクさせるねんとフーちゃんはしらっと答える。

杉田先生は笑って、フーちゃんを後ろの元の席に戻って良いと許可を出すと、今日お家に帰ったら、その絵のお話が出来るように考えて来なさいと宿題を出す。

職員室に呼ばれたまち子は、東京の作文コンテストで当選した景品が届いたと、何やら大きな包みを見せられる。

開けてみると、蓄音機付きラジオだった。

まち子は、最近、景品でもらった腕時計をしているが、壊れても時計屋に持って行かれないと、担任の井東なつ(津島恵子)先生に教えて帰る。

その様子を観ていた村木先生(浜田寅彦)が、あの子の口は生まれたときからああだったんですか?と聞くと、赤ん坊のときは唇が咽まで裂けていてミルクが飲めなかったそうです。一度手術をしてあそこまでなったので、もう1度手術すれば完全に良くなるそうですが、何せお金がかかりますから…と井東先生が気の毒そうに答えたので、それは可哀想ですねと村木先生も同情する。

その会話を聞いていた他の女先生も、兄妹の内3人も作文が得意な子がいるとは…と感心したように会話に加わる。

あの子は、入学当時、言葉が巧く人に伝わらないので、いつも泣いてばかりいる泣き虫でしたが、井東先生が「お手紙ごっこ」を勧めると、文章で意思が伝わることが分かったので明るくなったと言う経緯を、井東先生と杉田先生が説明するのだった。

しかし、いつも作文コンテストで入賞し、景品をもらうことが多いまち子は、妬んだ6年生の男の子3人組(桑名亮輔ら)から、言葉が不自由なことを「ふがふが」などとからかわれていた。

それを聞いた弟のスーちゃんは姉をかばおうとするが、何せ3年生なので5年生の3人に敵うはずがなく、突っかかって来た3人の手をするりと抜け、自慢の足で逃げて、遠くから3人をからかい返すだけだった。

その後、仲良しの桂キリ子ちゃん(二木てるみ)と一緒に帰っていたフーちゃんは、途中で自転車に乗った兄の圭一と出会う。

圭一は、これから叔母さんの所に寄って、新聞配達をすると言って出かけて行く。

遠ざかって行く兄の姿を丘の上から観下ろしてフーちゃんは、早いなぁと感心するのだった。

その後、フーちゃんは、靴がもう完全にぱかぱか状態になっていることに気づき、足が汚れてしまうので、その場で脱ぎ捨て、そのまま丘の下に向かって放り投げてしまう。

驚いたキリ子ちゃんに向かい、大丈夫と言いながら、フーちゃんは裸足で帰ることにする。

途中、昨日風呂に入ったら、垢がぼろぼろ落ちたんで、皮が剥けたかと思ってびっくりしたとフーちゃんが話すので、何日振りに入ったの?とキリ子ちゃんが聞くと、一月振りだと言う。

呆れたキリ子ちゃんが私は毎日入るわと言うと、東京ではそうやったんか?などとフーちゃんが聞くので、大阪に来ても毎日よとキリ子ちゃんは答えるのだった。

家に帰って来たフーちゃんは、裏で赤ん坊を背負って選択していた母ちゃん、みつ(望月優子)に、父ちゃんは?と聞くと、仕事でいないと言うので、父ちゃんに仕事があると、母ちゃんと喧嘩せいへんもんと喜ぶのだった。

貧しい家の中に入ったフーちゃんは、給食の残りのパンを二つにちぎり、君子と政代に与えると、母ちゃんに、今日の給食は海老フライやった。美味しかったと嬉しそうに報告するのだった。

まち子と一緒に帰っていた井東先生は、まち子が将来先生になりたいという夢を確認し、応援するのだった。

フーちゃんは、お父さんはおバカさんなので、先生の言うことを聞きませんなどと作文を書いていた。

そこに帰って来た父ちゃんは、何故かうどんの乾麺を持っており、それを母ちゃんに渡す。

うどん屋の台所に、ゴキブリが出ないようにブリキを貼ってやったら、これをくれたという。

どうやら、お金をもらえなかったらしい。

母ちゃんは呆れたように、まち子の遠足に金がいるんやと告げる。

その時、雨が降って来たことに気づいたフーちゃんは、僕、雨、大嫌いや!と言う。

フーちゃんの父ちゃんの親方である河原ブリキ店の主人河原(森繁久彌)は、外で新聞配りをしている圭一がずぶぬれなのを見かねて、店の中に呼び込むと、妻のおとき(菅井きん)に命じて雨合羽を貸してやりながら、お前のとこのおとっつぁん、まち子の口を手術させなあかん言うたら偉い怒ってな、金輪際人の世話にはならん言う取る。頑固な上に酒の飲み過ぎ、子供の作り過ぎやと話しかける。

その頃、野村家では、まち子がもらったラジオをフーチャンたちと一緒に聞いていたが、うるさくて新聞が読めないと父ちゃんが怒り出し、勝手にスイッチを切ってしまったので、父ちゃんのケチ!と怒鳴ったフーちゃんは、学校から持って帰って来た絵の父ちゃんの姿に、飛行機から爆撃光線を描き加えるのだった。

翌日、洗濯屋の女将(国友和歌子)が、父ちゃんに屋根の修理を依頼に来たが、お金ならなんぼでも出しまっせと言われたのに腹を立てたのか、断ったと圭一が母ちゃんに伝える。

それを聞いた母ちゃんは、金なんぼでもやる言うたら、父ちゃん怒ると答える。

母ちゃんは、赤ん坊のトンちゃんの世話をフーちゃんに頼むと、圭一と君子、政代らを連れて出かけて行く。

母ちゃんは、子供らに、自分が生まれ育った千葉県の海の話をしてやる。

家に帰って来た父ちゃんは、やはり、学校へ持たせる金のこと気にしているらしく、まち子に遠足はいつ行くのかと聞く。

来週の火曜日やと答えたまち子は、フーちゃんが貯めた小銭をやると言い出したので、130円やと遠足代として必要な金額を言い、とても足りないことを教える。

フーちゃんが、ラジオで天気予報を聞き出すと、父ちゃんは、空の弁当箱を風呂敷に包んで出かけようとするので、フーちゃんとまち子が何をしているのかと聞くと、洗濯屋に仕事に行くが、弁当は食った振りをしていればごまかせるのだという。

ある日曜日、キリ子ちゃんと待ち合わせたフーちゃんは、建設中の団地の工事現場に向かい、そこに落ちていた鉄くずを拾い始めるが、すぐに工事人夫たちに見つけられ追い返される。

2人は、まだ建設中の棟の中に逃げ込む。

あの大人たち何て言ってたの?とキリ子ちゃんが聞くと、あの鉄くずは大人たちが拾うんやとフーちゃんは答える。

その時、キリ子が下の道を通りかかった杉田先生を窓から見つけ声をかける。

下に降りて先生に何しているのかと聞くと、学校で会があった。この工事が終わったら、学校潰してくれと国から言われたので、そのことについて相談していたのだというではないか。

驚いたフーちゃんが、学校がなくなるの?と心配するので、皆で協力したら学校の引っ越しも大丈夫よと杉田先生は慰めるのだった。

フーちゃんは道ばたに落ちていた鉄くずを拾うと、僕、100円貯めたいねんと嬉しそうに先生に話す。

その後、杉田先生と一緒に、丘の上のお地蔵さんのところにやって来たフーちゃんは、持って来た花を供えると、空を見上げ、僕、あの雲に乗りたいなと呟く。

杉田先生は、そんな優しいフーフが書いた詩を覚えているよと言いながら、暗唱し始めたので、フーちゃんは照れて、お地蔵さんの後ろに生えた木に登って笑い出す。

「僕は鉄くず拾っています。

もう18円儲けた。

早く100円になって欲しいな…」

その夜、親子兄弟が並んで寝ていた時、まち子が、隣で寝ていたフーちゃんがおねしょをしたので目が覚める。

反対隣に寝ていた圭一も目覚め、フーちゃんを起こすと、僕、淀川で泳いでいたんやと言うではないか。

濡れた寝間着を着替えさせられ、何とかその晩は寝入ったフーちゃんだったが、翌朝、今日は麦飯やでと母ちゃんが誘っても、何故か不機嫌なままだった。

運動靴が欲しいとぐずっていたのだった。

買うたると言う母ちゃんが、東京からフーちゃんの作文の商品が送って来ていると見せると、一瞬機嫌が直って中を確認したフーちゃんだったが、クレパスと絵描き帳だけだったので、運動靴やったら良かったのに…とがっかりする。

しかし、その日、学校でフーちゃんは、校庭で競争する振りをして、自分が持って来た30色のクレパスと、クラスメイトの京太郎の運動靴をまんまと交換してしまう。

京太郎がクレパスを欲しがっていたことを知っていたのだ。

それを観ていたキリ子は呆れるが、憧れていた新品の運動靴を手に入れたフーちゃんは、僕、儲けた!と大喜び。

少し小さかったその運動靴を履いて中庭の方に向かっていたフーちゃんは、学校の仕事をしに来ていた父ちゃんから仕事を手伝えと声をかけられる。

宿題がある。父ちゃんが教えてくれるのか?とフーちゃんが言うと、父ちゃんは、わしがやったら宿題にならんなどと答える。

そこに杉田先生が近づいて来たので、事情を話し、どうやら父ちゃんはあんまり勉強ができなかったらしいとフーちゃんがからかうと、父さんの手伝いをしたら、宿題を1日伸ばしてあげると杉田先生は約束してくれる。

その直後、トイレに向かったフーちゃんは、掃除をしていたまち子から水をかけられそうになってので、靴が汚れるやないかと怒り、便所は汚いからなどと言いながら、大切な靴を脱いで、裸足でトイレに向かうのだった。

家では、圭一が、自分が書いた作文の景品として万年筆が送って来たと見せると、母ちゃんはいつもと違い、万年筆は食われへんもんと暗い顔で答える。

圭一は、うちらは作文書くのだけが楽しみや。今日の母さん、変やでと指摘すると、お前の言う通りや。世間からひどいことされたから言うて、ついひがんだだけや、堪忍なと詫びる。

そこにフーちゃんが運動靴を持って帰って来たので、どうしたのだと母ちゃんが聞くと、京太郎とクレパスで交換したというので、そんなことをしてはあかん。返して来いと母ちゃんは叱る。

しかし、フーちゃんは、これは交換したんやから僕のやと言って譲らなかったので、母ちゃんはその言葉にしたがうことにする。

まち子は、母ちゃんの妹で近くに住んでいたはま叔母さん(乙羽信子)の家に遊びに来ていた。

はま叔母さんは、まち子が書いた作文を読みながら、字の間違いが3つあると教え、もっと詳しく書くんやでと、褒めるだけではなく適切なアドバイスをしてくれる。

はま叔母さんと母ちゃんには、大きい兄ちゃんがいたんやろ?と聞いて来たまち子に、はま叔母さんは、他所のお姉ちゃんと一緒にどっかに行ったんやと教える。

叔父ちゃんは?とまち子が聞くと、はま叔母さんはそこにいると、位牌と遺影が飾られたタンスの上を指す。

まち子は、白木の箱を持ち、これが叔父ちゃん?からから言うてる…と振ってみて言う。

そこにやって来たフーちゃんは、兄ちゃんが、算盤の1級の試験に受かったと叔母さんに教える。

はま叔母さんは喜んで、子供たちにご飯を食べさせようと米びつを開けるが、中にはほとんど米が残っていなかった。

皆で作文を書くんや。貧乏の話ばかりではなく、ええ時の話もぎょうさん書くんやでとはま叔母さんは、兄妹を励ます。

野村家の近くの雑木林には、向かいの病院から出る不潔な医療廃棄物が散乱していたので、ある日曜日、フーちゃんやまち子は木の棒でそれらを拾い集め、庭に掘った穴に集めると、タバコを吸う父ちゃんがマッチの火で燃やしてくれた。

そこにやって来た河原は、家の中を覗いて、まるで豚小屋やなと呆れながら、靴のままで上がろうとする。

蓄音機付きラジオを見つけた河原は、俺が売ってやろうか?と言うが、それを聞いていた子供らは自分が欲しいんやろと図星を言うし、母ちゃんは、せっかく子供がもろうたんで、うちに置いときますと答える。

子供らの作文を褒めるので、読んでくれたんか?とフーちゃんが聞くと、まだ読んでないと言う河原は、実は字が読めないんだろうとフーちゃんは気づく。

実は、母ちゃんも、子供らが書いた作文を読んだことがないと告白したので、河原は安心したようだった。

フーちゃんとキリ子ちゃんとまち子が山に遊びに行くと、いつものいじめっ子トリオが待ち受けていて、又、まち子のことを「ふがふが」等とからかう。

さらに、フーちゃんにも喧嘩を売って来たので、敵わないと悟ったフーちゃんらは山を駆け下りる。

ちょうどそこに圭一兄ちゃんが通りかかったので、フーちゃんたちはその背後に隠れる。

どうしたんや?と聞く圭一に、フーちゃんは、何でもないよな?と相手の3人組に話しかけ、3人は悔しそうにその場を去りながら悪口を言ったので、やっぱり喧嘩したのか。あんなのはほっといたらええんやと圭一は諭すのだった。

圭一がやって来たのは、自分らがモスクワに送った作文が向こうに着いたという知らせが、自分とまち子の分だけ届いたと知らせに来たのだった。

自分も一緒に送ったはずのフーちゃんの返事はなかったというので、フーちゃんは、モスクワ届いとらんのかな〜とがっかりする。

ある日、父ちゃんが家で1人焼酎を飲んでいたので、帰って来た母ちゃんが、訳を聞くと、人から憂さ晴らしでもせいともらったという。

引揚げて来て、何遍人に頭を下げ続けて来たことか。もう人に頼るのは止めたと父ちゃんが愚痴るので、何にもせんと…、もっとしっかりしてくれないと…母ちゃんが文句を言うと、うるさい!と怒鳴り返される。

すると、母ちゃんは黙ってタンスを開け、もう国に帰りますと言い出す。

お前の国なんか海しか待ってない。誰もいないじゃないかと父ちゃんが呆れると、母ちゃんは、お腹の子も哀しむと言いながら、幼い君子と政代の手を引いて家を出て行く。

ちょうど帰って来たまち子とフーちゃんに圭一のことを聞いた母ちゃんは、算盤塾へ行ったと聞くと、あんたらは後で必ず迎えに来るからと言い残し、出かけて行く。

しかし、1人君子が戻って来て、又母ちゃん、やや子が出来たんやとまち子に耳打ちすると、去って行く母ちゃんの元へ走って付いて行く。

家の中に入ったフーちゃんとまち子は、布団をかぶってふて寝をし出した父ちゃんの姿を観て呆れるしかなかった。

その後、母ちゃんは妹のはま叔母さんの家にやって来る。

着物を売って1万円になったら国に帰ろうと思っていたが、1500円にしかならなかったと母ちゃんは説明する。

それを聞いていたはま叔母さんは、姉ちゃんとこは7人の子持ちやと言うので、母ちゃんが不思議そうな顔をすると、もう1人の子供言うのは元さんのことやとはま叔母さんは言い、その元治が時々、ここへ金を持って来て恥ずかしそうにしている話を打ち明ける。

こんな繕い物なんかで食べて行かれへんもんと自嘲する妹の言葉を聞いた母ちゃんは、そうか…、あの人が…と見直した風だった。

その頃家では、ふて寝していた父ちゃんが、茶碗をカチャカチャさせる音で目覚め、何かを食べてる様子のフーちゃんとまち子に何食うてんのや?と聞くと、食う振りをしているだけでごまかせると父ちゃん言うてたやないかと言うので、アホなことばっかり覚えて…と父ちゃんは怒る。

すると、そこに、何事もなかったかのように、食べ物を少し買って来た母ちゃんが戻って来る。

その夜、寝床に入った父ちゃんが寂しそうやから隣で寝てやりと母ちゃんから言われたフーちゃんは、酒臭い父ちゃんの寝床に潜り込むが、父ちゃんは、もう大分昔のことやけど、俺は台湾の新高山を開墾してたんや。その時、日本から1人姉ちゃんがやって来たんで、俺と開墾勝負して、勝ったらここへ置いたるというたんやが、俺が負けたんや…と昔話を始める。

その姉ちゃんが、ずっとうちにいることになったんや。それがお前らの母ちゃんやと言うので、それを聞いていた母ちゃんは、しようもないこと言うて…と笑う。

そんな中、圭一だけは、夜遅くまで勉強していた。

ある日、まち子は校庭で、作文上手な3兄妹という取材で学校にやって来た新聞社の記者たちから写真を撮られていた。

職員室では、そんなお膳立てをしてやった井東先生自身が、最近、まち子ちゃんは少し高ぶった所があると心配していた。

ちょっとしたスター気取りになっていたのだ。

フーちゃんの写真はどうします?ちょうど、宿題を忘れた罰として居残りさせているんですが…と杉田先生が井東先生に相談する。

教室に残されていたフーちゃんは、苦手な理科の宿題はせずに、得意な日記を書いていた。

様子を観に来た杉田先生に、フーちゃんは悪びれた風もなく笑いながら、野村くんが一番前の席に座らされた話をおもしろおかしく読んでみせる。

その日の帰り道、キリ子と火薬倉庫側のトンネルを抜けて帰っていたフーちゃんは、水たまりがあったので、運動靴を脱いで裸足になると、キリ子ちゃんをおぶって向こう側の道まで運んでやる。

その時、キリ子は近くで子犬の鳴き声を聞き、探していると草むらの中から可愛い捨て犬らしき子犬が出て来たので、犬好きなフーちゃんはそれを抱いて帰る。

しかし、家に連れて帰って来たフーちゃんは、金が入ったから肉を買って来たと上機嫌で帰って来た父ちゃんから、その犬が四つ目(目の上に目のような模様がある犬)だったので、そんなものを飼うと家の死人が出るから捨てて来いと叱られる。

飼いたいと愚図るフーちゃんを、父ちゃんがダメ言うたらあかんねんと言いながら、外に連れ出した母ちゃんは、そっとフーちゃんとまち子と子犬を、裏の小屋の所へ連れて来るとそっと藁をしいて、ここで可愛がってやれば良い。名前は母ちゃんがつけてやろう。丸々しとるから、マルっちゅうのはどうやと優しく言ってくれる。

翌日は下校前から土砂降りになったので、キリ子は家から傘を持って来てくれるからそれで一緒に帰ろうと誘ってくれるが、マルの小屋の天上は穴だらけやから心配やと言うフーちゃんは、雨の中を1人飛び出して行く。

途中、ぬかるみに転んだりしながらも、何とか自宅裏の小屋に駆けつけたフーちゃんだったが、マルの姿はなかった。

そんなことは知らない、野村家の家の中では、君子と政代が、父ちゃん縄跳びしようと言い出し、呆れる母ちゃんの目の前で、父ちゃんが2人が家の中で回す縄を飛び始めるが、途端に床を踏み抜いてしまう。

その修理をしている最中、ずぶぬれになったフーちゃんが帰って来るが、母ちゃんが気づくと、ひどい高熱を出していた。

その頃、マルは、まち子に助けられてはま叔母さんの所に来ていた。

圭一が帰って来ると、フーちゃんが寝込んでいたので額を触ると、異常な高温だったので、これは先生に診せた方がええのんと違うか?と母ちゃんに尋ねる。

その母ちゃんから事情を聞いた河原は、女房のおときに、赤ひげを呼んでやれ。今までの借金はうちで責任を持って払うと言ってと電話をかけさせる。

そして河原は、今まで医者への支払が溜まっているのを隠すのは良くないと母ちゃんに説教する。

寝込んだフーちゃんは、マル、マルとうわごとを言っていた。

それを聞いた圭一は、こんなに犬を飼いたがっているんや。父ちゃん、飼うてええと言ってやれと言うんで、さすがに哀れに感じたのか、父ちゃんは、フーちゃんの枕元で、犬飼うてもかまへんと繰り返し語りかけるのだった。

雨が小振りになった頃、医者の中原(左卜全)が自転車で往診にやって来る。

翌日、学校で井東先生や杉田先生からフーちゃんの容態を聞かれたまち子は、リウマチがお腹に移ったと医者が言うてたと教えるが、先生たちはそんな病気あるのかしら?と首を傾げる。

家の前にいたまち子は圭一に、向かいの病院に連れて来られた他所の家の子供の様子を見ながら、フーフ、何で病院行けへんの?と聞く。

うちはお金はないからと圭一が答えると、じゃあ、うちのふがふがも直らへんなと泣き出したまち子は家に飛び込んで行く。

その後も中原の往診は続き、高いという丸薬を与えても、フーちゃんの熱は一向に下がらなかった。

圭一は父ちゃんに、これは前の病院に診せた方がええのではないか?と訴える。

その頃、フーちゃんを入院さそうと金集めに奔走していた河原だったが、あの家は、作文の景品もらっているからと言う理由で金を出さん奴がいると息巻きながら店に帰って来る。

俺はその内、市会議員になるつもりなんで、今のうちから痛くもない腹を探られるのはご免だとおときに愚痴をこぼす。

フーちゃんはその後も苦しみ続けていた。

杉田先生と見舞いに来たキリ子ちゃんは、フーちゃん、早く作文かけるようになると良いねと言いながら、持って来た花を見せる。

かろうじて口をきいたフーちゃんは、学校のうなったら敵わんな…とつぶやき、キリ子の花を観てありがとうと礼を言う。

ある日、帰宅したまち子が勉強していた圭一にフーちゃんの容態を聞くと、赤ヒゲのくれた丸薬を飲ませたら、さっき、緑色の水を噴水みたいに吐いたと言う。

フーちゃんはうわごとのように、僕が死んでもあの医者に金を払うの?と言い出したので、何を言うんやと叱った圭一だったが、フーちゃんは、姉ちゃん、机の下から僕の宝箱取ってと頼む。

まち子が取り出してみせると、兄ちゃんと姉ちゃんに好きなもんやる。残りは君子と政代や駒子…とまだ生まれていない赤ん坊の名を挙げていう。

マル…と呼ぶので、枕元に子犬のマルを置いてやると、僕、淀川でマル、泳がしたるねん。きっと行こな…とフーちゃんは呟き、又苦しみ出す。

驚いた圭一は溜まらなくなり、向かいの病院へ医者を呼びに向かう。

しかし、すぐに来てくれるで…と言いながら戻ってみると、もうまち子の側で、フーちゃんは動かなくなっていた。

死んでる!フーフ、死んでる!圭一が叫び、まち子は泣き崩れる。

知らせを聞いた杉田先生やはま叔母さんが駆けつけてくれたが、その場でまち子は、フーフを焼いて埋めるのは嫌や。からから言うのは嫌やと言い出す。

はま叔母さんが、うちの人の骨壺のことやと皆に説明し、あの音は確かに寂しいと同意したので、母ちゃんは、そうしてやろう。皆で連れて行こうと賛成する。

さすがに気落ちした父ちゃんは、杉田先生に頭を下げると、私は意気地ない人間でした。作文一つ読んでやったことない。皆学校でやってくれると思うとった。堪忍やでと詫びる。

そんな父ちゃんに、杉田先生は持参して来たフーちゃんがモスクワに送った作文の下書きを見せ、フーちゃんが日頃何を考えていたか読んでみましょうか?と言い出す。

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僕等の学校

大阪の野っ原はとても広い広っぱです。

その野っ原におへそのように小さな丘があり、その真ん中に、又おへそのようにくぼんだ所があり、その中に、真っ赤に錆びたトタン屋根があります。

昔、兵隊さんが住んでいた所が僕等の学校になりました。

近くには虎の尾(サンセベリア)の花が咲きます。

その時は今でも、火薬が匂って来るような気がします。

その花を、お地蔵さんに供えるのです。

そして、もう戦争起こらないように祈るのです。

お地蔵さんは笑って言います。

もう滅多に戦争は起こらないから、一生懸命勉強するようにと。

でも僕等は原子爆弾の話ばかり聞かされます。

最近、学校の隣に火薬工場が出来ると聞きました。

びっくりしました。

大人たちは東京の大臣様に、火薬反対と言いに行きました。

そのお陰でその話はなくなりました。

ところがその後、今度はお家を建てるから、学校どっかに引っ越して下さいと言われました。

学校には500人も子供がいます。

そんなにたくさんの子供らが行く所があるのでしょうか?

大きな学校作るような広い場所なんて近くにありません。

この頃、お地蔵様に、僕たちの学校を引っ越さないよう祈っています…

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フーちゃんの遺体は、フーちゃん自身が作った車に乗せられ、お墓に運ばれて行きました。

途中、キリ子は、道ばたに咲いていた花を摘んで行きました。

杉田先生、井東先生、はま叔母さん、河原のおじさんらも参列してくれました。

遺体をお墓に埋葬し終えた時、雨が降って来たので、みんなはそれを機に帰ることになりました。

圭一は、フーフ、雨、嫌いやったなと呟きます。

それを聞いたまち子も、うちも嫌いや!と叫びました。

その後、小学校では、井東先生が、死んだフーちゃんの作文がモスクワのコンクールで一等になったと報告していました。

野村家には、取材に訪れた関西日報の記者(滝田裕介)とカメラマン(酒井茂)が、父ちゃんや母ちゃんの写真を撮ったり、亡くなったフーちゃんの話を聞いていました。

家の外では野次馬が集まり、子供の方が金儲けが巧い。賞金は10万円らしいなど、あれこれ野村家の陰口を言っていました。

そうした中、算盤塾に出かけようとした圭一に向かい、何か言いたいことはないかねと記者は尋ねるが、僕たちはただ書きたいから、人に読んでもらいたいから書くだけです。作文が当選したときだけ騒がれ、何やかや言われるだけです。

書いたら騒がれ、すぐに忘れられる…そんなことを繰り返すのはもう嫌ですと圭一は訴える。

なるほど…と感心したかのような記者だったが、所で君は大きくなったら何になりたいの?と聞く。

圭一は持っていた算盤を持ち上げながら、僕、作文よりこれが巧くなって仕事をしたいですと言い残し去って行く。

そんな所へやって来た井東先生と杉田先生は、野次馬が、あれだけ天才生んだら、1人死んだかて、他の子が稼いでくれるでなどと言っている言葉を耳にし、心を痛める。

心配だわ、あの子たち…、これから先、どうなるんでしょう?と野村家の方を観ながら案じる杉田先生。

その後、君子と政代の手を引き、お地蔵様の所へやって来た圭一は、赤ん坊を背負って追って来たまち子と合流すると、一緒に仲良く丘を下って行くのだった。


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