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松本清張原作の社会派ミステリの映画化。

社会派ミステリというのは、松本清張の作品を評してマスコミが名付けた名称だと思うが、従来のミステリ、特に当時はマニア向けだった「探偵小説」とか「本格謎解きミステリ」とは明らかに違った観点で書かれていた。

一番の違いは、職業的な名探偵が登場しないこと。

トリックのためのトリックのような、いかにもわざとらしい人工的に作った事件ではなく、どちらかと言えば、現実の事件に近いこと。

そして、トリックの解明よりも、何故そうした犯行が行われたかという動機面、人間の心理面を重視した作風になっていること。

こうした特長は、従来の探偵小説とは違った魅力を持っていたので、瞬く間に大衆に支持され、松本清張は時代の寵児になる訳だが、こうした新しい作風は良い面ばかりではなく、同時に弱点も持っており、それは、圧倒的な筆力で書かれた小説では気づきにくい部分も映像化されてしまうと目立ってしまったりする所があった。

この映画もその典型のような作品で、何となく原作に沿った展開になっているものの、原作が持っていた弱点もそのまま露呈してしまっているため、ミステリ映画としては何ともすっきりしない顛末に終わってしまっている。

まず、一介のサラリーマンが、数ヶ月も会社を休んで探偵のまねごとのようなことをしている不自然さ。

事件の核心部分が、一番の重要人物の自殺によって、何も解決しないまま闇に葬り去られていること。

パクリ屋による手形詐欺という一見社会派風発端で始まっているものの、後半は得体の知れない闇組織を匂わせているだけで、何一つ社会派的な掘り下げがされていない所。

瀬川弁護士や山本殺害の犯行動機が全く描かれていないこと。

山本兄妹の組織における役割も謎のまま。

素人で調査能力に限界がある主人公のサラリーマンが、情報収集力のある新聞記者の友人として手を組んでいるというご都合主義…等々

超売れっ子作家になった松本清張は、きちんと「本格ミステリ」のように全体の構成を最後まできっちり考え込んで書き始めているのではなく、おそらく漠然とした全体像だけを元に、細部は思いつきで書き進めていたと思われ、途中途中で、そのつじつま合わせを主人公の「想像」として語らせているだけなので、最後に読者が納得するような「謎のパズルの完成」がある訳ではない。

そもそも、特に推理能力がある訳でもないずぶの素人が事件を解明して行くと言う展開自体が不自然というしかなく、彼らは、ご都合主義の連続で事件の核心部分に「偶然」にも近づくような展開が多い。

この作品でも、萩崎が郵便局へ手紙を出しに行った時、「偶然にも」伊勢から10万円という高額為替が送られて来るという女性局員の言葉を耳にしている。

普通の感覚で言うと「ご都合主義という以外にはあり得ない不自然な展開」だろう。

船坂=高橋音治が、戦後、急速に政界ゴロとして、政界の裏側で暗躍し始めるきっかけも良く分からない。

ようするに、金の力でのし上がって来たということだろうが、その金はどうやって溜めたのか?

戦時中にいたという朝鮮が関係しているのか?それとも戦後、パクリ屋で儲けたということなのか?

その辺、何も説明されていないので、何とも訳が分からないまま。

劇中、目のきれいな美人として説明されている上崎絵津子を演じている鳳八千代も、ごく普通のお嬢さんという以上の印象ではなく、怪しげな雰囲気とか特別な魅力があると言った感じではない所も弱い。

かえって、物わかりの良い賢い女性として登場している永井章子役の朝丘雪路の方が魅力的に見えるくらい。

終始陰鬱な演技を見せている佐田啓二以外のキャストも地味な人ばかりで、今ひとつ人間ドラマとしても訴えかけて来るものがない。

新興宗教とか精神病院とか、一般人が容易に立ち入れない要素を導入した走りだったのかもしれないが、今となっては安易な発想に写らないでもない。

とは言え、珍しく悪役を演じている渡辺文雄とか宇佐美淳也など、見所がない訳でもなく、通俗作品として観る分にはそこそこの作品なのかもしれない。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1958年、松竹、松本清張原作、高岩肇脚色、大庭秀雄監督作品。

公衆電話から自宅に電話をかけた昭和電業の会計課長、関野(織田政雄)は、急用ができて帰れないと伝えると、電車が接近していた線路脇の草むらに来る。

その後、鞄と帽子だけが草むらに置かれてあった。

関野の自殺を知った社員たちは、使い込みか女でしょうか?などと社内で無責任に噂し合っていたが、関野とは昵懇だった萩崎竜雄(佐田啓二)は1人沈み込んでいた。

課長はそんな人じゃない…、そう萩崎は信じていた。

部下の死を知った社長(三津田健)は、加賀専務(永井智雄)や常務(十朱久雄)を前に、3000万を関野くんに任せ、あの時は興奮してちょっと言い過ぎたなどと社長室で反省していた。

常務は、パクリ屋に引っかかるとは…と呆然としていた。

関野は、手形を落とす金と給料で、月末までに3000万必要になり、専務と協力して金策に走り回っていたが、明治銀行からは、前期のみ決済を理由に融資を断れてしまった…と、萩崎は関野から受け取った自分あての手紙を読んでいた。

関野は、山杉商事という会社にいた上崎絵津子という女性が世話してくれた男と、その夜、東京駅で落ち合った。

目印に経済雑誌を持っていたその相手は、「堀口勝男」と言う名刺を出して来た、30才前後の感じの良い男だった。

堀口は、20万の謝礼を条件に、東洋相互銀行に顔の利く男を紹介してくれた。

その男は、東洋相互銀行の大山常務と昵懇だそうで、銀行では2人は席を外し、関野は大山常務と直接会い金の相談をすると、すぐにでも現金を用意してくれるということになり、大山常務は関野が渡した小切手を持って部屋の外に出たので、安堵した関野は会社にいた萩崎に電話をして鞄を持って取りに来てくれと依頼する。

しかし、応接室で待っていた関野は15分が経過した辺りから疑惑が頭をもたげ、30分過ぎると、さすがに怪しみ、受付に行って、大山専務のことを聞くと、5日ほど前から北海道に出張しているというではないか。

さっき関野が会った大山専務は真っ赤な偽物だったのだ。

会社に戻ってパクリ屋の詐欺にあったことを報告した関野は、社長から大目玉を食らう。

これまで、何事に付け石橋を叩いて渡って来たはずのボクが、どうしてこんな目に遭ったのか?

君の将来の幸せであることを願って…、そう萩崎宛の手紙の最後に書かれてあった。

読み終えた萩崎は、関野課長の無念を思って泣いていた。

東洋相互銀行に大山専務の偽者のことを聞きに出向いた萩崎は、政治家の岩尾輝輔氏の紹介があったのでこの応接室に通したと言うので、その時受け取った名刺を見せてもらえないかと切り出すと、そちらの会社の顧問弁護士の瀬川氏に渡したという。

その頃、その瀬川弁護士(西村晃)は、昭和電業の社長室で、社長や重役相手に、パクリ屋の被害は良く聞くが、どの会社も外部に漏れないように、司直に訴えるようなことはしないのが普通だと教えていた。

ようするに被害を受けた企業はほとんど泣き寝入りしているのが実態ということだった。

会社に戻って来た萩崎は、瀬川弁護士に岩尾輝輔の名刺を見せてもらえないかと頼むが、あなたには関係ないことでしょうと一蹴されてしまう。

次いで、山杉商事に向かった萩崎は、自分はガラス器の店舗をやっているものだが、2、3日前に300万の貸し付けのことで社長とお会いする約束をしていたと嘘を付き、社長に面会を求めるが、秘書の上崎絵津子(鳳八千代)から、社長は不在で明朝来るので出直して来れと言われる。

山杉商事を出、近くの喫茶店で休息した萩崎は、今会った上崎絵津子と言う女は何者だろう?と考えていた。

その時、山杉商事からその上崎が出て来て車で出かける所が見えたので、急いでタクシーを拾い後をつけてもらうことにする。

上先が乗り込んだ青い車は、57年型のプリムスだとタクシーの運転手が教えてくれた。

間もなく、青いプリムスが到着したのは、荻窪の「船坂」と表札がかかった屋敷の中だった。

萩崎は、友人で東海新聞の記者田村満吉(高野真二)に、船坂のことを聞きに行く。

田村は、昭和電業の会計課長が自殺したことは知っており、何を調べているんだと聞いて来るが、萩崎は社の秘密なので聞かないでくれと言葉を濁す。

田村は、社会部記者で、かつて船坂のことを書いたことがある内野を外へ呼び出し、萩崎に情報を教えるよう頼む。

内野の説明によると、船坂英明と言うのは政界ゴロで、政界に相当顔が利くらしい。

では、岩尾輝輔とは関係があるかと萩崎は聞くが、その辺は知らないらしい内野は、銀座の「レッドムーン」のマダムがその女らしいという情報をくれた。

さっそくその夜「レッドムーン」に出かけた萩崎だったが、ホステスの正美(紫千代)にマダムを紹介してもらうが、その時、隣に座っていた客、田丸利市(多々良純)が、元は芸者らしいですよなどとこっそり教えてくれる。

カウンターの中にいたバーテン山本一夫(渡辺文雄)が競馬好きらしく、府中へ行ったなどと別の客と離しているのを聞いていたその客は、今度一緒に行こうなどと話しかける。

その時、萩崎は、見知らぬ男と一緒に店に姿を現した上崎絵津子に出会う。

上崎の方も萩崎に気づくと、社長は、あなたから電話を受けたことなどないと言っていましたわよ。変ですわね?と怪しむように話しかけて来る。

店を出た萩崎は、あの男は誰だろう?と上崎と同行していた中年男のことを気にする。

翌日、東海新聞に出向き、田丸に岩尾輝輔の写真を見せてもらった萩崎は、一体何を調べているんだ?俺の背後には新聞社という機動力があるんだから利用しろよと言われたので、その後、飲み屋に連れて行き、これまでのことを一切打ち明けることにする。

パクリ屋から手形詐欺を受けた会社は多いが、単身、パクリ屋に挑むとは感心したよと言う田丸記者は、一緒に、岩尾議員に会ってみないかと勧める。

その後、代議士の岩尾輝輔(山路義人)に会い、ある手形詐欺事件に先生の名刺が使われたのだが?と探りを入れた田丸だったが、岩尾は、名刺など一日に何十枚も渡すので、そんなことは分からないと言い捨てて席を立ってしまう。

その様子を見た田丸と萩崎は、岩尾は何か知っていると直感する。

その後、船坂邸に出向いた2人は、船坂先生に時局談話をお聞きしたいと願い出るが、応対した山崎事務長(宇佐美淳也)なる男は、今、先生は伊勢に参宮に行かれたと言う。

久々に会社に行った萩崎は、加賀専務から呼ばれ、今度自分は大阪へ移転するが、君は会社を休んで何かやっているようだが、危ないことは止めたまえ、忘れるんだと忠告する。

しかし、萩崎は、許せないんです。もうしばらく休暇を頂けないでしょうか?と願い出る。

加賀専務は、相手は暴力だぜと言い、くれぐれも気をつけてくれたまえよと付け加える。

会社を出かけた萩崎は、入口でばったり瀬川弁護士と出くわすが、危険なことはなるだけ敬遠するんですな…と意味深なことを言われる。

外に出た萩崎に声をかけて来たのは、先日「レッドムーン」で出会った田丸だった。

競馬はやるか?これから中山へ行くのだが…と言うのでやらないと答えると、今日は面白いことがあるんだが…と、こちらも意味ありげな顔をして残念がる。

その後、田丸は、中山競馬場で、「レッドムーン」のバーテン山本に出会い、一緒に競馬をビールなどを飲みながら競馬談義に花を咲かせる。

山本はその日、3万も行かれたと愚痴をこぼすが、田丸は、やはりあんたらは身入りがあるんだななどと賭け金の多さに感心する。

田丸は、家は目黒だという山本にその後も付き合うと言い、おでん屋「たまえ」と言う店で飲み始める。

やがて山本は、その店の女と二階でちょっとなどと言い出すが、田丸はここで待っていると言う。

田丸は女将に、二階に上がった今の男は良く来るのか?と聞くと、はじめてだと言う。

あまりに戻って来ないので怪しんだ田丸が二階に上がってみると、そこには女がいるだけで、山本はたった今帰ったという。

慌てた田丸は下に降り、辺りをうかがうが、もう一度二階に上がると部屋に入り込んでみる。

すると、ふすまが開いて、その背後に隠れていた山本が田丸を捕まえ、銃を腹に突きつけながら、お前、デカだろう?競馬にことなんかまるで分かっちゃいないじゃないか。てめえなんかに構っちゃいられないんだよと言うや否や発砲する。

元刑事の田丸殺害が新聞紙面に報じられる。

その田丸に指示を与えていたのは、瀬川弁護士ではないかと記者たちが殺到する。

萩崎と田村は、阪神巨人戦で長嶋が活躍しているテレビが置いてある飲み屋の座敷で、瀬川氏が何か隠していると話し合っていた。

田丸を殺害したのは、パクリ屋の一味だと思う。殺された田村のポケットに馬券が入っていたそうだと田村が教える。

そこにやって来たのは、田村の結婚相手という広告部の永井章子(朝丘雪路)だった。

式はいつだ?と萩崎が聞くと、田村は13日の金曜日だと答えるが、横から章子が14日よと訂正しながら、持って来た結婚式の時に着るモーニングを田村に見せる。

瀬川弁護士は、この間の件でちょっとご相談をと呼び出される。

萩崎は再び「レッドムーン」に行ってみることにする。

すると、この間のバーテンがいないので、正美に聞くと、2、3日安んでそのまま辞めたのだと言うので、何かあったのか?と聞いてみるが、正美が怪しみ出したので、競馬場で会ったんだとつい噓を言ってしまう。

店を帰りかけた萩崎は、やはりあの山本というバーテンが、パクリ屋の堀口かもしれないと想像する。

その時、タクシーを降りたマダムと上崎絵津子が「レッドムーン」に入って行くのを見かけたので、急いでそのタクシーの運転手に、今の客はどこから乗ったのかと聞いてみる。

運転手は萩崎を怪しんでいたが、金を受け取ると、羽田からだったと素直に教えてくれる。

名古屋行きが飛んだ後だったので、見送りでしょうという。

それを聞いた萩崎は、又「レッドムーン」に戻ると、カウンターで飲んでいた上崎の隣に座り、今夜、羽田であなたを見かけました。あなたそっくりな美人をね。何をしていたんです?とかまをかけてみる。

そんな上崎に近づいて来たメガネの男が、みんな奥で待っているんですよ。あまり変なのと付き合わない方が良いですよねなどと、萩崎のことを横目で観ながら話しかけて来る。

それを機に立ち上がった上崎絵津子は、お帰りになって。そしてもう2度とここへいらして欲しくないのと萩崎に釘を刺して奥へ向かう。

14日、ウエディングドレス姿の永井章子は、結婚式場で、30才前後の4人?などと萩崎との電話に夢中になっていた田村を探して当てる。

章子から式が始まるとせかされた田村は、スチュワーデスに絶対会うようにと萩崎に指示を出す。

羽田の航空カウンターに来た萩崎は、名古屋行きの飛行機の乗客で、そわそわしていた客はいなかったかと聞いてみる。

受付は、そう言えば、22時10分発の列車に乗れるかどうかと気にしていた客が1人いたと思い出す。

その頃、列車で章子と新婚旅行に出かける田村は、向かい側のホームを担架で運ばれて行く病人らしきものの姿を目に留めていた。

駅に見送りに来ていた社の仲間たちに、その担架を運んでいたグループが掲げていた旗に書かれた「真圓会」って、新興宗教かい?などと尋ねていた。

そこに駆けつけて来た内野が、田丸殺しの犯人が分かった。山本というバーテンだと教えると、それを聞いた田村は興奮し、新婚旅行を止めて取材を続けたいというような雰囲気になったので、見送りに来ていた上司たちが落ち着かせる。

出発した田村と章子の席に近づいて来たのは萩崎だった。

田村は、警察発表で、田村殺しの犯人は山本だと分かったと教え、お前はどこに行くんだ?と聞くと、萩崎は名古屋だと教え、田村の隣に座る。

飛行機で名古屋に向かった男が、22時10分発の列車に乗りたがったとすると、それは中央線の普通列車のはずだが、春日井や神領までに行きたいのなら、使わないはずだと萩崎は時刻表を取り出し説明し始める。

とすると、男は、高蔵寺、定光寺、古虎渓、多治見、土岐津、瑞浪のどこかで降りたことになるのではないか?と萩崎は続ける。

パクリ屋のボスは舟坂英明ではないかと2人は夢中で話し合うが、向かいの席でおとなしくしていた新妻の永井章子は次ぎが熱海よと教える。

田村は、おばさんが迎えに来ていると行ってたな?お前、おばさんと岐阜に行っていてくれないか?と言い出したので、萩崎はせっかくの新婚旅行じゃないかと止めようとするが、章子の方から、岐阜に行っても良いわよと言い出してくれる。

名古屋駅で、章子はそのまま列車に残り、降りた田村と萩崎は、駅前のバスの車掌に聞くと、名古屋空港から当日バスで駅に来たのなら、普通列車に間に合ったはずだという。

田村は一応、本社に電話をして、その後の情勢を聞くと、瀬川弁護士が誘拐されたというではないか。山本の方は都内に潜伏しているのではないかと言われているとも聞く。

それを聞いた萩崎は、瀬川弁護士には何か裏があると言い出し、田村の方も、この事件の奥は深いんだと言い、自分はこれから伊勢に向かい、地元の通信社を使って、船坂のことを当たってみると言う。

萩崎は普通列車に乗って、一つ一つの駅で、当夜、降りた客がいなかったかどうか確認して行くが、土岐津の駅員が、確かにそれらしき客がここで降りタクシーに乗って行ったと証言する。

そのタクシーを探し当て、同じ道を走ってもらうことにした萩崎だったが、運転手が言うには、当夜、その客が向かったのは瑞浪駅だったらしい。

それならわざわざ土岐津駅で降りる訳が分からなかったが、その客はこの辺の道に詳しかったという。

途中、「清華園」という精神病院の横を通った時、その看板に目を留めた萩崎は、ちょっとタクシーを停め、そこに描かれた院長の岩尾輝次という名前を目に焼き付ける。

到着した瑞浪の町は陶器の町だった。

藤崎はここに山本が潜んでいるような気がしてならなかった。

壊れた陶器の欠片があちこちに散乱し、陶土の為に河は白く濁っていた。

瑞浪の旅館に泊まった萩崎は大阪に転勤した加賀専務に、事件はその後混迷し、もはや自分のような素人ではどうしようもない段階に至ったようだと手紙をしたためる。

関野課長が死んで、もう2ヶ月が経ち、この山間の町にも秋の気配が忍び寄っていた。

翌日、地元の郵便局に、その手紙を出しに行った萩崎だったが、局員の女性(松尾嘉代?)が、10万の普通為替について電話を受けている際中で、局長と相談している所だった。

女局員は、今時10万の普通為替は珍しい。送り主はと伊勢からだった電話の後、雑談していた。

一方、伊勢に来ていた田村は、地元の通信員、青山(小林十九二)と共に、二見館と言う所に泊まっているらしき船坂英明を訪ねるが、又しても応対に出て来たのは山崎事務長であり、先生は御病気中だと言う。

前回同様、時局談話をうかがいたいと田村が伝えると、一応聞いて来てみると奥へ引っ込み、やがて戻って来ると、道義の退廃の一言とおっしゃっていたという。

こちらへ来られた目的は?と聞くと、精神を鍛え直そうとしていると山崎事務長は答える。

東海新聞の伊勢支局で落ち合った萩崎に田村は、共に新しい事実を突き止められることが出来なかったと尻、特ダネの夢破れたりと残念がる。

その時、本社から電話が入り、社会部の辻井が、瀬川弁護士は、どうやら東京駅から運ばれ途中で消えたらしいが、多分名古屋らしいと伝えて来る。

あの時ホームで見かけた担架がそうだったらしく、真圓会などという組織はなかったという。

本社では電話を代わった局長が、こちらも忙しいので戻って来てくれるな?と田村に頼んでいた。

その話を聞いた萩崎は、瀬川弁護士はどこへ連れて行かれたのだろう?と不思議がる。

田村は、通信社の青山に電話を入れ、船坂のその後の動静を聞くが、二見館に若い者の出入りはなく、22、3のすごい美人が現れたと聞く。

その美人は郵便局に行ったと言うので、何しに行ったんだろう?と首を傾げた田村は、きっとその美女とは「レッドムーン」のマダムのことだろうと推測するが、聞いていた萩崎は、マダムは22、3じゃないよと否定する。

翌日、再び瑞浪郵便局へ出かけた萩崎は、昨日仏為替で10万円送って来た相手はもう取りに来たかと聞くと、午前中の10時半頃来たと言う。

その人は目のきれいな女性ではなかったかと聞くとそうだというので、萩崎は、その為替はどんな名前で送られて来たのか?と聞いてみるが。そう言うことを教えるのは法規で禁じられているのだが…と困惑した局長だったが、用事がおありのようなので名刺をもらっておきましょうか?と言い、教えてくれる。

山梨県北巨摩郡新庄馬場村 吉野貞子

その足で瑞浪駅に向かった萩崎だったが、その人なら今の列車に乗って行ったという。

どうやら一足違いだったようだ。

手掛かりが又途切れ、呆然とした萩崎だったが、駅舎の近くのラジオでは、台風が接近していると報じていた。

その夜、台風による大雨が降る中、山本ら数名の男たちは誰かの死体を山から投げ降りしていた。

翌朝、死体を発見した狩人らしき男が警察を現場に案内して来る。

谷川の岩場に墜落していた死体は瀬川弁護士だった。

中央アルプス山中で瀬川弁護士の死体が発見されたという記事が新聞紙面に踊る。

解剖の結果、偽装殺人の線が出て来たので、東海新聞社としては特別捜査班を作ることになったと、本社に戻っていた田村は萩崎に電話で知らせて来る。

船坂とは、どうやら三国人らしい。伊勢に現れたのは上崎絵津子じゃないかと田村が言うと、瑞浪に来ていたらしいと萩崎が知っていたらしかったので、どうして今まで黙っていたと田村はいぶかしがる。

田村はさらに、その上崎絵津子は、山杉商事も辞めているらしいと教える。

萩崎は、その山杉商事に出向き、掃除のおばさんから上崎絵津子の住所を教えてもらう。

そのアパートへ向かうと、部屋の中で上崎絵津子が出かける準備をしている最中だった。

自宅にまでやって来た萩崎に踊りた様子の絵津子は、何しにこんな所へと表情を硬くするが、萩崎は君のことは何でも知っていると言い出し、山梨県北巨摩郡新庄に馬場村なんてないし、吉野貞子なんていない。船坂とはどう言う関係なんだ?伊勢へ何しに行ったんだ?羽田に送った山本はどこにいる?と問いつめるが、刑事みたいな方ねと苦笑した絵津子は、僕は刑事じゃないと否定した萩崎に、あなたは昭和電業の社員さん。私だって知ってるわ。あなたは私をどうなさりたいの?警察へ突き出したいのと聞いて来る。

萩崎は、君はあの連中の中でどんな役割をしているんだ?とさらに迫るが、絵津子は、それが言えるくらいなら…と口ごもってしまう。

その時、外からクラクションの音が聞こえる。

アパートの下の道に停まっていた車で、「レッドムーン」に現れたメガネの男たちが絵津子が降りて来るのを待っていたのだ。

誰だ?と萩崎が聞くと、観られたらあなたが殺されるわと答えた絵津子は、私、あなたにお会いしなければ良かった…と哀しそうな目をする。

萩崎と別れ、車の所へ降りて来た絵津子に、メガネの男が、誰かいたのか?と聞いて来るが、誰も…と絵津子はとぼけると、警察が感づいたらしいと男は言う。

「たまえ」殺人事件捜査本部では、里村捜査一課長(富田仲次郎)が、被疑者の山本一夫と言うのは偽名で、本名は黒池健吉、本籍地は群馬県南佐久郡牧口村と記者たちに発表していた。

凶器に使われた拳銃は、教師だった黒池が、元教え子のぽん引きから譲り受けたもにだったという。

田村は、宿に宿泊していた萩崎のもとに来ると、いよいよ大詰めかと張り切っていた。

萩崎が地図を観ているので、何を調べているのかと聞くと、黒池の本籍地群馬県南佐久郡牧口村平野と、上崎絵津子が偽名で為替を受け取った山梨県北巨摩郡新庄は、あまりにも近すぎやしないか?と萩崎は指摘する。

僕は、彼女の正体が知りたいという萩崎は、翌日、群馬県南佐久郡牧口村平野という場所へ向かうと、村役場で、黒池健吉の戸籍簿を調べる。

すると、健吉には幸子という妹がいることが判明する。

もう、黒池の実家はなくなっていたが、その近所に住んでいた老人加藤大六郎(左卜全)を訪ねると、健吉は、中学の先生をやっていたが、東京へ出てぐれたのだろうという。

幸子と言うのは確かに健吉の妹で昔は可愛かったとも言う。

高橋音治というのが、健吉の叔父らしい。

その高橋音治という叔父は、妙な男だったらしく、村中を金持ちにしてやるなどと言って村を出て行ったが、その後、戦争中は朝鮮にいると言ってたと、加藤は昔の記憶を義気出しながら教えてくれた。

その時、表を大きなガラス瓶を積んだ荷車が通りかかったので、それを観ていた加藤は、気をつけろよ、ひっくり返したら大事になるなどと声をかけ、あれは硫酸で、近くの工場で肉をとろかすのに使うものだと萩崎に教え、そう言えば、あの工場は、昔、音治のうちでやっていたと思い出す。

宿に帰って来る途中、村人たちが、首吊りがあったらしいなどと噂しており、宿泊していた角屋旅館でも、女将らが何か噂し合っていたので、何かあったんですか?と萩崎が聞くと、黒池健吉というこの村出身の男が沼で死んでいるのが発見されたのだという。

驚いて現場に行ってみると、現場検証が始まっていたが、見つかった死体というのは既に白骨化していた。

すぐさま田村記者に電話をすると、発見されたのは白骨死体は、死後3ヶ月経っていたそうじゃないかと田村は驚いた様子だった。

翌日、死体発見現場の湿地帯で2人は落ち合うが、3ヶ月前と言ったら、田村が殺された直後じゃないか、俺たちは何を探していたんだ…と田村は、自分の無力さを反省した様子だった。

さらに田村は、伊勢の通信部からの連絡では、船坂は頭の病気で入院したらしいと萩崎に教える。

萩崎は、山本は自殺したとは思えず、装っているのではないか?と疑問を口にすると、田村も、瀬川弁護士の時と同じことだなと頷く。

確かに、山本の遺体が手に握っていた拳銃しか証拠はなかった。

その時、萩崎は、瀬戸物の欠片が近くの川縁に大量に落ちているのに気づく。

同じものをどこかで観た気がする…と萩崎は思い出すが、川にはその欠片を詰めていたと思われる木箱が投棄されていた。

瑞浪駅で確認してみると、駅留めで宮田荒物店宛の荷物が以前届いていたことが分かる。

その宮田荒物店と言うのは江田村という所にあり、そこは牧口村の隣だった。

萩崎は、偽の白骨と欠片を荷物として駅に送り、あの湿地帯に捨てたのではないか?と想像し、船坂は瑞浪にいるような気がすると考える。

宮田荒物店に聞きに行くと、そんな荷物を受け取ったことはないし、白い服を着たきれいな女性も、さっきあんたと同じことを聞きに来たと言うではないか。

白い服を着た上崎絵津子は、死体発見現場で1人泣いていた。

宿に戻って来た萩崎は田村と、あれこれ事件を想像し合っていた。

絵津子の兄、黒池健吉は、どこかで殺されて、木箱に詰められこちらに送られて来た…と萩崎が推理すると、それならその木箱は相当悪臭を放っていたはずだと田村が指摘し、今、発見された白骨は松本法医学教室に送られていると教える。

宿の外からは祭りの笛太鼓の音が聞こえて来る。

もうすっかり秋だった。

田村は、なぜ上崎絵津子がこの地に来ているのか?不思議がり、黒池のイロじゃないのか?等と言い出したので、黒池の妹の幸子というのが上崎絵津子ではないかと萩崎は想像を述べる。

暗い宿命を背負った哀れな女に思えるんだと萩崎が言うと、田村は、少し脇道に逸れてやせんか?と呆れた様子。

しかし萩崎は、案外近道かもしれんと平然としており、黒池の叔父と言う高橋音治が舟坂英明なのではないかと言い出す。

その時、女中がやって来て、田村に伊勢から電話が入っているという。

戻って来た田村が言うには、船坂派本当に頭がおかしくなったらしく、色々なものを買い集めているらしく、硫酸などの薬品まで買っているらしかった。

それを聞いた萩崎は、夕食の席に着いた田村を残し、1人風呂に入る。

風呂の中で、萩崎は、今まで得て来た情報を頭の中で再構成していた。

あの連中は見方も殺す男よ…と言う上崎絵津子の言葉…

舟坂英明は三国人らしいと言う田村の話と、戦時中は朝鮮にいたらしいという加藤老人の言葉…

頭の病気で入院…

精神病院「清華園」!

翌日、その「清華圓」の事務室では、山崎事務長が兄を殺したのではないかと疑っている上崎絵津子に、あれは兄さんじゃない。墓を掘って取り出した白骨だと説明していた。

しかし、上崎絵津子はあなたが殺したんだ!私たち兄妹を、こんなことに引き込んで…と恨みがましい目で睨んで来たので、それ顔や同然にお前らを育てて来たわしに向かって言う言葉か!と山崎事務長は激高し、幸子、分からんことを言うと、お前も骨になるぞと脅して来る。

そこへ、メガネの男が、今こんなやつが来たと名刺を持って来る。

名刺には、萩崎竜雄の名が書いてあった。

院長の岩尾輝次(山路義人=二役)に会っていた萩崎は、入口に57年型プリムスが停まっていることを指摘し、あなたは岩尾輝輔代議士の弟のはずだと追求する。

そこに、山崎事務長が入って来たので、萩崎は、舟坂英明氏に会いに来たと用向きを伝える。

山崎は面会謝絶だと言い、岩尾院長も警察を呼ぶよと脅して来るが、警察ならもう来ていますと萩崎は動じなかった。

廊下に出た山崎事務長は、突然目の前に現れた加藤大六郎から、あんたは音治ではないか!こんな所にいたのか…。今日はこの人に連れて来てもらったんだと萩崎の顔を見たので棒立ちになる。

そこに、パトカーのサイレン音が接近して来る。

萩崎は山崎事務長に、音治、否、あなたが舟坂英明だ!と指摘する。

すると、山崎事務長こと舟坂英明 、本名、高橋音治は、よく調べたね。偉い…と萩崎を褒める。

その時、清華園に警官隊が乱入して来たので、船坂は幸子を伴って逃げ出そうとしたので、加藤は、音!音!と呼びながら追って来る。

硫酸を溜めたプールのある部屋の前に来た船坂は、今日まで自分はお前たちのためにやって来た。幸子!私と死のう!と迫るが、上崎絵津子こと黒池幸子は、私は死にたくない!死ぬのなんて嫌だと拒否し、無理矢理プールの部屋に連れ込もうとする船坂の手を振り払って、入口の所で泣き崩れる。

そこに駆けつけて来たのが萩崎で、幸子を確認すると、船坂!と部屋の中に呼びかける。

すると、もはやこれまでと覚悟したのか、舟坂英明は、自ら硫酸プープの中に飛び込んで果てるのだった。

そこに、警官隊と一緒に加藤大六郎老人もやって来て、船坂こと高橋音治の壮絶な最期を目の当たりにするのだった。

船坂は最後まで自分の正体を見せなかった…と現場から事件の顛末を本社に電話する田村は、自分に局長賞の金一封が贈られると知り、当然でしょうとあっけらかんと答えると、記事は他にもまだたくさんありますよ。事件の影に女あり。ちょっとしたロマンスとかね…と意味ありげに伝える。

窓の外には警官たちが走り回る中、いたわるように寄り添う萩崎と上崎絵津子の姿があった。


佐田啓二/眼の壁

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