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人間の條件 第6部 礦野の彷徨

全編で9時間31分にも及ぶ大長編映画の完結編に当たる。

ここまで観て来ると、この作品が、単なる共産主義礼賛ではなかったことに気づく。

理想主義に憧れた男の挫折の物語とも取れるし、生きることの苦しみを描いているとも受け取れる、観る人によって様々に解釈できる奥行きのある文芸作品になっている。

最後には愛が勝つと言った甘いラストが待ち受けているのか?と言った予想も見事に裏切られる強烈なラストシーン。

敗戦後の日本人に、こうした厳しい描き方の作品が広く受け入れられたのも分かるような気がする。

みんなが、過去への反省と、未来への不安を抱いていた時代だからこそ、こうした作品に共感したのだと思う。

戦争と言うものが、いかに全ての国の人間を狂わしてしまうか。いかに多くの弱いものを虐げて行くか。劇中に登場した高峰秀子のセリフではないが、何もかもメチャクチャ、価値観全てがひっくり返ってしまう劣悪な状況になると言う現実。

ここに描かれているエピソードのどの程度がフィクションか知らないが、こうした作者の反戦メッセージだけは強烈に伝わって来る。

ではこの作品は、そうした戦争をやめましょうと言うだけの作品かと言うと、そうではない気がする。

梶のようなタイプの男は、今の時代であっても苦悩していたと思う。

何しろ、この物語の冒頭部分では、一応、戦時下の満州と言う特殊な時代と地域が舞台とは言え、日本人としては一時の平穏な時代の中にいた時ですら、すでに梶は苦悩していたからだ。

いつの時代にも、梶を悩ませる社会の矛盾は存在する。

梶のようなタイプの男(否、女性であっても)は、いつの時代でも悩み、歩き続け、答えを見いだせないまま一生を終えるのだろう。

それは、どんな時代にあっても、人間としての宿命なのかもしれない。

梶は、みんなを先導するヒーローではない。

森羅万象、色んなことを考え悩む、人間と言う生物の象徴なのではないだろうか?

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1961年、五味川純平原作、松山善三脚色、小林正樹監督作品。

※劇中、今では差別用語と言われている表現も出てきますが、できるだけ映画の雰囲気を再現するため、言い換えないで使用しております。ご理解ください。

山を歩き続ける梶(仲代達矢)達は、突如、誰か?と草むらから誰何され、身構える。

そこには、日本の小隊が立てこもっていた。

そこの隊長は、この下には伐採道路があり、そこには討伐隊がいるので、降りられないので、ここで来年まで待つと言う。

ロスケは満州を返すか?アメリカは蒋介石の後押しをするはず。すると、近い将来、中国で国内戦が始まるので、そこに参戦すれば良いなどと隊長は説明する。

それを聞いていた梶は、たかだか50人くらいの小隊でそんなことをすれば玉砕するだけ、あなたは、兵隊を無駄に消耗しようとしているだけだ。我々は軍隊も兵隊も嫌になった、ふるさとに帰っているだけですと説明する。

隊長は、うちに合流したいものは名乗りを上げろと梶と行動を共にして来た兵隊達に声をかけるが誰も名乗り出ようとはしなかった。

夜、近くで野宿しようとしていた梶は冬が近いことを予感していた。

しかし、山越えも、ここで山ごもりも無理だと言うことだった。

そんな梶の元に、先ほどの小隊にいたらしい2名の兵隊が近づいて来て、自分たちも仲間に入れてくれと言って来る。

部隊の許可を取ったのか?と聞くと、言えば脱走になるのでと言う。

しかし、その二人は、翌朝、小隊にばれたらしく、杭に縛り付けられていた。

それを聞いた梶が現場に行ってみると、先に来ていたらしき丹下が、集団の規律が聞いて呆れる。パルチザン気取りだが、これでは山賊ではないかと抗議していたのだ。

しかし、小隊の隊長は、そちらの指揮者を呼んで来い。この両者と示し合わせた節があると言うが、それに呼応するかのように梶が現れる。

梶は、取引しませんか?こちらにもそちらに合流したいらしき者が2、3名いるので、この両者と交換しないかと提案する。

しかし隊長は聞く耳を持たず、部下の下野に処罰!と命じる。

下野はその場で、軍刀を抜くと、杭に縛られた2人の兵隊を斬り殺してしまう。

それを観た梶は、その場で下野を射殺すると、銃を抜きかけた隊長には手榴弾を見せて動きを封ずる。

その小隊と別れ、森の中を進んでいた梶達は、ソ連兵と中国人が一緒に通っている所を見かけ身を隠す。

どうやら、討伐隊らしかった。

丹下は、何事かを考えていたようで、1人で投降して、あの連中の所へ行くと言い出す。

梶は承知し、遠く空手をあげて声をあげろとアドバイスすると、その場でしっかり握手して別れる。

その後、森の中を歩いていた梶は、銃声を聞いたような気がして緊張するが、同行していた兵隊が、あれはキツツキだよと教える。

やがて、小屋を発見したので近づこうとした梶だったが、念のため、行動を二分し、自分らが先に小屋に近づく。

すると、草むらの中から突如立ち上がったソ連兵とかち合い、両方驚いて、共に手を挙げるが、一瞬早く梶の方が銃で相手を射殺する。

すると、小屋の中に潜んでいたソ連兵が機銃掃射をしかけて来る。

その時、別方向から小屋に近づいていた別働隊が射撃を開始し、その隙をついて、梶は手榴弾を小屋に向かって投げ、ソ連兵を殲滅する。

そのソ連兵が落とした機銃を拾おうとした兵隊もいたが、梶はそんなものを持っていたら狙われるから捨てろと言い、その場で機銃の弾を撃ち尽くして捨てると、今夜は徹夜で退避すると言う。

翌日、梶達は、日本人の開拓集落に到着する。

梶は、ここからは敗残兵の行動範囲外だ。シャバに戻れるかどうか、今日明日辺りで、俺たちの運命が決まるだろうと言いながら、又、二手に別れて、梶が先行して集落に入って行く。

そこにいたのは、日本人の女性ばかりだった。

唯一出て来た男は、老人(笠智衆)だった。

梶は、まだ外に仲間が15名いると伝える。

梶が、自分たち以外の兵隊は来なかったかと聞くと、1人の中年女(高峰秀子)が進みでて、兵隊は時々来るけど、食い物を盗まれるだけと無表情に教える。

向うの兵隊は来なかったか?と別の兵隊が聞くと、おとなしくしていれば帰って行く。日本兵は食い逃げ、ただ乗りすると、他の女が忌々しそうに答える。

老人は梶に、こんなことを頼むのは言いにくいのだが、この先1里ほどの所に、トウモロコシとジャガイモの畑があると言い出す。

梶は、かっぱらいだね?と確認し、警戒してくれるだけで良いと言う老人に、あなた方は何もしなくて良い。ここで待っていろと言い残すと、畑に野菜を盗みに行く。

中国人の農民2人を縛って、農作物を盗んだ梶達は集落に戻り、梶は寺田と共に、夜、集落の中央部でたき火をしていた。

そこに、あの中年女が近づいて来て、一番端に部屋を取ったから寝ると良いと勧めたので、梶は寺田だけを先に寝に行かせる。

中年女は、あの子驚くわよ、中は雑魚寝だし、女の方が多いからと笑い、無表情なままで聞き入る梶に、さっきロシア人のことを言ったので怒っているのかと聞く。

梶は、その女に亭主持ちか?と聞く。

中年女はええと答えるが、亭主いる女は飢え死にしなければいけないんですか?舌かんで死ななければいけなかったんですか?女は、泣きもせず、どっかに連れて行ってくれる兵隊さんを待っているんですよと言う。

その頃、家の中では、兵隊達と女が何組も抱き合っていた。

みんな、滅茶苦茶だわ…、帰る当てもないし、会える見込みも全然立たないしね…と中年女は泣き出す。

梶は女に寝るように勧め、自分はたき火の側に残ると言う。

盗人が、盗んだもので女を買うのかね?と女に言う。

梶は、中年女が、自分と寝て、すがりつこうとしていることに気づいていたのだ。

翌朝、空いた小屋の藁の中で寝ていた梶を、昨夜女を抱けて上機嫌の兵隊が起こしに来る。

梶は、連れて来た兵隊達に、ここで解散しようと思うと言い出す。

兵隊達と女達は、それぞれ集まって、今後のことを話し合い始める。

兵隊達の中には、女を連れて行くと、敵に捕まった時手加減してもらえると言うものもいた。

女達も、ここに残っていると、ロスケや満人に何されるか分からないよと話し合っていた。

梶に近づいて来た中年女は、若い人、あんたを怖がっているのよ。あんたって、人を怖がらせる人だものと、寺田のことを引き合いに話しかける。

あの人、あんたに付いて行くと言っている。私も付いて行くわと女が言うので、梶は、ままごとじゃないんだ!と怒り、寺田は残す。後は2人で話し合いなさい。寺田はおそらく、あんたがはじめての女だろう。俺に付いて来るのは止めてくれ。俺だって生身なんだと訴える。

梶に近づいて来た老人は、女達を鉄道の辺りまで連れて行って下さらんか?と頼むが、梶は各自で生き方を決めた方が良いと断る。

他の兵隊から、目的地まで行く自信はあるかと聞かれた梶は、ない、やってみるだけだと答え、寺田に対しては、お前はここに残れと命じる。

寺田は残りませんと答え、あの人は梶さんに断られたから…と不満げに言う。

梶は、あの人が欲しかったのは、引っ張ったり守ったりしてくれる男の方だ。俺のかかとを観て歩いているようじゃ、いつまでも1人前にはなれないぞと言い聞かす。

その時、集落の入口の外から、敵だ!と叫びながら1人の兵隊が駆け込んで来る。

数は約20名だと言うので、兵隊達は応戦体勢になり、身を隠す。

梶は、まず、自動小銃を狙う。間違っても発砲するなと命じる。

そこに、ソ連兵たちがやって来る。

一人の兵隊が、短剣ベルトを落として来たのに気づき、それを発見されないか緊張する。

家の中に逃げ込んだ女達は怯えていた。

その時、あの中年女が家から飛び出して来て、「止めて!ここで戦争を始めたら、後で私たち…」と叫びながら泣き始める。

梶は仕方なく手を挙げて立ち上がると、みんな、銃を捨てて出ろと命じ、自らは、銃を井戸の中に捨てる。

寺田、外に出るな!と声をかけるが、寺田も家の外に出て来る。

全員、日本兵は捕虜になり、寺田は泣き始める。

梶は、泣くな!と叱り、まだ終わった訳じゃない、始まったんだと教え込む。

ソ連兵に連行されて行く梶達の姿を、集落の女達はじっと見送っていた。

日本兵捕虜の列に合流させられた梶達の仲間は、線路伝いに延々と歩かされていたが、途中、下痢を起こしている兵隊が次々に列を離れ、線路脇で用を足そうとし、ソ連兵から殴られていた。

寺田もふらふらの状態で、倒れかけている様子を見かねた梶は、思わず「停止!」と声を上げる。

すると、それを命令と聞き間違えた日本兵達が次々と停止してしまう。

先頭を走っていたジープが戻って来て、ソ連将校が通訳を呼び寄せると、誰が停止と言った?と詰問して来る。

名乗り出ないと、3日間絶食労働だと言うので、梶は立ち上がり、停止するとは思わなかったが、停止して欲しかったことは確かだ。下痢を起こして遅れるものが大勢いる。出過ぎたことをしたかもしれんが、蹴飛ばされたものもいると訴える。

通訳でそれを聞いたソ連将校は、随行していたソ連兵達に、今後違反したら処罰すると叱りつけ、梶に対しては、ファシストの侍めと罵倒する。

捕虜収容所に着いた梶達は、将校待遇で労働を免れている捕虜隊長野毛少佐(二本柳寛)から、今後強制労働させられる旨通達される。

梶達はその日から、材木運びなどの重労働をさせられるが、梶は寺田の衰弱振りを見かねて、お前は病人の振りをしてここに寝ていろ。そして、ゴミ箱をあさって、ジャガイモの皮でも何でも良いから拾って来るんだ。そうしないと俺たちはばててしまう。こんなことで死んでたまるかと伝える。

その梶の命令に従い、寺田のゴミ捨て場通いが始まる。

梶は梶で、寝台で、麻袋を使い、簡易の防寒着のようなものを作り始めるが、それを観ていたとなりの兵隊が、そんなことをするのは違反だと文句を言って来る。

しかし、梶は、防寒被服の保証をしてくれますか?と反論し、そのまま作業を続けるのだった。

寺田が拾って来た残飯で作ったシチューを食べていた梶達は、兵舎内に、ロシアの歌が聞こえて来たので、ああ言う歌を聞くと、良い奴らなんだろうなと言う気がするとつぶやく。

寺田は、軍隊にいた時、僕は何も知らなかった。アホだと言いましたね。ずいぶん歩きましたね、僕たち…。やっと、生きて行くってことが分かり始めました。ここより下はない。後は上がって行くだけだなどと話していたが、近くの兵隊が茶々を入れて来る。

そんな兵舎にやって来たのが、いつか別れた桐原だった。

あれから捕虜になり、アクチブの1人になったと言う。

匹田と福本はどうした?と梶が聞くと、シベリアに行ったと答えた桐原は、明日からこの班は注意しよう。今度は俺の番だぞと梶を睨みつけて帰って行く。

梶は、あいつの化けの皮を剥がすまで、生きていなくちゃならないなとつぶやく。

ある日、野毛少佐に呼ばれた梶は、君はよく働くそうだが、故意にサボを出しているそうだが本当かね?赤軍当局はそう思っていると聞かれる。

こんなことをやっていると、シベリアの一番北へ送ると言っているんだ。サボは止められんのかね?と言うので、梶は止められませんと答える。

梶が去った後、野毛少佐は仲間の将校に、ああ言うのが危険なんだよ。今のうちに処置せんと…と伝える。

桐原は、寺田がゴミあさりをしている現場を発見すると、労働に回す。

寺田は、大豆袋を担ぐ仕事をやっていたが、途中で倒れて、袋が破れたので、あわてて拾い集める振りをして、服の中に大豆を隠そうとしていた。

それに気づいた桐原は、寺田を上半身はだかにし、徹底的にいたぶり始める。

それに気づいたソ連兵が桐原を止め、2度とこんなことは許さんと厳重注意をする。

ある日、担架で運ばれて行く捕虜を観ながら、じっとしていないとお前もああなるぞと梶は寺田を看病しながら忠告するが、半死半生の状態になった寺田は、僕は死にませんよとムキになる。

将校室にいた通訳の皆川に会いに行った梶は、病院を世話してくれと頼むが、病人の数が多過ぎて手が回らんと言うので、ではせめてアスピリンをもらってくれと頼む。

梶はソ連の将校の部屋に連れて来られ尋問を受けることになる。

通訳の皆川は、ソ連の将校は怒っている。反動分子のサボを叩いているんだよと言う。

梶の経歴を調べ、労務管理をしていたと言うことは搾取だねと決めつけ、明日から君には、森林鉄道撤去の作業をさせると命じる。

それを伝え聞いた梶は、私の話も聞いてくれと頼むが、通訳は、あなたの話はバカバカしいと将校に伝えたので、将校はあの時の侍かと睨みつけて来る。

将校は、一番悪いのはドイツ人で、次は日本人だと責めて来る。

その時、一人のソ連将校が部屋に入ってきて、将校の隣に座る。

チェパーエフと呼ばれているその将校の様子を観ていた梶は、この男は本当の党員かもしれない。言葉がわかれば一晩中話してみたいと考える。

梶は、自分は逃げて歩いた。それはロマンチックな間違いだったと梶が説明し始めるが、チャパーエフは、理解しているのかいないのか、にこやかな表情で聞いていた。

将校は梶に、戦闘が終わってから、我が兵に危害を加えたろう?中国兵にも危害を加えたな?と聞いて来たので、加えたと梶が答えると、それだけで、戦争犯罪人の資格十分だと将校は断ずる。

あなた方も、赤軍が日本人にして来たことは認めないだろう。だが私は肯定する。私はあなた方の手抜かりを指摘したいのだと訴えながらも、俺をサシたのは下士官の桐原だ…と想像しながら、その場に勝手に座り込む。

チャパーエフは、今に君たちの国でも民主化が起こる。君は待つべきだ。個人的にやるのではなく…と言い聞
かせ、君はサボタージュを認めているので、1週間だけ重労働をさせると告げる。

梶は納得し、アスピリンをもらえないかと頼む。

兵舎に戻った梶は、もらった薬を寺田に飲ませながら、隣の男に寺田のことを頼むと託す。

夜、重労働へ出発する梶を見送りに来た桐原は、行くんだってな?とほくそ笑む。

梶はそんな桐原に、寺田のことを頼む。お前は俺をやっつけるのが目的のはずで、それは達成したはずだと頼む。

桐原はニヤ付いて、豆を手渡そうとするが、その手を振り払った梶は、勝った気になるな!と怒鳴りつける。

森林鉄道の線路撤去の仕事をしていた梶に気づいたのは、先に捕虜になっていた丹下(内藤武敏)だった。

夜、たき火を囲んで丹下と向かい合った梶は、逃げたのは間違いだったが、捕虜になったのも間違いだった。もう1つ、間違いを重ねて見ようと思うと教える。

丹下は、そんなことをしても、捕まるか凍死するだけだ。君がシベリア行きを恐れるのはおかしい。君が耐えられなければ、誰もやれないはずだと言う。

梶は、労働させられるのは構わない。ただ、そんなことをさせる赤軍には、平和だの開放だのと言う看板は降ろして欲しい。ソ連がやるべきじゃないと答える。

捕虜を扱うのに、何か欠けてて、余計なものが加わっている。勘違いかもしれないが、唯我独尊を感じると梶はつぶやく。

それを聞いていた丹下は、仕方ない。全ては歴史が訂正するんだ。君や俺じゃないと答えるだけ。

梶は、シベリアに送られたら、それを言う為に身体を張るよと伝える。

捕虜収容所に戻って来た梶は、寺田を託した男から、寺田が死んだことを告げられる。

熱が少し下がった途端、寺田は又、残飯あさりを勝手に始めてしまい、それを桐原に見つけられ、便所汲みの使役を命じられた。

寺田は糞まみれになってぶっ倒れたのを医務室に運び込んだが、もうダメだった。野毛の所へ言いに行ったが相手にしてくれんので、犯罪にはならないと言う。

それを聞き終えた梶は、同行して来た丹下に、俺は気が変わった。俺は今夜出る!と言い出す。

夜、寝台で寝ていた桐原の所へ行った梶は、チェパーエフが君に用があるそうだと言って起こし、同行を求める。

便所脇に来た梶は、隠し持っていた鎖を取り出すと、いきなり桐原の顔面を殴りつける。

桐原は、貴様!とふいを突かれてひるむが、梶はそんな桐原を叩きのめして行く。

さすがに桐原は謝る!と口にするが、それを聞きたかったんだと言った梶は、それでも鎖で殴る手を休めず、貴様のようなやつが死なないうちは、まともなやつが参ってしまうんだよとと怒鳴りつけ、桐原を開いた便槽に突き落とす。

桐原は、糞尿の中に溺れ死んで行く。

その後、梶は、鉄条網の下をかいくぐって、収容所を脱出する。

荒野を逃げ通し、中国人労働者がものを食っている所に出会うと、何か食べさせてくれとジェシチャーで訴えるが、中国人は笑って、豆袋を梶に背負わせてあざ笑うのだった。

なおも歩いていると、寺田が呼びかける声が聞こえて来る。

それは幻聴だったが、黙々と歩き続ける梶は、寺田か?まだお前、俺に付いて来るのか?人のかかとを観て歩いているうちは一人前の男にはなれんぞ…と心の中で答えていた。

俺はまだ歩いている。俺は間違えなかったろう?丹下はシベリアを歩いている時、俺をうらやましがったり、軽蔑するだろう…梶は考え続けていた。

その時、女の笑い声が聞こえて来る。

美千子、俺は、誰が止めても君の所へ歩いて行くよ。あの部落寄って、コジキをして、又、君の所へ歩いて行くよ…

梶は、物乞いのようになりながら、饅頭を売っている露天商の前に来ると、思わず、蒸し上がっていた饅頭を一つ盗んでしまう。

店主らから見つかり、その場で袋だたきの目に遭うが、梶は取った饅頭を手放そうとはしなかった。

その後も歩き続けていた梶は、氷結した湖に到達し、氷を割って、湖の水を飲む。

美千子、ここまで精一杯して来た俺を観て許してくれ…そう心の中でつぶやきながら、梶は持っていた饅頭を取り出して口に運ぼうとするが、それは既に凍り付いていたので思い直し、これを持って帰るよ。たった1つのみやげだ。700日余り留守にした僕の、たった1つの土産だ…

ずいぶんたくさん殺した…嫌わないでくれよ…、俺はまだ、君の方へ歩いている。君は俺を待っていてくれるだろうね?

その時、きっと帰って来ると思ったと言う美千子の声が聞こえた気がした。

俺はここまで来た。もうすぐだ…

苦しみばかり出会って来たが、俺はここまで来た…

今夜君とのことを思い出す…そう考えていた梶は雪原に倒れ込む。

5分間だけ休ませてくれよ…それから必ず君の所へ行く。

とうとう、君とさよなら言わずにすんだ。

俺はとうとう帰って来た…、梶はそう考えながら又立ち上がると歩き始めようとする。

その後、梶は雪原の中で倒れ込んで、もう動かなくなっていた。