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奈良を舞台に、変人数学者を父に持つ娘が縁談を迎えるにあたり遭遇するドタバタ劇を描いた人情喜劇。

大笑いする喜劇と言うより、ほんわかとした「ユーモアもの」と解釈した方が近いかもしれない。

清楚で明るい現代娘を演じている若き岩下志麻の美しさと、いつも無精髭をはやした天才肌の奇人学者を演じている笠智衆のコントラストがまずは面白い。

そこに、苦労を重ねながらも、他人の子供を一人前に育て上げた母親を演ずる淡島千景の、ちょっと生活疲れした中年女の姿が、クッションのように2人のアクの強いキャラクターをくっつけている。

淡島の演ずる節子は、夫の尾関と対するときはしっかり者の妻になり、登紀子に対するときは、あっけらかんとした良き理解者になる。

登紀子の性格の良さは、この血のつながっていない父と母の個性によって育まれて来たと感じさせる所が巧い。

対する竜二の家族たちは、まさしく庶民そのものと言うか、俗物たちの計算高さとバイタリティだけが目立つように描かれており、こちらはこちらで愉快な家族に感じられる。

時折、ほろっとさせる部分もあり、まさしく「泣き笑い」の松竹大船調の典型のような描き方のようにも見えるが、くどさや嫌味はない。

後半、俗物の典型として、菅井一郎演ずる右翼男のような怪人物が登場するが、それを助けてくれたのは、学がないながら俗に汚れ切ってもいない、純な泥棒だったと言う対比も面白い。

巨人長嶋と国鉄金田の対決やボクシングに夢中になる俗物青年陽一を評して、今の子供はみんなバカですと言い切る尾関も鋭い。

そのように観て来ると、尾関以外の登場人物たちは皆俗物そのものであり、その俗物の浅はかさ、おかしさを、同じ俗物である観客が笑うと言う風刺の仕掛けになっている。

劇中、ボクシングのまねごとをする笠智衆の姿は、同じ渋谷実監督のデビュー作「奥様に知らすべからず」(1937)で、若き日の笠智衆が演じたボクサーのヂョーヂの姿とダブる。

同じ監督作品だけに、ひょっとすると、意図的なお遊び演出だったのかもしれない。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

1961年、中野実原作、松山善三脚本、渋谷実脚本+監督作品。

奈良の東大寺の大仏に一人願をかけに来ていたのは、縁談を控えた尾関登紀子(岩下志麻)だった。

相手は、200年続いている「飛鳥堂」と言う炭屋の息子。

人は佐田啓二に似ていると言うけど、登紀子はグレゴリー・ペックに似ていると思っていた。

その相手の姉が今日、うちに正式な話に来るらしい。

その頃、縁談相手の姉美津子(乙羽信子)が、突然、尾関家を訪ねて来るが、何も娘から聞かされていなかった母親の節子(淡島千景)は、見知らぬ相手の訪問に戸惑っていた。

登紀子の願掛けはまだ続いていた。

彼女の父は、大学の数学の先生だったが、数学の事以外何一つしない変人だった。

その父、尾関等(笠智衆)は、娘が大仏を拝んでいる間、一人無精髭をはやして近くの庭に座り、鹿をぼーっと観ていた。

登紀子は、父は数学は人間の心の表現と言いますけど、数学で私の心が分かりますか?と大仏に問いかけ、もう一つのお願いとして、今の両親は本当の父と母ではないので、本当の両親に会ってみたいと願をかけた後、外で待っていた父を誘って家路につく。

登紀子は、美津子が家に来ている事を知っているので、なかなかまっすぐには家に帰りたがらず、庭の垣根を修理してもらわなければいけないので植木屋さんに行って来るなどと言うが、父は、そんな事なら俺が自分で直してやると言いだす。

その頃、美津子は、お嬢さんはいつも役所で見かけている。弟の竜二のお嫁になってもらえるそうで…と切り出し、今度の日曜日にでも両者を合わせましょうなどと一方的に計画を話すが、何も聞いていなかった節子は返事をためらい、では、今度の日曜日に、竜二さんにうちへ遊びに来てもらって下さいと頼む。

美津子は、こういう話は、ホテルなどできちんとした方が…と戸惑うが、節子は、うちの人は堅苦しい事が嫌いなので…と頭を下げる。

渋々承知した美津子が帰った直後、登紀子が一人で帰って来たので、お父さんはと聞くと、先に帰したはずなのに?さては又、コーヒ屋に引っかかったな?と登紀子は呆れる。

節子はさりげなく、お父さんにはもう話したの?と聞くと、登紀子がつられて、まだよと答えたので、縁談の事を自ら白状したなと笑う。

登紀子はあわてて、竜二とはまだ、映画に一遍、お茶を飲んだのが3遍、法隆寺に行ったのが1回だけの付き合いよと自ら言い出すが、節子は、その回数がもっと多かった事を見抜きからかう。

その頃、父の尾関は、ミルク・ホールで好物のコーヒ(コーヒー)を飲みながら、巨人対国鉄の野球を観ていた。

ピッチャー金田に対し、打席には長嶋。

店の息子陽一(頭師孝雄)は座敷で受験勉強中だったが、少しも身が入らず、尾関と一緒に野球を気にしている。

その店の女将(万代峰子)は、そんな陽一に、尾崎に習って数学を勉強しろと叱りつけるが、当の尾崎は野球中継をしている

翌日、尾関はいつものように、布団の中に横になったまま数式を考え、妻に催促されるがまま立ち上がると、天気がよいにも関わらず、無造作に雨靴を履くとそのまま出かけて行く。

慌てて登紀子が、父が忘れて行った弁当とハンカチを渡し、一緒に通勤する。

途中で、馴染みの靴屋が、尾関に挨拶をする。

大学で授業をしていた尾関を、事務員の本橋(織田政雄)が、部長が呼んでいると知らせに来る。

尾関が教室を後にすると、生徒たちは、尾関先生はアメリカの大学から招聘されているらしいが、自分たちは尾関先生の授業を受けたいためにこの大学に来ているのだと本橋に愚痴る。

しかし、本橋は、こんな大学にいたのでは尾関先生は薄給のままなので…と言っている所へ、当の尾関が戻って来て、今の本橋の話を聞いていたようで皮肉る。

そんな尾関が、雨靴を左右逆に履いている事に本橋は気づいて注意する。

市役所では、高速道路が出来るのか出来ないのか聞きに来たクレーマー風の市民(上田吉二郎)が、接待室に案内した佐竹竜二(川津祐介)にしつこく迫っていた。

茶をもって来て、その様子を見かねた登紀子は、一旦市役所の外に出ると公衆電話から接待室に電話をかけると、電話に出た竜二に、その人キ○ガイだから、断れない?とアドバイスする。

竜二はその指示通り、警察からの電話のように装い、それを聞いていたクレーマーはあわてて逃げ帰ってしまう。

効果があったと知った登紀子は、じゃあ待ってるわと恋人に告げる。

外で竜二と落ち合った登紀子は、縁談の事を話した後の家の状況などを教え、自分の家では母親の方が酒を飲むのだなどと教える。

それを聞いた竜二は、どこの家にもうるさいのがいるんやなとため息をつく。

竜二の家のうるさいのと言うのは、祖母のお徳婆さん(北林谷栄)と姉の美津子の事だった。

お徳婆さんは、うちは慶長年間から続いている老舗なんだから、結婚一つにしても、格式と言うものを考えねばならないなどと繰り返すだけで、やはりホテルで両家を会わせた方が良いのかと美津子が確認しても、具体的な指示は出さない。

困った美津子は、筆屋をやっている兄(花沢徳栄)に相談に行くが、兄もはっきり、ホテルが良いとか、先方に任せると言った具体的な指示は出さず、ぐずぐず言うだけ、仕方がないので、今度は蝋燭屋をやっている弟の方に相談に行っても、優柔不断な返事をするのは同じで、結局、美津子は、何度も兄と弟の店を往復する事になる。

最終的に筆屋の兄は、いつもお前はおばあちゃんに引き回されているだけや。あきまへんでと注意をする始末。

尾関は、自宅で何か数式を思いついたらしく、コーヒーを注文するが、家計簿をつけていた節子が、もう今日は2杯飲んだので終わり。お医者さんからも止められていると言うが、機嫌を損ねた尾関は、おれは30年もコーヒーを飲んでいる!と憮然とする。

そこに大学の本橋がやって来て、プリンストン大学が本決まりになったと言うので、これ幸いと、尾関は、節子にコーヒーを2つ注文すると、本橋を座敷にあげ、自分は行く気はないとあっさり返事をする。

気を使った本橋が、奥様もご一緒ですと伝えても、だったら、あれだけやってくれ。漬け物のことは詳しい。量子力学くらいだったら出来るなどと尾関が言い出すので、本橋は、給料も1800ドル、約64万円くらいはもらえると付け加えるが、尾関は全く興味ないようで、節子がコーヒーを2つもって来ると、自分がそれをお盆ごと受け取って、君はいらないね?ありがとうと本橋に一方的に言って自室へ戻ってしまう。

次の日曜日、自宅に1人いた尾関は、庭先にやって来た竜二を、垣根を直しに来た植木屋と間違えて、池の前の垣根を直してくれと頼む。

竜二が、登紀子さんは?と聞くと、パーマ屋へ行っていると言う。

仕方がないので、今日、遊びに来るようにと言われましたと事情を話した竜二だったが、何をして遊ぶ?勝手に遊んでいなさいなどと尾関が返すので、土産の羊羹を竜二が手渡すと、あの犬羊羹を食うよなどと言いながら、近づいて来た野良犬に尾関は、もらったばかりの羊羹を食べさせると、僕はコーヒーと言い残し、そのまま自分は出かけてしまう。

登紀子はその後、又大仏さんの前に来ると、前より一層、竜二さんの事が好きになりました。少しおっちょこちょいですが、気は良く、この前も垣根を直してくれましたと報告する。

しかし、竜二から尾関の対応を聞かされた美津子とお徳婆さんは怒っていた。

美津子は、相手は気が触れているのと違う?と言い出すし、お徳婆さんは、うちは慶長18年から続いている由緒ある店で、お前はそこの惣領や。犬に羊羹食わせるようなけったいな男の娘、嫁にもらわんで良い!と竜二に告げる。

それを聞いた竜二は、良し、止めたるわ!と言うと、さっさと「飛鳥屋」の看板を外し、外に捨てに出かけるが、その時、通りかかった尾関とすれ違う。

尾関の方は、看板も持って道ばたに立っていた竜二の事など、全く気がついていない様子だった。

その後、竜二は、修学旅行生の間をすり抜けて、東大寺で待っていた登紀子の元にやって来る。

登紀子は、うちの人、怒っているのと違う?と、先日の父親の無礼の事を気にしていたが、竜二の方は、君がいなかったら困るんやろ?お父さんと心配する。

自分が10年刈ってやっていた床屋が困ると登紀子が答えると、竜二は又行く。今度は犬が食わないもの持って…と約束する。

その頃、節子は、依頼していた植木屋がやって来たものの、すでに垣根は直してあったので、ぶつぶつ言いながら帰って行くので、恐縮して頭を下げていた。

その夜、節子は登紀子に対し、お前が外に出ると、今度は母さんが一人で父さんの世話をするわ。早く嫁に行きなさい。父さんとは、今まで一遍もした事がない夫婦喧嘩をするわよと言う。

それを聞いた登紀子は、良かったわ。私、良い父さんと母さんにもらわれて来て…と答えたので、節子は話したの?竜二さんに?と心配そうに尋ねる。

登紀子が、竜二さんもそう言ってたと言うと、良い人ねと節子は安心したようだった。

それでも登紀子は、本当のことを言うと本当の両親に会ってみたいわ。生んでくれた人への興味だけよと屈託無さげに言い、一杯飲む?と節子に勧める。

節子は、登紀子が湯のみについだ酒を飲みながら、あんたのせいよ、母さんが酒飲みになったの…と言い出す。

お父さんがあんたを連れて来た時、父さん、俺の子だと思って育ててくれって言うので、母さん、そのまま実家に帰っちゃった。

腹が立って、キューッと一杯やったのが始まり。それから、哀しい時にも又一杯…と癖になっちゃって…と、節子は寂しげに語る。

その時、庭先に、尾関が立っているのに気づいたので、登紀子はあわてて湯のみを台所へ持って行く。

何故か、尾関はウサギを抱いており、コーヒ屋でもらって来たのだと言う。

節子は、そんなもの買うのは大変よと困惑するが、尾関は、盗み酒したせいか、こいつ、お前みたいに目が赤いよと皮肉を言う。

登紀子が貰い子だと言う話を竜二から聞いた美津子、筆屋、蝋燭屋は怒っていたが、その拒否反応に対し、竜二は腹を立てていた。

そんあ竜二の気持ちを察したのか、二階にいた竜二の元へ上がって来たお徳婆さんは、竜二がパスに入れて持っていた登紀子の写真を見せろと良い、その写真を観ながら、こりゃ良い子だ。顔のどこにも貰い子などと書いてないと言ってくれたので、喜んだ竜二はお徳婆さんを抱き上げるのだった。

登紀子は自分がもらわれて来たと言う僧侶(天草四郎)を訪ねるが、僧侶はその話をしたがらず、お前の両親に聞けと言うと逃げ出してしまう。

ある日、節子が尾関の髪を切ってやっていたが、娘のようには巧くいかず、尾関からお前は本当に不器用だなどと文句を言われてしまう。

そんな所へやって来たのが竜二で、今度はポータブルテレビを持ち込み、これでいつでも野球が観れますなどと尾関にお愛想を言う。

しかし、尾関は喜ぶどころか、わしのたった一つの楽しみを奪う気か!わしはミルクホールにコーヒーを飲みに行くんだ。持って帰れ!と怒り始めたので、呆れた竜二の方も糞ジジイ!とののしってしまう。

そんな所へやって来た本橋は、尾関が文化勲章を授章したと知らせ、おめでとうございますと伝える。

それを聞いた竜二も驚き、急に、先生、おめでとうございますと頭を下げるが、尾関は糞ジジイじゃないのかね?と皮肉で返す。

それを聞いた本橋は、先生に対し何と言う失礼な事を!と竜二につかみかかる。

しかし、尾関自身はと言えば、いつの間にかウサギの姿が見えなくなったので、慌てて外に探しに出かけ、間もなく報道陣が来るのにと言う本橋を慌てさせる。

いつの間にか、ミルクホールへ来て、又野球を観ていた尾関だったが、女将が25000円で、息子の家庭教師をやってもらえないか?ウサギも3匹付けますと頼むが、尾関は今の子供は野球しか観ん。みんなバカですと言い放ったので、帰ってくれ!と怒り出す。

あわてて店を出ようとした尾関は、女将からしっかり、40円のコーヒ代を請求させる。

ミルクホールを出た尾関は、ポータブルテレビを持って帰る竜二と出会うが、竜二は糞ジジイと言うのだけは取り消させて下さいと、憮然としながらも頭を下げて去って行く。

尾関が文化勲章を授章したと聞いた美津子は驚愕する。

帰宅した尾関は、勲章をもらう。年金50万がつくそうだと節子に伝え、あの子に留守番をしてもらい、お前と東京へ行くかと言い出す。

なかなか良いのを見つけたらしいなと言うので、お許しになったんですか?と節子が聞くと、わしははじめから反対しておらん。あいつは、わしの事を糞ジジイと言ったり糞度胸がある。お前は少し、お酒でも飲みなさいと言いながら、尾関は自ら一升瓶の酒を湯のみについでやる。

ありがたくその湯のみを口にする節子を前に、尾関は、お前も年を取ったな。ありがとう。良くやってくれた。ありがとうと感謝の言葉を口にする。

それを聞いた節子は、ああ、今日は良い日だ。こんな日は二度とありませんよと言いながら泣き出してしまう。

数日後、2人は列車で東京に向かっていた。

留守番を託された登紀子は竜二と寺で落ち合うと、2人の修学旅行やもんと言う。

竜二は、おじいさんとおばあさんのか…と答え、その後、登紀子を自宅に送って帰る。

初めての2人旅にはしゃいだ節子が、浜松駅でウナギ弁当を買いましょうと言い出すと、お前は良く食うと尾関から嫌みを言われてしまう。

そんな尾関も、富士山の勇姿には感激したらしく、隣で寝ていた節子を起こして一緒に眺める。

東京に着いた2人は、学生時代に2人が住んでいた「飛雲閣」と言う下宿に泊まりに来る。

節子は、昔ながらのたたずまいが残っていたので、戦争があったようじゃないわと感激し、思い出したわ、あなたの学生時代…と昔を懐かしむ。

しかし尾関は、そんな記憶力があるんだったら、もっと有効に使いなさい!俗物!と叱りつける。

その後、皇居で勲章を授章すると、尾関は節子と共に「飛雲閣」に戻って来るが、その途中、無人の焼き芋屋から、テープレコーダーで売り言葉が聞こえて来たのを、珍しそうにそれを眺める。

下宿屋の主人藤村作平(小川虎之助)は、尾関の文化勲章を見せてもらい、感激していた。

尾関は、自分が着ていたモーニングを脱ぐと、これ貸衣装、2000円などと急に言い出し、節子も、その衣装を畳みながら、夫が付けてしまったらしきタバコの焼けこげがあると困った顔をする。

そんな奇妙な夫婦を前に、作平は、先生も偉いが、奥さんも偉い。こんな生まれっぱなしみたいな人を良く支えて来ましたなと褒める。

夕食はどうしましょう?と聞く作平に、尾関は、お前の所はまずいから外で食うと言い、節子も、女学校時代の友達の所で食べるので結構ですと断るが、耳が遠い作平は、そうですか…と納得したようだったが、それじゃあすぐに準備させましょうなどと言って立ち上がる。

久々に会った級友(高峰三枝子)が女将をやっていた料亭で食事をした節子は、久々に娘時代に戻ったように、女将を相手に亭主の事を話の種に笑い転げていた。

そんな中、尾関はと言えば、出されたお膳に手をつけようともせず、ずっと正座してぼーっとしていたが、やがて突然、「嗚呼玉杯に花うけて〜♩」と寮歌を歌い出したので、女将はこらえきれなくなって部屋を飛び出すと、声を殺して笑い出す。

その夜、「飛雲閣」の部屋で、一人勉強していた尾関がランプを消し眠りこけたとき、外から侵入して来た怪しい人影があった。

外は雨が降り出す。

泥棒(三木のり平)は、尾関たちがかけていた礼服を取ると、それをその場で着てしまう。

その後、尾関に部屋に入り込むが、その時、突如として起き上がった尾関が、ランプを付けて又机に向かおうとする。

尾関は、背後にいた泥棒に気づくと、お客さんだよと、既に寝ていた節子を起こすが、目覚めた節子は、静かにしろ!ムショから出て来たばかりだとすごむ泥棒に気づいて布団に潜り込んでしまう。

泥棒は金を寄越せと迫り、怯えた節子は、布団の中で財布を開けると、千円札を放って寄越す。

その紙幣を泥棒が探していると、尾関はランプの灯りで畳を照らしてやるが、その時、泥棒の顔もはっきり見えてしまったので、驚いた泥棒は電気を消せと叱りつける。

泥棒はもう金はないのかと言うので、尾関は、パチンコをやったツリがあるなどとポケットを探るが、文化勲章が入った箱を見つけた泥棒が、これは何だと聞いたので、勲章だ、副賞で50万円付いていると尾関が教えてやると、最初からそれを言えと叱り、それは困ると言う尾関の言葉を無視して、窓から外に出て行く。

しかし、屋根が雨で濡れていたため、泥棒は屋根から滑り落ちてしまう。

その時、主人の作平が何事かと駆けつけて来て、泥棒に入られたと聞くと、110番に電話しようと去りかけたので、尾関は、騒いじゃいかんよと主人の腕を取る。

奈良の飛鳥屋では、美津子が、1時に駅に帰って来ると言う尾関夫婦を出迎えに出かけようと着替えていた。

お徳婆さんは、面白くなさそうに、どうせ勲章もろうてふんぞり返っているんじゃないか?と嫌みを言う。

その頃すでに、自宅に近づいていた尾関夫婦は、靴屋に呼び止められ、文化雨靴を履いて写真を撮らせてくれと頼まれていた。

自宅に戻ると、庭は、待ち構えていた報道陣で溢れ帰っていた。

尾関は、カメラマンたちの指示通り、布団に横になったり、コーヒーカップを持たされたり、煙草をくわえさせられたりと、次々と奇妙なポーズをとらされる事になる。

一方、その場にいた本橋は節子に、明日からの尾関の祝賀会スケジュールを説明し出す。

とうとう雨靴まで持たせられた尾関は、僕は疲れましたと言い残すと、庭先から外へ逃げ出してしまう。

丘に登った尾関は、遠くから聞こえて来る鐘の音を聞くと、やがて、いつものミルクホールに向かう。

すると、陽一が、受験勉強もせずにボクシングのまねごとをしているではないか。

もう勉強は諦めた、好きな事をやってりゃ良いと言うので、一丁やるか?と尾関がボクシングのポーズをとると、勝ったら何くれると陽一が聞いて来る。

尾関は何でもやると言うが、その直後、たった一発のパンチでダウンしてしまう。

陽一は、そんな尾関に文化勲章くれとねだる。

その頃自宅では、登紀子が、文化勲章を盗まれたと母に聞き驚いていた。

結婚式で勲章を付けてくれと、竜二の姉さんからも言われたのよと登紀子が焦っていると、帰って来た尾関が、困る事なんかないじゃないか!コーヒがない事の方がよっぽど辛い!と大声を出す。

翌日から祝賀会が始まり、尾関家では、あの植木屋がやって来て、先生のお祝いに、ただで垣根を作らせてもらうと言い出していた。

そこへ本橋が迎えに来るが、まだ尾関が着替えもせず部屋の中で寝そべっていたので驚いてしまう。

勲章を観ようとみんな集まっていますと本橋が頼むと、勲章はない。泥棒が盗んで行きました。どうしてかな?などと尾関は答える。

しかし本橋は信用せず、執拗に出かけるよう頼んで来るので、立ち上がって本橋に詰め寄った尾関は、わしは糞ジジイと言われた事はあるが、今日の君は不愉快です!と怒鳴って庭先から出て行ってしまう。

又やって来たミルクホールでは、尾関の顔を観た女将が前回の事を謝罪し、色紙を書いてくれと言いながら、奥へ引っ込む。

テレビをつけた尾関だったが、流れて来たのは、昨日の7時、文京区本郷真砂町の下宿屋で、尾関が文化勲章が盗まれたと言うニュースだった。

あれほど口止めしたいた作平がしゃべってしまったらしい。

それを聞いた尾関はあわてて店を逃げ出す。

色紙を持って店に戻って来た女将は、尾関の姿がないのできょとんとする。

祝賀会場でも、このニュースで持ち切りだった。

司会者(穂積隆信)は、本橋に電話を入れ、尾関はどうしたのかと聞いてくるが、家にいなくなった尾関の事を、節子も登紀子も竜二も心配していた。

本橋や竜二が帰ったあと、登紀子は、みんなにお世話かけるわ、トラックに轢かれているかも知れんわなどと案じるが、節子はそんな登紀子に、明日迎えに行きなさい。あの和尚さんの所よ。あそこしか行く所ないわと教える。

早速、登紀子が迎えに行くと、案の定、尾関がボクシンググルーブをはめ、ボクシングのまねごとなどしているのを見つける。

ミルクホールの息子にこれをやらなきゃいかんのだと言い訳しながらグローブを見せる父親に、登紀子は私がいなくて困るでしょう?と聞くと、尾関は、いや困らんと即答する。

俺は反対はしとらん。ただ、お客呼んで式をやるなんて下らん。お母さんとは式もやってない。お母さんは、自分お昼を抜いてでも、研修所を買ってくれた。お前は良い嫁さんになる。お母さんみたいにな…と尾関は言い聞かせる。

そんな尾関に、登紀子はお父さん?…と言ったきり黙り込んでしまう。

何だい?言ってご覧。言えないのか?じゃあお父さんが言ってやろうか?お前の本当のお母さんの事だろう?と尾関は問いかける。

名前さえ分かったら…と言う登紀子に、そんなもんが何になる!生まれて生きて、それで良いんだと言った尾関は、お前は戦災孤児だったと打ち明ける。

地下道で泣いていたのを見つけた和尚さんが握り飯を差し出したら、お前は猫のこのようについて来たそうだと聞いた登紀子は、猫の子のように?と反復しながら泣き始める。

そんな登紀子に尾関は、巡り合わせだよ。みんな偶然なんだ。それだけのもんなんだよ。俺も文化勲章みたいなものだと語りかける。

それを聞いた登紀子は、もう泣いていなかった。

後日、婚礼衣装に袖を通していた登紀子は、これよりお父さんの背広買った方が良いんじゃないと節子に耳打ちしていたが、節子は、そんな余裕はないし、何より、お父さんは何を着せても同じだからと返す。

自宅に1人いた尾関は、誰かが庭先に入って来た気配に気づき、どなた?誰もいませんよといつものように確認もせず返事をしていたが、それは文化勲章を盗んだあの泥棒だった。

泥棒は誰かが来たのに気づくと隠れる。

自宅にやって来たのは、神道研修学会の美山(菅井一郎)と言う見知らぬ男だった。

美山は、尾関に文化勲章を見せてくれと切り出し、尾関が応じないと、やっぱり盗まれたのか?と責め出す。

そして、自分がもらったと言う金糸勲章を取り出してみせると、これは昭和18年、ソロモンで敵艦を轟沈した航跡に対していただいたもので、その敵艦に乗っておったのが、ジョン・F・ケネディやと自慢する。

文化勲章を観るまではわしは帰らん!と威張るので、たまらなくなった尾関は外出するが、美山なるその人物もどこまでも追って来る。

尾関家のガラス戸に何か貼付けると、そんな2人を追いかけていたのが泥棒で、丘の上まで昇って来た美山が、陛下からもらった勲章を盗まれるとは、貴様、非国民だ!ここに座って皇居に拝して謝れと迫る。

しかし、尾関は、わしは非国民じゃない!と答え、その時、先生をいじめないでくれと言いながら、2人に近づいて来た泥棒は、勲章はここにあると言いながら、盗んだ文化勲章の箱を開いて勲章を美山に示す。

すると、それを見た美山は、これは失礼しました!と尾関に頭を下げると、泥棒もすみませんでしたと頭を下げて、美山と共にそそくさと逃げ出そうとする。

途中、美山は、泥棒を捕まえるとその場に投げつける。

尾関はそんな泥棒を自宅に連れて来ると、ガラス戸に貼ってあった封筒から手紙を取り出して読み始める。

それは泥棒自身が書いたカタカナだけの詫び状で、先生が貧乏と知ったので、汽車賃を作って勲章を戻しに来たと書いてあった。

それを尾関が愉快そうに呼んでいる間に、泥棒は家を逃げ出してしまう。

そこに帰って来たのが、登紀子と節子で、2人の姿を観た尾関は、今の男を捕まえて、汽車賃と謝礼を渡してやってくれと言う。

登紀子は訳も分からず、逃げ去る泥棒を追って走り、泥棒の方も訳も分からず走り続けるが、ちょうどテレビを持った竜二が近づいて来たので、登紀子は泥棒を捕まえてもらう。

何とか追いついた登紀子は、父親に言われたように、汽車賃と謝礼を泥棒に手渡すのだった。

泥棒は恐縮して、すみませんと繰り返すだけだった。

自宅では、節子が尾関に戻って来た文化勲章を付けてやっていた。

後日、竜二と鹿のいる境内で会った登紀子は、勲章を着けたお父さんも良いけど、雨靴はいたお父さんの方が落ち着くとつぶやくと、竜二も、僕も前からそう思っていたと調子を合わせて来たので、巧い事言って!と茶化すのだった。