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キツツキと雨

山奥の素朴な人々と、そこに乱入して来た映画の撮影隊との関わりを通し、いつしか互いに心が開かれて行くというハートウォーミングな一編。

映画撮影の事など何も知らなくても、ユーモラスな日常ドラマとして楽しめるが、ロケの事を多少知っていると、とてつもなくおかしい楽屋落ち的な魅力に溢れた内容になっている。

偶然、ロケ隊に遭遇してしまったため、最後にはすっかり映画撮影にのめり込んでしまう主人公岸の姿は、ディフォルメされた人間像だろうと大方の観客は思うだろうが、実は、こういう話は良く聞く事で、実際、ボランティアの形で映画に関わってしまったがために、その後すっかりハマってしまってボランティアスタッフみたいになり、そこから抜け出せなくなっている例は多い。

「三日やったら止められない」類いの魅力と言うか、魔力を映画は持っていると言う事だろう。

全く自分に自信のない新人監督だけではなく、やる気もなくエキストラ芝居をやらされた岸までもが、共に、人から脚本や芝居を褒められることで、徐々に乗って来る様が面白い。

自分1人だけで悩んでいた監督も、人の力を借りる事によって、徐々に想像以上のもになって行く喜びを感じ始める。

そして、そう言う過程を経て行くうちに、集団の中の自分の役割と言う物をしっかり自覚するようになるという話とも受け取れるし、映画の評価など、人によって全く違うと言う比喩なのかもしれない。

ここで描かれているロケの姿はかなりリアルである…と言うか、ほとんど「そのまま」と言って良い。

最初、鳥居チーフと幸一がロケ地探しをしている時、素人の岸は、地元のきれいな場所ばかりに誘おうとするが、鳥居チーフは、車でどう来るのかを聞く。

これは、ロケ地選びの重要な所で、今全国でフィルムコミッション活動などが盛んになっている中、意外と素人が気づかないポイントである。

風光明媚な場所を紹介するだけではダメなのだ。

ロケ地には、人やものを運ばなければ行かない。

そのアクセス(道)が便利でなければ意味がないのだ。

又、スタッフとなった岸が、撮影の本番中、近づいて邪魔になりそうな車を一時的に通行止めにしたり、ヘリ待ち(飛行機待ち)などもロケでは日常的に行われている行為である。

又、「声を出せ!」と下っ端のスタッフが叱られているのも良く見る風景である。

冒頭で出て来る、岸が使っていたチェーンソーの音をスタッフが止めに来るのも実は本当にある話である。

遠くからでも響いて来るチェーンソーの音は、実は、現場に取って一番厄介な騒音の一つなのである。

上空を飛んで来るヘリコプターや飛行機、又、近くを通過するバイクの音などは、しばらく待っていれば聞こえなくなるものだが、どこから聞こえているのか分からないチェーンソーの類いの音は、止めようにも、音の発生地点を突き止めるのが難しいからだ。

こういう現場のスタッフはさぞや大変なはずである。

途中で逃げ出したくなる気持ちも分かる。

ただ、この作品、25才で監督をしている幸一の説明がやや不足しており、映画を撮り始めたきっかけは本人の口から説明されているが、どうしてゾンビ映画の監督をやっているのかが今ひとつ分からない。

ロケの様子を見ていると、単なる素人映画には見えないからだ。

ロケバスやスタッフたちの様子を観る限り、本格的な劇場用映画のロケである。

カメラも本格的なデジカメのようだし、レール撮影までしている。

どう言うきっかけで、幸一はこんなチャンスをつかんだのだろう?

又、今、この規模だったら、ゾンビ役などのエキストラは、ネットで募集するのではないかと言う疑問もある。

交通の便が悪い山奥のへんぴな村でのロケと言う設定と、山崎努が演じている羽場などは村人も知っているくらいの有名なベテラン俳優と言う設定だが、アイドル的人気者が出ていないからかも知れない。

これも、リアルと言えばリアルな話。

あるいは、スタッフがネットでエキストラを呼びかけるなどの工夫もしないほど、監督に人望がなく、スタッフもやる気があまりなかったと言う事の表現なのかもしれない。

色々深読みしようと思えばいくらでもできそうな奥深い魅力を秘めた作品のような気がする。

▼▼▼▼▼ストーリーをラストまで詳細に書いていますので、ご注意ください!▼▼▼▼▼

2012年、「キツツキと雨」製作委員会、守屋文雄脚本、沖田修一脚本+監督作品。

山奥で1人チェーンソーを使い、木を斬る岸克彦(役所広司)がいた。

そんな岸の仕事現場に下から何か言いながら、見知らぬ男が斜面を登ってくる。

木が倒れ、辺りが静かになると、斜面を登って来た男は、今、本番中なんで…と声をかける。

岸は「は?」と聞き返す。

今、あちらで映画の撮影をやっていますので、音を一瞬止めてもらえないかと言うので、岸は又又「は?」と聞き返す。

今、音はしてないが?と岸が聞くと、次の本番の時、こちらから合図すると言い、その男はトランシーバーで現場と連絡を取る。

岸は、枝打ちはしていいのか?と聞き、男が、うるさくないのなら…と言うので、大木に上り、黙々と木を枝を斬り始める。

山の麓の村には、ロケバスが停まっていた。

タイトル

翌朝

岸は、自分で卵焼きを作り弁当を作ると、一人分の食事にハエよけ網をかぶせると、テレビの天気予報を観ながら、味付け海苔で黙々と朝飯を食う。

妻らしき遺影が飾られた仏壇に「行ってくるわ」と挨拶しながら手を合わせた岸は、軽トラックに乗って山に出かけて行く。

その後、岸は野宮(高橋努)石丸(伊武雅刀)ら仕事仲間と一緒に伐採作業をしていた。

その内、空を見上げた岸は、降るぞと仲間たちに注げ、その予想通り、雨が降り始める。

岸は仲間たちと休憩所の中で昼食を取るが、その時、仲間の1人が栗入り羊羹を勧め、石丸は受け取るが、血糖値が高い岸は遠慮する。

もう1人の野宮は、3歳になったばかりの息子の写真を、スマートフォンで仲間たちに無理矢理見せていた。

帰宅してみると、外に干していた洗濯物がびしょぬれだったので、慌てて取り込み硝子戸を開けると、そこに息子の浩一(高良健吾)がのんきに朝飯を食いながら、あれ?雨?などと聞いて来たので、癇癪を起こした岸は、濡れた洗濯物を浩一に投げつける。

仕事辞めたそうだなと家に上がって来た岸は浩一の頭を殴り、探しとるやんけと浩一も立ち上がるが、すぐ辞めるやないか!と怒る岸と浩一は取っ組み合う。

しかし、岸が叩いた手が浩一の目に当たり痛がったので、喧嘩は止め、岸は浩一に26日は空けとけよと言う。

意味が分からなかったらしい浩一に、母ちゃんの3回忌やろが!と岸は怒鳴りつける。

浩一は、不機嫌そうに、濡れた洗濯物を拾って奥へと持って行く。

午後、再び軽トラへ山に戻りかけていた岸は、エンストを起こしているロケバスと遭遇。

仕方なく、岸はロケバスを他のスタッフと一緒に押してやるが、結局、先日山で会ったチーフ助監督鳥居(古舘寛治)と正体不明の無口で暗い青年(小栗旬)を乗せて海老沢と言う場所まで送っている羽目になる。

ロケバスが向かっていたのは、白石川だったらしいが、それを聞いた岸は、あそこは木を伐採し過ぎて氾濫が起きやすいんだと教える。

10人くらいの人間がジャブジャブ入れるくらいの川がありますか?と鳥居チーフが聞くので、海老沢へ連れて来た岸は、きれいな小川を紹介し、縦に並べば10人は入れると言う。

しかし、鳥居チーフは、横に10人は入れないと…と難色を示す。

その要求を聞き、岸が連れて行った次の川は、幅はあったが、すぐ近くに派手な色合いの「きどりや旅館」と言う大きな旅館が建っていたので、柴田チーフと暗い青年は唖然と見つめる。

路上で鳥居チーフが誰かと携帯で熱心に打ち合わせしている間中、軽トラの運転席でうんざりしていた岸は、助手席に座ったまま動こうとしない暗い青年に向かい、君は何者?手伝わなくて良いのか、彼?彼よりずっと年下やろう…と注意する。

暗い青年は、すみませんと謝ったので、ホレ、動けと岸は命じるが、青年は、動く?と意味が分からない様子。

何かあるやろ?!と思わず岸は声を荒げてしまう。

軽トラから降りた青年は、地図を持って携帯で電話をしている鳥居チーフの側により、何かしようと立っていたが、結局、何もする事はないようだった。

電話を終えた鳥居チーフは、岸に、溝口という川に連れて行って欲しいと頼む。

岸は、山1つ越さんとあかんけど…と躊躇するが、鳥居が越えましょう!などと無責任に勧めたので、仕方なく軽トラを降りた岸は山の斜面を登り始める。

それを観ていた鳥居チーフは意味が分からず、岸さん?と声をかけるが、やがて、歩きかよ!と吐き捨てながら、その後を追いかける。

てっきり車で案内してもらえると思っていたのだが、岸は、その場から徒歩で山越えを始めたのだった。

青年も仕方なく後に続き、やがて理想的な川に到着する。

鳥居チーフは、ここどう着たら良いの?車で…と聞くと、岸は、今来たろ?と言うだけだった。

映画のロケ地としては、車で来られなければ意味がなかったのだ。

それを知った岸は、小沢商店のよしお(神戸浩)の所で電話を借り、仕事に遅れる連絡をしていた。

よしおはアイスを食いながら、暗い青年に、この映画、誰が出てるの?としつこく聞いていたので、岸は外に追い出す。

それでもよしおは、何で、おんし(あんた)、手伝ってるの?と岸に聞いて来たので、手伝っとらんて!と岸は不機嫌に答える。

ロケバスが2台到着するが、鳥居チーフが申し訳なさそうに言うには、1台道に迷っているようなので、このバスを先に現地に誘導してもらい、その後もう一度ここへ戻って来て再誘導して欲しいと勝手な事を言い出す。

半分切れた岸は、さっきから何もしないで棒立ち状態の青年に、さっきの場所への誘導くらいできるよな?と問いかけ、柴田チーフには、彼にやらせろよ!と怒鳴るが、青年は相変わらず無反応だし、柴田チーフは頭を下げ続けるだけだった。

何とか、ロケ隊を現場の川へ誘導し終えた岸が、準備を始めた撮影隊の様子をぼんやりしゃがんで眺めていると、スタッフから、カメラに入っているので、そこから逃げてもらって良いですか?と声をかけられる。

逃げる(脇に退く)の意味が分からない岸は、文字通り、逃げるようにさらに斜面を駆け上がって行くだけだった。

そんな岸に近づいて来た鳥居チーフは、相談があると話しかける。

岸は、いつの間にかゾンビメイクをされてエキストラとして出演させられていた。

演出部の助監督がやって来て、5、6歩歩いたら銃声で倒れてくれ。しかし、ゾンビなんで、1発じゃ死なないので、すぐに立って又歩いてくれ。銃声は音は出ず、向うでスタッフが大きく手を振るので、それに合わせてくれと細かい指示を出してくる。

そんな中、坪井という新人スタッフらしき青年が、もたもたしていて先輩から殴られていた。

本番が始まり、岸は嫌々ながらも言われた通り始めるが、倒れた後、衣服に付いた土を払いながら起きたりしたので、カットがかかった直後、駆けつけて来た助監督から、ちゃんとやって下さいよ!小さくても写ってますからと叱られてしまう。

その後、ずっと現場でメイクをしたまま待機状態だった岸は、暗い青年が通りかかったので、おい、使えないの!と呼びかけ、いい加減にしろよ!帰って良いのか?人をなんだと思ってるんや!と怒鳴りつける。

驚いた青年は、聞いて来ますと言い残し、一旦その場を離れると、少しして戻ってくる。

帰って良いそうですと言う青年に対し、岸は自分の顔を指差す。

こんなメイクのままで帰れと言うのか?と言う意味だと悟った青年は、又、どこかに走り去って行く。

再び戻って来た青年は、そのままで帰ってもらって良いですか?メイクさんが次の現場に行ってしまったので…と申し訳なさそうに告げる。

数日後、鳥居チーフがいきなり岸の自宅までやって来たので、自宅にまで押し掛けるか!と岸は不機嫌さを露に応対するが、鳥居チーフは小沢商店からこちらの住所を聞いて来たと、月餅を土産として差し出す。

岸は、甘いもんは…と断ろうとするが、鳥居チーフは、今日の晩時間ありますか?と聞いて来たので、ないと即答すると、ラッシュを観るので…、岸さん写っているので記念にと思ったんですけど…などと言いながら、無理矢理、月餅の紙袋を押し付けてくる。

その日、岸はいつも通り木の伐採仕事をしていたが、昼食時、倒木に一緒に座って弁当を食べる仕事仲間らから、映画に出とったんだって?よしおが言うには、有名な俳優みたいやったそうだな?どんなことやったんやと聞かれる。

岸は、弁当を食べながらつまらなそうに、歩いて…、鉄砲で撃たれて…倒れて…とつぶやくが、それを聞く仲間たちの反応があまりに良いのに気づき、又立つんや。そして又歩く…とちょっと嬉しそうに続けると、お〜!すげぇ〜!と凄い反応が返ってくる。

その夜、岸はラッシュ上映の会場に来て、今まで写した映像を部屋の後ろの方でひっそり観る。

ピンぼけ気味で遠くから写しただけのシーンだったが、確かに自分自身も小さく写っており、岸はそれに食い入るように観続ける。

岸の口元はちょっとほころんでいた。

その後、1人で穴場の温泉に浸かっていた岸だったが、いつの間にか、「お前ら全員、皆殺しだ!」と、さっき観た映画のワンシーンのセリフを真似、自らも手を前に垂らし、湯船に立ち上がると、無人の湯船の中で素っ裸でゾンビの真似をして歩き始める。

そこに、入って来たのが、あの暗い青年だった。

岸が映画の人!と声をかけると、驚いた青年は、気まずそうに湯船の端っこの方に入る。

宿、栗沢の方じゃないの?えらい遠い所まで来たの…などと嬉しそうに話す岸に、青年は、地図で観て、一度来てみたかったので…と、身を縮めるように小声で答える。

岸は、ここは穴場や、人は来ん…と教え、しかし大変やな…映画も…、ああやって1つ1つ撮影してるんやな…などと言いながら、湯船の中で青年に近づいて行く。

ラッシュ観たよと岸が告げると、青年はえ!と驚く。

やっぱり、自分が写っとるの嬉しいもんやな…と岸が語ると、青年はさらに湯船の端に身を避けるのだった。

風呂上がり、岸は軽トラで青年を駅まで送り届ける事になる。

明日、青年だけ、東京へ帰らなくてはいけなくなったというのだ。

運転していた岸は、助手席に座っているくらい青年に、そもそもあれはどんな映画や?と聞いてみる。

青年はゾンビの映画です。ゾンビがうじゃうじゃ出て来て、わーっとなる映画ですと大雑把に答えたので、ちゃんと話せよ!と岸は叱る。

近未来の日本が舞台で、文明が崩壊しているんです…と青年は思い出すように話し出す。

近未来やったんか!と岸は驚きながらも、興味深そうに聞いている。

すると、青年も少し安心したのか、日本の人口は7万分の1くらいまで減少していて、大体6000人くらいですね…と続け、その後、面白いですか?と自信なげに聞いてくる。

辻が続きをせかすと、生き残った人間たちには1つ困った事があったんです。生まれて来る子供が、時々ゾンビなんです。ゾンビが生まれると川に流すんです。ゾンビって人食いますからね。後…、感染もします…。面白いですか?と又、青年は最後に自信なさそうに問いかけてくる。

さらに岸に促され、青年は、映画の主役はリンコと言うのだと教える。

ある日、婚約者がゾンビに食べられたので、「婦人会竹槍隊」に入会するんです。

聞いていた岸は、すっごいな!と感動したようなので、本当に面白いですか?と青年は疑わしそうに聞き返す。

明知鉄道岩村駅に到着したので、車から降りた青年は、これをもらって下さいと言いながら、自分が持っていた赤い表紙の台本を岸に手渡す。

岸は帰って行き、駅のホームで電車を待っていた青年は、別の車が駅に近づいて来るのに気づく。

降りて来たのは、鳥居チーフとスタッフの坪井らだった。

それを見て慌てた青年はホームから逃げ出そうとするが、線路上で鳥居チーフに捕まえられ、何考えてるんだ?修行するはずだぞ!とつかみ掛かられたので、他のスタッフが電車が来ている!と必死に2人をホームに上げ、坪井チーフを止める。

その時、電車が到着し、青年は乗り込む事が出来なかったが、その代わり、何故か坪井だけが乗り込んでいた。

そのままドアが閉まったので、鳥居チーフは唖然とし、必死にドアを開こうとするが、坪井は開かせまいとドアを押さえる。

電車はそのまま出発してしまい、鳥居チーフはホームの端から電車に停まるように呼びかけていた。

夜の闇の中に遠ざかって行く電車の窓から、坪井が小さく手を振っていた。

その頃、岸は、停めた軽トラの運転席で台本を読みながら感動で涙していた。

「ユートピア」と題されたその台本の最後のページには、サインペンで大きく「自分」と書かれてあり、背表紙には田辺幸一と持ち主の青年の名が書かれていた。

自宅に帰り着くと、仏壇に手を合わせている息子浩一が見えたので、どっか行くのか?と聞くと、東京へ行くと答が返ってくる。

もう電車ないぞと忠告すると、チャリで…と言うので、馬鹿か?と呆れると、歩いてでも行くと浩一は我を張り、出て行くぞ!と言うので、岸がおう、出て行け!と応じると、そのまま玄関を出て行ってしまう。

その後、1人で洗濯物を畳んでいると玄関をノックする音が聞こえたので、浩一か?と聞くと、え?あ…、ハイ…と声がしたので、開けてやると、そこに立っていたのは、息子の浩一ではなく、さっき駅に送ってやった青年、田辺幸一だった。

岸は、あれ?東京に行ったんじゃないの?と聞くが、幸一は、東京は中止になりましたと言い、あの〜…台本…と口ごもる。

岸は、又、は?と聞き返す。

台本は、仏壇に飾られていた。

幸一は、玄関先に置かれていた丸木の台のようなものに、「浩一 十才」と刻まれているのに気づく。

とりあえず幸一を部屋に上げた岸は、こんなものしかなくて…と言いながら、味付け海苔を持ってくる。

昨年、仕事で倒れて来た木に肺を潰され、それ以来、タバコを吸えんようになったと岸が言うと、そうやって死んだ人いるんですか?と幸一が聞く。

いるよ。すぐ死ぬよ…と岸は淡々と答えながら、仏壇の台本を幸一に返すと、おんし(あんた)書いたんやろ?おんし、親方やろ?と聞いてくる。

幸一は、まあ…、ハイと答える。

何か面白かったなぁ〜…、あとちょっと…、ま、良いか…と言いながら、岸は丸木の第のようなものをテーブルの横に持って来て、ちょっとやるか?と駒を並べ始める。

それは良く見ると、手製の将棋盤だったのだ。

幸一は、味付け海苔を食べながら、何となく岸の相手をする事になる。

翌朝、宿泊している宿で目覚めた幸一は、目覚まし時計と携帯のベル音を止め、縁側に干していた靴下をはこうとするが、黒は止めとけ…と言う声が聞こえたので、黒のボーダーの靴下は止め、青のボーダーを手に取るが、又しても、青は止めとけ…と言う声がどこからか聞こえる。

その日の撮影は、リンコとその父ジンロクのセット芝居だった。

ライフルを持って立て篭っている設定のジンロク役ゴマ満春(平田満)が、20年前、母さんはゾンビの子を産んだ…とセリフを言う。

リンコを演じている麻生珠恵(臼田あさ美)が、例えそれが兄さんだったとしても…とセリフを返す。

その段取りの後、リンコ役の珠恵は幸一にあれこれ質問するが、監督は素早く答えられない。

そんな幸一に、鳥居チーフは押しています(撮影が遅れています)と耳打ちする。

そもそもゾンビなんているの?とゴマがつぶやき、珠恵は、最後のセリフ変えて良いですか?と幸一に迫る。

幸一は無言のまま、何も答えを出せない。

そんな中、カメラマンの篠田(嶋田久作)は、黙々と準備を進めていた。

本番が始まり、ゾンビめ!みんな、私がぶっ殺してやる!と叫びながら、珠恵がカメラ横を走り抜け、カメラの後ろで現場を見学していた岸のすぐ目の前で立ち止まる。

次に、ジンロクが、リン子を追ってカメラ側に突進して来た時、ぶつかったセットの椅子が壊れる。

カットがかかるが、珠恵もゴマも、今の自分の芝居に納得がいかないようで、監督の判断を待つ。

スタッフ全員も固唾をのんで、幸一のオーケーの声を待つが、幸一は判断できず、すみません…、めまいが…と言いながら、セットの隅にうずくまってしまう。

大丈夫か?と言いながら岸が近づいてくると、今のオーケーですか?と小声で幸一が囁きかけてくる。

え?と聞き返した岸に、今のオーケーですか?ともう一度聞く幸一。

よう分からんけど…、今の女優さん、良い匂いやったねと顔をほころばした岸は、オーケーだよと答えてやるが、立ち上がった幸一は、もう一本お願いしますとやり直しを指示する。

昼休憩の時間になり、一本の木陰の下で幸一が黙々とロケ弁を食べていると、岸も自分で買って来た弁当を持ちながら、側のディレクターチェアに座り食べ始める。

幸一君、いくつ?と聞くと、25ですけど…と幸一が答え、何すか?若いって言いたいんですか?と聞き返す。

岸は、あそこの松見えるか?左から2本目…、あの木で25年かそこらやろ。その3つとなりの気が60年で俺やな…どや?と言うので、幸一は正直に、あんま、変わんないですけどね…と感想を言う。

気が一人前になるには100年かかる。これが150年やと言いながら、幸一が座っていた木陰の木を指す。

そこにやって来た鳥居チーフは、監督、後5分で飯食って下さいと幸一に指示しながら、岸に気づくと、あれ?まだいる…。それ、監督の椅子ですから…と教えて去って行く。

そうだったのか…と言いながら、岸が椅子から立ち上がろうとすると、幸一は、何か恥ずかしくって座れないですから…とつぶやく。

急いで弁当をかき込んだ幸一は、最後に残った三食団子を岸に差し出し、この撮影中甘いものを控えているので…と勧めようとする。

岸が、誰が決めたんや?そんなこと…と聞くと、幸一は自分ですと答える。

だが、岸も、俺も甘いやつは…と断ったので、幸一はそのままその場を立ち去って行く。

その夜、宿泊先の宿で台本に書き込みながら、幸一が悩んでいると、ノックの音が聞こえたのでふすまを開けると、岸が立っており、その横には、丸太で作った手製の監督椅子が置いてあった。

どうや、これなら恥ずかしゅうないやろ?と言うその椅子の側面を観ると、「幸一 二十五才」と刻まれていた。

呆然と立っていた幸一の所にやって来たスタッフらしき青年が、竹槍隊増えました。茶摘みのおばさんが来てくれるそうです。5人ですと幸一に報告し帰って行く。

それを聞いていた岸は、5人?もっと大勢いると思っとんだが…と感想を言うと、仕方ないみたいです…と幸一はつぶやく。

岸はその足で知人の自宅に押し掛けると、猟友会の嫁たち20人くらいに至急連絡してくれと、持て余していた月餅を押し付けながら頼み込む。

その効果があり、撮影日、体育館には竹槍隊のエキストラをする女性陣だけではなく、大勢の見物人まで集まっていた。

幸一は、リンコ役の珠恵とエキストラたちに、槍を構えて下さい。愛する人を殺された怒りを込めてやって下さいと指示するが、エキストラ参加の主婦の1人が愛する人って…?と質問をする。

それを聞いていた亭主が、俺の事だと思って…と見物客の中から声をかけると、ピンと来んわ…と主婦はあざ笑う。

助監督が、死ね〜!と模範を見せ、エキストラ全員、死ね〜!と真似をする。

それを何度か繰り返しているうちに、鳥居チーフが幸一に、隊長みたいな人いた方が良いかも…と耳打ちする。

結局、先ほど質問した主婦が隊長になり、張り切って気勢を上げる。

その様子を観ていた篠田カメラマンまで、レール敷いて良い?絶対良いってと幸一に言ってくる。

いざ本番が始まると、幸一の顔に笑顔が浮かんでいた。

その夜、件の温泉では、岸と幸一が芝居の実演をしてみていた。

そこに爺さんが1人入って来たので、そこに立っちょってくれと頼んだ岸は、幸一と一緒に芝居を始め、そいつはもう兄さんじゃない!立派なゾンビだ!とセリフを言うので、兄さん役にさせられた爺さんはきょとんとして立っていた。

岸は、いつの間にか、ロケの車両止め係をやっていた。

そこに、石丸たち、仕事仲間の車が近づいて来るが、岸はすっかりスタッフになり、誘導灯を横にして頭を下げ、無言で車を停める。

石丸たちは、克さん?何にしとんの?と尋ねるが、岸は心ここにあらずと言った様子で、全く無反応だった。

石丸は、岸が持っている誘導灯を、何や?この棒…と不思議がる。

全く何も答えない岸は、シーバー(トランシーバー)から名を呼ばれ、子役が逃げました!と聞くと、車に乗っていた野宮の方に近づいてくる。

急遽、野宮の幼い息子に、ゾンビメイクが施される。

それを心配げに見守る野宮。

川を流される赤ん坊ゾンビの役になった息子を岸から見守っていた野宮は、カットの声がかかると、急いで川に中に入り、棺桶のような箱に入れられた息子マサルを観ながら、何したんだ!と怒鳴るが、スタッフから眠ってますよとなだめられる。

続いて、よしおらも加わったゾンビのモブシーンの撮影になり、テント脇のブルーシートにエキストラ役を買って出た村人たちを案内する岸。

はじめての経験に、皆ハイテンションになり騒ぐので、岸は静かにせえやと注意する。

やがて、エキストラゾンビを丘の向こう側に配置し、幸一がヨーイ、ハイと合図をするが、声が届かなかったのか誰も動かない。

岸が、拡声器を使い、動けと声をかけると、ようやく丘の向うからゾンビエキストラがざわざわと向かって来た。

しかし、その内、調子に乗ったよしおが走り出したので、全員、それに釣られて走り出してしまう。

幸一は喜びながらもカットをかけ、ゾンビは走りませんと注意する。

岸は、よしおを怒鳴る。

そんな中、岩村駅に着いた電車から、家族らしき4人の男女が降り立つ。

改札口を通り過ぎた女の子に、駅員が微笑みかけるが、その顔はゾンビメイクのままだった。

道を歩いて行くと、挨拶して来た農家のおばさんや、学校帰りの小学生、トラクターで農作業するおじさんらも全員ゾンビメイクだった。

やがて、ロケバスの横を通りかけた家族は、スタッフに注意されながら毛布を運んでいた岸の姿を観かけ立ち止まる。

岸の方も、家族に気づくと、おじちゃん?と驚く。

おばちゃん(りりい)は、何よこれ?村中変な格好ばかりじゃないと聞いてくる。

岸が、自分たち家族が何故ここに来ているのか理解しかねていると気づいたおばちゃんは、明日…、呆れた!サキ子さんの三回忌忘れてるんじゃないでしょうね?と告げる。

慌てて家に戻った岸は、家の中が整理されており、座布団や自分が着る礼服もちゃんと用意されている事に気づく。

観ると、家を出て行ったはずの浩一がソファーに寝ているではないか。

その夜、岸がいつものように温泉に入っていると、幸一がいつものように入って来て、今度は自分の方から岸の方へ近づいて来る。

その後、湖畔の食堂でラーメンを食う2人だったが、店のおばさんが、余ったから食べてくれと言いながらあんみつを幸一に持って来る。

幸一は断ろうとするが、まあええから。若いんだから食べられるでしょう?とおばさんは親切のつもりで置いて行く。

岸が幸一に、どうして映画なんかやろうと思ったの?と聞くと、幸一は、オヤジがビデオを買って来て、最初は運動会などを撮っていたんだけれど、その内使わなくなったんで、俺が遊びで使い始めて…。今頃親爺は後悔していると思います。実家は山形で旅館をやっていて、俺長男だから…と答える。

それを聞いていた岸は、そんな事ないよ。お父さんは後悔なんかしてないはずだよ。自分が買って来たカメラが息子の人生変えたんだから。嬉しくてしようがないはずやと慰めながら、あんみつを食い始める。

そして、あんこを無理矢理幸一の口に詰め込む。

幸一は嫌がりながらも、あんこを咀嚼するうちに、うめえな、これ…と言いながら、一緒にあんみつを食べ始める。

翌朝、宿で起きた幸一は、目覚ましをかけていなかった事に気づく。

起きて、縁側に押した靴下を取ろうとした時、又、黒は止めとけと言う声が聞こえるが、一瞬考えた後、幸一はそのまま黒のボーダー柄の靴下をはく。

そんな岩村に、一台の高級車がやってくる。

後部座席に乗っていたのは、高名なベテラン俳優羽場敬二郎(山崎努)だった。

運転していたマネージャーは、やぱり帰りましょうか?と聞く。

羽場は痔が悪化しており、今も中腰で我慢していたからだ。

マネージャーが気を利かして窓を開けようとすると、虫が入る!と羽場は叱りつける。

村の長老役を演じるため、現場入りした羽場にサインをもらおうと、ロケ用に借りた家の入口にはファンたちが詰めかけていた。

鳥居チーフは幸一に、(テストなしで)本番行っちゃいましょう。羽場さんの尻、限界です…と耳打ちする。

羽場は、囲炉裏の周りに集まった村人を前に、あぐらをかいてセリフを言う役所だったのだが、傍目で観ていても座る事はきつそうだったからである。

幸一は、ヨーイ、ハイと声をかけ、助監がカチンコを打つが、打ち損じる。

羽場は、いきなりそれを気にしたようで、さらに現場に虫が飛んでいるので集中できない様子。

それでも何とかセリフは言い終えるが、幸一はカットをかけた後、セリフの最後は「村」でお願いしますとダメ出しをする。

今俺なんて言った?と羽場は聞き返すが、彼ははっきり「町」と言っていた。

羽場は、辛そうにもう一度あぐらをかき、セリフを言い終えるが、幸一は、「蜂起」と言う言葉を「決意」に変えて下さいとダメ出しをする。

その方が人間らしいからか?と鋭く言い当てた羽場だったが、最初からそう言えよとちょっと切れ気味になる。

3度目の本番のため、羽場は又心底辛そうにあぐらをかいて本番の声を待つが、その時、ヘリ待ち(ヘリコプターの音が近づいたので、それが遠ざかるまで待つこと)になる。

その頃、岸は自宅で無事三回忌を行っていた。

読経の後の食事で、親戚のおじさんが浩一が仕事を辞めた事を叱る。

いっその事、克さんの後を継いだらどうかと言い出し、他の親戚も同調するが、当の岸にそれを勧めると、酔った岸は、こいつの気持ちもあるやろ!とおじさんを怒鳴りつけたので、親戚たちは驚いてしまう。

その夜、村にあるスナック「マロン」で、撮影を終えた羽場とマネージャーは飲んでいた。

羽場は、ソファーに座らず、横たわったまま、ホステスたちと飲んでいたが、そこに呼び出された幸一がやって来たので、羽場は自分の横に座らせる。

羽場は、暗く無口な幸一の姿を観て、撮影の時とずいぶん違うじゃないかと戸惑う。

幸一は今日の撮影で何か粗相があったかと緊張していたが、羽場が握手の手を差し伸べながら、又、呼んでよ。今日は素晴らしかったと褒めると、感激してすすり泣き始める。

それを観た羽場は、又驚いて、マネージャーを観る。

その頃、岸の家にやって来た鳥居チーフは、明日は来られませんと断る岸に、クランクアップなんです。午後から雨が降るので、午前中にやってしまいたいんです。岸さんいないと心残りで…と訴える。

家の中に戻った岸は、幸一が将棋盤に駒を並べているので、やるかと相手をし出す。

幸一は、なんか駒がぺたぺたしとるな…と不思議がる。

翌日は、朝から雲行きが怪しかった。

ゾンビエキストラを交えた竹槍隊のシーンを撮り終え、ラストシーンになった時、雨が降り出して来る。

スタッフ、キャスト、エキストラは全員、設置したテントの中で待機状態となる。

どうしますか?と聞いて来るスタッフに、待ちましょうよと説得する幸一。

しかし、助監督は、強くなるばかりですよと進言する。

それでも幸一は、待ちましょうよと粘る。

鳥居チーフは、雨って意外と写らないもんですよと囁きかけ、他のスタッフは、ゾンビのエキストラ連中が帰りたがっていますと伝えに来る。

幸一は台本を開き、最後のページに大きく書かれた「自分」と言う文字を見つめる。

その時、「晴れるぞ」と言う声がどこからともなく聞こえて来る。

遠方に目を凝らした幸一は、土砂降りの雨の中、何かが近づいて来るのに気づく。

それは、オレンジ色のレインコートを着た岸だった。

岸は幸一に駆け寄ると、晴れるぞと伝え、他のスタッフたちにも、もうちょっとしたらぴたっと止むと声をかける。

幸一はその言葉に後押しされるように、準備しましょうと鳥居チーフらに伝え、エキストラたちにも、皆さ〜ん、やりま〜す!スタンバイお願いします!と自ら声をかける。

スタッフ、キャスト全員、傘をさし、レインコート姿のまま、テントを出て、それぞれの場所に移動する。

ビニールで保護したカメラを据えて構えていた篠田カメラマンは、本当に雨が弱まって来た事に気づく。

エキストラを演じる村人たちの中からも、弱くなって来た…と言う驚きの声が上がる。

他のスタッフたちは、マジか?と空を見上げる。

岸はもう一度幸一の側に行き、晴れるぞ!と伝える。

テントの横には、岸が幸一にプレゼントした、あの丸太の想いディレクターチェアが置いてあった。

やがて、雨は止み、雲が切れて太陽が顔を出す。

スタッフたちがエキストラの傘とコートを一斉に回収し出す。

篠田カメラマンは、後ろに立っている幸一に、やるの?やらないの?とせかす。

幸一は、やるに決まってるでしょう!と答え、ヨーイ、ハイ!と号令をかける。

ジンロクは、俺にとってはたった一人の息子だ!と叫びながら、ゾンビの兄に食われ、それを助けようと駆け寄ったリンコも又、群がって来たゾンビたちに食われてしまう。

倒れたリンコは、「どこにあるの?私たちの…」とつぶやいて息絶える。

死んだジンロクとリンコの上に、次々と折り重なるように群がるゾンビたち…

幸一はカット!と叫び、皆が監督の方を観る。

幸一は嬉しそうに、両手を頭上で丸く合わせると、オーケーで〜すと叫ぶ。

次の瞬間、又雨が降り出したので、鳥居チーフは、全員、撤収!と声をかける。

スタッフ、キャスト、全員テントの中に逃げ込む中、1人現場のレールの側にしゃがみ込んだ幸一。

その頭に、自分がかぶって来たヘルメットをかぶせてやった岸は、手を差し出して来る。

幸一は満足げに、その岸の手にタッチする。

その後の朝、岸はいつものように、味付け海苔で朝食を食っていた。

ウインナソーセージも海苔で巻いて一緒に食べていた。

テーブルの反対側には、作業服姿の浩一が一緒に朝食を食べていた。

2人とも表情は満足げだった。

とある海岸の砂浜に、あの岸手作りのアームチャアが置いてある。

その周囲を走り回るスタッフたちや、ランニングで通りかかった女子高生たちが誰がいるのかはしゃぎながら通り過ぎて行く。

やがて、台本を読みながら椅子に近づいて来て腰を降ろした浩一は、呼ばれて立ち上がり、自分で椅子を持ち上げようとするが、重過ぎて持てないので、そのままにしておく。

画面の外から、本番で〜す!ヨーイ、ハイと浩一の合図の声が聞こえて来る。

山の奥では、その日も岸が黙々とチェーンソーを使い、木を切っており、途中、手を休めて水筒の水を飲むと、山の向うの何かをじっと見つめるのだった。