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誘拐('62)

1962年、大映東京、高木彬光原作、高岩肇脚本、田中徳三監督作品。

※この作品はミステリであり、後半で謎解きがありますが、最期まで詳細にストーリーを書いていますのでご注意ください。コメントはページ下です。

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戦訓には、学ぶべきことが数多く含まれている…

第二次世界大戦でも、初戦での勝利をきちんと研究し学んでおけば、末期の敗戦はなかったはずだ。

無数の資料類に埋まった後ろ向きの書斎のイスの上部から、座った人物のベレー帽が少し見えている。

戦訓に付いて長々とつぶやいているのは、この人物らしい。

これは、戦訓を人生に活用しようとする一市井人の犯罪の記録である。

タイトル

東京地方裁判所

営利誘拐犯として捕まった木村繁房(杉田康)の公判が行われていた。

裁判所内では、誘拐された子供の母親と誘拐犯との3回目の電話交信のテープが流されていた。

高岡検事(根上淳)が、子供の祖母尾山たか(瀧花久子)に確認をする。

祖母は、自分が出て嫁に代わると、相手は金はいらない。命はもらったと言ったそうだが、その時の犯人の声は、今、目の前にいる木村の声だったと証言する。

3回も4回も電話をする奴があるか!…、傍聴席の中にいるのか、ある人物の心のつぶやきが聞こえて来る。

代わって証言台に立った子供の父親尾山敏幸(仲村隆)は、預金は70万しかなく、株を現金化するには4日ほどかかってしまい、午後1時までにと犯人から指示されてもどうしようもなかったと悔しがる。

代わって、証言台に立った渋谷署の刑事榎本警部補(高松英郎)の捜査過程の説明を聞いていた傍聴席の謎の人物が又つぶやく。

木村は愚かだ。筆跡を残すなんて!

証言台に立った木村は、誘拐した子供には、睡眠薬を数回に分けて40錠ほど飲ました。

3回目に飲ませた時、新聞を読んで、親たちが警察に知らせたことが分かったので、ガス栓を子供の顔の近くに置きガス栓をひねった。15分ほどで絶命したが、その間、自分は隣の部屋で布団をかぶっていたと言う。

その頃、午後からの木村事件での弁護に備え、喫茶店で待機していた夫、百谷泉一郎(宇津井健)に、妻の明子(万里昌代)は、木村の国選弁護人に選ばれたのは断れなかったのかと渋い顔をしていた。

どう考えても、木村の有罪は固かったからだ。

そこに、これから恋人に会うらしい百谷の後輩で山男仲間でもある広津保富(大瀬康一)が来て二人に挨拶すると、木村事件の展望はどうかと聞いて来る。

百谷は、死刑がある以上、死刑になるだろうと客観的な意見を述べる。

午後、法廷に立った百谷は、事件当時の木村は心神耗弱状態であり、精神鑑定を要求すると言うしかなかった。

高岡検事は、被告人は、機械士としてこれまで普通に仕事をして来ており、受け答えにもおかしな部分はなく、きわめて正常であると言うしかなく、精神鑑定の必要など必要ないと反論するが、温情派の荒巻裁判長(遠藤哲平)は、弁護人からの依頼に添い、被告人の精神鑑定を認めると言い渡す。

それを聞いていた、傍聴席の謎の人物は、そろそろ始めるか…と心の中で決意する。

12日20日 事件第一日

警邏中だった警官に、三河屋のご用聞き(志保京助)が「井上さんの家の坊ちゃんがさらわれたらしい」と慌てたように教えに来る。

電話を受けている家の人の話を聞いたと言う。

井上さんとは、金貸しで富裕な井上庄蔵のことらしい。

早速、井上家に向かい、事情を確認しようとした警官だったが、応対に出て来た井上の妻の妹島崎光子(渋沢詩子)は、いきなり現れた警官に怯えたようにおどおどした様子で、姉は今、買い物に出ていると言う。

犯人からの電話の内容を聞く警官に、光子は、1000円札で3000万用意しろと言う要求だったが、姉か義兄に連絡がつくまで、上には伝えないでくれと頼む。

しかし、その連絡を受けた警視庁では、森山課長(伊東光一)が榎本警部補を呼び出すと、前の木村事件同様、今回の誘拐事件も担当してくれと頼みながら、今度の子供は殺したくないと顔を引き締めていた。

榎本警部補は、刑事を10数人貼り付かせますと答える。

早速、刑事は、帰宅した井上の妻、妙子(中田康子)に接触するが、妙子は光子に、何で知らせたのよ!と叱りつける。

光子は、三河屋の小僧が告げ口したのよと困惑しながら答える。

妙子は、今回の事件は内々に解決したいので、お引き取りくださいと刑事たちに告げる。

犯人の心当たりを聞いても、主人の取引関係は分からないと、にべもない返事。

そのとき、同居人の山本稲(倉田マユミ)が、電話だと知らせに来る。

刑事は、稲に井上家の家族構成を聞くと、庄蔵と妻の妙子、その妹の光子、庄蔵の弟卓二であり、自分は同居人だと言う。

一方、榎本警部補に会っていた井上庄蔵(小沢栄太郎)は、誘拐された節夫は一人息子であり、なかなか子供が出来ない身体である自分にとっては掛け替えのない存在なのだと主張していた。

そんな井上に榎本警部補は、誘拐には致命的な欠点があり、それは、金を受け取る時にどうしても犯人が姿を見せるしかなく、その時が逮捕の唯一のチャンスなのだと説明していた。

それでも、井上の態度が頑なことを見て取った榎本警部補は、犯人に渡す紙幣の番号を控えること、テープを電話にしかけること、犯人からの連絡があったら知らせることの三点を約束させ、一旦、身を引くことにする。

一人になった井上は、子供部屋にあった電車模型を動かしてみながら、子供を失った悲しみに浸っていたが、やがて、未だ帰宅しない卓二はまだか!とかんしゃくを起こす。

光子は怯えたように、熱川に電話を入れたのですが…と報告する。

井上家には、もう一人、山本定夫(当銀長次郎)と言う青年が同居していた。

井上が稲に生ませた子だった。

井上はさらに、妻の妙子に対しても、電話があったとき、お前は2時間も留守にしていたんだそうだな?と問いつめていた。

その時、光子が一通の速達を持って来る。

封を着ると、中から、「井上節夫」と名前が書かれたノートの表紙が転がり落ちる。

その時、玄関ブザーが鳴ったので、全員緊張するが、訪れて来たのは、光子の恋人の広津保富だった。

事件を知った広津は、自分も一緒に犯人からの連絡を待つことにする。

その時、車が停まる音がして、弟の卓二(川崎敬三)が帰って来る。

卓二は、遅れた詫びをするが、その時、部屋の外で物音がしたので、ドアを開けてみると、稲が立ち聞きしていた。

12月21日 事件第2日

送られて来た封書の消印を観た榎本警部補は、消印が品川だと確認する。

家族の身元調べをしていた刑事たちは、主人の井上は、昭和26年に鶴岡から上京し、28年に帰省した時は、もう羽振りが良く、立派になっていたと言う。

妙子は、元々バーに勤めていたと言う。

その頃、井上家では、集まった家族たちがいら立っていた。

その時、定夫が新しい封書を持って来る。

中には、8時に銀座6丁目の「ボーグ」の前に金を持って来て、新橋までの間を往復しろと指示されていた。

井上は直ちに秘書の朝比奈(友田輝)を呼びつけると、卓二には、警察には時間ギリギリに報告しろと命ずる。

その通り、受け渡しの時間ギリギリになって卓二からの連絡を受けた榎本警部補は、今頃言って来ても打つ手がない!と怒る。

現金を入れたバッグを持った朝比奈は、指定通り、銀座6丁目と新橋の間を歩き始める。

8時15分、井上家の電話が鳴り出し、それに出た妙子は、「違います!」と言い、受話器を急いで置いてしまう。

その直後、又電話が鳴り出したので、急いで取った妙子は、相手の言うことも聞かずに「違います!」といら立ったように切るので、不審に思った井上がどこと間違えているのだ?と尋ねると、妙子は「東京タイヤです」と言う。

続いて、又電話が鳴ったので、今度は井上が出ると、相手は朝比奈で、犯人は接触して来なかったらしい。

井上はその場で、電話にしかけた録音テープを戻せと命じる。

巻き戻して聞いてみると、「僕だよ」と、明らかに妙子に親しそうに話しかける男の声が録音されていた。

妙子は絶望的な表情をし、井上は、「これが、東京タイヤか!」と怒り出し、妙子につかみかかるが、そこに、朝比奈がバッグを持って戻って来たので、妙子は泣きながら部屋を飛び出して行く。

井上は出かけると言い出し、金庫の鍵を卓二に預けて行く。

廊下の隅では、定夫が稲に例の場所で朝比奈を観たと話しているのを光子が目撃する。

その頃、光子を伴い、百谷の自宅にやって来た広津は、事件の調査依頼をしていた。

自分は弁護士だし、まだ警察が公開捜査に踏み切った訳でもないからと渋る百谷だったが、光子の願いや、妻の明子からの勧めもあり、何となく、今回の誘拐事件の調査を引き受けるはめになる。

その夜、明子は百谷に、恋人が出来た井上の妻の妙子が、一挙に金を掴もうと企んだことかもしれないなどと、自分が考えた素人推理を話しかけていた。

それを何気なく聞いていた百谷は、助手の広瀬に電話を入れる。

12月22日 事件第3日

井上の妻である旧姓島崎妙子の調査を進めていた刑事たちは、彼女の素行調査をしたことがある探偵事務所で、建築家の岡山敏雄と画家の原浩一が、彼女が結婚前に付き合っていたことを突き止めていた。

そこに、百谷もやって来る。

誘拐された井上節夫は、事件当日、新宿西口で降りた所までは目撃されていた。

捜査本部に来た卓二と会った榎本警部補は、電話があった時刻のアリバイを確認するが、そのとき自分は熱川に出張していたと言う。

今の立場を聞かれた卓二は、兄の会社の正式な社員ではないが、色々客を紹介して手数料を兄からもらっている。兄の井上は67で、自分は腹違いの弟であると説明すると、光子は兄嫁の妹であり、山本定夫と言う青年は、兄が稲に生ませた子だと打ち明ける。

一昨年、会社を首になった丸根欽司と言う男に付いて聞かれた卓二は、失敗して1000万くらいの大穴を開けた男だと説明する。

その時、課長から電話で呼び出された榎本警部補は、記者たちからさんざんつつかれている所だが、まだ公開捜査の段階ではないかね?と確認され、木村事件お前例に照らし合わせても、今夜中には犯人は接触して来るはずで、井上は9時に会社に来たと報告する。

そんな井上の元に、封書が届いたと会社に戻っていた卓二が持って来る。

手紙には、4時半、上野駅の東北線のホームで待てと書かれてあった。

卓二は、警察に知らせた方が良いと井上に訴えるが、井上は、秘書の谷岡に3000万用意して来いと命じる。

仕方なく、卓二は、紙幣番号を一部控え、自分が運転する車に谷岡を乗せ、上野駅に向かう。

ホームに立った谷岡は、周りを埋め尽くす乗降客に油断なく目を配るが、近づいて来た男に緊張すると、単に、常磐線ホームを聞く客だったり、旅費が足りないので、オメガの時計を買ってくれないかなどと声をかけたひげ男だったりする。

その時、「井上さんの所の方ですね?お渡しくださいませんか?」と声をかけて来たのは、意外にも若い女性だった。

谷岡は、その女にバッグを渡し、外でその女が乗り込んだタクシーのバック版バーを控える。

一方、車で待機していた卓二は、そのタクシーを追いかけるが、途中、信号で引っかかり、見逃してしまう。

一方、8時になっても、犯人からの連絡がないので、井上はいら立ち、節夫が万一戻らなかったら、女を途中で見逃したお前のせいだぞ!と戻って来た卓二らを怒鳴りつける。

さらに、妙子にも詰め寄った井上だったが、妙子が、私にだって権利はあります!と言い返すと、この家にいるものはどいつもこいつも俺の金が目当てだ!と言い放つ。

その時、玄関ブザーが鳴ったので、朝比奈が出てみると、そこに榎本警部補が立っていたので動揺するが、それに気づいた榎本警部補は、何かあったんですね?と問いかけ、井上は、金を渡したんだと、仕方なく打ち明ける。

8時15分、約束の時間を45分も過ぎ、榎本警部補は、おそらく坊ちゃんは戻ってきますまい…と悔しそうに告げ、我々が一番恐れていた事態になりましたと悔しがる。

公開捜査に踏み切るしかないと言う榎本警部補の言葉に、もはや井上も承知するしかなかった。

卓二は、一応控えておいた紙幣番号の一部を榎本警部補に手渡すが、奇跡を待つより他はないと、榎本警部補はため息をつく。

その時、妙子が卓二に、何故逃がしたのよ!と、急にヒステリーを起こし、井上が、バカ!と怒鳴りつける。

12月23日 事件4日

誘拐事件捜査本部にやって来た妙子を記者が追いかける。

一方、捜査本部の部屋の中では、金の入ったバッグを持ち去った女が乗ったタクシーの運転手は、四谷見附の陸橋で女を降ろしたと刑事に説明していた。

妙子と面会した榎本警部補は、木村事件は見ず知らずの犯行でしたが、今回の事件は鬱の事情を知ってものの犯行だと思われると説明する。

電話を自宅にかけて来たのは誰かと聞くと、画家の原浩一だと妙子は答える。

いつから付き合っているのかと聞くと、結婚前に付き合い、その後、2年ほど前から付き合いが始まり、あの日には、千駄ヶ谷の金波荘で会ったと言う。

菊池刑事(石井竜一)が岡山敏雄のことを報告し、890万ほどの不渡りを買い戻してくれと脅迫行為があったようだが、本人は現在、行方不明だと言う。

妙子は、岡山とは7年も前に別れたが、この春突然、手紙であってくれと言って寄越し、新宿の喫茶店で1000万貸してくれと言われたがきっぱり断ったら、探偵事務所に調べさせたことを主人に送るぞと脅かされたと言う。

しかし妙子は、一週間後、相手と同じく探偵事務所で岡山のことを調べ上げ、妻以外に3人もの女を作っており、さらに、契約不履行の相手もいたことが分かったので、それをやって来た岡山に突きつけると、岡山は、いつかきっとお返ししてやるからなと捨て台詞を残して、喫茶店を去って行ったと言う。

その後、榎本警部補は、画家の原浩一(北原義郎)に会いに行くが、あの日は忘年会があったのだが、電話をかけてくれと頼まれたのだと、原は悪びれた風もなく言う。

酔っぱらっていたけど、約束通り妙子に電話をすると、他人行儀な受け答えだったので、側に誰かがいて聞いていると分かった。今考えると、頼んで来た相手は男だったが、時々電話でいたずらをしかけて来る仲間がいるので気にしなかったと言う。

一方、刑事が話を聞きに来た丸根欽司(村上不二夫)は、20日の朝は川崎の競輪所に行ったと言い、自分は確かに井上を恨んでいるし、弟の卓二なんかもいつもいじめられているから恨んでいるはずだと教える。

井上は1置く近い金を握っているくせにケチだし、妻の妙子も打算的だと言いたい放題だった。

そんな中、十二社付近の路上では、近所の主婦たち(竹里光子、松村若代、楠よし子)が、井上は妙子と離婚して、その後がまに時田さんが座るらしいなどと噂話をしていた。

その時、近くで見知らぬ男が立っていたので警戒するが、それは調査中の弁護士の百谷だった。

週刊誌の記者を装って井上家にインタビューにやって来た明子に、節夫が戻らぬことに業を煮やした井上は、子供を連れて来たものには5000万、情報提供だけでも3000万の保証金を出すと訴える。

その井上の隣には、もう妙子の後がまになったつもりの時田英子(市田ひろみ)が控えていた。

その後、上野駅からバッグを持ち去った女の他殺死体が、土手で発見され、駆けつけた榎本警部補らが捜査していた。

女に身元は丘たみ子(八潮悠子)と判明し、岡山敏雄なる人物から電話があったらしいと知る。

新聞報道を読んでいた百谷は、もう一度調べてみようと張り切る。

12月24日 事件第5日

光子から百谷に電話があり、又、犯人から要求があり、今度は7時半に東京駅に3000万持って来いと言う内容だったと言う。

今回は、さすがに卓二もただちに榎本警部補に報告し、万事お任せしますと頼む。

東京駅に部下数名と共に、金が入ったバッグを持ち構内に立つ卓二を中心に張り込んでいた榎本警部補は、雑踏の中に、百谷と妻の明子がいるのに気づき挨拶をする。

7時29分、客たちの様子を歩きながら監視していた加藤刑事(此木透)は、待合室の椅子に腰をかけ、それまで広げた新聞紙で隠していた顔を上げた男と目が合ってしまい、それが丸根欽司だと気づくと、任意同行を求めるが、丸根が従おうとせず立ち去ろうとしたので、やむなく、節夫ちゃん誘拐事件の容疑者として緊急逮捕するしかなくなる。

その様子を驚いたように見つめる卓二。

連行される丸根は、なぜ卓二が大きな鞄を持って立っているのか?と加藤刑事に聞くが、もちろん返事があるはずもなかった。

7時38分になっても犯人の接触はなかった。

丸根は、何をやっていたと刑事に聞かれても、商売上の秘密を理由に何も口を割ろうとしなかった。

雑踏の中でそれとなく監視していた百谷は、明子に帰ろうと告げ、明子も、やっぱり、あなたの勘が当たったわねと言いながら、後に従う。

卓二に近づいた榎本警部補は、もうこれ以上待っても無駄だと思う。

丸根が連れて行かれたが?と聞く卓二に、加藤君と顔があってしまったので万事休すですと、犯人との接触直前で邪魔が入ったことを悔やむが、その時、雑踏の中から飛び出して来た山本定夫 が、いきなり卓二が持っていたバッグを奪い取ると逃げ出したので、榎本警部補たち刑事は追いつめ、難なく逮捕してしまう。

捕まった定夫 は、畜生!井上庄蔵の奴め、おふくろに俺を生ませておきながら、その後は女中扱い、ぶっ殺してやる!と積年の恨みを吐き出す。

資料に埋もれた書斎の中、後ろ向きのイスに座ったベレー帽の人物は、上手くいった。丸根や定夫の登場は予想外だったが、これも戦訓のお陰だ…とつぶやいていた。

12月27日 事件第8日

丘たみ子殺害事件の容疑者として捜査本部に連れて来られていた岡山敏雄(片山明彦)は、最近支払った多額の現金の出所が、羽田の金融業者からもらったなどと言うので、榎本警部補は信用できないでいた。

事件当日のアリバイもはっきりしなかったからだ。

しかし、岡山は、大晦日間近の零細企業の経営がどんなに過酷な状況か分かりますか?と言うばかり。

25日から、誘拐事件の公開捜査も始まったのに、なぜ名乗り出て来なかった?と追及すると、何日かでも引っ張られたら、会社は潰れるんだと岡山は動じなかった。

その頃、森山課長 は、詰めかけた新聞記者連中から、岡山は白なのか黒なのかとしつこく追及されていた。

一方、山本定夫の保証人となり釈放してやった卓二は、田舎に帰ることにした母親の山本稲と定夫を駅に送りに来て、これまでの見舞金として10万円だけ兄からもらって来たと言いながら渡し、二人から感謝されていた。

元旦 事件第13日

夫婦水入らずの新年を迎えていた百谷と明子は、捕まった岡山が、相変わらず否定を続けていることなどを話しながら、屠蘇代わりの酒を飲んでいると、広津と光子が訪ねて来て、井上が近々、妙子と離婚する為、内容証明を送るつもりらしく、心配した卓二も、専門家を立てた方が良いと言っていたので…と伝える。

百谷は、卓二と会ってみようと答える。

後日、喫茶店「孔雀亭」で会うことになった百谷に、卓二は、兄井上庄蔵と妙子との協議離婚は慰謝料で相談するしかないとの考えを話していた。

そこに明子も遅れてやって来て合流する。

卓二が、木村の裁判の方はどうかと聞くと、百谷は、木村は頭の悪い犯罪者だったが、今度の誘拐犯は悪の天才みたいな奴で、かつての犯罪を研究し尽くしていると感想を述べる。

明子は何気なく、木村事件も参考にしているのじゃない?よしかずちゃん事件の公判を傍聴していたに違いないと言い出す。

今日の最終論告もきっと見届けに来るに違いないと思うので、奥さん、一緒に行きましょうよと、聞いていた卓二も賛成する。

その日の最終論告で、高岡検事は、木村重房を重罪に処するしかなく、死刑を求めますと発言する。

傍聴席に潜んでいた謎の人物は、俺はこれから贅沢三昧な生活が出来るんだと、心の中で喜んでいた。

公判後、廷吏(杉山明)に木村の裁判に毎回来ていた人物がいなかったかと聞いた百谷は、ベレー帽にサングラスをかけた男がいつも来ていたが、今日は来ていなかったと言う証言を得る。

その後、榎本警部補に会いに出かけた百谷は、今は、岡山に手形を割り引いた人物が本当にいたかどうかを調べている所であり、今回の事件は空前の誘拐事件ですよと教えられた後、木村の方は控訴しますか?と聞かれたので、木村は毎晩寝られないほど、既に罰を受けていますと答える。

その直後、岡山に手形を割り引いたと言う人物が本部に連れて来られる。

百谷の方は、木村に面会に出かけると、控訴するので気を落とさないようにと慰めるが、良心の呵責に耐えかねていた木村は、俺を殺してくれ!金の為に、身も知らずのよしかずちゃんを殺すなんて…、殺してくれ!と、苦しむだけだった。

1月31日 事件第43日

百谷と明子は列車で熱海方面へ向かっていた。

新婚旅行へでも行くつもりの明子はうれしそうに、井上は妙子に、9000万の慰謝料を出したわねと感心していた。

2月7日 事件第50日

妙子と井上の協議離婚が成立し、その書類を持って井上家を訪れた百谷は、応対した卓二に、あなたが庄蔵氏を説得してくれたお陰ですよなどと言いながら、印鑑を押させていた。

卓二もうれしそうに、酒をグラスに注ぎながら、百谷と離婚成立を祝って乾杯をする。

すると百谷は、兄夫婦離婚成立の成功の為だけではなく、今日はもう一つうれしいことがあったと言い出す。

節夫ちゃん事件の犯人が分かりました。犯人はあなたですと、卓二を指差す。

驚いた様子の卓二だったが、急に笑い出すと、まじめな顔して冗談は止めてくれ。理由はどこにあるんです?と言う。

百谷は、10数億と言う井上家の資産ですと断ずる。

井上家は、あなたと庄蔵の二人で切り回している。跡継ぎである節夫がいなくなり、妙子が離婚すれば、あとはあなたの思うがまま。

3000万は営利誘拐に見せかける手口に過ぎず、東京駅の時は、ただ金を寄越せと言う要求だけだったので、金が目的ではないと逆に思ったと百谷は説明する。

「孔雀亭」で妻が傍聴人のことを言い出したとき、君は内心驚いただろうな。

丘たみ子に電話でバッグの受け取りを電話で依頼したのも君で、追跡しても、信号で失敗するんは最初から分かっていた。

それでも、民子が向かう場所は知ってたので、その後、陸橋で落ち合い、岡山から頼まれたと良い車に乗せると、睡眠薬を飲ませた後、絞殺したのだ。

自動車強盗が何故捕まりにくいのかと言えば、物証が移動するからさと百谷は続ける。

岡山に嫌疑を向けるため、たみ子は早く発見させたかった。

画家の方も、君が離婚に利用したのさ。

黙って聞いていた卓二だったが、見事な推理だが、肝心の節夫ちゃんの死体がないじゃないか?証拠がなければ、どうにも出来ないはずと言い返すと、君は熱川に行ってったんだね?と百谷が確認する。

あなたが泊まった旅館の主人に確認しに行った所、あなたは当日、20万もするライカの高級カメラを忘れたと言い、伊東まで戻って、帰って来たのは7時過ぎだったそうですね?

あなたには、その間、1時間のブランクがある。

12月20日の日の夕方6時から6時半までの間、あなたにボートを貸したと言うボート屋も探し当てた。あなたは、大変なボートファンと言うことで、練習用に何度か、そこのボートを借りたことがあるそうですね?と問いつめる百谷。

証拠がないじゃないか!と怒り、自分の書斎に戻った卓二だったが、その部屋こそ、資料類に埋もれたイスが置かれたあの部屋だった。

後は、兄貴がくたばるのを待つばかりだとほくそ笑みながら、鏡に顔を映した卓二だったが、そこに入って来た百谷は、あなたは、遺産相続の民法をご存じないのか?行方不明者は7年経たないと死亡したと認められない。つまりそれまでは親権者である妙子さんが英夫ちゃんの財産も預かるのだと、六法全書を見せながら説明すると、完全犯罪を考え、海に英夫ちゃんの死体を沈めたのが致命的でしたねと嘲る。

しかし、卓二は、7年なんて、一生から観ればあっという間じゃないかと笑い返すが、その時、書斎のドアの前に立っていたのは榎本警部補だった。

榎本警部補は、君が渡してくれた3000万の札のナンバーは全部でたらめだった。

君が、岡山に割り引いてやった金融業者に金を渡したんだと詰め寄るが、このナンバーが偽物だって、どうなるんです?これが完全犯罪と言うんですよと言いながら、卓二が部屋を出て行こうとしたので、同行していた深谷刑事(原田玄)が捕まえようとするが、犯人と決めつける物証がない榎本警部補は制する。

手を振りほどいた卓二は、困りますね。官憲が権利を振りかざし暴力を振るうなんて…と言い捨てて家を出て行く。

後に残った百谷は、子供を殺した罪におののく木村と違い、あいつはもう、子供を殺したことすら忘れているに違いないとつぶやく。

車に乗り込み、夜の道路をひた走る卓二は、妾の子に生まれて来たばかりに、これまで
兄に虐げられて来たが、これで全財産が転がり込んで来るんだ。殺したり、生かしたり、忙しいことだと自嘲しながら、アクセルを踏み込む卓二だったが、その時、突然車の前に一人の子供が飛び出して来たので、驚いて避けようとして、ハンドルを切り損ね、車は横転炎上してしまう。

車から投げ出され、道路に打ち付けられ死亡した卓二の死体に、飛び出して来た少年が興味深そうに近づいて来て、燃える車に目をやるのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

高木彬光原作の完全犯罪ものだが、有名な黒澤明の「天国と地獄」(1963)の前年に公開された誘拐ものであると言うのも貴重。

さすがに原作があるだけに筋立てはしっかりしており、誘拐される家の家族構成も、まるで横溝正史張りに複雑で、怪しげな人物には事欠かず、観客の推理を翻弄する仕掛けになっている。

途中から、やけに頻繁に活躍する人物が出て来るので、その俳優としてのネームバリューなどからも、薄々犯人像は見えて来るのだが、その動機まではさすがに分からない。

川崎敬三、高松英郎、根上淳、中田康子など、当時の大映の中堅スターがそろっている上に、宇津井健、万里昌代と言った新東宝出身者、さらに渋い小沢栄太郎や「月光仮面」の大瀬康一まで顔を見せていると言うプチ贅沢さ(さすがに、大スターといったレベルの人は出ていないので、全体的に地味な印象があるのも事実だが)

後年、「お茶」のCMで人気が出た着物姿のおばちゃん市田ひろみまで出ているが、「この人は、この当時から老け顔だと思う。

この当時の中田康子は、本当に顔つきがはっきりしないと言うか、キャスト表を見るまで彼女だと気づかなかったくらいである。

冒頭に登場する「木村事件=よしかずちゃん誘拐事件」と言うのは、有名な「吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐事件」をヒントにしているのかと思ったが、調べてみると「吉展ちゃん事件」が起こったのは1963年で、この作品や「天国と地獄」の方が先なのである。

それにしても、この映画で、明るく懸命な弁護士の妻を演じている万里昌代は、新東宝時代はきわもの映画などに良く出ていた人だが、本当にきれいな人だったことが改めて分かり、役に恵まれていたら、もっと大女優になっていたのではないかと想像してしまう。