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人妻椿

1936年、松竹キネマ(大船)、小島政二郎原作、柳井隆雄脚色、野村浩将監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

第一部

両親の写真がかかった居間で花を生ける嘉子(川崎弘子)は、良き夫と可愛い子供を持つ幸せな妻だった。

ある日、お手伝いの千代(飯田蝶子)の兄で大工の徳三郎(坂本武)が、訪ねて来て、今日は沖釣りで大量だったので、こちらで食べてもらおうと思ってと言いながら、魚籠に入れて来た大きな鯛を嘉子と千代に見せる。

嘉子は喜び、今日はお客様が来るので、洗いでも付くっていただこうかしらと好意を受ける。

その客とは、主人の矢野昭(佐分利信)が孤児院暮らしをしていた12歳の時、目をつけてもらい、今では、会社の支配人にまで出世させてもらった有吉商会の有村社長のことだと、千代は魚をさばく兄に教える。

今でも、社長への感謝の気持ちを持ち続けているのは立派だと、兄妹は感心する。

その主人の矢野は、庭で幼い息子の準一(小島和子)を三輪車で遊ばせていたが、家の中から嘉子に呼ばれ、今日の着物派手じゃないかしらなどと聞かれたので、きれいだよと優しく褒めていたが、そんな仲睦まじい夫婦仲を、ふすまの陰から、徳三郎と千代がのぞき、微笑ましくなって笑い合うのだった。

その頃、まだ自宅の応接間にいた有村商会の社長有村喜助(藤野秀夫)は、初対面の来客相手から求められるまま、俳句を短冊に揮毫していた。

その俳句を受け取り読み上げた来客は、この手紙に見覚えはありましょうな?と言いながら、一通の封書を出してみせる。

差出人は有村喜助、宛先は、山崎作太郎殿となっており、親展扱いの手紙だった。

有村は知らないと答えるが、今書いてもらった俳句の文字と手紙は全く同じ文字だと封書と短冊を並べて差し出してみせる。

有村さん、買ってくれるか?と相手が聞いて来たので、1000円ぐらいだったら出しても良いと有村が答えると、客は見損なってもらっては困る。名刺の裏を見ろと言うので、先ほど受け取った「葛山」なる名刺の裏をひっくり返してみると、そこには「小板橋大助」なる本名が記してあった。

君が小板橋か!と驚く有村だったが、脅迫者としての本性を現した小板橋(武田秀郎)は、20万で買ってくれと法外な値段を提示してくる。

この手紙が公表されれば、あんたの名声は地に堕ち、刑務所入り。罪名は贈賄罪かと小板橋は笑うので、手紙は持ち出すが良いと開き直った有村は、机の引き出しから小型拳銃を取り出すと小板橋に向ける。

しかし、そこは海千山千のギャング小板橋、撃ってみろ!と挑発して来る。

その言葉に乗って引き金を引いた有村は、銃が発砲し、小板橋が倒れるのを見て驚愕する。

社長を迎えに来たら、変な奴が来ていると言われた矢野が部屋の中に先に入り、どうしました!と恩人である社長に聞く。

銃声を聞き驚いた家人たちも、書斎のドアをノックし、中に入りたがるが、矢野がドアを必死に押さえ、何でもないので戻って下さいと静まらせる。

弾は込めてなかったとばかり思っていた…と悄然とつぶやく有村は、名乗って出ようと自首をほのめかす。

後事万端頼む。この年で刑務所暮らしは持つまい。家内と恒也、パリに音楽修行中の娘の3人を、会社と共に君に託したよと矢野に告げる。

矢野は、刑務所へは自分をやって下さい。30台の私なら、10年経ってもまだ40代です。孤児院から社長に救い出されていただかなければ、今頃私は人間のクズになっていましたと申し出る。

しかし、有村社長は、君には女房も子供もいる、その志だけで十分だと断る。

それでも、決意は変わらない矢野は、自宅に電話をして、嘉子と準一を三越の裏手に呼び出す。

突然のことで驚く嘉子と会った矢野は、お前たちを連れて行けば、下関に着くまでに捕まってしまう。お前も、小間使いをしているうちに、社長に目をつけてもらったじゃないか。最悪の場合、10年くらいは会えなくなるかもしれないが、便りがないのが良い頼りだと思ってくれと嘉子の言い聞かす。

警邏中の警官の姿を見た矢野は、準一には洋行に行くと説明し、泣く嘉子をその場に残して、街の雑踏の中に消えて行く。

後日、嘉子の家を訪れた有村社長は、矢野に罪を背負わせたことが間違いだった。矢野の今度の同行は必ずあなたに知らせるし、今まで通り、300円ずつの給料も届けますと謝罪するが、その最中、頭痛を訴えたので、驚いた嘉子は、千代に医者を呼びに行かせる。

有村が倒れたことを知り、妻の静子(青木しのぶ)と息子の恒也(山内光)が駆けつけるが、布団に寝かされた有村はもう口をきくことができず、右手を差し出して、何か書くものを探している様子。

すぐに筆を持たせ、目の前に紙を差し出すと、「ヤノヨシコヘ キン3」と書いた所で絶命してしまう。

有村社長が亡くなってから日が経ち、嘉子の経済状況は急速に悪化して行く。

嘉子は、有村家を訪れると、静子と恒也に、それとなく月給の支払いを要求するが、何も父親から聞かされていなかった二人は、矢野があんなことさえしなかったら…と、事件の真相も知らない様子で、嘉子を責めて来る。

嘉子は驚き、ギャングを殺したのは社長様ですと説明しようとするが、それを聞いた静子は、主人の私を脅迫する気かい?と逆上する。

嘉子は、ご隠居、あんまりでございますと抗議するが、聞き入れるはずもなかった。

そんな有村家に、見知らぬ来客があり、恒也が別室で会うと、藤木安兵衛(河原侃二)なるその客は、チベットで矢野昭に会い、密書を託されたので、直接、ご本人にお渡ししたいが、自分は多忙のため、今日中に東京を出なければいけない、聞く所によると、有村社長は御亡くなりになったそうだし、矢野の細君は、先ほど自宅に行ったが留守だったのだが、あなたに渡して大丈夫だろうか?と困った様子。

それを聞いた恒也は、どちらの密書も自分が預かり、嘉子にもちゃんと渡すので安心してくれと申し出、藤木から密書を二通預かる。

その後、恒也は、嘉子宛の封書を開封して勝手に中を読むと、嘉子に会いたい、恋しいと恋慕の情が書き綴ってあったので、すぐに、部下の塚本支配人(谷麗光)を電話で料亭に呼び寄せると、嘉子宛の偽手紙を代筆させる。

塚本は、恒也の企みに気づき、愛想笑いを浮かべるが、恒也は、あれが小間使いをしている頃から目を付けていたんだと正直に告白する。

その頃、帰宅して来た嘉子から、暇を出された千代が、猛然と反対していた。

自分は、奥様の今の苦境を知っているので、今後は給金などいらないから、側に置いてくれと頭を下げる。

そんな所にやって来たのが、恒也で、応対に出た千代は、あんたのように義理人情を知らない人は帰ってくれ!と玄関先で追い返そうとする。

そこにやって来た嘉子が、千代をなだめ、恒也を家にあげる。

恒也は、先ほどは失礼。あのとき、あなたの味方をしてしまうと、親父の悪事がバレてしまうので仕方なかったのだと言うので、茶を運んで来た千代は、自分の軽率な言動をその場で謝罪するのだった。

恒也は、持って来た偽手紙を嘉子に渡すと、奥さん、しっかり読んで下さいと言い聞かせる。

矢野が書いたと思しき手紙には、チベットで風土病にかかり、僕の命は24時間しかない。準一を賢く、しっかり育てて欲しいと書かれてあったので、嘉子は泣き崩れるしかなかった。

後日、塚本支配人は会社の社長室で会った恒也に、良く嘉子がバーなどやりましたねと笑いかけていた。

恒也は、儲けの中から月々元金を返し、返済が終わったら、店はやると言う条件を提示したら、喜んで引き受けたよと恒也も笑う。

嘉子が、恒也から出してもらった金で始めたバー「海つばめ」のマダムになった嘉子は、いつも店の奥の方で静かに飲んでいる美貌の男性に気づいていた。

その美貌の男は草間俊夫(上原謙)と言う音楽家だったが、店の外に出た所で、店に入ろうとやって来た恒也と出会い、土曜日の便で妹が帰って来ると聞かされる。

草間が興味なさそうだったので、恒也は、かつて許嫁だった相手じゃないかと草間に取り入ろうとするが、草間は用事があるのでと別れを告げると、近くの店の中に入って行く。

翌日、「海つばめ」には、真新しい蓄音機が届いていたので、事情を知らなかった嘉子は驚き、添付してあった名刺の名前「草間俊夫」が、いつも、奥の方で飲んでいる芸術家みたいな男性だと、ホステスの証言で知る。

そこにやって来た恒也は、蓄音機を送ってくれたと言う草間の名前を聞くと、あいつは女たらしですから気をつけた方が良いと嘘をつく。

そして、今日は、あなたの誕生日なのでプレゼントがあるんですと言い、嘉子を外に誘うと、とあるホテルの一室に連れて来る。

嘉子が、真新しい部屋の中を見て喜んでいる隙に、ドアの鍵をかけた恒也は、この部屋はあなたへのプレゼントですと言いながら、嘉子に迫って来たので、驚いた嘉子は、簪を突きつけて抵抗し、ドアの鍵を開けさせると、雨の中、一人帰って行く。

帝国映画では「母の愛」と言う新作映画の主演を、広く一般募集してた。

「海つばめ」にその映画会社の撮影所長(大山健二)を連れて来た草間は、自分がぴったりの人を見つけましたと言いながらマダムを呼び寄せるが、それは嘉子ではなかった。

事情を聞くと、二代目マダムと名乗るその女性から、先代マダムは、旦那に借りた金を返す為に家財道具全部売り払ったそうだと聞かされる。

撮影所長は、東京のどこにいるのか分からなくなったのでは探しても無駄だねと言いながら車に乗り込むが、見送る草間は、自分にはあの人が不幸に見えて仕方ないので、とことん探してみますと説明する。

その頃、フランス留学から帰国した、妹の珠実(三宅邦子)の自宅歓迎パーティで、恒也は、お前が草間と結婚してくれないと、家の財産がなくなるんだと発破をかけていた。

招待した草間が、久々に再会した珠実に冷淡だったので、珠実はその場で急に失神した振りをし、恒也が、部屋で介抱してやってくれと草間に頼む。

草間は仕方なく、珠実を珠実部屋のベッドに横たえてやるが、仮病だった珠実は、その場から立ち去ろうとする草間の手を握り、ベッドに惹き込もうとする。

草間は怒り、僕は君と結婚するつもりはありませんとはっきり明言すると、嘉子のことを兄から聞いていた珠実は、あの人は、家の女中をしていたのよ。それに、6つになる子供もいるのよと嫉妬まじりに言い返し、さらに、あの人のパトロンって、家の兄さんよと嘲笑するのだった。

その頃、嘉子と準一は、故郷である木更津の実家に戻っていた。

嘉子を迎えた父勉蔵(野寺正一)は、苦労した娘に同情し、しばらくここで暮らすと良いと言ってくれたが、妻に先立たれて、年老いていた勉蔵には、娘の帰還は重荷になっていた。

翌日、近くの海辺で魚を掬おうとしていた準一に近づき、手伝ってやったのは近所の住職、多門寺和尚(上山草人)だった。

和尚は、一人で遊んでいる準一に自ら海の中に入り、魚を捕ってやったりしていたが、そこに嘉子が来たので、あんたも色々苦労したそうだが、勇気さえあれば道は自ずと開くであろうと勇気づける。

その頃、勉蔵は、網元の渡辺虎一(笠智衆)に、自分に何か仕事をくれないかと頼んでいたが、それを承知した渡辺は、わしも相談があるんだと言って来る。

実家に戻って来た嘉子は、勉蔵の口から、渡辺がお前に求婚してくれている。承知したら、準一には中学でも大学でも行かせてくれるそうだ。10年ぶりに会って、身を焦がしていらっしゃるそうだと聞かされ、その話は断ってくれ。それとも、断れない約束でもして来たのか?と問いかける。

嘉子にはそんなことはないが…と否定した勉蔵だったが、夜中、海に出る船に自分も乗せて行ってくれと自ら志願し、乗り込んで行く。

布団の中で目覚めた嘉子は、父親の姿が布団の中から消えていることに気づく。

翌朝、訪ねて来たのが網元の渡辺だったので、嘉子は父を知らないか?と尋ねるが、渡辺は知らないような様子で、昨日の話は決心ついたか?勉蔵さんは喜んで承知してくれたと聞いて来たので、嘉子は驚いてしまう。

大胆にも、渡辺は、嘉子の手を握って来たので、仏が見ています!子供の手前考えて下さい!と叱りつける。

その夜、なかなか帰還しない船を探す為に、大勢の漁民たちが松明を持って海岸に並んでいたが、そこに嘉子も準一を背負って、父親を捜すが、何とか捜索船は戻って来たものの、勉蔵の姿はなかった。

嘉子に近づいて来た渡辺は、助けに行ったが間に合わなかったと説明する。

父をも亡くした嘉子と準一は、しばらく多門寺和尚の寺を間借りすることになる。

和尚は、網元の言うことを聞く気かね?と嘉子に確認するが、嘉子は、もう何も考えられなくなって…と憔悴し切った様子。

そんな嘉子に、和尚は、そもそもあんたは、矢野さんが死んでいると思っているのか?生きていると思っているのか?と問いかける。

一通の手紙だけで、遺髪の一つも送って来ないのは変じゃないか。死んだ証拠が亡い以上、生きているかもしれんと疑問を口にする。

それを聞いた嘉子は、自分の思い込みに気づき、自分の愚かさを反省する。

和尚は、今のうちにここを立ち退いてはどうじゃと勧め、何重にも紙にくるんだ大切な金を嘉子に与えるのだった。

和尚は、勉蔵どんと自分とは竹馬の友だったので、墓守は自分がやると言い、自分の車を使うが良いとまで言ってくれる。

嘉子は、父親の仏前に手を合わせ、しばしの別れを告げるのだった。

そんなことを知らず、嘉子との婚礼ができると思い込んでいた渡辺は、前祝いの酒を飲み、一人、寺の方に近づいていたが、若い衆が近づいて来てお愛想を言ったので、前祝いだと言って、小遣いを渡してやるほどの上機嫌だった。

そこに、一台の人力車が通りかかったので、酔いに任せて思わず両手を広げ、停めた渡辺。

急いでいるので通して下さいと下手に出る車夫に対し、酔った傲慢さで因縁をつけ始める渡辺は、誰が乗っているんだ!降りて来い!と怒鳴り始める。

困った車夫は、人ではなく荷物ですとごまかそうとするが、すると、人をどかして荷物を優先するのかと渡辺は車夫につかみかかるが、その時、隠し幕が外れて、中に乗っていた嘉子の姿が見えてしまう。

驚いた渡辺が嘉子を降ろそうと近づいた時、多門寺和尚がやって来て、渡辺を掴むとその場に投げ飛ばし、早く行け!と車夫をせかす。

寺に戻った和尚は、遠ざかって行く汽笛を聞き、間に合ったようだと胸を撫で下ろすのだった。

東京に着いた嘉子は、職を求めて、東京やデパートへ出向いていたが、その時、火災に遭遇する。

たまたま外を歩いていた群衆の中に、嘉子を追って上京した渡辺と草間がいたが、二人は期せずして、窓から助けを求める嘉子の姿を見つけ、両者ともデパートの中に駆け込む。

一足先に、倒れていた嘉子に気づいた草間が抱きかかえて、窓から逃がそうとするが、気がつくと、後からやって来た渡辺が、気絶した嘉子の身体を運んで行こうとしていたので、二人は嘉子の奪い合いになる。

渡辺は、嘉子は俺の女房だ!とわめき、草間につかみかかって来る。

やがて、意識を取り戻した嘉子だったが、周囲は火の海で、ひたすた助けを呼び続けるしかなかった。

第二部

「東京屋デパート全焼!」の号外が配られていた。

千代と兄の徳三郎は、東京屋デパート火災のことを他人事のように噂し合っていたが、女中が、奥様が今日、東京屋で女店員の募集があるからと出かけて行ったのでは?と言い出すと、そうだった!これは大変だと騒ぎ出す。

上京した嘉子と準一は、当座、徳三郎の家の世話になっていたのだった。

東京屋デパート火災での負傷者は、いくつかの病院に別れて入院していたが、草間を見舞っていたのは有村珠実だった。

そこに、草間の母親とき子(二葉かほる)も駆けつけて来て、草間をかかりつけの医者に移させると言い出す。

その時、草間の隣のベッドに寝かされていたのが嘉子だった。

草間が移送されかけたとき、嘉子が草間に気づき声をかけると、草間の方も嘉子に気づいて喜び、母親に、嘉子も一緒に移送してくれと頼む。

しかし、とき子は聞き入れず、嫉妬まじりの珠実の助言もあって、すぐさまその場を離れようとする。

草間がいなくなった病室で、嘉子は看護婦に、木更津の渡辺虎一と言う人が入院していないか?と聞くが、看護婦は知らないと言う。

そこに、徳三郎と千代がやって来て嘉子と再会する。

嘉子は、10日もすれば、退院できるってと、二人を安心させる。

退院した嘉子は、草間に礼が言いたくて、かかりつけの病院を尋ねるが、応対に出て来たとき子は、自分に看病させてくれないかと頼む嘉子をはねつける。

病室からは、珠実も出て来て、まあ図々しい!こんな所まで探し当てて…と嘉子を嘲る。

とき子は、珠実から吹き込まれていたのか、俊夫を化かすのは止めて下さい。お金ならやるわ…と言いながら財布を取り出したので、嘉子は哀しんで病院を出る。

そんな嘉子が近くの墓場横を通りかかったとき、反対側から松葉杖をついて、顔に大きな包帯を巻いた醜い男が、おらがこんな化物になったのは誰のお陰かね?と嫌みを言いながら声をかけて来る。

渡辺だった。

渡辺は、今日は逃がすものか!と嘉子を捕まえると、お前のその可愛い顔を、おらの顔と同じようにしてやると迫る。

その時、そんな渡辺を突き飛ばしたのが、通りかかった、せん(吉川満子)だった。

せんは、女に乱暴する渡辺を、警察に渡してしまいなさいよと忠告するが、嘉子は、事を荒立てないのですと断り、この人は私の幼なじみで、決して真の悪人じゃないんです。矢野が生きているかもしれないと和尚から聞かされた時から、生きている限り、自分は夫を捜すつもりです。あなたも故郷に帰って、奥さんを見つけて下さい。私もいつか夫を見つけ、故郷へ墓参りに行きます。その時、互いに笑って付き合える仲でいましょうと、切々と渡辺に訴える。

地面に倒れたまま、その言葉を聞いていた渡辺は、何かを感じたように立ち上がると、分かったぜ、おら、目が覚めた。お嘉さん、これで別れようと嘉子に次げると、せんに対しては、おばさん、お前のお陰で、おら、地獄へ堕ちる所を助かったと礼を言い、そのまま、松葉杖をついて去って行く。

その頃、自宅に戻っていた徳三郎は、大工の棟梁大辰(水島亮太郎)から説教されていた。

妹の千代が、身の回りのものを質屋に入れて何とかやりくりしているらしいが、そんなことが続くわけもない。この際、奥様に一旦出て行ってもらったらどうかと言うのだった。

しかし、側で一緒に聞いていた千代は、奥様は今、一生で一番悪い星の下にいらっしゃるんだと言い返す。

そんな言い争いを、戻って来た嘉子は玄関前で聞いてしまい、もはや中に入ることができなくなる。

準一の手を取り、涙ぐみながらも、近くに散歩に行こうと連れ出すが、準一は、子供を肩車して散歩する他の家の父親の姿を見かけ寂しがってしまう。

新しい下宿先を探し歩いていた嘉子だったが、その内、連れていた準一が頭が痛いと言い出す。

額に手を当てると、高熱であることに気づき、慌てるが、目の前にちょうど「貸間あり」の木札をかけた家を見つける。

翌日、草間が千代の家を訪ねてやって来るが、嘉子奥様は昨日から御帰りにならないと言う。

何か部屋に残っていませんか?と草間が聞くと、嘉子の部屋に戻ってみた千代が、一通の手紙を慌てて持って来る。

嘉子が家を出たことを知った千代は、どうしても見つけてみせますと哀しむが、草間の方も、私の方ももう一度お会いしたかったが、もう時間がない。嘉子さんの立場が分かったので、もう二度とお会いしないと伝えてくれと千代に伝え、御戻りになったら渡してくれと、封筒を手渡して帰る。

その頃、新しい部屋を間借りした嘉子は、医者から、準一は肺炎なので、大学へでも行かれて方が良いと思うと診断を聞かされていた。

金がない嘉子だったが、入院の手続きを頼むしかなかった。

その後、嘉子は恥を忍んで草間の屋敷に電話を入れる。

しかし、出て来た女中は、今日、アメリカに御立ちになったに言うではないか。

横浜3時の浅間丸で出航すると聞いた嘉子は、すぐにタクシーを停め、横浜に急がせる。

その頃、草間は、気落ちした様子で浅間丸に乗り込んでいた。

何とか、車を急がせ、埠頭にやって来た嘉子だったが、すでに、浅間丸は出航していた。

二人は互いに相手を認め合うが、千代さんの所に行って下さい!と叫んでいる草間の声はもはや嘉子には届かない。

草間は、紙テープにメッセージを書いて波止場に向かって投げるが、テープは届かず、海に浮かんだだけだった。

その頃、徳三郎は、草間から預かったと言う封筒は何が入っているんだ?と千代に聞いていた。

千代が封筒が持って来ると、封もしていないので、中を改めても良いだろうと判断した徳三郎が中を観ると、そこには「3000円」の小切手が入っていたので二人は慌てる。

草間からのメッセージを受け取れないまま、ママと自分を呼ぶ病床の準一の顔を思い出しながら、とぼとぼと波止場を帰りかけた嘉子に、見知らぬ女が声をかけて来る。

先ほどから、あなたの様子があまりにも哀しそうだったので、失礼ながら声をかけさせてもらったのだが、何か御悩みごとがあれば御聞かせくださいと女は言ってくれる。

女が嘉子を連れて来たのは、置屋「若武蔵」だった。

嘉子は、自分にはこれと言って芸などありませんが…と説明するが、大丈夫ですよと答えた女将(岡村文子)は、嘉子に同情するように、どのくらいの金額が必要ですか?500円くらいまでなら出せますがと言ってくれる。

嘉子は、入院代として、当座100円あったら十分だと思うと答えると、女将はその場で金を出してくれる。

後日、座敷では、馴染み客の近藤(河村黎吉)が、あの女はどうした?と女将にせっついていた。

女将は、やっと子供が退院したばかりじゃないか。私に任せておきなさいよとなだめる。

別室では、嘉子が芸者の着物と髪型に着替えさせられていた。

座敷にやって来た嘉子に、近藤は酒を飲まそうとするが、嘉子は酒が飲めなかったので、必死に断ろうとする。

しかし、近藤は許さず、一緒にいた芸者たちも大丈夫よなどとはやし立てたので、ついつい嘉子は飲みなれない酒の杯を重ね、苦しむことになる。

そんな嘉子に抱きつこうとした近藤は、嘉子が着物の中に忍ばせていた一枚の写真を見つけて眺める。

そこには矢野の姿が映っていたのだが、それを見た途端、近藤の態度が急変する。

これは誰だと言われたので、私の夫ですと嘉子が答えると、こいつに殺されたギャングは俺の兄貴だ。矢野に生きて会えると思うなよと近藤はすごむ。

やったのはご主人ですと嘉子は弁明するが、そんなに矢野を助けたいか?お前の心がけ次第で手がないわけでもない。主人がやったと言えばいいんだ。常磐御前の例もある。俺はお前の為に、「若武蔵」の女将から3000円も絞られているんだと近藤は迫る。

しかし、嘉子は拒絶し、部屋から逃げ出してしまう。

後から女将に呼ばれた嘉子は、あんたの為に箱止めを食ったと文句を言われる。

近藤さんの所へ行って謝れっておくれ。かわいがってもらえばいいんだと女将は迫るので、それでは始めの話と違うと嘉子が抗議すると、女将はそんな話をしたかね?ととぼける。

今日限りで、芸者を辞めさせていただきますと申し出た嘉子だったが、辞めたければきれいに借金、返しておくれといい、金29040円と書かれた証文を見せられる。

こんなに借りた覚えはないと驚く嘉子だったが、そこに書かれた明細には、借りた着物代などが詳しく書かれてあった。

今日、耳をそろえて返してもらおうか?と言う女将に、今日一日考えさせてくれと嘉子は頼み込む。

その頃、東京中の小学校を探し歩いていた千代は、とある小学校で、準一を見つける。

今、お母さんはどこにいるの?と千代が聞くと、仕立て屋さんの二階にいると準一は答える。

その部屋に向かい、帰っていた嘉子と久々に再会した千代は、草間から3000円の小切手を預かったのだが、あまり落とすまいと帯の奥深く入れたのが大しくじりで、小切手を落としてしまったと謝る。

一瞬のぬか喜びに終わった嘉子だったが、幸いその小切手は拾われ、警察に言ってみると、草間の母親も来ており、小切手の名義人以外には渡さないと言われたのだと言う。

それを聞いた嘉子は、いただいてはいけないお金かもしれないが、今の私は3000円がいるのですと説明し、千代と一緒に草間家を訪れることにする。

その頃、ひげ面になり、密かに帰国していた矢野は、恩人、有村社長の息子の恒也と会い、チベットで見つけた砂金の場所を教えると報告していた。

恒也は喜ぶが、嘉子のことを聞かれると、草間と言う男と逃げたと嘘をついてしまう。

矢野は、自分は今、世間体をはばからねばならないので、応分のご援助を御願いします。草間の母親に会わせて下さいと願い出る。

一方、矢野家を訪問し、子供の為に必要なのでと説明し、小切手を受け取ろうとした嘉子と千代だったが、応対したとき子は、もうそんな小切手は破いて捨ててしまったと言うではないか。

それを聞いた千代は逆上し、出る所へ出ようじゃないですかととき子に詰め寄るが、それを制した嘉子は、無理に出してもらった金で自由になっても、嬉しくないじゃないですかと自らに言い聞かせ、辞去することにする。

千代と嘉子が草間家から出て来た時、ちょうど、車で近づいていたのが、恒也と矢野で、いち早く嘉子に気づいた恒也は、タバコに火を付けようと下を向いていた矢野に、わざと、通り過ぎる風景を見るようにしむけ、嘉子と千代が通りを過ぎて行くのを見させないようにする。

草間家に到着した車から降りた恒也は、屋敷の中に入ってしばらくすると戻って来て、あいにく、草間のお母さんは病気で寝ていたと又嘘をつく。

とぼとぼ歩いて帰る嘉子は、もう生きているのが嫌になったとこぼすので、千代は、東京を御逃げなさい。すぐ坊ちゃんは御連れしますから、東京駅で落ち合いましょう。静岡に行けば、私の叔母が相国寺と言う寺にいますから、そこでしばらく身を潜めて下さいと言う。

千代が、準一を迎えに行った後、通りかかったタクシーに乗り、東京駅へ向かわせた嘉子だったが、やがて、車の前に飛び出して来た男があった。

近藤だった。

近藤は、タクシーの後部座席に乗り込んで来ると、目黒へ行けと運転手に命じる。

嘉子は降ろして下さいと頼むが、中目黒の近藤だ!俺の言う所へ行けと運転手にすごむので、判断に迷った運転手も、結局、近藤の言葉の方に従うしかなかった。

近藤は隣に座った嘉子に、お前逃げるつもりだったな?もう一足遅れると、逃げられる所だったと睨みつけて来る。

東京駅に準一を連れて来た千代だったが、約束の時間になっても嘉子の姿が見えないので、準一にその場を動かないようにと頼むと、一人で周囲を探しに行く。

午後2時が夜の10時になっても千代は戻って来なかった。

一人待ちくたびれていた準一は、近くの雑踏の中を歩くひげ面の男に目を留める。

直感的にパパだと気づいた準一は、その場を離れると、雑踏の中を走り出す。

しかし、大人の足には追いつかない準一は、何度も父親矢野とすれ違ってしまう。

やがて、準一は、一旦通り過ぎた矢野のコートを戻って来て掴むと、パパ!と呼びかける。

矢野も驚き、準一!と抱き上げて抱きしめる。

どうしたんだと訳を聞くと、ママも帰って来ないし、千代も帰って来ない。二人で田舎に行くって言ってたと準一は説明する。

パパ、いつ帰って来たの?と聞かれた矢野は、今朝帰ったばかりだよと答える。

千代の家にやって来た矢野は、草間との話を聞き、嘉子をそんな不定な女とは思わないとつぶやき、千代と徳三郎も、草間さんは、嘉子さんの身の上を知ると、アメリカに御発ちになりましたと、二人の間には何もなかったことを教える。

その頃、自宅にいた恒也は、妹の珠実に、砂金の権利を手に入れなければ、会社の旧知を救う手はない。矢野のご機嫌を取って、煙幕を張ってくれと頼み、矢野が泊まっているホテルに向かわせる。

その直後、当の矢野が恒也の家にやって来る。

矢野は小切手を恒也に渡しながら、これで、有村商会を立て直して下さいと頼む。

喜んで、その小切手を引き出しに仕舞おうとする恒也に、社長、私は決してあのお金を返していただこうなどとは思いません。ただ一言だけ申し上げたいのは、会社の構成だけではなく、あなた自身にも更生していただきたいのです。留守中の話は何もかも知っています。お父様から受けた恩義を考えれば、あなたがやったことは人間のクズです。矢野一生のお願いです。恥ずかしくない男になって下さい。過去のことは何も問いません。御分かりになって下さいと説得する。

矢野の手を取った恒也は、僕が悪かったと謝罪し、嘉子さんは僕も全力を出して探そう。そして、君の無罪家朴を発表しようと言い出す。

かくして、昭の無罪は証された。

青天白日の下、昭と嘉子は再び結ばれた。

今は亡き、父の霊に、新しい人生の出発を誓うのであった。

矢野、嘉子、準一らと共に、多門寺を訪れた恒也、千代、徳三郎たち。

和尚は嬉しそうに読経するのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

戦前の大ヒットメロドラマ映画。

危機又危機の連続で観客を惹き付ける連続活劇映画を、昔は「クリフハンガー」と呼んだらしいが、さしずめこの作品などは、女性版「クリフハンガー」映画だと思う。

笑ってしまうほど、次から次へとヒロインに危機が訪れる連続悲劇物語になっているからだ。

あまりのご都合主義に、さしずめ今風に言えば「突っ込みどころ満載映画」と言えるかも…

夫が、ある日いきなり、恩を受けた社長の罪を自ら背負い逃亡の旅へ出かける。

ヒロインの面倒を見ると約束した社長が、突然急死。

これで、経済的基盤を失ったヒロインは、次から次へと住処を追われ、その土地土地で、男と自分の運命を狂わせて行く…

結局、一番人に迷惑をかける要因を作ったのは、夫の矢野。

自分は男の恩返しができ、気がすんだかもしれないが、客観的に観ると、周囲の人間を不幸のどん底に陥れた無責任男と言うしかない。

ところが、この無責任男が、あろう事か、チベットで砂金を掘り当て、大金持ちになって帰って来ると言う、これ又、信じがたい展開。

ヒロインの危機の方は、お約束通り、毎回ご都合主義的に救われて行くのだが、ラスト、近藤に捉えられた嘉子が、どうやって矢野と再会したのかと言う重要な部分はきれいに省かれてしまっている。

第一部のラスト、東京デパートで火災に遭遇した嘉子を、渡辺と草間が偶然、現場で同時に発見すると言うのも、ご都合主義の極地とも言うべき展開で、唖然としてしまう。

小学生の準一が、東京駅前の雑踏の中に走り出て、何度も父親とすれ違いを演じるシーンとか、3000円の小切手を預かった千代が、落とすまいと帯の奥深くしまい込んだ為に、逆に落としてしまったなどと言う下りは、今観ると、サスペンスと言うよりもギャグなのか?と思えるほどわざとらしい。

このように、ストーリー自体は、もはや古色蒼然とした通俗パターンと言うしかないが、キャスティング的には観るべきものが多い。

まずは、上原謙と飯田蝶子と言う、後年東宝の「若大将」シリーズで共演する二人が既にここで出会っていること。

笠智衆が、恋に狂った敵役を演じていること。

全身火傷を負い、包帯だらけで松葉杖を使い、ヒロインに迫って来る所などは、まるで怪奇役者さながらである。

戦後は、小津作品などで、品の良い奥様役などが多かった三宅邦子や、「三等重役」でのとぼけた社長役で有名な河村黎吉などが、この作品では悪役を演じているのも珍しい。

嘉子を助ける多門寺和尚を演じている上山草人は、若い頃渡米して、ハリウッド映画で俳優をしていたことでも知られる人である。

矢野役の佐分利信が、後半、ひげ面で登場するのは、「レ・ミゼラブル」のジャン・ヴァルジャン辺りをヒントにしたキャラクターか?

男が観ると、非現実で唖然とさせられるような要素ばかりに感じられるのだが、当時の主婦層などには切実に感じられた内容なのかもしれない。