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父子草

1967年、東宝+宝塚映画、木下恵介脚本、丸山誠治監督。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

とある踏切のシグナルの白黒静止画像にタイトル

シグナルが点滅し出し、電車が通り過ぎて行く。

駅から帰るサラリーマンたちの姿に、近くから聞こえる民謡を歌う男の声。

踏切近くに店を出していたおでんの屋台に一人その男、平井義太郎(渥美清)は座って、聞き慣れない民謡を熱心に歌っていた。

そこに、一人の青年、西村茂(石立鉄男)がやって来て、ゼンマイと大根を注文すると、気持ち良さそうに歌っていた平井が、うるさいと怒鳴る。

ご免よと詫びた西村は、おでんをおかずに弁当箱に入れた飯を食べ始める。

又、鳴り始めたシグナルにも文句を言い始めた平井は、何でこんなうるさいと頃に店なんかやってるんだと女将(淡路恵子)に文句を言うが、女将は、あれでも毎日聞いていると、その時の気分で色々に聞こえるのよと説明する。

又、歌い始めた平井は、この歌知ってるか?と西村に聞くと、そんな歌はじめて聞いたよと言うので、平井は何を!と気色ばむ。

女将は、平井に絡んじゃ嫌ですよと注意し、私も聞いたことないけど、何と言う歌?と聞くと、佐渡相川音頭と言うのよと平井は説明する。

それを聞いた女将は、へえ、あんた佐渡かい?と感心し、佐渡と言えば、お今朝しか知らなかったよと言い、西村は覚えておきますよと言いながら飯を食い続ける。

すると、ちょっと機嫌が直った平井は、おでん入れてやれと、女将に西村のおでんを頼んでやる。

しかし、西村は、急ぎますので…と立ち上がったので、平井はむかつき、俺のおごりは受けられないと言うのかと絡み出す。

西村は、これから勤めなんですと説明するが、もう平井は逆上し出したので、西村は冷静に、そんなに絡みたかったら表に出なよと言い出す。

女将は西村を止めるが、近くの空き地で取っ組み合った西村は、あっけなく平井を投げ飛ばして、おばさん、又明日!と言いながら駈けて行く。

翌日は雨だったが、前日と同じ屋台にやって来た西村は、今日も又平井が一人で飲んでいることに気づく。

女将は、一本付けるから仲良くしてよと平井に頼むが、最初から西村目当てで粘っていた平井は、佐渡の平井さんと言えば、少しは飯場で知られた名だ!と見栄を張り、又弁当箱の飯を食い始めた西村に、外で待っているから早く食えと命じる。

女将は呆れ、嫌な親父だね。わざわざ雨の日に来るんだもの…。今日は向こうもそう酔っちゃいないよ。このナデシコの鉢だって、危うく割られちゃう所だったのよと西村に囁く。

外で濡れて待っていた平井が、まだ食ってんのか?とのれんに顔を入れて来たので、中で飲んでりゃ良いじゃないかと女将が呆れると、酔ってられるか!と平井はにらむ。

そして、昨日投げ飛ばされた空き地で、雨の中、平井は相撲の型を練習するのだった。

西村は、傘と空になった弁当箱を女将に預けると、又空き地に出向く。

もう雨は上がっていた。

待ち受けていた平井は、俺は相撲の型だから、お前も柔道の技なんか使いやがったら承知しないぞと条件を出す。

二人は組み付き、互いにのど輪や突っ張りの応酬をし合い、やがて泥んこの地面を転がったりするが、最終的には、西村がともえ投げを使って平井を投げ飛ばすと、一目散に逃げる。

翌日も、平井は屋台の前で待っていた。

女将は呆れたように、今日は西村さんもう来ないわよと言い聞かせると、夜の仕事なんて、どうせろくでもないやつだろうと平井が悪態をつくので、あの子は感心な子なんですよ。大学に入る試験勉強をしているんですと説明する。

昼、勉強し、夜はこの先の高等学校で夜警をやっているのだと言う。

話を聞いていた平井は、何でぇとなおも悪態をつきながら、一杯くれと言う。

女将は、こんな時間から酔っぱらっているような人間は、ガリガリ亡者か何かだろうと皮肉ると、図星だと平井は笑い、お前さんの亭主はどうした?と聞いて来る。

女将は、自分の方こそ、奥さんどうしているんです?お小遣いでもくれるお子さんでもあるんですか?と聞き返すと、あの若造はいくつなんだと平井が聞く。

18か19かしら?今年受けた東大落っこゃったそうだからと女将が答えると、いい気味だと平井は笑う。

女将は、あんたみたいな大人は大嫌いだよ!と怒るが、そこに、鍋を持った一人の娘がやって来る。

ここに、人相が悪いおじさん来なかった?とその娘石川美代子(星由里子)が女将に聞くと、来るも何も、今ここで飲んでいるカバみたいな目をした人がそうだよと教える。

平井は、あいつ来ないのか?怖じ気づきやがったなと息巻くが、夕べ、濡れちゃったでしょう。仕事には無理して行ったので風邪引いちゃったのよと言い、鍋におでんを入れて頂戴と女将に頼む。

女将はたくさん入れてやるが、美代子は50円しかもらって来てないと困惑する。

女将は、おばさん、気前良いんだから。佐渡の下駄とは違うのよと嫌みを言ったので、誰が下駄だ!と平井は怒り出す。

悔しかったら、とっととお帰りよと女将がにらむと、1000円払って出て行くとしたので、たかが300円くらい食べて1000円なんて置いて行かないでよと女将は後を追いかける。

平井は、こんなまずいおでん!と悪態をつき帰りかけるが、やって来た主婦が押す自転車に、昨日、西村に投げられた時痛め、湿布をしていた足の部分をぶつけ、痛がりながらも必死に文句を言う。

翌日も屋台に来た平井は、置いてあった鉢植えを見ながら、ナデシコか…、いじらしい花じゃないかと顔に似合わぬことを言うので、あんた、かみさんも子供もいないらしいわねと女将が話しかけると、そんな面倒くせえものいないよと平井は答える。

今日もあいつ来ないのか?と聞くので、悔しかったら、3度目の正直で勝ってご覧、私にはまだ盲腸があるんだから、片腹痛いこと言うんじゃないよと女将は啖呵を切る。

同じアパートに住んでいる美代ちゃんの話だと、無理して働いた為、まだ休んでいるらしい。美代子と言うのは昨日来た娘で、親父さんがお汁粉屋をやっているのだと教え、さっさと飲んで帰っておくれとけしかけると、平井は急に、鍋はないかと言い出す。

女将が鍋を取り出すと、飯場の連中におごってやりたいので、このまずいおでんを入れてくれと言う。

女将はすぐに平井の意図を察し、あんた、少しありゃ良いんじゃないの?と確認するが、平井は、あんな若造!と悪態をつき、チューももらって行くと言いながら、焼酎を一本手に取ると、鍋も抱えて、鼻歌を歌いながら踏切を渡って行く。

やがて「朝日荘」と言うアパートにやって来た平井は、一階の部屋の表札を確認し、飯場よりましかな?と言いながら、もしもしと中に声をかける。

返事がないので勝手に扉を開くと、西村が布団もかけず居眠りをしている。

その側に座った平井は、眠っている西村の指先が飛び出した破れ靴下を見ながら微笑むと、部屋にあったコップを手に取ると、自分で焼酎をつぎ、愉快そうに飲み始める。

何だ?おやじさん…と西村が気づいて声をかける。

平井は、まだ勝負が残っているからなと言いながら鍋を差し出す。

おでんじゃないか!と驚いた西村は、ちょうど腹が空いていた所なんだと言いながら、あたためもせずに、おでんを食い始める。

親父さんも食いなよと勧めると、馬鹿野郎!箸くらい出せよと平井が叱ったので、あ、そうかと言いながら、西村は茶碗と割り箸を渡す。

コップももう一つ用意したので、平井は、ふざけるな、酒なんか飲むなと叱ると、今日は飲みたいんだと西村は言う。

しかし、西村は、注いでやろうとはしなかった。

親父さんどこの飯場にいるの?と、おでんを食べながら西村が聞くと、山崩しだと平井が答えたので、親父さん土臭えよと西村は言う。

平井は気にして自分の服を匂うので、田舎者の匂いだよと続けた西村は、俺は好きなんだよ、田舎者の匂いと言う。

お前はどこなんだと、今度は平井が聞くと、僕は飛騨だと言う。

それを聞いた平井は、飛騨は山また山の田舎だな〜と愉快そうに笑う。

お前、金どうしている?母ちゃんが送ってくれるのか?と平井が聞いたので、西村は勝手に、平井のコップの焼酎を飲もと、親父、僕はもうダメだと言い出す。

おふくろが言ったんだ。そんなに学問好きなら、一度だけ受けてみなさいって。僕、小学校の時からずっと一番だったんだ…と西村が言うので、で、それに落ちたのか?と平井が聞くと、もう一度受けるため、自分で稼いで勉強することにしたんだけど、それがダメ難だと西村は落ち込む。

それを聞いていた平井は、貴様、へこたれたな?よくもそれで、俺を投げ飛ばしたな?飲め!と、急に自ら焼酎を注いでやる。

その時ノックの音がして入って来たのが美代子だった。

美代子は、あら?変な人が来ているのねと、平井の顔を見て驚きながらも、甘いもの持って来てあげたのと、団子の包みを差し出す。

そんな甘いもんが肴になるかと叱った平井だったが、急に西村に向かい、三度めの勝負だ!来年3月、お前が大学受かったら、お前の勝ち。落ちたら俺の勝ちだ。f¥どうだ、受けるか?と聞いて来たので、西村は口ごもる。

お前いくつだ?と平井が聞くと、西村は18だと言うので、俺は50だと教えた平井は、俺なんかまだこの年でも働き詰めなんだ。疲れたなんて言うのは、俺みてえな年になってから言う言葉だ!と西村を叱る。

横で聞いていた美代子が、この人の言う通りよと口を出すと、こんなこまっちゃくれた美代子も言ってるんだと平井が説得すると、こまっちゃくれたって何よ!と美代子はふくれる。

西村は感激し、親父さんと呼び、平井は約束の乾杯だ!と言いながら、コップを取り上げるのだった。

翌日、山で切り出しの仕事をしていた平井は、最近機嫌が良いな。女手もできたのか?と聞いて来た相棒の鈴木(大辻伺郎)に、まあ、そんな所だと受け流し、しかし今の若者は大変だな、大学があってよと世間話のように言う。

翌日、いつもの屋台で平井が歌っていると、西村がやって来て、おやっさん、話があるんで表に出てくれと言う。

平井が表に出ると、西村は1万円札を差し出しながら、これが置いてあったけど、受け取れないよと断る。

しかし、平井は、たかが1万円じゃねえか、受け取っとけよと拒む。

あんたから恵んでもらうわけにはいかないんだ。勝負は来年の3月、敵の哀れみはもらいたくないんだと言う西村に、平井は機嫌を損ねて文句を言い出す。

それを喧嘩だと思った通行人が集まって来たので、平井は追い返す。

返す当てもないもの…と西村が言うと、返すも返さないの問題じゃない。どうせ、俺なんか、女房子供もいない、勝手気侭な一本刀よと見栄を切ったので、側で様子を観ていた女将が大時代な親父よと又呆れる。

西村は、おふくろが親父に内緒で5000円送って来たし、親父もこっそり3000円送ってくれたからと説明するので、お前には親父もおふくろもあったのかとがっくりした平井に、西村は気を使って、よっぽど困ったら借りるよと声をかけるが、まっぴらだ!お前の親父代わりになるなんてとふてくされてしまう。

西村が帰り、屋台に戻って来た平井に、女将は、私にも亭主も子供はあるよと教え、あんたみたいな風来坊とは違うのよとバカにしながら、その日、平井が持って帰ると言っていたナデシコの鉢植えを包もうとすると、何だ、こんなもの!と言いながら、平井は地面に叩き付けてしまう。

そして、テーブルに突っ伏して泣き出した平井を観た女将は、あんた、西村さんが息子みたいな気がするんでしょう?と問いかける。

ばばあ、聞いてくれよと平井が憎まれ口を聞くので、何となく予感めいたものを感じ、聞いてあげるよと女将は答える。

俺にも、昔は女房も子供のあったんだが…と平井が話し始めたので、死んじゃったの?と女将が口を挟むと、生きているよと言うので、どこで?と聞くと、佐渡だと言う。

その生まれ故郷にも帰って行くこともできない…。俺は「生きている英霊(すでに戦死したとして処理された人々)」よ…と平井は告白する。

俺が帰った時には、女房は弟と一緒になっていたと言う。

戦地で苦労して、苦労して…、捕虜収容所、あちこちたらい回しされ。やっと帰って来たのが昭和25年だ。

どこに行ってたの?と女将が聞くと、シベリアだよと平井は答える。

本当に辛かった…、何べん、死のうと思ったか…。俺は家族に会いたくて、会いたくて…

帰国するとき、明日迎え頼むと電報打ったのよ。迎えに来たのは、親父たった一人だった…と言いながら、平井は当時を回想する。

昭和25年、「こがね丸」と言う船に乗って佐渡に帰って来た平井は、迎えに来ていた父親(浜村純)と抱き合って再会を喜び合う。

しかし、その後、近くの旅館に上がるよう勧めた父は、事情を話し、平井に札束を渡そうとする。

愕然とした平井は、その金には目もくれないで旅館を飛び出して行く。

慌ててその後を追う父。

二人はバスで、思い出の海岸にやって来るが、そこの岩場でも、父親は土下座をして詫びるので、手を取って立たせた平井は、道に戻り、逆方向から走って来たボンネットバスを停めて一人で帰ろうとする。

それを慌てて追いかける父は、ようやくバスに飛び乗る。

旅館で、父と二人きりで食事を取った平井だったが、耐えきれなくなり、父の膝の上で泣き崩れるのだった。

屋台で話し終えた平井は、足下に近づいて来た野良犬におでんを与え、お前も野良犬、俺も野良犬だよとつぶやく。

涙ぐみながら話を聞き終えた女将は、それっきり佐渡へは行かないのかい?と聞くと、いっぺん行ったと言うので、子供さんに会った?と聞くと、もうその話は止そうやと言い出し、別の客が入って来たのを潮に、平井は、女将が包み直してくれたナデシコを持って買える。

それをちょっと追って来た女将は、あんた、本当に身体だけは気をつけてね。身体だけが元手なんだからと声をかける。

平井は照れ、惚れたらどうするんだ?と混ぜっ返すが、惚れたのは私の方だよと言いながら、女将は平井を見送る。

その頃、西村は、高校の周囲を観回りながら、懐中電灯の光で参考書に時々目を通していた。

高校の玄関から出て来た美代子が、今、お団子、警備室に置いて来たと言いながら近づいて来る。

小川先生何していた?と西川は聞くと、テレビを観ていたと美代子が言うので、何か冷やかすようなこと言ってなかった?と聞くと、冷やかされたわと言いながら、二人は夜のプールにやって来る。

美代子が、プールに足を入れて、良い気持ち!星がきれいだわと喜ぶと、付いてきた西村は、ここは学校だよ。今は夜だよ。男と女が話していたらまずいんだよ。僕は夜警だよ。今火事にでもなったら…と言い出す。

すると、家のお父さん、火事の方が良いと言っている。今、借金で首が回らない状態だから、駅前が火事で全部焼けた方が良いって…と言いながら、ウ〜ジャンジャンとおかしなポーズをとりながら帰って行く。

それを苦笑しながら見送った西村だったが、その直後、「火事だ!」と言うことが聞こえて来たので、あわてて駆けつけると、壁の背後にまだいた美代子がふざけていたことが分かる。

そんなプール脇の道にやって来た平井は、金網の向こうに見えた西村の姿を確認して微笑む。

佐渡での漁師時代、生まれたばかりの赤ん坊と女房と一緒に浜で仕事をしている時のことを思い出したのだ。

若かった平井は、赤ん坊を抱き上げると、頬に口づけをしてかわいがる。

やがて、出征の日、町中に見送られ出征して行く平井は、やはり赤ん坊の息子を抱き上げ、頬に口づけをするのだった。

翌日、平井は、飯場にナデシコを飾っていた。

鈴木が平井に近づいて来て、俺もあんたの行く所に連れて行ってくれと頼む。

平井は、俺は腹を決めたんだ。このまま会わねえで行くってなと平井は教える。

鈴木は、平井の女の話だと思い込んでいた。

お前、あちこち女作ってるんじゃねえか?バカやろう!女房子供は、お前のようなやつだってすがりついてるんだぞ。しっかりしろ!と叱ると、寂しいもんだよな〜、別れって…とつぶやく。

ある日、西村の部屋に、女将が訪ねて来る。

どうしたの?おばさんがわざわざ来るなんて?と勉強していた西村が驚くと、これを、平井さんがあんたに置いてったんだよと言いながら、7万5千3百円取り出してみせる。

おめでたいことがあるように、七五三にしてあるの。

驚いて立ち上がった西村に、もうどっかに行っちゃったよ。

今日、店を開けに行ったら、破れ傘にリュック背負った平井さんが待っていて、俺今度、飯場変わるから、この金を、あの若造に渡してやってくれって…。もう夜勤なんか止めて、勉強に打ち込むようにって…と、女将は伝える。

感激して窓にしがみついた西村に、もう一つあるんだと言いながら、女将はナデシコの種の袋を渡しながら、この意味は分からないだろうけどね、以前、大学の先生と学生さんが屋台にやって来て、そのとき先生が、ナデシコには「父子草」と言う別の呼び方もあるって話していたの。翌日、平井さんが来た時にその話をしたら、俺、これを持って帰ると言い出したの。あの人、口ではぼろくそに言っていたけど、あなたのこと、自分の子供のように想っていたのよ。来年、合格できたら、窓辺にそれ撒いて、立派な花を咲かせてくれって…と説明した女将は、あの人、生きた英霊だったのよと事実を打ち明ける。

西村は、あの人、このお金であなたに立派に入学して欲しいのよと女将に言われ、涙ぐむのだった。

別の飯場で大きな発破をかけ終えたとき、鈴木が避難していた平井の元に駆け寄って来て、へいさん!おっさんがやられた!と叫ぶ。

大きな石の破片が落ちて来たのだと言う。

事務室に行くと、おっさんがベッドで苦しみ抜いていた。

医者の説明を受けて出て来た平井に、近づいて来た鈴木が、とうとうダメかね?と聞くと、ああ…と短く答えた平井は、あんたも寂しくなるねと慰められ、あいつとはいつも一緒だったからな…と寂しげにつぶやく。

ある日、勉強していた西村の部屋に美代子がやって来て、あのね、これ、内緒話よと顔を近づけ、私たち、今夜夜逃げするの。だから、それまで、ここに荷物を置かしておいてくれない?と言う。

お父さんの商売、ダメだったのかい?と西村が聞くと、まるっきりダメなのとあっけらかんと由美子が答えるので、どこへ行くの?と聞くと、それは内緒、だって、きっとあなたの所に借金取りは聞きに来るからと説明した美代子は、荷物を私の部屋から持って来てくれと西村に頼む。

西村が、変だな?君、楽しそうじゃないかと言いながらも、部屋を出て行くと、一人、部屋に残った美代子は、どこに隠そうかしら?と部屋の中を探し始める。

小さいと美代子が言っていた荷物とは、布団カバー一杯の大きさで、何とか自室に運び込んで来た西村は、こんな大きなもの隠す所ないよ。押し入れには僕の荷物が入っているし…と困惑すると、美代子はすまして、だから、あなたの荷物を外に出せば良いのよ。あなたの荷物は見つかってもかまわないんだからと言い、押し入れの荷物を出させると、そこに自分の荷物を詰めて、あのね、終電車で行くから、ここを出て行くとき、ちょっとノックして行くわ。お別れの合図ね。でも、返事しちゃダメよと言う。

雨降らなきゃ良いけどと美代子が言うので、危ないよ、電車の音が近いからと、西村は窓の外を覗く。

ありがとう。落ち着いたら、手紙書くわと言う美代子は、僕も書くよと答えた西村に、しっかり頑張ってねと励ます。

西村は、ぽつぽつ降って来たよと雨を心配して外を見るが、美代子は、西村さん、楽しかったわねと言い、西村も、楽しかったよ、ありがとう…と答え、美代子はおやすみなさいと言い残して帰って行く。

一人になった西村が机の上に置いておいたノートを開くと、「西村さんのこと 私、大好きだった」と書いてあった。

感極まった西村は、そのまま仰向けに寝転ぶと、そのノートを顔にかけ、泣き出すのだった。

雪の日、屋台にリュックを背負った平井がやって来る。

その顔を観た女将は驚き、あんたも元気そうで良かったと喜ぶ。

今夜、お酒おごりますよと女将が言うと、うまそうなおでんだね。山の中にいたら、あんたみたいな威勢の良いおかみさんが懐かしくてな…などと珍しく優しい言葉を平井が使うので、ババアで良いんだよと照れた女将は、あのお金は確かに渡しておきましたよ。西村さん、嬉しがって、泣いて畳に手をついていましたよと伝え、あんたも何だか、気が抜けたようだよと心配する。

平井は大丈夫だと言うので、あの人、あれから明けても暮れても勉強していますよ。壁に父子草の種を画鋲で貼ってね。お守りみたいに思っているみたいよと女将は教える。

平井は、リュックの中から、リンゴとみかん、ドロップ、石けんなどを取り出して、西村に渡してくれと言う。

それを受け取った女将は、あんたは見かけは悪いけど、泣かせる人だよと言いながら涙ぐむ。

その時、客が入って来たので、ちょっと話があると女将を外に呼んだ平井は、この金を渡しておいてくれと言いながら、8万円取り出す。

どうしても10万にならなかったと恥じる平井はそのまま帰りかけるが、それを追った女将は、あんたももう若くないんだから、自分の為にも貯めておかなくちゃと忠告する。

しかし平井は、俺は消えちゃうよと言い、気いた所によると、大学受けるには、3つも4つも受けて、通った所に行くそうだ。貧乏たらしく1つだけ受けて落っこちゃったんでは勝負にならないからなと言うので、女将は、これはしっかり預かっとくよ、ありがとう!と金を押し頂く。

やがて、西村は受験に挑む。

その頃、平井は千葉の山奥で咳き込みながら石を砕いていた。

仲間たちは平井の身体を心配するが、飯場で横になった平井は又、佐渡相川音頭を歌いながら、西村の為に買っておいた入学祝用の万年筆を取り出して、一人で嬉しがっていた。

踏切脇にある屋台に、一人の客が来る。

平井だった。

先客が二人で飲んでいたので、女将は?と聞くと、今、水を汲みに出ていると言うので、しばらく座って待つことにするが、その時、屋台の隅に「父子草」と木札を差し込んだ鉢植えが置いてあることに気づく。

先客が、これは大学に受かった記念に種を撒いたそうだと言うので、受かったんですか!と平井は喜び、客たちは、あんたの息子さんですか?と驚く。

喜んで居ても経ってもいられなくなった平井は、屋台を飛び出して女将を捜しに行こうと走りかけた時、水を汲んで戻って来た女将とぶつかる。

女将は、平井と知ると、受かりましたよ!と言う。

俺も気になって来たんだと平井が応じると、あんた、観たかい?西村さんが持って来た鉢植えと女将が言うので、平井は観たよと答える。

女将は、良かったと安堵する。

女将が、すぐに西村さんを呼んで来ると戻って行ったので、屋台で待つことにした平井だが、西村のアパートにやって来た女将は、そこに美代子も来ていることを知り、来たよ、平井さんが来てるよと教える。

屋台でじっとしておれなくなった平井は踏切まで様子を見に来る。

踏切の信号が鳴っていたが、平井には踏切が喜んでいるように聞こえた。

電車が通り過ぎると、遮断機の向こう側に、女将、西村、美代子の3人が立っているのが見えた。

近づいて来た西村は、おじさん、受かったよと伝え、平井は、お前の勝ちだと喜ぶ。

西村は、おじさんの勝ちだよ。僕はおじさんに負けたよと言い返したので、それを聞いた平井は、もう一勝負か?と言いながら、例の空き地に向かう。

良し!三度めの勝負だ!と言いながら構えた平井に、西村が飛びついて行く。

女将と美代子、屋台の客たちが近づいて来て、その勝負を見守る。

女将は止めないよと止めるが、西村は平井を投げ飛ばす。

転んだ平井は、さあ、かかって来い!と声をかける。

西村は、もう涙を流していたが、貴様、もうへこたれやがったな?と言う平井の挑発の言葉に乗り、再びつかみかかって行く。

両者はがっぷり四つに組み、互いに泣いていた。

それを観ていた女将と美代子も泣いていた。

踏切の映像に、おわりの文字…

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

松竹で「男はつらいよ」(1969)が始まる2年前の作品である。

松竹で活躍し出す前、渥美清は他社を渡り歩いていたが、その間、これといった当たり役に恵まれなれず不遇だったと言われているが、この作品などは興行的には当たらなかったかもしれないが、まぎれもない名作である。

「生きている英霊」と言う戦争の犠牲になった一人の男のあまりにも哀しい人生。

その男の父親としての愛情を、ふと知り合った苦学生に重ねることで、彼は、人生後半の生き甲斐を見つける。

飯場暮らしの粗暴な男と現代風の学生の友情物語、妻子が再婚しており、帰るべき家を失った男の悲哀と言うと、若き日の中村勘九郎(現:勘三郎)と渥美清が共演した「友情」(1975)を連想させるが、こちらの方が濃密な物語になっているような気がする。

登場する人物が皆好人物なのが、まず好ましい。

一軒粗暴そうだが、暗い影を背負いながらも根は優しい渥美清、当時39歳。

江戸っ子らしい威勢の良さを見せる淡路恵子、当時34歳。

はにかんだような笑顔が可愛い石立鉄男、当時25歳(当時の髪は軽く分けた感じのストレートヘア)

そして、屈託のない明るいキャラクターを愛らしく演じている星由里子、当時24歳(消防車の真似をするウ〜カンカンのシーンは、ものすごく可愛い!)

4人とも魅力的である。

渥美清は、劇中50歳と言う設定で老け役を演じているし、淡路恵子もちょっと落ち着いた芝居をしているので、年齢不詳な感じである。

石立鉄男と星由里子は、共に10代を演じていると思われるが、こちらも不自然に見えない。

さらに、回想シーン(芝居はすべて無言)に登場する浜村純や、女にだらしない飯場の男を演じる大辻伺郎(キネ旬の資料では「鈴木」と言う役名だが、劇中、鈴木と言うのは、石の下敷きになるおっさんの名前であり、大辻は名を呼ばれない)も、登場場面は少ないながら、なかなか癖のあるキャラクターを演じており、印象に残る。

お涙頂戴物と言ってしまえばそうかもしれないが、変に媚びる訳でもなく、変に不自然な展開が待っている訳でもなく、さらっとした気持ちの良い話になっている。

踏切が象徴的に何度も出て来るので、ひょっとすると、誰かが踏切事故にでも会うのではないかと言う、良くある悲劇パターンが頭によぎったりしたが、さすがに、そう言うあざとい演出にはなっていなかったので安心した。

それでも、観客にそう言う一抹の不安感を緊張感として与えるように、ひょっとしたら意図していたのかもしれない。

ナデシコの別名に「父子草」と言う呼び方があるのは、この作品ではじめて知った。

踏切脇の狭苦しい感覚の屋台周辺のセットと、佐渡の回想シーンと切り出しの現場のロケシーンの広がりが、効果的に交差して描かれている。

調べてみたら、同時上映は黒沢年男、竜雷太、夏木陽介、酒井和歌子らが共演した「燃えろ!青春」と言う学園ものらしく、どう考えても「父子草」は添え物と言う形での上映だったと思われる。

この年、渥美清は「泣いてたまるか」(1966〜1968)と言う毎回一話完結のテレビシリーズで主人公を演じ、人気が上昇していた時期である。

遊び人からまじめなキャラクターまで、色々幅のあるキャラクターを演じ分けていた頃だけに、こういう佳作が生まれていたのも当然のような気がする。

名脚本と名俳優の幸運な出会いとでも言うべき作品だと思う。