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別れのタンゴ

1949年、松竹大船、長瀬喜伴脚本、佐々木康監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

ある日、裕福な花村家に、一人の男が訪ねて来る。

玄関前に車が置いてあるので、応対に出て来た女中に、誰かお客さんか?と聞くと、大井さんが来ていると言うので、ちょうど良かったと喜んだ男は取り次ぎを頼む。

花村家の令嬢花村恵美子(高峰三枝子)がピアノを弾き、その許嫁大井泰介(佐分利信)がその背後で聞いていた所に、女中が村田さんが来られたと取り次いだので、恵美子はちょっと迷惑がる。

レコード会社の人で、とってもしつこいの…と大井に助けを求めた恵美子だったが、それじゃあ、蛇のにらまれたカエルだねなどと大井は愉快がるだけだった。

部屋に招かれた村田次郎(清木一郎)は、大井さんからも勧めて欲しい。あなたは、亡くなった恵美子さんのお父様から恵美子さんの後見人を頼まれたらしいじゃないですかと、直接、恵美子ではなく、大井の方を攻めて来る。

恵美子は、これまでも申し上げて来たように、私は職業歌手などになろうとは思いませんときっぱり断るが、村田は、一度吹き込んでみたら?と後に引こうとしない。

話を切り上げたい恵美子は、これから踊りに出かけたいと言い出し、大井を誘うが、大井は仕事があると言い、村田さんに連れて行ってもらえば良いじゃないかと言う。

ダンスホールに村田とやって来た恵美子は、しばらく村田と踊っていたが、その内、恵美子が疲れて休むと、村田は別の女に誘われ踊り始める。

女は、村田を良く知っている人物らしく、恵美子の感触はどうか?と聞いて来るが、村田は、欲のないお嬢さんは手強いと小声で教える。

そのとき、一人の酔っぱらいがバンドに近づき、俺はここの事務員と言うか、用心棒のようなものだが、左手を怪我するまでは、バイオリニストだったんだと客たちに自己紹介し、今でも、曲想は消えてなかったので聞いて欲しいと言いながら、無理矢理、ピアニストをどかせ、自分がピアノを弾こうとし始めたので、慌てた店のものたちが止めに入り、客に詫びる。

フロアを酔っぱらいが引きずられて行くとき、一枚の紙切れを落として行き、それを何気なく拾ったのが村田だった。

それは、今の酔っぱらいが書いたらしい楽譜だった。

外に捨てられ、店のものに痛めつけられていた酔っぱらいに、「コーちゃん、大丈夫?」と駆け寄って来たのは、その酔っぱらい、宮田浩三(若原雅夫)と同じ郷里出身で幼なじみだった杉浦富子(高杉妙子)と男友達のクーちゃんだった。

富子はクーちゃんに手伝ってもらい、自分の叔母がやっているミルクホールまで宮田を連れて来て介抱する。

叔母夫婦は、そんなかいがいしい富子を観て、目を細めながら先に寝ることにする。

店で二人きりになった富子は、ヤクザな生活は止めて、この際、思い切って東京を離れたらどうかと宮田に忠告する。

夢を忘れて立ち直る為に、一緒に田舎に帰らないか?その方が身体の為にも良いからと言うのだった。

しかし、宮田は、これから新しい仕事を探す、新しい希望もだ。今までは希望がなさ過ぎたけど、これからは作曲をやろうと思うんだ。ものになるまで頑張ると決意を語る。

すでに、宮田の頭には、新しいメロディが浮かんでいた。

翌日、コロンビアレコードの会社内で、宮田が落とした楽譜をピアニストに聞かせながら、企画会議にかけていた村田は、その場で聞いていた部長から好感触を得る。

部長は、作詞は野村先生に頼むとして、歌手は誰にしようと発言するが、それを待っていた村田は、「名門の令嬢売り出す」と言うのはいかがでしょうと提案し、今日、ここに来てもらうことになっていると言い出す。

部長はさらに、今の曲の作曲者は誰かと聞くが、村田は、その発表はちょっと…と言葉を濁し、もし、作曲者が、花村嬢だったらどうします?と問いかけてみる。

すると、部長は「素敵!こりゃ、ヒットする」と太鼓判を押す。

その後、約束の時間に少し遅れてレコード会社にやって来た花村恵美子と廊下で会った村田は、ちょっと話があると言いながら、彼女を別室に案内すると、準備している曲の作詞は野村先生に頼むつもりだが、作曲者として、あなたの名前を貸してもらえないだろうか?と言い出す。

恵美子はいきなりの申し出に戸惑うだけだったが、村田は、作曲者もそれを希望しているし、あなたに悪いようにはしないと説得し、半ば一方的に、恵美子の了承を得たことにしてしまう。

かくして、花村恵美子のレコーディングが行われ、「しのび泣くブルース」と題され発売されると同時に全国で大ヒットになる。

ある日、ミルクホールにいた宮田は、NHKラジオの「お昼の演芸放送」から流れて来た恵美子の曲を聴き戸惑ったような表情になる。

富子が、どうしたのかと聞くと、あれはぼくの曲だ。この間、落とした楽譜が今の曲なんだと教える。

ある日、友達のクーちゃんと二人で外を歩いていた宮田は、電柱に貼られていた「しのび泣くブルース」の宣伝ポスターに記された作曲者の名前とイベント会場の場所を知ると、すぐさまその会場へ一人向かう。

会場では、一曲歌い終わった恵美子が花束を受け取り楽屋に戻って来た所だった。

すると、楽屋に、見知らぬ男が立っているのを観て恵美子は立ち止まる。

そこで待ち受けていたのは宮田だった。

宮田は恵美子に向かい、あれはぼくの曲だ!あなたは、ぼくの曲を盗んだんだ!と興奮したように詰め寄る。

恵美子は、女中の春枝に村田を呼びに行かせると、着替えがありますから、後でゆっくりと言いながら追い返そうとするが、あなたも芸術家なら、あなたがしたことがいかに破廉恥なことか分からないのか?と、村田はさらに責め続け、興奮のあまり、その場に置いてあったビール瓶をつかみかかるが、そのとき、村田がやって来て、その手を止めようとする。

その弾みで瓶が空中に飛び、割れた瓶の破片が恵美子の右頬を5cmばかり切ってしまう。

宮田は、歌姫傷害犯人として、新聞に名前が載ってしまう。

恵美子の怪我がほぼ治りかけた頃、登記簿を持ち見舞いに訪れた大井は、噂を打ち消すため全快パーティをやりまあようと持ちかけて来るが、恵美子の表情は暗かった。

そこに、村田もやって来て、地方から注文が殺到しているので、そろそろ公演に出てくれないものかと大井に相談を持ちかけて来る。

恵美子は、そんな村田に、新聞で読んだのだけれど、宮田と言う人は、自分と同じ音楽学校の先輩なのだと打ち明ける。

村田は、気に病んでいる恵美子を慰めるため、自分がきちんと手を打たなかったのが悪いんだし、証拠もないことだから、私を助けると思って出てくれ。あなたはもう一流の歌手なんですと説得する。

一方、留置場に入れられた宮田は、面会に訪れた富子に、おじさんもおばさんも、馬鹿な男と持っていることでしょうと自嘲してみせる。

悔しいでしょうけど、頑張ってねとしか慰めようがない富子は、花村恵美子は凄い人気らしいねと聞かれ、悔しいけどそうなのと答える。

贅沢な差し入れがあるんだと言う宮田の言葉を聞いた富子は、ずいぶんバカにしているじゃないのと憮然とする。

その頃、花村の屋敷では、全快パーティの準備ができたと春枝が知らせに来るが、部屋に閉じこもっていた恵美子は、着替えをしようともせず、一人にしておいてと追い返してしまう。

そのとき、別の女中が、杉浦様と言う方がお見えになっていると知らせに来たので、とりあえず会うことにした恵美子だったが、杉浦富子と対面しても相手が誰なのか分からなかった。

富子は名乗ると、宮田さんをこれ以上侮辱しないで下さいと言い出す。

良心の呵責から差し入れをなさったんでしょうけど、それがかえって、宮田さんを侮辱することにお気づきにならなかったんでしょうか?と言うのだ。

あなたはどう言う方なんでしょう?と言う恵美子の問いかけに対しては、私は、あなたとは別の世界の貧しい娘ですが、他人の曲を盗むことが悪いことは知っています。人を欺いたり、貶めたりするのは大嫌いです!と、きっぱり答えるのだった。

やがて、一階大広間でパーティが始まるが、恵美子が姿を見せないのを心配した多いが部屋に挨拶に来る。

しかし、その場にいた恵美子は、出られません。お客様の前には…と言うだけで立とうとしない。

そして、泰介さん、許して下さい。今まであなたを偽ってきましたと告白する。

そのとき村田が部屋に来て、私の手違いですと大井に説明するが、恵美子は、結果的に、私が盗作することになり、あの人を罪に貶めてしまった…と悔やむ。

大井は、話は分かったから、とりあえず、落ち着いて。下で大勢のお客様に待っておられるからと言い聞かせようとするが、興奮状態の恵美子は、皆様に告白してきますと言いながら、部屋を出ようとする。

それを押し戻した大井は、詫びなきゃならないのは宮田君だ。もっと冷静にならなきゃいけないな。軽率な行動をとって大きな不幸に落ち込んだら、あなたのお父様に申し訳ないと諭す。

後日、恵美子は、宮田に面会に出かけ、あなたの苦しみを例え消すことは出来なくても、少しでも和らげることが出来るかも知れないと思い、色々話をしに来たと打ち明ける。

宮田は、そんな恵美子に対し、ぼくは学生時代の君を知っている。まさか、その君がこんなことをするなんて…と、呆れたように見つめる。

恵美子は、世間にあの作品をあなたの作品と発表して下さい。あの曲は、間違いなくあなたの曲です。どうぞ気の済むよう、世間に訴えて下さい。私は覚悟して参りました。どんな恥ずかしい刑罰でも受けるつもりですと打ち明ける。

その殊勝な態度を観ていた宮田は、恵美子が帰ったあと、一人独房に正座し、何事かを考えるのだった。

そして、いよいよ出所する日がやって来る。

宮田は、花村恵美子が門で待っていたことに気づき驚く。

恵美子は、あなたから何もお聞きすることはありませんと帰ろうとする宮田に、用意していた車に乗っていただけないでしょうか?と頼み込む。

その頃、宮田を出迎えようと、富子と叔父勇作(坂本武)が乗ったバスは、途中で故障して立ち往生していた。

結局、恵美子に従い花村家にやって来た宮田は、一時はあなたを殺そうと思ていたほどだったが、話を聞くと、あなたのせいではなく、悪いのは村田と言う人だが、今さら、その村田さんを責めても仕方ない。むしろ私の方こそ、あなたのお顔に、一生消えない傷をつけてしまい申し訳ないと詫びるまでになっていた。

そんな宮田に恵美子は、作曲の仕事を続けて欲しい。この家を自分の家と思って、お仕事に精進なさって下さいと低姿勢で懇願する。

後日、富子に近くの河原に呼び出された宮田は、あなたの気持ちがわからない。まさかあなたが花村恵美子の所にいるとは思わなかったと言われ、返事に窮してしまう。

そこにいると、何不自由なく仕事ができるんだと言う宮田に、あなたが良い仕事をしてくれると、私がうれしいと知って欲しい。私なんか、何の力にもなれないんだから…と自虐的な返事をする富子。

一方、大井の方も、いつまでも屋敷内に宮田を置いている恵美子の態度に疑問を感じ、世間体もあるし…と、それとなく恵美子に注意していた。

しかし、恵美子は、あの方の側で私の手でお世話したいんですと我を張るので、あなたの宮田君に対する気持ちはどう言うの?と、大井は疑問を口にする。

富子が帰ったあと、港が見える空き地で一人佇んでいた宮田は、又新たなメロディーを想い浮かべていた。

そこへ、恵美子がふらりとやって来て、何を考えていらっしゃったんです?と問いかけると、色々なこと…と言いかけ、良い曲が出来そうなんですと言うと、宮田は恵美子を伴い歩き始める。

その夜、ベッドで横になっていた恵美子は、宮田が奏でるピアノの音色が聞こえて来るのに気づき、その部屋に出向くと、楽譜を観ながら、自ら一緒に歌い始める。

それはすばらしいタンゴだった。

恵美子が賞賛すると、そうだとしたら、あなたのお陰ですと宮田は感謝し、恵美子さん、僕は本当にこのままお世話になっていて良いのでしょうか?と尋ねる。

自分は生活力のない人間であり、仕事がしたいだけの気持ちでお世話になっているのでは…と不安がる宮田は、いつしか、恵美子さん、僕の心があなたを…と告白しかける。

おっしゃらないで!と、その言葉を止めた恵美子は、そのまま宮田と口づけを交わすのだった。

後日、大井の会社に呼ばれた宮田は、あなたは恵美子さんのこと、どうお想いですか?と大井から質問されてしまう。

自分は、亡くなったお父様に、恵美子さんのことを頼まれていますし、恵美子さんをきっと幸せにするとお誓いしたからですと大井が説明するのを聞いた宮田は、大井が、恵美子の父親が許した許嫁とは知らなかったと謝罪する。

では、あの人から遠ざかってくれと言ったら?あなたには、富子さんと言う方がいるじゃないですかと問いかける大井に、宮田は、富子さんとは郷里が一緒と言うだけの友達であり、出獄して以来、自分の恵美子さんに対する気持ちは変わったのだ。決して不純な気持ちはないと打ち明ける。

それを聞いた大井は、宮田の気持ちの純粋さを疑っていたことを詫びながら、恵美子さんと結婚してやってくれと頼む。

少しわがままな所があるが、あなたを愛していると言うのだ。

しかし、その言葉の後、世間では芸術家同士の結婚は長続きしないと思っている。結婚は、平凡な生活の連続であり、あなたのような繊細な気持ちでは耐えられなくなる時もあるでしょう。その時は、私の取り越し苦労を笑って下さいと、意味ありげに大井は付け足す。

花村の屋敷に戻って来た宮田は、門前に富子が待っていることに気づき、近くに連れ出す。

宮田の身体のことを案じた富子は、近々自分は田舎に帰るので、お別れに来たと告げる。

どうして田舎に?と驚いた宮田だったが、せめて一言お別れが言いたかったの。私、田舎にいて、あなたの曲が発表されるのを待ってるわ。私、あなたと二人で静かに田舎で暮らすのを夢見ていたこともあったけど…と寂しげに訴える富子は、今夜の9時の急行で帰ると言い、そのまま立ち去って行く。

しばらく、迷っていた宮田だったが、少し立ちすくんでいた後、富子の後を追いかける。

その頃、花村家の屋敷では、恵美子と共に帰りの遅い宮田を待っていた村田が帰りかけていたが、ようやく宮田が帰って来たので、新曲のタンゴは、ぜひうちの社から発表させていただきます。さらに花村さんで映画も一本作りたいと報告する。

村田が帰ったあと、恵美子は新曲の評判が良いことを喜び、夕食の準備をさせようとするが、宮田はすませて来たと断る。

じゃあ、ピアノを弾いて下さる?練習をしたいのとねだる恵美子に、宮田は迷った末、長い間お世話になりました。おいとましようと思って…、田舎に帰ろうと思うんですと打ち明けると、恵美子さん、あなたの結婚する相手は大井さんです。あの方はあなたを愛している。その愛情の深さに打たれましたと続ける。

その突然の言葉を聞いた恵美子は動揺し、あなただって、私に愛を誓って下さったじゃない?あれは噓だったの?と問いつめる。

でも、結婚を考えると…と、宮田は苦しそうに答える。

恵美子は、結婚?いえ、私の幸せはあなたの愛情なんですと詰め寄るが、宮田は、愛情だけで結婚できるのなら…、冷静に考えましょう。お互い、進む道が違います。今それが分かったんです。私は、あなたに庇護されても庇護できない男なんです…と尻込みする。

僕は、しがない裏町の用心棒に過ぎない。あなたを僕と同じような境遇に落とすことが出来ないのです。力と愛情がある人は大井さんですと力説する宮田の言葉を聞いていた恵美子は、いつしか絶望して泣き出すと、その場で失神してしまう。

慌てて、女中の春枝を呼ぶ宮田。

その夜、9時の上野駅。

列車に乗り込んだ富子を見送る叔父と叔母夫婦は、宮田が来ないことを知ると、行くの止めたら?と、車中の富子に止めさせようとする。

花村家では、ベッドに寝かされていた恵美子が気がつき、側に付き添ってくれていた宮田に気づくと、無理に自分が引き止めるようなことになりごめんなさいと謝っていた。

恵美子は、自分の考えが間違っていた。ずいぶん自分勝手だった。愛しているのに…、あなたが選んだ道を笑ってお送りしないと行けないのに…、私はどうして冷静になれなかったのかしら…?と自ら反省するようなことを言い出す。

そして、女中の春枝を呼ぶと、「遅れてすまない 次ので行く」と言う内容の、富子に電報を打たせる。

そして、宮田さん、どうぞ行ってあげて下さい。私、お二人の幸せを心から祈っています。それから、お仕事も続けて下さいね。あなたのタンゴ、お別れのタンゴになってしまいましたね。あのタンゴをもう一度弾いて下さいません?あなたの伴奏で、私、歌ってみたいんですわと頼む。

その願いを聞いた宮田は静かにタンゴを奏で出し、それに合わせて、恵美子も歌い始める。

その目からは、涙が溢れていた。

曲を弾き終えた宮田は、もう時間がありませんから行きます。あなたもお達者で。あなたのタンゴ、映画の中でどういう風に歌ってくれるか、どこでもあなたを見つめている僕がいることを忘れずに…と言い残す。

恵美子も、あなたの曲を汚さないように、一生懸命頑張りますわと答え、最期には無理に笑顔を作り、さようならと挨拶して、宮田を見送る。

しかし、宮田が部屋を出て行ってしまうと、ドアにすがりついて泣き出し、その後、ピアノの所に座り込み、さめざめと泣き続ける恵美子だった。

そこへ大井がやって来て、どうして宮田君、帰したの?と聞くので、恵美子は、愛しているから…とつぶやくと、それ以上言いかけた大井の言葉を遮り、もうおっしゃらないで!私の心は決まったのですから。私、これから、音楽と映画の仕事に一生懸命打ち込むつもりです。泰介さん、これからも見守って下さい。決心したら、ちっとも哀しくありませんと決意を語る。

花村恵美子の第一回映画主演作が封切られ、田舎の映画館で、その姿をスクリーンで観る宮田と富子の姿があった。

富子は、スクリーンの中で、哀しげに別れのタンゴを歌う恵美子の姿に耐えきれなくなり、途中で席を立つが、それを追って来た宮田が帰ろうと言い出す。

だって、まだ映画が…と恐縮する富子に、良いんだよ、帰ろうと声をかけた宮田は、コーちゃん!と感激して泣き出した富子の方にそっと優しく手を添えると、一緒に映画館を出るのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

高峰三枝子主演の音楽映画。

ひょんなことから盗作の疑いがかけられた悲劇の歌姫と、曲を盗まれた悲運の芸術家が、いつしか愛情で結ばれかけるが…と二転三転する「身分違いの悲恋もの」

今の感覚からすると、かなり話の展開が強引で、若干不自然さを感じないでもないが、一種の少女マンガのような世界観と考えれば、これもありなのかもしれない。

世間知らずのお嬢さんの行動だけに、全くあり得ないとも言い切れないからだ。

宮田に献身的に尽くす富子の存在が最初からあるので、宮田の気持ちの変化を、観客もハラハラしながら見守る仕掛けになっており、その辺の趣向は巧いと言うべきかもしれない。

微妙な立場を演じているのが佐分利信で、途中の宮田との対決シーンは、観ようによっては嫌な男にも見えてしまう。

夢想がちな芸術家の宮田に対し、地味ながらも世間を知る大人の男として描いているのだろうが、父親から後見人として頼まれていると言う優位な立場があるので、絶えず上から目線で発言しているようで、微妙な存在に見えるのだと思う。

宮田に対し、ライバル関係となる大井の方の心理描写などをきちんと描いていない所も一因かもしれない。

富子の立場も微妙で、結果的に、恵美子と宮田の恋愛関係を邪魔する嫌な娘のような終わり方になっているのもちょっと気になる。

もちろん、最初から、彼女の宮田に対する気持ちは観客にも分かっているのだが、こちらもあまり丁寧に描かれていない為に、後半、いきなり、宮田に恨み言を言いに来ているようにも受け取られるのが辛い。

結果的に、主要の4人は、皆、心の中では離ればなれになってしまう訳で、何ともやるせない気持ちが残ってしまう。

このハリウッド映画のハッピーエンドとは対極をなすような、日本映画特有の悲劇性と言うか、微妙な後味の悪さは、当時の女性向け映画の特長の一つだったのかもしれない。