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海は見ていた

2002年、山本周五郎「なんの花か薫る」「つゆのひぬま」原作、黒澤明脚本、熊井啓監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

江戸・深川の岡場所

「葦の家」では、元は武家の出とかねがね自慢している菊乃(清水美砂)が、仲間の娼婦たちに本を読んで聞かせている中、一人、お新(遠野凪子)だけが、玄関前に立って、客待ちをしていた。

やがて、女将のおみね (野川由美子)が、もう閉めようかとお新に声をかける。

その時、一人の若侍が近づいて来て「泊れないか?初めてなんだ」とお新に声をかける。

お新は、初心な客が来たと喜び、二階の座敷に案内する。

「おつとめ」つまり花代400文を請求したお新に、若侍は多目の金を渡すと、実は喧嘩をして追われているのだと事情を説明する。

お新は、すぐに飲み込むと、刀を押し入れに隠すと、外で花代を菊乃に渡し、この客は、指物師の太次と言う事にすると打ち合わせをする。

若侍、井原房之助(吉岡秀隆)は、八幡前の茶屋で仲間と酒を飲んでいた時、飲み慣れない酒に酔ってしまい、隣りの部屋の客と喧嘩になり、その時、刀を抜いて相手を斬ってしまったらしいが覚えていない。今夜は家に帰るなと誰かの声がしたので、そのままここまで逃げて来たと、お新に説明する。

お新は、髪型で侍と気づかれると言い出し、その場で房之助の髷をほどくと、町人風に結い直す。

その直後、岡っ引きの梅吉(鴨川てんし)が、八番屋の若衆二人(加藤隆之、佐藤健太)を引き連れて、宿改めに来る。

お新の部屋を覗き、客の顔を見せろと迫った梅吉だったが、酔って眠りこけており、裸のお新に揺り起こされてもなかなか起きないように見えた房之助を侍とは気づかず、そのまま立ち去って行く。

翌朝早く、房之助も帰って行く。

菊乃があれからどうしたのかと聞くと、お新は、着物を着て、ありがとうと礼を言うと、朝までずっと座っていたので、自分も付きあって起きていたと言う。

菊乃は呆れるが、眠ると言って部屋に入ったお新に近づくと、初心で良い子らしいけど、惚れちゃダメだよ。惚れる相手じゃないよと釘を刺す。

お新は、大丈夫よ。それに、もう来る人じゃないしと笑うが、お新は男に惚れやすいタイプだった。

ある日、馴染みのご隠居善兵衛(石橋蓮司)は、お気に入りの菊乃には、厄介なヤクザが来ているのだと女将から聞かされていた。

元々、菊乃は吉原にいたのだが、そのヤクザのために、こんな所まで都落ちさせられたのだと言う。

ちょうど、そのヤクザの銀次(奥田瑛二)が帰るようで、見送る菊乃に、考えといてくれと告げて、店を出て行く。

菊乃は、住み替えの話よと女将に説明する。

その時、笠をかぶった侍が、泊りたいと来店し、お新を指名する。

ちょうど、お新は外出していたので、菊乃が呼びに行くと、橋のたもとで妹に金を渡している所だった。

何かあったのかと菊乃が聞くと、母が寝込んだのだと言う。

菊乃は、お新の父親が長患いの末、亡くなったばかりなのに…と同情し、客が来ていると教える。

茶を持って、部屋に戻ったお新は、そこで待っていたのが房之助と判ると、呆然として、お茶をこぼしてしまう。

狼狽して、お茶を入れ直すため、部屋から出ようとするお新を、房之助がいらないと止める。

そうした様子を廊下で目撃した菊乃は、その日もやって来ていた善兵衛と話題にする。

善兵衛は菊乃に、自分と家を持たないか?と口説くが、菊乃は冗談だと思い、相手にしなかった。

房之助は、刃傷沙汰がバレて、家を勘当されたので、今は叔父の家にいる。これからは時々来るよと言うが、それを聞いたお新は、気持とは裏腹に、二度とこんな所に来てはいけませんと言い返す。

その後、房之助を送り出すお新の側、別な男が岡場所に近づいて来て、それとなく「葦の家」の中を眺めていた。

外は雪が振っており、女将は女たちを自室に呼ぶと、こんな日に客など来ないから、こたつに入っていろと勧める。

ところが、そんな日にもやって来たのが善兵衛で、土産のダンゴを女たちに渡すと、木場の通りで、あの若侍と会ったと言い出す。

それを聞いたお吉(つみきみほ)やおその(河合美智子)らは、あの人、何度も来たけど、お新ちゃんが断っているのだと教える。

善兵衛も、添い遂げられる仲じゃないと頷く。

話の流れから居づらくなったお新が、部屋を出ようとした時、今話題になっていた房之助が又来たので、菊乃に追い払ってくれと頼む。

今、お新には泊まり客がいると菊乃が応対すると、房之助は、どうして私は上がらせないんだと怒って帰る。

その間、奥でじっと耐えていたお新だったが、とうとうたまりかね、店を飛び出し後を追うと、橋の所で、房之助に追いつく。

「葦の家」では、女将が、誰か傘を持って行っておやりと言い、女たちも、好きなものを嫌いのようにする訳にはいかない。私達だって、人間だもの…と言い合う。

部屋に戻って来た房之助は、まだ、伯父の所にいる。お前に会わずにいられないと切々と言う。

お新は、でも、身分が違うし…と口ごもると、父が勘当を許さなければ、私は刀を捨てるつもりだとまで房之助は言う。

そうした二人の会話を、おそのとお吉は、部屋の外でこっそり聞いていた。

房之助は、お新の不幸な境遇は、巡り合わせが悪かっただけだと説く。

でも、汚れた身体はもう元には戻らないとお新が嘆くと、戻るとも!人間の身体はいつも替わるんだ。

こんな商売を辞めればきれいになる。

爪でも髪でも新しいものに生え変わる。そうじゃなくては酷すぎると言うので、外で聞いていたお吉たちも泣き出す。

その後、お吉とおそのは、今後は、お新の客も自分たちが引き受け、稼ぎはお新に渡すと言い出すようになる。

それを聞いたお新は驚くが、お吉たちは、私達の中から、お侍のお嫁さんが出るなんて…、姉さんもお侍の妻なんだから判るでしょう?と菊乃に訴えかける。

その後、菊乃は銀次から、まとまった金がいるんだ。俺の頼みはそっぽを向くと言うのはおかしいんじゃないかと迫られる。

その銀次とすれ違うように、又やって来た房之助は、実は近々、勘当が許されそうなので、今はあちこち引き回されている所で、しばらくこちらに来れぬと言う。

応対に出たお新が、実は今、私は病気と言う事になっており、店に出ていないのだと言うと、房之助はそれは良い!と喜んでくれる。

季節は春になり、桜が満開の中、又、岡場所へ向かう房之助の姿を、土手に座っていた、以前「葦の家」の中を覗いていた男が見送る。

久しぶりに「葦の家」にやって来た房之助は、今日はみんなに祝ってもらおうと思って来たと全員を部屋に呼び集めると、途中で見つけたと、卯の花を一輪差し出す。

お吉がそれを、お新の髪に指してやる。

房之助は、ようやく勘当が解けたので、ついでに婚約もしてしまおうと云う事になったと言うので、聞いていた女たちは、思わず「誰の?」と聞き返してしまう。

房之助が言うには、相手は次席家老の娘で、2年前に許嫁になった。今は17になると言い、今夜内祝言があるとうれしそうに話すので、たまりかねたお吉が「あんた、それでも人間か!」と飛びかかりそうになる。

菊乃らが必死にそれを止め、外に連れ出して行くが、お吉の泣き声はその後も続き、一人、房之助だけが訳も判らず、呆然として廊下に出た所で、女将に呼ばれる。

女将からこれまでの経緯を耳打ちされた房之助は、そんな…、みんな、私が、お新と一緒になると…?と立ち尽くす。

そんな房之助に、お新は、預っていた刀を渡し、帰ってもらう。

廊下には、卯の花が落ちたままになっていた。

夏が来て、お新は又、店に出るようになる。

体調を崩した女将が湯治に出かけ、店を任された菊乃は、無理をするなとお新に声をかけるが、お新は、もう大丈夫だと言う。

仲通では、祭りの神輿が練り歩き、夜は花火があがった。

その夜、又、善兵衛がやって来て、お新の様子を聞く。

菊乃が、今日から出ていると教えると、熱くなったお前たちが慌て者なんだ。あの坊やに悪気はないと、善兵衛は苦笑する。

お新が相手をしていたのは、以前、店の中をうかがっていた良介(永瀬正敏)だった。

朝、お新が目覚めると、良介は、着物を頭からかぶって、部屋の隅でうずくまっていた。

上がり(お茶)でも持ってきましょうかと声をかけると、いらねえ、帰ると言い出す。

朝食時、お吉は、800石の侍の嫁だったと日頃言っていたはずの菊乃が、房之助の言葉を見抜けなかったとなじり出す。

場の雰囲気が悪くなりかけた所に客があり、又、良介だった。

良介の荷物を預かったお新は、匕首が包んであるのに気づき、こんなものは危ないからと、箪笥の中にしまう。

酒が飲みたいと言い出した良介のため、お新が部屋を出て行くと、良介は、箪笥の中の匕首の包みを取ろうとするが、考え直して元に戻す。

戻って来たお新が、酒の酌をしながら、あんたってどんな人と聞いて来たので、俺なんか虫けらみてえなもんよと、良介は自嘲し、ぽつりぽつりと身の上話を始める。

5つの時に、おっかさんと死に別れてからは天涯孤独で、出来るのは乞食だけだった。

冬なんか寒いので、寺の縁側の下に大きな犬と抱き合って寝ていた。

その犬はいつも俺を守るように寄り添ってくれたので、もらった食べ物は犬と分け合って食べた。

聞いているうちに、あまりの悲惨な話にお新は泣き出し、止めてくれと言う。

でも、俺の不運はここから始まるんだと良介は続ける。

6つに時に番小屋のじいさんに拾われ、赤坂の酒屋に奉公に出されたが、18になって戻ってみると、その間の給金は全て、じいさんにだまし取られていた。

その後、松川と言う料理屋に勤め、5年経ったので、そろそろ包丁を持たせてくれないかと頼んだら、お前のような勘の悪い奴は、一人前の職人にはなれないと言われ、翌朝、店の外に、俺の荷物が放り出してあった。

匕首を買い、松川に行ってちょっと見せつけたら、あっさり金を渡してくれたので、多少金は手に入ったが、今まで働いた分にもならないくらいの額だと良介は言う。

聞き終わったお新は、それじゃあ、押し込み強盗と同じじゃないかと呆れると、良介は、泥棒はあいつたちの方だと反論し、川で精霊流しをしている娼婦たちを眺めながら帰って行く。

ある日、裸の菊乃の背中を拭いてやりながら、お新の新しい客の話を聞いた善兵衛は、又、俺と家を持たないかと菊乃に話しかけると、お新ちゃんは、不幸せな人には親身になると、困ったように呟く菊乃に、不幸せと不幸せがしっついたって、もっと不幸になるだけだと漏らす。

その日も、お新に会いに来ていた良介は、今時、手に職のない人間はまともな職などない。今度はこちらが踏みつけるだけだ。取られた分だけ取り戻して、あっさりおさらばするつもりだと捨て鉢な事を話していた。

お新は、去年、大川に身を投げて死んだ自分の兄さんも、良さんと同じ気持だったのかも知れないと呟く。

版木彫りを6、7年もやっていたが、一向に上達せず、父親は卒中で寝たきりで直る見込みはなかったし、私に苦労をさせたくないと追いつめられていた兄の気持がわかるとお新が続けると、良介は憤慨し、その兄さんはあんたの苦労を無にしている。例え、版木彫りが出来なくても、草鞋を作り、紙袋を作るなど、何でも出来たはずじゃないかと言い出す。

すると、お新も、私もあんたに同じことを言うわ!あんたには厄介な両親もいなければ、身体も丈夫だし、何でも出来るはずじゃない。

私は、死んだお父っつぁんや兄さんの代わりに、あんたに尽くすわ。あんたは、私の苦労を無にしないはずと言い放つ。

その話を後で、お新から聞いた菊乃は、止した方が良い。とんだ目にあうよ。そんな男が最後に紐になるのよ。女は、そんな話を信じて苦労を背負い込むだけと忠告するが、お新は、あの人にとって、大事なのは今なの。あの人、横町の角を曲がるか、曲がらないかで運命変わるの!私はそれを止めたいのと反論する。

ある日、明日大きな取引があるからと、善兵衛が「葦の家」を後にするのとすれ違いに、銀次が店に入って来る。

仲通では、人気者で鳶職の権太 (北村有起哉)が、女たちに取り囲まれ、見栄を切りながら「葦の家」にやって来ると、先に来ているはずの兄貴を探して二階の部屋を開けるが、そこにいたのは、銀次と菊乃だったので、頭を下げ、別の部屋にいた兄貴の文治(佐藤輝)を見つけると、三味線が上手いお吉の部屋で騒ごうと誘う。

銀次は、菊乃が次に移る店は八王子だと言い、支度金を出す。

しかし、菊乃が、承知しない様子を見ると、まさかお前、あのじいさんと?と疑い、いい加減にしないか!と殴り掛かって来る。

お吉の部屋で上機嫌で歌っていた権太らは、そのもの音で静かになってしまう。

お新の部屋に来ていた良太も、菊乃の部屋の異状に気づくと、動こうとし、それを必死にお新が止める。

あのジジイとなんかと一緒になろうとすると、痛い目に会うぜ、あのジジイ…と、言い捨てて、銀次は帰って行く。

心配した他の部屋の女や客たちが、菊乃の部屋の様子を覗きに行くと、乱暴された菊乃が、乱れた姿のまま倒れていた。

その時、外ではにわかに雷鳴が響き渡り、突然大雨が降って来る。

部屋に戻って来た源太は、嫌なものを見ちまった、辛気くせえ…と呟き、又、小声で唄を歌い始めるが、豪雨が一向にやみそうにもないので、このままでは橋が危ないと、文治と一緒に、役に立ちそうもない傘も持たずに帰って行く。

一人、「葦の家」に残っていた良介は、お新に誘われ、他の女たちと一緒に飯を食うとこにするが、その間にも、嵐は強まり、見ると、他の店の女たちは荷造りをして逃げ出そうとしていた。

岡場所はどこも、嵐で崩壊しかかっていた。

その内、雨が小振りになったので、菊乃は一安心するが、やがて「大潮」が近づいている事に気づく。

外に様子を観に行っていたお吉が戻って来て、早く逃げなくちゃと言いながら、荷造りを始めたのを見たおそのも、荷造りを始める。

菊乃は、自分は店を預っているのでダメと言い、逃げた方が良いと勧める良介に、お新を連れて逃げてくれと頼む。

二階で自分の貯めて来た小銭を集め、それを包んだ風呂敷を腰に巻き付けた菊乃の元に、下の女将さんの部屋から、金の入った小箱を盗み出した銀次が上がって来て、俺と一緒に来るんだと誘う。

菊乃は、女将さんの金を返せと迫るが、銀次は聞こうとしない。

それを止めようとした良介だったが、階段から突き落とされてしまう。

起き上がった良介は、お新の部屋に向かうと、箪笥の中から匕首を取り出し、再び、銀次に立ち向かう。

匕首を突きつけられた銀次は腰が引けてしまい、自分も匕首を取り出すが、ただ闇雲に振り回すばかり。

目の据わった良介は、そんな銀次を追いつめ外に出て行く。

外の葦原で戦う二人を、店の玄関口から見つめるお新と菊乃。

やがて、良介が一人戻って来たので、思わず走り出たお新がその身体にしがみつく。

もう済んだ。あいつは片付けた。ああいう奴は勘弁ならねえと言う良介に、あんた、どうするの?と問いかける菊乃。

奉行所に行くと言い出した良介に、あんた一生棒に振るよ。上方へでも逃げて、ほとぼりの冷めるの待てば良い。その間、お新は自分が守っているわと菊乃が勧めたので、良介は、じゃあ、姉さん、頼んだぜと言い残し去って行く。

岡場所は川の水が溢れ水に浸かり、「葦の家」には、逃げ場所を失ったお新と菊乃が取り残されていた。

菊乃は謝るが、お新は、姉さんと一緒なら大丈夫と答える。

川の暴れ水が治まっても、今度は海の暴れ水がゆっくり上がって来るのよと教えた菊乃は、蝋燭を探して来ると言い、「こんばんは」と書かれた提灯を見つけて来る。

そして菊乃は、いざとなったら、明かり取りの引き窓から屋根に登るのだと言い、一番良い着物を着るように、お新に伝える。

それを聞いたお新は、死に装束の意味だと気づき、私達死ぬのねと泣き出す。

すると、菊乃は、どうせ水に浸かってダメになる着物を着ようとしているだけだ。あんた、良さん、待ってるんでしょう?しゃんとしなさいと叱りつける。

やがて、着替え終わり、屋根の上に座った二人は、大空に横たわる天の川を眺めていた。

「荒海や佐渡に横たふ天の川…」と菊乃が読むと、お新は、姉さん、武家の出だから、何でも知っているわねと感心する。

菊乃は、あんなの真っ赤な嘘よと言い出す。

ここまで身を落とすと、生きて行くの大変。その気持のつっかえ棒がないと生きて行けない。武家育ちなんて、そのつっかい棒なのだと言う。

お新は、やっぱり私達…と、死を覚悟して泣き出すが、その時、「おーい!」と呼びかける声が聞こえて来る。

見ると、逃げたはずの良介が、小舟を操って近づいているではないか。

それを見た菊乃は、お新ちゃん、今度こそ、立派な男、釣り上げたね…と喜ぶ。

屋根に近づいた船は、今にも沈みそうなボロ船で、お新に続き、菊乃も乗ろうとすると、とても持ちそうになかった。

菊乃は、ダメだよ。3人乗ったら沈んでしまうと諦め、お前さんはもう何も心配する事なくなった。何もかも海が飲み込んでしまったからと良介に話しかける。

海が見ていて、お前たちを助けてくれたみたいと言い、菊乃は、腰に付けていた風呂敷を外すと、お新に手渡す。

お新が、姉さんにも色々事情があったはずと受け取るのを躊躇うと、里子の仕送りの話かい?あれも嘘だよと答えた菊乃は、お行きったらお行き!と二人をせき立てる。

すぐに戻って来るからと言い、良介は小舟を漕ぎ始める。

遠ざかって行く菊乃に、「姉さ〜ん!」と呼びかけるお新。

水に浸かった屋根の上に一人取り残された菊乃は、提灯に向かい「こんばんは」と話しかけ、これで本当のひとりぼっちでござんす。いっそ良い気持だ…と言い、空に向かって伸びをする。

夜空には、流れ星が一つ、流れて行った。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

黒澤明の没後、その遺された脚本を元に、熊井啓が監督をした作品で、日活創立90周年記念作品でもある。

不幸な生い立ちの娼婦たちと、不幸な男の巡り会いと言う、ちょっと寂しい内容だが、後味はそんなに悪くない。

前半の吉岡秀隆演ずる房之助とお新の話は、ちょっと意表をつく展開になっている。

愛してもいない女の元へ、何度も足しげく通って来る房之助の気持は正直良く分からないからだ。

身体を求めている訳ではないから、女との付き合い方を知らない坊やと言う事で、それを「純愛」だと錯覚したのは、店の女たちと観客の勘違いと言う事なのだろうが、何度も店に泊るのを断らた房之助が、「お前に会わずにいられない」と、お新に訴えかけるシーンは、単に「お新に会うと楽しい」だけの青年が言うセリフにしては、不自然に感じないでもない。

店に泊るには、それだけの金が必要な訳で、勘当され、叔父の家に厄介になっている身分で、そんなに余裕があるのか?と言う疑問を感じないでもないが、それも、それだけの裕福な家の子と考えれば、あり得ない事ではなく、その辺が、ミスディレクションとして成功している所だろう。

許嫁が次席家老の娘と言うからには、それなりに井原家も由緒正しき家柄なのだろう。

吉岡秀隆の見るからに誠実そうなキャラクターも、このひねりを成功させてる要因だと思う。

後半は、良介と言う不幸のどん底で生きて来たような男とお新の、新たな恋を描くと共に、嵐と言う見せ場で、全てが水に流れるようにちりじりに消えて行く様が描かれている。

お新を演じている 遠野凪子は、地味な印象ながら、それなりの魅力を感じる女優だが、菊乃を演じる清水美砂の方は、ちょっと微妙な印象がある。

女優としてと言うより、菊乃と言うキャラクターがである。

かえって、キャラクターがはっきりしている、気の強いお吉役のつみきみほや、ちょっと頭がぬるい感じのおそのを演ずる河合美智子などの方が印象に残るような感じがするのだ。

銀次と言う厄介なヒモに付きまとわれ、どんどん、人生を踏み誤って行かざるを得ない不幸な女でありながら、そんな中でも、必死に生き抜こうとするバイタリティのようなものは失わないヒロインと言った菊乃だが、もう一つ、キャラクターとして迫って来るものがないような気がする。

最後の最後に、女気を見せる菊乃だが、そこに至るまでの、彼女の存在感が今ひとつ弱いのではないか?

それまで、お新の方がヒロインのような描かれ方だったのが、最後になって、急にヒロインの立場がすり替わってしまったような唐突感があるのだ。

あのラストへ持って行くためには、もう少し、菊乃には、個性(アク)の強いタイプの女優の方が良かったのかも知れないなどと考えたりもする。