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虎の尾を踏む男達

1952年、東宝、黒澤明脚本+監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

1185年、平家は西海に滅んだ。

殊勲者源九郎義経は、その武勲に都大路を闊歩しても良いはずだった。人を疑り深かった源頼朝は、梶原景時の讒言を信じ、義経を討とうとした。

日本中に身の置き所を失った義経は、近臣6名と、唯一の同情者、奥州の藤原秀衡に会うため、安宅の関所に、虎の尾を踏むような気持で向かっていた…

7名の山伏に雇われ、山を登っていた強力(榎本健一)は、根っからのおしゃべりらしく、どこから来たのかね?とか、どこへいくのかね?自分が背負っている行李には何が入っているのかね?とか、あれこれ山伏に話しかけて来る。

先頭を歩いていた山伏が、後、関所まではどのくらいかと聞くので、半里くらいと強力が答えると、山伏はしばらく休もうと提案する。

強力は、片肌脱いで、渋内輪で扇ぎながら、すっかりくつろいでしまうが、山伏たちが、ただ目を閉じて、静かに休んでいる姿を見て驚く。

おしゃべりな強力は、自分も足は自慢だが、旦那方には適わない。ただ、この人だけは足が弱く、見かけも女みたいだねと一人の山伏を指して言うと、一行が睨みつけて来たので、慌てて黙り込む。

山伏の一人片岡(志村喬)が、確かにこの道は堪える。他に道はないのかと聞くと、そんな道を通ったら、義経様を捜している役人にたちまち捕まってしまう。この間も、二人斬られてと強力は答える。

しかし、将軍様ともなると、兄弟喧嘩も大変だね…などと、強力は話を続ける。

しかし、義経様には武蔵坊弁慶と言うすごいのが付いているから大丈夫、身の丈7尺もあり、200貫の棒を振り回すらしく、敵の首を引っこ抜くそうだなどと、調子に乗ってしゃべっていると、先ほど先頭を歩いていた山伏が大笑いし出し、他の山伏もつられて笑う。

受けたと思った強力は、しかし、その弁慶は頭が弱いらしいと言い出す。

何かに化けているらしいが、もうとっくに関所には知られているのだと言うので、何に化けているのだと山伏が問うと、強力は、関所で聞いたけど…とあれこれ思い出し、そうだ!山伏だ!とうれしそうに思い出し、次の瞬間、目の前にいるのも山伏と気づく。

気を取り直して、人数も判っている、7人だと言いながら、目の前の山伏たちの人数を数えてみると、ぴったり7人、強力は、自分が今しゃべった事を後悔し出す。

その時、「弁慶!」と呼ぶ声が響く。

先ほど、強力が弱いと言っていた山伏が、一番先頭を歩いていた山伏に呼びかけたのだった。

呼んだ義経(仁科周芳)は、「今の話、聞いたか?」と呼ばれた弁慶(大河内伝次郎)に問いかける。

これでは、作り山伏姿で関所を破るのは無理だった。

一同は、戦って、関所を破ろうと息上がるが、弁慶は、ここを破るのは簡単だが、その先々はどうする?と落ち着かせる。

その方たちは、作り山伏には見えんと安心させる弁慶だったが、片岡は、我が君のお姿は、この強力に世良見破られたと指摘する。

弁慶が、強力に行李を持てと命ずるが、返事はない。

伊勢(河野秋武)と常陸坊(横尾泥海男)が強力の様子を見ると、強力は腰を抜かして震えているではないか。

もう一度脅すと元に戻るのではないか?と苦笑した常陸坊は、起きぬと斬り殺すぞ!と怒鳴りつけると、想像通り、強力はしゃんとなり、行李を弁慶の元に持って行く。

義経は、着物を着替え、笠をかぶると、荷物を背負い、強力に成り済ますと、列の一番後ろから付いて行く事になる。

一人取り残された強力は、落ちていた梅の枝を拾い上げると、その後も山伏一行を追っては、へらへら笑ってみせる。

常陸坊は、金欲しさに付いて来たかと呆れ、巾着を取り出そうとするが、強力は、そんなつもりはない。その強力に化けている義経の様子は全く強力に見えない。義経様と知ったからには気になって仕方ない。自分にも一肌脱がしてくれ…と言う。

しかし、片岡は、このような小者では…と呆れるので、強力は、ダメなんでござんすか?と問い返す。

それでも、強力は山伏一行から離れようとせず、関所の様子が妙だなどと、遠くから語りかけて来る。

どうおかしいのだ?と問うと、梶原の使者が関所に先走っており、あなたたちの報告は既に届いているようだと言う。

進むも退くも袋のネズミと悟った一行だったが、自分たちは、東大寺建立勧進のための旅でござると、一同に言い渡す。

安宅の関所では、地頭富樫左衛門(藤田進)と梶原の使者(久松保夫)らが待ち受けていた。

富樫の前に腰を落とした山伏一行、先頭の弁慶は、東大寺建立の勧進のため旅を続けていると説明するが、と梶原の使者は、山伏が7人、数が合っていると最初から疑いの目で見ていた。

弁慶は、自分たちは、山伏5人…と言うと、急に現れた強力が義経の隣りに並び、「強力が2人」と言葉を添える。

それを見た富樫は、面白い奴だなぁと破顔し、関所を固める家来たちも笑い始める。

しかし、梶原の使者だけは笑おうとはせず、明らかに怪しいと富樫に詰め寄るが、富樫が動こうとはしないので、家来たちに、すぐさまこの一行をひっとらえるよう命ずる。

弁慶は、仏に仕える身を討ち果たしてもとは言語道断、しかし、争ってもいけない。このまま尋常に縄を打たれるまで…と言い、方々、最後の祈りを…と連れの山伏たちに伝え、山に向かうと、祈念を唱える。

その後、某が縄を打たれようと、弁慶が身を乗り出したのを見た富樫は、ご愁傷なお覚悟、今時、これほどの人物はおるまいと、周囲の家来たちを見回し、東大寺建立の勧進のためと仰せだったが、それならば勧進帳をお持ちであろう。それをこれにて聴聞つかまつりたいと言い出す。

弁慶は慌てず、強力に行李を持って来させる。

強力が弁慶の元に運んで来た行李を開けると、中に兜と巻物が入っていたので、弁慶が素早く巻物を取り出した後、驚いた強力は素早く蓋を閉め、行李を持ち上げ、周囲をうろつくが、どこにも隠れる場所がないと知ると、弁慶の背後にしゃがみ込んでしまう。

すると、弁慶が開いた巻物が、全くの白紙だったので、さらに強力は仰天してしまう。

その白紙の巻物を、弁慶は富樫の前で、朗々と読み始める。

しかし、梶原の使者は富樫に何事かを耳打ちすると、油断のない目で、弁慶の方を睨みつけながら近づいて来たので、その様子を見ていた強力は肝をつぶしてしまう。

背後に居並んだ山伏たちも緊張し、思わず、伊勢などは腰の刀に手をかけようとするが、それを横にいた駿河(小杉義男)が制する。

弁慶の勧進帳をじっと聞き入っていた富樫は、確かに、勧進帳を聴聞つかまつったと礼を言うが、事のついでと言いながら、山伏の衣装の理由などを問いつめ始める。

しかし、弁慶、又しても慌てず、得々と、聞かれる山伏の衣装の由来を次々に説明して行く。

富樫も負けじと、次々と質問を浴びせかけて来るが、弁慶に説明によどみはなかった。

その弁慶の一歩も引かぬ態度に納得した富樫は、それほどの知識をお持ちの方を疑ったお詫びに、自分たちも勧進の品を提供させてもらいたいと申し出る。

すると、弁慶は、勧進旅の途中であり、又帰りにこの関所に寄るので、勧進の品はその時に…と応答する。

弁慶に促され、立ち上がった山伏一行が関所を出発しようと出口に向かった時、追いかけて来た梶原の使者が、その強力を捕らえよと命ずる。

強力は思わず縮み上がるが、その強力ではなく、もう一人の方だと言う。

弁慶が、何事かと戻って来ると、梶原の使者は、その強力は判官に似ていると言い張る。

それを聞いた弁慶は、「お前がひょろひょろ歩くから、判官殿に疑われる」と言いながら、錫杖で義経が化けた強力を打ち据え始める。

それを見た強力は、あまりの惨さに耐えかね、弁慶の腕を押さえると、「そんなのねえよ!」と止める。

それでも、義経を捕らえようと、弁慶をどかそうとした梶原の使者に、弁慶は、法衣に手をかけるとは盗人かと威嚇し、他の山伏たちも気色ばみ、家来たちに詰め寄って行く。

そうした展開を見ていた富樫は、杖で家来が主人を打つはずがないと言い聞かし、家来たちに山伏一行を解き放させる。

関所を通過し、人気がなくなった所で、片岡は、とんだ弁慶らしい機転であったと笑う。

それを聞いた強力は、先ほどの、杖で義経を打った弁慶の行動は、敵を欺くための芝居だった事に気づく。

しかし、その弁慶は、義経の前に手を付いて頭をさげていた。

計略とは言え、罰当たりな事をしてしまったと詫びているのだ。

しかし、傘を取った義経は、我を打ったのはこの手ではなく、弓矢八幡の手が打たせたのだと思う。ありがたいと思うぞと、弁慶に手をあげさせる。

そこに、先ほどの安宅の関所から、富樫の使者(清川荘司)が家来に酒肴を担がせ近づいて来ると、率爾を申せしことにゆえと言う事でござると説明する。

弁慶の前に置かれた三段重ねの盃を受けてくれと言われた弁慶は、その盃に描かれた富樫の家紋を見ながら感じ入り、注がれた酒を次々に飲み干して行く。

そのご相伴に預かり、強力も酒を飲む。

酒好きの弁慶は、等々、櫃の蓋を外し、それを盃代わりに大酒を飲むと、誰ぞ舞わぬか?おい強力、酒の肴に何ぞ舞えと命ずる。

すると、強力は立ち上がり、ひょうきんな踊りを披露したあげく、常陸坊の膝の上に倒れ込んでしまう。

その後、弁慶が立ち上がり、某も一たち舞うて、お暇つかまつろうと言うと、我は酒のみぞ…と唄いながら舞い始める。

その姿を、強力に化けた義経は横目でじっとうかがっていた。

次の朝方、くしゃみをして目覚めた強力は、自分の身体に、美しい小袖と、見事な印籠が一つ置いてある事に気づき起き上がる。

周囲を見渡した強力だったが、もはや山伏一行の姿はどこにも見えなかった。

夕べのうちに、旅立ったものと思われる。

小袖を肩にからげた強力は、六方を踏みながら花道を退場するように、草むらをかき分け、山を降りて行くのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

有名な「安宅の関」の逸話を元に、黒澤明が「羅生門」より前の昭和20年、終戦直前に完成させていた最初の時代劇。

いきなり木々が生い茂る森の中から始まる事、山伏の亀井役、森雅之や志村喬など、「羅生門」を連想させる要素が、既にこの時点で見られるのが興味深い。

話の途中で、何カ所か、謡曲「安宅」が挿入され、物語を補足するような演出になっている。

終戦直前と言う時代背景もあるのか、後年のような徹底したリアリズム表現ではない。

芝居の大半はセット撮影であり、背景の空や山の遠景は、明らかに絵である。

役者たちが付けている「ヅラ」なども、かなり生え際の処理が稚拙なもので、アップになると、明らかに「ヅラ」と判るようなレベル。

役者の顔なども、かなり芝居風のメイクが施されており、エノケンのオーバーアクションとも相まって、あくまでも「舞台芝居」を観ている感覚に近い。

弁慶を演じている大河内伝次郎は、特に大男ではない事もあり、冒頭でエノケン扮する強力が語る「弁慶像」を「単なる噂」と思わせるように笑い飛ばしている。

それでも、その異様な目力と、口をへの字に曲げ、もごもごと籠ったような発音でしゃべるセリフは、一種異様な迫力になって、独自の弁慶像を作り上げている。

対する富樫を演ずる藤田進の方は、実に若々しく、爽やかかつ、凛とした好青年風に描かれている。

ワーストカットの、木の上から、山を登る一行を俯瞰で撮ったシーンを除けば、後は、セットを舞台に見立てたような、人物のアップと、少し退いたフィックス画面と言うオーソッドクスな視点で描かれており、カメラワーク的には、特に奇抜なと言うか、才気走ったような印象は受けない。

それでも、エノケン扮するおしゃべりな強力と言うキャラクターをくわえる事で、様式的な話を、もう少し、人間味のある生き生きとした筋立てに仕立て上げた発想と手腕は、やはり凡庸ではない。

黒澤の初期作品として、見逃してはならない作品だと思う。