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最後の忠臣蔵

2010年、「最後の忠臣蔵」製作委員会、池宮彰一郎原作、田中陽造脚本、杉田成道監督作品。

※この作品は新作ですが、最後まで詳細にストーリーを記していますので、ご注意ください。コメントはページ下です。

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此の世の名残 夜も名残 死に行く身を譬ふれば

あだしが原の道の霜 一足づゝに消えて行く

夢の夢こそ あはれなれ…(…と、人形浄瑠璃「曾根崎心中」が映し出される)

四十七士の生き残り寺坂吉右衛門(佐藤浩市)は、海辺を歩いていた。

その向かう先には、小舟を引き上げている漁師たちの姿があった。

その漁師たちに混じり、力仕事を手伝っていた一人の女が寺坂に気づく。

女は、寺坂が探し求めていた茅野和助常成の妻きわ(風吹ジュン)であった。

独り住まいの貧しい家に招かれた寺坂は、吉田忠左衛門から聞いて来たと事情を話し、四十七士の遺族たちを一軒ずつ訪ね歩いて来て、こちらが最後だと説明すると、持って着た金子を、大石様から託されたものだときわに差し出す。

きわは心底感謝し、仏壇にその金子を供えた後、お仲間たちは全員、腹を切って死んだはずですが?と、寺坂が生き残っていることを不思議がる。

寺坂は、16年前の12月14日、吉良邸討ち入りの日には、足軽ながら伝令役として参加していた。

無事、吉良上野介(福本清三)の御印を頂戴した後、泉岳寺へ向かう途中で、築地鉄砲塚で休息を取ったという。

その時、大石内蔵助(片岡仁左衛門)直々に呼ばれた寺坂は、そちは、今回の討ち入りを一番しっかり見届けたものとして、瑤泉院様や浅野本家におもむき、事の次第をしっかり報告した後、生き証人として構成に真実を伝えてほしいと言い渡される。

生きて、生き抜くのだ。身を厭い、命を惜しめ、そして、一党の遺族を訪ね、後々の暮らしを助けてやってほしいとも託されたのだと話し終えた寺坂は、その後、茅野の墓をきわと詣でた後、来年2月、四十七士の17回忌があるので、それに出席したいと言い残した後、きわと別れるのだった。

途中、茶屋に寄った寺坂は、目の前にたつ「かちの木」は、一生実を付けないと主人から聞かされると、わしのようじゃ…と思わずつぶやく。

その時、少し離れた所で駕篭に乗ろうとする男の姿に目を止めた寺坂は、旧知の瀬尾孫左衛門(役所広司)ではないかと後を追うが、駕篭は既に走り去っていた。

タイトル

自宅に帰り着いた瀬尾は、家の中を暖めていた下男の小助をねぎらう。

離れの部屋からは、琴の音が響いて来たので、それに耳を傾けた瀬尾に、小助は、可音(桜庭ななみ)様もゆう様(安田成美)にも負けない技量になられたと目を細める。

離れに戻った挨拶に向かうと、可音は帰りが遅いと子供のように怒り、ゆう様は商いはいかがでしたと言いながら座敷に向かい入れる。

一つの壺を取り出してみせた瀬尾は、これだけの壺を手に入れたが、売る相手の当てがないとぼやくので、ゆう様は、豪商の茶屋四郎次郎様ではどうかと口添えし、面識がないので敷居が高いと尻込みする瀬尾の前で、すらすらと一通の手紙をしたため、これを見せれば、相手はきっと会ってくれるはずと太鼓判を押す。

その後、寺坂の方は、大石内蔵助の又従兄弟にあたる進藤長保(伊武雅刀)の屋敷を訪れていた。

進藤は、寺坂の長年にわたる労苦をねぎらい、当分ここで逗留してゆくようにと勧めてくれる。

そんな進藤に感謝しながら、寺坂は、ここへくる途中で見かけた無二の親友瀬尾孫左衛門について何かご存知ではないかと聞いてみる。

進藤は、瀬尾なら元々変人として知られていたが、討ち入り当夜逐電した。奴には妻がいたが、早くして亡くし、このいないと答える。

そんな進藤は、近頃、京ではやっている人形浄瑠璃でも観てこないかと、寺内に勧めるのだった。

ある日、瀬尾は、茶屋四郎次郎の呉服問屋を訪問する。

ゆうが書いてくれた手紙を渡すと、ゆうが言う通り、あっさり茶屋四郎次郎は会ってくれた。

刈谷孫左衛門と名乗った瀬尾に、持参した壺を見せると、あっさりいくらだと聞いて来たので、仕入れ値が50両なので、50金では?とおそるおそる申し出ると、簡単に承知してくれる。

そして、孫左衛門は、夕霧はどないしている?と聞いてくるではないか。

ゆうは、島原にいた頃、夕霧太夫と名乗る芸者だったらしい。

茶屋様が見受けなさったとか?と瀬尾が聞くと、それは昔の話と、茶屋は笑ってごまかす。

後日、進藤は寺坂を連れて人形浄瑠璃を観に竹本座にやってくる。

そこで、顔なじみの茶屋四郎次郎と合流した進藤は、息子の修一郎(山本耕史)を紹介され、瀬尾とともに、二階桟敷で芝居見物を始める。

その時、修一郎は、一回桟敷中央付近で舞台を観る一人の美しい娘に目が釘付けになる。

一方、便所から席に戻ろうとしていた同伴の孫左衛門は、何気なく見上げた二階桟敷に、かつての親友寺坂吉右衛門の姿を発見し、狼狽するとともに、なぜここにいるのか疑念を持ち、詳しい訳も言わずに、劇半ばというのに、可音を無理矢理連れて竹本座を出る。

家に帰り着き、瀬尾が可音の足を洗ってやっている時、お初と徳二郎はどうなる?と、可音が結末を知りたがるので、確か心中しますと、内容を知っている瀬尾は説明してやる。

可音は、うちには恋というものが分かりませぬとつぶやく。

その日の夕食時、可音とは別のいろり端で食事を取ろうとする瀬尾を、可音は、昔のように、そばで一緒に食べてくれとせがむ。

そして、いつも、瀬尾が出かけている間、自分は寂しいと可音が言うので、武士の娘は、寂しいとか恋しいとか言いませんと言い聞かす。

しかし、可音は、幼き頃は、瀬尾の腕の中で眠りましたねなどと、遠い日の甘美な思い出に浸り出す。

そんなある日、出かけた茶屋四郎次郎から、瀬尾は思いがけぬ依頼を受ける。

息子修一郎が竹本座で見初めた姫御寮を探してもらえぬかという話だった。

四郎次郎は、ただ美しい娘だったら、うちの嫁にはできぬと厳しいことを言う。

瀬尾は、その娘が、可音のことであると瞬時に悟るが、正直困惑して、帰宅後、その話をゆう様にしてみるが、ゆう様は素直に喜ぶ。

ゆうは、そろそろ、瀬尾の秘密を教えてくれても良いのでは?と迫る。

実は、瀬尾は、16年間世話になって来たこのゆう様に、自分の素性を未だに明かしていなかったのであった。

瀬尾は、今日と同じく16年前の雪の降りしきる日、赤ん坊だった可音を抱いて、乳を恵んでくれないか?母を亡くして、生きるすべをなくしておると、ゆうの屋敷をいきなり訪ねて来たのだった。

ゆうは、ちょうど、子供を産んでこちらに帰って来ている女がいると言いながら赤ん坊を受け取る。

それから16年、ゆう様は、行儀作法一切、可音の教育係代わりを立派につとめてくれた。

その夜、瀬尾は可音に向かい、世間では、娘は15、6で嫁にいきます。可音様を幸せにするのが手前の使命。お母様は、武家はつらい。娘は町家に嫁がせたいと、死ぬ間際に話しておられましたとそれとなく話して聞かせるのだった。

後日、可音は、ひとりでこっそり「曾根崎心中」の浄瑠璃を観に出かける。

そんな可音を、ずっと芝居小屋で待ち受けていた修一郎が発見し、帰り際に声をかけてくる。

何とか、可音と言う名前だけは聞き出せたものの、どこに住んでいるかなどはいっさい聞き出せなかったので、帰宅後、修一郎は、父の茶屋四郎次郎に報告する。

茶屋は、その話を、後日やって来た瀬尾に打ち明け、可音という娘には好きな男がいるらしいと話すが、それを聞いた瀬尾は仰天する。

早速帰宅して、そのことを可音に確認してみるが、可音は不機嫌になり、孫三には話しとうないと席を立ってしまう。

その話を瀬尾から聞かされたゆう様は、可音様は恋をしており、その相手は瀬尾だという。

女は女に生まれ女になるだけ。好いた男ができるのが定めですと言うゆう様の言葉に、瀬尾は最初冗談かと受け流すが、話を聞くうちに真剣な表情になり、本気で悩み始める。

その夜、可音は瀬尾に、自分が嫁いだら、孫はどうするのやろ?と聞いてくる。

孫の心の中には、もううちの居所はないのか?と悔い下がるので、孫三は武士でございますると、瀬尾はきっぱり教えるのであった。

その後、自室に戻った瀬尾は、大石内蔵助の位牌の前にひざまずくのだった。

可音は、一人で、茶屋の呉服屋にやってくると、男物の反物を注文する。

応対に出ていた修一郎が、お相手の年格好などを教えていただければ、ふさわしい品物をご用意できますとかまをかけてみる。

可音が返った後、修一郎は、その可音から聞いた、年は50近く、背は高い。赤子の時に良く背負われていたと言う話を父に伝えると、四郎次郎は、父親とも思えぬし、謎だな…と考え込む。

その日、可音は、買って来た反物を隠して帰宅すると、夜中、瀬尾に、措置の着古した着物を貸してほしいと願い出た後、あしたは、うち一人で裏千家の稽古に出かけるので、共はいらないと伝える。

茶屋四郎次郎は、ある日、進藤の屋敷を訪れ、壺を見せながら、実は、息子の修一郎が、竹本座で見かけた娘に恋煩いになってしまったと打ち明ける。

その話を聞いていた進藤は、「かね」とはどういう字を書くのか?と聞き、「可音」だと知ると、「可音」「可留」と二つの名前を記した紙を、茶屋が帰った後、寺坂に示してみせる。

「可留」は「かる」と読めますが?と寺坂が聞くと、進藤は、大石の身の回りの世話をさせていた女の名前だと教える。

二つの名前の類似から、進藤が考えることを察した寺坂は、大石様に隠し子が!?と驚く。

ある日、茶屋四郎次郎を訪れた瀬尾は、可音を見つけたことを教えた後、肝心の可音様に嫁ぐ気持ちがないことを伝える。

ちょうど、その時、茶屋四郎次郎の店にやって来た寺坂は、店から出てゆく瀬尾の姿を見つけ、密かに後をつけることにする。

瀬尾は、店を出た後、大石家の墓にやって来て、掃除を始める。

その時、偶然来合わせた月岡治右衛門(柴俊夫)ら数名の元赤穂藩士が瀬尾を発見、討ち入りの日に逐電したとばかり思っていたお前が、のうのうと生きておったばかりか、いまさらどの面下げて大石家の墓参りをすると、食って掛かり、殴り掛かってくる。

その暴力に耐えながら、瀬尾は、まだ、なさねばばならぬことがありますので…と必死に抗弁する。

その様子を、寺坂は近くからジッと観察していた。

その後、傷だらけになって帰る瀬尾をさらに尾行した寺坂は、瀬尾の住まいを突き止める。

その家に入って来た瀬尾に気づいた寺坂は、自分は命を惜しんだ卑怯者だと言い捨てて、奥へと逃げさる。

寺坂は、近くに落ちていた匂い袋を見つけ、そっと拾い上げる。

その直後、奥から刀を持った瀬尾が戻って来て、訳も言わずに寺坂に斬り掛かろうとするので、驚いた寺坂は、なぜ俺を斬る?何を隠す?と叫びながら外に逃げ出す。

草むらを逃げ回っていた寺坂は瀬尾の姿を一瞬見失う。

瀬尾は、近くの橋の下に隠れていたのだが、その橋の上に立った寺坂は、自分は大石様によって16年間生かされた。諸国に散った赤穂の遺族を訪ねが、その人たちはあらゆる労苦を忍んで生きていた。生きているものの方が背負うものが大きかった。言うてくれぬか、我らは血判同士ではないか?と近くにいると思われる瀬尾に叫びかけるが、返事がないので、そこまで落ちぶれたか…とつぶやいて、去ってゆく。

瀬尾は、大石内蔵助に呼ばれたあの夜のことを思い出していた。

大石は、そなたは浅野家の家臣ではないので、死に急ぐことはないぞと言い、そなたの命を和紙に預けてくれぬか?と言葉を続ける。

京都へ戻り、可留を助けてやってほしいというのだ。

可留は、病を抱いて身ごもっている。今後、生まれてくる子供は、犯罪人の子としてつらい運命が待ち受けているに違いないので、母子共々、かくまってやってほしいのだと頼む。

それを聞いた瀬尾は、自分は今夜死にました。一命を賭して、可留様と、生まれてくるお子様をお守りいたしますと承知する。

大石は、時が来るまでこのことは誰にも言わぬようと念を押した後、金と大石家の家紋が入った羽織を瀬尾に手渡し、これは、何かの時に、大石家の家人である証しといたせと託す。

一方、進藤家に戻った寺坂は、瀬尾の家で拾った匂い袋を進藤に見せていた。

八重菊と伽羅の匂いがする、その匂い袋は、可留様のものと同じであると進藤は教え、おそらく瀬尾は大石からの指示によって、可音と育てたのであろうと推測を話す。

翌日、寺坂は、裏千家の稽古帰りの可音を待ち受け、自分は赤穂浅野家家臣と身分を明かした後、帰宅する可音の駕篭について自宅まで来る。

可音を出迎えた瀬尾は、その後から寺坂が入って来たのを見ると立ち尽くすが、生きて、使命を良く果たしたな。それだけを言いに来た。進藤長保様が何もかも見通しておられたと言う寺坂の言葉を聞くと、さすがに瀬尾も寺坂も、互いに涙目になって見つめ合う。

その夕食時、可音は瀬尾に、うちの体はうちのものであってうちのものではない。大石内蔵助の隠し子として、この身の始末をどうしようと迷いを口にした後、うちは嫁ぐと言い出す。

孫三の言う、幸せというものに触れてみたいと言う言葉を聞いた瀬尾は、その言葉、お待ちしておりました。お幸せになってくださいと平伏する。

翌日、茶屋家に出向いた瀬尾は、可音が、大石内蔵助の隠し子であるという事実を打ち明けるとともに、障りはございませぬかと四郎次郎と修一郎を前に確認する。

それを聞いた四郎次郎は、大石様と言えば武家の鑑、何の障りがあるものかと答え、修一郎も異存はなかった。

瀬尾は、大石可音様は、茶屋修一郎様に嫁ぎたいと申されましたが、祝言まで10日待ってくれとのことですと伝える。

その間、ずっと、可音は着物を縫っていた。

そこに、「曾根崎心中」の浄瑠璃の映像が重なる。

祝言の日、ゆうは、可音の顔に化粧を施してやる。

その頃、四十七士の1回忌が行われており、そこに、進藤長保、寺坂はじめ、赤穂にゆかりのものどもが寺に集結していた。

瀬尾は、自宅仏壇の前で、写経を続けていたが、そこにやって来た花嫁姿の可音が、うちの部屋にきやれと誘う。

部屋についてゆくと、16年、世話になったのうと改まって挨拶をした可音は、この着物はうちが仕立てた。つたないものなれど着てくれるか?と、出来上がったばかりの着物を差し出したので、瀬尾はありがたく身に付ける。

その後、可音は、孫三、抱いてほしい。幼き時のようにと言うので、瀬尾は、言うなりに、可音の体をそっと抱いてやる。

可音は、もっともっときつうとせがむので、瀬尾はぎゅっと抱きしめてやるのだった。

子供の頃、孫三はこうして抱いてくれた。孫三と暮らしたい。このような楽しさが又とあろうかと可音がしんみりするので、瀬尾は、可音様は花で言えばつぼみ、今後、楽しいことはいつでもありますと答える。

孫三に、武士の娘は泣かぬものだと教えられたと言う可音は、気丈にも涙をこらえ、笑って別れようと言う。

家の外では、小助とゆう様が、可音の出立を待ち受けていた。

外に出て来た可音は、ゆう様に、孫三をよろしく頼みますと頼み、ゆう様も、お引き受けしましたとしっかり答える。

その可音を駕篭に乗せ、竹林の中をついて歩き始めた瀬尾は、ちょっと寂しい道中になりましたなと、駕篭の中に向かって詫びる。

しばらく行くと、たいまつを持った侍が一人駕篭に近づいて来た。

待ち受けていた寺坂吉右衛門であった。

お供つかまつり願いたいと申し出て来たので、駕篭の中から、可音が感謝して承諾すると、寺坂は松明を降り始める。

すると、待機していた松明隊が大勢現れ、駕篭の背後につく。

可音を乗せた駕篭は、急に華やかな花嫁行列と化す。

感謝する瀬尾に、すべては進藤様の御計らいと打ち明ける。

さらに列を進めていると、道ばたに控えていた数名の武士が飛び出して来て、恐れながら、大石可音様の婚礼の列でございましょうかとひざまずき、自分は、元赤穂藩の小姓だった月岡治右衛門と名乗る。

残りの二人もそれぞれ名乗り、駕篭から顔を見せた可音は感謝する。

月岡は瀬尾に向かうと、先日は知らぬこととは言え、とんだ無礼を働いてしまい、自分は万死に値すると頭を地面にすりつけて謝罪するので、瀬尾は、月岡様、ともに参りましょうと声をかける。

その後も、道々で待ち受けていた、赤穂の藩士たちが列に合同し、茶屋家の前に到着した時は、ものすごい人数の行列になっていた。

門前には、元赤穂家臣奥野将監( 田中邦衛)が待っており、駕篭から降り立った可音に恭しく挨拶を述べた後、屋敷の中に誘う。

いよいよ、可音と茶屋修一郎の祝言が始まり、元家臣たちは、その席に列席していたが、ふと寺坂が気づくと、瀬尾の座布団には誰も座っていなかった。

祝言に出席せず一足先に帰宅していた瀬尾は、大石内蔵助と可留の二つの位牌を前に、可音が嫁いだ報告をしていた。

そんな瀬尾に、小助が声をかけ、ゆう様が待っておられますと伝える。

ゆう様が用意した簡単な膳を前に、酌をしてもらった瀬尾は、これまでのことを感謝する。

そんな瀬尾に、ゆう様は、死んだらあきまへんでと釘を刺す。

男はんをこの世につなぎ止められるのは女子だけと、島原で学んだと言うゆう様は、うちは孫三はんのことを思いますと続ける。

その言葉の意味を、瀬尾がはかりかねていると、これからは好きに生きて行っておくれやす。自分は可音様の代わりはできませんが、女子ですと言いながら、ゆう様はふすまを開ける。

隣の部屋には、枕を二つ並べた布団が用意されていた。

16年待ちましたと訴えてくるゆう様の言葉に、使命を終えたものに、その言葉は惨いと瀬尾は苦しむ。

16年間待たされたこの身とどっちが惨いと言いながら、ゆう様は、瀬尾の手を握ってくるが、ゆう様、お許しください。身どもは武士でございますと頭を足れる。

それを聞いたゆう様は、そっと手を離し、この夕霧に仕掛けられてふらはった男はんは、孫三はんがはじめてですとあきらめる。

その頃、共の決意を察した寺坂は、馬を駆り、瀬尾の元にひた走っていた。

位牌の自室に戻った瀬尾は、大石家の羽織を羽織った後、遅ればせながらお供つかまつりますと位牌に告げながら、逆手に刀を握りしめる。

瀬尾の脳裏には、幼かった可音(北村沙羅)と過ごした日々のことが走馬灯のようによみがえっていた。

家に到着した寺坂が中で瀬尾の姿を探していると、今まさに腹を刺したばかりの瀬尾を発見し、自らの刀を抜いて迫る。

しかし、気配を感じた瀬尾は、介錯無用!と叫ぶと、自ら小刀を首に運び、頸動脈を切断して果てる。

その見事な最後を見届けた寺坂は、おぬしは最後の赤穂浪士じゃ!と声をかけ、頭を足れるのだった。

「曾根崎心中」の映像が重なる。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

有名な赤穂浪士の討ち入りの後に、意外なエピソードが残っていたというお話だが、観る前は、全く期待感がなかったものの、観ている途中からぐいぐいと引き込まれ、最後は深い感動を覚えていた。

時代劇であるにも関わらず、全くチャンバラアクションが出てこないというのも珍しい。

こういう地味な展開で、どうやってクライマックスを作るのだろうと案じていると、それなりの感動のクライマックスが用意されていたので舌を巻いた。

昨今流行の、いわゆる女性向け恋愛テーマ時代劇でもない。

一見、恋愛の変形パターンなのか?と思わせておいて、実は、武士独特の忠義の形を見事に見せつけるラストになっている。

その悲劇性、ストイックさが胸に迫る。

今年の日本映画の、大きな収穫の一つであることは間違いないだろう。