1994年、TBS+バンダイビュジュアル、江戸川乱歩原作、薩川昭夫脚本、川島透脚本+監督作品。
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浅草の宝蔵院前で、早朝、ふろしき包みに包んだ大きな荷物を持った少年、元木邦晴(藤田哲也)は、旅をしようと待ち人をしていた。
目の前の道を、蜆売り (伊勢カイト)が通り過ぎて行く。
すると、どこからともなく、「止めた方が良い」と声が聞こえる。
ポケットから、金の懐中時計を取り出した邦晴は、「邦晴、これを、取っておいてくれ」と言っていた、兄の声を思い出す。
「兄さん…」と、邦晴が呟いた時、「来ちゃった…」と、兄の嫁、鷲尾いさ子にとっては義姉の百代(鷲尾いさ子)がやって来る。
しかし、又、「止めた方が良い」と言う声が聞こえたので、邦晴は周囲を見回す。
「邦晴さんは、旦那様、兄さんが、どこにいたのか知っているんでしょう?」と百代が聞いて来たので、思わず「兄は…」と答えかけた邦晴だったが、百代は、今は言わなくても良いと言葉を塞ぐ。
その時、汚いなりをした見知らぬ老人( 浜村純)が、邦晴の足にすがりついて来たので、驚いて突き飛ばすと、老人は倒れ込む。
老人は、気がつくと、見知らぬ建物の待合室のような所に倒れていた。
そんな老人に近づいた別の老人(多々良純)が、昔、内務省で特高課長をしておられた元木邦晴さんですね?と言いながら手を差し伸べて来たので、助け起こして切れるのかと思い気や、そのまま、ずるずると、老邦晴の身体を引きずって行き、無人の便所の中に連れ込む。
老人は、老邦晴に対し、自分は金原伸造と言うが覚えているか?と問いかけて来る。
覚えてはいまい。
私と同じような何万もの人が、警察に連れて行かれて虐められた。
そう云う金原の右目は見えないようで。それも特高でやられたのだと言う。
その後、あなたは、満州に行き、その後、シベリアに抑留され、死刑になったと聞いたが、こんな所にいるじゃないか!
兄さんは、八百屋お七の押絵と一緒になったんだ…、老邦晴は便所の中に倒れたまま、遠い昔にいなくなった兄の事を思い出していた。
金原は、俺たちの人生を踏みにじりやがって…と言いながら、倒れた老邦晴の顔に小便を浴びせかける。
しかし、気がつくと、老邦晴はまだ、床に倒れたままだったし、小便をかけたはずの老人は、近くのソファで居眠りをしていた。
夢だったのか?
その後、老邦晴は、入院している友人の門馬弥三(天本英世)を訪ねて行く。
門馬はもう寝たきりだったが、福成を知っているか?と邦晴に聞き、偶然、ここに入院している事が分かったんだが、一昨日死んだよと言う。
あの切れ者と言われた秀才が、すっかりぼけちまって、公園のベンチで泣いていたそうだ。そして、便所紙を腹一杯食って死んだよ…と話した門馬は、老邦晴に、ボケの症状はないか?一人暮らしだろう?と聞いて来る。
老邦晴は何とか大丈夫だと答え、今度、兄さんと一緒に暮らす事にしたんだと告げる。
それを聞いた門馬は、兄さんと言うのは、あんたと10歳違いだったから、かれこれ100歳!と驚く。
病室を出て、廊下を歩いていた老邦晴は、大きな鏡に映る自分の姿に愕然とする。
鏡の横には、「これは鏡です。あなたが写っています」と注意が書いてあった。
病院から、自宅に戻る老邦晴は、色々、目印を便りにようやくたどり着く。
途中で買って来た総菜と魚を取り出すと、棚から、茶碗に盛ったご飯を取り出し、少し臭いを嗅いで、大丈夫だと分かると食事をはじめるが、隣りの部屋に、不良の若者たちが集まっており、何か変な臭いがするなどと言いながら、壁を蹴り付けて来る。
とある寺に向かった老邦晴は、そこに奉納してあるはずの押絵を探すが、大正元年の記帳には、そんなものは見当たらないと寺男は言う。
しかし、あまりにも、老邦晴が、ひつこく見つけたがっているので、昼飯に出ている間だけ探して見なさいと親切にしてくれる。
一人で、押絵を探していた老邦晴は、自分の名が呼ばれたので、驚いて振り向く。
その時、蔵の中で寝ていた少年邦晴は、兄の元木昌康(飴屋法水)の声で目覚め、兄の手に、不思議な形の双眼鏡があるのに気づく。
桜木町の道具やで見つけたもので、外国船の船長が持っていたらしいと邦晴に見せる。
その双眼鏡で、窓から外をのぞいてみた少年邦晴は、三越がまるで隣りにあるかのように間近に見える事に驚く。
兄は、浅草の12階に言っていたと言う。
その時、昼食に出かけていた寺男が戻って来て、見つかったかい?と声をかけて来るが、老邦晴は、12階に行かなくちゃならないと言い出したので、それは大震災でなくなったと寺男は教える。
入り口に向かった老邦晴は、ふらついて倒れるが、その後、浅草の町に出かける。
すっかり、町の様子は変わってしまったが、老邦晴は兄に話しかけるように、あの12階はもうないよ…と途方に暮れかけていた。
しかし、その眼前に、かつて12階と呼ばれた凌雲閣が出現する。
坊や、おあし!大人8銭、子供6銭と、無表情に受付の男が声をかけて来たので、老邦晴は、10銭玉を差し出して、4銭の釣りをもらって中に入る。
階段を登っていると、上を登っている人影に気づき、それが兄さんだと気づいた老邦晴は、展望台まで追いかけて行く。
兄さん!と声をかけると、振り返った兄は、邦晴だと気づく。
声をかけたのは、いつのまにか少年邦晴になっていた。
双眼鏡で下界を熱心に覗いている兄に、少年邦晴は、父さんが怒っていたよと教える。
しかし、そうか…と答えただけの兄は、兄かを発見したようで、双眼鏡を覗きながら、興奮しているようだった。
本木家に、兄昌康の花嫁百代が到着していた。
婚礼を前に花婿たる兄は土蔵の中に籠っており、呼びに来た少年邦晴に、兄は、蜃気楼って知っているか?と問いかけて来る。
少年邦晴が知っていると答えると、では、どうやって出来るか知っているか?と重ねて聞いて来る。
海の表面の温度が、上の空気より低い場合、光線が異常屈折するんだ。つまり、空気がレンズを作るんだと、兄は得意げに説明する。
魚津が有名だが、蜃気楼見てみたいな…と、兄は夢見るように呟くが、何か思い詰めてもいるようだった。
その後、兄の婚礼が始まり、少年邦晴も出席するが、長い木遣りが唄われたので、退屈してあくびをしてしまう。
すると、それを見つけた花嫁姿の百代が、可愛らしそうに微笑む。
少年邦晴は、蠅がまとわりついて来たので払おうとするが、気がつくと、アパートの一室で、老邦晴が死んで蠅がたかっていた。
驚いて目覚めた少年邦晴は、この所、いつも変な夢を見る事を気にしながらも、花嫁の百代の部屋につい行ってしまう。
すると、一人で百代が泣いていた。
花婿たる兄は、百代と同衾していないのだった。
ある日、蔵の中にいた少年邦晴の元に、歌を口ずさみながら百代が茶菓子を持って来て、兄の所在を訪ねる。
少年邦晴は、出かけた。多分、浅草…と答える。
百代は恥ずかしそうに、ごめんなさい。これでは焼き餅焼きの嫌なおかみさん…と自嘲する。
少年邦晴は、窓から外をのぞいている百代の着物の裾から出た白い足首に見とれていた。
多分12階と少年邦晴が教えると、百代も登ってみたいと言い出すが、すぐに、嘘と打ち消す。
それでも、百代と連れ立って町に出かけた少年邦晴は、茶店でかき氷を食べながら、この頃、妙な夢を見る。自分がおじいさんになっていて、廻りには、変な建物が建っている。おそらく、未来の世界ではないかと打ち明ける。
百代は、こんなに話したのは久しぶりと、少年邦晴に感謝する。
少年少年邦晴は、兄は少し変わり者なんだと言い訳をするが、百代は、これからも末永く、仲良くして下さいましねと百代は頼む。
少年邦晴と兄の祖父に当る元木藤兵衛(高杉哲平)が臨終を迎えようとしていたが、そこにも、兄の姿はなく、父の惣一郎(和崎俊哉)は癇癪を起こす。
いたたまれなくなった少年邦晴は、探して来ると言い残し屋敷を飛び出す。
町に出て、帽子屋のショーウィンドーの横を通った時、ガラスに、夢に出て来る、あの老いた自分の姿が写ったので、少年邦晴は肝をつぶす。
兄は、やはり12階の展望台にいた。
兄は、行こう!早くしないと…と言いながら、下に降りてしまったので、少年邦晴もあわてて後を追うが、途中で兄を見失い、見知らぬ遊郭のような一角に迷い込んでしまう。
そこを逃げ出した少年邦晴は、「兄さん!」と呼びかけながら、兄の姿を探しまわる。
一方、現在では、老邦晴が、「兄さん!」と同じように叫びながら、浅草の町を彷徨っていた。
過去と現在の2人の邦晴は、浅草の町の怪しい世界の中で放浪し続ける。
少年邦晴は、覗きからくりの所にいた兄をようやく見つける。
兄は、自分が探していた娘さんはこの中にいると言い、少年邦晴にも、覗きからくりを覗かせる。
少年邦晴は、12階の展望台から、いつも熱心に兄が双眼鏡で見ていたのは、この覗きからくりだった事を知る。
その中は、八百屋お七の物語が、押絵で再現されていたが、その中の、吉三に寄り添うお七の姿が一番気に行っている様子で、自分も吉三のように押絵の中の男になって、お七と話をしたいと言う。
その後、少年邦晴は、その覗きからくりを壊してしまい、中にあったお七の押絵を盗んで逃げる。
それを手にした兄は、夜中、橋の上で、頼みがあると、少年邦晴に言い出す。
これを逆さにして、大きなレンズの方を目に当てて、自分を見てくれと、双眼鏡を渡すのだった。
少年邦晴は、その意味する事が直感的に分かり、拒否しようとするが、兄の決意は固いようだった。
少年邦晴は、双眼鏡を反対に持って覗こうとすると、兄が、邦晴、これを取っておいてくれと言いながら、自分愛用の懐中時計をくれる。
その直後、双眼鏡を逆さに覗いた少年邦晴は、一陣の風が吹いたと思った後、もう、兄の姿は消えており、そこには、お七の押絵だけが残されていた。
それから一ヶ月が過ぎ、土蔵の中で、少年邦晴は押絵の中に入った兄に、両親は、兄の失踪を知ってしばらくは慌てていたが、今は落ち着いている。百代姉さんが少し可哀想だなどと話しかけていた。
少年邦晴は、僕が蜃気楼を見せに行くと、絵に話しかけていた。
現在
老邦晴は、深夜の寝床で目覚め、兄さんは僕を捨てたんじゃないと呟く。
汽車に乗り込んだ老邦晴は、目の前の座席に、いつの間にか兄が座っている事に気づく。
優しく微笑みかける兄に、老邦晴は、僕は、兄さんと歩くと約束しながら、捨てたんだと告白する。
兄は、気にしなくて良いよと優しく言ってくれる。
僕は怖かった…と、老邦晴は続ける。
僕には兄さんのような生き方は出来ない事が分かると、兄さんとはまるっきり正反対の生き方をしようと役人になった。大震災にもあったし、戦争も知った。戦時は、随分酷い事もした。満州にも行った。シベリアから帰って来ると、戦後はがむしゃらに働いた。兄さんの事を忘れ、そして、何も残らなかった…。なんてつまらない人生だったんだろう…。
それを聞いていた兄は、お前は良くやっていた。僕はいつも見ていた。お前は立派に行きていた。俺はお前が誇りだったと言ってくれる。
兄さん、又一緒に暮らそう!と老邦晴は頼む。
兄も、一緒に暮らそうと言ってくれる。
その時、車掌が声をかけて来たので、一瞬振り返ると、もう兄の姿は消えていた。
洗面所に顔を洗いに来たろう邦晴は、夫と目の前の鏡の中に写る自分を見つめるが、気がつくと、そこは、あの門馬を見舞っていた病院の廊下の大鏡の前だった。
通りかかった看護婦が、大丈夫か?と声をかけて来たので、大丈夫だ。門馬さんに会いに来た帰りだと老邦晴が答えると、看護婦は不思議そうに、門馬さんなら、先月お亡くなりになりましたよと告げる。
それを聞いた老邦晴は、自分が狂って来ている予感がして、叫び出す。
少年邦晴は、百代と2人で列車の中で、うたた寝から目覚める。
もうすぐ、目的地の魚津だった。
百代は、邦晴さんの話、信じます。そうする事に決めましたと言って来る。
それでも少年邦晴は、こんな風に旅に行くのは…と躊躇っていた。
百代は、嬉しく思っていますと言う。
長く苦しい夢でした…と、少年邦晴が訴えると、それでは、私が、邦晴さんが眠らないように見張っておきますと、百代は冗談めかして言ってくれる。
魚津に着き、宿に来ると、良くしゃべる番頭が、蜃気楼が出る時には、役所のサイレンがうーっと鳴ると説明して来る。
しかし、その背後に現れた長逗留の客が、蜃気楼難見るのは止した方が良い。魂を吸取られるぞと不気味な事を言って来る。
この宿に泊まっているものたちは、蜃気楼の中に人生を見てしまったのだとも。
その後、念のため、浜辺に出てみた少年邦晴と百代だったが、砂に足を取られた百代が転び、足首をねんざしてしまったようだと言い出す。
少年邦晴は、姉の白い足をそっとなでてやるのだった。
その夜、同じ部屋で寝た2人だったが、百代姉さんと旅をするのはとても楽しかったと少年邦晴が呟くと、百代も私もと答え、寝床に置き出すと、もう一度見せてくれと頼む。
少年邦晴は、ふろしき包みを解いて、中に入っていた押絵を見せる。
お七の教えに寄り添うように絵の中の人物になってしまった兄を見ながら、この人はこれで本望なんでございましょうね…。この人はこれで幸せなんでございましょうねと、蠟燭の明かりを絵に近づけながら百代は呟く。
私は焼けてしまいます…、ほら、新婚のように、身を寄せあって、睦言をささやきあって…、娘さん幸せそう…と、百代は独り言を言う。
百代の気持を察し、堪らなくなった少年邦晴は謝るが、百代は、少年邦晴に優しく口づけをしてやり、しっかり抱き合うのだった。
翌朝、少年邦晴が目覚めると、もう百代の姿は消えており、置き手紙だけがあった。
それを読み終えた少年邦晴は、手紙をくしゃくしゃにして、泣き出す。
少年邦晴は、押絵を近所のお寺に奉納に行く。
一方、老邦晴は山道を苦しそうに登っていた。
地蔵の前で一休みをしていたろう邦晴の前を通りかかった少年邦晴は、大丈夫かと声をかけて来るが、老邦晴は大丈夫だと答え、歩き去って行く、少年時代の自分の後ろ姿を見送る。
その時、村中に響き渡るような大きなサイレンが聞こえて来る。
老邦晴は、現在の建物の中で倒れ、息を引き取ろうとしていた。
蜃気楼を見ようと、大勢の人々が砂浜に集まっていた。
そこには、あの門馬弥三も金原伸造 も、兄も百代も、少年邦晴も、老邦晴も佇んで海の方を眺めていた。
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江戸川乱歩の原作を、大胆にアレンジした異色作。
浅草を中心に、過去と現在が交差し、最後に全員が蜃気楼の前に集まると言う、何とも不思議な世界になっている。
浜村純、多々良純 、天本英世など、懐かしい老優たちの登場も嬉しいが、若々しい鷲尾いさ子の美貌も魅力的。
全体的に地味な作品ではあるが、ミステリや空想好きには堪らない独特の味わいがある。