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乱菊物語

1956年、東宝、谷崎潤一郎原作、八住利雄脚本、谷口千吉監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

今から450年も昔、室町幕府の末期

瀬戸内海には、いくつもの町が誕生していた。

室の津と呼ばれる港町では、遊女も武芸彩色に秀でて尊敬されており、堺が男の町だとすると、室の津は女の町と云われた。

その中でも、陽炎(八千草薫)と云う遊女は、室の女王と町民たちから崇め立てられていた。

その陽炎、時々、輿に乗って町に出ては、誰かを探していた。

お供をしていた千鳥が、一体陽炎様は誰を探しておられるのかしらと無邪気に問うので、同じくお供のうるめ(北川町子)が、遠い昔に別れられた許嫁だそうだと教えると、まだ小娘の千鳥はおませにも顔を赤らめるのだった。

その室の津の港では、寸暇を惜しんで、黙々と荷物を運んで働いている若い仲仕がいた。

弥一(池部良)と言うよそから流れて来たものだった。

仲仕仲間の十郎(藤木悠)五郎(石原忠=佐原健二)の兄弟が陽炎の事を噂しながらやって来ると、その弥一が、女王と云ったって、たかが遊女じゃないかとバカにしたように吐き捨てたので、兄弟は、陽炎様がお付き合いになるのは立派なお方ばかりであり、大名の赤松様などは振られっぱなしよと弥一に言い聞かせ、三人の間には陰悪な空気が流れる。

そこに町年寄の藤内(山田巳之助)がなだめに来る。

そこに、もう一人の町年寄伍助(笈川武夫)が泡を食ったように駆けつけて来ると、張恵卿の船が着いたぞ!蚊帳を持って来たに違いないと藤内に伝える。

それを聞いた藤内も、と云う事は、陽炎様は張恵卿のものになる、一体室の津はどうなる?と困惑する。

その後、伍助は、優雅に琴を奏でていた陽炎の屋敷に駆けつけると、同じ事を報告する。

侍女の藤竜(浪花千栄子)は、分かったと答えるが、その表情は曇っていた。

そもそも、その蚊帳とは何であるかと云うと、常々言いよられていた播州の大名赤松上総介(小堀明男)を快く思っていなかった陽炎が、断る返事の変わりに、もし、小さな金の小箱に収められる16畳にも広がる蚊帳を持って来たら、その人に身を任せると云う無理難題を出した品物だった。

まさか、この世にそんなものがあるとは思えなかったが、赤松から依頼された張恵卿(上田吉二郎)が、大陸のどこかで探し当てたらしい。

その蚊帳を赤松が陽炎に差し出せば、約束通り、陽炎は赤松に身を任せなければならなくなり、もはや女王の立場にいられなくなる。そうなったら、この港町はどうなるのかと云うのが、町民たちの心配だったのだ。

弥一も、十郎、五郎兄弟から、その経緯を聞かされる。

張恵卿の船「蚊龍号」は、今、牛窓の津に停泊していた。

その舟の上、何とか金の小箱を奪い取ろうと張恵卿に言いよっていたのは、陽炎の侍女うるめであった。

この蚊帳は天竺で見つけたと愉快そうに話す張恵卿に、うるめは、かげろう様が本当にお好きなのは赤松様ではなくあなたの方ですなどとお世辞を言い、相手を油断させようとするが、海千山千の張恵卿には通じなかった。

今すぐにでも船を室の津に付けて下さいと嘆願するうる目の言葉にも、夜は海賊が出ますと相手にしない。

その張恵卿、赤松からの使いが来たと云うので部屋の外に出るが、うるめは、ガラスケースに入った金の小箱を見つめていた。

張恵卿は、明朝、巳の刻、赤松様が代金を城中にて渡されるので、金の小箱を今すぐ受け取りたいと頼む使いたちに承知した振りをし、階段を登りかけるが、その背後に刀を抜いた使いのものたちが迫っている事を知っていたかのように、手すりのスイッチを押すと、使いのものたちの立っていた床が落ち、その落とし穴の下からは虎の咆哮が聞こえて来る。

笑いながら部屋に戻って来た張恵卿は、陽炎様からの贈り物ですと、うる目から美しい扇子を渡されると、その香しい臭いを嗅ぎ、船底で騒いでいた人夫たちに、直ちに船を出すよう命ずる。

酔って、その言葉に逆らった人夫は、すぐさま、張恵卿の手によって、首をねじおられ殺されてしまう。

夜の海に漕ぎ出した蚊龍号だったが、やがて、見張り番が、どこからともなく聞こえて来る女の声に警戒し、下の船員たちに火を燃やすよう命ずる。

うるめは張恵卿に、船幽霊でも出たのかしら?と問いかける。

見張りが、遠くに目を凝らすと、何かが海面上を近づいて来る。

それは、陽炎の幻であった。

怯えた見張りは、下に転落してしまう。

次の瞬間、船は岩に座礁してしまい、そこに、かぎ爪を引っ掛け、海賊が乗り込んで来る。

船の上は、たちまち戦闘が始まる。

そんな蚊龍号に一隻の小舟が近づいていた。

漕いでいたのは弥一であった。

張恵卿も、海賊相手に青龍刀を二刀流で戦っていたが、気になって自室に戻っていると、ガラスケースの中の金の小箱がなくなっている事に気づく。

小箱を手に入れたのはうるめで、それを海賊として乗り込んでいた父親権太夫(小杉義男)に手渡そうとしていた。

張恵卿は、それに気づき、又しても、落とし穴のスイッチを押そうとするが、からくりを知っているうるめが注意を促したため、ピンチを切り抜ける。

その後、剣を斬り結ぶうちに、張恵卿自らが、虎の待つ落とし穴に落ちてしまう。

そんな中、船に登って来た弥一は、海賊の手から金の小箱を奪おうと手を出し、奪い合っているうちに小箱は海に落ちてしまう。

それを追って、弥一も海に飛び込む。

翌朝、赤松上総介が室の津にやって来る。

旅人は、土下座をするが、それを見ていた町人は、ここは町人の町、そんな事はしないのだとよそ者を笑う。

そんな室の津の町民の様子を輿の中からのぞいていた赤松は、いつか従わせてみせると憎々しげに睨んでいた。

その後陽炎の館にやって来た赤松は、早速仮祝言の日取りを決めようと言い出すが、側に控えていた藤竜が、迦陵の蚊帳を見せて頂きませぬと…と、やんわり返事を保留する。

赤松は、目の前にいる陽炎の口から直接返事を聞きたいと迫るが、陽炎は、藤竜の言葉は私の言葉ですと云うなり、その場で舞い始める。

蚊龍号の中を物色していた権太夫の一党は、張恵卿は唐の人間とは見せかけで、実は日本人の大泥棒でしかなかった事に気づく。

一方、陽炎からゆっくり探せと命じられていた海に落ちた金の小箱を、権太夫はべら八(堺左千夫)ら手下たちに海に潜らせ探させていたが、一向に見つかる気配はなかった。

様子を見に来たうるめは、あの時海に飛び込んだ若者が取ったのかも知れない。つまらぬものの手に入ってしまうと陽炎様に迷惑がかかると案ずる。

そんな娘に権太夫は、町にも、しび六(富田仲次郎)たちを探しに行かせていると云って聞かせるのだった。

その町の中、国無双幻術師と旗に掲げた奇妙な老人幻阿弥(藤原釜足)が大道芸を披露していた。

底なしの桶を取り出し、その上に布をかぶせて、さっと持ち上げると、あ~ら不思議!中に鳥が入った鳥かごが出現する。

観客から喝采を受け、投げ銭を拾いながら幻阿弥は、この町では、うるう五月、三日間の祭りの間に、世の中で最も不幸な者、貧しい者の中から王様を選び、三日間だけはその王様の言いなりになると云うしきたりは本当かと野次馬たちに聞く。

野次馬たちは本当だと答え、今度は金の小箱を出して!との注文が聞こえる。

すつと、困った様子もなく、幻阿弥は取り出してみせると布を手にする。

その時、幻阿弥の横に詰め寄って来たのは、赤松の家来久米十郎左衛門(杉山昌三九)、幻阿弥を掴まえようとするが、その瞬間、幻阿弥の姿は消えてしまう。

やがて、野次馬たちの列が二手に分かれ、透明になった幻阿弥が逃げ去った事が分かる。

その頃、赤松は、陽炎の館に泊めてくれと頼んでいたが、ここは賀茂神社の他事所となるので困りますと断る。

陽炎も又、ここに泊って良いかどうかは、祭りの王様にお聞きくださいと返事をはぐらかすのだった。

そんな陽炎にも、赤松同様野心があると皮肉を言うので、面白がった赤松がそれは何ですと聞くと、たかが女の野心、知れておりますと、又しても陽炎は答えをはぐらかすのだった。

いよいよ迫った祭りの準備にかかっていた町年寄の集まりにやって来た藤内は、陽炎様から手紙が届き、金の小箱の安否が心配なので、その所在を知った者がいないか、高札を町の辻辻に立ててくれと頼まれたと伝える。

その高札には、「迦陵の蚊帳の入った金の小箱を見つけて持って来た者に、陽炎は身を捧げる」と書かれてあった。

それを知った赤松はいらだつが、そこにやって来た十郎左が、とある高札に貼られてあったと云う手紙を持って来る。

そこには、「金の小箱は鳩が運んで行くが、その鳩は加茂の使いと思うべし」と書かれてあった。

それを伝え聞いた藤竜は、金の小箱だけ受け取って、持ち主は斬って捨てれば良いだけですと陽炎に進言する。

その後、藤竜はうるめに、急いで島にいる権太夫に知らせるよう頼む。

港から船に乗るうる目に気づいた弥一は、あれは誰なのかと五郎に聞き、陽炎様の侍女うるめであると知る。

五郎は、常々、弥一が、生死が分からぬ女を捜している事を聞いていたので、見つかったのかと聞き返すが、弥一は返事をしなかった。

島でうるめから事情を聞いた父、権太夫は、手下たちに変装して町に出るよう命ずる。

女に化けるのよとべら八が皆に伝えると、冗談だと思い、鹿三(谷晃)は考えていたは笑いだすが、お前も女に化けるのだとべら八は真顔で答える。

赤松は、家臣たちの中から弓の達人を集め、鳩を射落としても決して蚊帳に傷をつけるなと言い渡して、町に散らせる。

その後、十郎左と二人きりになった赤松は、俺が何の野心が分かるかと謎をかける。

十郎左は「薄々…」と答え、「陽炎を手にすれば、この室の津も手中に出来る。やがて、唐との交易から得られる利益もそっくり…」と推理を披露すると、叱りつけた赤松の顔は笑っていた。

町に繰り出した赤松の家臣たちは、必死に空を見上げ、鳩の飛来を探していた。

港でも、五郎たちが空を見上げていた。

幻阿弥も又、馬上から空を見つめていた。

やがて、空の一角に光る鳩の姿が見える。

赤松の家臣は、矢を射かけるが、鳩は逃げ、光る者が分離して落ちて来る。

矢を射かけた者は、未熟者と言いざま、その場で赤松の手によって斬られてしまう。

落ちて来た者は輝くように美しい蚊帳であった。

その蚊帳は、陽炎の館の屋根の上に落ちる。

さらに、一枚の手紙も舞い降りて来て、そこには「命を狙っている者あり。小箱は必ず持参する」と書かれてあった。

そうした騒ぎの中、いよいよ祭りが明日の迫り、伍助が明日の催し物を書いた紙を貼り出す。

町年寄たちは、今年は祭りの王様に誰がなるのだろうと楽しそうに噂し合う。

その頃、赤松は藤竜に酒を注がせながら、後は金の小箱だけだなと話しかけていた。

次の瞬間、藤竜は持っていた火箸を庭先に投げる。

その火箸は、突然庭に出現した幻阿弥の袈裟を、背後の木に突き刺していた。

「何者!?」と藤竜が誰何すると、幻阿弥は「我が名は海龍王」と名乗り、小箱を持って来たと云うではないか。

そこに陽炎もやって来たので、その姿を観た幻阿弥は、弁財天よりも美しいと感激し、十郎左に、木の側にあった桶を持って来させる。

その桶を前にして、何やら念じ始めた幻阿弥だったが、その時、赤松は、その小箱が本物だと云う証拠はどこにある?偽物かも知れないではないかと難癖をつける。

しかし、それを聞いた陽炎は、偽物ではないと言う背負子もありませんと言い返したので、再び幻阿弥が念じ始めると、背後にいた十郎左が邪魔をするように斬り掛かる。

しかし、又しても、幻阿弥の姿は消えてしまう。

その後、白いネズミが縁側に出現したかと思うと、陽炎の着物の裾に入ったので、陽炎や侍女たちは大騒ぎになる。

そんな中、「今宵改めて寝所にうかがいます」と言う幻阿弥の声が響き渡る。

その後、「海竜王の宿」と書かれた家を突き止めた久米十郎左衛門は、中にいた幻阿弥を捕らえてしまう。

その夜、琴を弾いている陽炎の部屋の隣では、藤竜、権太夫、うるめの三人が、襖の陰でじっと寄り添って立っていた。

屋敷の縁の下には、べら八たち権太夫の手下が潜り込み、部屋に近づく者に警戒していた。

べら八は、琴の音が止んだら飛び出すんだと意気込んでいた。

赤松の元には、坊主を掴まえましたと十郎左がやってくる。

しかし、小箱は持っていなかったと聞くと、すぐさま探して来いと十郎左を追い返す。

やがて、陽炎が弾いていた琴の側に、金の小箱が転がって来る。

そして、庭の方から、「蚊帳が入るかどうか試してみるが良い」との声が。

陽炎は、蚊帳を畳んで箱に入れてみると、ぴったり収まった。

「何やら、辺り一面殺気がみなぎっているが…」と、庭からの声が続く。

縁の下や隣で身構えている者たちの気配を察知している様子。

陽炎は、心配いらぬ、引き取って下さいと声をかける。

「金千枚欲しい」と庭の声は云う。

何に使うのかと陽炎が問うと、船を買って唐からジャガタラまで行ってみたいと云う。

狭い日本で、取ったり取られたり。そんな琴が嫌になった、広い海の向こうで思い切りやってみたいと云うのだ。

陽炎は、そんな声の主に興味を示すが、庭先から姿を表した男は、縁側に出て来た陽炎の姿を見て驚く。

侍姿をしていたが、その男は弥一であった。

「葵姫!」「高行(たかつら)様!」陽炎の方も又、目の前に出現した青年の顔を観て驚愕の声を上げる。

襖の陰にまだいた藤竜は、笑顔になって権太夫たちに下がるように目で知らせる。

縁の下に潜んでいた権太夫の手下たちも早々に立ち去る。

陽炎は慌てて駆け寄ろうとして転ぶが、その手を弥一こと高行が握りしめる。

「会えるとは思っていなかった…、赤松の先代の手で、朱門の城を滅ぼされて以来、姫は死んだものと思っていた」弥一は信じられないように呟く。

陽炎は懐から、小さな京人形を取り出す。

その片手は欠けていた。

弥一も、お守り袋の中から、小さな人形の片手を取り出す。

その二つはぴったり合わさった。

その人形は、幼い二人が朱門の城の中で遊んでいた時、奪い合って欠けたものだった。(回想シーン)

幼い葵姫が泣き出したので、乳母だった藤竜がなだめに来た最中、その藤竜の片手に矢が突き刺さり、それが赤松家の先代が攻めて来た瞬間だったのだ。

「一日とて、忘れた事はありませんでした」陽炎こと葵姫も嬉しそうに答える。

弥一の方も、その後、高行の玉川家が滅ぼされ、独り身となって姫を探しまわっていたのだった。

海龍王と名乗った不思議な老人の事を陽炎が聞くと、あれは、玉川家の家来で、山伏の修行をして数々の幻術を身につけたものだと弥一が説明する。

その頃、その海龍王こと幻阿弥は縛られ、十郎左らを従えて、とある海岸を掘らせていたが、一向に金の箱が出て来ないので、だまされたと悟った十郎左が斬りつけると、又しても幻阿弥は姿を消してしまう。

陽炎と弥一の話は尽きなかったが、やがて、赤松の家臣たちが弥一を襲撃して来る。

弥一にすがろうとする陽炎を、出て来た藤竜が「姫、なりませぬ!」と押しとどめる。

弥一こと高行は、ひとしきり戦った後姿を消す。

その頃、赤松上総介は藤内を呼びつけ、祭りの間だけ待ってやるが、その後はこの町全体を接収したいと申し出る。

藤内は突然の指示に狼狽するが、武器を持たぬその方らではこの町は守れまい?と赤松から責められては二の句が継げなかった。

そこに駆けつけて来た十郎左が、赤松の耳元で、弥一と云う陽炎の許嫁が現れた話を伝える。

いよいよ室の津の祭りが始まる。

何故か、町から、赤松の侍たちの姿が消えていた。

陽炎は輿に乗り、賀茂神社の御神殿にやって来ると、古座月祭り恒例の王様選びが開始される。

藤内が口上を述べ、矢を持った陽炎が神殿に登場すると、「矢を受けし者、三日間だけ王者となります。王の住いは賀茂神社拝殿に定められています」と告げた跡、空に向かって矢を射る。

空高く舞い上がった屋を見つめる町民たち。

すると、一羽の鳩が矢に近づいたかと思うと、それを加えどこかへ飛び去ってしまう。

その様子を下で見ていた町民や町年寄りたちは騒然となる。

1年に一度の祭りに王がいないとは…、矢をもう一度射ようにも、祭礼用の矢は一本しかなかった。

しかし、そこに、十郎と五郎が、王様はこの人だと弥一を連れて来る。

確かに、弥一の身体に矢が刺さっていた。

五郎は、「この人は家族郎党を滅ぼされた、この町で一番不幸な人であり、王様にふさわしい」と群衆に説明する。

改めて、王様の衣装に着替え神殿に登場した弥一を、陽炎は「その名は海竜王!」と紹介する。

神主が「誓いのお言葉を」と促すと、海竜王こと弥一、実は玉川高行は「これから三日間、室の津を支配します」と群衆を前にして宣言する。

その儀式の最中、突如神社に十郎左たちがなだれ込んで来て、明朝卯の刻までに陽炎を町外れに設置した赤松の本陣まで差し出さなければ、この町を灰燼に帰すと叫ぶ。

その頃、本陣では、赤松が町を攻める計画を練っていた。

しかし、この一方的な伝達に、神社に集まった町民たちが怒り出す。

陽炎様を渡してたまるか!戦おう!と云う声があちこちから上がり、陽炎も又、皆さんが一言、行けとおっしゃれば行きます。しかし、私たちは本当に勝てないのでしょうか?と、戦う事を肯定する言葉を吐く。

陽炎は横に立っていた弥一に、「あなたは祭りの王です。一言立てと言って下さい」と願い出るが、弥一は「私は嫌です」と拒絶する。

この意外な答えに対し、陽炎は「あなたは卑怯者です」と睨みつける。

弥一は「私は一人生き残って、後の世の人に話してやります。室の津の人々が軽はずみだったと。手向かいしたばかりに町は焼け野が原になってしまい、大人は殺され、若者は連れて行かれ、女は奪われてしまったと」と民衆に話しかける。

藤内たち町年寄も又、いきり立つ民衆を必死に諌めようとする。

弥一は「自分なら使者を立て、話し合いに行かせます」と言ったので、藤内が自分が町年寄頭なので行くと手をあげる。

その直後、伍助、五郎、十郎も自分が行くと立候補したので、弥一は一晩考えて、明日の虎の刻、四人の中から一人選んで発表すると、陽炎に向かい「あなたは、自分の野望の為に、町を焼け野が原にしても良いのか!」と叱りつけるのだった。

その夜、弥一が一人こもっていた拝殿に、こちらも一人やって来た陽炎は、閉じた扉を開けてくれと嘆願する。

自分の仇討ちの野望のために、考え違いをしていましたと謝罪に来たのだ。

しかし、扉を開けぬ弥一は、そんな事は気にしていない、私にはもうそんな暇はない。浅い縁でしたな。もはや会えるとは思っていなかっただけに、夕べから今夜までの出来事は本当にありがたかった。今、明神の御霊にお礼をしていた所ですと、答えるだけ。

扉の外で聞いていた陽炎は、「嫌です。あなたは自分一人で赤松の元に行くつもりですね?お開けください」と涙ながらに訴えるが、「会えば、私もつらくなる」と弥一は承知しない。

その後も必死に、一目会ってくれと訴えた陽炎であったが、もうその時には、拝殿ないの弥一の姿は消えていた。

その頃、陽炎の館でも、陽炎の姿が寝所にないと千鳥が藤竜に報告し騒ぎになっていた。

千鳥は、藤内にもその事を伝えに来る。

町民たちは、祭りの王がいなくなったと騒ぎ出していた。

その祭りの王こと弥一は、赤松の本陣に一人やって来て、自分の首だけで町を助けてくれと土下座していた。

しかし、赤松はにやりと笑い、許嫁と聞いたが?そちがここにいる事が分かれば、陽炎は飛んで来るだろうな?まずは陽炎の身体、次に室の津の町を頂く、これが余の病気でな。都合良く人質の方からやって来てくれたと笑う。

その頃、賀茂神社の神主は、海竜王の置き手紙を読んで驚いていた。

陽炎は、一人、赤松の本陣に向かっていた。

室の津の町では、藤竜が「戦いましょう!」と時の声を上げ、十郎、五郎兄弟も賛成する。

「動けるものは皆、得物を握れ!」町民たちは次々に共鳴して行く。

権太夫一派も立ち上がっていた。

赤松の前にひれ伏した陽炎は、町とあの人を助けてくれ。断ればこの場で舌を噛み切って死にますと告げる。

そこに十郎左がやって来て「卯の刻ですよ」と赤松に伝える。

赤松は、海竜王を帰してやれ、途中まで付いて行くように。それから、室の津を囲んだ軍勢には、引き上げの狼煙を上げろと命じる。

それを聞いた十郎左は、一瞬困惑したような顔をするが、すぐににやりと笑って引き下がる。

十郎左は、木に縛り付けていた弥一を解き放つが、空手を使うので、手縄だけは外すなと命ずると、狼煙を上げろ。狼煙は攻撃の合図しか決めておらぬわと弥一に笑いかける。

狼煙を見た赤松軍の法螺が吹かれ、赤松軍は室の津に進軍を開始する。

家来と共に、本陣から連れ出した弥一を送って行っていた十郎左は、こっそり刀を抜くと、背後から弥一を斬りつけようとするが、その時、どこからともなく飛んで来た
小柄が十郎左の左眉部分に突き刺さり、その隙をみて、手綱のまま敵から奪い取った刀で、弥一は十郎左と家来たちを切り捨てるのだった。

そこにやって来たのは幻阿弥、小柄を投げたのもこの男の仕業だったのだ。

弥一は、幻阿弥に町にいくように命じると、自分は再び赤松と陽炎の待つ本陣へと駈け戻る。

室の津に進行した赤松軍は、町の中から人影が消えているので困惑していた。

そんな中、頃もを頭からかぶり逃げて行く数名の女らしき姿を見つけたので、捕らえようと近づくと、それは女に化けた権太夫の手下たちだったため、すぐに返り討ちにあってしまう。

町には他にも様々な仕掛けが施されていた。

半鐘が打ち鳴らされる中、棒の先に包丁を括り付けた急ごしらえの槍を並べた荷車が赤松軍を襲う。

屋根の上からは、女老人が目つぶしを投げつける。

一方、本陣に舞い戻って来た弥一は、陽炎を掴まえた赤松を前に、家来たちと壮絶な戦いを始める。

やがて、弥一が力つきたかと思われた瞬間、権太夫一派が応援に駆けつける。

再び赤間との側に迫って来た弥一に、「高行様!」と叫ぶ陽炎の言葉を聞いた赤松は、陽炎が、朱門家の葵姫である事に気づく。

そんな赤松に対し、「これは仇討ちではない。極悪非道なものを賀茂神社に代わって討つのだ」と告げた弥一は刃を交える。

一瞬斬り合った末、倒れたのは赤松の方であった。

室の津は、赤松群が放つ火矢で炎上しかけていた。

もはやこれまでと覚悟を決めた藤内は、みんなで斬り込もうと決死の覚悟を告げる。

しかし、そこに出現した幻阿弥が両手で印を結ぶと、次々と、赤松軍の矢の弦が切れてしまう。

さらに、「殿がやられたぞ!」と伝令がやって来たので、軍は散り散りとなって退散するしかなかった。

それを見届けた幻阿弥は、こんなに年を取ると劇しい運動は無理じゃよと、その場にへたり込むのだった。

赤松軍はいなくなり、めでたく祭りが再開された。

そんな中、練り歩いていた神輿の上に、空から鳩が一通の手紙を落として行った。

それを五郎が広げて読むと、「お礼として蚊帳は室の津に差し上げる。海竜王、陽炎」と記してあった。

その頃、海を行く蚊龍号の上、舞い戻った鳩は、幻阿弥の桶の中に入る。

その船上では、弥一と陽炎が身を寄せ合い、遠ざかる室の津を眺めていた。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

剣と魔法が活躍する伝奇時代劇。

幻阿弥は、後の海洋ロマン「大盗賊」(1963)や「奇巌城の冒険」(1966)に登場する仙人や魔法使いに通ずるキャラクター。

海に浮かぶ蚊流号のミニチュアワークやマット絵合成などは、白黒映画と云う事もあり、ほとんど不自然さはない。

鳩が空を飛ぶシーンは、アニメであったり、実写合成など色々なテクニックが使われているようだが、これ又なかなか巧み。

ストーリー的には、戦後間もない頃の作品なので、弥一は簡単に戦いを肯定せず、むしろ、戦いの愚かさを説き、話し合いで解決しようとしている。

しかし、さすがにそれだけでは娯楽映画として見せ場に欠けるので、最後は、極悪非道な敵が和解を承知せず、仕方なく応戦…と云う展開になっている。

池部良は、沖仲仕をする時は締め込み一つでお尻丸出しだし、侍姿になったり、貴族姿を披露したりとサービス満点。

一方ヒロイン役の八千草薫の方も、場面場面で幾通りも衣装を替え、目を楽しませてくれる。

前半はやや女性好みの演出かな?と思わせるが、後半はアクションもあり、それなりに男性客にも楽しめる内容となっている。

老獪な中国人(実は日本人)を演じる上田吉二郎や、常に毅然とした態度で陽炎を助ける乳母役の浪花千栄子など、ベテランの味のある芝居も楽しい。

珍しいのは、典型的な悪役を演じている小堀明男だろう。

1952年から始まった「次郎長三国志」シリーズで人気に火がついた人だが、どうやらシリーズが終わった1954年頃にはもう、人気が下火になっていたらしい。

この時期にはもう、脇役や悪役を演じるようになっていたらしい。

今回観た映画が完全版なのかどうかはっきりしないが、冒頭の、蚊龍丸が陽炎の幻影を見るシーンの種明かしや、権太夫一味と陽炎の関係性など、イマイチ説明不足の部分があるのが気になる。

幻影シーンは、既にあの時点で、船に乗り込もうとする弥一が幻阿弥に命じて作り出したと云う事だったのだろうか?

だとしたら、舟を襲撃し、金の小箱を奪い取ろうと画策していたうるめ、権太夫一味の海賊計画と、偶然合致した現象だったと云う事になり、きわめてご都合主義でしかないのだが…