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人生とんぼ返り

1955年、日活、長谷川幸延原作、マキノ雅弘脚本+監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

大正10年10月、大阪の町では、新国劇の沢正こと沢田正二郎が、はじめて「まげもの」をやると言うので評判になっていた。

舞台上には、昔殺陣師をしており、今は役者の頭取を務めている市川段平(森繁久彌)が、若手の役者たちを集めて、今夜はみんなに残ってもらって、殺陣の基本を一手、二手でも教えたいと言い出していた。

最初は山型や…と云いながら、山の形に斬る型をやってみせる。

しかし、若手たちは、なかなか粋な型の決め方が出来ない。

そんな劇場の入り口を、兵庫市(森健二)が掃き掃除をしている所にやって来たのは、浜野屋のお房()。

段平に会わせてくれと云うので、飲み代の催促だと察した兵庫市は、段平はいるけど、今日は金を持っていないと教えるが、お房も簡単には帰ろうとせず、手紙も預って来ているし…と思わせぶりな言い方。

仕方ないので、一旦、舞台にいる段平に会いに行ったかに見せかけた兵庫市は、やっぱり会えん、手紙だけ預っておいてくれと云われたとお房に伝える。

ようやく、練習がすんだ頃合いを見計らい、再び舞台にやって来た兵庫市は、今度から浜野屋で飲んだらあかんぞと注意し、お房から受け取った女郎のお園からの手紙を渡す。

その頃、とある店から芸者たちに見送られ、出て来たのは、今評判の役者沢田正二郎(河津清三郎)だったが、そんな沢田に声をかけて来たのは、役者を辞めさせられた辻(高品格)と云う男。

もう一度、新国劇に戻させてもらえないかと頼んで来たが、沢田はきっぱり、役者は舞台の上でしか力は必要ないと断る。

沢田が立ち去った後、忌々しそうな辻の周囲に集まる柄の悪そうな男たち。

一方、酒好きな段平は、今まで稽古をつけてやっていた若いのを数人連れて、飲み屋で、自分はかつて、市川右団次の弟子やったのやと自慢話をしていた。

今日の五条の橋の欄干の上でトンボを切った事もあると云うので、若者たちは笑い出すが、それを馬鹿にされたと受け取った段平は、酔った勢いもあり、嘘だと思うなら、本当に飛んでみせると、店を出ると、近くの皮に架かった橋の欄干に登る。

若い衆が、何とか止めさせようと説得するが、頑固な段平は、いきなり前トンボを決めてみせる。

さらに、得意になり、「今度は後ろトンボや」と、バック宙をした途端、下を流れる川に落ちてしまう。

すっかり風邪を引いて、「村瀬幸吉」と表札のかかった家で寝ていた段平に呆れながらも、濡れた女郎からの手紙を律儀に縁側に干してやっているのは女房のお春(山田五十鈴)。

夫の馬鹿げた行動に呆れながらも、惚れた弱み、寝込んでいる段平に何とか中将湯を飲まそうとするが、嫌がる段平は、般若湯(酒)を持って来んかと悪態をつく。

お春が酒を持って来ないと知った段平は、養女のおきく(左幸子)に酒を持って来いと呼ぶ。

まだ、子供のおきくは、段平の言う事を聞くべきかどうか迷っているので、お春は「止めなさい」と云うように首を横に振り、又、段平の寝床に戻って、家は養老の滝やないと怒る。

おきくは、段平の事が気になるようで、出かける用事を諦めかけていたが、それを知った段平は、起きて来て、俺に構わず出かけろとおきくを促す。

無理して起きて来た夫に呆れるお春に、段平は、沢田先生の忠治の殺陣をわいが付けるのやと自慢する。

しかし、だまされ通しの八年間と、眉につばをつけるお春。

全然、夫の言葉を信じていないのだった。

段平はムキになり、沢田先生は、俺が昔、殺陣師をやっていたのを知っているからこそ、今度の演目を決めたんやと言い切る。

さすがに、そこまで云われると、お春も「ほんまかいな」と、半信半疑ながら、ちょっと信じ始める。

わいは男になるでと云う段平は、前祝いやと酒をねだる。

しかし、お春が飲ませたのは「中将湯」だった。

薬を飲んでやるがかえって高う付くぜと言い出した段平、前祝いとして、ちょっと貸してくれと片手を差し出す。

その後、まんまとお春から小遣い銭をせしめた段平は、軒下に干されていた恋文を見つけ、あわてて取り込む。

舞台では、倉林(水島道太郎)が、役者たちに、今度やる国定忠次の芝居の段取りを伝えていた。

しかし、その倉林に促され、舞台中央に進み出た沢田の表情は暗かった。

できない。やっぱり僕には出来ないよと言い出したのだ。

自分の考えている新しい新国劇にならない。演劇の「劇」は劇しいと書く、その劇しさを目的とするような「剣劇」とも呼べるような、劇しさをもたらすようなものを作りたいのだ。そんな殺陣を付けてくれる殺陣師がいるだろうかと悩む沢田。

その様子をかたずを飲んで見守っていた段平は、いますと名乗り出る。

「吉兵衛か?」と聞く沢田に、「あれは、わしの弟子だんがな」と困惑する段平だったが、観てくれと沢田に頼むと、その場で、夕べ稽古した殺陣を披露し始める。

しかし、それを見た沢田は、すぐに「段平!もう良いよ、そんな歌舞伎のような型に嵌ったものはやりたくないんだ!倉林君、リアルなものがやりたいんだ」云いながら帰ろうとする。

その間、メンツを失い、がっくり舞台上で立ち尽くしていた段平は、「わいは、字も読めん、学のない男だす。そのリアリジューム…ちゅうもんは、どこに売ってるもんです?売ってるもんなら、女房、娘売っても買ってきます」と頼み込む。

それを聞いた沢田は、ちょっと反省し、「すまなかったな段平。英語で言ってしまったから分からなかったのだろうが、リアリズムと云うのは写実と言う事だ」と、優しく言って聞かせるが、段平には、その「写実」の意味すら分からない様子。

劇場を帰りかけた沢田に、ちょうどやって来たおきくが、大将はいるかと聞くので、舞台にいると教えて沢田は帰る。

おきくは、舞台に残っていた段平に、お師匠さんが、これをお飲みってと、預って来た洋酒の瓶を手渡すが、段平は、ぼうっとした様子で、酒のふたを開けただけ。

お春は、髪結いの仕事をしていたが、客から、おきくさんはお身内ですかと「聞かれると、はい…と言いかけ、すぐに、いいえと否定する。

あの子の父親は極道もので、母親も死んでしまったので、うちの人が京都から連れて来たのだと明かす。

ちょうどそこに、当のおきくが泣きながら帰って来たので、どうしたのかとお春が尋ねると、持って行った洋酒の瓶を包んだ風呂敷を見せながら、割ってしまったと言う。

すぐに、割ったのはあの人だね?大将、仕事が上手くいかなかったんだろう?とお春が察しをつけて聞くと、おきくは素直に頷く。

その頃、段平は、兵庫市と若い役者の太田(本郷秀雄)を連れて、飲み屋で酔いつぶれていた。

段平は店を出ても、「写真と写実、どない違うんや!」としつこく太田に絡んでいたが、やがて、近くの橋を通りかかった若い楽師を呼び止めると、哀しいやつ、やったってとリクエストして、欄干の下に座り込む。

そうした様子を面白そうに見かけたのが、辻と仲間たちだった。

楽師が一曲、バイオリンを奏でた後、財布を取り出した段平に代わって兵庫市が金を払っていると、辻が、みっともねえ、泣くなよ、沢田を上のない奴と分からなかったお前が悪いとからかうように話しかけて来たので、むかっ腹を立てた段平は「写真や!リアや!」と云いながら、向かって行く。

そうした喧嘩を見つけたのが、ちょうど通りかかった沢田と倉林。

喧嘩に割って入った沢田は、辻たちをあっという間に追い払ってしまう。

沢田に大丈夫かと声をかけられた段平は、「先生!写真、分かりました!これがほんまの立ち回りや」と言って、額の傷に顔をしかめる。

ある日、髪結い屋では、客として来ていたおとら(福田トヨ)に電話が入っていると、小女 (雨宮節子)が伝えに来たので、一緒に家に帰って行く。

髪を結ってもらっていた客は、沢正の国定忠次は大評判らしいなとお春に話しかける。

それを聞いたお春も、表に貼ったポスターを示しながら、うちの人が殺陣を付けたので、毎日大入りらしいと自慢げに答える。

実際、段平の殺陣を生かした沢田の国定忠次は連日大にぎわいの評判だった。

段平は得意の絶頂で、舞台が撥ねた沢田に愛想を言うと、大阪で受けただけではダメだ。今度は東京の明治座だと返される。

それを聞いた段平は、さらに舞い上がって、みんなの前で階段から前トンボをしてみてみせるが、失敗して腰を打ってしまう。

沢田は、その言葉通り、東京に出発するが、何故か、段平は同行出来なかった。

段平の旅行の準備をしながらも、おきくは、それを不思議がっていたが、お春は、みんなで一緒に行くと旅費もかかるし…と弁解をするが、何故かその顔色は悪く、時々咳き込んでいた。

そうした所に、太田がやって来て、段平はんは10人分の汽車賃会社から持って行ったが、東京行きは中止と云う噂を小耳に挟んだ…と言い出す。

東京では、国定忠次がさっぱり受けず、月形半平太も止めて帰って来るらしい。立ち回りがあかんらしいのだと云う。

それを聞いたお春は、そんな事をうちの人が知らんはずがない。あんた、こんな所で油を売っていて良いのかと追い返す。

そこへ、郵便屋がやって来て、市川段平の家を知らないかと聞くので、応対に出たおきくがそれならうちですと答える。

表札が出ていないと郵便屋が言うので、おきくはそこに出ています。「村瀬幸吉」と言うのが本名で、市川段平と言うのは芸名だとおきくは説明するが、郵便屋は、それなら芸名の表札も出しとかなと文句を言いながら電報を渡す。

それを読んだお春は、うちにも何の事か分からへんと云いながら、電報を懐へ隠す。

そして、おきくに、紙とタオルと絆創膏を買いに出そうとすると、おきくはお薬も買うてきましょうか?と聞くので、それも買いに行かす。

そのおきくが家を出た姿を見て、身を隠した段平が、玄関に入るなり、忙しい忙しい、6時に出発せなあかんと芝居をし始めたので、お春は、そんなに忙しいのに、よう飲んでる暇あったな?と皮肉を言い、魔法瓶に詰めた酒飲んでも良いと云いながら電報を渡す。

そこには「出発待て 沢田」と書かれてあった。

段平は、お春が事情を知っていた事に気づくが、お春は段平の気持を察して、酒飲みいな。へべれけに酔うてしもうて、気にしたらあかん。怒ったらあかんで、なんぼでも酒買うて来るさかいと言い聞かせる。

段平は、やはり東京に行くと言い出す。

そして、沢田に意見をすると云うのだ。

芝居は水もんや。客とに一騎打ちたでと、段平は力説し出す。

前に立ち回りの型は教えたが、今度は立ち回りの精神を教えたると力むので、お春は、相手は大学出の役者はんやで…と呆れる。

それでも、東京に行くと言い張る段平の姿を見ていたお春は、とうとう諦めたらしく、行きいな、ちゃんと用意もしてあるさかい…と寂し気に呟く。

そこに、買い物に出ていたおきくが帰って来て、薬をお春に手渡す。

お春の病状も知らない段平は、自分は女郎からもてるんだなどと自慢話をし出す。

それを聞いたお春は、みんな知っているわい。あんたへの手紙全部読んだだわと言い返す。

おきくも、お師匠はん、最近酷く身体の具合が悪いんですよと弁護に入るので、面白くなくなった段平は、もう東京へは行かないと言い出す。

すると、今度はお春の方が、「行き!」と咳き込みながら意地をはり、「わて、あんたみたいなん嫌いや」と段平の頬を叩く。

そうした夫婦の意地の張り合いを見ていたおきくは、思わず泣き出してしまう。

その時、小女が電話が入ったと伝えに来る。

「やっぱり今夜6時に発ってくれ」と云う沢田からの伝言だったと言う。

寂しそうにその言葉を聞いたお春は、すでに服を着替え終わっていた段平に、小遣い銭を手渡すのだった。

段平は、「しっかりやって来る。お前も身体に気ぃつけてな」とお春に言葉をかけ、お春も「あんたって、ほんまにええ人やな…」と答えて送り出す。

段平を乗せた列車は東京に向かい、沢田が演じた「月形半平太」大成功をおさめる。

「大菩薩峠」など、次々と段平が殺陣を演出したまげ物は日本中で評判となる。

日本中を旅する内、お春の容態が悪いらしいと知った沢田と倉林は、次の演目でまげ物を避け、段平を大阪に帰そうと、土地の興業主と談判し合っていた。

そうした沢田らの配慮を知った段平は憤り、沢田の元に直接抗議しに行く。

間に立った倉林が、立ち回りの為の立ち回りはやりたくないんだと、言い聞かそうとするが、段平は、客は立ち回りを観たがっているのであり、それを演じないのは、客に不人情だと沢田に迫る。

それに対し、沢田は、女房が悪いのに、なぜ帰ってやらないんだと叱りつける。

それでも、段平が、かか(妻)がええかか(良い妻)になるのは勤めや。わいにも勤めがありますと言い張るので、それなら、亭主にも、良い亭主になる勤めがあるのではないかと沢田は言い返す。

すかりへそを曲げた段平は、ふてくされたまま、「一生、殺陣師してこましたるからな!」と捨て台詞を残し、宿を飛び出して行く。

沢田は、「あれで良いんだよ。きっと帰るよ」と倉林に話しかけるが、倉林は帰らないと思うと返す。

その後、宿を出ようとした沢田は、ちょうど玄関口に配達人が持って来た電報を受け取る。

「お春と云うのは、段平の女房か?お春は死んだよ」と、電報を読んで、廻りにいた者達に教える。

大阪で、段平の家に「忌」の貼り紙が貼られている中、当の段平は、飲み屋で一人寂しく「俺は河原の枯れすすき~…」と唄いながら、涙に暮れていた。

昭和3年8月京都

兵庫市が、段平を訪ねてやって来るが、出迎えた氷屋の婆さん(加藤智子)は、兵庫市がもって来た一升瓶を見ると、段平は二階で寝ているが、絶対酒は飲ませてはいけないと医者から言われているときつく注意する。

二階に上がってみた兵庫市は、お春の位牌を置いた座敷に、長年の不摂生が祟って中風で倒れた段平が寝ていた。

兵庫市に気づいた段平は、わいな…、観たいんや、沢田先生の芝居…、南座で…、忠治観たいんや。忠治、中風になるんやと呟く。

それを聞いた兵庫市は、病床の段平を南座に連れて行き、沢田正二郎の新演出による「国定忠次」最後の場面を見せる。

その忠治は、確かに、中風になって不自由な身体になった国定忠次が、土蔵の中で寝込んでいた所を捕り手たちに囲まれて、最後の力を振り絞り、戦おうとする最後の姿を描いていた。

段平は、驚いたような表情でその舞台を見つめていた。

その夜、祇園の店で飲んでいた沢田は、土蔵の立ち回り、割り切れないんだと、同席した倉林に打ち明けていた。

そして、僕たちは、あの段平に冷酷すぎたのかも知れない。必死に、自分たちに付いて来ようとしていたあの老人を、笑っていたんだ僕たちは…と反省し出す。

今頃、どこにいるのだろう?会ってみたいな…と、沢田は段平の事を懐かしむ。

婆さんから、段平が危ないとの知らせを受けた医者が、氷屋に慌てて駆けつけて来る。

二階に上がると、段平は布団の上で気絶しており、脇に座っていた兵庫市はへべれけに酔っぱらっていた。

医者が事情を聞くと、酒を一杯飲ました後、南座に連れて行くと、あれは中風の立ち回りやない、リアリジュームと違うと言い出して、ここへ戻って来て、階段から転げ落ちたのだと兵庫市が説明する。

酒は、段平にそれ以上飲まさないように、全部、自分が飲んでしまったとも。

呆れた医者が、ドイツ製の注射でもしとこうかと段平の腕に近づけると、目を覚ました段平が、そんなもん高いもんいらん。兵庫市、酒!と頼む。

しかし、兵庫市が全部飲んでしまったと教えると、わいは死なん。死んだら泣く奴がおるんやと、長年持っていた、女郎からの恋文を出してみせる。

兵庫市が、7年前程もらったものだと、医者と婆さんに説明する。

ぼろぼろになった手紙を医者が読んでいた時、おきくがやって来る。

ちょうど帰りかけていた医者は、中風はなかなか治らんとおきくに告げると、あんた、段平の本当の娘じゃないそうやなと、無遠慮に聞く。

その頃、二階の寝床に起き上がっていた段平は、お盆やろ?お春がな、連れて行ったる、云いよったんや…と、夢の話を兵庫市に話す。

6年前と、一つも変わらん顔やった…と、お春の事を話し続ける段平の言葉を、階段をあがりかかっていたおきくはじっと聞いていた。

段平は、そんなおきくに気づかず、まだ兵庫市に話しかけていた。

わて、中風の殺陣付けてみたいんや。先生の立ち回りは嘘や。リアリジュームやない。

それを聞いていたおきくは、声を殺して泣き出す。

市川段平の一生一代の立ち回り付けたいんやと言う段平ん、酔った兵庫市は、分かるわ…と相づちを打つ。

訳あって、30円で買うてもらわなならんのや。30円欲しいんや。頼んで来てくれと、段平は兵庫市に頼み出す。

その時、おきくが上がって来て、「御塩梅どうどす?」と挨拶をするが、段平は「どもない」とにべもなく答える。

そんな段平の態度に、又静かに泣き出すおきく。

空気が悪くなったと感じた兵庫市は、ほな、行ってくるわと云い残して、氷屋を出る。

二人きりになった段平は、何泣いてるんや?と、おきくに聞くが、泣いてまへんとおきくは顔を背ける。

段平は、そんなおきくに、お前には、えらい世話になったな…と、しみじみと語りかける。

何、言うてはりますねん、大将!悪い大将や…と、おきくが答えると、段平は、お前のお母はん、死んだときの事覚えているか?お父っつぁんの事、何ぞ言うてたか?言うてたやろ?と聞き難そうに尋ね、そりゃ、懲りさせたからな…と呟く。

最後の言葉を聞いたおきくは「大将!」と聞き返すが、すぐに「わいと違うぞ!」と段平は否定するが、「わいみたいな悪い奴やった。極道もんやった。お前、知らん方がええ。知ったら、哀しゅうなるから…、つまらんこっちゃ…」と続ける。

それを聞いていたおきくも、「そうでんな、大将。わてはな、大将がお父っつぁんやったら…思うてたら、それで良いのや。もう期待してません、大将…」と寂し気に答える。

そこへ兵庫市が「売れたんや!30円もろうて来た!明日、ゆっくり会おう言うてな」と、沢田の言葉を嬉しそうに伝えに帰って来る。

段平は、おきくに、布団の下に隠していた50円を出してくれと頼み、自分が新国劇をドロンした時、ついかーっとなっとったから、その時預っていた80円を返しそびれたまま、あれこれ使うてしまった。おきく、もし、わしが沢田先生に会えんようになったら…」と言うので、おきくが「何を云いまんのや!」と叱ると、「もし…や!その時は、あんじょう断って、先生にこれを返してくれ。こうしとかんと、地獄へ行った時、お春にコツんや」と頼む。

その後、段平は、棒を刀に見立てて、中風の国定忠次が、捕り手に囲まれ、何とか起き上がろうとする様を実演し出す。

「縄が首にかかる…、目ぇ見えへん…」と云いながら…

南座で、段平の来るのを待ちわびていた沢田は、もう幕が上がる時間になったので、「ちょっと、楽しみすぎたかな?」と紅林に語りかけ、舞台の準備を始める。

その楽屋口に、棒を持ったおきくが入ろうとするが、係員に制止される。

沢田先生に会わなければと説明しても、聞いてもらえない。

仕方がないので、入り口から客席に入り込んだおきくは、花道を走り、幕の中で、最後の場面の芝居を始めようとしていた沢田を見つけると「先生!段平の殺陣、やっと出来ました!」と声をかける。

沢田は驚きながらも感謝するが、もう今日は間に合わないので、明日聞くからと、優しくおきくを退けようとすると、「あてが付けます!」とおきくが言い出す。

その目の真剣さを観た沢田は、幕の前で姿を出すと、客席に頭を下げ、最後の場面を待たせて申し訳ないが、もう一つ、真実に欠けると思う。今、市川段平が立ち回りを付けてくれるので、もう一時くれと口上を述べて、幕の中に戻ると、すぐに、おきくの殺陣を聞こうとする。

捕り手たちも、「おきくちゃん、良かったな」と声をかける。

おきくは、段平がやってみせたようにその場で始動し始め、それをしっかり見届けた沢田は、分かった!後は自分がどれだけ出来るか、袖で観ていてくれとおきくを下がらせると、幕を開けさせる。

新しい殺陣を披露した最後の場面は大喝采で迎えられる。

翌日、段平の遺体が置かれた氷屋の二階にやって来た沢田に、おきくは金を返す。

沢田は「おきくはん、いいお父さんだったね」と声をかけるが、おきくは「先生、違います!」と否定する。

しかし、沢田は「段平の娘さんだ。この沢田、あんたの殺陣から、段平の血を見たよ。段平の子なら、あんた嬉しいんだろ?」と言い聞かす。

「本当なら…」とおきく。

「本当だよ」と倉林も横から保証する。

「父だと、段平から聞きたかったんだろう?可哀想に…」と沢田は同情し、「段平が死ぬ程の病気だと知っていたら…、段平を殺したのは僕だ」と言うので、おきくはあわてて「違います!お父っつぁんは…」と思わず反論しかけて一瞬ためらい、「お父っつぁんは、殺陣師が一生一代の殺陣付けて死んで行ったんです。沢田先生に礼を言うといてくれ、言うとりました。お師匠はんが、お盆で迎えに来るさかい、二人で南座に観に行く。沢田先生が勝つか、市川段平が勝つか、見届けに行くと。わいみたいなもんに負けんようにやってもらわんと…」

それを聞いた沢田、「段平、言ったな…!」と真剣になる。

南座の舞台に戻って来た沢田は、一人、花道に出ると、まだ誰も客が入っていない客席の上の方に向かって「段平〜!段平~!」と探すように呼びかける。

「へぇ〜」と声がして、「先生、リアリジュームだっしゃろ」と段平の霊が出現する。

そこに、お春の霊が寄り添い、「あんた行こ」と手を引っ張る。

「どこへや?」と段平。

「決まってるやろ、地獄や」お春はそう答えると、段平を引っ張って行く。

その姿が見えているかのように、幕が上がり、舞台に勢揃いした役者たちが、一斉に頭を下げるのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

1950年の「殺陣師段平」をマキノ正博がセルフリメイクした作品。

1962年版「殺陣師段平」を観ていたので、ストーリー自体は分かっていたが、このマキノ作品は、親子の情も絡めた、より泣かせる名作に仕上がっている。

お春と段平を演ずる森繁久弥と山田五十鈴の夫婦の掛け合いは、絶妙と云うしかなく、後半のおきくを演ずる左幸子もすばらしい。

「古くさいお涙頂戴物」と言ってしまえばそれまでだが、当時の大衆向け娯楽の精神が、今でもそのまま通用すると云う所がすごい。

黒澤明が脚色を手がけた1962年版との違いで興味深いのは、おきくと段平との関係。

同じく黒澤脚色版をベースにしている1950年版をまだ観ていないので断定は出来ないが、おきくと段平が親子関係だったと描かれているのは、ひょっとすると、本作だけなのかも知れない。

元々の原作ではどうなっているのか知らないが、黒澤脚色版では、そこの部分を意図的に省いたのではないかと言う想像もできる。

個人的には、この関係性があるおかげで、本作のクライマックスは、よりスリリングで、なおかつ号泣ものになっていると感じる。

「この沢田、あんたの殺陣から、段平の血を見たよ」と言うセリフが泣かせる。

DNA判定などなかった時代、本当の親子なのかどうかなど、当人達も科学的に調べて真実を知る術などなかったはず。

その時代の大衆を納得させるには、この「血が繋がっている」と云う言葉が、何よりの証し足り得たのだろう。

ラストに登場する、お春の霊が言う冗談めかした粋なセリフも見事。

マキノ監督の類い稀なる才能を堪能させられた気分になる作品である。