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伊豆の踊り子('54)

1954年、松竹大船、川端康成脚本、伏見晁脚本、野村芳太郎監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

昭和のはじめ、沼津より修善寺に向かう道の彼方には、富士山がそびえている。

その道を、箱根の山は天下の険!と唄う子供たちの横を、一台の馬車が通り過ぎて行く。

その馬車に乗っていた書生(石浜朗)は、隣の女がタバコを吸おうとしているのを見て、少し顔をしかめる。

女は、書生にタバコを勧めようとするが、まだ吸えないと断られる。

やがて、その女は、連れと思われる男と共に、道でエンジンを修理していた乗り合い自動車を見つけると、馬車を降り、それに乗り換えてしまう。

その後、再び走り出した馬車だったが、馭者の横に乗っていた若い助手が、自動車の時代に馬車など…と愚痴る。

しかし、狭い道を先に走っていた馬車に塞がれ、後から走って来た自動車は前に進めない。

どんなにクラクションを鳴らそうが、馬車は道を譲らない。

やっと、客がいる場所で馬車が停まったので、自動車は追い抜いて行く。

馬車に乗り込んで来たのは、若い夫婦のようだった。

その夫の方が、書生に「どちらまで?」と話しかけて来たので、書生は「修善寺まで」と答える。

しばらく行くと、先ほど追い抜いて行った自動車が、又エンストを起こして停まっており、外で修理を見ていた先ほどの女と連れの男は、通り過ぎて行く馬車を見つめながら、忌々しそうな顔をしている。

馭者(小林十九二)は助手に向かい、急いでいる人は馬車の方が速いと云うと愉快そうに語りかけ、助手も嬉しそうに頷くのだった。

修善寺の宿に到着した書生は、女中に、杉村先生は?と聞く。

彼は書生であるばかりでなく、小説家を目指していたのだが、学校の休暇を利用して、帝大の先生で小説家でもある杉村(大宮敏)を訪ねてやって来たのだった。

女中のお菊( 桜むつ子)は、若い書生に興味を持ち、あれこれ話しかけて来るが、窓際で外を見ていた書生は、橋に一人佇む少女を見つけていた。

やがて、その少女は、遅れて来た連れと合流してどこかへ去って行った。

やがて、部屋にやって来た杉村は、なぜ、休暇中なのに、おじさんの家に行かないかと聞いて来る。

書生は、学校が面白くないので辞めようかと思っていると悩みを打ち明ける。

その話を聞いた杉村は、そう云う気持ちは孤児独特のもので、自分で自分を客観的に見る二重性格的な感情は、小説家になろうと思うと必ず味わう悲劇であり、自分は山岳部だったので、山に登る事で忘れる事にしたと助言する。

夕食時、お菊や杉村が、飲めない酒を無理に勧めようとするので、外に散歩に逃げ出した書生は、夜の女たちから声をかけられながら待ちを歩くうちに、馬車で会った若夫婦の夫の方から声をかけられる。

書生は、その夫婦の連れが、先ほど橋で一人佇んでいた娘だった事をその時気づく。

若夫婦は旅芸人だった。

書生と別れた彼らは、とある宿の下から二階の泊まり客に声をかけ、金を放られると、その場で若い娘の一人百合(雪代敬子)が踊り始め、もう一人の娘薫(美空ひばり)が鼓を叩き始める。

宿に戻った書生は、杉浦は先に入浴しているとお菊から聞いたので、自分も共同浴場に向かう。

その時、隣の宿の入り口付近で、中に呼び込まれている、先ほどの旅芸人一座を見かける。

東京から来たらしい座敷客(芦田伸介)は、芸者(水木涼子)が呼んだ旅芸人などには興味がなさそうだったが、やって来た若い二人の娘には興味を持ったようだった。

若夫婦の夫の方、栄吉(片山明彦)は、そんな客の前で、やおら踊り始めるのだった。

その三味線の音を聞きながら、隣にある共同浴場では、今度、熱海からトンネルが出来るそうだが、便利にするのは良いが、俗っぽくなるなと、先に風呂から上がりかけた杉村が、苦々しそうに書生に語りかけていた。

翌朝、宿の横の川縁で洗い物をしていたお菊に、起きて来た書生は、二階の部屋から声をかけ、夕べの旅芸人たちは、あのままあの宿に泊まったのだろうかと尋ね、そんな酔狂な客なんていませんよと、お菊から呆れられる。

書生は杉村の部屋に行き、自分はすぐにでも下田の方に行ってみようと思うと伝える。

それを聞き、一旦はもう少しゆっくりしていけばと止めかけた杉村だったが、書生の気持ちが硬そうなのを見て取ると、気をつけて、雨が降りそうだからと言いながら、小遣い銭を渡してやるのだった。

宿を出て歩き始めた書生だったが、杉村が言ったように、大狩野村の辺りで雨に降られてしまう。

雨宿りに一軒の農家の軒先に佇んだ書生だったが、家の中には赤ん坊しかおらず、その赤ん坊は泣き出すし、間もなく戻って来たその家の子供からも無言で睨まれたので、ばつが悪くなり、さらに雨の中、歩き始める。

やがて、一軒の茶店を見つけたので、中を覗き込むと、そこには、あの旅芸人一行が先に休んでいた。

栄吉や薫は、入って来た書生のマントがずぶぬれなのに気づくと、急いで拭いてやろうとするが、奥にいた店の女房(野辺かほる)が気づき、奥に書生を案内する。

そこには中風で動けないと云う老人がいた。

女房が、書生のマントなど、脱がせて、いろりで乾かそうとしている時、旅芸人たちが出発する声が聞こえたので、書生もそれに合わせるように店を出ると言い出し、女房を慌てさせる。

部屋を出て行く書生が紙幣を落としたのを老人は気づくが、言葉が出ない。

女房は、書生の鞄を無理矢理受け取って、途中まで付いて来るが、書生は、老人が一人だからと気遣い、その場で女房と別れる。

少し先を歩いていた旅芸人一座、薫は、義姉の千代(由美あづさ)の荷物を持ってやると気遣う。

流産して体調を崩していた千代は、病院から退院したばかりだったのだ。

千代は、夫、なかなか直らない栄吉の酒癖を心配していた。

そこに並んだ書生に気づいた栄吉は、自分たちはこれから、伊東を廻って大島に帰ろうと思うと打ち明ける。

後ろでその会話を聞いていた薫は、大島に学生さんたくさん来るわよねと言い出したので、書生は、それは夏の話でしょう?冬も来るんですか?と問いかけ、薫は口ごもってしまう。

その頃、茶店に戻って来た女房は、老人が紙幣を差し出しているのに気づくと、それが先ほどの書生が落として行ったものだと気づき、慌てて追いかけようとするが、ちょうどそこに、息子の信吉 (桜井将紀)が帰って来たので、訳を言って、二時間前ほどに出て行った書生を追いかけて金を返すよう言いつける。

友達と約束しているのだと嫌がる信吉だったが、湯ヶ島の伯母さんの所に泊って来ても良いと云われると、急に承知し、白線の入った帽子をかぶった名も知らない書生の後を追う事にする。

その頃、旅芸人一座と書生は、世古館と云う宿に到着していた。

千代の母であるおたつ(南美江)は、娘の体調を気遣いながら、流産した事を書生に打ち明け、書生が東京から来た事を知ると、自分も昔、浅草にいたと話し始めようとするが、千代から、又自慢話が始まったと笑いながら止められる。

薫は、そんな書生にお茶を入れて出そうとするが、粗相としてこぼしてしまう。

それを見たおたつは、色気づいたよとからかう。

そこへ、栄吉が、書生の宿を見つけて来たと帰って来たので、書生は、自分もここで良いのだがと戸惑うが、栄吉は、こんな所ではと首を振って、その旅館まで案内する事にする。

それを聞いていた薫は寂しそうな顔になる。

宿を出た書生は、宿の二階から見送っている百合の方を振り返っていたが、その様子に気づいた栄吉が、薫の名を呼び、窓から顔を出させる。

道すがら、栄吉は、薫は自分の妹で、百合は近所の娘、妻の千代の母親があの老婆だと自分たちの紹介と、自分はこの近くの湯ノ沢館と云う所で生まれ、父親もいるのだが、妙な事になって…と言葉を濁す。

書生も、水原と名乗る。

その頃、書生を追って来た信吉は、道で出会った農民などに聞きながら探しまわっていたが、一向に手がかりは見つからなかった。

書生を送って行った栄吉は、その後世古館に戻って来て、あの人風邪をひいたらしいと云うと、薫は心配げに薬を探し始める。

その後、書生がいる湯元館にやって来た薫と百合は、書生に薬を渡して帰る。

その夜、旅芸人一座は、湯元館の隣の宿の二階で行われていた鉱山の連中の宴会で踊っていた。

鼓を叩いていた薫は、酔客たちからからまれていた。

^^その音を隣の宿からじっと聞く書生水原。

翌朝、湯ヶ島の伯母の家に泊った信吉は、まだ幼い姪のチイ坊とお手玉をして遊んでいたが、伯母からせかされ、又、書生を捜しに行く事にする。

湯元館で又布団の中にいた水原の所にやって来た栄吉は、おふくろが、子供の四十九日を供養してやりたいと云っているので、良かったら、下田で拝んでやってくれないかと頼み込む。

起きながら承知した水原だったが、そんな二人が外を見やると、ちょうど、薫と百合が、川沿いの露天風呂に入りに行く所が見えた。

薫は、旅館から自分たちを見ている二人に気づくと、手ぬぐいを振りるが、風に手ぬぐいを飛ばされてしまう。

その様子を見ていた栄吉は、まだ子供なんですよと、水原に苦笑いしてみせる。

慌てて、石伝いに川の浅瀬の石に引っかかっていた手ぬぐいを拾いに出かけ、百合とおかしそうに笑う薫。

その後、地元の友達、修平に会いに行き、かねて頼まれていた地下足袋を買って来てやったと声をかけた栄吉だったが、外で息子の修平と一緒に働いていた父親は、あんな奴と付き合うなと不機嫌さを隠さなかった。

栄吉は修平に、地下足袋と一緒に、湯ノ沢館の親父に渡してくれと、持って来た金を渡すが、修平は、湯ノ沢館の順作が会いたがっていると栄吉に伝える。

露天風呂を上がった薫と百合は、湯元館の水原の部屋を訪れ、ご飯をよばれた後、五目並べをしていた。

百合は先に帰り、残って五目並べを続けていた薫は、兄さんは自分を早く辞めさせたいと云っていると打ち明ける。

勝負に負けた事を知った薫は、悔しそうに、水原の方に近づき、盤面を確認しかけるが、ふと水原との距離が近すぎた事に気づくと、恥じらいながら「私、叱られる!」と言い残し部屋を立ち去って行く。

その直後、部屋に入って来て、食事の後片付けをする女中は、あんな人たちにご飯なんて、もったいないですよと水原に注意するのだった。

しかし、水原は旅館を出ると、薫に追いつき、送って行くと言い出す。

歩きながら、僕の事変だと思ったろう?一緒に旅をしたいなんて言い出すなんてと水原が話すと、薫は東京って良い所ですかと聞いて来る。

良い所じゃないよ。どうして?と聞き返すと、行ってみたいんですと答える薫。

行ってどうするの?と聞くと、色んな事…、まだ、考えてませんと答える薫。

家は東京のどこにあるのかと聞かれた水原は、自分には、家も両親も兄弟もいない事を打ち明ける。

それを聞いた薫は、同情したのか、大島にいらっしゃれば、おじいちゃんの家があるのでいつまでもいらしても良いわと誘う。

世古館に薫を送り届けた水原は、途中の雑貨屋で、ハンチングを買い求めるが、75銭と言われ、胸ポケットから取り出そうとした紙幣がない事に気づく。

奇妙に思いながらも、取りあえず、杉浦からもらった金で支払いを終えた水原は、猪を二頭ぶら下げ、店の前を通り過ぎる、地元の猟友会の一行を見る。

湯ノ沢館の若旦那順作(三島耕)たちだった。

世古館に戻っていた薫は、隣の部屋で女中たち相手に商売をしていた小間物屋から呼ばれて、品物に興味を持つが、お座敷の準備をしていたおたつから注意される。

水原が泊っていた湯元館に、旅芸人たちを呼んだのは、先ほど、猪をしとめて来たばかりの順作たち猟友会のメンバーたちだった。

その板場では、湯ノ沢館の若旦那の噂をしていた。

前にこの地で温泉を掘り当てきらなかった旦那が、今、その後を引き継いで温泉を掘り当てた湯ノ沢館の湯番として働いているのは有名な話だったからだ。

その湯元館にやって来て、座席の客に挨拶をしかけた栄吉は、呼んだ相手が順作だと知ると、恥をかかされたと感じ、その場から帰ろうとする。

それを追って来た順作は、旅芸人があんただったとは知らなかったのだと必死に栄吉を押しとどめる。

その様子を、たまたま通りかかり見ていた水原。

栄吉は一応納得し、座敷に戻ると、湯ヶ島音頭を披露し始める。

しかし、その夜、栄吉は飲み屋で酔いつぶれていた。

千代がそれを迎えに来る。

長い間守って来た禁酒を破った栄吉は、宿に戻る途中、俺たちは親子そろって意気地なしだと千代にこぼす。

翌日、二日酔いで元気がない栄吉ら旅芸人一行と水原は一緒に出発する。

峠に差し掛かった時、薫は、あそこが湯ヶ野で、私が生まれた所!と水原に教える。

若い薫と水原は、先にぐんぐん坂道を下って行く。

それを後ろから見ていたおたつは、年寄りは下り坂で膝ががくがくするとこぼし、それを聞いていた栄吉は、年は取りたくないものだと苦笑する。

先行しすぎたので、少し草原に腰を降ろして後続を待つ事にした水原が、水が飲みたいと漏らすと、すぐに薫が探して来ると走り出す。

やがて、水を見つけたと呼ぶので水原が降りてみると、小川の側で待っていた薫が、手を入れると濁るからと、水をくんだカップを差し出す。

その時、上から、薫が起きっぱなしにしていた鼓を叩く音が聞こえて来る。

追いついた栄吉が知らせていたのだ。

その様子を、近くからじっと見ている子供がいた。

まだ、書生を捜しあぐねていた信吉だった。

カップに汲んだ水を持って戻って来た薫は、それをおたつに飲ませ、大島では何をしているのかと聞く水原に、牛の乳搾りと答えた後、今度、カツドウに連れて行って下さいねとねだるのだった。

その後、道を進んでいた薫は「物乞い、旅芸人、入るべからず」と書かれた立て札を見つけ立ち止まる。

亀床に寄って休んで行こうと言い出したおたつと一緒に追いついて来た栄吉は、その立て札に気づくと、どこの村でも、村長や村会議員があの手のものを立てるのだが、地元でやられるとつらいと、水原にこぼしてみせる。

その立て札は、その時近づいて来た猿芝居の芸人によって引っこ抜かれて捨てられてしまう。

その頃、亀床なる床屋の主人亀吉(日守新一)から声をかけられていたのは、中風で身体が不自由になりながらも、湯ノ沢館の湯番として働いていた、栄吉の父親喜平(明石潮)だった。

かつての碁友達から立ち寄って行かないかと誘われた喜平だったが、今、旦那の用足しで出かける所だからと断る。

店に戻った亀吉は、あれで、自分とは五つしか年が違わないのに、すっかり年老いてしまったと、喜平の事を女房に話す。

そこへ入って来たのが、栄吉たち旅芸人と水原一行だった。

喜んだ亀吉は、すぐに喜平を呼び戻すよう女房に頼む。

その直後、店に顔を見せたのは順作だった。

栄吉は、順作の顔を見ると、立て札の事で嫌みを言う。

しかし、順作は知らなかったようで、すぐに父親に掛け合いに帰るが、その途中、亀吉の妻に連れられて戻って来た喜平と出会い、息子に会いに行って来いと優しく声をかける。

湯ノ沢館に戻って来た順作は、父親の善兵衛(松本克平)に、立て札はやり過ぎだろうと文句を言うが、善兵衛は村議会で決まった事だからと相手にしない。

そもそも、謝金のカタに、この家を持った時に、喜平や栄吉も残るよう勧めたのに、勝手に出て行って旅芸人などになった栄吉が悪いのだと善兵衛は嘆く。

しかし順作は、せめて薫だけでも引き取って、じいさんの面倒を見させてやってくれないかと食い下がるので、息子は薫に気があると読んだ善兵衛は、お前の考え通りには行かねえもんだぞと忠告するしかなかった。

亀床で、久しぶりに娘の薫に出会った喜平は喜んでいた。

隣の部屋にいたおたつは、亀吉から、栄吉が時々、喜平に小使いを渡していた話を聞くと、ちょっと驚く。

千代も知っていたと聞くと、知らなかったのは自分だけだったと気づく。

そこに戻って来た順作が、栄吉に話があると切り出す。

目配せで、薫の事だと察した栄吉は、薫と喜平に場を外させる。

薫は外に出て行き、喜平は亀吉のいる隣の部屋に来ると、何やら薫の事で話をしているようだと、その場にいた者達に教える。

それを聞いた水原は、表に出て、薫の側に近づく。

薫は、小学校五年の時、友達が盲腸で死んだと打ち明ける。

さらに、前に作っておいた小鳥の墓がなくなっている事に気づいて哀しむ薫。

そこへ栄吉が呼んでいると云うので、薫は亀床に戻って行く。

栄吉から、湯ノ沢館に来てくれないか、そのうち、嫁にしたいと順作が言っていると教えられた薫は、お嫁に行くまでは、兄さんと一緒にいたいと漏らす。

栄吉たち一行と水原は、取りあえず下田に向け出発する。

薫は水原に、大島に来て下さいねと屈託がない。

下田の定宿に落ち着き、馴染みの客と鍋をつついていた旅芸人一座の元にやって来た水原は、薫から聞いたのだが、明日東京に帰るんですって?と聞く栄吉に、学校があるものでと言いながら、法事に花でもあげてくれと紙包みを差し出す。

その後、カツドウに誘いに来たのですがと云う水原だったが、当の薫は不機嫌そうに首を振るだけ。

千代は、疲れているんですよと、薫に代わって、弁解するのだった。

翌朝、港に向かっていた水原を、夕べ遅くまで座敷があったので、他の連中はまだ寝ており失礼すると云いながら、晴れ着に着替えた栄吉が一人見送りに来る。

そんな二人を見ていたのが、まだ書生を捜し続けていた信吉だったが、水原がハンチングをかぶっていたので、見過ごしてしまう。

その後、栄吉が、通りかかった行商から食い物を買って渡そうとするので、水原は自分がかぶっていたハンチングを栄吉に贈ると、自分は鞄の中から学帽を取り出しかぶる。

気がつくと、港に薫が待っているではないか。

栄吉が水原の切符を買って来てやると立ち去ると、「ありがとう」と言葉をかけた水原は、その櫛をくれないかと薫に頼む。

薫が黙って、髪から抜き差し出すと、水原は自分が持っていた万年筆を渡す。

何か話した気な二人だったが、そこに割り込んで来たのが、信吉だった。

学生帽をかぶった水原が、探していた相手ではないかと聞いて来たのだ。

紙幣を差し出された水原は、あの茶店で金を落として来た事に気づくと同時に、わざわざこんな少年が、あそこから自分を捜してここまで来てくれた事に感激し、その金をやるので、おじいさんに何か買ってやりなさいと言い聞かせる。

さらに、何やら、蓮台寺で働いていたおばあさんを、東京まで連れて行ってくれないかと頼む一行も現れ、水原と薫の会話は出来ないままだった。

そこに、切符を持った栄吉も戻って来たので、水原はそのまま船に乗り込む事にする。

話すきっかけを失った薫は、さっきからそっぽを向いたままだった。

やがて、蛍の光のメロディが流れる中、栄吉から、大島に来て下さいねと声をかけられた水原は、ええ、行けたら…と答え、船は港を離れる。

栄吉と信吉が帽子を振って見送る中、まだ、薫だけはそっぽを向いていたので、栄吉が呼び寄せる。

やがて、三人で手を振る中、船は遠ざかって行く。

船縁で、深刻そうに港を観続けていた水原に気づいた別の書生が、何かご不幸でもあったんですか?と聞いて来たので、水原は「今、人と別れて来た所です」と答え、涙ぐむのだった。

港では、信吉が栄吉に別れを告げ去ると、栄吉も帰ろうと薫に声をかけるが、薫はその場にしゃがみ込んだまま、海面に浮かんだ下駄の片方をじっと見つめているのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

サイレント時代の田中絹代版(1933年)に次ぐ、松竹二度目の「伊豆の踊り子」の映画化で白黒作品。

吉永小百合以降のイメージとは、かなり印象が違っている所が興味深い。

まず、馬車で書生が登場する冒頭シーンからして異色。

ここで、水原は、まず栄吉夫婦と出会うのだが、どうやら妻の千代が流産後、入院していた病院から退院した所だったらしい。

このため、薫との出会いは、修善寺の旅館に到着後になっている。

その旅館で、小説家としての先輩であり、帝大の先生にも当る杉村なる人物が登場している。

その上、水原自身も、天涯孤独で寮暮らしをしていると云う設定になっている。

その為に、学校生活に疑問を持ち、ふらりと旅に出てみたと云う動機の説明にもなっているのだ。

さらに興味深いのは、栄吉の父親喜平なる人物と、その喜平から家を譲り受けた後成功した順作やその父親善兵衛なる人物までが登場しており、栄吉の複雑な過去が掘り下げられている。

この為に、話の重点は、栄吉の方にやや傾いており、その分、薫の存在感はやや弱くなっている。

弱くなっていると云っても、そこは美空ひばり、存在感は元々あるので、印象が薄いと云うほどではないのだが、さりとて、ものすごく心に残ると云うほどでもない。

しかも、この時期のひばりは、かなり丸まるとしており、悪く言えば貫禄がある。

不幸な娘と云うキャラクターとしては、やや違和感を感じないでもないのだ。

さらに、後半の展開は、薫は、心ならずも玉の輿が約束されてるような印象すら受けるので、その分、悲劇性はやや薄れているようにも思える。

文芸ものとして意図的にであろうが、ひばりが唄うシーンも抑えめである。

茶屋で金を落とした水原を追って、子供の信吉が追って来るエピソードも珍しい。

その信吉と水原のラストでの出会いや、予期せぬ老婆の世話依頼など、港での小さな騒動は、二人には「所詮、縁がなかった」と観客に感じさせる為の意図的なものだろう。

また、べたべたとした古くさい愁嘆場描写を避けたとも受け取れる。

その分、ラストの余韻がやや弱くなっているような気がしないでもないのだが…

美貌の石浜朗のアップが多いのは、少女ファンを喜ばせるサービス演出だと思われる。