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ゼロの焦点

2009年、「ゼロの焦点」製作委員会、松本清張原作、中園健司脚本、犬童一心脚本+監督作品。

※この作品は、新作で、なおかつミステリですが、ここでは最後まで詳細にストーリーを記していますので、ご注意ください。コメントはページ下です。

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昭和18年10月21日

雨の出陣学徒壮行会

昭和32年8月

商事会社に勤める板根禎子(広末涼子)は、見合いの席で会った10歳年上の鵜原憲一(西島秀俊)に好印象を持ち、結婚を決意する。

同席していた憲一の兄、宗太郎(杉本哲太)や、禎子、憲一双方が知る大学教授が云うには、憲一は学生時代水泳の選手だったが、戦争で右肩に機銃掃射を受けてしまったらしい。

憲一は今、東洋第一広告と云う会社の金沢支社に勤めている。

結婚後一週間経った12月1日、憲一の後輩本多良雄(野間口徹)が、金沢に赴任する事になり、仕事の引き継ぎの為、一週間の予定で憲一は上野駅から金沢に向かう事になり、それを禎子は見送っていた。

車窓から、憲一は、ホームに立つ禎子にキャラメルを一個手渡すが、それが、禎子が憲一を見た最後だった。

北陸の海をバックにタイトル

一週間後の8日、ラジオから、昨年のヒット曲プラターズの「オンリーユー」が流れる中、禎子は、その日帰って来るはずの憲一の為に、すき焼きの準備をして待っていたが、とうとう憲一は帰って来なかった。

その日、予定通りに帰ると書かれた憲一からの手紙と、彼が先に送った荷物だけは届いていたのに。

会社に電話してみると、憲一は7日に金沢を予定通り出発したはずと言う。

翌日、夫の荷物を整理していた禎子は、その中から落ちた二枚の写真を見つける。

それぞれ立派な白亜の洋館と、うらぶれた一軒家を写したものだった。

禎子は宗太郎の家に相談に行くが、宗太郎は心配する事はないと笑う。

それでも、禎子は、自ら金沢に行ってみる事にする。

列車の中で、禎子は、憲一と一緒に、新婚旅行で温泉に行ったときの事を思い出していた。

金沢駅には、本多と支社長の青木(本田博太郎)が迎えに来てくれていた。

その青木が、今朝方、羽咋の海岸で30代半ばの茶色の背広を着た水死体が発見されたと禎子に知らせる。

自殺の名所だと言うその発見現場に、青木たちと向かった禎子は、無惨な水死体を警官から見せられるが、夫ではないと首を振るのがやっとだった。

禎子は青木に、憲一の下宿先に行ってみたいと申し出るが、本多が言い難そうに説明するには、憲一はその下宿からは1年前に引っ越しており、引っ越し先は社の誰も知らないらしい。

旅館に到着した禎子は、雪起こしの雷を聞く。

禎子は、今さらながら改めて、夫の事を自分が何も知らない事に気づく。

翌日は、雷の通り、大雪が降った。

義兄の宗太郎から電話が入り、今は京都だが、仕事が片付き次第、そちらに向かうと連絡がある。

金沢が雪と聞いた宗太郎は、こちらは良い天気だと答えるが、その宗太郎のいる場所にも大雪が降っていた。

その日出会った本多は、憲一が懇意にしていた耐火煉瓦を作っている室田儀作社長に会ってみたらどうかと禎子に勧めるが、同行して来た青木は、本多は付いて来るなと命ずる。

ここはあくまでも、禎子の個人的な面会と云う事にしたいのだと云う。

本多は、室田の会社は、ここらでは1、2を争う大きな耐火煉瓦会社であり、室田が三年前に再婚した奥さんの佐知子にも憲一は気に入られていたらしいと教える。

路面電車で会社に向かう間、本多は、一代で財を成した儀作と云う人物はアクの強い人物だと補足する。

白銀町の会社に到着した時、市長候補に立候補した女性の選挙運動を目にする禎子。

本多が云うには、先日、市長が死んだので、上条保子(黒田福美)と云う女性候補が立候補しており、それを室田佐知子が陰ながら応援しているらしい。

二人が、室田耐火煉瓦会社の受付に出向くと、指の荒れた受付嬢が、社長は今忙しくてこちらに来れないので、工場の事務所の方にお越し願いたいと伝える。

工場に向かいかけた禎子の背後で、二人の後からやって来た外国人に、その受付嬢は、たどたどしい英語で応対していた。

工場内では、レンガの仕上げを急がされた職人たちがミスを犯したらしく、室田社長(鹿賀丈史)や工場長から口汚く怒鳴り散らされていた所だった。

辞めさせないでくれとすがりつく職人を、容赦なく突き飛ばした室田は、禎子に気づくと事務所に案内し、憲一が帰らないとすれば、原因は女でしょうと笑う。

そこに入って来たのが、儀作の妻佐知子(中谷美紀)だった。

選挙の応援依頼を、儀作に催促しに来たのだった。

手がかりもなく旅館に戻って来た禎子は、タクシーに乗りかけた男の姿を見るが、それは、まだ京都にいるはずの義兄の宗太郎だった。

禎子が訪れた上条保子の選挙事務所では、新聞に婦人市長誕生に対する否定的な記事が掲載された事に、応援する夫人たちが憤っていた。

その場にいた佐知子は、こんな挑発に負けるなと婦人たちに檄を飛ばすが、その時、外から窓を突き破って投げ込まれた石が、婦人たちが座っていた机の上の湯のみ茶碗を破壊したので、その石を拾い上げた佐知子は唇を噛み締める。

禎子を乗せ、自宅に車で案内する佐知子は、あんな事をされると云う事は、上条にも見込みがあると言う事だと笑う。

禎子はやって来た佐知子と儀作の豪邸が、憲一の荷物から出て来た写真の一枚に写っていた家である事に驚く。

応接間に案内した佐知子は、憲一のお別れ会は6日に行ったが、その時、憲一は「オンリーユー」を唄ったと禎子に教える。

禎子は、ガラス戸の向こうからこちらを見つめている若い男に気づき驚くが、それは、佐知子の弟で、二年前に芸大を出て油絵を描いている享(崎本大海)だと教えられる。

享は、昼間から酔っていた。

旅館に戻った禎子は、東京の母親絹江(市毛良枝)から電話を受け、憲一が一時期、立川署の巡査をやっていたらしいと云う情報を知らされる。

今の禎子にとって、かつて、少女のような憧れを抱いていた北陸への憧れが崩れて行くような気がしていた。

そこに、義兄の宗太郎が、今金沢に着いたとやって来る。

昨日見かけた事を言い出しかねた禎子だったが、憲一の巡査時代の事を問いただすと、終戦直後の事で、勤めていたのも1年もなかったくらいだったと、宗太郎はこともなげに答える。

その夜、鶴来の旅館に一人やって来た宗太郎は、突如、通りかかった仲居の目の前で口から泡を吹き倒れる。

仲居は、その場から立ち去る、派手な赤いコートの女を目撃する。

宗太郎は、青酸カリを混合したウィスキーを飲んで死亡したと判明する。

警察署で、宗太郎の遺体に対面した禎子は、刑事から、宗太郎は三日前から会社に休暇願を出していたと聞く。

京都に仕事でいるなど嘘だったのだ。

その直後、東京の義姉からかかって来た電話に出た禎子は、義兄の死を確認したと伝える。

最初は半信半疑だった義姉は、電話の向こうで号泣し始める。

上条保子のガードを頼みに、警察署長に会いに来ていた佐知子が禎子の前に現れ、まさか、見つかった鵜原と云う死人は、あなたのご主人ではないでしょうねと聞いて来る。

禎子は義兄だったと答える。

佐知子は、本多と禎子を車で送ってくれたが、本多は、殺人現場から逃げ出した女と云うのは、米兵相手のパンパン(売春婦)みたいだったと教える。

それを聞いた佐知子は、金沢には米軍基地などないのに…と不思議がる。

禎子は、義兄の宗太郎が、一人で旅館で待っていたのは、憲一だったのではないかと疑念を抱いていた。

車を降りた佐知子は、落ち込んでいる禎子を慰める。

室田の屋敷内では、享が姉をモデルにした油絵を描いていた。

佐知子が帰宅すると、室田と一緒に飲んでいたらしき女たちが帰る所だった。

酔った儀作は佐知子に、選挙ごっこは上手く行っているかとからかった後、宇原の兄が殺されたそうだ。知っているかと聞いて来る。

儀作は、憲一と佐知子の関係を疑っている様子で、嫌がる佐知子を掴まえると、強引にキスをし、本当はどんな女なんだ!と、佐知子にいら立った疑問をぶつけて来る。

禎子は、義兄の葬儀の為、一旦東京に戻る事にするが、何かし残した事を振り払うように列車に乗り込んだ途端、乗客たちの荒れた手を見て何かを思い出すと、見送って帰りかけた本多を呼び止め、室田の会社の受付にいた手の荒れた女性の事に付いて調べてみてくれと頼む。

あの女が使っていた英語は、昔、パンパンが使っていたスラングだった事を思い出したのだ。

阿佐ヶ谷の実家に戻った禎子は、後日本多から電話を受け、あの受付嬢は田沼久子(木村多江)と言い、社長の口利きで入社したらしいが、旦那は金剛の断崖から身を投げて死んであり、その旦那と社長の関係は誰も知らない。これから直接、久子に会ってみると教えられる。

絹江は、新聞に大きく載った「金沢で女性市長誕生か?」と云う見出しを読んでいた。

海岸近くに建つ久子の家を訪れた本多は、無人らしい家の中に入り込むが、その背後に、赤いコートの女が近づいている事に気づかなかった。

翌朝、登校途中の子供が二人、何かを熱心に見つめている仲間を見つけ近づくと、その子が見ていた先の窓ガラスには、死んだ本多の顔が押し付けられていたので悲鳴を上げる。

その背中には、包丁が突き立っていた。

その夕刻、選挙演説中の上条保子が、聞いていた男たちからからかわれている側を通りかかった室田儀作の車は、大勢の取材陣や野次馬に取り囲まれる。

儀作の派手な女性関係は世間の好奇にさらされていたのだ。

本多の遺体と、又しても警察署で対面した禎子は、家の主である田沼久子が指名手配されたと刑事から聞かされる。

久子の自殺した夫は、曽根益三郎と云う男で、正式な結婚はしておらず、内縁関係だったと言う。

その遺体は、8日に上がったのだとも。

禎子は、一人バスで、久子の家のある漁村に向かうと、久子の事をあれこれ聞き集める。

東京にいた時何をしていたか知らないが、村に帰って来てからも派手な格好をしていたと言う。

久子の家に到着した禎子は、その家が、憲一の持っていた写真のもう一枚に写った建物である事に気づく。

無人の家に入ると、足下に転がっていたキャラメルの箱を拾う。

そのキャラメルこそ、上野駅で見送った禎子に、憲一が渡してくれたものだった。

禎子は、憲一が曽根益三郎と名乗り、ここで1年半の間、暮らしていたのだと確信する。

その疑念を警察署に帰って打ち明けた禎子だったが、刑事は、益三郎の遺書があると言い出す。

そこには、久子に宛てた遺書がしたためられていた。

禎子は、選挙事務所にいた佐知子に再会し、あの人が自殺するなんて信じられない。なぜ、久子に遺書を残して、自分には何も残してくれなかったのか?許せないと憤る。

選挙応援の婦人たちは、今度は石ではなく、おにぎりが投げ込まれたと騒いでいた。

佐知子は、後の事は警察に任せ、あなたは東京に帰ってゆっくり休みなさいと慰めてくれる。

禎子は、「さよなら」と手を差し伸べた佐知子の手を、納得いかないように握り返すしかなかった。

東京に戻った禎子は、立川警察署を訪ねてみる。

憲一の巡査時代の同僚が、同署の交通課に残っていたからだった。

今は出世したらしき同僚は、憲一と自分は、当時、風紀係にいたと話す。

終戦直後は、米兵相手のパンパンを取り締まっており、その時、MPらが、女性を殴ったりする様子を見ていた憲一は、そう云う手伝いをする事に疑問を持っていたようだと言う。

禎子が、久子の顔写真が載った新聞を差し出すと、一昨日にも、同じ新聞の写真を見せて、昔の事を聞きに来た人物がいたと教える。

元同僚が机の引き出しから取り出してみせた名刺には、「室田儀作」と記されていた。

中上の方に、今でも、昔のパンパンたちが住んでいる「大隈アパート」と云う場所があると聞いた禎子は、早速出かけてみるが、そこにいた女は、又、一昨日の男と同じようにエミーの過去をほじくって笑い者にするつもりかと不機嫌になる。

エミーと云うのが、田沼久子のパンパン時代の名前だったのだ。

それでも、一昨日の男にも見せた当時の写真を見せてやると云うので、部屋に上がり込んだ禎子は、女から見せられた当時のクリスマスパーティの時の写真の中に、見覚えのある顔を見つけて硬直する。

それはまぎれもなく、室田佐知子だった。

佐知子も又、久子と同じ、パンパンだったのだ。

女は、その女はマリと呼ばれて、女子大まで行っていたインテリだったが、弟が肺病になった為、大学を中退し、将校のオンリー(愛人)になったのだと教える。

その頃、赤いコートを着た田沼久子は、佐知子の運転する車に乗っていた。

久子は、昔なじみのマリと再会出来た事を喜んでいた。

佐知子は、自分たちの昔の事が知られたら、警察はすぐに疑うだろうから、あんたには隠れてもらっていたのだ、このまま高岡に行けば良いと説明する。

列車で金沢へ戻る禎子は、二年前、金沢出張所に赴任した憲一は、そこで、昔なじみの久子や佐知子と再会したのだと推理していた。

曽根益三郎と名乗っていた憲一は、あの一軒家で久子と同棲生活を送っていたのだ。

義兄宗太郎は、久子の家を探り当て、憲一を探しに来たが、自殺したと久子から聞かされると、そんなはずはないと否定したはずだ。

なぜなら、その時、宗太郎は、弟の憲一が生きている事を知っていたから…

海沿いの雪道を走る佐知子は、急に車を停めると、憲一との想い出を懐かしむ後部座席の久子を笑い始める。

あんたはいつまで経ってもお人好しだと云うのだった。

あんたはだまされていたのよ。あの人(憲一)は、若くて良い女がいたので乗り換えただけ。あの人は、東京に行って生まれ変わりたいと言っていたと教える。

アクセルを踏んでも動かないので、外に出て、前のボンネットを開けて調べ始める佐知子。

久子も、後部座席を降り、雪道に出る。

久子は、立川時代、自分たち二人が憲一に出会ったときの事を話し始める。

(回想シーン)MPの追跡から逃げ、夜の小学校の教室内に忍び込んだマリとエミー。

エミーは、隣にしゃがみ込んでいたマリが涙ぐんでいるのを見て驚く。

理由を聞くと、色々想い出してとマリは答える。

学校に行った事がないエミーが、黒板に書かれた字が読めないと云うと、マリは「この道はいつか来た道」と、黒板に書かれた歌詞の唄を歌い始める。

それを聞いたエミーは、知っている曲だと言い出し、自分も一緒に唄い始める。

そうした二人の歌声を、学校に忍び込んでいた巡査、鵜原憲一は、廊下でじっと聞いていたのだった。

大学に行っていたんだろと、エミーから聞かれたマリは、学校も大事だけどそれだけじゃない。字なら、明日から私が教えてやる。その内、女の子も私のような仕事をしなくても良いような時代が来るとエミーに答える。

そうした二人の会話も、憲一はじっと聞いて考え込んでいた。

その時、表に近づいて来る犬を連れたMPの姿があった。

思わず、憲一は教室内の二人に声をかけ、裏口から逃げろと教える。

その言葉通り逃げかけたエミーは、やって来たMPから、腹を殴りつけられている憲一の姿を遠目で見ていた。

二年前、エミーこと田沼久子は、金沢駅で、鵜原憲一とばったり再会する。

その時、自分は、神様と云うのはいるのだと思ったと、雪の中、車を降りたマリこと佐知子にうれしそうに語りかけるが、その佐知子は、手に包丁を握りしめていた。

久子は、あなたはさっき、あの人が東京に行って生まれ変わりたいと言っていたと教えてくれたけど、一体どこであの人と会っていたの?と問いかける。

(回想シーン)憲一は、佐知子の家を訪れると、出来れば一人、仕事を世話して欲しいと頼んでいた。

佐知子は、自分の昔の事を知る憲一が、金をせびりに来たと思い込んで警戒していた。

しかし憲一は、自分は誰とも結婚するつもりはなかったとも打ち明けていた。

曽根と云う名前は、戦死した親友の名を使ったとも。

自分もあなたと一緒、生まれ変わって新しい時代を生きてみたいのだと憲一は訴えた。

しかし、それを聞いていた佐知子は、あなたのような身勝手な男が、いつも女を苦しめて来たのだと怒り出し、あなたが死ねば良い。自殺したと云う事にして、曽根益三郎と云う存在を抹殺してしまえば良いのだと教える。

(金沢へ向かう列車の中)同じような想像をしていた禎子は、その後、佐知子と憲一は、益三郎の遺書を用意し、金剛の断崖に向かったに違いないと推理する。

(回想シーン)断崖絶壁に立った憲一は、曽根益三郎として書いた遺書をその場に置くと、同行して来た佐知子に、仕事を世話して欲しい人名と住所を記した紙を手渡した後、海を見つめる。

その背後に立っていた佐知子は、この人さえいなくなれば、自分の過去を知る人物はいなくなると考え、思わず走りよると、憲一の背中を押す。

憲一は、そのまま崖下に墜落して行った。

(現在)雪の中、佐知子の打ち明け話を聞き終えた久子は泣いていた。

あの人は、昔の事で、あんたをどうこうするような人ではなかったのに…と悔しがる。

包丁を手にした佐知子も、まさか、あの人が仕事を世話してくれと頼んだ人物があんただったとは…と悔やむ。

「次は私かいね…?」久子が呟く。

自分が着た赤いコートを触りながら、「さぶいから、これ着ていけと優しく言ってくれたのは、みんな、私がやった事にするつもりなんだ…」と久子は哀しむ。

「益三郎さんがいなくなった今、私はもう何も信じられない」と続ける久子に、「エミリー!」と近づく佐知子。

「笑ってマリ、あんたは、生き抜いて、私の分まで生きれば良い」と言いながら、崖っぷちに後ずさる久子。

その行為の意味を悟った佐知子は、慌てて止めようと近づくが、「又いつか、会おうね…」と言い終えた久子は、赤いコートの両腕を広げたまま、後ろ向きに落ちて行く。

半狂乱になった佐知子は、車に戻ると自分のバッグを取り上げ、雪道を逃げ出そうとするが、すぐに転んでしまう。

その時、バッグに中身が散らばり、その中の一つを掴んだ佐知子は号泣し出す。

彼女が握りしめていたのは「母子手帳」だった。

(列車の中)禎子は、義兄の宗太郎は、久子と佐知子の関係を知って、鶴来の旅館で佐知子と会ったに違いないと推理していた。

(回想シーン)赤いコート姿で鶴来の旅館で宗太郎と会った佐知子は、あなたも、久子同様、昔パンパンだったのではないかと宗太郎からかまをかけられ冷や汗をかいていた。

憲一が間もなく来るから、その間、これでも飲んで待っていてくれと、用意していたウィスキーを手渡す佐知子。

「室田佐知子!」禎子は、はっきり口に出していた。

(現在)屋敷に戻った佐知子は、弟が描きかけていた自分の肖像画を窓ガラスに叩き付けていた。

その騒ぎに気づいて駆けつける享と儀作。

佐知子は、ガラスで体中を切っており、顔は血まみれ状態だった。

姉の狂乱振りに驚く享に代わり、「私は殺してないよ!エミー!友達だったのに殺す訳がないじゃないか!」と叫ぶ錯乱状態の妻を、必死に抱きしめながら、儀作は慰めるように叫ぶ。

「みんな、勝手に死んだんだ!これは運命だ!全ては運命なんだ!」と。

翌日は、いよいよ市長選挙の開票の日だった。

上条保子の選挙結果報告会場は、急遽、室田家の屋敷内に設置され、大勢の記者たちが選挙の結果を待って集まっていた。

亨と黒めがね姿の佐知子も、本部の隅に並んで腰掛けていた。

佐知子の顔や身体には、あちこちに傷の痕が残っていた。

そこに、禎子も到着していた。

その禎子を出迎えた亨は、彼女が何もかも真相を見抜いた事に気づいていた。

上条保子の当確を知らせる女性が会場に駆け込んで来る。

応援団の婦人たちは万歳を始める。

それを無言で見つめる佐知子。

その頃、警察のジープが、室田耐火煉瓦会社に向かっていた。

亨は禎子に、戦争は、人間をさっさと大人にしてしまうと話していた。

(回想シーン)空襲で両親と家を失って泣く子供時代の亨に、寄り添う姉の佐知子は「これからは、私があなたのお母さん、お父さんになる」と宣言していた。

(現在)選挙報告会場では、だるまに片目が書き加えられていた。

亨は、姉さんを許してくれる分けないよねと禎子に話していた。

姉さんはもう、人を殺した事も忘れている…と。

耐火煉瓦会社に到着した刑事たちに、出迎えた警官が、全部自分がやったと言ってますと報告する。

すぐさま刑事たちが社長室に向かうと、儀作が待ち受けていた。

選挙報告会場では、上条から促され、それまで表舞台に出る事を嫌がっていた佐知子がマイクの前で挨拶を始めていた。

儀作は、刑事たちに連行されて行く。

「私たちの時代が来ました」佐知子は、黒めがねを取り、マイクの前でゆっくり挨拶を始める。

警察署に付いた儀作は、前を歩いていた警官の腰から銃を奪って、警官を羽交い締めにしていた。

振り向いて驚く刑事たち。

「私たちは、一度全てを失いました。故郷も歴史も愛も夢も…、もう少しで、あのつらい時代に胸を焦がして待った、夢でしか見る事が出来なかった未来を手にする事が出来るかもしれないのです」佐知子は語り続ける。

群衆や記者に混じり、会場の隅でその言葉を聞いていた禎子は思わず呼びかける。

「マリ!」…と。

その呼びかけに戸惑い、会場を見渡す佐知子は、やがて、マイクを握りしめたまま、後ろ向きに倒れる。

どよめく会場。

婦人たちの手によって、部屋に運び込まれた佐知子は、その後、外からの誰の呼びかけにも答えなかった。

しばらくして外に出た禎子は、車の前に白いコートを着て立つ佐知子の姿を発見する。

近づいた禎子は「あなたは、私の夢を奪った!」と言いながら、佐知子の頬を叩く。

佐知子は「鵜原さんは言っていた。あなたとなら生まれ変わる事が出来る、新しい時代を生きて行く事が出来ると。あの時、鵜原さんは、誰よりもあなたを愛していた」と言い残すと、そのまま車に乗り込み、その場を去る。

「オンリーユー」のメロディーが重なる。

そこに、刑事たちを乗せたジープが到着するが、すでに、禎子以外の姿はなかった。

海の中に漂う一層の小舟。

一週間後、外国船籍のタンカーが、室田佐知子の遺体を発見した。

東京、阿佐ヶ谷の実家の庭で、憲一の写真を焼く禎子。

憲一は、二人の事を忘れまいと云う思いを込め、この二枚の写真を撮り、金沢に残して来た罪として、ずっと持っていたに違いないと禎子は推理していた。

憲一が夢見た新しい時代は、どんな時を刻むのだろう…

母に呼ばれ、部屋に戻る禎子。

時代は流れ、新幹線が走る現在の東京、銀座。

その片隅にある一軒の画廊の中に、傷ついた佐知子の肖像画が、ひっそり飾られていた。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

野村芳太郎監督の松竹版(1961)に次ぐ、松本清張原作の二度目の映画化作品。

白黒でコンパクトにまとめていた前作とは違い、今回の作品は、電通と東宝映画が組んで、合成やロケで当時の時代色をカラーで再現した、堂々たる大作長編になっている。

ストーリーの骨格は同じだが、時間が長くなっている分、新しい要素が加わっており、前作とは全く印象の違う別作品になっている。

もともと地味な内容だけに、映画としてけれん味を加えたかったのだろうが、途中の連続殺人事件の描写は、何やら、清張と云うより、横溝の「金田一もの風」。

東宝映画のオーソドックスな画面構成や、過去金田一を演じた鹿賀丈史が出ているせいかもしれない。

そうした工夫はあっても、今回も主人公たる禎子が、最後まで傍観者的立場として描かれているのでサスペンス色は薄く、全体としては地味と云う印象は変わらないし、途中、やや冗漫に感じないでもない。

ただ、同じように、一見描き方が弱いように感じるエミーの方は、最後に泣かせる設定が待っている所が憎い。

ひょっとしたら、この映画の中で、エミーこそが一番おいしい役なのかも知れない。

まだ「パンパン」や「オンリー」と云う言葉が、かろうじて通用した1961年頃と違い、今では、そうした言葉の意味も知らない観客が多いだろう。

そうした新しい客層に対し、何とか、昔の女性の身分の低さ、哀れさを伝えようとする意図は感じられる。

問題は、どこまでそうした意図が今の若い世代に伝わるかだろう。

そもそも、この配役、内容で、今、若い層は来ないと思う。

「松本清張原作」とか「女優共演」などと云う謳い文句で動くのは、中年くらいの男性と女性が少々くらいではないか?

実際、劇場で見かけた客層はそうしたおじさん、おばさんばかり。

11月半ば公開などと云う、一年で一番で客が動かない時期と云う事もあるが、やはり、企画自体の時代錯誤感は否めない所。

もう少し、時間を短くしても良かったのではないかと云う気もするが、全体の出来としては、そう悪くはないような気がするだけに、もったいない気がしないではない。