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カムイ外伝

2009年、「カムイ外伝」製作委員会、白土三平「スガルの島」原作、宮藤官九郎脚本、崔洋一脚本+監督作品。

※この作品は新作ですが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので、ご注意ください。コメントはページ下です。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

17世紀、日本、徳川時代。

男の名前はカムイ。

最下層で育った。

願いは強くなる事、自由な人間として生きる事。

しかし、彼には、冷たく大きな壁が立ちはだかった。

貧しさ故に忍びとなり、人を殺して、やがて抜忍(ぬけにん)となった。

彼が恐れるのは追い忍(ついにん)ではない。己の猜疑心である。

それでもカムイは逃げ続ける。

生きる為に。

タイトル

そして運命の出会い。

生き抜くため、戦う女スガル(小雪)。

彼女は、抜け忍となった実の父親を討ち取った。

海辺の崖っぷちに追いつめられたスガルに対峙していたのは、伊賀の大頭(イーキン・チェン)と少年時代のカムイ(イ・ハソン)

大頭の放った綱に絡めとられたスガルは、相打ちを狙って、千本(太い針状の手裏剣)を大頭の左目に突き刺すと、崖から身を投げる。

しかし、海に落ちたのはスガルだけ。

崖をよじ上って来た大頭は、俺には千本は効かぬと言いながら、左目ごと手裏剣を抜き取る。

入れ目(義眼)だったのだ。

忍びを抜ける事は死ぬ事だ。

14年後。

抜け忍となったカムイは、追い忍たちと戦っていた。

同じ森の中に、鹿狩りに出ていたのは、松山五万石領主水谷軍兵衛(佐藤浩市)

追い忍の一人ミクモ(芦名星)が、木の枝の飛び移った途端、綱で足を縛られた状態で落下する。

木の枝は、あらかじめ、斬ってあったのだ。

次々とカムイに倒され、追い忍は今や三人。

しかし、一人は罠に落ち倒れmもう一人も、カムイの飯綱落しで倒され、今や、仙人一人になっていた。

仙人は、カムイに立ち向かうが、カムイの秘技、変移抜刀霞斬りに倒れる。

水谷軍兵衛が鹿に放った矢と、僧姿の大頭がカムイに放った矢が交差する。

カムイは矢を切断し、綱に吊るされたミクモの所へ来る。

ミクモは、子供時代、落ちていた米を拾って握っていたのを盗んだと責められていた所を、カムイが救ってやった、貧しい谷の仲間の女の子だった。

カムイは、農民の子らに石を投げられ、額から流血するが、見ろ!お前たちと同じ赤い血だと叫んでも、どうにもならなかった記憶がある。

成長し、追い忍と成り果てたミクモは気絶していなかった。

カムイに飛びかかると、自ら飯綱落としにかかったと見せかけ、自分を背後から抱きしめて木から落ちるカムイに貫けとばかり、自らの腹に刃を突き立てる。

しかし、地面に落ち、首の骨を追って死んだのはミクモだけだった。

立ち上がったカムイは、ミクモの身体を貫いた刃を防いだ、衣装の下に着込んでいた帷子を触ってみせる。

その後、草むらに潜んだカムイは、水谷軍兵衛の愛馬一白(いちじろ)の身体を、僕が川で洗う光景を眺めていた。

その馬、一白に近づくと、いきなりその後ろ足を切断し、持ち去った男がいたのをカムイは興味深気に眺めていた。

川の中でもがき苦しむ愛馬一白の姿を目にした水谷軍兵衛は、ただちに、足を切断して逃げた男を探し求めるよう家臣たちに命ずる。

カムイは、追われていた男に飛びかかり、馬の足を奪い取ると、「脱げ!」と命ずる。

その後、馬の足を奪った男の着物に着替えたカムイは、崖の上に駆け上る。

それを見つけた水谷軍兵衛の付き人たちは、一斉に矢を放ち、崖の上の男に突き刺さる。

男は崖から墜落するが、下の池に浮かんで来たのは、矢が刺さった木だった。

嵐の海、馬の足を奪った男とカムイは小舟で逃げていた。

なぜ、馬の足を斬った?と聞くカムイに、男は知らん方が良いと素知らぬ顔。

その直後、二人では助からぬと、男はカムイを荒れ狂う海に突き落としてしまう。

わしには妻も子もあるので死ぬ訳にはいかないと叫んだ男は、板きれ一枚カムイに放って船を漕いで行く。

去って行った男の名は、半兵衛(小林薫)と言った。

松山藩の城の中では、側女のアユ(土屋アンナ)が南蛮渡来の楽器ギターをかき鳴らし、絵師(PANTA)が大きな絵を描いていた。

軍兵衛は、愛馬一白を死なせた馬番二人の生首を眺めながら、お主らも苦しかったろうが、死んだ一白はもっと苦しんだとつぶやいていた。

そんな軍兵衛に、アユが、あやつの首も見とうございますとねだったので、軍兵衛はすぐさま足を奪った男の探索を家臣たちに命ずる。

その頃、カムイは、奇ヶ島(くしきがしま)の水際に打ち上げられていた。

その身体を見つけた村人の中から、笑いながら出て来た半兵衛は、自分の家にカムイの身体を運び入れてやる。

そんな半兵衛の妻お鹿は、かつて海に落ちて死んだと思われていたスガルだった。

スガルは、家に運ばれて来た半死状態の若者が、自分が大頭と戦っていた時、崖にいた子供だった事を悟る。

その夜、家族が寝静まった中、そっと寝床から起き上がったスガルは、カムイの首を絞めて殺そうと手を伸ばしかけるが、カムイの隣で寝ていた娘のサヤカ(大後寿々花)が起きかけたので、手を止める。

その途端、カムイも目を開ける。

それに気づいたサヤカは、自分が抱いて暖めていた事もあり、大喜びするのだった。

半兵衛も喜ぶが、その顔を認識したカムイは、ふらつく身体で半兵衛につかみ掛かって行く。

自分を海に突き落とし、殺そうとした相手だったからだ。

しかし、半兵衛は、俺はお主の命の恩人だ。だから、お主は俺を殺せぬと笑う。

まだ幼い長男が、父親につかみ掛かるカムイを責めるように叩く。

サヤカは、自分が抱いて暖めたんだとカムイに近づいて来る。

数日後、カムイは、自分用の家を与えられる。

その中に入ろうとしたカムイは、入り口に仕掛けられた罠に気づく。

カムイはすぐに、その仕掛けた本人に気づくと、スガルに罠に使ってあった包丁を投げつけ、自分はお前と同じ抜け忍だ、すぐに島を出て行くと小声で告げる。

しかし、スガルは、そしてお前は、この場所を大頭に告げると睨みつける。

カムイを全く信じていないのだ。

夕食は、スガルや半兵衛と同じ家でカムイも食べる。

その世話をかいがいしく焼くサヤカの様子を見ていた半兵衛は、世話女房ぶりもいい加減にしろと注意する。

サヤカは、そんな事はないとふくれ、弟は姉をからかう。

そんな一家団欒振りを窓からのぞいていたのは、以前からサヤカと仲が良かった吉人(金井勇太)と云う若者だった。

その夜、半兵衛は、盗んで来た馬の骨を削って何かを作っていた。

それを窓から、そっと盗み見るカムイ。

半兵衛が作っていたのは、釣り用の疑似餌だった。

翌朝、カムイを連れ船を海に漕ぎだした半兵衛は、夕べ作った疑似餌を出してみせると、「わしの一白だ」と得意げに言う。

その疑似餌を投げ込むと、面白いようにスズキがかかって来る。

これには、櫓を漕いでいたカムイも驚く。

そうした中、巨大な一匹のスズキが、疑似餌を加えたまま糸を切って逃げてしまう。

すぐさま海に飛び込んだ半兵衛は、ちぎれて頭だけになったスズキを追って、疑似餌を取り戻しに行く。

ほどなく船に戻って来た半兵衛は、取り戻せた疑似餌を差し出し満足そうだった。

それだけ、大切な道具だと分かる。

その半兵衛から、どうじゃ、海は面白いじゃろうと屈託なく問いかけられたカムイは、素直に面白いと答える。

島の浜辺では、漁師たちがにぎわっていた。

上機嫌の半兵衛に、漁師仲間が「お前、新しいツノを作ったろう?」と問いかけて来る。

半兵衛は「去年は、お前のクロハッカにやられたからな」と笑い返す。

家に戻って来た半兵衛は、家の前をうろついていた吉人を見つけると、サヤカはお前にやろうと思っていたが、もうやらん。サヤカの目には、もうお前は入っとらんと告げるが、それを聞いた吉人は決まっとらんわ!と言い捨てて立ち去る。

見張り櫓に登って来た半兵衛は、そこにいたカムイに、お前、漁師になれと、唐突に言い出す。

お鹿も俺も、昔、お前のようにこの島に流れ着いた…と、半兵衛は昔話を始める。

カムイが、女房の素性を知っていたのかと聞くと、お前を船に乗せた時、女房と同じ臭いがした。だから落とした…と半兵衛は答える。

お鹿は、俺にとって、たった一人の女房だ。お鹿の事は墓場まで持って行ってくれ。漁師になってくれ!と手を合わせて来る半兵衛。

ある日、陸に行き、サヤカにやろうと赤いかんざしを買い求めた吉人は、人ごみがたかっている立て札を何気なく覗き込む。

そこには、「城主の愛馬の足を斬り殺した重犯罪人として指名手配されている男の似顔絵」が描かれていたが、それを見た吉人は、一目で半兵衛だと見抜いてほくそ笑むのだった。

その頃カムイは、家でうれしそうに着物を縫うサヤカの姿を窓から確認した後、島から抜け出そうと、船を漕ぎだしていた。

しかし、突如、その船底に銛が突き上げられ、船は進水し始める。

海に飛び込んだカムイは、水中から攻撃を仕掛けて来たスガルと対決する。

やがて、浜辺に上がっても対決する二人。

カムイは、スガルの執拗な猜疑心に呆れるが、スガルはここまで自分が生き延びられたのも、すべてその猜疑心があったればこそと真剣。

カムイが、半兵衛は、お前の素性を何もかも知った上で命がけで守っているのだと証すと、ならば自分も半兵衛殿を守るとスガルは答える。

カムイは戦いを放棄し、スガルに背中を見せると、殺したければ殺せと無防備になる。

スガルは、そんなカムイの首筋に手裏剣を突き立てるが、何故か急所は外れていた。

スガルであれば外しはせぬと答える女は、その時「お鹿」である自分の事を言い訳するが、カムイは、俺はスガルなど知らぬとつぶやく。

その後、密告によって半兵衛は連れ去られ、家は燃やされる。

その燃える家の前で呆然と立ちすくんだサヤカは、包丁を手にすると走り出す。

そのサヤカと、出会った吉人は、赤いかんざしを差し出し愛想笑いを浮かべる。

サヤカは、そんな吉人に、父親を売ったのはうぬか?と聞き、領主様の馬を殺したんじゃ、当然じゃねえかと云う相手に、醜い!許さん!といいざま、包丁を突き立てようとする。

しかし、その場に飛び込んで来たカムイが、その包丁を奪い取り、サヤカ、お前が汚れる事はないと語りかける。

吉人は、島の漁師たちに見つかり、仲間を売った裏切り者として、その場でリンチの餌食になる。

スガルはカムイに、半兵衛殿を助けると告げる。

半兵衛は、民衆たちが見守る処刑場の中で磷付にされていた。

「朝霞郡(あさかごおり)奇ヶ島(くしきがしま)半兵衛!」と罪人の名が呼び上げられ、槍で突かれようとした瞬間、見物していた水谷軍兵衛は、自ら刑場の中に足を踏み入れ、弓を引くと、半兵衛の左足に矢を射抜く。

市次郎と同じ苦しみを味わえと云う意味であった。

さらに、弓を引こうとした時、暴れ馬が二頭、刑場に暴れ込んで来る。

馬の腹の下には、カムイとスガルがしがみついており、カムイは張り付けされている半兵衛の綱を斬り、軍兵衛はカムイに矢を射かけるが、カムイは難なく飛んで来る矢を斬り落としてしまう。

一方、スガルは馬上から、民衆たちの頭上に小銭をばらまき始める。

金に目がくらんだ民衆たちは刑場の中になだれ込んで来て、一帯は大混乱状態になる。

その騒ぎに乗じて、半兵衛を馬に乗せたカムイとスガルは、刑場を後にするのだった。

その後、カムイと軍兵衛の家族は、船で奇ヶ島を脱出していた。

用意していた水も底を尽き、もはやこれまでかと思われた時、幸島(さきじま)が見えて来る。

漁師たちの巻き網舟も見えているので安心した半兵衛だったが、近づいてみると、海に浮かんだ数隻の巻き網舟には誰も乗っていなかった。

不気味な静寂が続く中、突然、カムイたちが乗った小舟の近くに、巨大なサメが躍り上がる。

幸島(さきじま)の巻き網舟に乗った漁師たちは、皆、この巨大ザメの犠牲になっていたのだった。

ピンチに陥ったカムイたちであったが、その時、その巨大ザメの腹に、どこからともなく飛んでいた槍が突き刺さる。

観ると、帆に「渡」と記された巨大な戦国舟が接近しているではないか。

伝説の西国一の鮫殺しとして知れ渡る軍団、「渡衆(わたりしゅう)」だった。

島に乗り込んで来た頭領の不動(伊藤英明)は、鮫退治を依頼する島の長に対し、10日で残りの鮫を全部退治してやるが、その代償は食い物と水だけで良いと要求したので、貧しい島民たちは感謝する。

一方、不動はカムイに剣を突きつけると、自分らと一緒に船に乗るよう指示を出す。

それを知ったサヤカは、山育ちのカムイが海に出ては…と心配するが、スガルは、やがてカムイはこの島を出て行くと教え、秘かな恋心を抱いていたサヤカを怒らせてしまう。

不動は、千石船に乗り込んだカムイの前で、イノシシを海に吊るし、それを目がけて海面から飛び出して来る鮫を切り刻む技を披露した後、お前はどこの出だと聞いて来る。

鮫がどんどん退治されて行き、島では明るい夕餉の席が設けられる。

カムイも、珍しく、子供たち相手に手品など披露して喜ばれる。

そんなカムイを浜辺に誘ったサヤカは、月日貝と呼ばれる貝の片方をカムイに渡すと、これを持っている二人は、やがて一つになると云う言い伝えがあるからと伝える。

千石船に戻って来たカムイは、突然、渡り衆に襲われ、海に飛び込むと、その上から鉄の檻を投げ込まれる。

鉄の檻に閉じ込められたカムイは、そのまま海底まで沈み、身動きができなくなるが、手から離れた月日貝が砂の上にある事に気づくと、檻の底の砂を掘り始め、脱出に成功する。

船の上に上がって来たカムイを、感心したように歓迎する不動と渡り衆たち。

彼らは、最初からただ者ではないと見抜いていたカムイの腕を試したのだった。

不動は、カムイが抜け忍である事を指摘すると、自分たちも全員、同じ境遇のものたちであり追い忍ではないと教える。

我らは互いに助け合って行き抜いて来たのだと言う。

翌日、カムイはスガルに渡り衆の素性を教えるが、スガルは容易に信じようとはしなかった。

カムイは、島にやって来て絵を描いていた絵師とすれ違う。

その後、出会った島民たちに追いかけられたカムイは袋だたきに会い、半死半生状態になる…

…しかし、それは、サヤカが観た悪夢だった。

サヤカは、自分が今観た夢が現実に起こるのではないかと恐れ始める。

千石船に乗っていたカムイは、ここも潮時かもしれぬとつぶやく不動に、水を山から汲んで来る手伝いをさせられる。

戻って来たカムイに、サヤカは夢の話をし、今日はどこへも行くなと必死に頼む。

それを聞いて笑う不動や半兵衛。

カムイも、月日貝を取り出してみせ、これを持っているから安心しろとサヤカに言い聞かせる。

スガルも不安がる娘に、うちらが生きて死ぬるのはここ(島)しかないと教え込む。

その後、戦国船に乗っていたカムイは、島の様子に異変を感じ、急いで島に戻るが、砂浜には島民たちの死体が累々と倒れていた。

半兵衛も、口から泡を吹いて死んでいた。

サヤカも、月日貝を握ったまま死んでいた。

スガルも又、「水瓶…、あんた…、守れなかった…」と言い残し、無念そうに息を引き取る。

カムイは瞬時に、不動が、ここの水瓶から水を飲んでいた光景を思い出す。

不動が、水に毒を混入したのだ。

そこに、当の不動がやって来る。

さらに、死体だと思っていた島民たちが起き上がって、カムイに襲いかかる。

浜辺には、絵描きがいた。

地獄だな…とあざ笑う不動に、カムイは、やはり売ったか…と返す。

千石船の甲板上では、運び込まれて来た水を樽から飲んだ渡り衆たちが、全員喉をかきむしり苦しんでおり、船には火が回っていた。

絵師が、顔をはぎ取ると、その下から現れたのは、片目の大頭だった。

浜に転がっていた死体は、次々と起き上がり、カムイに立ち向かって来る。

全員、伊賀の追い忍だったのだ。

不動がカムイに投げつけた槍は大爆発を起こし、千石船も又大爆発を起こして沈没して行く。

井戸の中に潜んでいた忍者もカムイに襲いかかる。

林の中に逃げ込んだカムイを、入り江で待ち構えていた不動が、ここがお前の墓場だと言い放つ。

しかしカムイは、俺は自ら人を殺さぬ事にしているが、お前だけは別だ。ここは俺の墓場ではなく、お前の墓場だと答え、立ち向かって行く。

変移抜刀霞斬りを仕掛けたカムイだったが、驚いた事に、不動も全く同じ技で仕掛けて来る。

カムイ、うぬが殺して来たのは百を超えると云うらしいが、俺も同じよと嘯く不動。

しかし、カムイは臆せず、再び不動に、変化をつけた新しい霞斬りで挑むと、不動の両腕を切断する。

苦しむ不動を観ながら、苦しいか?と尋ねるカムイ。

しかし、不動は不敵にも、スガルの死に顔を観た時には高ぶったぞと負け惜しみを返す。

サヤカを殺したのはお前だとも…

半兵衛一家が死んだのは、全てカムイのせいだと云うのだ。

しかし、やがて、不動は息絶える。

その頃、松山藩の城の中では、絵師が完成させた巨大な絵を前に、水谷軍兵衛は感心していた。

愛馬を殺した半兵衛を討ち取ったとの報告にも興味はなさそうだった。

もう、狩りは飽きたらしい。

傍らに控える絵師に、血の色は本物を使えば良い。愚民たちの百や二百、いつでも使えと狂ったまなざしで命じる。

その頃、島に作った五つの墓の真ん中に月日貝を供えたカムイは、船で海に漕ぎ出る。

逃れきる事のみが生きる事になのか?

何時の日か、カムイが人を信じ、人がカムイを受入れるときがあるだろうか…

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

白土三平原作の劇画の実写化映画。

「スガルの島」のエピソード自体は、元々あった白戸の原作を先にTVアニメ版「忍風カムイ外伝 月日貝の巻」として発表、後に白戸が青年誌用に劇画化したものらしい。

過去、白土三平の映画化としては、子供向けの特撮ファンタジー「大忍術映画 ワタリ」(1966)、印刷マンガをそのまま写すと云う大島渚監督の実験作「忍者武芸帳」(1967)、そしてテレビアニメの編集版「忍風カムイ外伝 月日貝の巻」(1971)くらいしかなく、今回の作品がはじめての本格的な実写化と云って良いかもしれない。

脚本を担当した宮藤官九郎も、いつものおふざけ路線は封じ、全編シリアスなタッチでまとめあげている。

原作を読んだのは遠い昔なので、細かい所は忘れてしまったが、ほぼ原作に忠実な映画になっていると思う。

観ているうちに、大柄な松ケンはカムイに見えて来るし、小雪はスガルにしか見えなくなってくるから不思議。

両者とも、役になりきっていると云う事だろう。

追い忍との戦いも一部描かれるが、本編物語のメインはそちらにあるのではなく、逃亡者カムイが知り合った漁師半兵衛と、自分と同じ抜け忍であるスガルの家族が迎える悲劇であろう。

人を信じぬ事が生きる術と信じ込むスガルが、自分の素性を知ってなお、女房として頼ってくれる半兵衛を、自らも命をかけて救おうとする健気さ、人間としての使命感がぐっと胸に迫る。

少女サヤカがカムイに寄せる秘かな片思いの部分は、子供向けの甘いロマン要素だと思うが、大人になった今、特に感動すると云うほどではない。

崔監督も、その辺は、大人として、あっさり処理しているからかもしれない。

忍者同士の戦いの部分は、今風のCG処理になっており、それなりに原作劇画の雰囲気を再現しようとしているが、「忍 SHINOBI」(2005)など前例があるせいもあり、特に新味があると云うほどではない。

それでも、逃げる鹿、水谷軍兵衛の愛馬一白が片足を斬られ、川の中で苦しみもがくシーンや、首を切断されたスズキが逃げるシーン、また後半の鮫やカモメの描写など、積極的に生物CGを多用している部分は、その完成度はともかく、今後の映画の可能性に繋がったりする表現だけに興味深く感じる。

役者の顔ぶれにも、時代劇特有の味のある風貌の人物を集めており、最近の時代劇にしては違和感が少ない。

この映画に問題があるとすれば、やはり、ターゲットが見えにくいと云う事か?

学生運動華やかりし時代にもてはやされた「カムイ伝」や「カムイ外伝」の内容が、今、民衆が求めているものなのかどうかと云う疑問がある。

今特に、忍者ブームや白土三平ブームがあるとも思えないし…

今の観客の主流である女性好みの内容とも思えないし、かと云って、団塊の世代が好む内容や手法とも思えない。

やはり、TVアニメ版などを観ていたオタク世代が狙いと見るべきなのかも知れないが、その層はあまり劇場に来ていないように感じる。

それなりにまじめに映画化されているだけに、企画段階でのターゲット戦略の甘さが惜しまれる気がする。