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いのちぼうにふろう

1971年、俳優座映画放送+東宝、山本周五郎 「深川安楽亭」原作、隆巴脚本、小林正樹監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

江戸の地図を見ながら、中川の脇にある「島」と呼ばれる小さな地域の話をしているのは、新しい八丁堀の見回り同心になった岡島(中谷一郎)と金子 (神山繁)。

その周囲には、松平家や黒田家の屋敷があったが、橋一本だけで陸と繋がっている「島」だけは、中川から運ばれる密貿易の金製品などを運び込む絶好の場所だった。

その「島」にあるのは「深川安楽亭」と呼ばれる一軒の「一膳飯屋」だけだった。

その「安楽亭」は、ならず者やごろつきたちの巣窟と化していると言う事で、二人の同心に説明していた小者は、あそこには誰も近づく事さえ出来ないと怖がる。

そうした中、「安楽亭」から一人の娘が姿を現し、表に水を撒き始める。

橋の向い側から見ていた小者が言うには、「安楽亭」の一人娘だと言う。

それを聞いた金子は、その不遇さに同情するのだった。

タイトル

ある夜、気絶した一人の酔客を担いだ二人組が、橋を渡って「安楽亭」に向かっていたが、それを追って来た数人の男たちが、「飲み逃げをしたその男を返せ」と、匕首を取り出して迫る。

すると、男を背負っていた「生き仏の与兵衛」(佐藤慶)が、もう一人の男を「知らずの定七」(仲代達矢)と紹介し、怒らせると危険な男だぜと教えたので、ひるんだ男たちは、匕首を納め、渋々帰って行く。

「安楽亭」に気絶した酔客を連れ込んだ二人の前に、娘のおみつ(栗原小巻)、「安楽亭」に居座っている政次(近藤洋介)、仙吉(植田駿)、よし公(草野大悟)が現れ、床に倒れた酔客の懐を改めるが、金目のものは何も持っていなかった。

酔客を連れて来た与兵衛は、寺を破門された男だったが、生来のお人好しである為「生き仏」と呼ばれていたのだった。

「仲屋」で、ぼこぼこにされていたのだと言う。

そんな中、帰って来た定吉を待っていたらしい灘屋の小平(滝田裕介)が、気安げに近づいて来て、13日の晩に、オランダ船から積み荷を受け取る儲け話があると話しかけるが、定吉は乗り気ではない。

小平は、依頼人は大藩のお殿様で、一人に5両弾むと言うが、定吉は、先日、同じような儲け話に乗って、2人の仲間を役人に斬られた苦い経験があったからだ。

しつこく頼んで来る小平に、俺はかっとなりやすいぜと、懐の匕首を取り出そうとして凄む定吉。

そんな定吉に、おみつは、気絶した酔客が目を覚まし、富次郎(山本圭)と名乗った後眠ったと教える。

そんな「安楽亭」に、見知らぬ男(勝新太郎)が酒をくれと突然入って来る。

おみつは、うちは始めての客は取らないと断り、政次やよし公らが男を追い出す。

その様子を見ていた与兵衛も、常廻りの役人も替わった所だし、あいつはイヌかもしれないと警戒する。

ところが、その直後、又、先ほどの男が店に入って来て、自分は二度目だと理屈を言って居座る。

「安楽亭」の主人で、おみつの父親である「親方」幾造(中村翫右衛門)は、そんな男に酒を出してやる。

男は酒を飲むと、へらへらと笑い始める。

翌朝、政次や文太(山谷初男)らは、店の二階で博打をしていた。

楊枝屋の由之介(岸田森)は、その脇で黙々と仕事をしている。

おみつは、怪我をした富次郎を介抱してやり、あの夜から、もう三日が過ぎたと話しかけていた。

表の芦原の中にある十体の地蔵は、自分の地蔵であり、今、その9番目の地蔵に花を供えてあるのは、今日が「9日」と言う意味なのだと教える。

11日になると、又最初の地蔵に2本花を供え、21日は3本になるのだと。

この島は毎日が同じ、一体今日が何日なのかも分からなくなる…と、おみつはこぼす。

その頃、川向こうから「安楽亭」を眺めながら、又、同心の金子と岡島が話し合っていた。

今までは、与力の近藤や船宿徳兵衛などが、あの店に抱き込まれていたのだと言う。

しかし、「安楽亭」には、それ以上の後ろ盾がいるのではないかと二人は疑っていた。

灘屋の小平は、翌日も「安楽亭」を訪れると、今度は幾造に仕事の依頼をしていた。

幾造は、今回の仕事に乗り気なのは船宿徳平衛じゃないのか?と、逆に聞きながら、納屋の二階に上がる。

一緒に二階に上ろうとした小平は、幾造から上には来るなと止められるが、一瞬、そこに、三つ葉葵の御紋のついた荷物が置いてあるのを見て驚く。

帰り際、小平は、地蔵を見ながら、後四日かとつぶやきながら、13日に当たる地蔵の首に、シャレた手ぬぐいを巻き付けてやるのだった。

店の中に入った小平は、納屋の二階の荷物の事を臭わせながら、もう一度、定七に、仕事の依頼を受けてくれるよう申し込むが、政次が投げたかんざしが、小平の側の柱に突き刺さったので驚いて辞める。

橋を渡って「安楽亭」から帰る小平に、川向に立っていた岡島が目で合図をする。

ある日、よし公らが、定七が女嫌いだとからかっていたが、お袋の話をすると、定七はおふくろは別だと、急に顔色を変える。

さらに、定七が持っていたキセルを触ろうとしたよし公に、「そいつに触るな!」と怒鳴りつけた定七は、怯えて謝るよし公の顔を見て気まずくなったのか、「何でもねえ」と言葉を濁しながら、店を飛び出して行く。

それを見ていたおみつは、それは、定七のおっかさんの形見のキセルとタバコ入れなのだと、よし公に教えてやる。

幼い頃生き別れた母親が、15年経って再会した時、女郎になっていたので、叩き斬って、定七は江戸にやって来たのだと、いつか酔って言っていたと幾造も説明する。

その夜も、一人「安楽亭」にやって来て酒を飲んでいた謎の男は、五年前、自分はこの近くに住んでいたので、この店の事は良く知っているとつぶやいていた。

それを側で聞いていた定七は、急に怒りだし、帰れと怒鳴りながら、懐の匕首を抜こうとしたので、台所にいた幾三が叱りつけ、客の男にも、ここに来たら、見ず、聞かず、言わずでいてくれと頼む。

ある日、いつものように地蔵を拝みに来たおみつは、一体の地蔵の頭に、よし公が縄で作った馬が置いてあるのを観て微笑む。

よし公は、いつもそんな縄細工を得意で作っていたのだった。

店に戻ったおみつは、扉の外に立っている人影を見つける。

店に入って来たのは、同心の岡島だった。

応対に出て来た幾三は、与力の近藤様がこの店の事を良くご存知で…と、ここに深入りをしないようにほのめかすが、近藤なら、何やら金づるがあったようで、今ではお城勤めになったと、岡島はひるむ気配を見せない。

さらに、先日、ここの若い奴らを二人斬ってやったと脅して来る。

幾三は、ここの連中は、山の獣のようなもので、性分が歪んでいるので哀れなものだと説明する。

岡島は、この店には呉服橋の灘屋も絡んでいる事まで分かっているのだと続けると、幾三も負けずに、それなら、この店の背後には、大阪にまで繋がる大きな販路がある事も察しがつくだろうが。そうなると、もはや町奉行の手に負えるものではないのではないか?と、落ち着いて逆襲するのだった。

その時、店の中から時報の音が響いて来たので、「あれは時計と言うものではないか?」と岡島は詰め寄る。

幾三は「一膳飯屋には分不相応なものだが、あれは預かりものだ」ととぼける。

それでも、岡島が店の中に踏み込もうとしたので、思わず幾三は定七の名を呼ぶ。

すると、他の連中も姿を現す。

岡島は、出て来た連中一人一人に名前を尋ねていく。

最後に名を聞かれた定七が、答えた後、「何か用か?」と横柄に答えたので、岡島はその頬を殴りつける。

すると、逆上した定七は、又、懐の匕首に手をかけようとするが、岡島も、刀の鯉口を切ったので、幾三がなだめる。

岡島は、呼子を見せながら、表には大勢取り囲んでおり、こいつを吹きさえすれば、そいつらがなだれ込んで来る事を忘れるなと釘を刺して、定七に店の中を案内させる。

その際、部屋に隠れていた富次郎を見つけると、岡島は「お前、十手を食らっているな?」と脅しつける。

岡島は、店の中から川に出られる船着き場を見つけると、満足そうに、荷物が置いてある二階に案内させる。

そこで、布に隠された荷物を見つけた岡島が、その布を引きはがそうとした時、その背中に、定七が投げつけた匕首が突き刺さる。

定七は、その匕首に手を添え、岡島の息の根を止める。

そして倒れた岡島の懐から呼子を取り出すと、窓から外に向け、自分で吹いてみる。

その音に一瞬凍り付いた政次やよし公が二階に上がって来て、岡島の死体を発見すると、今の呼子を吹いたのが定七の仕業と知り驚く。

定七は、最初から岡島の嘘を見破っていたので、死体を見やりながら、「甘え野郎だ…」とバカにする。

その後、手に付いた血を洗い流すため、川に向かった定七は、水に溺れている小雀を発見する。

その夜、富次郎が逃げ出そうとしていたと、連れ戻して来た政次が痛めつけていた。

与兵衛が訳を尋ねる。

富次郎は、自分は貧乏な家の生まれで、11の時から13年間奉公勤めをしていたと身の上話を皆の前で始める。

去年、年期も明け、後一年やれば、店がもらえる事になっていたと言う。

それを聞いていたよし公は、良くある話だとあざけりながら、女に惚れたんだろうと読んでみせる。

相手は岡場所の女かと聞かれた富次郎は、おきわと言う幼なじみの長屋の娘だと意外な答えをする。

そこまで聞いていた由之介は、殴られて血を流していた富次郎に手ぬぐいを投げてやる。

自分同様貧乏な家の娘おきわ(酒井和歌子)が、先日、自分の奉公先の勝手口にやって来て、自分は売られる事になったと打ち明けたと富次郎は続ける。

八月末、仕立物を届けに行った途中で倒れた母親が、一昨日亡くなったと言うのだった。

残された父親は愚痴を言うばかりで借金がたまってしまい、もう葬式も出せない状態になったのだと言う。

そして、夕べ、おとっつぁんから身売りの話を聞かされたと言う。

身売り金は12両だと言うので、店の主人に相談した所、そんな父親がいるのだったら、今、お前が奉公した13年間貯めておいた15両を返してやっても、又強請に来るのは分かりきっているので、その娘とは別れた方が良いと言われたと富次郎は説明する。

その話の途中で、定七は、人の身の上話などに興味はないと言うと、幾三を誘い、岡島の死体を川に捨てに出かける。

思い余って、黙って店の金を持ち出した富次郎は、次の日の夜、おきわの家に行ってみたが、もうおきわは売られておらず、父親と見知らぬ男だけが酒を飲んでいた…と言う。

女衒の名を問いただした富次郎に、鍾馗の権六だと教えた見知らぬ男がつかみ掛かって来ると、余計な事に首を突っ込むなと脅してきたので、それからは、自分でおきわを捜すしかなく、慣れぬ岡場所を12~3軒も廻るうちに、15両の金はすっかり使い果たしてしまい、最後に残っていたはずの金も、どうやらすられてしまったらしい。

富次郎が「飲み逃げ」だとして袋だたきにあっていたのは、そうした結果で、今日、店を抜け出そうとしたのは、自首するつもりだったのだと言う。

店では、今夜も、あの男客が一人で酒を飲んでいた。

翌朝、よし公に髪を結ってもらっていた与兵衛は、鍾馗の権六はまだあんなあこぎな事をやっていたのかと、夕べの富次郎の話を思い出していた。

側でその話を聞いていたおみつは、探しに行っても分からないものかしらとつぶやく。

与兵衛は「行くだけ行ってみるか…」と、又お人好しの性分を出してしまう。

その頃、同心部屋に来ていた小平は、「安楽亭」の納屋の二階で見た葵の御紋の話を金子にしていた。

そこに小者が戻って来て、消えた岡島の旦那の姿を見かけたものがいないと報告する。

それを聞いた金子は、岡島は腕も立つし、目もあるが、出世を焦っていたからな…と案ずる。

富次郎は、「安楽亭」の手伝いをするようになっていた。

そんな中、顔色を変えた定七が、焚き火をしていたのは、食うつもりだったのだろうと言いながら、文太を殴りつけていた。

文太は、裏に石が伏せてあったので、開けてみたら、中にいたので…と言い訳をしている。

どうやら、川で拾った定七が、こっそり隠していた小雀を、知らずに見つけた文太が焼いて食おうとした所を見つかったものらしい。

その騒ぎを聞いていた男客は、小雀は母親が捜しているぜとつぶやき、それを聞いた定七は愕然とする。

男客は、朝になったら、駕篭にでも入れて外に出しておいてやれ、そうじゃないと、小雀は猫や鳶にやられる。そうなりゃ、おふくろは哀しむと続ける。

翌朝、男客の言った通りに実行している定七を見たおみつは、人が側にいたんじゃ、母親雀もよって来ないよと笑う。

すると、定七は、駕篭の置いてある場所からそっと離れた所から、駕篭の様子を見やるので、おみつは又微笑むのだった。

そんな二人に橋を渡って近づいて来た小者が、一昨日辺り、八丁堀の役人がここに来なかったかと怯えながら聞いて来たので、定七は、知りたかったら、お前に頼んだ本人が来いと言ってやれと追い返す。

一方、おみつは、おきわを探しに行ったまま戻らない与兵衛の事を案じていた。

同心部屋では、小平が金子と、葵の御紋の事を詮索していた。

葵の御紋と言えば、水戸か紀州か…?

そう言えば、「島」のすぐ隣に紀州家の屋敷がある!密貿易の裏には紀州家が?と小平が思いつくと、それを聞いていた小者も驚いて、こいつが知れたら、世間の評判になると面白そうに口に出す。

その直後、金子はその小者を斬り捨ててしまう。

紀州家の事が世に知れたら、こちらの身も危ないと言うのだ。

それを目の当たりにした小平も縮み上がる。

その夜、ふらりと「安楽亭」に帰って来た与兵衛は、定七に近づくと、明日の晩の灘屋の仕事を引き受けようと思う。手当の三十両が欲しくなったのだと言いだす。

定七が訳を聞くと、鍾馗の権六とおきわを見つけたのだと与兵衛は打ち明ける。

身代金は20両だと言うので、もう二三日、おきわに客を取らせないように頼んで来たと言うではないか。

しかし、定七は、今度の仕事に危険を感じていた。

その夜、再び「安楽亭」を抜け出そうとした富次郎を見つけた定七は、掴まえて訳を聞く。

台所から持ち出した出刃包丁を振り回す富次郎は、もう金も使い果たしたし、もうどうしようもない。おきわを連れに行かせてくれと頼む。

その話を聞いた定七は呆れ、店に戻ると皆に、あんなへなちょこが、自分が命を棒に振れば、おきわも納得してくれるはずだなどと言いやがる…と聞かせる。

俺は、そんな姿を見せられ、人助けのため、仕事をやってみる気になったと打ち明ける。

聞いていた幾三は、みんなの好きなようにさせたいが、命が危ないぜと釘を刺す。

すると与兵衛が、俺は無駄な事が好きと答える。

由之介も、俺が役に立たねえか?と定七をかけて来る。

よし公も政次も文太も仙吉も、その場にいた全員が協力を申し出る。

定七が灘屋に行こうとすると、由之介が、今日は珍しく、あの男客がいないと言い出す。

翌早朝、目覚めた与兵衛は、店の外に出て、もう起きていた定七に、八丁堀が娘を捜していたと声をかける。

定七も、今夜は十五夜で、そんな月夜に仕事とは奇妙だが、自分は夕べから、妙に気分がいいんだと答える。

そうした二人の様子を、手ぬぐいが巻かれた地蔵の前に花を供えに来ていたおみつが見つめていた。

その夜、「安楽亭」から二艘の船が川に出て行く。

店に残った幾三は、今、始めて人の為にしてやろうとしているあいつたちに、何とか上手くしてやりたいとおみつに話しかけていた。

大名や金持ちがいる限り、密貿易がなくなる事はない。

女郎に売られたあの娘を助けるには、うちの奴がいなければ、誰も助けてくれないと幾三は続ける。

その夜、床に付いたおみつだったが、なかなか寝付けず、小雀の入ったかごを部屋に持って来ようとするが、その時、駕篭の中の小雀の異変に気づく。

密貿易の荷物を積んで戻る途中だった二艘の小舟は、御用船に待ち伏せされていた事に気づく。

あわてて、積み荷を川に投げ捨て、戻ろうとするが、後ろも囲まれていた。

定七たちは、二艘の船を近づけると、迫って来る御用舟に対し、刀を抜いて身構えるしかなかった。

翌朝、雨の中、小雀の墓を作ってやったおみつは、戻って来ない定七たちの事を案じていた。

店に残っていたよし公、由之介、文太たちも、何があったんだ?犬死にか?と心配し合っていた。

河原では、金子と小平が、筵の下の三体の死体の見聞をしていた。

一人だけ逃がしたのだった。

幾三は、間もなく、この店にも役人たちが踏み込んで来ると察し、おみつに「島」を出るよう勧める。

しかし、おみつは、これまで18年も荒くれ者たちと一緒にこの「島」で暮らして来た自分が、今更女々しく逃げ出す事もないと断る。

そこへ、「富さんが首を吊った!」と、文太が駆け込んで来る。

幸い発見が早く、事なきを得たが、自分など生きていても何にもなりゃしない…と打ちしおれていた富次郎に近づいたおみつは、その頬を殴りつける。

皆、あんたの為に行ったのよ!あの人たちを無駄死にさせたいの?生きていても、何にもならない人なんているはずがない!と叱りつけながら、おみつは泣き出す。

今まで、一度とて、涙など見せた事がなかった気丈なおみつが…

その様子を見ていた幾三は、「おめえもだ、おみつ」と声をかける。

「誰しも、ぎりぎりまで生きてみなければ…」

それを聞いたおみつは、今夜、船でこそり島を出る決心をする。

誰も見つからなかったら帰って来るが、定さんを見つけたら、どこか遠い所ではじめからやってみたい。あの人は、「安楽亭」にいたらダメになってしまう…と言い、泣くおみつ。

その夜、小舟に一人乗ったおみつは「安楽亭」から抜け出す。

おみつは、「良かったな…」と見送る幾三に、富次郎 の事を宜しく頼むと言い残して去って行く。

そこに、ふらりと、いつもの男客が入って来て、常連の姿が少ない事を不思議がる。

幾三は、表に誰かいなかったかと聞き、大きなお月さんしかいなかったと言う男の返事を聞くと、お前さん、胴巻きの中に大金を持っていなさるね?と聞く。

男が正直に翌知ってなさるねと答えると、土間に転がったお前さんを抱き起こした事が何度もあるからねと幾三も平然と返す。

男客は、富次郎に月見酒でもしようと誘う。

富次郎は男を怪しむが、肝を据えた幾三は、富次郎を一人で男客について行かせる事にする。

そして、台所で、出刃包丁を包んで富次郎に渡すと、酒を持たせて、男客の後について行かせる事にする。

富次郎も、今度こそ、一人でやると決意する。

店から出て行った二人を出口で見張っていた由之介とよし公が、見張りはいないようだと告げると、見張られているかもしれないが、逃げるのは今しかないと幾三は皆に言い渡す。

ものには全て区切りってものがある。「安楽亭」も今日もでおしまいだと言うのだ。

それを聞いたよし公たちは、この店には大きな後ろ盾があるんでは?と聞き返す。

しかし、幾三は、三つ葉葵の御紋は「鼠脅し」で、後ろ盾なんか何にもないと意外なことを言う。

みんな、富次郎のために命を捨てようとしたあの時の事を忘れるんじゃねえぞ…、さあ、出て行くんだと引導を渡す。

月夜の橋を渡っていた男客は、この場所は、昔、おつじと言う女と逢引に使っていた場所なんだ…と、後ろから付いて来る富次郎に語り始める。

自分は木場に勤めていて、帳簿も任される身分だったし、おつじと所帯を持ってからは、5年間に3人の子供も出来たが、欲が出てしまったんだ…。

今よりもっと良い暮らしをしようと、材木の売買に手を出してしまい、20両と言う大金を帳簿に穴をあけてしまった。

その時、近くで大きな水音が響いたので、二人は縮み上がる。

富次郎から酒を受け取った男は、今のは魚じゃねえ。カワウソだ。脅かしやがる…と言いながら、それを一口飲むと、おつじはそんなときでも暗い顔をしなかった…と、又昔話を始める。

それでも、男には意地があったので、3年で帰るからと言い残し、江戸を出ることにした。

おつじは最初は止めたが、やがて、黙って男を送り出してくれたと言う。

京、大阪と渡り歩いたが、元手のない商売が上手く行くはずもなく、もう半年、もう半年…と我慢を重ねるうちに5年が経ってしまった。

その話を聞いていた富次郎は、懐の出刃を握りしめると、男に突きかかって行く。

それをひらりと交わした男は、木場で働いていた俺が、お前さんにやられる訳はないが、金はお前にくれてやるよと言い出す。

そんなにまで、命がけで欲しがっている金なら持って行けば良い。俺にはもういらない50両だから…と言うではないか。

5年前…と、男は話を続ける。

何とか金を掴んで江戸へ戻って来ると、もう妻子はいなかった。死んでいたんだ。

俺が見捨てた5年間、妻子たちの暮らしは酷かったらしい。

下の二人の子供は流行病になり、おつじは狂ったようになったと言う。

残った女の子を連れて巡礼に出たらしいが、俺に出会う事もなく、ひょっとしたら、江戸に戻っているかもしれねえと一縷の望みをかけて戻って来ても俺がいなかったので、絶望したおつじは、子供を抱いて大川に飛び込んだと言う。

話終えた男は、懐から50両の金を富次郎に渡し、ここはおつじと逢引で使った場所だ。行ってくれと突き放す。

富次郎は、そんな男に深々と頭を下げると立ち去って行く。

橋を戻る富次郎に、男は、夫婦になったら、どんな事があっても離れるんじゃねえぞ!と声をかける。

その頃、小舟に乗ったおみつは、闇夜の川で必死に定七を捜していた。

一方、幾三は「安楽亭」の中で、三つ葉葵の御紋を焼いていた。

そんな所に、ひょっこり、定七が帰って来て、刀を貸してくれ、小平の奴を叩き斬ってやると言う。

逃げ延びた一人とはの事だったのだ。

幾三は、灘屋の印のついた布を被せた密輸品を積んだ小舟を示し、あれを朝の川に流せば、灘屋の小平もおしまいだと言うが、俺は30両持って来ると約束したからと食い下がる定七に、みんな行ったよと教える。

その頃、船宿徳衛(三島雅夫)と小平は、「安楽亭」壊滅計画の礼として、金子に小判を手渡していた。

幾三は、事情を知ってその場で寝ようとする定七に、今休んじゃ行けねえ、逃げるんだと諭すが、定七は動こうとしない。

みんな気分良くやったんだ。休ませてくれと言うのだった。

そこへひょこり、富次郎が「金をもらった」と帰って来る。

さたに、船で出て行ったはずのよし公たちも舞い戻って来たではないか。

幾三は慌てて窓を開け外をうかがうと、外の川には無数の御用提灯が近づいていた。

覚悟を決めた幾三は、皆を連れて「安楽亭」を飛び出して行く。

銃を撃って応戦しようとした幾三だったが、あえなく捕り手の投げた投網に捉えられてしまう。

それを見たよし公が、橋の上に座り込む。

文太も抵抗するが、捕り手たちに捕まり、川の水に頭を沈められ、最後は、倒れて来た材木の下敷きになって死ぬ。

そんな中、何とか富次郎を逃がそうとする定七は、必死に抵抗する。

その前に、金子が立ちふさがる。

金子は定七を斬るが、瀕死の定七の投げた匕首に倒れる。

定七は、富次郎に逃げろ!と叫ぶと、捕り手たちの投げる無数の縄に絡めとられてしまう。

翌朝、おきわと共に、荒れ果てた「安楽亭」を訪れた富次郎。

おきわは、「安楽亭」に向い合掌して帰って行く。

そんな二人の様子を、地蔵の所から見ていたのは、一人舞い戻っていたおみつだった…。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

黒澤明、木下恵介、市川崑監督と「四騎の会」を結成した小林監督の手になる時代劇。

セットはほとんど「安楽亭」だけで、派手さはないが、グラフィカルなタイトルバックをはじめ、どの画面を抜き取っても、揺るぎない画面構成は完璧で、映像的には、完成度の高さをうかがわせる見事な出来になっている。

ただ、話は典型的な「人情話」で、やや甘め。

山の獣のような荒くれ者たちが集まる「安楽亭」…と言う設定にしては、登場している人物たちが、最初の方から皆「善人」に見えてしまい、「荒くれ者」らしさが弱い。

終止、目をぎらつかせている仲代達矢だけが、かろうじて「切れ易い若者」に見えるほかは、どちらかと言うと「気の弱い若者たち」にしか見えない。

そのために、後半、彼らが、女を助けたいと言う富次郎の手助けをしようとする「意外性」や、そんな環境で子供の頃から暮らしているおみつの薄幸さがあまり出ていないように感じられる。

仲代演じる定七にしても、いつまでも母親を慕っていたり、小雀を可愛がる心根に、生来の寂しがりやの性分をうかがわせる演出は、親しみやすいが、やや通俗と感じないでもない。

着流し姿のその風貌も、どことなく「用心棒」の卯の助の延長線上の人物に見えてしまい、あまり新鮮みはない。

とは言え、人情時代劇としては、十分堪能出来る出来で、クライマックスの御用提灯が群がるシーンなどは、その白黒のバランスの美しさにドキッとするほど。

謎の酔客を演じる勝新はいつもの勝新だが、寡黙な楊枝屋を演じている岸田森や、ちょっとなよなよしたよし公を演じている草野大悟などのキャラクターは印象的。

冷徹な役人を演じている神山繁も、お馴染みの役所ながら悪くない。

登場場面は多くはないが、時代劇に出ている酒井和歌子も初々しい。