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東京のえくぼ

1952年、新東宝、小国英雄脚本、松林宗恵監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

えくぼとは…と、辞書の定義が映し出される。

タイトル

「東京の顔」、「東京の心臓」…と言う文字が出て、東京の丸の内の風景が映し出される。

「東京の足」…そこを走る通勤バス

「東京の手」…その車内で、女物のバッグに伸びる怪しげな男の手

「東京の女」…と、そのバッグの持ち主河上伸子(丹阿弥谷津子)

「東京の男」…と、その伸子の後ろにぼーっと立っている眼鏡に口ひげの男が、バスが曲がると伸子の方によろけかかり、足を踏まれた伸子ににらまれる。

やがて、伸子はバッグの口が開いており、財布が盗まれている事に気づき声を上げる。

それを聞いた他の客が、運転手に、このまま交番に横付けするように頼む。

交番から出て来た巡査(小林桂樹)は、運転手から事情を聞くと、乗っていた客を全員その場に降ろして、仲間に命じて身体検査を始めると、自分は交番内で被害者の伸子から事情を聞き始める。

すると、「伸ちゃん!」と声をかける婦人警官がいた。

「京ちゃん!」その顔を見た伸子の方も驚く。

3年前に婦人警官となった峯京子(高峰秀子)と伸子は、女学校時代の同級生だったのだ。

京子は、すでに現行犯を6回も捕まえたと自慢する。

そうこうしている時、外から「嫌です!」との女性の声。

京子や伸子も出てみると、和服姿の女性が、バッグの中身を見せるのは絶対に嫌だと抵抗している所だった。

やがて、その後ろの方に並んでいた眼鏡に口ひげの男のポケットから女物の財布が見つかる。

さっき、足を踏まれた伸子は、やっぱりこの人が!と男を睨む。

その男が交番の中に連れ込まれたのを見た別の男客と女客は笑い合って、そのまま帰ってしまう。

念のため、その財布が伸子のものかどうかを調べなければいけないと、巡査と京子が中身を確かめると、中に入った金は全部覚えていると、100円札3枚…と伸子が暗唱し始める。

きっちり正確だったので、京子は相変わらずねと呆れたように言う。

さらに財布の中に入っていた紙片に付いて巡査が聞くと、それは今日これから受ける就職試験の番号なのだと伸子は答える。

間に合うかしらと時間を気にしながら、財布を取り戻した伸子は交番を後にする。

すると、眼鏡の男も、そのまま一緒に帰ろうとするので、お前はダメだと巡査は引き止めるのだった。

紀之國屋物産の会社の入り口には、2名の女子事務員募集の立て看板の前に長蛇の列が出来ていた。

遅れて来た伸子は最後尾に並ぶと、ちょうど重役のような恰幅の良い人物が、車から降りて入り口に向かっていたのを見かけたので、ちょっとばつが悪かったのかぺろっと舌を出してしまう。

その頃、交番では、まだ眼鏡の男が取り調べを受けていたが、本人の財布の中身を確かめても、全く知らないと言う始末。

そこへ電話が鳴り、京子が出ると、第一次を通って、これから二次試験に臨むと言う伸子からの連絡だった。

京子は、あの男は黙秘権を使っていると教えてやる。

紀之國屋物産では重役たちが集まり、最後に残った優秀な五人の選抜を口頭試問で行おうと、女性たちを部屋に連れて来る。

その中の伸子の顔を見た専務の林長十郎(古川緑波)は、この子は決定だといきなり言い出し、その理由を説明し始める。

紀之國屋文左衛門が嵐の中、みかん舟を出そうかどうか迷っていた時、自分の先祖に当たる番頭の林長五郎と言う男が、ちょうど近くにいた先導が放屁したのに気づき、「これは出せ」と言うお告げに違いないと感じ、みかん舟を出す事にして大成功をおさめた。

今朝、みかんの缶詰の出荷の判断を迷いながら出社した自分は、玄関前で彼女が舌を出したのを見て、これは「出せ」と言うお告げだと感じ、出したら、案の定、その後、注文がひっきりなしになったからだと言う。

その会議室に電話が入り、今朝方デパートに入った社長が、そのまま行方不明になったとの知らせが届く。

電話嬢たちは、関連会社各社に電話を入れ、社長の行方を探し始めるが、杳として知れない。

主を失った社長室の壁に掲げられた歴代社長の肖像画には、どれも眼鏡と口ひげがあった。

そう、あのすりと疑われた社長紀之國屋文太郎(上原謙)は、その頃、牢に入れられていた。

翌朝、江東区にある「河上豆腐屋」では、長男のが、二階で着替えをすませた姉伸子が今日から初出社と言うので声をかけていた。

向いにある「三河屋酒店」の主人武さん(田中春男)は、豆腐屋の主人で伸子の父親、大作(柳家金語楼)と母親八重(清川虹子)と話し込んでいた。

伸子が勤める事になった紀之國屋物産と言うのは、大作が働いている缶詰工場の親会社に当たる大会社であった。

一方、交番内で、朝刊の「紀之國屋物産社長失踪!第二の下川総裁事件か?」と言う見出しの記事を読んでいた巡査は、そこに載っていた社長の写真を見て慌てていた。

牢に入っていた紀之國屋文太郎は、迎えに来た重役木村徳兵衛(小倉繁)らに伴われ、あっさり開放される。

その頃会社では、専務林長十郎の計らいで、河上伸子が社長秘書に抜擢されていた。

無事帰還した文太郎を社長室に迎えた長十郎は、今回の顛末に苦言を呈すると共に、いつものように、たまっている書類に判子を押すように依頼する。

無言で、判子を押し始めた文太郎の元に、新しい秘書として伸子が連れて来られる。

何気なく互いに顔を見合った二人は驚く。

さっそく、その日の文太郎の仕事が開始され、伸子も仕事を覚えるため同行する事になる。

まずは、会社の前に車に乗り込み、道路を隔てた向いにある「紀之國屋汽船」に到着。

そこの重役会議に出席する。

一人の重役(伴淳三郎)が熱弁を振るっていた。

このごろの成績不振の原因はパチンコのせいであり、重役の間でも、そう言う汚らわしい事をやっている人間がいるからなのだと言い出す。

それを聞いていた他の重役は黙っていず、君もやっていたではないかと反論、会議は紛糾する。

その間、この会社会長である文太郎は、居眠りをしていた。

その後も、告別式、結婚式、新東京交響楽団での挨拶、火星号遭難事故葬儀での弔辞、関東興業重役会への出席など、分刻みの挨拶、出席の連続で、文太郎はダウン寸前。

翌朝、出社した文太郎は、9時5分前になると、全社員と同じく起立して、「♩みかんぶね~、よいとな~♩」と社歌を唄い始める。

その日も、長十郎は文太郎を前にすると、又、社長が失踪されたら、会社の評判も落ちるし、関連会社の株価にも影響するので、会社内での監視は木村徳太郎が、外回りの監督は、伸子が責任を持って勤めるようにと言い渡す。

それを聞いた伸子が、自分がそんな社長の監視などしたら、すぐ首にされてしまうと訴えると、社長には人事に一切口出しできないと言う家憲があるから心配ないと長十郎は太鼓判を押す。

木村と長十郎が社長室から退出すると、伸子に文太郎は「君は、せっかく逃げ出したボクの邪魔をしただけでなく、こんな所にまで来てどうするつもりなんだ」と聞いて来る。

そう言われた伸子は返す言葉もなく、社長の仕事って大変なんですねと同情するだけ。

文太郎は、社長の仕事なんて態の良い捺印工に過ぎない。25の時から口ひげを生やさせられ、目が悪くもないのに眼鏡をかけさせられ、外見をつくろっているだけだと嘆く。

伸子は、社長さんが今、一番なさりたい事は何ですか?と聞くと、ホルンを吹きたいと言い出す。

だったら、お吹きなさいませよと言い出した伸子は、持っていたドアの鍵で、社長室の入り口に施錠してしまう。

「私がウッカリしようとしまいと、私の勝手ですから…」と言いながら。

これで、広い社長室の中にいるのは伸子と社長の二人きり、邪魔をするものは出入りできなくなった事になる。

伸子の計らいを理解した文太郎は、机の中に入れていたホルンを取り出し、吹き始めるが、思うように音が出ない。

調べていたら、ホルンの中に小ネズミが入っていた事が分かったので引っ張りだし、ようやく思い通りに吹き始める。

それを、自分の席に座って聞く伸子。

やがて、社長室に電話を取り次ごうとした電話交換嬢たちが、まず異常に気づく。

社長室の電話が繋がらないと伝え聞いた重役たちが、社長室の前に集まって来るが、ドアが内側から施錠されていて、外からは開けられない事に気づき騒然となる。

その後、社長のボイコットを知った長十郎は、気持ちは分かるが、仕事は仕事として判子を押してくれないかと文太郎に迫るが、文太郎は「盲目判を押すのは詐欺と同じだ」と頑として譲らない。

長十郎たちが出て行った後、伸子は「本日の御日程を申し上げます」と言いながら、文太郎にカミソリを手渡す。

「私は、最初に社長とお会いした時のお詫びがしたいんです」と言う伸子。

最初はその意味を計りかねた文太郎だったが、壁にかかった歴代社長の肖像画を観てピンと来る。

その後、社長室から出て来た男は、通りかかった木村や長十郎に会釈して通り過ぎるが、誰も彼が社長の文太郎だとは気づかなかった。

日頃トレードマークになっている口ひげを剃り、眼鏡を外し、みすぼらしい服を着ていたからだった。

その日も、まず、電話交換嬢たちが、社長室の異変に気づく。

慌てて、社長室に飛び込んで行った重役たちは、社長の椅子に縛り付けられ、猿ぐつわをされている伸子を発見する。

その後、バスで打ち合わせの海岸に向かった伸子は、そこで子供たち相手にホルンを吹いていた文太郎と落ち合う。

狂言芝居は見事成功したのだ。

お金は持ってます?と聞く伸子に、現金も小切手も持って来たから大丈夫だと言う文太郎。

しかし、伸子は、小切手は、全国の銀行に既に手配が回っているから危険だと教える。

その足で、衣料店、靴屋などを回り、伸子は文太郎が身につけていた高価な服を安物と交換する。

かくして、外見上は別人に成り済ました文太郎だったが、ラーメン屋に落ち着くと、本当に君の家に世話になって良いのかと心配しだす。

伸子は、今後、自分が文太郎の事を「社長さん」とつい呼んでしまうミスを防ぐために、ゴロが似ている「三千夫(さちお)さん」と言う名前にしようと提案する。

これなら、万一「社長さん」と呼んでしまってもごまかす事が出来ると言うので、聞いていた文太郎も感心する。

その頃、夕食の膳を囲んでいた河上家では、好物の焼酎がなくなったので買って来いと言う大作と、それに反抗する八重、長男の大二郎、次女みね子らが口喧嘩をしている最中だった。

そこに、文太郎を連れて帰って来た伸子が「三千夫さん」と紹介したので、聞き間違えた両親は、「社長さん」が来たと恐縮し、しきりと伸子の事を誉め始める。

しかし、「三千夫」だと分かると拍子抜けし、いつもの気楽な下町言葉に戻った大作らだったが、その三千夫を二階に下宿させると一方的に言う伸子に戸惑うが、勢いに押し切られる形で不承不承納得すると、文太郎に家族を紹介し始める。

「紀之國…」と名乗りそうになった文太郎は、慌てて「木下三千夫です」と名乗り、好物と伸子から聞いた焼酎を土産として差し出す。

たった今、金輪際、焼酎なんか飲まないと、家族の前で啖呵を切ったばかりだった大作は、この土産を前にして狼狽するが、そこは八重が助け舟を出して、食事が再開する。

「三千夫さんに焼酎なんて飲ませないでよ」と父親に釘を刺して二階に上った伸子だったが、やがて大二郎が、「あの人変だよ?」と言いに来る。

あわてて降りてみると、飲み慣れない焼酎を大作から飲まされた文太郎が泥酔し、卵焼きを醤油に付け、お膳の上に押すと言う奇妙な行為を繰り返していた。

伸子は、この社長ボイコット作戦を、京子と巡査に打ち明ける。

それを聞いた京子は、「やりなさいよ、いざと言う時には私たちがついている」と後押しをしてくれる。

勇気を得た伸子は、一通の手紙をポストに投函する。

後日、紀之國屋の重役会議では、社長からの手紙が届いたと木村が報告していた。

長十郎は、誰かのいたずらかもしれんと疑うが、封書の中には「ボクはいつも君らの側にいるので、全重役の反省を促す。これは一種のストライキであり、事と次第によっては実力行使も辞さない」と書いてあったと木村が言い、それを、秘書として出席していた伸子も聞いていた。

「実力行使と言って、今の社長に何が出来る?」と聞いた長十郎は、「社長は実印を持って行かれた」との木村の答えを聞いて、意外に社長はしっかりしていると感心するのだった。

大作は、焼酎風呂用に使った水を道に撒いていた武さんに、もったいないから俺にくれと、意地汚い会話をしていた。

二階では、文太郎が慣れない掃き掃除をしていたので、それを見た伸子があわてて止めようとするが、掃いても掃いてもゴミが出て来るから面白くて…と、文太郎は楽しそう。

その夕方、会社から帰って来た伸子は、大作がタコを持って歩いているのに出会ったので、訳を聞くと、夕べの土産の焼酎の礼だと言う。

結局、自分が飲みたいだけなのだと伸子は見抜く。

その夜、夕餉の膳で、急に今日は八重の誕生日なのでプレゼントがあると、三女の和子が代表して反物を渡す。

伸子は、お父さんもそのためにタコを買って来たのよと、すかり妻の誕生日など忘れていた大作をフォローしてやる。

上機嫌になった大作は、会社で聞いたが、紀之國屋の社長が失踪したそうだが、あいつはバカだね、と文太郎の目の前で話し始める。

バカですか?と文太郎が問いかけると、そうとも、人を信用すると言う事を知らないんだと大作は返す。

俺もダメな人間だが、家事の事は一切かかあに任せている。こいつを信用しているからだ。こいつも、こう見えても俺が意外としっかりしているからこそ信頼して、口ではうるさいことを言っても、ちゃんと焼酎飲ませてくれたりしてくれるんだ。

人を信用するには、信用できる人間を作るしかないと、顔に似合わず、その日の大作はまともな事を言い出したので、横で聞いていた八重も文太郎も感心するのだった。

その後余興が始まり、歌が得意な和子が、文太郎が作った「今日はママさんの誕生日」と言う歌を、文太郎のホルンの伴奏で歌い始める。

その内に、大作と八重が踊りだし、その楽しい誕生会を共にした文太郎は、二階の寝床に入った後、しみじみと今夜は楽しかったなーとつぶやく。

隣の部屋の寝床でその言葉を聞いた伸子は、明日は日曜日なので、社長さんの一番行きたい所にお連れしますわと言い出す。

文太郎の希望は「動物園」だった。

翌朝、伸子と一緒に家を出ようとした文太郎に声をかけた大作は、うちの会社で働いても良いと言い出す。

さらに、うちの伸子、くれてやろうかと思っているんだが…と一人もじもじ口ごもっていた大作だったが、気がつくと、二人はとっくに遠ざかっていた。

上野公園で楽しんだ二人は、その後渋谷のロープウェイに乗る。

その中で、文太郎の無精髭が伸びた事に気づいた伸子が、思わず「社長、ひげをお剃りなさいませんか」と言うと、「実は昔、ボクは文学青年で、小説を書いた事があってね」と文太郎が意外な事を言い出す。

「そのとき書いた小説には若い男女が登場し、その若い娘が最初に男に言う言葉が『あなた、ひげをお剃りなさいませんか?』なんだよ」と打ち明ける。

それを聞いた伸子はちょっと驚くが、気がついてみると、ロープウェイが空中に止まったままではないか。

停電のせいだった。

月曜日、家族は一斉に出かける。

和子と大二郎は江東小学校へ、峰子はハート歯磨き会社に、伸子は出社の途中で又手紙を投函する。

紀之國屋の重役会では、木村が社長からの第二信が届いたと報告していた。

その手紙には、木村徳兵衛が、各社への社長失踪の口止め料として本社から持ち出した金を調べろと記してあった。

それを読んだ木村本人も慌てたが、聞いていた長十郎たちも驚き、事の真偽を問いただす。

さすがに恐縮した木村だったが、その後、関連各社が社長失踪で営業に支障を来していると言う報告が続く。

大作と同じ缶詰工場で職工として働く事になった文太郎は、慣れない仕事に戸惑いながらも、昼食時、いろいろ参考になると大作に感謝するのだった。

その夜の河上家の夕食時、大作は、子供たちに、これから映画でも観に行けと言い出す。

喜んだ峰子は「私は断然洋画よ!」と主張、大二郎は「チャンバラ!」、和子は「断然、マンガ映画」と言い出し、互いに譲らない。

見かねた八重が、全部一緒にやっている映画館を教え、子供たちは出かけて行く。

伸子と文太郎も一緒に出ようとするが、それを止めた大作は、二階に文太郎を連れて行くと、伸子との縁談の事を切り出す。

下では、八重が伸子に、あの人と結婚しては?と勧めていた。

それを聞いた伸子は「私とあの人では、月とスッポンよ」と慌てるが、それを聞いた八重は「あの人は大した事ないけど、スッポンと言うほどでも…」と勘違い発言をしたので、伸子は「スッポンは私の方よ」と訂正し、気まずくなって文太郎を外に連れ出す。

「私はよかれと思って始めた事だけど、何だか怖くなって来た。そろそろ社長に戻って下さい」と伸子は頼み込むが、文太郎は「ボクは三千夫です」と答えるのみだった。

翌朝、その日も缶詰会社に出社しようとする文太郎を止めようとする伸子だったが、それを見た大作は、朝から見せつけるてくれるなと勘違いして小言を言うと、文太郎を会社に連れて行く。

ところが、缶詰工場では、上で書類がひっかかっているとかで、肝心の缶詰が届かなくなったと職工たちが騒いでいた。

それを聞いた文太郎は、直ちに現場の責任者である主任(江川宇禮雄)の所に出向き、自分は社長だが、どうなっているのかと聞きただす。

しかし、文太郎を昨日入社したばかりの新人と思い込んでいる主任たちは、妙な奴が来たと相手にしない。

仕方ないので、近くにいた社員のかけていた眼鏡を奪い、自分でかけ、万年質を口ひげ代わりに鼻の下に持って行った文太郎の顔をしげしげと見ていた主任は、ようやく本物の社長と気づき、平伏する。

聞けば、現場に任せてくれれば良いものを、用度課長が書類に判を推してくれず、缶詰が降りて来ないのだと言う。

それではと、用度課長の所に行くと、部長が判を押してくれないのだと同じ事の繰り返し。

外では、大作が、こんな事では仕事にならないので、本社に行って直談判して来ようと仲間たちと相談していた。

文太郎は、紀之國屋の社長室に一人戻っていた。

机の上には、膨大な書類が山と積まれていた。

同じ頃、本社の別の部屋では、関連の材木会社やレストランなどの従業員たちが、仕事ができなくなったと苦情を次々と持ち込んでいた。

そこに、大作たちも乗り込んで来るが、玄関前で門前払いされそうになったので、その場に座り込みを始める。

重役会議で、長十郎は、もう社長失踪は隠しておけない。ただちに臨時株式総会を招集して、臨時の社長を作ろうじゃないかと提案する。

それを聞いた他の重役たちは、長十郎になってくれないかと言い出し、長十郎もまんざらでもないような顔になる。

しかし、それを聞いていた伸子は、社長はきっと戻りますと発言する。

何を根拠に?と聞かれた伸子は、ただ何となく…とごまかすしていたが、そこへ電話がかかったので、それを受けた伸子は、今、社長さんが戻られました。今、社長室に折られますと重役連に伝える。

驚いた重役連は、一斉に社長室に向かい、書類の山の向こうから現れた分太郎の変わり果てた姿を見て同情する。

文太郎は、長十郎らの前に出て来ると、自分はこれまで、皆さんを信用していなかった、今からすぐにも書類決済をすると謝る。

そこに電話が入り、缶詰工場の職工が玄関前に座り込んでいると言うので、すぐにここへ通しなさいと命ずる文太郎。

重役や伸子が居並ぶ社長室に、おずおずと入って来た大作は、そこに居た文太郎が社長と知り棒立ちになる。

しかし、大作は急に不機嫌になると、もう用はすんだと部屋を後にする。

それを追って来た文太郎に、俺たちをだましていたんだね、今日限り、娘も一緒に辞めさせてもらうと顔も見ずに立ち止まってつぶやく大作。

その耳元に何事かをささやきかける文太郎。

その後、社長室に戻った文太郎は、伸子と一緒に懸命に判子を押し始める。

その作業は深夜に及び、やがて、とうとう徹夜になるが、積まれていた書類の数は徐々に減少して行く。

全部の書類にはんこを押し終わったのは朝になっていた。

文太郎は、この引き出しの中に、君に判子を押して欲しい書類が一通入っている。ボクは屋上で待っているよと告げると部屋を出て行く。

一人になった伸子がそっと引き出しを開けてみると、そこには「社長妻に命ず」と言う辞令が入っていた。

文太郎が待っている屋上に登って行った伸子は、そこにやって来た京子と出会う。

京子は、文太郎に向かい、社長さんにご迷惑をかけたスリを現行犯で捕まえましたわ、社長さんをスリにしてごめんなさいと言うではないか。

その時、下の方から京子を呼ぶ声があり、見下ろすと、スリを連行するあの巡査が待っていた。

京子が立ち去った後、二人きりになった文太郎が「スリは憎いけど…」と言うと、「私に会えたのはよかったと、おっしゃりたいのでしょう?」と伸子が返す。

辞令を渡された文太郎は、そこに押されたキスマークを見る。

「私の盲目判」と、いたずらっぽくつぶやいた伸子は、無精髭の文太郎の背中にそっと寄り添うのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

松林宗恵監督第一回作品である。

あらためて松林監督が、最初から図抜けた才能があった事を思い知らされるような秀作コメディになっている。

又、失礼ながら、テレビで活躍される中年以降のお姿しか知らなかった丹阿弥谷津子に、こんなに可憐な時代があったのかと驚かされる作品でもある。

下町育ちの聡明な娘と、地位と名誉に恵まれながらも、自分自身のアイデンティティを見失いかけ、その息苦しさから逃げたがっている青年との出会いから、心の救出までを描いたシャレた内容になっている。

ヒロイン伸子の家族がいかにも魅力的に描かれているのがポイント。

軽妙な掛け合いが上手い金語楼と清川虹子の人情味あふれる夫婦に、個性豊かな子供たち。

貧しいながらも、こんな家族はうらやましいな…と、観客もつい惹き込まれてしまうような、まさに「三丁目の夕日」のような郷愁を感じる世界である。

のほほんとした浮世離れした青年社長を演じている上原謙も珍しいし、ホルンとの組み合わせも意外性があり、楽しい。

文太郎が、港で子供たちに囲まれホルンを吹く所や、河上家の二階で末っ子の和子が、文太郎の吹くホルンに合わせ唄を歌うのを、下で母親の八重がうれしそうに聞き惚れている所などは、心が洗われる一幅のメルヘン画のようである。

また、生意気盛りの次女峰子が、姉が家に連れて来た文太郎を評して、「もっとすてきな青年社長かなんかを連れて来るかと思えば、あんな程度なら、うちの会社でもザラだわ」と見栄を張る所なども、女としてのライバル心を底に秘めている事が伺われ、おかしい。

何より、頭の回転が早く、機転が利いて才気あふれる伸子のキャラクターを魅力的に作り上げた部分が、この作品の最大の魅力だろう。

文太郎ならずとも、こんな魅力的な女性には、つい惹かれてしまうはず。

明るい元同級生を演じている高峰秀子と小林桂樹のゲスト出演も、実に効果的に使われている。

ロッパの老け芸は、他の部分が小じゃれているせいもあり、やや古くさくてくどく見えなくもないが、時代の変化と言う事だろう。