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或る夜の殿様

1946年、東宝、小国英雄脚本、衣笠貞之助監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

額縁の中の風景画をバックにタイトル

明治19年、箱根の温泉宿…

その風景画にカメラが近づいたかと思うと、実際の風景に変わる。

陽気な楽団が奏でる「東京節」の中、飾り付けられた山道を、一台の人力車が近づいて来る。

その人力車から降り立って、山泉楼の玄関に入って来たのは、大阪の商人北原虎吉 (志村喬)だった。

その北原を迎え、菅沼様や波川様もお付きでございますと教える番頭。

顔なじみの女中、おみつ(山田五十鈴)に案内され、「なるほど、これは文明開化や」と、新装された休憩室を感心しながら覗いていた北原は、ふと一人の女性に目を留め、あれは誰かとおみつに尋ねる。

おみつは、美しい娘の事だと思い、越後屋さんのお嬢さんで妙子様(高峰秀子)ですと答えるが、北原が聞いたのはその同席者の中年女の事だと言う。

あれは、その越後屋さんの奥様ですと聞くと、北原は意外そうに目を見張る。

その越後屋の妻おくま(飯田蝶子)は、テーブルに置かれたコーヒーを、スプーンですくいながら、ペチャペチャとすすっていた。

その様子を、恥ずかしそうに注意する妙子。

そのおくまを隣のテーブルで見ていた男爵の牛久保亮(中村哲)が、同席していた山勝こと山崎勝五郎(清水将夫)の家族たちに「やはり家柄がね…」とつぶやいて苦笑する。

さらに、山勝の妻、里野(吉川満子)が立ち上がり、お熊の方に近づくと、奥様は長い間御逗留ですかと聞いて来る。

昨日到着したばかりですが?とおくまが不思議がると、いやね、お着物が秋物だったものですから、呉服屋の奥様ともあろうお方が、そんな間違いをするはずもないと思いまして…と、里野は薄笑いを浮かべる。

それを聞きとがめたおくまは、無教養で失礼致しました。私も奥様からいろいろお教え願いたいのですが、歩き方はこんな風でよろしいのでしょうか?と、立ち上がると、着物の裾をからげ、芸者風の歩き方をまねしてみせる。

里野の前身が芸者上がりだと臭わせているのだった。

さらに、男爵だか子爵だか知らないが、華族が何だい、うちは三人家族様さと、聞こえよがしに嫌みを返す。

そんな下品な母親の様子を、恥ずかしさで縮み上がるように見ている妙子。

その休憩室の中二階では、越後屋喜助(進藤英太郎)と小倉謙造(浅田健二)が、今、この宿に逗留している江本逓信大臣に上申する、水戸-宇都宮-日光間の鉄道敷設計画の事に付いて打ち合わせをしていた。

この計画に参加できれば大儲けが出来ると言う事を知っている越後屋は、すでに、大臣秘書の池田(北沢彪)に、便宜を計ってもらえるよう、すでに金を渡しているのだと、余裕しゃくしゃくで打ち明ける。

ちょうどやって来た女中に、池田さんはお手隙になったかと聞くと、今は菅沼様と波川様にお会いになっておられますと聞いた越後屋は、何故こちらに先に知らせなかったと、あわてて叱りつける。

その頃、池田秘書に、大臣への取り次ぎを頼んでいた菅沼仁太郎(菅井一郎)と波川三右衛門(清川荘司)の用件も、同じ鉄道敷設計画に付いてだった。

池田から、越後屋からも同じ計画が出ていると聞いた二人は愕然とする。

資金目当てに、以前越後屋に波川がちょっと漏らした計画を、まんまと盗まれた事に気づいたからだ。

休憩室では、おくまが周囲に聞こえよがしに、今晩、逓信大臣と御会食の予定だなどと話していた。

それを隣のテーブルで疑わしそうに聞く里野と牛久保男爵。

その時、そのおくまの側に近づいて来た北原が、懐かしいな、20年振りかと、親しげに話しかけて来る。

あなたはどなたですか?と聞くおくまに、虎吉ですがな、大阪で車引きをやっとった。あの頃、わしが24、あんたが23、忘れたんかいな?…と北原が答えると、失礼な、私は越後屋の妻で、大阪などに行った事など一度もありませんと、おくまは不機嫌そうに否定する。

それを聞いた北原はきょとんとし、今ではわしも、大阪ではちょっとは知られる顔になっているから挨拶したが、人違いだったら済まん事ですと、頭を下げて部屋を出る。

その頃、越後屋と小倉から、鉄道敷設案を聞いていた江本逓信大臣(大河内伝次郎)は、確かに鉄道敷設は必要な国家事業だが、この計画は難しいと言っていた。

水戸の御当主が、旧幕臣たる自分をお嫌いだからだと言うではないか。

それを聞いた越後屋たちは呆然とする。

そこへ、女中が電信が届いたと持って来たので、中を確かめた大臣は、急遽帰らねばならなくなったので馬車の用意をしてくれと言い出す。

もはやこれまでと落胆した越後屋に、大臣は、水戸の御当主を口説ける方が一人おられる、平喜一郎だと助言する。

幕府方だった水戸の先代と喜一郎は、それぞれ別の場所に幽閉されていたが、やがて御赦免になったのだが、その後、喜一郎の方は行方不明だと言うのだ。

この喜一郎を探し出しさえすれば、水戸の御当主でも説得させられるのではないかと。

その頃、部屋に戻って、越後屋に出し抜かれそうな状況を愚痴っていたいた波川と菅沼の話を聞いていた北原は、あの越後やの女房、おくまと言う女は、元は大阪の駄菓子屋で、まま炊きしていた孤児やったんやと打ち明ける。

よほど、先ほどのおくまの態度が腹に据えかけているらしい。

そこに、おみつがコーヒーを運んで来る。

やがて、花火が打ち上がり、楽団の演奏が流れる中、大臣が玄関に向かう。

休憩室では、その大臣の帰郷を知り狼狽するおくまの姿を横目で見ながら、里野が「会食なんて嘘だったのね」と嫌みを言っていた。

大臣が乗った馬車が遠ざかって行くのを見送っていたおみつは、橋のたもとに座り込む一人の青年(長谷川一夫)に目を留める。

どうしたの?東京に行くの?と話しかけたおみつに、無言で頷くだけの青年。

苦学生なのね、お腹減らしているの?じゃあ、私と一緒について来なさいと宿の中へ誘うおみつ。

その頃、牛久保男爵は、山勝自慢の娘、綾子(三谷幸子)相手に碁を指していた。

そんな山勝は、近づいて来た北原に牛久保男爵を紹介する。

自室に戻って来た山勝は、妻の里野に、いつまでも越後屋の女房といがみ合うのはよせと注意するが、里野はあの方、何でも、一青は反対の事ばかりして…と言う事を聞かない。

一方、おくまの方も、つらそうな顔の妙子を前にして、あの人、芸者は芸者だよと、里野の悪口を言っていた。

部屋に戻って来た越後屋は、そんなおくまの見栄っ張りな所を注意するが、おくまは、今のままでは、山勝に牛久保男爵を取られてしまう。あなたは妙子の事が心配じゃないのか?と逆に食って掛かる始末。

自分にはもう金は十分にあるんだから、身分あっても悪い気はしないよと、あちらが男爵なら、越後屋は子爵、伯爵をもらうんだと、異常な身分への執着を吐露するおくまを、妙子や越後屋は困ったように見ていた。

その頃、書生は、おみつが部屋に持って来てくれた弁当を旨そうに食べ始めていた。

そこへ、別の女中が、六号室の客が酒を持って来てくれと伝えに来る。

こんな昼間から酒を飲むなんて?と不思議がりながらも、おみつは酒を運んで行く。

六号室の客とは、波川と菅沼、そして北原の三人だった。

越後屋の悪口を言っていた三人の話を聞いたおみつは、あの人はこの宿の大株主で、今あの家族が泊まっている奥座敷も、あの人が自分の会社の金で作らせた贅沢な部屋なのだと教える。

おみつも、あの越後屋には良い感情を抱いていないらしい。

その話を聞いていた三人の男たちは、何とかあいつをぎゃふんと言わせるような事が出来ないかと思案する。

その内、北原が、山勝の話で思いついたんだが、どこかの男を殿様に仕立て上げ、越後屋を担ぐのはどうだろうと言い出す。

華族との縁組みを狙っている越後屋はきっと乗って来るに違いないと言うのだ。

で、その殿様は誰と言う事にする?と聞く波川たちに、それも考えてあり、長い間行方不明になっているとか言う平喜一郎ではどうか、それなら、誰も顔を知らないだろうと北原は続ける。

それを聞いていたおみつも、面白そうだからおやんなさいよとけしかけ、ああ、あの人なら…と、部屋に置いて来た書生の事を思い出す。

その話を、部屋の書生にしに行ったおみつは、ちょうど廊下を歩いて来た巡査、関川大之進(河野秋武)に出会う。

温泉につかりに来た警官は、部屋にいた書生の姿を慌てて隠そうとするおみつの態度を見て、恋人同士と勝手に想像する。

部屋を通り過ぎた関川巡査は、故郷薩摩に残して来たおようと言う女の事を思い出すのだった。

休憩室にドレス姿に着替えさせた妙子を連れて来た越後屋は、あわよくば身分ある方に紹介してもらえるのではないかと言う期待を込め、いろいろ付き合いがある小倉に紹介していた。

その妙子の晴れやかな洋装を見た里野は悔しがり、綾子に向い、妙子と一緒にお話しなさいませんかと呼びかけるおくまに、引き立て役に娘を呼ぶなんて失礼です!と激高する。

おみつが用意した着物に着替えた書生の様子を観に来た北原たちは、その見た目に感心し、これはまさしく平喜一郎やと笑う。

おみつも、おやんなさいなと言うので、興味を持ったらしい書生は、面白い、やってみましょうと承諾する。

さっそく、社交室に向かった北原は、給仕頭(大倉文雄)に、梅の鉢植えを自分たちのテーブルの上に置くようにと命ずる。

それを聞いていた山勝一家や他の客たちは、何事かと怪しみだすが、北原の言葉を聞いていたおくまが、関西弁など聞くだけでムカムカすると言い出したので、妙子は又顔をしかめる。

そこに、楽団の音楽が流れ、殿様然として颯爽と社交室にやって来た書生と、恭しくそれに付き添った北原、波川、菅沼たちの様子をうかがっていた客たちは緊張する。

牛久保男爵も、知らない顔だと小声で山勝に教える。

おくまだけが、茶番ですよ、昔から担ぐのが好きな人だったからと、ついと北原の事を知っている事を自らばらしてしまう。

その時、コーヒーを運んでいた女給が、おくまの側で皿を取り落としたので、おくまは、この着物はあんたが一生かけても買えないものなんだよ!と、口汚く叱りつける。

たまりかねた妙子が立ち上がり、一緒に皿を拾い始めたので、恐縮する女給。

側を通る給仕頭を呼び止め、どなた?と聞いた山勝だったが、ちょっと差し障りがあるので…と口ごもりながらも、給仕頭は喜一郎様ですと教える。

それを聞いた牛久保男爵は、確かに平家の家紋は梅鉢だと納得する。

それを知った越後屋は、小倉を別室に呼び込むと、あの方とお近づきになりたいと相談するが、波川、菅沼と越後屋が仲違いしている事を知っている小倉は、その事を解決しない限り、仲を取り持つのは難しいと指摘する。

苦渋する越後屋だったが、うちの家内が、もう一人の男を知っているような…と思い出す。

そんな休憩室の中の様子を、愉快そうに覗いていたおみつは、別の女中がお師匠さんが着物がなくなったと大騒ぎだと伝えに来たので、慌てて、北原の元に近づくと、小声でそろそろ…と話しかける。

事情に気づいた北原に促され、書生も席を立つと退席しかける。

その書生が横を通りかかった時、「兄の牛久保兼光はお目にかかった事がありますが、私は弟の亮です」と挨拶して来た牛久保男爵にも、全く慌てず鷹揚に笑顔で、「ああ、あの方は今でも?」と返す書生。

それに対し、「は、外務省におります」と答える牛久保男爵。

書生と一緒に遠ざかって行く北原に何とか声をかけようと近づくおくまだったが、北村はわざとそっぽを向いたまま出て行く。

部屋に戻って来た北原らは、作戦大成功と大喜び。

書生の対応のうまさにも感心する事しきり。

一方、自室に戻って来たおくまと越後屋は、互いにののしり合いを始める。

おくまは越後屋が波川、菅沼に、越後屋はおくまが北原に、関係修復のため謝って来いと言い合っていたのだ。

すぐにでも越後屋が謝りに来ると待っていた北原は、なかなか越後屋が部屋にやって来ないので、ちょっと当てが外れる。

するとそこへ、女中が、越後屋の奥様が呼んでいますと伝えに来たえはないか。

中二階に行ってみると、そこで一人で待っていたおくまが、さっきは悪かった。確かに私は、20年前、天満に住んでいたおくまだと頭を下げて来るが、今度は北原がとぼける。

やがて、そんなにまでして華族に紹介して欲しいのかとあざける北原。

一方、越後屋の方も、菅沼と波川に手をついて謝っていた。

その事は、綾子の口を通して、山勝と妙子にも伝わる。

愉快そうに部屋に帰って来た北原、菅沼、波川は、そこに待っていた書生に、あんたも華族に魅力を感じるかと聞いてみる。

すると、書生は微笑んでいるだけ。

しかし、おみつは、まだ芝居を続けるのか?危なっかしいと心配を口にする。

そこへ、越後屋が挨拶にやって来る。

越後屋が、あの殿様に近づいたらしいとの噂を知った里野は、夫の山勝に対し露骨に悔しがっていた。

何とか書生に紹介された越後屋は、連れて来た妙子にお茶を立てさせる。

それを愉快そうに飲む書生。

翌日、朝早くから音楽を奏でだした楽団を、あわてて制止する越後屋。

まだ、お殿様が寝ておられるので迷惑ではないかと言うのだ。

それからと言うもの、殿様のご機嫌伺いのために、越後屋が奔走し始めた事は宿中の評判になっていた。

何でも、奉公人一人に十円も与えたとも言う。

そんな越後屋の悪口を、里野は髪結いの女おたつ(清川玉枝)と噂し合っていた。

その頃、寝室の様子を観に行ったおくまと越後屋は、とのの姿がないと騒いでいた。

おみつは、書生の姿を探しまわっていたが、ベランダで一人ラッパを吹き鳴らす楽団員を見つけ、それが書生だと気づく。

そんなおみつ、あんたとあの書生はお似合いだよと北原らに冷やかされると、そう言われれば、似合わないでもないねと満更でもなさそう。

すっかり殿に取り入ったと思い込んだ越後屋は、小倉に自慢していた。

北原らは、すっかり越後屋は娘を書生に嫁がせるつもりらしいと笑うが、それを聞いていたおみつの気持ちはちょっと複雑だった。

その時、妙子が奏でる琴の音が響いて来る。

それを聞いた綾子は感心するが、母親の里野はあれこれ粗捜しをしてけなす。

その頃、宿の近くでは、関川巡査と後藤巡査(永井柳太郎)が、ここまで追いつめればとひそひそ話をしていた。

関川巡査は、書生風の若い男を追跡中である事を、おみつに打ち明ける。

それを聞いたおみつは、あの書生の事ではないかと不安になり、社交室を覗きに行くが、越後屋に導かれ、あの書生はにこやかに殿様役を演じ続けていた。

その後、おはつから髪を結ってもらう事になったおみつは、あのお嬢さん、射止めるかもよと言われると、ダメよ、理由があるのよ…と、暗い表情でつぶやくのだった。

もし、私が大名の奥さんになって、それが嘘だと分かったら、何年くらいの罪になるのかねー…などと、意味不明な事も言い出す。

社交室では、小倉と越後屋から話を聞かされていた書生が、「ボクに鉄道の社長になれと?」と聞き返していた。

会社はボクに何を求めるのですか?金ですかと問いかける書生に、滅相もない、金の事など一切ご迷惑はおかけしませんと説明する越後屋は、必要なのは御前のご人格ですと答える。

それを聞いた書生は、名声や人格がなくても構わないのなら引き受けて良いと言い出す。

その後、女給を呼んだ書生は、同席していたおくまの横で、わざと女給が持っていたお盆をひっくり返して、おくまの着物にコーヒーを浴びせてしまう。

唖然としたおくまだったが、私のようなものでは買って返す事も出来ないでしょうと皮肉る相手が殿様ではどうする事も出来ず、そのまま座を離れて行く。

以前、おくまに叱られた当の女給も、その様子を傍らで見ていた妙子も、共に複雑な表情をする。

その後、書生と二人で庭に散歩に出た妙子は、御前はいつまでここにいらっしゃるんでしょう?一日も早くお立ちになっていただきたいのですと言い出す。

書生が訳を尋ねると、みっともない事をする両親を見ているのがつらいのだと妙子は答える。

あなた様が、華族様でなかったら、こんな失礼な事は言う事もなかったのですが…と恐縮する妙子。

そんな二人の様子を、木に隠れて覗いている二組に人物があった。

一人は、二人の仲の進展振りを心配そうに覗くおみつ、もう一組は、二人の仲が親密になっているので喜び合う越後屋夫婦だった。

書生は妙子に、おとぎ話の話として、それではボクが華族ではなかったら、ここにいて良いのですねと問い返していた。

あなた様は、父親からだまされている振りをして蔑んでおられるのでしょうし、先ほど母にわざとコーヒーをおかけになった気持ちも分かりますが、やはり、コーヒーの事では私はあなたを憎みますと、はっきり言う妙子。

分かりますと答えた書生だったが、分かると言う事と、承知したと言う事は別ですと答える。

そうした二人のやり取りを見ながら後ずさっていたおみつは、小川に落ちてしまう。

演芸室では、越後屋が殿様の歓迎用に、わざわざ東京から呼び寄せた三河漫才をやっていた。

そこにやって来た書生は、越後屋に勧められるまま妙子の隣に座る。

それを見た里野と牛久保男爵は、不愉快そうに席を立って帰ってしまう。

そんな演芸室の様子を窓からのぞくおみつは、後ろから関川巡査が近づいて来たのでひやりとする。

関川巡査は、小田原芸者の踊りがあると聞きつけ、覗きに来たらしい。

一方、越後屋から鉄道事業が動き出したと聞いた工学士の井上直人(石島房太郎)や技師長の木村正雄(江藤勇)らも、続々山泉楼に集まって来る。

皆、鉄道事業の話に乗りたいと言うのだ。

それを知った北原らは、ちょっと慌てだす。

越後屋だけをだましていたつもりが、いつの間にか話が大きくなり、他の人にも迷惑がかかるかもしれないと気づきだしたのだ。

演芸室の舞台では、書生節を歌う男(藤田進)があれこれ世情をからかう唄を披露していた。

あろう事か、目の前に座っている殿様をからかうような内容でも、聞いていた書生は怒るどころか愉快そうに、一人で拍手する始末。

しかし、あまりにも過激な内容に怒った関川巡査は、幕を閉めさせ、舞台上の書生を追いかける。

席を立った書生は、おみつにつかまり備品室に連れ込まれる。

あんたあぶないのよ、私が良い所を見つけてやるから、逃げるのよと忠告するおみつだったが、彼女が部屋から出て行くと、一人残された書生に、奥から「おい、松戸!」と呼びかける声。

暗闇から姿を現したのは、先ほど舞台で歌っていた活動家らしき書生だった。

松戸三郎と呼ばれた書生は、その相手を良く知っている様子で、二人は近況を話し合う。

その後、わざと扉を開けた松戸は、関川巡査を呼ぶと、君が追っているのは松戸三郎と言う男だろう?と聞く。

奥に立っていた書生を見つけ関川巡査は驚くが、この男なら心配ないし、その松戸三郎と言う男も自分が良く知っているから、見たら知らせると殿様が言うので、すっかり信用して立ち去ってしまう。

舞台では、関川巡査が楽しみにしていた小田原芸者の手踊りが始まっていたからだ。

改めて、書生と松戸は話し込む。

書生は、この前も集会は妨害されたし、自分たちの結社は解散したが、今も一部特権階級だけに利益が集まる社会にしかなっていない。自分たちが押し進めている自由民権運動は達成せねばならんとぶちまける。

しかし、そこへ又、関川巡査が迎えに来たので、書生は姿をくらませるのだった。

翌日、関川巡査は、後藤巡査から問題の男は三島宿からこちらに向かったそうだと聞かされていたが、その男を知っていると言う人がいるので心配ないと答えていた。

書生を囲み会社設立の話を具体化していた越後屋たちは、井上に必要な書類を持って、先に東京に帰ってもらおうと相談していた。

そこにおみつが電信を運んで来て、江本逓信大臣がこちらに来ると言う事が分かる。

越後屋が、一昨日、平喜一郎様が見つかった事を知らせておいたのだとみんなに自慢する。

その知らせを聞いた書生は慌てるどころか、来ますか。それはボクにとっても好都合ですと喜ぶ。

しかし、その対応を見ていたおみつは肝をつぶし、北原らに知らせに行く。

北原らも、状況の変化を察し、ここらでちょんとしよう、あの書生を逃がそうと、芝居の幕引きを言い出す。

そんな事はつゆ知らないおくまは、今夜の園遊会で、お前と殿様の婚約発表でも出来たら良いねえと妙子に話しかけ、この間は殿様とどんな話をしたんだい?と聞く。

妙子は、おとぎ話の話をしましたわと煙に巻く。

おくまは、今度から、もっとお殿様の気に入られるように、おタバコを持たれたら、火をおつけして差し上げ、背中に回って肩でも揉んで差し上げるのですと指示するのだった。

書生を部屋に呼んだ北原は、金包みを手渡しながら、そろそろ逃げてくれと相談していた。

ところが書生は、もっとここにいたいと言い出す。

何を言い出す!お前、詐欺で捕まるぞと北原が怒ると、ボクは自分から平喜一郎と名乗った事はないので、詐欺にはならないと書生は言う。

こいつ、俺たちを強請るつもりかと気色ばむ北原に、僕は何もあなたたちに要求などしていないと受け流す書生。

北原は、こいつはとんだ悪党だった。お前の名前は何と言うと聞くと、書生は微笑みながら、平喜一郎ですと答えるのみ。

呆れた北原は、こうなったら、越後屋にすべてを打ち明けて、警察に突き出すしかないなと覚悟する。

やがて、書生を囲んでいた越後屋家族の前にやって来た北原は、その男は殿様ではないとばらす。

最初は、からかられていると思っていた越後屋も、だんだん不安になって来て、書生に偽物なのかと問いただす。

すると、書生は、ボクは最初から卑しい私のようなものと言いましたし、あなた方家族はボクのためなら何でもすると約束してくれた。会社の事も、名声や人格がなくても構わないとおっしゃったではないですか。その事はここにいる妙子さんも聞いておられたはずと言い、妙子もその通りですと答える。

これには反論する事も出来ず、頭を抱えてしまった越後屋に、北原らは、元はと言えば、あなたの欲張り根性がこんな大掛かりな事に…と責める。

思わず、おくまは悪態をつき始める。

それを窓から覗き込んでいたおみつは苦笑していた。

山勝は、牛久保男爵が逃げ出したと知り、里野に出て行けと叱りつけていた。

社交室では、書生がにこやかにまだ説明を続けていた。

あなた方は、私が平喜一郎ではない事を証明できないはずだ。それが出来るのは江本逓信大臣だけだと。

煙草をくわえた書生に、妙子が立ち上がって火をつけてやる。

さらに、書生の背後に回ると、肩をおもみしましょうと言いだしたので、それを見たおくまはそんな男に何をすると怒るが、お母様はこうしろとおっしゃったではないですかと妙子は平然としている。

頭を抱えた越後屋は、居座り続ける書生に対し、千円でも二千円でも出すから、姿を消してくれと平身低頭して頼み込む。

それでも動こうとしない書生に対し、一体何が欲しいんだと聞く越後屋に、もし私が、お嬢さんを欲しいと言ったら?と答える書生に、とうとう逆上したおくまは、大阪弁丸出しで怒鳴りつけるのだった。

そんな様子を見ていたおみつは、そっと姿を消す。

その頃、里野は、夫の山勝に三つ指付いて詫びていた。

越後屋らは、秘書の池田に事情を打ち明けて謝っていたが、そこへ大臣到着の知らせが入る。

互いにぼーっとしながら、廊下でばったり出会ったおくまと里野は、一瞬相手を見合うと、急に「奥様!」と呼び合い、手を取り合うのだった。

山勝の部屋では、良家のしこりが溶けた妙子と綾子らが打ち解け合っていた。

その後、書生の元に一人訪れた妙子は、裏木戸を抜けるとすぐに裏山になりますよと教え、私はあなた様のおとぎ話が、やっと分かったような気がしますと打ち明ける。

その後、今度は、一人になった書生の部屋におみつが入って来て、あんたはあの娘と結婚して、越後屋から学資でも出してもらおうと思っているんだろうけど、これをあげるから諦めて逃げなさいと「牛尾みつ」と書かれた通帳を投げ出すと、早く着替えてと、ベランダの方に連れ出そうとする。

その直後、越後屋に案内され部屋にやって来た江本逓信大臣は、そこに誰もいないので怪訝そうにする。

一方、付いて来た越後屋や北原たちは、やっぱり土壇場になって逃げたかと喜ぶ。

しかし、その時「ボクは逃げやしませんよ」と声が聞こえて来る。

ベランダでは、その声を発した書生を連れ出そうとしていたおみつが凍り付いていた。

やがて、ベランダから、着物姿になった書生が現れる。

その姿をまじまじと見ていた江本逓信大臣は、喜一郎さん!と呼ぶ。

これには、その場にいた全員、そして外で隠れていたおみつは愕然とする。

ただ一人、妙子だけは静かに喜一郎の方を見つめていた。

喜一郎は、持爵の事でこちらに来たのですが、一足違いで大臣と行き違いになってしまった。

その後、この人たちから、平喜一郎になってくれないかと頼まれたので、面白くなって自分で自分を演じていたが、この人たちからはいろいろ学びましたと打ち明ける。

それを聞いていた越後屋は、命が縮まる思いですと床の頭をすりつける。

おみつは、そっとベランダから逃げ出していた。

その夜、山泉楼の仕掛け花火を始め、園遊会が催される。

大臣と話していた喜一郎は、持爵はお飾りでしかなく、悪人たちに利用されるだけなので、ご辞退したいと告げる。

さらに、新政府の会員になる事もないとも。

これからあなたはどうされるのかと聞く大臣に、一下民として国会に打って出るつもりだと言う。

しかし、それを聞いていた江本大臣は、国家が国民の声を聞くまでには、まだまだ時間がかかります。あなた、その間、外国へ行かれてはどうかと勧める。

各国の政治を勉強して来なさいと。

その後、妙子と出会った喜一郎は、今回自分は、本名を名乗っても、何も支障がない事が分かったと言うと、人間は本当に言おうとするものを止める事ができますかと妙子は答える。

それはいつか庭で喜一郎が言った台詞だった。

喜一郎はそんな妙子に、ちょっと目をつぶって下さいと言い、妙子も笑顔で従う。

やがて、目を開けた妙子は、喜一郎の姿が消えたのを知り、あちこち探しているうちに、楽団に混じり、愉快そうにラッパを吹いている喜一郎を見つけて笑うのだった。

社交室の外の廊下で、一人おみつは悩んでいたが、そこに、お殿様がお召し物を持って来いと言っておられると、別の女中が知らせに来る。

かしこまって着物を持って喜一郎の前に出向いたおみつに、喜一郎は着替えを手伝ってくれと頼む。

着物を着せられながら、喜一郎は、おみつさん、喜一郎、一生忘れないよとささやきかける。

おみつは恐縮し、何も知らなかったものですから、ご無礼な事ばかり…と頭を下げる。

そんなおみつに、ボクはあなたの生地の心を感じて、涙が出るほどうれしかった。肉親の情愛でなでてもらっているような気持ちだったと言いながら、預かっていた通帳を返し、気持ちだけもらっておくよと言い、お別れに、わらじを一足恵んでくれないかと言う。

そのわらじを履いた喜一郎は、馬車の前で直立不動の姿勢だった関川巡査の肩を気安げに叩くと、「松戸三郎と言うのはボクさ。でも命令したこの江本逓信大臣に召し捕られて行くのだから勘弁してくれと話しかけると、その大臣の横に座って、馬車が出発する。

越後屋を始め、逗留客や宿の人間たちが全員見送る中、喜一郎は、笑顔で見送る妙子の姿はすぐ発見するが、おみつの姿は最後まで見えなかった。

楽団が奏でる「蛍の光」の演奏の中、馬車は遠ざかって行く。

その様子を、二階の窓越しにそっと見送り、ガラスに顔を押し付けるおみつの姿があった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

第1回毎日映画コンクール(日本映画大賞)と大衆賞受賞作であり、1946年度キネマ旬報ベストテン3位と言う、当時としては名実共に評価が高かったらしき作品。

「らしき」と書いたのは、今ではほとんど忘れられている作品だからでもある。

戦後間もない頃の世評を風刺し、教訓を含んだ内容ながら、さすがに、そのテーマ性は今では古びたと言うしかない。

今でも確かに、ここに描かれているような愚かしい人間、俗物の類いはたくさんいると思う。

しかし、そう言う人間たちは、こう言う映画を観て悔い改めたり、感動するような単純な人種ではなくなったように思う。

こう言うのんびりとしたユーモアドラマに感動していた時代が、今となっては平和に思えるくらい。

内容としては、水戸黄門のアレンジ版のようなもので、観客はすぐに仕掛けに気づく。

それは、長谷川一夫演ずる書生の鷹揚な態度を見ていれば、すぐに分かる事。

お殿様を演じている事に、少しの危なっかしさもない奇妙さに気づかない、北原らの方が不自然なのである。

だから、観客は、事書生の芝居に関しては、何のハラハラ感も抱かないまま、後半のオチを待つ事になる。

ただしこれは、あれこれ仕掛けのある話を見慣れた現代人の感覚かもしれない。

当時としては、観客も、書生の正体に気づかずに最後まで観ていたと言う可能性もないではない。

だとすると、この話は、当時としては「どんでん返しの痛快さ」がある傑作と解釈されたのかもしれない。

だが、この話に全くハラハラ感がないと言う事ではない。

それは、妙子とおみつと言う全くキャラクターが異なった二人のヒロインが登場しているからである。

当然、観客は、お殿様が最後に「どちらを選ぶのか?」と言う展開に興味を抱く事になる。

これが、なかなか期待感を煽るのだが、考えてみると、どちらを選んでも「観客は釈然としないに違いない」はず。

とは言っても、このラスト、劇中の台詞に登場する「おとぎ話(メルヘン)的」終わり方にしては、若干、臭く、湿っぽいのが気にかかる。

当時としては、こう言う「古くさい泣かせ」で終わるのが「大衆受けする」と言う解釈だったのかもしれないが…。

おくまを演じる飯田蝶子と、里野を演じている吉川満子の「俗物女」同士の「下品合戦」には、今でも苦笑させられる。

冒頭とラストに登場する、額縁の絵と実景のオーバーラップを担当しているのが、円谷英二(この作品では英一)の仕事だろう。