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妻は告白する

1961年、大映東京、円山雅也「遭難・ある夫婦の場合」原作、井手雅人脚本、増村保造監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

新聞記者のカメラが、一斉に、裁判所に到着したタクシーに向けられる。

タクシーから杉山弁護士(根上淳)にかばわれながら降り立ったのは、今世間で話題の被告人滝川彩子(若尾文子)であった。

彩子が杉山に連れて来られた控え室で待っていたのは、彩子の恋人と噂されている幸田修(川口浩)と、その婚約者宗方理恵(馬淵晴子)だった。

その控え室に、無遠慮になだれ込んで来た記者たちを、ぶ然とした表情で追い出す幸田。

杉山弁護士は、これから立つ法廷に付いて彩子に説明し、力付けるのだった。

タイトル

証言台に立った彩子は、名前と28才と言う年齢を述べる。

葛西検事(高松英郎)は、その彩子に対し、夫滝川亮吉(小沢栄太郎)と幸田修の三人で山登りをした際、先頭を登っていた亮吉が足を滑らせ岩肌から落下、ザイルで繋がれていた被告もそれに引っ張られて落下、幸田一人で、空中に吊り下がった二人の体を支える状態になったが、その時、真ん中にいた被告が、自らのザイルを切り、下にいた夫亮吉を落下させたのはどう言う心理によるものかと尋ねる。

彩子は、ただただあの時は、苦しく夢中だったと答える。

幸田修との関係に付いて聞かれると、親しく付き合ってもらっていると返す。

続いて杉山弁護士が立ち、今回のケースは緊急避難に当るとの意見を述べる。

傍聴席で聞いていた記者が、隣の記者に「緊急避難」の意味を尋ねると、それは「自分自身に生命の危機が迫っている時、その原因を排除した結果、人を傷つけたとしても許される」と言う意味だと教える。

いわゆる「カルネアデスの板」状態だったと、杉山は弁護するのであった。

続いて証言台に立った幸田修も、25才であると年齢を答える。

製薬会社に勤務する彼は、東都大薬学部の教授である滝川亮吉には仕事上付き合いがあり、開発研究費を渡しに毎月一回行ったりして、数回滝川宅にも訪れてた事を認める。

亮吉から誘われ、山にも5回ほど一緒に登った事があるとも証言する。

事件前後の経過は、7月12日に出発し、13日に松本着、横尾山荘に一泊、14日横尾根から移動、15日8時過ぎ出発、9時頃大テラスのCフェイス、10時過ぎBフェイスに登攀、11時頃、そのBフェイスの上あたりで、滝川夫妻が一緒に滑落したと説明する。

岩にへばりついていた自分の位置からは、下の二人の様子は全く見えず、突然、人が落ちた気配がしたので、急いでザイルを引き上げると、彩子だけが繋がっていたと言うのだ。

続いて証言台に立った地元の山案内人(此木透)によると、通常、落下した死体は無惨な状態になっているものが多く、とても遺族に見せられるものではないのだが、彩子は不思議と遺体を見たがり、見ても、泣きもしなかったのを不思議に思ったと証言する。

続いて証言台に立った警察官(酒井三郎)は、どんなに苦しくとも、夫と一緒に耐えるのが妻と言うものではないだろうかと、まず不信感を感じ、彩子の身辺を調査した所、夫が死んだ場合、500万円の生命保険金を受取る事になっていた事が判明、保険金目当ての殺人と断定して、彩子を逮捕したと経緯を述べる。

それを聞いていた杉山弁護士は、ザイルを切ったのが他人だったら、疑問を感じなかったのかと疑問を口にする。

裁判の後、幸田修と一緒に馴染みの魚料理屋にやって来た宗方理恵は、帳場にいた女将(新宮信子)に、支払いは父親への付けにしておいてくれと頼む。

その女将から結婚はいつと聞かれても、「さあ?」と生返事をする理恵に、女将は呆れたように、最近の若い人はのんきで良いですねと嫌味を返す。

座敷で飲んでいた幸田に、理恵は、何だか検事が言っている方が正しいように思う。女には女の気持ちが分かる。あの人はあなたの事が好きなのよと感じたままを打ち明け、これでも私たちは婚約しているって言えるの?と幸田に迫るのだった。

あの人は自分よりもきれいだし…と、ちょっぴり女特有の嫉妬心も吐露する理恵に、幸田は無言を守るしかなかった。

翌日出社した製薬会社では、総務部長(谷謙一)に挨拶をして戻って来た幸田に、出迎えた同僚たち(飛田喜佐夫、森矢雄二、中田勉)が口々に、得意先の重役の娘と婚約している彼の事を、出世の有望株だと冷やかす。

そんな幸田に面会人が来ているとの連絡があり、トイレの前まで出てみると、そこで待っていたのは彩子だった。

取りあえず、外の喫茶店に連れ出した幸田だったが、廻りの客たちは、彩子の顔を「保釈中の容疑者」として週刊誌などで知っているらしく、しきりと好奇の眼差しで不躾にも近づいて来るので、仕方なく幸田は、彩子を自宅アパートへ連れて行く事にする。

幸田が入れた安コーヒーを、巧そうに飲み干した彩子に、幸田は改めて、本当に奥さんは、悪い事をしていないんでしょうね?と疑問を口にする。

そこへ、いきなり訪ねて来たのが、杉山弁護士と宗方理恵だった。

杉山は、2人っきりで会ったりしてた事が世間に知れたら、心象が悪くなりまずいじゃないですかと、困った顔をして幸田を廊下に呼出すと、本当に君は、奥さんとは情事関係などなかったんだろうねと質問する。

幸田はきっぱり、そうした関係はなかったと口にする。

その間、部屋の入口に立っていた理恵は、憎々しげに、部屋の中にいる彩子の顔を睨み付けていた。

彩子の方は、杉山弁護士が送って行くからと誘われたので、理恵に頭を下げて部屋を後にするが、杉山弁護士は理恵に向って、明日の証言はよろしく頼むと言葉を添えるのだった。

理恵は、幸田が彩子に対して愛情を抱いているのではないかと言う猜疑心が消えなかった。

次の公判。

彩子は、滝川亮吉と結婚したいきさつを説明していた。

彩子は5年前の大学生時代、当時助教授だった亮吉の手伝いをして生計を支えていた。

それでも生活は苦しく、満足な食事も取れない生活が続いていた。

その日も、コッペパンをかじりながら、亮吉の研究の清書などして研究所に独り残っていた彩子だったが、そこに、ランニングから帰って来た亮吉が、彩子の目の前であるにもかかわらず上半身裸になり、汗を吹きながら、帰宅を許された彩子が落としてしまったコッペパンを見つけると、こんなものを喰っているのかと言いざま、突如彼女に抱きついて来て、結婚しようと言い出したと言うのである。

すると、生活のために結婚したのだねと、葛西検事が突っ込む。

彩子は、確かに結婚の動機はそうだったかも知れないが、着慣れぬ着物を着るようになったり、一緒に山にも登ってみたりして、年の離れた夫を理解しよう、何とか滝川を愛そうと努力はしたと反論する。

(回想)又、山登りの準備をしている滝川に対し、子供が出来た事を告白した彩子は、子供のためにも、もう山登りは危険だから止めてくれと頼むが、山は俺の命だと言い返しながら、4万そこそこの今の給料じゃ、とても子供など育てられないから、堕ろせと滝川は命ずる。

それを聞いた彩子は、子供も生めないなんて、自分は態の良い女中なのか!と怒り出すのだった。

(現在の法廷)彩子は、夫は私を利用しただけなんですと答えたのを聞いた葛西検事は、結婚は間違っていたと言うんだねと念を押す。

(回想)離婚を切り出した彩子だったが、亮吉は簡単に拒否する。

裁判所に訴えると彩子が言い出すと、亮吉は平然と、嫌いになったから別れられるほど結婚は簡単じゃない。自分は病気でも何でもないのだから、別れる理由がないはずだ。一生別れてやるものかと嫌味を言いながら、無理矢理彩子に抱きつこうとするのだった。

明日から、女中が来るから楽になるはずだとも言い添えながら…

(現在の法廷)葛西検事は、その頃、幸田修が出入りするようになったんだね?と念を押す。

(回想)自宅に来た幸田は、彩子の頼みを聞いて、棚を作ってやっていた。

仕事が終わると、彩子は礼を言いながら、その工具の後始末を、女中としてやって来るようになった宮内恵子、通称お恵(村田扶実子)に任せる。

お恵は、ふて腐れたように後片付けをしながら、一緒に昼間からウィスキーを飲みはじめた、彩子と幸田の様子を興味深々うかがっていた。

(現在の法廷)次に証言台に立ったのは、登山用品店主で滝川亮吉の親友だった浦田宏(小山内淳)だった。

葛西検事から、事件を聞いた時の感想を聞かれた彼は、即座に「やったな!と思った」と答える。

どう言う事なのかと葛西検事が尋ねると、去年の10月頃、銀座のバーで、亮吉が「女房に好きな男が出来たらしい」と嬉しそうに話出したと言うのだ。

親子ほども年の違う女房だがいつまでも俺の女房にしておく。別れてやるもんかと、酔った亮吉は愉快そうに話したのだと言う。

奥さんが憎いのかと浦田が聞くと、本当は可愛いのだと答えながら、亮吉はトイレに立ったのだと答える。

続いて、女中だった宮内恵子が証言台に立つ。

自分は、先生から頼まれて、いつも奥さんと幸田の事を監視していたのだが、一度、二人が抱き合っている所を見たと証言する。

幸田修は、再び証言席に立ち、抱いたのはその時だけだと、その時の状況を説明する。

(回想)いつも通り、彩子のために、睡眠薬と栄養剤を持参して自宅を訪れた幸田に、彩子は、あなた、滝川に生命保険を勧めたでしょうと尋ねる。

(さらに回想)大学の研究室を訪れた幸田は、いつもの通り3万円の研究費を亮吉に渡し、この際、奥さんのために、100万円くらいの生命保険に入ったらどうかと勧める。

しかし、それを聞いた亮吉は、君は最近、随分、家の女房に親切じゃないかと不審そうな眼差しで幸田を見ると、毎月5〜6000円も支出する余裕はないときっぱり断わる。

(現在の法廷)それを聞いた杉山弁護士は、最初100万円と言っていた生命保険が500万になったのは誰が決めたんだと質問する。

幸田は、先生が決めたと奥さんが言っていたと返事する。

(回想)彩子は幸田に、「嫌がらせよ。あの人、私が憎いんだわ」と言い、言葉を続ける。「夕べの事よ…」

(さらに回想)酔って帰宅した亮吉は、500万円の生命保険に入った証書を彩子に見せながら、お前は幸田が好きなんだろうと絡んで来る。

毎月1万8000円、3万円の月給の半分を、今後15年間払い続ける事になる…と言いながら、亮吉は小さなガラス瓶に入った白い粉を彩子に示し、何故、青酸カリなどお前は持っているんだと聞いて来る。

学生時代、自殺を考えた事があったので、あなたの研究室から盗んで来たものだが、今はもう一度あなたと生きて行こうと思ったのと彩子は告白する。

しかし、亮吉のために彩子が持って来た水を、亮吉はこんなものが飲めるか!と叫んで、彩子の顔に浴びせかけると、空になったコップを持って、お恵の名前を呼ぶのだった。

(回想)話を聞いた幸田は彩子に同情する。

彩子は、私一人ぽっちよ、さみしかったの…と言いながら、幸田にしなだれかかる。

その時の様子を、部屋の外から、お恵がこっそり覗いていたのだった。

(現在の法廷)証言台に立ったのは、幸田の婚約者宗方理恵だった。

幸田とは、昨年10月に婚約したと証言する。

幸田は、申し分ない良い方です。と答えた理恵は、幸田は滝川彩子に好意を持っていたと思うかと言う杉山弁護士の問いに、いいえ、同情はしていたでしょうけど…と答えるのみだった。

証言を終え、法廷から出て、自分の車に乗り込む理恵を負って来た幸田は、助手席に乗り込んで、先ほどの証言の礼を言う。

しかし、理恵は、あなたのために証言したのではなく、あれは私のためだったのと答える。

私自身が可哀想だった、私より、奥さんの方が好きだったなんて言うのは…と続けた理恵は、幸田に降りてくれと言い、当分、あなたとは会わないと告げたきり、さっさと車を運転して去ってしまう。

傍聴を終わった記者たちは、どう言う判決が出るか、賭けようか?などと呑気な会話をしている。

会社にいた幸田の元に、その彩子から電話が入り、夕べから熱を出し寝込んでいるので、看病に来てくれないかと言う。

医者を呼ぶ金もないのだと言う彩子に同情した幸田は、部長の所に見舞金の交渉に出かけるが、部長は、そんな事する必要はないだろうと突っぱねる。

結局、月給の前借りをし、それを見舞金として持って行くが、彩子は、それが嘘である事を見破る。

彩子は、あなたには保険金の時から迷惑のかけっぱなし…としおらしく呟きながらも、あなただけは私を見捨てないで…と甘えてみせる。

そんな彩子に対し、幸田は一つだけ聞きたいのだが、本当にあなたは、あの時、苦しかったから、ザイルを切ったのか?と質問してみる。

その質問を聞いた彩子は、まだ自分を疑っているのかとショックを受けたようだった。

幸田はそそくさと帰りかけるが、玄関口で靴を履きかけていた時、水をコップに入れる音が聞こえて来たので、はっとして寝室に駆け込むと、はたして彩子は青酸カリを飲もうとしていたので、どうしてこんな事をするのかと叱りながら夢中で止めさせる。

彩子は、私はあなたを愛しているの。そのあなたに疑られては生きて行く勇気がない。この頃毎晩、あなたと一緒にいる夢を見るのと切々と訴える。

その告白に幸田はたじろぐが、結局、奥さんを信じますと返事をし、感極まった彩子と抱擁する事になる。

次の法廷では、山の専門家を迎え、もう一度、事件の状況を再確認する。

ザイルが切れた際、幸田は一人で二人の体を支えてるのが精一杯、亮吉は補助縄を持っていなかった。

亮吉が助かるには、振り子の要領で岩肌にしがみつくしか方法はなかったはず。

登山家には、自らザイルを切ってはいけないと言う暗黙のルールがある事。

女性の場合、ザイルが乳房に引っ掛かり、男性以上に苦痛を強いられ、20分くらいで失神し、1時間もすれば死亡していた可能性があるので、ザイルを切っても仕方ないと思われる事。

葛西検事は、執拗に彩子に食い下がり、ザイルを切った時の心理の説明を求めるが、彩子はただただ、夢中だったので良く覚えていないと曖昧な返事を繰り返すのみだった。

葛西検事は、どんなに苦しくても、たとえ失神しても、夫と共に我慢するのが妻と言うものではないのか?と、夫婦の理想論を出し、懲役2年を求刑する。

一方、杉山弁護士は、死なば諸共と言う発想は美談に過ぎない。被告に罪はなく、無罪であると主張、最後に何か、亡くなった御主人に言う事はないかと裁判長から尋ねられた彩子は、あの人は山を愛していた。山で信で本望でしょうと答える。

さらに、自由の身になったらどうするか問いに対しては、今度こそ幸福な結婚をしたい…と洩らし、それを聞いていた杉山弁護士は顔をしかめる。

控え室に戻って来た杉山は、まずい事を言ったね、心象が悪くなると彩子に告げ、そそくさと帰ってしまう。

彩子は幸田に向い、判決の日まで私を愛してくれる?せめて、その間だけは幸せでいたいのと訴え、それを承知した幸田は、判決前日、会社に休暇願いを出す。

その後二人は、海でボートに乗り、遊園地で遊んだ後、ホテルに向う。

彩子は、自分がうんと小さい頃、いつかはきっと素敵な人と出会い、その人と海や遊園地に行った後、ホテルに行くのが夢だった。今はまるでその夢のようだ…と幸田に打ち明け泣き出す。

幸田は、彩子に結婚してくれと言い出すが、すると彩子は急に笑い出し、あなたには理恵さんがいるじゃないとすねてみせる。

私があなたと結婚すれば、世間では、夫を殺して結婚した恥知らずな女と言う事になるでしょう。

もし私が有罪になったら…?と言う彩子に対し、幸田は、待ってますよ、刑務所を出て来るまで…と答える。

判決の日、彩子に下された判決は『無罪』だった。

記者たちのインタビューに、杉山弁護士は「緊急避難の新しい判例が出ただけ」と冷静に答える。

彩子と幸田は手に手を取って、仲睦まじく裁判所を後にする。

彩子は「一生こうして歩けるの?」と嬉しそうに問いかけると、幸田は「そうですよ」と答えるのだった。

彩子は、晴れやかな顔で、「良い天気だわ」と空を見上げる。

しかし、会社での幸田に対する反応は冷たかった。

部長は、奥さんと結婚するなんて、そんなに抱き心地が良かったのか?とか、保険金目当てか?などと、露骨に嫌味を言って来るし、同僚たちも冷やかすだけ。

そんな幸田に電話が入り、出てみると彩子からで、今日、千代田アパートと言う所に引っ越したので、引っ越し祝をしたいと言う内容であった。

戸惑いながらも、その夜出向いた幸田は、保険金を使って購入したと言う高級マンションで、結婚するまでエレガントな暮らしができるとウキウキとしている彩子の様子を垣間見る事になる。

幸田は正直に、自分には贅沢すぎる。保険金には手をつけたくない。幸せなら、僕のアパートで暮しても良いはずだと申し出る。

その幸田の言葉に驚きながらも、彩子は葡萄酒を勧めようとするが、奥さんは無神経だと言う幸田には、あなたは臆病!愛しているのなら喜んでくれるはずと詰め寄って来る。

しかし、幸田は、自分の判断が間違っていた事を悟り、別れを切り出し、葡萄酒のビンを投げ捨てる。

その際、彩子は、割れたビンのかけらを受け、右手の甲を傷つけてしまう。

その傷の手当てを幸田から受けながら、彩子は素直に謝る。

あの時も、この手と同じように流していたあなたの血が苦しかったと吐露する。

崖で滑落した二人を支えようと、必死でザイルを握りしめていた幸田の手のひらから流れ落ちた血が、下にいた彩子にかかり、それに気付いた彼女は、愛するものが流す血を見て耐えられなかったのだ。

しかも、下にいた夫は、上で支えているあなたの事など眼中になく、ただただ自分が助かりたい一心で、振り子のように体を揺さぶり、必死に崖にすがりつこうとしているだけ。

そのエゴイスティックな姿を見ているのがとてもつらく、その時自分が本当に愛しているのはあなたなのだと言う事に気付いたと言うのだ。

しかし、その告白を聞いた幸田は、やはりあなたは御主人を殺したんですねと立ち上がり、何故、それを今まで黙っていたのですと詰め寄る。

彩子は、あなたに見捨てられると思ったからよ!と答え、幸田は、あなたは私をだました!と怒りも露に部屋を出て行こうとする。

彩子は必死にそれを止め、帰らないで!私を独りにしないで!と訴えるが、幸田はもうだまされないと言い残して出て行く。

ある雨の日、独り部屋にいた理恵の電話が鳴り、今夜大阪に発つので、その前に会社で会いたいと言う幸田からの連絡がある。

すでに、婚約解消したはずと理恵が答えると、滝川の奥さんの事で話があるのだと言う。

急に、幸田が、大阪出張への転勤を願い出た事に、同僚たちは戸惑いを隠せないでいた。

これで、出世からは遠のいてしまったからだ。

そんな幸田に、又、面会人が来ていると給仕(山中和子)が言って来る。

断わってくれと言っても、ダメなんですと入口の方を見るので、幸田が目をやると、そこには、雨に濡れ、魂を失ったかのように異様な姿の彩子が立っていた。

幸田はぶ然としつつも、社員たちの好奇の眼差しに耐えきれず、別室に連れ込む。

彩子は、何度電話しても出てくれないし、私はこんなに痩せてしまったと、腕時計も指輪もゆるくなった指を差し出してみせる。

これからは何でもあなたの言う通りにする。マンションも売って、保険金は元通り取り戻したし、私はあなたのために何もかも犠牲にして来たが、もう結婚してくれなんて言わないから、捨てないでくれ!とすがりついて来る。

半月か一ヶ月に一度、それがダメなら、一年か二年に一度でも良いから会ってくれるだけで良いのだと訴えかける彩子。

しかし、幸田は、あなたは人を殺した人だ。人を殺す人に、人を愛する事なんてできるんでしょうか?と疑問を口にし、部屋を出て行く。

呆然となった彩子は、独り、階段を降りて行く。

一階のエレベーター前が見えて来た時、そこに理恵の姿を見つけた彩子は姿を隠し、元の階のトイレの中に入ると、鏡を見つめ、「やっぱり、人殺しの顔だわ…」と呟いて、コップの横に、持って来た青酸カリのビンを置く。

幸田は、会いに来てくれた理恵に、みんなあなたの言う通りだった…と、自らの不明を詫びる。

理恵は、あなたは奥さんを愛していたの?と問いかけ、愛していたと幸田が答えると、嘘よ!あなたは誰も愛してはいなかった。奥さんだけです。本当に人を愛していたのは!と突っぱねる。

愛のため人を殺すなんて、私には勇気がなくて出来ないけど、偉いわ、奥さん。

何故、そんな奥さんを抱きとめてあげなかったの?と理恵は言い放つ。

その時、医務室の医者を呼出す緊急放送が聞こえて来る。

何事かと廊下に出てみた幸田は、誰かがトイレで自殺したらしいとの声。

担架に乗せられ運ばれて来たのは、先ほど帰ったはずの彩子だった。

皆が一斉に幸田の顔を見、部長は「言わないこっちゃない」とぶ然とする。

死体の検分のため警察に行った幸田に、刑事が、幸田宛の手紙を持っていたと渡す。

そこには、500万の保険金の小切手と、「これを使って、理恵さんと結婚して下さい」と書かれた、彩子の遺書が入っていた。

参考人としてしばらく残っていてくれと言われた幸田は、一緒に来て、廊下で待っていた理恵に会いに行くが、その理恵は、奥さんを殺したのはあなたよ!さよなら、もう、お目にかからないから…と言い残し、独り帰って行くのだった。

彩子の遺体は安置所に入れられ、カーテンを締められると、黒いシルエットになる。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

増村保造監督、若尾文子コンビによる愛の物語で、昭和36年芸術祭参加作品。

法廷中心の、一見「山岳ミステリ」か「法廷ミステリ」のように見えるが、ミステリ色は薄い。

ひたすら、若尾文子演ずる、不幸な結婚をした女の心理にスポットが当てられており、犯行動機の背後に潜むひた向きな愛が浮き彫りになって行く様が描かれて行く。

法律上は「緊急避難」が成立し、無罪になるが、被告人の本当の苦しみはその判決が出た所から、又始まる。

自らの愛を告白した瞬間、その愛は崩壊し、実質上、死刑判決が下ったのと同じ状態になる皮肉。

夫殺しとの好奇の目に晒される中も、必死に、その愛を貫こうとする女の執念が凄まじい。

苦しんだり、甘えたり、絶望したり、様々に変化するヒロイン像を演じる若尾文子の演技力を見る映画である。

基本的に心理劇なので、けれん味などはほとんどなく、地味そのものと言った展開だが、大人のドラマと言うべきであろう。