1975年、松竹、松本清張原作、星川清司脚本、貞永方久脚本+監督作品。
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1939年、ドイツ、ポーランド侵攻
1941年12月、真珠湾攻撃
1942年6月、ミッドウェイ海戦…
1944(昭和19)年5月 ヨーロッパで和平交渉中だった外交官野上顕一郎が死んだ。
生前、野上が日本にいる妻に宛てた手紙には、幼い娘久美子の成長を楽しみにしていると言う内容が書かれていた。
昭和36年、インターンになっていた野上久美子(島田陽子)は、恋人の新聞記者添田彰一(竹脇無我)と共に、奈良に旅行に行く事にした。
忙しい添田は遅れて向うので、明石と言う旅館で合流する約束をする。
タイトル
奈良に先乗りした久美子は、唐招提寺を訪れた時、拝観者芳名帳に記帳した際、亡き父親の筆跡にそっくりな「田上孝一」と書かれた文字を発見する。
それは、中国の古人・米帯の書に習った筆跡で、特長のあるものだったのである。
旅館「明石」で、その「田上孝一」と言う名前を習字してみていた久美子の元に、添田がやって来て興味を示す。
久美子は、筆跡の類似だけではなく、「田上」「野上」の音の類似に付いてもおかしいと述べる。
添田は、久美子の推理を面白がるが、戦時中亡くなり、その後遺骨まで届いたと言う父親が今生きているはずもなく、気のせいだよと笑う。
しかし、翌日、久美子の気持ちを納得させるため、添田は、自分も一緒に、昨日久美子が歩いた寺に行ってみる。
ところが、昨日、久美子が観た拝観者芳名帳に「田上孝一」の名前は見当たらなかった。
添田が良く調べてみると、一枚、紙が破り取られているのだ。
橘寺には記帳がなかったと言うので、 念のため、日毫寺に調べに言った所、やはり、拝観者芳名帳の一枚が破り取られている事が分かる。
何者かが自分が書いた名前を消すために、やったとしか思えなかった。
久美子は、自分の母親の名前が「孝子」で、消えた名前が「田上孝一」である類似点も指摘する。
偽名を使う時は、人は得てして、身近な人の名前をヒントにするものだと言うのである。
鎌倉の自宅に帰って来た久美子は、茶道教室を開いている母親孝子(乙羽信子)に、父がもし生きていたらどうするかと尋ねるが、孝子は、添田が久実子との式を何時にするか言って来たと伝える方が大事だった。
そんな孝子は、最近、無言電話が数回かかって来た事があると久実子に話す。
その頃、新聞社に戻った添田は、外務省でかつて、久実子の父、野上顕一郎と親交があった人物の名前をリストアップしていた。
公園で、久実子と出会った添田は、それらの名前を見せ、心当たりがないかと聞く。
久実子は、どうして急に、添田が父親の事を調べはじめたのか不思議に思っていた。
寺島と言う人物は交通事故で亡くなった。
角田と言う人物は、父親の死を看取ったそうだけど、その後行方不明。
伊藤忠介と言う人物は良く知らない…と久実子は答える。
村尾芳正と言う人物は、現在外務省欧亜局課長をやっており、滝良精と言う人物は、添田が勤める新聞社の顧問をしているのだと添田が言い添える。
帰宅後、母親に、父親の旧友の事に付いて尋ねた久実子だったが、孝子は、死んだ人の事よりも、もっと身近な人の事を考えなさいと注意する。
ある日、外務省で伊藤忠介(藤岡琢也)と名簿の確認をしていた村尾芳正(岡田英次)は、添田から面会を求められる。
伊藤が黙って立ち去った後、添田から野上顕一郎の戦時中の仕事について尋ねられた村尾は、終戦処理をしていたと答える。
角田について聞かれると、当時、書記正だったと言う。
伊東の所在を聞かれた村尾は、知らないと答え、当時の人のその後を聞いて何になるのかと逆に問いかける。
その後、添田は園遊会に出席していた滝(山形勲)に会いに行くが、そこにも、伊藤が姿を現していたが、添田は伊藤の顔を知るはずもなかった。
添田を追い返した後、滝は伊藤に、添田の事は自分が編集長に掛け合って止めさせると伝える。
その数日後、大学病院で眼底検査を行っていた久美子に、電話があったと言う。
その後、改めてかかって来た電話に出た久美子は、聞き覚えのない声で「お父さんから連絡あったか?」と意味不明の言葉を一方的に言われ、電話はすぐに切れてしまう。
電話をかけて来ていたのは伊藤だった。
その日、帰宅途中の久美子は、何者かにつけられているような気配を感じ、少し怯えながら家の前まで来るが、そこに何者かが立っていたので思わず立ちすくむが、それは添田だった事を知り安心する。
添田と久美子を言えに迎えた母親は、今日、伊藤さんが朝早く家を訪ねて来たと伝える。
驚いた久美子は、何しに来たのかと聞くと、墓参りに来ただけだと、母親は何も疑っていない様子。
どうな方だったのかと聞く久美子に、母親は、小柄で今頃珍しく短髪だったと教える。
さらに、外務省の人から明後日の歌舞伎座の券を頂いたので、二人で行って来なさいと添田に渡そうとするが、添田は、それはお母さんが行った方が良いと思うと遠慮する。
券の入った封筒には「井上」と署名があった。
翌々日、歌舞伎座に個人で出向いた添田は監視を始めるが、久美子と孝子が座った席の近くに、滝も座っている事を見かける。
その歌舞伎座には伊藤もやって来て久美子母娘の後ろの席に座るが、これにはさすがに、顔を知らない久美子も添田も気付かない。
休憩時間中、一人離れて待機していた添田は、久美子に電話がかかっていると言う場内アナウンスを聞き、二階から、電話機に近づく久美子の様子を観察する。
電話に出た久美子は、いつかの聞き覚えのない声が、「今日、お父様が来ているから、探してみなさい」と言う伝言を聞く。
それは、少し離れた場所にある公衆電話から伊藤がかけていたものだった。
久美子はすぐに添田の新聞社に電話を入れるが、留守だと知りがっかりする。
彼女は、添田が歌舞伎座に来ている事を知らなかったのだ。
電話を切った久美子は、気がつかないでハンカチを床に落とし、近づいて来たフランス人の婦人が、親切に教えてくれる。
伊藤はその後、客席に来ていたもう一人の男に近づき、「久しぶりだな、角田君」と呼び掛ける。
翌日、久美子に会った添田は、お父さんは生きているよ、あの字はお父さんの字だったんだと教える。
しかし、久美子は、悪質ないたずらよ、生きているなら、どうして家に帰ってこないの?と醒めた返事をする。
その頃、長崎の福竜寺にある寺島家の墓を取材に訪れた添田は、墓に線香が供えられている事に気付き、最近誰かが墓参りをした事を知る。
住職(笠智衆)に尋ねてみると、墓参りに来たのはヴァンネード夫妻と名乗るフランス人夫婦で、二人はこれから京都に行くと言っていたと言う。
すぐさま、新聞社の長崎支局に赴いた添田は、そこから京都のホテルに片っ端から電話を入れ、バンネード夫妻が宿泊していないか調べて行く。
そして、宿泊先を突き止めた添田は、久美子に電話を入れ、すぐに京都のミヤコホテルまで来るように伝える。
ちょうど、髪を洗っている最中だった久美子は、添田からの急な伝言に躊躇するが、やがて承知し、一人で向う事を約束する。
その頃、ミヤコホテルのヴァンネードの部屋に、滝が一人で訪れて来る。
滝は、ヴァンネードに、良い娘さんだね、久美子の事を話しはじめる。
ヴァンネードとは、久美子の死んだはずの父親、野上顕一郎(芦田伸介)その人だったのだ。
彼は、今や、日本人とも名のれず、故国にも帰れなくなった人物だった。
ヴァンネード夫人エレーヌ(彼女は、歌舞伎座で、ハンカチを落とした久美子に話し掛けた女性だった)は、夫の気持ちを推し量り、あなたは日本に残りなさいと勧める。
その後、滝の部屋に場所を移したヴァンネードは、奈良の寺で、余計な記帳などを残してしまった事を謝罪するが、滝も又、自分達も久美子によかれと思って、親切にし過ぎたと反省する。
親子の対面をさせたいと言うかつての親友たちの動きが、伊藤と言う野上に殺意を抱いている人物に気付かれるきっかけになろうとは思ってもいなかったと言うのだ。
もう一度、久美子に会うつもりか?と滝は聞くが、ヴァンネードこと野上顕一郎は、もうフランスに帰る飛行機の切符を用意したと言う。
そんな野上に、滝は盗み撮りした久美子の写真を見せてやる。
そこには、近々結婚する予定の添田の姿も写っていた。
野上は、自分が戦時中にやった和平工作は、日本にとって何だったのだろう、ほとんど役に立たなかったのではないかと自問する。
奥さんの事はどう思っているんだと滝から聞かれた野上は、苦労をかけたとは思うが、もう昔に戻る事は出来ない、自分の余生はエレーヌに捧げたいと答える。
伊藤にとっては、自分が昔やった事は裏切りにしか感じられないだろうから、殺そうとしている気持ちは分かるとも続ける。
野上は戦時中、伊藤から聞いた情報を洩らしたために、伊藤の部隊は全滅してしまったからだ。
滝は、伊藤は現在、狂信的なある組織に入っているらしいと教える。
そんな所に電話がかかり、それに出た滝は伝言に驚愕する。
村尾からの連絡で、角田が殺されたと言うのだ。
角田も又、あの日、歌舞伎座に来ていたのだった。
それを聞いた野上は、やはり自分は日本に帰って来るのではなかったと悔やむ。
その頃、京都へ向う寝台列車の中では、就寝していた久美子の寝顔を、そっと長めながら立ち去る伊藤の姿があった。
翌日、野上は妻のエレーヌに、今日は一人で京都を観て来なさいと勧める。
そんなミヤコホテルに久美子と伊藤が到着する。
伊藤の姿を認めた野上は、彼が泊まった部屋に電話を入れ南禅寺山門下で待っている伝える。
その電話を受けた伊藤は、隠し持って来た拳銃を取り出す。
約束通り、南禅寺山門下で待っていた野上は、転がって来たボールを拾って、幼女に渡してやる。
その幼女に、幼い頃分かれた久美子の面影を重ねていたのだ。
そんな野上にタバコの火を借りに近づいて来た男が、伊藤は来ない。つまらない事をしないでくれと小声で告げて去って行く。
添田が久美子の部屋にやって来る。
そこに滝もやって来て、これまでの事情を説明しはじめる。
野上が戦時中やった和平工作のお陰で、少なくとも、日本の犠牲者の数は三分の一減ったのだと言う。
添田は、今野上が帰って来ているのなら、何故日本に留まる事が出来ないのかと問いかける。
滝は、大切なのは、野上の気持ちだと答える。
それを聞いた久美子は、父がいなくなってしまったような気がする。母が可哀想と泣き出す。
滝が退出した後、添田と久美子は部屋で接吻を交す。
久美子は、父親が新しい妻を娶っていた事にショックを受けているようだった。
あの人にとって、自分や母親は何だったの?と疑問を口にする。
その頃、街灯もないある暗い場所に停められた車の中で、伊藤が組織の一人武井から詰問されていた。
組織の忠告を無視して、伊藤が勝手に角田を殺害している事を責めていたのだ。
今はまずい、私はあなたを死なせたくないと武井は、伊藤の独断専行を戒めるが、伊藤は「やつだけは許せん」と聞く耳を持たなかった。
そこへ、もう一台の車が近づいて来て、そこから降りて来た岡野と言う男(大滝秀治)は伊藤に対し、これは上からの指令だよ、考え直してくれと伝えるが、伊藤が「ダメだ!」と拒絶した次の瞬間、一発の銃声が響き渡り、撃たれた伊藤はその場に崩れ落ちる。
その姿を、立ち去ってゆく二台の車のライトが一瞬、照らして行く。
翌日、陸軍中佐伊藤の自殺と言うニュースが新聞の片隅に載る。
野上は、東京の皇居に来ていた。
一方、再び、添田の訪問を受けた村尾は、終戦後、後8年くらいは戦いを続けられるだけの莫大な軍事資金があったはずなのに、それがどこへともなくなくなった話を聞かせる。
それが、親米派の某人物の亡命資金として、アメリカに渡されたのではないかと臭わせているのだ。
そして、その人物の事を、野上が嗅ぎ付けたのではないかと言うのだった。
その人物が、今や、世の中を動かすほどの大人物になっていたとしたら…と村尾は語尾を濁す。
村尾は自分は今回左遷させられたと添田に明かし、君もこれ以上、野上さんの事を深追いしない方が良いと忠告する。
添田は、そんな村尾に対し、久美子の事で野上と話がしたいので連絡をつけてくれないかと頼む。
上野美術館、閉館10分前、約束していた野上が、野上の知人のヴァンネードと名乗って添田の前に姿を現す。
添田は、何故、村尾が左遷されたのかと聞くが、実力がなかったんでしょうとしか野上は答えない。
添田は、久美子は、あなたの現在の事を全て知っていると伝えると、野上はがっかりしたような表情で、あなたは優しい人かと思っていたが、残酷なんだと呟く。
添田は野上に、久美子と会うべきだ、あなたは本当に奥さんや久美子を愛した事がないんだと説得する。
その時、野上は、左目をあたかもウィンクをするかのようにしばたかせる。
それは、久美子の父親の癖として知られていたものだった。
しかし、野上は明後日フランスに帰ると答えるだけ。
二人が話し合っていた店を出る時、野上は一言「久美子さんに宜しく」と添田に言い添える。
添田は、今どこにお泊りですかと尋ねると、野上は、横浜のニューグランドホテルと答えるのだった。
その後、久美子に会って、その事を伝えた添田は、ぜひ父親と会うべきだと説得するが、久美子は、あなたが戦時中の父親の立場だったとしたら、私をどうする?と問いかける。
自分は、母親のようには生きられないと言うのだ。
添田は、自分が仕事のために君を捨てたらどうする?と問い返すと、久美子はためらわずに、他の男を好きになるわと答え、すぐに「嘘よ…、本当かも…」と、心の迷いを口にする。
添田は、君の気持ちも分かるが、お父さんの方は、その10倍、20倍苦しんでいると思うと言う。
久美子は、母親にこの事を黙っている事が苦しいと言い出す。
重ねて、会った方が良い。会わないままだと、今度はその事に後悔する事になると強く勧める添田に対し、久美子は、私、17年前の父で良い、やはり嫌!と答える。
その日、帰宅した久美子は、複雑な思いで、母親の姿を見つめていた。
独り横浜ニューグランドホテルにやって来た添田に声をかけて来たのは滝だった。
もうヴァンネードはここにいないと言うのだ。
添田は、奥さんと久美子に何か伝える事はないかと聞きたかったと呟くが、滝は、故郷を捨てたあの人にとって、この地球そのものが荒野なのだと答える。
その頃、とある海岸に、野上はいた。
昔、幼かった久美子や妻の孝子と訪れた事がある場所だった。
そこで野上は、思わず幼かった久美子が好きだった「七つの子」を口ずさんでいた。
気がつくと、久美子がやって来ていた。
野上は、娘とは気付かぬ振りをして声をかける。
久美子も又、自分が野上久美子であると名乗ると、野上を父親とは気付かない振りをして話し相手になる。
二人は、あくまでも他人を装いながら、各々の近況を打ち明けあう。
野上は、妻のために良い絵を一枚手に入れたので、これで十分日本に来た甲斐があったと話す。
彼が言う良い絵とは、今現在目の前にいる久美子の姿の事だった。
久美子は、野上から問われるままに、母親も元気だと伝え、先ほど何か唄われていたようですが?と問いかける。
「童謡です。一緒に唄っていただけますか?」と言い、「七つの子」を再び唄いはじめた野上の声に、唱和しはじめた久美子の声が重なり、海は日没に光に染められていく。
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戦中、戦後史に翻弄された父と娘のつかの間の邂逅を中心に、殺人事件なども絡む松本清張原作の映画化だが、ミステリ色は弱い。
戦中、戦後史に興味のある観客には、それなりに興味深い内容かも知れないが、その辺の知識に疎いものには、家族や家族愛の意味を考えると言ったテーマ以外に、これと言った映画的な見せ場がある訳でもないので、かなり退屈な展開となっている。
推理要素と言っても、ほとんど憶測の域を出ていないようなものばかりなのに加え、それらが映像として再現される訳でもなし、全てセリフで説明されるだけなので緊迫感もない。
テレビドラマで十分な内容ではないかとさえ思う。
あえて、映画的な見せ場を探すならば、歌舞伎が出て来る所くらいだろうが、それはこの映画が松竹製作である事の強みだろう。
フランス語をしゃべっている芦田伸介、無気味な悪役を演じている藤岡琢也がちょっと珍しいくらいか。
