TOP

映画評index

ジャンル映画評

シリーズ作品

懐かしテレビ評

円谷英二関連作品

更新

サイドバー

ドグラ・マグラ

1988年、活人堂シネマ、夢野久作原作、大和屋竺脚本、松本俊夫脚本+監督作品。

※精神病をテーマに扱っている本作の中では、現在、許されない表現なども随所に登場しますが、言い換えてしまうと意味が分りにくくなる部分など、そのまま文中でも使用していますので、その辺、あらかじめご了承下さい。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

************************************

胎児よ 胎児よ なぜ踊る  母親の心がわかり 恐ろしいのか…

タイトル

揺らめく光

胎児の姿

時計の音

絞殺される若い女

やがて、明かりが付いた電燈の形が浮かんで来る。

青年(松田洋治)は、部屋の中で目が醒める。

自分がどこにいるのか分からない様子の彼は、部屋の中を見回し、そこが窓に鉄格子がはまった病室らしい事に気付く。

すると、隣から壁をノックする音が聞こえ、「お兄様」と呼び掛ける若い女の声がする。

お願い!何か言って!そこにいらっしゃるんでしょう?と声は続けるが、聞き覚えもないし、意味すら分からない青年が何も答えないでいると、何故お返事をして下さらないの?と、女はさらに問いかけて来る。

青年は怯えて、窓ガラスに写る我が姿を見る。

そこには見知らぬ顔が写っていたので驚いて、さらに自分が今着させられている患者用の服を見るなりパニック状態になった彼は、ベッドの寝具を剥がしたり暴れはじめる。

そして、扉を叩くと、誰か来て下さい!と叫ぶ。

大時計が時を刻んでいる。

病院らしき玄関前に一台の車が到着する。

車から降り立った九州医科大法医学教授若林博士(室田日出男)は、出迎えた看護婦から、7号室で目覚めた青年の容態を聞かされながら、病室に向う。

ここはどこか、自分は誰かと前と同じ事を繰り返したと、看護婦は報告する。

7号室に入って来た若林博士は、青年に対し、何か思い出したかと優しく問いかける。

そして、咳き込みながら、自分の名刺を青年に手渡しながら、ここは附属病院精神科の7号室で、先任の正木先生が亡くなられたので、今は自分が暫定的にここの担当をしているのだと教えると、青年は、自分は狂っているのか?何も覚えていないのだが…と怯える。

若林は、君は恐ろしい事件に巻き込まれたため、一時的な記憶喪失に陥っているだけだと説明する。

僕は誰なんですと問いかける青年に、自分で思い出さなければ意味がない。何もかもが事件を解決する証拠になる事なのだからと若林は説き伏せるのだった。

隣の部屋から、又、「何もかも堪忍して。私が悪かった…」と、女の声が壁越しに聞こえて来る。

6号室では、その声の主らしき若い女がベッドで寝ており、その側に付き添いの老婆が座っていた。

その老婆が、扉を開け、若林と、学生服に着替えた青年を招き入れる。

眠っていた女は、「すみません!お姉様には申し訳ないと思っていながら、私もずっと…」と寝言を言う。

若林は青年に、この人の名前を知っていますか?顔に見覚えは?と聞くが、青年は首を振る。

すると、突然目を覚ました女が起き上がり、青年の顔を見るなり、「お兄様、どうしてここに?」と言い出したので、今度はその女に、この人が誰か分かるかね?と若林が聞いても、女も又、首を振り泣き出すだけだった。

若林は、落ち着いて、きっと思い出すよと、優しく女に語りかけるのだった。

その後、青年は別の部屋で、若林が映し出す人形劇のスライドを見せられていた。

1100年も昔の中国の話、宮廷画家・呉青秀と言う名人がいた。

その腕を認めた時の中国の玄宗皇帝は、彼に、楊貴妃の妹の黛子を妻として世話してやる。

呉青秀は、その妻黛子を山中のアトリエに連れて行くと、彼女の首を締めて殺してしまう。

そして、丸裸にした彼女の死体が腐敗して行く様を、そのまま絵巻物に描き写しはじめる。

その巻物を皇帝に見せ、人生の無情を知らせようとしたのであった。

ところが、黛子の死体の腐敗は予想以上に早く、絵筆が追い付かなくなってしまったので、仕方なく、呉青秀は、別のモデルとして、近くで見つけた見知らぬ女をクワで叩き殺して、その死骸を山のアトリエに持って帰った。

しかし、その事に気付いた村人たちから追い詰められる事になる。

やむなくその家を逃げ出した呉青秀は、又、都の元の家に戻って来るが、驚いた事に、そこには、死んだはずの黛子が彼の帰りを待っていた。

良く見ると、それは黛子の妹の芬子だった。

彼女は、ずっと兄さんの事を慕っていたと言い、すでに頭がおかしくなっていた呉青秀と一緒に暮しはじめる。

二人は、船で中国から海に出るが、嵐に襲われ、呉青秀の方は波にさらわれてしまうが、芬子の方は渤海使と言う人物に助けられ、無事日本の唐津にたどり着き、そこで呉青秀の子供を産むと、それまでのいきさつを絵巻物に描いて遺したと言う。

海岸にやって来た若林は、さっきの6号室の女は、芬子になり切っているのだと打ち明ける。

つまり、彼女が言う「お兄様」とは呉青秀の事だったのだ。

それを聞いた青年は、自分とは全く無関係な、頭のおかしな女だったのだと拍子抜けする。

しかし、若林は、あの人も君も、実は呉青秀と芬子の遠い子孫なのだと意外な事を言い出す。

呉家と言うのは、綿々と日本で続いた家系であり、それに気付いたのは、心理遺伝を研究していた正木先生だったのだと打ち明ける。

心理遺伝とは、先祖の心理が子孫まで伝わると言う研究なのだと聞かされた青年は、信じられないと狼狽する。

すると、若林は何かを見せようと持って来たノートを開くが、その中に挟んであった紙片が風に飛ばされる。

それを拾ってやった青年が紙片を見ると、それは、九州医科大の学生呉一郎と言う青年が、従兄弟で許嫁だった呉モヨ子を絞め殺した事件を報じた新聞の切り抜きだった。

それを読んだ青年は、僕は呉一郎じゃないと、安心したように笑い出すと、若林は、この風景に見覚えがないかと聞いて来る。

青年の目の前の風景は、赤い鳥居が立った海岸べりの崖だったが、全く見覚えはなかった。

青年を連れ、病院の正木博士の部屋にやって来た若林は、正木先生の収集した標本の中に、何か見覚えがあるものはないかと聞いて来る。

無気味な標本の正体をいくつか問いただす青年に、それは、患者が自分で切り落とした左手の指と、その切断に使った藁きり包丁だとか、一家を毒殺しようとしたものが煎じていた黒猫の頭だとか、若林は淡々と教えてくれる。

やがて、書棚の中に分厚い書類のようなものを見つけた青年が、あれは何かと聞くと、それは若い大学生が書き上げた小説みたいなものですが、読んで見ますかとそれを取り出しタイトルを見せてくれる。

その原稿用紙には「ドグラ・マグラ」と題が付いていた。

どう言う意味かと聞くと、長崎地方で使うキリシタンバテレンの幻魔術の事らしいと若林は言う。

最初のページには「巻頭歌」とあり「胎児よ 胎児よ なぜ踊るのか 母の心がわかり 恐ろしいのか」と書かれてある。

著者は、自分をモデルにして、私や正木先生の事も、その中で書いているのだが、じっくり読んでみないかと若林に勧められても、青年は気が進まないようで断わる。

やがて、青年は、壁にかかった肖像写真に目をとめる。

それこそ、正木先生の写真だと教えた若林は、君は記憶を徐々に取り戻しつつある。

その写真に気付いたのがその証拠だ。

さっきの小説の巻頭歌は、実は、正木先生の「夢」と言う卒業論文をヒントに書かれたものだったのだと言う。

胎児も夢を見るのですかと、青年が額縁に入った正木博士の写真を見ながら問いかけると、急に写真の正木博士が笑い出し、いつの間にか、学生服姿になった正木(桂枝雀)が目の前に出現すると、先祖が記憶したものは全て胎児の細胞に記憶されているのだよと講義をする。

その正木先生は、解放収容所と言う施設をお作りになったのだと若林が解説する。

それは、精神病者たちを、部屋の中に隔離するのではなく、ある閉鎖された庭の中で自由に遊ばせると言うものだった。

そこにやって来た新聞記者(森本レオ)は、脳髄はものを考える所ではないのだと説く正木博士に、その意味を尋ねる。

しかし、博士は、アンナ・バブロアが来たと言い、バレリーナのように踊りながら近づいてきた女の患者の様子を、8mmで撮影しはじめる。

一種の探偵もので例えるとすると、脳髄そのものが脳髄を追っかけると言う事だよと、博士は記者を煙りに巻く。

この病院の7号室には、アンポンタン・ポカンと名付けた遺伝性精神病患者がいると博士は続ける。

その患者は、長い間気を失っていたが、ある日急に目覚めると、何から何まで忘れていたと言う。

(回想)7号室に入って来た正木博士は、中にいた青年に、何か思い出したかね?私が誰だか分かるかねと問いかけてみるが、青年は首を振るだけ。

博士は、自分は九州医科大法医学科の主任で正木だと名乗り、さっき何か叫んでいたがと聞くと、青年は夢を見ていました。世界の終りと言うか、いや、あれは始まりだったのかも知れない。女の人が両手を広げて叫んでいたのだと打ち明け、一体、記憶って、どこに詰め込まれているのでしょう?と逆に問いかけて来る。

正木博士は、一般的に脳髄にあると考えられがちだが、実は全身に行き渡っているのであって、脳髄と言うのは、それを映写する場所のようなものだと解説してやる。

回想から醒めた正木博士は、聞いていた記者に、それからと言うもの、その青年は、脳髄と言うものに興味を持って、今でも演説をしているんだと教える。

7号室の青年は、一人で演説をしていた。

脳髄はあらゆる武器を作り、人間同士を殺しあうようにし向けた。

又、脳髄はあらゆる光を作り、太陽や月を殺してしまった。

又、脳髄はあらゆる毒を作り、病人や死人を増やした…

いつの間にか、青年は、大学の教壇に立って、奇妙な格好をした学生たち相手に講義を続けていた。

正常と異常を振り分ける物差は何か!

さしずめ、正木博士などは気違い狂の教祖だと青年が叫ぶと、その教室に、僧侶の姿になった正木が、鈴を鳴らし、講義とも念仏とも付かぬような文句を口にしながら登場する。

その正木が、学生たちの間を、奇妙な念仏のような言葉を言いながら歩き回ると、奇妙な格好をした学生たちも浮かれたように踊り始める。

「静粛に!」と叫んだ青年は、いつの間にか、自分が、正木博士の授業の実験体として、学生たちの前に座らせられている事に気付く。

ポカンとした表情の青年を、居並んだ学生たちが笑い、青年は、自分は博士から、アンポンタン・ポカン博士と名付けられていると自己紹介する。

青年は、実は病室でしゃべり続けていた。

これから脳髄を取り出し、地面に叩き付け、踏みつぶしてみせますから、良く見ているようにと言いながら、彼は頭から何かを取り出し、床に叩き付けると、それを足で踏み付けるジェスチャーをしたかと思うと、急にその場に昏倒してしまう。

正木博士と記者は、その青年の話題を飲み屋でも続けていた。

記者はビールを飲みながら、青年の話、正木博士の話を理解したのか、出来ないままなのか、「ちゃっちゃくちゃら(むちゃくちゃ)ですね」と嘆息するしかなかった。

(現在)若松から、正木博士とアンポンタン・ポカンなる青年の話を聞き終えた青年は、それが僕なのか?と唖然としながら尋ねる。

そこに電話が鳴り、出た若松は、明日10月10日の3時にですねと約束を了承する応えを返して電話を切る。

それを聞いていた青年は、壁にかけられた暦の日付けが「9月9日」になっているので、明日は「9月10日」ではないのかと聞いてみる。

すると、若松は、この暦は一ヶ月前の状態のままになっており、これが正木博士の亡くなった日なのだと言う。

その死因は自殺だったと言いながら、若松は背広の中から、正木の遺書なる一枚の便箋を取り出して青年に見せる。

そこには、解放治療の実験は、空前の成果と、絶後の失敗に終わった。最大の失敗は、あの惨劇を食い止める事が出来なかった事である。呉一郎の2回目の発作は、若林博士が自分を訪ねて来た時から分かっていた…と中途半端な所で途切れた未完の文章が書かれていた。

その事を青年が不思議がると、若林は、その文章の最後に書かれている、自分が最後に正木博士に会った時の事を話し出す。

若松は、呉一郎の最初の発作と思われる、彼の母親が殺害された直方事件で、正木博士は一郎が犯人ではないと言う説を唱えていたが、結局、真犯人は見つからなかった、犯人がいた形跡がなかったのですと自分なりの意見を述べたのだが、それを聞いた正木博士は面白がったと言う。

さらに、2回目の発作と思われるのが、今度の呉一郎の花嫁殺害事件…と若松は言い、目の前の青年に、大正13年に起きた「直方事件」の資料を差し出して読ませる。

その中に、一枚の女性の写真があり、それを見た青年は顔を綻ばせる。

若林が、誰だか分かりますかと問いかけると、青年は迷わず、僕のお母さんですと答える。

若林は、とうとう思い出したんですねと喜ぶ。

(回想)呉一郎の伯母の八代子(江波杏子)が、一郎を横に招いて自己紹介をする。

若松が、直方事件の調査のため、最初に一郎に出会った時の事だった。

八代子は、妹の千世子(小林かおり)は、当初、自分と一緒に、福岡市内の姪の浜と言う所に住んでいたのだが、その後、急に東京に出て行ってしまった七ヶ月後、この一郎を東京で産んだのだと説明をする。

あの頃、こちらに好きな人がいたのだろうが、一郎の父親が誰なのかは知らないと言う。

一郎を連れて福岡に帰って来た後、相手を問いただしたが、千世子は泣いて答えなかったが、男ってものは、偉い人ほどウソをつくと申しておりました…と、八代子は若松に伝える。

横に座っていた一郎も、母親は人に住所を知られる事をひどく恐れていましたと若松に話す。

それは何故かと若松が聞くと、何でも、占いの人に何かを言われたらしいのだが、その事も誰にもしゃべってはいけないと口止めされていたと一郎は答える。

あの晩、僕は夜中に目を覚ましました…と、一郎は、事件当夜の事を話しはじめる。

母親と一緒に二階で寝ていた彼は、一階のトイレに行って戻って来て、隣の部屋で寝ている母親の首筋を見た後、又、布団に入って眠ったと言う。

一郎は夢を見ていた。

曇ガラスで、太陽が日蝕になる様子を庭で眺めていた彼は、縁側で母親が縫い物をしている姿も見ていた。

母親の着物の胸ははだけ、少し胸元が覗いている。

やがて、母は縫い針を指で刺してしまったのか、地が出た人さし指を、微笑みながら一郎の方に差し出して来る。

一郎は、その指先を、乳房を吸うように吸い、甘えたように、母親の顔を見上げると、その母親の顔は、腐敗した死人のものになっていたので驚く。

どこかの崖の上で、複数の僧侶たちが読経をしている。

日蝕が完成し、田んぼに立ったかかしが燃え上がる。

翌朝、一郎は、突然二階に踏み込んで来た刑事二人に叩き起こされ、母親殺害の容疑者として、手錠をはめられ連行される。

隣の部屋の布団を見ると、母の姿はない。

階段を降りる時、天井から輪っかになった帯紐が垂れているのが見え、一階の床には、検死をされている母親の死骸が寝かされており、その首筋には、絞めた痕がくっきり残っていた。

当時、警察本部に出向いた若林は、この事件の犯人が一郎であるとは考え難いと、署長(渡辺文雄)に説明していた。

それを聞いていた警察幹部たちは、しかしそれでは、あれほどの事件が自分の部屋で起きていたのに、全く目を覚まさなかったのがおかしいと反論する。

若林は、一郎は当夜、麻酔を誰かから嗅がされていた形跡があると主張する。

若林の推理では、当夜、一郎に麻酔を嗅がせた犯人は、隣の部屋で寝ていた母親の首を締めて殺すと、その寝巻きの帯を説き、彼女の死体を引きずって階段まで持って行き、その帯で首吊りのように見せ掛けたのだと言う。

その犯人像としては、麻酔の知識を持っているインテリで、階段での首吊りの偽装ができるほどの腕力がある男と言う事だった。

しかし、聞いていた警察関係者たちは、殺しの目的は?と痛い所を突いて来る。

これには、さすがの若林も明解な解答を得ていなかった。

(現在)「どうだい?面白かったかい?」との声に、「直方事件」の資料から現実に呼び戻された青年は、目の前に、死んだはずの正木博士がいるのを見て驚嘆する。

若林はさっき慌てて出て行ったのだと言う。 青年は、事件の資料を読むのに没頭していて全く気付かなかったらしい。

先生は一ヶ月前亡くなったのでは?と青年が不思議がると、あれは全て、若林の口からのでまかせ。ヨタだったのだと言う。

今日は、暦通り、大正15年9月9日に間違いないのだとも言う。

遺書が途中で途切れていた事を尋ねると、確かに、自分はそれを書きかけていたのだが、便箋一枚を書いたところで、君を連れた若林がこの部屋にやって来て、自分が収集した標本を見せながら、何か思い出す事はないかなどと言い出したので、その直前に、自分は暖炉の後ろに身を隠したのだと、正木は説明する。

それは、青年が7号室で目が醒め、若林から名刺をもらった後、6号室の女に会わせられたり、スライドを見せられたり、海岸に連れて行かれた後、病院に戻って来た時の事だった。

その際、若林は、机の上に置き忘れていた正木の遺書を発見、自分が暖炉の中に隠れている事も気付いた上で、こっそり遺書を取り上げ、後でトリックに使ったのだと言う。

若林先生が何故そんな事を?と聞く青年に、事を急いだからだと正木は続ける。

今日、若林がやった事は、君を呉一郎だと思い込ませ、自分を悪党に仕立て上げる芝居だったのだと言う。

それを聞いた青年は、やっぱりあの事件は呉一郎の仕業だったんですねと安心する。

正木博士は、2年後の花嫁殺害事件と結び付けてみれば分かると言いながら、大正15年5月13日に起こった「姪の浜事件」の資料を取り出して、青年に読ませる。

(事件後の回想)姪の浜に住んでいた八代子が一郎に襲われ、頭を負傷したと言う知らせを受けた若林が自宅に見舞いを兼ねて駆け付けて来る。

頭に包帯を巻いて寝ていた八代子は、若林の姿を見ると起き上がり、絵巻物を差し出しながら、誰かがこれを一郎に渡したのだと説明する。

(さらに事件前の回想)白無垢の花嫁衣装に身を固めた呉モヨ子に近づいた呉一郎は、両手を差し伸べる。

すると、モヨ子は髪に付けていた簪を外し、それを一郎の手に渡す。

(事件後の回想)八代子の家の常雇い、仙五郎(灰地順)は、事件前日、若旦那(一郎)は外出したまま午後3時になっても戻って来られなかったので、心配して迎えに行くと、ウロコ岩と言う場所で、何かを読んでいる一郎を発見したのだと若林に説明する。

崖を降りて行って、一郎に近づき、それは何かと聞くと、それは天子様に差し上げる巻物なのだと耳打ちされる。

何が書いてあるのかと聞くと、とても不思議な絵が描いてあるのだと言い、誰にもらったのかと尋ねると、死んだ母さんの知り合いからだが、僕はその人が誰なのかちゃんと知っているので、口外しないで欲しいと言っていたと言う。

翌朝、小用で目覚めた仙五郎は、雨戸が空いており、一郎とモヨ子の姿が見えない事に気付き、八代子を起こすと、彼女は、巻物を持っていなかったか?と聞きながら慌てて二人を捜しはじめる。

庭に出て見た八代子は、蔵の窓から明かりが漏れている事に気付き、扉を開けようとするが鍵がかけられているので、仙五郎に梯子を持って来させると、それを窓にかけて登り中の様子を覗いてみる。

すると、蔵の二階では、死んでいると思えるモヨ子が裸にされ横たえられ、それを巻物に描き写している一郎の姿があった。

八代子が何をしているのか!と声をかけると、振り向いた一郎は、嬉しそうに、もう少し待って下さい、腐りはじめますからと、言うではないか。

これは完全に狂っていると判断した八代子は、そう簡単には腐らないから、食事をしに降りて来なさいと声をかける。

その誘いに、素直に一郎が従いそうに見えたので、八枝子は庭にいた仙五郎に、医者を呼びに行くように命じ、自分は、一郎が中から開けた蔵の入口から入リ込む。

その巻物は誰からもらったのかと一郎に問いただすと、邪魔をしないで下さい!描き上げて、天子様に差し上げるのですと一郎は抵抗する。

八枝子が、一郎が持つ巻物を取り上げ、自分の懐の中に隠すと、急に笑い出した一郎は、伯母に襲いかかると、近くにあった鈍器で彼女の頭を強打し始める。

(現在)「姪の浜事件」の資料を読み終えた青年は愕然とする。

それを見ていた正木博士は、三文小説より面白かっただろうと聞く。

呉一郎による花嫁殺害事件を報じた新聞記事の切り抜きを見せられた青年は、それと同じものを若林先生からも見せられたと正木に言う。

正木博士は、青年に、何故6号室にモヨ子がいたのか説明してくれたかねと聞く。

何も答えてくれなかっただろう。トリックを使ったから…と、正木は続ける。

15日の夜の10時頃、その日の仕事を終え帰りかけた正木は、法医学教室を通り過ぎる時、何者かが屍体解剖室に侵入するのを目撃したのだと言う。

何をするのかと、その屋根裏に忍び込んで中の様子を覗いてみると、覆面をした男が、棺桶の中からモヨ子の屍体を出して、その心音を聴診器で確認していたのが見えたので、持っていたカメラでその様子を撮ったのだとも。

覆面姿の男は、今度は別の女の屍体の包帯をほどきはじめ、その屍体をメスで切り刻みはじめる。

屍体の肺が黒かった事からすると、炭坑かどこかで働いていた女だったらしかったが、その陵辱振りは凄まじく、その行為はまるで、残酷な快楽に見えるほどだった。

やがて、男は、その屍体の頭部や顔までズタズタにした後、化粧をし直すと、モヨ子の棺桶の中に入れ、さらに、外に出していたモヨ子の髪の毛の一部を切ると、それを「遺髪 呉モヨ子」と書いた紙に包んだのだと言う。

一連の作業が終わった男が覆面を脱ぎ捨てると、そこから現れたのは、若林博士その人だった。

これは作り話じゃないと言いながら、その時に天井裏から盗み撮った写真を並べてみせる正木博士。

モヨ子の替え玉を作った4ヶ月後、それまで空き部屋だった6号室にあの女が入っていた。

自分が、学長に辞表を提出して戻って来ると、その女は若林が入院させたのだと聞いたと言う。

若林が、花嫁殺害事件の後、自分似合いに来た理由がその時分かったよと、正木博士は話す。

(回想)正木博士に会いに来た若林は、心理遺伝の標本材料になったと言いながら「姪の浜事件」の資料と巻物を渡すと、呉一郎の精神鑑定をしてもらえないかと正木に申し出る。

大学に連れて来られた一郎に会った正木博士は、同席した若林を指差し、そのおじさんが誰だか分かるかね?と問いかけてみる。

すると、呉一郎は、即座に「知っています。僕のお父さんです!」と答える。

じゃあ、このおじさんは誰だか知っているかね?と正木が自分を指差すと、やはり「お父さんです!」と答えるではないか。

それを聞いた正木は、愉快そうに笑いながら、「お父さんが二人いる訳だね」と確認しながら、さらに「名前は覚えているかね』」と問いかけると、一郎は思い出せない様子。

その様子を見た正木博士は、無理に思い出さなくても良い。どっちを思い出しても不公平だからねと言い聞かせる。

その後、呉一郎は、入院させられた病室で独り泣いていた。

(現在)そう言う訳で、君は精神科に入院させられたのだと、青年に教える。

その後、正木は、大正15年7月20日に撮影した解放治療地の8mmフイルムを、青年に映写してみせる。

そこに写った患者の中に、青年と同じ顔をした呉一郎も写っていた。

一心に地面を手で掘っている一郎は、掘り出した石ころや簪を大切そうに紙の上に並べていた。

キャメラの方に振り向いた一郎に、博士が「何を見てるの(8mm映画の字幕)」と聞くと、「僕にも掘るものを下さい(8mm映画の字幕)」と言う。

「シャベルならそこにあるよ(8mm映画の字幕)」と教えてやると、それを手にした一郎は、さらに嬉しそうに、地面を掘る作業に没頭しはじめる。

簪を差し、「これは何?(8mm映画の字幕)」と聞くと、「せいろかんの宝石(8mm映画の字幕)」と答えた一郎は、「でも、僕、本当はクワが欲しいんです(8mm映画の字幕)」と博士にねだる。

このフイルムを見ていた青年が苦しそうな様子を見せ始める。

「これじゃ深く掘れません。ここに女の屍体が埋まっているんです(8mm映画の字幕)」と、地面を指差す一郎。

見ていた青年は、さらに苦しそうに頭を抱えたので、それに気付いた正木は、映写を止め、窓のカーテンを開けると、ここに新鮮な空気を吸いに来なさいと誘う。

青年はもう大丈夫だと言い、でも、これ(映画の中の呉一郎)、本当に僕なんですかと問いかける。

それを聞いた正木は、何か思い出したかね?この窓の下が、その解放治療地だったのだよと教える。

その言葉に誘われるかのように、窓辺に近づいた青年は、窓の外を見下ろすと、にっこり微笑む。

やっぱり、僕じゃなかった。あそこに、本物の呉一郎がいるじゃないですかと、青年が下を指差したので、正木は驚く。

外には誰独りいなかったからだ。

誰がいるって?と聞くと、「映画の中と同じですよ」と青年は答え、人間の数を数えながら、「ちゃんと10人います。呉一郎も加えて」と言う。

正木博士は落ち着いて「では良く見ていてごらん、呉一郎はすぐに振り返るから」と言うと、青年は驚いたように、「本当だ!でもどうして分かったんですか?それにしても、僕とそっくりですね」と答える。

彼の目には、振り返った呉一郎の姿がはっきり見えているようだった。

正木が「同じ母親から生まれたからだよ」と答えると、「兄弟だったんですか?」と青年は驚く。

「双子以上に兄弟、つまり、あの青年は君自身だよ!」と告げる正木。

「いわゆるドッペルゲンガー、もう一人の自分だ」と言いながら、巻物を開けて見なさいと差し出す。

そこに描かれた女の屍体の腐敗の様子を見ている内に、青年は6号室の女を思い出す。

「心理遺伝も恐ろしいが、肉体遺伝も恐ろしいものだ」と正木は言い、「呉青秀がこんな絵を描いた本当の理由は何だったと思う?」と問いかけて来る。

「愛国精神でもなければ、名声欲でもなく、その根底にあったものは病的な変態性欲であり、その心理は子々孫々、細胞の中に記憶されて行ったのだ!」と結論付ける正木博士の言葉に「止めて下さい!」と拒絶する青年。

「何か思い出したかね?誰がウロコ岩でこの巻物を渡したのか」と聞く正木に、青年は、ぼんやり当時の様子を思い出して行く。

自分に巻物を渡して振り返った男の顔は、自分自身だった。

「僕があの呉一郎で…」と、海岸べりで悩む青年。

「又、こんがらがって来たな」と微笑む正木に、「犯人は?」と青年が聞くと、「わしだよ!」と正木が答える。

若林の調査資料を読んで行くと、そう言う事になると言うのだ。

若林は、研究成果を一人占めしたかったのだと正木は説明する。

若林と自分とは同期で、心理遺伝に目を付けはじめたのも同時期だった…と、正木は続ける。

千世子に目を付けた二人は、彼女を奪い合い、その結果、明治40年11月20日、彼女は男の子を産んだ。

自分達二人にとって、千世子の存在は抹殺される必要があったのだ。

それを聞いていた青年は、研究のためなら何をしても許されるのですか!と取り乱しながら、正木に詰め寄る。

正木はしどろもどろになりながら、わしは君のためと思って…と弁解する。

僕は僕です!呉一郎です!呉青秀です!と叫ぶ青年は、僕は本当に気が狂いそうだと正木に詰め寄る。

さすがに怯えたのか、正木博士は隣の部屋に逃げ込んでしまう。

その鍵のかかった扉を開こうと、青年が叩いていると、掃除のために別の扉から入って来た大学の小使(北見治一)が、そこは長い間閉まったままの部屋だと不思議そうに語りかけて来る。

しかし、たった今、正木先生が中に…と青年が言いかけると、小使は、正木先生なら一ヶ月前に亡くなったでしょうが?と言うではないか。

小使は仕方なさそうに、持っていた鍵でその部屋の扉を開けてみせ、中に誰もいないのを青年に確認させた上で、一ヶ月前の大惨劇を知らなかったのかと聞く。

青年が、何があったのか教えてくれと問うと、小使は教えてくれる。

(回想)解放治療地での出来事。

別の患者が使っていたクワを奪い取った呉一郎は、それで近くにいた患者の女を叩き殺してしまう。

それに気付き、慌てて駆け付けて来た正木博士を見た一郎は、嬉しそうに「お父さん、こんな良いモデルが見つかりました」と言うので、驚いた博士や助手たちは、必死に一郎を取り押さえようとする。

(現在)それを聞いていた青年は苦しみ出すが、机に置いてあった巻物が自然に転がって開いて行く様を見る。

それの最後の部分を読んでみると、明治40年11月26日 東京 千世子と記してあるではないか!

この巻物を描いたのは、母親だったのだ。

「お母さん!」と青年が叫ぶと、にわかに窓の外の空は赤く色付く。

研究室の中も赤く染まり、強い風が吹き込み、中の資料類は舞いはじめる。

その資料の中に「正木博士、投身自殺」を報じた新聞記事があった。

青年がその部屋を逃げ出すと、別の部屋にいた若林が気付き、「どこに行くのか?」と怒鳴る。

庭に出ると、後ろから「お兄様!」と呼び込める声。

振り返ると、二階の6号室の窓からこちらを見ているモヨ子の姿があった。

青年は微笑むと、ポケットの中から取り出した簪を、モヨ子に投げ与える。

附属病院を逃げ出し、赤く染まったトンネルの中を通り抜けた青年は、海岸でこちらに背を向けた青年を見る。

その周囲には、多数の屍体が転がっている。

手にクワを持った、その青年が振り返ると、それは逃げて来た青年と同じ顔をしていた。

大時計が時を刻んでいる写真。

明かりがついた電燈がぼんやり浮かび上がって来る。

病室の中で目覚めた青年は、自分がどこにいるのか不思議そうに部屋の中を見回すのだった…

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

異色作家夢野久作の代表作を映画化したもの。

一応、ミステリに分類される原作だが、その内容はいわゆるミステリを超越した異色大作。

その複雑怪奇な原作を映像化したものなので、この作品自体も、時間が過去現在に飛ぶだけでなく、現実、幻想が入り乱れ、ぼーっと観ていると、こちらも頭が混乱してしまうような展開となっている。

大昔の異常殺人者の子孫が、その心理遺伝を受け継いで、突如、奇怪な殺人を繰り返した…らしい…と言うのが物語の骨格で、その事件の精神分析を担当した二人の学者が、各々、互いの利益のために、加害者と思われる青年を、自分の方に誘導しようとあれこれウソを言ったり、真実を述べたりするので、余計にややこしくなっている…と言う構造になっている。

精神病と断定された青年は、本当に事件の犯人なのか?それとも、誰かに利用されただけの被害者なのか?

そもそも「心理遺伝」とは、本当に存在するのか?

虚々実々の展開が繰り広げられる。

登場人物も少なく、予算もそんなにかかっていないように見えるが、決して安っぽい感じは受けない。

登場する俳優たちが、皆きっちりした芝居をしているからだと思う。

標本の類いなど、グロテスクなものも多数登場するが、それらは皆、ホリ・ヒロシの手になる人形で再現されているため、リアルな気持ち悪さはない。

昔の逸話の再現スライドなども、人形劇の形で表現されており、その辺の処理に対する受け止め方は、観るものによって物足りなく感じたり、それなりに適切だと感じたり、意見が別れるのではないかと思う。

原作自体を読んだのが遠い昔の事なので、ほとんど内容を覚えておらず、原作との差異などの比較は出来ないが、この映画は映画なりに巧くまとまっていると思う。

劇中で使用されている博多弁なども、そんなに不自然さはない。

今は亡き、桂枝雀師匠の独特の存在感が面白いし、室田日出男、渡辺文雄と言った故人の姿も懐かしい。

江波杏子は、この当時まだまだ若々しく、きりりとした女性を演じているのが印象的である。