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眠れる美女('68)

1968年、近代映協、川端康成原作、新藤兼人脚本、吉村公三郎監督作品。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

電車が通過する。

タイトル

「そんな家があるのかね…」と、鎌倉の海岸で友人の木賀(北沢彪)と福良(殿村泰司)に聞いているのは老境に差し掛かった作家の江口(田村高廣)。

友人たちの話によると、その家は「老いの絶望をしたものが行く家」だそうである。

その夜、木賀からの紹介を受けたと言いながら、一軒の家を訪ねた江口。

出迎えたのは、一人の中年女(初井言栄)だった。

彼女に促されて二階に上がる。

簡単な接待を受けながら、決して寝ている女の子を起こそうとしないようにと女から注意を受ける。

時間はすでに11時15分前、そろそろ寝ようとする江口に、女は部屋の鍵を渡しながら、万が一寝つきが悪い場合のために、枕元に睡眠薬が用意してあると言う。

江口が寝酒はないのかと聞くと、一切置いてないと言う。

取りあえず、部屋に入ってみた江口は、噂通り、布団の上に、全裸で眠り込んでいる若い女性(水城リカ)の身体を発見する。

一応、本当に寝ているのか揺り起こそうとするが、女は熟睡しているようで、全く反応がない。

その手首の脈をとってみたり、胸に耳を当てて心臓の音を確認してみると、確かに生きている女である事は間違いない。

江口にとっては、久々に聞く若い女の鼓動であった。

江口は、学生時代、初恋の女みちえ(松岡きっこ)と列車で駆け落ちをした時の事を思い出していた。

目的地につき、旅館に向う林の中で接吻を交わす二人。

しかし女は、旅館を目の前にすると、急に怖じ気付く。

家の人間が来ているのではないかと想像しているのだった…

江口は、神戸で出会ったさらに別の女(中原早苗)との出合いと同衾の事を思い出していた。

神戸の女は、自分には小さな子供が二人いると、翌朝、ベッドの中で告白する…

回想から醒めた江口は、スタンドの灯を消して、裸の美女の横で休む事にする。

朝、目覚めた江口に、中年女が朝食を運んで来る。

あの娘は何時起きるのかと聞くと、客が帰った後起きるのだとつれない返事。

江口の自宅書斎には、木賀が遊びに来ていた。

江口の次女の時子(八木昌子)が孫ののり子(渡辺小百合)を連れて紅茶を運んで来るが、江口はお薄でも立てなさいと命ずる。

時子は、音楽家の根来と言う男に嫁いでいるが、近所に住んでいるので、時々やって来るのだと江口が木賀に説明する。

問われるままに、長女のやす子はすでに5人の子供の母親だと話を続けた江口は、三女の美子(香山美子)は、今、樋口(大出俊)と吉田()と言う二人の男性と付き合っているが、どちらと結婚するかは決めかねているらしいとも付け加える。

お薄を立てた時子らが姿を消した後、木賀はこっそり、あの家どうだった?と聞いて来る。

その時、美子の所に遊びに来ていた樋口と吉田が、ちょうど帰ると言うので、江口に挨拶に来る。

美子が、自分が運転する車で、二人を駅まで送って行くと言う。

話を中断された江口は、若者たちの姿が消えると、あの家の話に戻り、67年間の過去の生命を甦らせてくれる不思議な家だと答える。

世の中には、世俗的な意味では成功者でも心の敗北者もおり、そうした人間が青春の悔悟を癒しに行く所だと木賀も答える。

二度目の「家」ヘの訪問をした江口は、中年女から、今夜の娘は慣れていると聞かされ、前回とは別な女性である事を知ると、自分はそんな浮気性ではないと答えるが、女は、浮気も何も、もう何もしないじゃないですかと呆れながら鍵を手渡す。

もう、人間の付き合いではないんだね?…と淋しげに鍵を受取ると、どなたも何もおできになるような年ではないと中年女は答える。

その夜の眠れる美女(水城リカ)の身体を観ていると、またもや、初恋の相手との事が思い出された。

旅館の部屋でみちえと同衾していた江口は、突然、障子を開けてやって来たみちえの父親(三津田健)ノ姿を観て驚愕する。

その後、海岸にやって来たみちえは、今度自分は結婚すると江口に告白する。

江口が過去の回想に耽っていた頃、三女の美子は、樋口のアパートに一人でやって来る。

ちょうど、雑誌のグラビアを観ていた樋口は慌てて雑誌を隠すと、美子を迎え入れる。

紅茶でも入れようと、ヤカンをガスコンロにかけた樋口だったが、毎晩ツマンないでしょうと美子に言われた途端、彼女に抱きつきキスをすると、抵抗する美子を無理矢理犯してしまう。

江口は、まだ回想に浸っていた。

海岸にいた若き江口は、泣き出したみちえに抱いていた。

現実の美子も、樋口の部屋で泣いていた。

紅茶を飲まないか?と樋口に言われるが、そのままアパートを飛び出してしまう。

老いた江口の目の前に横たわる裸の美女は、私、どこに行くの?お母さん!言ってしまうの?許して!…と意味不明の言葉を呟く。

夢を観ているようだった。

その言葉を聞いた江口は、この女は一体何の夢を観ているのだろうとといぶかしむ。

同時に、この女は、ただ金のために、こうして眠っているのだろうとも冷静に考えるのだった。

江口は、神戸の女の事を思い出していた。

女は、自分にはアメリカ人の主人がおり、その主人は二人妻を持っており、いつもはシンガポールの本社に勤めているが、年に三ヶ月だけ日本に来た時、自分は妻になるのだと教える。

ただし、浮気はあなただけで、自分は娼婦ではないとも言う。

翌朝目覚めた老いた江口は、中年女に、あの娘と話したい。

ひょっとしたら、近所の道で会うかも知れず、その時は声をかけるかも知れないと言う。

すると、中年女は、そんな無体な事はしないでくれ。あの娘たちは、眠っている間の事は何も覚えていないのだからと厳しく諭す。

ただ、骨董品を愛撫するような気持ちで接してくれとも。

自宅の書斎で仕事をしていた江口の所に、妻(山岡久乃)がやって来て、美子の事なんですが…と何か言いたそう。

その直後、樋口が美子を訪ねてやって来るが、妻が応対して、まだ会社から戻っていないと追い返す。

その後、又樋口の元にやって来て、実は美子はもう帰っており、樋口を追い返すよう頼まれたのだと言う。

樋口がふられたと言う事ではないのか?と言う江口の問いに、妻は黙っている。

自分が話をしてみろと理解した江口は美子を呼びつけると、樋口と吉田のどっちにするのだと聞いてみる。

すると、美子は、失敗しちゃったの…、お父さん、ごめんなさいと答える。

その言葉で、江口は全てを理解する。

後日の早朝、近所の境内で出会った木賀に、江口はその事を打ち明け、男は惨い事をすると呟く。

樋口と吉田と言うのは、美子と同じ、東京の会社の貿易課で働いている仲間である。

女性は、最初に身体を与えた男と結ばれる事が多いから、樋口と結ばれるのではないか?自分もそうだったと木賀が言うと、私は結ばれなかったと江口は答える 。

ちょうどその時、近くを福良が通りかかったので声をかけると、今、あの家の帰りなのだと言う。

帰宅した江口は、ちょうど出勤する所だった美子を呼び止め、明日、伊豆に一緒に出かけてみないかと誘う。

江口は、又、海岸で出会っていた初恋の相手みちよの事を思い出していた。

江口は、結婚前にもう一度と言いながら、みちよに迫る。

しかし、みちよは、私の身体に想い出の印を残さないでと逃げる。

それを追った江口は、無理矢理みちよを押し倒し犯す。

翌日、伊豆にやって来た老いた江口は、樋口と結婚するのかとついて来た美子に尋ねる。

しかし、美子はきっぱり、しないと答える。

女の隙に乗じて、征服しようとするような男なんて大嫌いだと言うのである。

お父さんもあんな経験があるのかと聞かれた江口は、すぐさまないよと答えてしまう。

しかし、やはり、心のどこかで樋口を弁護してやりたい気持ちがあったのか、吉田との競争意識もあり、早く決めたかったのだろうと付け加える。

アパートを出る時、みじめだっと淋しげに言う美子に、もう忘れるように忠告する江口。

その夜、就寝中だった江口は、妻に起こされる。

木賀から電話だと言うのだ。

いぶかしく思いながら、電話に出てみると、福良があの家で死んだと言う。

葬儀の時、出会った木賀が言うには、死体は近所の旅館に運んだので、家族には福良があの家で死んだ事は知られていないと言う。

あの家で死ぬなんて、安楽死だと木賀と江口は語り合いながら海岸を歩く。

江口は、三たび、あの家を訪ねる。

皮肉屋の江口は、老人は、詩の隣人だからねなどと、福良の一件を承知している風に切り出すと、今日の娘は、その時と同じ娘か?この家には死霊が取り付いているのではないかなどと、中年女をからかう。

すると、その冗談に笑いながらも、今日はこのまま帰ってくれと女が言い出す。

明らかに不愉快そうである。

江口は、それに動じず、もし自分がここで死んだらそのままにしておいて欲しいとしつこく続けるが、女は、相手の娘にも迷惑がかかるし、本人や家族の名誉のためにも手伝いをすると答える。

いつものように、女から鍵を受取った江口が二階に上がろうとすると、女が今夜あたり幽霊が出ますよと冗談を返す。

江口は笑って、幽霊は、僕の中にも君の中にもいるよと意味ありげな言葉を残して、部屋に昇る。

その夜も、見知らぬ美女(工藤和子)が布団の上に眠っていた。

その胸には、爪痕が生々しく遺っていたので、福良が寝た最後の女だと察した江口は、一体、福良は、最後の夜、何をしようとしていたのかと想像する。

江口は、自分も初恋の相手みちよの胸に、同じような爪痕を残してしまった事を思い出していた。

その後、ちえみの家を訪ねて行った江口だったが、ちあみはすでにベッドの中で死亡していた。

江口は、その唇に接吻し号泣する。

その様子を痛ましそうに、そばで見つめるみちえの父親。

現在の老いた江口は、布団の中で眠る美女に、同じように口づけをするのだった。

ある日、自宅の書斎に又やって来た妻が、美子が吉田さんと結婚すると言っていると告げる。

その美子と散歩に出かけた江口は、何も意地になる事はないんだよと優しく諭すが、美子は、樋口が嫌いになったから、吉田を好きになったと返事をする。

それを聞いた江口は、自然じゃないような気がすると答え、吉田君は事情を知っているのかと尋ねると、ええと美子は言う。

現代人の考え方は、お父様の若い頃とは違っていると言う美子に対し、江口は、人間の心の奥底に潜んでいるのは、何時の時代にも変らないような気がするのだが…と、答えるのみ。

その後、吉田に会うために単身上京した江口は、料亭に吉田を誘い、彼が福島の農民の家の子である事を聞く。

樋口のやった事に大して聞くと、あいつは身体を奪う事で心を失ったのだと言う。

その割切った考え方に、江口は安心すると同時に、何か過去の自分を批判されているような痛みも感じていた。

吉田と別れ、電車の駅についた江口は、そこでどこかで見覚えのある老女が男連れで歩いている姿を見かけ足を止める。

その老女の面影は、昔付き合っていた神戸の女に似ていたからだ。

鎌倉に帰って来ると、駅まで美子が車で迎えに来ており、吉田はデリカシーがないし、ちょっとおっちょこちょいだなどと貶してみせる。

翌日、その日の事を夫から聞かされた妻は、女は最初の結婚につまづくと不幸になるから…と意味ありげな事を言いながら、新婚旅行には、自分達が行った湯本の清光苑ではどうかと提案するが、江口は、今の若い者は香港にでも行きたがるのでは?と冗談を言い、妻に睨まれる。

江口は、自分と妻との新婚旅行の帰りを、母親が家で待ってくれていた事を、妻の話から思い出していた。

その後、木賀の妻から電話があり、出てみると、今度は木賀が亡くなったと言うではないか!

木賀は、福良と同じく、あの家で死んだのだった。

その遺体に気付いた中年女は、遺体を廊下に引っ張って行き、階段から無慈悲に下に突き落とす。

その家に出向いた江口は、木賀が死んだ夜の事を聞き出そうとするが、中年女は何も語ろうとはしない。

その時寝ていた娘を自分にもあてがってくれと頼んでも、客がお好みで相手を選べないのだとにベもない。

中年女の手を見せてくれと言った江口は、手相でも観てくれるのかと、面白くもなさそうに差し出した相手に、死人の匂いがするね。地獄の鬼は、そんな白い手をしているのか?今夜は、その白い手で運ばれたいのだ。あんたは、老人が悶絶して死ぬのを待っているのだろうと嫌な皮肉を言う。

不愉快そうになった女から鍵をもらって、又、眠る美女の部屋に入った江口は、娘を揺り起こそうとしながら、その身体は自分の若い頃の悔恨や罪を思い出させると言いながら、抱きつくのだった。

後日、再度上京し、樋口を、先日、吉田を呼出したのと同じ料亭に招いた江口は、美子を抱いた訳を聞くが、煮え切らない態度の相手に苛立ったのか、飲んでいた酒を浴びせかけ、君は年老いてから、君自身の刑罰を受けると言い放つ。

江口のその言葉は、過去の自分自身に放ったものだった。

初恋の相手みちよの遺体を前に、どうしてこうなる前に自分に知らせてくれなかったのかと父親に問うと、みちよ自身が知らせるなと頼んだのだと言う。

「人の世に 我が道 夢の哀れなる」

江口は、自宅の書斎にいた。

離れからは、娘たちの明るい笑い声が聞こえて来る。

しかし、江口には、庭に横たわる美女の身体の幻影が見えていた。

それは過去からの復讐なのか?

江口は、昔、愛人がこの家を訪ねて来た時、当時まだ若かった妻が、きっぱり門前払いを食らわせた事を思い出していた。

何故、折角やって来た相手を追い返したと怒る当時の江口に対し、妻は、あの女とあなたの関係がどう言うものか知っている。私は何もかも知っているのですと、きつい眼差しで言い返して来た。

俺はこんな男だ!気に入らなければ帰りたまえ!と粋がった当時の江口だったが、妻は、私はどこにも行きません!と頑として態度を変えようとしなかった。

そんな回想から醒めた江口に前にやって来た現在の老いた妻が、吉田さんが来ており、結婚式を18日にしたいと言っているが、承認してやってくれと言う。

場所は八幡様で執り行ない、新婚旅行は湯本の清光苑にするとも。

美子と連れ立って、江口の前にやって来た吉田に、全て承知したと江口が答えると、美子が、今、月7000苑もの家賃を払って品川で下宿している吉田を、ここに来て、一緒に住んでもらおうと言い出す。

ここに来ると、美子の尻に敷かれますよと言う江口の冗談を聞き流し、吉田は、これから福島の兄の所へ行き、結婚式に来てもらうよう頼んで来ると言う。

その後、美子は、散歩に出ようとする江口に、樋口と会ったんだってと聞いて来る。

そして、何だか、吉田さんに悪いような気がすると言うので、これから吉田君を愛する事で終りにするのだと、江口はアドバイスする。

私はつまらない女だわ…、あの時だって、逃げ出そうと思えば出来たのに…と、少し落ち込んでいるような美子と共に海岸を歩いていた江口は、目の前からやって来てすれ違う海女の一人の顔を観て驚く。

あの家で寝ていた美女の一人に似ていたからだ。

しかし、いや違う…と、自分でその考えを打ち消す。

やがて、美子と吉田の結婚式が無事終わり、駅に新婚旅行に向う二人を見送りに行った江口は、車で帰る妻に、自分は歩いて帰ると言って、別行動を取る。

海岸を歩いて帰っていた江口は、バイクの後ろに乗って、運転する若者の背中にしなだれかかっている娘の顔を観て、又しても、あの家で寝ていた美女を連想するが、又、打ち消して、歩き始めるのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

文芸ものの映画化なのだが、独特の幻想性も持っており、観終わった後、奇妙な余韻が遺る不思議な作品になっている。

テーマは、青春の悔恨、懺悔だろう。

裸の美女と同衾する老人たちは、そこに二度と帰らない自らの青春の過ちを重ねるのだ。

映画は、現在の主人公と過去の主人公、さらに、主人公の娘の今が三重にダブって描かれて行く。

当時、まだ若かった田村高廣と山岡久乃が、老いた夫婦と若い頃の両方を演じ分けている。

松岡きっこが、このような文芸ものに出ているのも、ちょっと意外だった。

「眠りの美女の館」の中年女を演じている初井言栄の存在感も見事。

この館は、青春への回帰の館であると同時に「死の館」のイメージも重なり、どこか怪奇風の雰囲気が全編に付きまとう。

映画としては非常に地味な展開であり、青春がまだ身近な若い人が観ると退屈きわまりない作品ではないかと思うが、ある程度年を重ね、主人公のように青春を懐かしみ、死を徐々に身近に感じるような年頃になってみると、実に感慨深い内容になっている。

モノクロの静謐な世界観が、観る者の心に染み入って来る感じがする渋い名品である。