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満員電車

1957年、大映、和田夏十脚本、市川崑脚本+監督作品。

※この作品には、劇中、現在では許されない差別用語が使われていますが、発表当時は許されていた言葉であり、内容も差別を助長するようなものではないので、説明上、言い換えてしまっては意味が通りにくくなる部分など、そのまま文中でも一部使用しています。何とぞ御理解下さい。

▼▼▼▼▼最初にストーリーを書いていますので、ご注意ください!コメントはページ下です。▼▼▼▼▼

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とある最高学府平和大学の歴代卒業式…

明治9年、大正2年、昭和元年…と、段々卒業生が増えて行く。

そして現在の卒業式、雨の中、大勢の卒業生が全員傘をさして行われている。

タイトル

大学総長(宮島城之)が、講堂が火事で焼失してしまったと挨拶で述べている。

卒業生の一人、茂呂井民雄 (川口浩)は、もらったばかりの卒業証書を、雨に濡らさないように必死に抱え込んでいた。

記念写真も、雨の中で撮る事になり、写真屋が傘を閉じてくれと言うので、居並んだ卒業生たちは、シャッターを切る間、皆傘を閉じてずぶ濡れになってしまう。

その後、雨の中、祝杯が上げられたが、茂呂井は、飲んだビールが歯にしみて、思わず顔をしかめてしまったので、隣に立っていた級友(柴田吾郎=田宮二郎)が心配する。

茂呂井は麦酒やサイダーを製造している大日本駱駝会社と言う一流会社に入社し、研修期間の後、独身寮に入る事になったので、朝、それまで住んでいた下宿を出るため背広に着替えていると、同じ下宿に住んでいた三流大学の三年生がうらやましそうに別れの挨拶に来る。

茂呂井は、その後輩に、いらなくなった学生服を400円で売る事にする。

慌てて下宿を出ようとして、大切な卒業証書を忘れそうになった事に気付き、思わず広いあげる茂呂井。

その後、狭い路地を歯医者へ向おうとするが、二台のバスがすれ違おうとして道をふさいでしまっているのに出くわし、茂呂井はますますイライラする。

歯医者(杉森麟)は、すでに午前中の仕事を終わったと思っていたので、まだ待合室に茂呂井が座っている事に気付き、不機嫌になる。

健康保険では儲けが少ないのだが、それを採用しないと客が来ないのだと、看護婦の妻(響令子)と愚痴の言い合い。

その後、茂呂井は、学生時代付き合っていたデパートガール(宮代恵子)や映画のチケットの売り子(久保田紀子)に別れの挨拶をしに行く。

バス停でバスを待つ間、茂呂井は地元小田原で市会議員をやっている厳格な父親からの手紙を読み返していた。

そこへ、大学時代のガールフレンドの一人だった壱岐留奈(小野道子)が大きな荷物を抱えてやって来る。

彼女は、故郷岩手県一関に帰って、学校の先生になるのだと言う。

茂呂井は、自分は尼崎の工場の寮に行くのだと説明し、二人は路上キスをした後、別々の満員バスに乗って別れて行く。

茂呂井が駱駝会社の本社に到着した途端、斯業のサイレンが工場内に鳴り響く。

その頃、その社長室では、社長(山茶花究)が総務部長(見明凡太郎)を呼び、新人は3名だったはずだが、何故10名に増えているのか問いただしていた。

部長は、新たに加えた7人は、皆、強力な偉いさんをバックを持つ重役陣の縁故関係であり、すでに社長は、その承認の判子を書類に押されていると説明する。

茂呂井は、そうした縁故入社の者も含めたメンバーの中で、さっそく講習会に参加する。

その講義は、まるで、大学時代の授業の延長線であった。

講義期間を終えた彼らの内、地方勤務が決まっている者には、各々、札幌、下関、尼崎への切符を各々渡される。

その夜、会社の寮で寝る準備をしていた茂呂井は、下関に向う仲間からビールを勧められ、これから立ち向かう事になるサラリーマン生活について話に付き合う事にする。

茂呂井は、黒板に、これから自分達が退職するまでにもらう給料を計算し、そこから払わなければ行けない給料や保険、生活費などを差引くと、190万くらいしか残らない事を証明し、サラリーマンなんて味気ない生き方であるのは覚悟の上だと醒めた口調で答える。

翌朝、尼崎に向う列車が小田原辺りを過ぎる頃、時計屋を営んでいる茂呂井の父親(笠智衆)に、母親(杉村春子)が、今の列車に民雄は乗っていたのでは?と語りかけるが、父親は26日に出発すると言っていたから、そうかも知れぬ。あれは独力で一流大学から一流企業に入った男なので頼もしいと自慢げに答える。

その父親、先日、修理したばかりなのに、又遅れたと苦情を言いに来た客に対し、自分が修理した時計は絶対に狂わないと断言していた。

役所の時計やラジオの時報に合わせたのだがと反論する客に、父親は、もっと自分を信じなさいと説教する始末。

尼崎の独身寮に入った茂呂井は、さっそく、翌朝から満員電車に乗って出社する日々が始まる。

その同じ満員電車に、同僚になる更利満(船越英二)も乗っていたが、互いにまだ面識はない。

茂呂井は、出社後すぐに机に置かれた注文伝票の整理を始めるが、人一倍優秀な彼は、さっさと仕事を片付けてしまう。

それを横目で見ながら、先輩の更利の方はのんびり鉛筆を削っていた。

与えられた仕事を、わずか10分で終えてしまった茂呂井は、上司から「君だけで効率をあげてもらっては困る。会社は全体の和だ」と説教されてしまう。

仕方がないので、茂呂井は、午後配られた伝票の枚数を数えると、一枚につき2分40秒かけて書くと、ちょうど終業までに終えると逆算し、時計を見ながら、そのペースでゆっくり仕事を再開する。

しかし、その途中、又しても歯痛に襲われ、顔をしかめていると、更利がどうしたと声をかけて来る。

その時、終業のサイレンがなり、嘘のように痛みが去った茂呂井は、今直ったと伝えるが、更利は、工場内にある診療室の場所を教え、そこで診てもらうように助言する。

次に瞬間、又工場内に機械の音が響きはじめると、茂呂井の歯痛は再発してしまうのだった。

医務室の女歯科医(新宮信子)が茂呂井の歯を診ていると、同じ診療室にいた医者山居直(潮万太郎)は、絶対に直るまいと断言する。

茂呂井の歯痛が、仕事のストレスに対する精神的なものである事を見抜いていたからだった。

月日が流れ、デパートガールや映画館の女、そして壱岐留奈ら元カノたちは、茂呂井から届いた近況を知らせる葉書を読んでいたが、他の二人に比べ、壱岐は関心なさそうだった。

日曜日、いつものようにスーツに着替えた茂呂井は、特に予定もなく事もなく部屋に横になるが、そこに同じ独身寮に住む更利がやって来て、自分の部屋に遊びに来ないかと誘う。

更利に部屋は、家庭的な雰囲気に整えられており、茂呂井は感心するが、そんな茂呂井に更利は、理想を持った人は自殺すると忠告する。

以前、206号室に入っていた人がそうだったと言うのである。

茂呂井はびっくりする。今、自分が入っている部屋が、その206号室だったからである。

その更利の部屋に、一人の寮内の男が入って来て、醤油を貸してくれと言う。

その男は、先年、細君に逃げられたのだと更利が茂呂井に教える。

恋人など持つと金がかかるだけと言う更利に、茂呂井は手紙を出すだけで良いので金はかからないと反論する。

次いで、部屋に入って来た男は、雑誌を貸してくれと言って帰る。

その男は、肺病を病んで、しばらく会社を休んでいたのだと言う。

さらに、人が入って来たので、せわしなくなった茂呂井は自室に戻るが、そこで自分宛の手紙を発見、中を読んでみると父親からで、何と、母親が発狂したと言うではないか。

慌てた茂呂井は、更利の部屋に飛び込んで行くが、さすがに母親の病状の事は明かせず、そのまま、何事かと唖然とする更里と客を前に引き下がる始末。

その後、平和大学医学部で、馬場教授の助手をしていた和紙破太郎 (川崎敬三)は、精神科の医者を求むと言う茂呂井の依頼書を掲示板で読み、教授から、顧問をしている大阪の病院に、たまっている褒賞を受取って来てくれと頼まれたのを利用し、茂呂井に会ってみる事にする。

工場の昼食時、入口で待っていた和紙に対面した茂呂井は、忙しくないのに暇がない状態の自分に代わって、母親の様子を見に行ってくれないかと頼む。

その頃、食堂にやって来た更利は、急に苦しみだし、その場に昏倒する。

終業の5時に和紙と再会した茂呂井は、彼を自分の独身寮の部屋に連れて行くと、小田原までの往復の電車代を取りあえず渡し、母親の症状について説明を始める。

今まで、めったに笑顔など見せた事がなかった母親が、最近、一人で良く笑うようになったと言うのだ。

和紙の方は、自分は小さい頃から、孤児だったと打ち明ける。

その時、寮から啖呵で運び出される更利に気付いた茂呂井が、部屋の外に出てみると、更利は、深夜まで公認会計士になるため猛勉強していたので、その無理が祟ったのだろうと、寮生たちから教えられる。

何の事はない、理想を持っていないかのように見えた更利本人が、一番、理想に向って足掻いていたのだった。

それを知った茂呂井は、バカみたいだと呟く。

部屋に戻ってみると、一枚しかない寝具の中で、和紙はもう寝入っていた。

翌日、さっそく、小田原の茂呂井の実家に出向いた和紙は、市会議員を四期16年やっていると言う父親に出迎えられる。

今、市が行っている道路工事は無駄な行為だと愚痴っている父親が、自分は清廉潔白な人物だと自己紹介した時、ちょうど、紅茶を運んで来た母親の笑い声が聞こえ、紅茶を廊下に落とす音が聞こえて来る。

その症状を見た和紙は、自分は、民雄の事を、大学時代から注目していたものだと自己紹介し、母親の症状は、潜在的精神破壊ではないかと診断してみせる。

そこへ、番茶も持って来た母親が、又しても、意味不明な笑い声をあげたので、父親と和紙は、互いに目配せをしあう。

尼崎郵便局で和紙への治療代2000円の内、今月分の200円を現金書留で送った茂呂井は、その足で、仕立て屋に出向き、ぼろぼろになったワイシャツの修理を依頼していた。

背広もワイシャツも、徹底的に修理して着るのが茂呂井の方針だったのだ。

寮に戻った茂呂井は、部屋に壱岐留奈が待っているのに気付き、驚く。

聞けば、県の財政逼迫のあおりを受けて、先生を首になったのだと言う。

どうやら、前から気のあった茂呂井と所帯を持ちたいらしい。

茂呂井は、独身寮に女性を泊める事は出来ないと、それとなく断わると、彼女の方も事情を察したのか、素直に帰る事にする。

そんな彼女を大阪駅まで送る茂呂井は、電気屋の前で真新しい電化製品などを見るのだった。

駅から寮に戻って来た茂呂井は、買って来た「トタポン」と言うはり薬を、ポケットの中から大量に取り出す。

近頃、足がひどく痛むようになっていたからだった。

翌日、会社の診療所に出向いた茂呂井は、医者から、すねに貼付けたトタポンを剥がされ呆れられる。

医者が言うには、ストレス性の歯痛が足の方に移ったらしいと言う。

念のため、神経痛用の痛み止めの注射を尻にうたれる事になるが、その夜、茂呂井は部屋で一晩中うなされるはめになる。

そのうめき声に驚いた寮生が呼出したので、深夜部屋を訪れて来た医者は、茂呂井の尻が腫れ上がっているのを見て驚く。

足の方はと聞くと、そっちの痛みは直ったのだと茂呂井は答える。

医者は、注射の効果があったのだと納得し、化膿止めの注射をもう片方の尻にして帰る。

しかし、その後も朝まで、茂呂井の尻の痛みは引かなかった。

そんな彼に部屋に、突然、母親が訪ねて来る。

何と、父親が精神病院に連れて行かれたのだと言う。

気違いは、人の事を気違いだと思うものだが、自分は長男が戦死した後、可愛がっていたお前に会えない日々が続くので、皮肉屋になってしまっていたが、最近は、努めて笑顔になろうとし始めたと言うのだ。

そんな母親の話に驚き寝床から立ち上がった茂呂井は、鏡を見て、自分の髪が真っ白になっている事に気付き、驚愕する。

気違いは一体誰なんです?と、思わず、茂呂井は母親に尋ねてしまう。

母親は、家に帰ろうとすすめる。

その後、平和大学の付属精神科病院にいる父親を見舞った茂呂井は、入院患者たちと和気あいあいと過ごしている父親の姿を見て愕然とする。

父親は、自分や周囲が平素と全く変化がないと思い込んでいるようだ。

茂呂井は、診察に来た医者が、自分までも患者と思い込み、診察を始めたので驚いてしまう。

医者には、常人と患者の区別などつかないようだ。

そこへ、和紙がやって来て、この春自分は博士論文を取ったと言いながら、新しい精神病院の設計図を披露する。

どうやら、自分の父親の政治力を利用して、その病院を建てさせ、自分がその院長におさまるつもりらしい。

和紙は、茂呂井からもらった2000円を有効利用して、三段跳びで出世してみせると豪語しながら、歩道をいきおい良くジャンプしてみせるが、ちょうどそこにやって来たバスに轢かれてしまう。

それを見て、思わず走り寄ろうとした茂呂井も、電柱に頭をぶつけ気絶してしまう。

気がついて来たら、そこは、平和大学の附属病院のベッドの中だった。

起き上がった茂呂井は、自分の髪の毛が、又元の黒髪に戻っている事に気付くが、看護婦に尋ねると、和紙は亡くなり、何と自分は31日間も眠っていたのだと言う。

会社に連絡をしていなかった事に気付いた茂呂井は、看護婦が止めるのも聞かず、その場から逃げ出し会社に向うが、無断欠勤と言う事で、上司から首を言い渡される。

新たな職探しを始めた茂呂井だったが、平和大学はその後も卒業生が増え続け、すでに3年前の卒業生となった茂呂井の行く場所はなかった。

色々、知人を訪ねて会社めぐりをしてみたが、どこも就職希望者で溢れ、とても入り込めそうな雰囲気はなかった。

職安に日参しはじめた茂呂井は、そこで、同じく職探しをしている壱岐留奈と再会する。

茂呂井は、就職活動には大卒と言う肩書きがかえって邪魔になるので、わざと書かずに希望をだし、ようやく初任給7000円の小学校の小使いさんになったのだと打ち明ける。

すると、壱岐留奈は、今自分は、食べるために、同じ小使いさんの妻になっているのだと言い、こんな事なら、好きだった茂呂井と結婚しておけば良かったと泣き出す始末。

それを聞いた茂呂井は、待っていてくれれば良かったのに…とため息をつく。

その直後、自分の番号を呼ばれた壱岐留奈は、慌てて受付の方へ向って行く。

その後、小学校で鐘を鳴らしていた茂呂井だったが、ある日、突然、新しい小使いさんに交代する事になる。

大卒を黙っていた事が校長たちにばれてしまい、学歴詐称と言う事で首になったと言うのだ。

本音は、自分達より学歴が高い人間をこづかいとして使いにくいと言うのが本音らしかった。

しかし茂呂井は、校長ら教師たちを前に、自分は、こづかい室の裏の肥溜の近くの空き地に家を建て、皆さんの子供を教える受験塾を始めると言い出す。

その言葉通り、空き地に掘建て小屋を建てた茂呂井は、母親と二人暮しを始めるが、母親は幸せそうだった。

そんなボロ屋は、強風に屋根が吹き飛ばされそうになったので、思わず屋根板にしがみつく茂呂井。

その茂呂井にしがみつく母親。

翌年、その小学校の校庭で入学式が執り行なわれ、居並んだ新入生に向って、校長が、これから一生懸命勉強して、立派な人になって下さいと演説をしていた。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

若き日の市川崑監督の才気が光る、軽妙な風刺ユーモア映画。

冒頭から、畳み掛けるような意外な映像の連続で、観る者の心をグイグイ引き込んで行く手腕は見事と言うしかない。

勉強して立派な学校に入り、立派な企業に入る事を由とする社会の一般通念に向けた痛烈な皮肉が描かれている。

又、世間で言う所の立派な人物に対する皮肉も含まれる。

女性関係にドライな主人公の姿は、かなり新しい若者像ではないか。

表面上は上昇指向などないように見せながら、実は陰でひたむきに努力している船越英二や、貧しい境遇から這い出そうと、上昇指向に取り付かれた川崎敬三など、登場する人物たちの個性が面白い。

女性として、必死に生きようとする壱岐留奈(いきるな)の姿も印象的。

とぼけた役をさり気なく演じている笠智衆と杉村春子の姿もユーモラスである。

おそらく、放送禁止用語が使用されている所から、めったにお目にかかる事のない作品だと思われるが、こうした優れた風刺劇が観れないのは、実に惜しいと言うしかない。