1959年、東宝、円地文子「黒髪変化」原作、池田一朗脚本、筧正典監督作品。
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富士百貨店の6階時計売り場に勤める水島敦夫(小泉博)は、ちょうど腕時計を買い求めに来た裕福そうな中年婦人相手に、そつのない接待をし、あっさり商品を売付けてしまう。
その様子を観ていた同じ売り場のおみつ事安東美津子(柳川慶子)は、こっそり同僚の佐倉(三島耕)相手に、いつもながらの水島の女扱いの巧さをからかっていた。
独身である水島はどう言うタイプの女からの受けも良く、本人もその事を良く承知しているようで、女癖が悪い事でも良く知られている男だった。
そんな水島の前に一人の若い女性(安西郷子)が腕時計も持ち込み、修理を頼む。
水島は、その黒髪が長い女性の美貌に一瞬にして虜になってしまう。
修理には3日必要と女性に告げ、住所と名前の控えを受取った敦夫は、その女性が立ち去った直後、ショーウィンドーの上に、彼女が手袋の片方を置き忘れている事に気付き、これ幸いとばかりにそれを手に取ると、急いでエレベーターの方に向った彼女を追い掛ける。
彼女が乗り込んだ同じエレベーターに滑り込んだ敦夫は、そのまま屋上に登っていく。
そして、ポーカーフェイスの女性に声をかけると、持って来た手袋を渡す。
すると、彼女は悪びれる風でもなく、万引きと間違えられたのかと思ったと平然と答えながら受取り、これは自分が半年もかかって編んだものだと教える。
そのまま雑談を交わす内に、彼女は岡山から単身上京して、今学生である事を知るが、そろそろ2時だと知ると、約束があるからと、そそくさと立ち去ってしまう。
独り屋上に残っていた敦夫に声をかけて来たのは、亡き父親の親友だった岡(三津田健)とその妻の澄子(東郷晴子)だった。
今日は、孫娘を連れてデパートに来ていたらしい。
岡は、まだ独身である敦夫に細君の世話をしてやろうかと問いかけて来たので、敦夫はすんなり、お任せしますと答えるのだった。
その日、敦夫の自宅には、以前、見合いの話を持って来た吉村(沢村いき雄)が、あの話は先方から断わって来たと、敦夫の母親(一の宮あつ子)と姉道子(塩沢とき)に頭を下げて恐縮していた。
理由はと聞くと、吉村は話し難そうに、敦夫さんは女に弱いとの噂があって…と答えたので、母と姉は憤ってしまう。
吉村が帰った後、帰宅した敦夫に、その事を道子が告げると、別に気にした風でもなく、自分は元々、銀行員だと言う先方の娘には興味がなかったと答えるだけ。
弟の事が気になり、しょっちゅう嫁ぎ先から実家に戻って来ていたばかりに、とうとう夫に逃げられてしまった姉の道子は、そんな弟の態度に呆れてしまう。
そんな姉の心配を他所に、敦夫は、職業婦人なんて信用できないとさえ言い切る。
三日後の金曜日、佐倉とバスで一緒に通勤する敦夫は、妙に浮き浮きしていた。
今日は、修理を頼まれた時計が出来上がって来る日で、又、先日の長い髪の彼女と会えるからだ。
しかし、その日、閉店時間になっても彼女は現れなかった。
気掛かりそうな敦夫の心を見透かしたように、美津子が、あの相川蓮子と言う女性の事を考えているのだろうとカマをかけて来る。
注文書に書かれた彼女の名前をもうチャックしていたらしい。
すっかり当てが外れた敦夫を、美津子はちゃっかりデートに誘い出す。
しかし、美津子と共に百貨店を出た敦夫は、近くの道を歩いていた蓮子を発見し、すぐさま美津子をほっぽり出すと、蓮子の元に駆け寄って声をかける。
何故今日時計を取りに来なかったのかと聞くと、来たけどもう閉店だったと言う。
何故、閉店前に来なかったのかと聞くと、時計を持っていないからだと言う。
愉快になった敦夫は、そんな天然っぽい連子に食事を誘い、連子の方もあっさり承知する。
二人はそのままバーに向い、あれこれ飲みながら話を楽しむ。
何でも、蓮子の父親は、若い母親と再婚したらしく、それが嫌で、彼女は単身上京して来たらしい。
彼女は今、バイトをしながら洋裁学校に通っており、1年経ったら、父親に金を出させて店を持つのだと言う。
すっかり上機嫌になった蓮子を、敦夫は下宿先まで送っていってやる。
家の中まで観たいと迫った敦夫だったが、さすがにそれは断わり、蓮子は一人で中に入って行く。
その後、敦夫が立ち去ったのをこっそり玄関から眺めた蓮子は、はじめて酒を飲んでいる蓮子を心配する下宿のおばさんに、魅力ある不良だと教えて二階に上がるのだった。
次の日曜日、自宅で、趣味の写真整理をしていた敦夫だったが、姉にズボンのプレスを頼むと、そのまま蓮子の下宿先に訪ねて行く。
蓮子の方も、その日はあっさり二階に上げてくれた。
宣伝部から、今日1時から始まる映画の試写状を二枚もらったから行こうと持ちかけると、蓮子もその気になり、着替えるので表で待っていてくれと頼む。
しかし、自分は観たりしないからと、窓の外の方を向いた敦夫の態度を信用したのか、蓮子はそのまま着替えを始める。
その様子を、こっそり敦夫が振り向いて覗いたのは言うまでもない。
フランス映画を見回った後、街をぶらついた二人だったが、もっと今日を楽しい日にしたいと思わせぶりな言葉をはき、タクシーを止めた敦夫に、さすがに蓮子は従おうとはしなかった。
それでも、結局、タクシーに乗せられ、「ホテルしらゆり」で結ばれてしまう。
夜中の十二時、下宿まで送っていった蓮子に、バイトは何をしているのか?と聞いた敦夫は、男付き合いになれた様子の彼女の裏の仕事を疑っていたが、蓮子は何も答えず下宿に入ってしまう。
しかし、蓮子は、その夜、酒に酔ったかのように幸せな気分に浸り、部屋で思わず踊り出すと、窓から見える星空を見つめ、独り物思いに耽るのだった。
その後、敦夫は、こちらも以前から関係を続けている津島未亡人(水の也清美)と、喫茶店で落ち合っていた。
未亡人を先に店を出させ、レジで支払いをする敦夫に、レジ係の女が親しげに話し掛けて来る。
彼女も又、敦夫と付き合っている女の一人だったのだ。
やがて、時計売り場で働いていた敦夫の元に、蓮子から電話がかかって来る。
会いたいと言うので、7時に行くと約束し電話を切った敦夫は、つい上機嫌になった癖で口笛を吹き、美津子から注意されるのだった。
その夜、蓮子の下宿にやって来た敦夫は、蓮子が手作りの料理を作って待っており、すっかり世話女房気分になっている事を知り、ちょっとげんなりしてしまう。
どうやら、蓮子が、自分との結婚を夢見ている事が分かったからだ。
最初から遊びのつもりだった敦夫は、気分が重くなってしまう。
その頃、敦夫の自宅には、見合いの話を持って来た岡婦人澄子がやって来ていたが、敦夫が不在と知り、写真だけ置いて帰っていた。
姉道子は、その写真を観て、この縁談は成功するに違いないと母親に告げる。
何故なら、大学時代、逗子海岸で出会って、最初に敦夫が夢中になった大木光子と言う女性に感じが似ていると言うのだ。
常々、敦夫は、あの最初の女性とうまくいっていれば…と、口癖のように言っていたからだ。
母親もその写真を観てみて、なるほどと納得する。
そこに当の敦夫が帰って来たので、玄関先に迎えに出た道子は、彼のコートの袖のボタンに、長い女の髪の毛が巻き付いている事に気付き教える。
それにはとぼけた敦夫だったが、結婚したら毎月2万円と言う化粧代を実家が出してくれると言う赤坂のお菓子屋さんの娘、戸川恵美子(環三千世)の見合い写真を観ると、道子が予想したように、一目で気に入ったようだった。
その後、仲人を勤める岡夫妻と先方の両親、敦夫の母と姉も交えて、見合いをかねて敦夫は美術館に行く事になる。
趣味のカメラ持参でやって来た敦夫は、初対面のその時から、すっかり恵美子と意気投合する。
自宅に戻って来た敦夫は、この縁談にすっかり乗り気のようで、道子と母親からそれとなく、結婚前に他の女性との仲の精算はできるのかと聞かれ、手の切り方で男の価値が決まるのさと自信ありげに答えるのだった。
その言葉通り、翌日から、敦夫は、付き合っていた女たちと手を切りはじめる。
いつもの喫茶店で落ち合った津島未亡人には、上司から押し付けられた気の乗らない縁談を受けなくてはいけなくなったと嘘を言い、まんまと別れる事に成功する。
その様子を観ていたレジ係の女は、女好きなあなたが我慢できるのは、せいぜい新婚一ヶ月くらいだろうと会計時に敦夫をからかう。
百貨店の屋上で敦夫から事情を聞かされた美津子は、蓮子ときれいに別れられるのかと心配する。
その蓮子に誘われ遊覧船に乗った敦夫は、自分が他の女と結婚する事を切り出すつもりだったが、彼女が自分との付き合いにあまりに夢中である様子を観ると、どうしても切り出せなかった。
蓮子との別れ話がうまく行かないと悟った敦夫は、自宅で思わず、今、今度の結婚を断わったらどうなると母親に尋ね、呆れられるのだった。
もうすでに、結納も取り交わした段階だったからである。
その後、恵美子の家を訪ねた帰り、送って来る恵美子の口から、すっかりこの縁談に満足している様子を聞くと、もはや後戻りが出来ない事を感じ取る敦夫だった。
結婚式が、1月14日と決まったと職場で美津子に教えていた時、電話がかかり、出てみると、蓮子からであった。
今、下に来ているのだが、今夜付き合ってくれないかと言う。
敦夫はとっさに、今風邪をひいているからと断わる。
気がつくと、目の前に、恵美子が来ているではないか。
その応対をしようとした敦夫だったが、又電話がかかり、やはり出ると蓮子からで、夕べ自分は、ナイフを持った男から追い掛けられている夢を見たが、刺されても死ななかったと奇妙な話をし始める。
今、接客中だからと電話を切ると、又かかって来る。
さすがに、その電話は取れないので、美津子が代わって取ると、それは別の客からのものだった。
安心した敦夫は、恵美子の百貨店内の買い物のお供に出かける。
その時、蓮子は時計売り場にやって来て敦夫はいないかと言って来たので、応対した美津子が出かけていると返事を仕掛けた時、当の敦夫が戻って来て、一瞬、蓮子の姿に気付き逃げ出そうとするが、美津子に声をかけられ、仕方なく蓮子に応対する。
彼女は、又腕時計が故障したのだと言う。
敦夫は、7時にバー「ドン」で会おうと伝え、彼女を喜ばせる。
その夜「ドン」で会っても、うまく別れ話が切り出せなかった敦夫は、何となくそのまま、彼女をホテルに連れていき、又関係を持ってしまう。
蓮子が、今度の正月には会いたいと言うので、とっさに、今度、九州博多支店の指導員として出張しなくてはいけなくなったので、正月は東京にいないと敦夫は嘘を言ってしまう。
蓮子は、学校を卒業して店を持ったら、あなたと結婚したい。
実は、自分は男と遊びなれているような芝居をしていたが、本当はあなたがはじめてだったのだと打ち明け、もし、あなたが私を裏切るような事をしたら神様が許さないわよ…と意味ありげな事を言う。
その言葉に青ざめた敦夫が、君はクリスチャンなのかと聞いても、蓮子は、違う、日本の神様だと言うだけ。
すっかり敦夫は気が滅入ってしまい、とうとう何も打ち明けられないままだった。
やがて、正月が過ぎ、何組もの結婚式を連続して行う大きな式場で、敦夫は婚礼の日を迎える。
モーニング姿で、はじめて白無垢姿の恵美子と対面した敦夫は、神棚の前で、神主の祝詞を聞いていた。
やがて、三三九度の儀式が始まり、敦夫は畏まって、一人の神子が差し出すお神酒を盃に受けようとするが、目の前に立った巫女の顔を見て愕然とする。
それは、口元に薄笑みを浮かべた蓮子だった。
彼女がやっていたアルバイトとは、結婚式場の巫女だったのだ。
蓮子は黙々と作業を続けるが、敦夫はふるえだす。
目の前の神棚を見ている内に、彼女が以前言っていた「神様が許さないわよ」という言葉を思い出す。
その後、4人の巫女たちが踊りを披露しはじめた時も、薄笑みを浮かべたような蓮子の表情は変らない。
披露宴に向う前、休憩していた敦夫の顔色が異様に青ざめているのに気付いた道子は心配するが、敦夫はごまかして披露宴にのぞむ。
その際、廊下を巫女が通り過ぎていったので、思わず硬直する敦夫。
しかし、それは別人だった。
この手の巨大結婚式場にいる巫女の大半はアルバイトだと言う客たちの声が聞こえて来る。
突然、廊下の向こうの電話が鳴りだしたのにも、敦夫は怯えてしまう。
美津子と佐倉も顔を見せ、披露宴が始まるが、岡から酒を注がれた敦夫は、先ほどの三三九度の事を思い出し、口にする事が出来なかった。
敦夫の不安は、新婚旅行の列車の出発ベルが鳴りだし、列車が動きだすまでおさまらなかった。
何事もなく美代子と車内で二人きりになった時、ほっとした敦夫だったが、これからは自分の事を信じてくれと告げると、美代子も又、私を裏切るような事をしたら、何をするか分かりませんよと冗談まじりに返して来たので、ぎょっとしてしまう。
その時、目の前の二等車の扉が開いたので、何気なく目をやった敦夫は凍り付いてしまう。
そこには蓮子が立っており、黙って近づいて来ると、自分と美代子が並んで座っていた席の前に座るではないか。
相手の目線と無言に絶え切れなくなった敦夫は、トイレに立つ振りをして、自分を見つめている蓮子を無言で呼出す。
デッキで彼女が来るまで、タバコに火を付けて落ち着こうとした敦夫だったが、何度すってもマッチの火が消えてしまう。
気付くと、デッキの扉の鍵が壊れて開いているのだ。
そこにやって来た蓮子は、私を裏切ったわね。今度、あなた達の仲はどんな事をしても邪魔してあげる。神様だって、お許しにならないでしょうと、すごい眼差しで迫って来たので、思わず敦夫は、彼女の体を、開いたデッキの扉から外に突き落としてしまう。
冷や汗をかきながら、うたた寝をしていた恵美子のいる席に戻って来た敦夫は、目覚めた恵美子が、何時の間にか、さっきまで前に座っていた女の姿が消え失せている事に気付き、まるであの人、お化けみたいと口走った言葉を聞いた瞬間、窓ガラスに写る蓮子の姿をはっきり見るのだった。
旅行先のホテルに到着した後も、敦夫のおびえはなくならず、恵美子が先に入浴している間、列車の音がうるさいので、フロントに部屋を替えてくれるよう電話を入れるが、このホテルにそんな音が聞こえるはずがないと言われ、気がつくと確かに音は聞こえなくなっていた。
幻聴だったのだ。
気分直しにラジオを付けてみると、ニュースをやっており、今夜11時、湯河原、熱海の間の線路で、女性の死体が発見されたと報じている。
女性は、下り308号列車から落ちたと見られ、その左手には男物の服のボタンが握られていた事から、殺人だと思われると言うではないか。
驚いて、自分のコートを袖のボタンを確認してみると、確かに一つなくなっている。
そこに、恵美子が風呂から上がって来て、鏡台の前に座ると束ねていた髪を降ろすのだが、その長い黒髪を見た敦夫は、鏡の中に蓮子が立っているのを見る。
怯えて窓際に後ずさる敦夫。
何事かと心配して近づいて来る恵美子の姿も、敦夫には蓮子の姿に見えていた。
窓に背中がついた敦夫は、そのまま外に転落してしまう。
絶叫する恵美子。
窓の下には、敦夫の死体が横たわっていた…。
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タイトルからすると、一般的な文芸もののような印象を受けるし、事実、物語の主人公を演じる小泉博は、プレイボーイとは言っても、見た目温厚そうな優男だし、物語の三分の一くらいまでは、普通の良くある日常的なドラマのような印象を受ける。
ところが、淡々とした描写で進んでいた物語が、結婚式の最中、突如、がらりと印象を変えてしまう。
音楽も、明らかに、無気味なおどろおどろしいものに変化して行き、クールビューティな印象だった安西郷子の微笑みは、観客にとっても恐怖の対象としか見えなくなる。
それから後の物語は、超自然的なホラーなのか、怯えた敦夫が生み出した幻視なのか、観客にも判断が出来なくなる。
そして、一見唐突に見える幕切れ…。
エキゾチックな美貌の持主だった安西郷子のキャラクターを、これほどうまく引き出した作品を他に知らない。
「憎いもの」(1957)も、彼女の清純な美貌をうまく使った中編だったが、この作品の衝撃はそれ以上である。
やはり、女性が考える恐怖はリアリティがあり、本当に鬼気迫るものがあると言うしかない
とぼけた役が多い塩沢ときが、珍しく、上品な姉役を演じているのも貴重。