1952年、松竹大船、富田常雄原作、川島雄三脚本+監督作品。
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東京浅草近辺。
車が急停車し、路上にダルマが転がる。
リヤカーに、ダルマをたくさん積んでいた男に、車が危うくぶつかりかけ、商品のダルマが路上に散らばったのだった。
すぐに後部座席に乗っていた女性が「これを渡して」と紙幣を運転手に手渡す。
運転手は直ちに車を降り、ダルマを拾い集めていた男に、その札束を渡そうとするが、男は遠慮して受取ろうとしない。
その時、通りかかった一人の男が、車の後部座席に乗っていた令嬢に「降りて、自分で謝れ」と声をかけていた。
運転手のミスは、主人のミスだと言うのだ。
その剣幕に驚いた令嬢は、しぶしぶ車を降り、リヤカーの男に頭を下げると、自分から紙幣を渡そうとする。
すると、そのうちの一枚だけをリヤカーの男に渡した通りがかりの男は、残りの一枚を、これは余計だと令嬢に突き返し、太平さん行きな…と顔見知りらしいリヤカーの男に声をかけて、自分はさっさとその場を去って行く。
その後ろ姿に向って、車から降ろされた令嬢は「ごろつき!」と憎々しそうに呟くのだった。
その後、立ち去った男は、路上で客を相手にバイオリンを弾きながら唄っていた艶歌師の吟月(三井弘次)に声をかけ、一緒に歩き始める。
二人は懇意の仲らしく、男が二カ月振りにトンカツを一緒に喰おうと誘うと、吟月は、それなら自分の馴染みの旨い店があるからと、男を「一直」と言う店に連れて行く。
ところが、その店は閉っており、吟月が休みのはずはないのに…と首を傾げていると、ちょうど、その店の女将菊江(角梨枝子)が店にやって来たので、訳を尋ねると、電熱器が故障しているのだと言う。
それなら自分よりこちらが専門だと、連れて来た男を紹介した吟月は、彼女と共に店に入ると、まだトンカツの準備が出来ていないと言う菊江の言葉を聞くと、それなら自分が揚げてやると、さっさと割烹着を着込んで調理場に入って行く。
その間、菊江は二階の自室に上がり、トンカツ目当てにやって来た男の方は電熱器を早速修理しはじめる。
そこへ、昼間から酔っているかのように、ふらついてふいに入って来た男は、どうした周ちゃんと近づいた吟月に支えられながら、黙って二階に上がって行くと、畳に寝転がってしまう。
電熱器を修理していた男は、吟月の割烹着に血が付いているのに気付くと、すぐに二階に上がって行く。
彼は医者だと名乗り、二階で寝そべっていた男の腕を直ちに応急処置をしはじめると、弾を摘出する手術が必要だから、病院に連れて行く車を呼んで来てくれと吟月に頼む。
医者だと名乗った男は、トンカツが好物なので、みんなから「トンカツ大将」と呼ばれている荒木勇作(佐野周二)、そして、腕に弾を受けて倒れ込んでいたのは、菊江の弟で、大学まで、二人暮しの姉に行かせてもらいながら、その後ぐれて、荒んだ暮らしをするようになっていた周二(高橋貞二)だった。
周二を連れ込んだのは、近所の「佐田病院」だった。
勇作は、医者とは言っても、亀横横町に住む貧乏人相手の個人医に過ぎなかったので、手術室を借りる形で入り込むと、取りあえず自分で手術の準備を始めようとするが、院長自ら手術をすると看護婦から知らされ、付いて来た吟月や菊江と共にその到着を待っていた。
やがて、手術室に入って来たのは、佐田病院の院長、佐田真弓(津島恵子)だった。
その場で顔を合わせた勇作と真弓は、互いに驚いてしまう。
二人は、先ほど会ったばかりの、車に乗っていた令嬢と、彼女に文句を言って去って行った「ごろつき」だったからである。
互いに医者同士であった事をその時はじめて知った二人だったが、真弓が手術を始めると、その手付きの危うさに焦れた勇作が、途中で自ら志願して、真弓から執刀医の立場を交代してもらう。
無事、手術を終え、帰ろうとした勇作に、手術の手際の良さを見て感心した真弓が、この病院で働いてくれないかと頭を下げるが、勇作はきっぱり断わる。
雨が降り始めた中、独り長家に戻って来た勇作を待っていたのは、目の不自由なお艶(小園蓉子)であった。
彼女は、隣に住むダルマ職人の太平(坂本武)の一人娘なのだが、いつも勇作の身の回りの世話をしてやっていたのだ。
その日も、勇作の留守番代わりとなり、原稿の催促に来た人があったと知らせた後、昼食を取り損なったと言う勇作に、夕食の準備が出来ていると自宅のお膳に誘う。
やがて吟月も戻って来て、絹代から手術のお礼代わりにトンカツをもらって来たと差し出したので、勇作は、目の不自由なお艶にそれを勧め、まだ戻って来ない父親太平の分は別に取ってあるといいながら、自分は芋の煮物をおかずに食べはじめる。
居候の身である吟月は、勇作の心遣いを見ながらも、そこまで遠慮する必要はないだろうと目で促し、それに気付いた勇作も、もう一つの折り詰めのトンカツを一切れつまむのだった。
そこへ、酔った太平が帰って来る。
娘の目が見えるようになるまで禁酒を誓っていた太平だったが、今日は三の酉だと言うのに、雨で仕事が出来なくなったので、つい、車とぶつかりそうになった時、乗っていた真弓からもらった金を、全部やけ酒として飲んで来てしまったらしいのだ。
そんな所に、近所で急患が出たとの知らせが来る。
翌日、子供を大勢引き連れて走っていた勇作の横を、真弓の車が通りかかる。
勇作が連れていたのは、近くの光ホームの子供達だったのだ。
一方、病院に来た真弓を待っていた顧問弁護士の大岩(北龍二)は、病院拡張計画の具体案を示しはじめる。
今のままでは、この病院も手狭すぎるので、かねがね拡張したいと考えていた真弓が依頼していたものだが、問題は、その拡張する場所が亀横長家全部に当る事だった。
すでに、亀横長家の地所の権利は手に入れてあるので、後は、立退料さえ出せば大丈夫だと言う大岩に、勇作の事を思い出した真弓は、一度自分が先方に聞いてみると言い出す。
その亀横長家に勇作を訪ねて来たのは「一直」の女将菊江だった。
しかし、勇作は外出中で、独り留守番をしていた吟月から事情を聞かれた菊江は、周二が、又、懲りずに外出していると言う。
吟月は、自分はかつて、ハバロフスクで世話になって以来、勇作と共に暮しているが、あいつも実は大した人物で、大阪の実家に帰ると…と、過去を打ち明けはじめた最中に、その勇作本人が帰って来て、その話を止めさせてしまう。
菊江から、周二が先日の喧嘩相手から呼び出しを受けて出かけようとしているのだと聞かされた勇作は、さっそく菊江と共に「一直」に同行する事にする。
玄関を出たところで、拡張工事の相談に訪れた真弓とはち合わせするが、先を急いでいた菊江と勇作は挨拶もそこそこに去ってしまったので、独り取り残された真弓は不機嫌になってしまう。
「一直」の二階では、ちょうど、周二が出かけようとコートを着ていたので、菊江が止めようとするが、言う事を聞かない。
そこで、勇作が進みでて、抵抗しようとする周二を投げ飛ばしてしまう。
ヤケになった周二が、殺せ!と開き直ったので、外に連れ出した勇作は、自分も6つの時に母親を亡くしたのだが、いつもその母親の事が思い出されるのだ…と、歩きながら打ち明け話を始める。
周二は、自分は生まれた時に母親が死んでしまったので、顔すら覚えていないと拗ねるので、君のおふくろ代わりは姉さんじゃないかと言い聞かす勇作。
その姉さんを安心させるために、もっと強くなって、きれいな身に戻る気持ちはないかと諭した勇作が連れて来たのは、警察署の前だった。
今日は、自分の母親の命日なので、これから谷中に行かなければならないが、君を信頼すると言い残して去って行く勇作だったが、しばらく考えていた周二は、思いきったように警察署の玄関に上がって行く。
心配してつけて来て、その様子を陰ながら見ていた菊江は、周二の元に駆け寄ると、気丈にも「周ちゃん、体に気をつけて…」と言葉をかけてやる。
その言葉を聞いた周二は、素直に警察の中に入って行くのだった。
夜、長家の自室で勉強していた勇作は、同じ部屋で先に寝ていた吟月が寝ぼけて笑うので、どうしたんだと起こしてしまう。
目覚めた吟月は、菊江の事を夢に見ていたのだと照れながら、自分はあの菊ちゃんの事が好きなのだが、自分はもう40だし、彼女の方は大将に気があるようなので、思いきって譲ると言い出す。
それを聞いた勇作は、呆れたように、簡単に人に譲るような恋はするなと叱りつけながら、つらいのはお前ばかりではないと呟く。
吟月はその言葉で、女嫌いで通っている勇作には、かつて約束をした多美と言う女性がおり、戦後、消息が知れなくなったその相手を、いまだに探し求めているらしい事情を思い出すのだった。
クリスマスが近づいたので、浅草で、光ホームへ贈るプレゼントを購入していた勇作は、泣いている子供の声を聞き、そちらに目をやると、店の品物を勝手に持ち去ろうとしていた子供を叱りつけている母親らしき女性の姿を発見し、唖然としてしまう。
かつて結婚を誓いあった仲ながら、戦争で別れたきり、探し求めていた多美(幾野道子)だったからだ。
デパートの鉄道模型の前で、彼女に声をかけた勇作は、彼女が連れていた子供に買って来た汽車の玩具を与えながら名前を尋ねる。
丹羽利春(設楽幸嗣)と名乗った子供の言葉を聞いた勇作は愕然とする。
それは、自分が兵隊に行く時、彼女を守っていてくれるように託していた、本省勤務の友人、丹羽(徳大寺伸)の名だったからだ。
デパートの屋上に上がった多美は、つらそうに、丹羽と結婚するに至った事情を打ち明けはじめる。
戦時中、丹羽が監督官をしていた工場で働かせてもらっていた多美は、敗戦を知り、拳銃自殺を仕掛けていた丹羽を発見し、それを止めた事がきっかけになり、気持ちが落ち込んでいた丹羽から、自分を助けるために結婚してくれ、自分にはもう死ぬか、君と結婚して、精神的に支えてもらうしか道は残されてないのだと、弱音を吐露されたと言うのだ。
ところが、今や、その丹羽は、事業に失敗し、全く働くなっているのだとも。
そんな事情を聞きながら、多美を家に送っていた勇作だったが、一足先に家にたどり着いた利春が、家にいた父親の丹羽に、知らないおじちゃんからもらったと玩具を見せてしまう。
その丹羽が家を出ようとしたところで、一緒に連れ立って帰って来る多美と勇作の姿を目撃してしまう。
ところが、家の前まで来た勇作は、やはり丹羽に会わない方が良いだろうと帰ってしまったので、独り帰宅した多美は、勇作と再会した事を家にいた丹羽に話そうとはしなかった。
それに気付いた丹羽は、多美に、勇作と会った事を何故話さないのかと絡みはじめる。
何故、この近くまで来ながら、あいつは帰ってしまったのか?何かお前たちには後ろ暗い事があるのではないかと言い出した丹羽は、利春が遊んでいた汽車の玩具を取り上げると、これを返して来い、お前も一緒にあいつの元に行っても良い、ただし子供だけは置いて行けと、多美を突き飛ばしてしまう。
隅田川の畔で、独りつらい時間を過ごしていた勇作が長家に戻ってみると、さっき、玩具の汽車を返しに女性が来たと吟月から聞かされる。
ぼんやり、その玩具を弄んでいた勇作の元へ、真弓が訪ねて来て、病院の拡張工事の話をし始める。
その場所が、この長家に当る事を聞いた勇作は即座に反対をするが、自分をお嬢さん呼ばわりしてバカにする勇作の態度に怒った真弓は、あなたがどんなに反対しようと、すでに計画は、父親と顧問弁護士の手によって着々と進んでいる。一度あなたには頭を下げさせてみせると言い残して帰って行く。
その会話を秘かに聞いていたお艶は、彼女はあなたの事が好きなのだわ。だから怒ったのよ…と、勇作の元に来て教えるのだった。
その後、真弓の父親伴蔵(長尾敏之助)に直接話を聞きに出向いた勇作は、同席していた顧問弁護士の大岩から、長家の住民たちへの保証はしっかりすると説明されるが、その前に、こちらもみんなで相談させてくれ、ただし、僕個人としては反対だと言い残して帰る事にする。
長家の住民たちを集めて相談してみると、保証をきっちりしてもらえ、新しい仕事の世話までしてもらえるのなら、立ち退いても良いのではないか。病院ができれば、街全体の役にも立つのだから…と言う意見が多数を占める中、ただ独り、太平だけは、30年も暮して来たここを離れるつもりもないし、第一、みんなと離ればなれになりたくないとしんみり言うのだ。
その頃、「一直」に丹羽を呼出し酒を飲ませていた大岩は、病院を拡張すると見せ掛けて、実はもっと儲かるキャバレーを作る話をしていた。
ただし、それには今邪魔なやつが独りいるので、そいつを痛めつけてくれと、ぶらぶらしている丹羽に相談していたのだった。
丹羽は、何気なく聞いた邪魔をしている相手の名前が荒木勇作と知り、ちょっと考え込んでしまう。
しかし、その話を聞いた菊江は、すぐに長家に走ると、集まっていた住人たちに全てをばらしてしまう。
事の真相を知った住民たちは一斉に猛反発し出し、今にも病院に乗り込もうといきり立つので、暴力はいけないので、世論に訴えるのだと勇作が言い聞かし、翌日から、みんなが手分けして、近所の壁に「病院建設反対」のビラを貼りはじめる。
その様子を、車で通りかかった真弓は目撃するが、さらに、病院に到着した彼女をからかう歌を吟月が外で唄いはじめたので、さすがにたまりかねて外に飛び出すと、何故、こんな嫌がらせを受けなければいけないのかと抗議するのだった。
しかし、その場にいた菊江が、負けじと立ちふさがると、浅草の人間は気が短いよと啖呵を切ってみせる。
菊江は、真弓も工事の実態を知っていて、とぼけているのだと思っていたのだ。
しかし、実際には大岩一人の企みで、真弓は何にも知らなかったのだが、その頃、当の大岩は、丹羽の家を訪ね、金を渡していた。
亀横長家に乗り込んで来た丹羽は、吟月から勇作が留守だと聞くと、中に上がり込んで待つと言い出す。
そこに、勇作が戻って来て、待っていたのが丹羽だと知ると、自分にも話があるのだと言いながら彼を外に連れ出すと、光ホームに連れて行くのだった。
そこには、多美と利春がいた。
勇作が世話をして、多美を働かせてもらっていたのだ。
多美は、利春の体調がおかしい事に気付くが、表にいる二人が、そこまで気付くはずもなく、丹羽は感謝をするどころか、誰が仕事の世話など頼んだ?妻にこれ以上付きまとうなと勇作につきかかって来る。
かつての友人とは思えぬその豹変振りに驚く勇作に対し、丹羽はさらに、お前は今、色々画策しているようだが、お前の父親は将校大臣の荒木朔四郎だろう?その選挙の地盤作りの為にやっているのだな?ととんでもない言い掛かりをつけ、勇作に殴り掛かって来るのだった。
一方、長家では、集まった住民たちが、新聞を読んで色めき立っていた。
そこには、荒木朔四郎大臣の息子勇作が、選挙目的の為に病院拡張工事を妨害していると書かれてあったからだ。
住民たちは、日頃散々世話になっている事も忘れて、自分達は大将に利用されていたのではないか、そもそも、そんな金持ちが、こんな貧乏長家に住んでいる事自体がおかしいと怪しみ出したので、その話を聞いていたお艶は、その不人情振りに泣き出してしまう。
そこに帰って来た勇作は、新聞を突き付けられると、確かに自分は荒木朔四郎の息子だが、親父の生き方を押し付けられたのが嫌で、こうした生活をしているだけで、新聞に書かれているような事は全部嘘だと答える。
しかし、住民たちの態度は、どこかおかしかった。
実は、すでに、立退料を個別に受取ってしまっていたものがいたのだ。
その事を知った他の住民たちも、金をもらって立ち退いた方が利口だと言いはじめ、そそくさと勇作の部屋から出て行ってしまう。
孤立した勇作の心情を思い計り、外に連れ出した吟月は、珍しく勇作から、旅に出たくなったなどと弱音を聞いたので、これまで通り二人で元気に行こうじゃないかと励ますのだった。
そこで偶然出会った真弓が、一体大岩は何をしようとしているのかと聞いて来たので、その世間知らずのお嬢さん振りに呆れた勇作は、少なくともあなたは反省する必要があるでしょうと嫌味を言い残し、吟月と「一直」に飲みに出かける事にする。
その日はクリスマスだった。
先に酔った吟月が、ちょっと外に出た後、菊江と二人きりになった勇作は、今日、深川のおばと一緒に周二の面会に行ったが、間もなく釈放されそうだと聞かされる。
喜んだ勇作は、戻って来たら、彼もそろそろ身を固めても良い年頃だと言いながら、あなたも…と菊江に話を振って来る。
照れて、私なんか相手がいないと否定する菊江だったが、あんたを嫁に欲しがっている男がいると勇作が言い出すと、真顔になって話の続きを待つ。
そこに酔客がなだれ込んで来たので、今日はもう看板なんだと追い返して、話の続きを促した菊江だったが、勇作が吟月の名前をあげると、急に落胆してやけ酒を飲みはじめ、先生は女の気持ちなんてまるで分からないのよと嘆くのだが、それを表で立ち聞いていた吟月は、もっと気落ちしていた。
独り、長家に戻って来た吟月を迎えたのは、やはり、父親が帰って来ないので寂しがっていたお艶だった。
そんなお艶を前に、吟月はバイオリンを手に取ると、失恋の気持ちを表す歌を寂しげに唄いはじめるのだった。
そこへ、ぐったりした利春を抱えた多美が駆け込んで来る。
「一直」では、帰ろうとする勇作を、菊江が酔った勢いで抱きついて止めようとしていたが、それを邪険に振払うと、勇作は店を飛び出して長家に戻るが、そこで待ち受けていた吟月と多美から、利春の容態がおかしいと聞かされるのだった。
その直後、自宅で寝ていた真弓は、子供の急患が運び込まれ、勇作が手術室で執刀を始めた事を病院から知らされたので、自分も駆け付ける事にする。
利春の手術をしていた勇作は、すぐ近くで消防のサイレンの音が聞こえ出したのに気付く。
様子を見に行った看護婦が、すぐ近くで火事が起こり、ここも長家も危ないと知らせると、勇作は手術を続けながら、吟月に、目の不自由なお艶を連れ出すように頼む。
急ぎ長家に戻った吟月だったが、部屋にお艶の姿がない。
探していると、お艶は、隣の勇作の部屋で、書物を燃やすまいと持ち出そうとしていた。
そんなお艶を連れて、表に逃げ出した吟月だったが、火事の勢いは留まらず、火の手は佐田病院へも近づいていた。
野次馬でごった返す中、駆け付けた真弓と出会った吟月は、今、勇作が手術しているのは、昔の恋人の子供なのだと打ち明ける。
それを聞いた真弓は、病院の責任者として、野次馬をかき分けると、自分の病院へ入って行く。
煙が充満しはじめた手術室の中、懸命に執刀を続けていた勇作の姿を見た真弓は、自らも着替え、彼の額の汗を拭いてやるのだった。
やがて手術が終わり、利春の体を抱え、付き添っていた多美と共に真弓の車に移動していた勇作の姿を、野次馬の中にいた丹羽が見かけ追い掛けて来る。
後部座席に利春の体を横たえた瞬間、勇作は駆け寄って来た丹羽から、まだ俺の女房に付きまとっていたのかと殴り掛かられる。
それを見た真弓は、今、助け出されたのは誰だと思っているのです?あなたのお子さんじゃないですか!この方は、火事の危険もかえりみず、最後までお子さんの手術に没頭されていたのに、それをこんな仕打ちで返すとはどう言う事なのかと言い聞かす。
それを聞いた丹羽は、自分の誤解に気付き、車の中に寝かされていたわが子利春を抱き締め、その姿を見た多美も又、泣きながら丹羽にすがりつくのだった。
翌日、病院に父親と共にやって来た大岩に、真弓は、これまで、あなたが何をやっていたか何もかも分かったと言う。
その後ろから、勇作と丹羽の姿が現れたのを見た大岩は、悪事が全てばれたと悟り、「せいぜい、儲からない病院でも建てるんですな」と捨て台詞を残して立ち去ろうとするが、忘れ物だと言いながら近づいて来た勇作から、パンチを一発受けてしまう。
その後、薄々事情を知った父親が、頭を下げて帰って行った後、もう一つ忘れ物があったと言い出した勇作は、真弓の前で頭を下げると、いつか、あなたは私に頭を下げさせてみせると言っていたでしょう?今日のあなたの態度は立派だった、これまでの自分の非礼は許して下さいと詫びるのだった。
そうした二人の様子を、偶然、病院の入口付近から見ていたのは菊江だった。
彼女は、真弓の態度を見ている内に、彼女が勇作を好きな事を女の直感で悟り、自分の敗北を認めると、独り寂しく帰るのだった。
やがて、正月が近づいている事もあり、亀横長家では住民総出で餅搗きが始まっていた。
そんな中、吟月は、太平手作りの目が書かれていないダルマを見つめていた。
今正に、佐田病院で目の手術を受けたお艶の包帯が取れる日だったのだ。
包帯が取れたお艶は、始めて勇作と、その横に立っていた真弓の姿を見る事になる。
手術は成功したのだ。
その知らせを、病院に付き添っていた太平から身ぶりで教えられた吟月は、喜んでダルマに目を書き込むのだった。
そんな喜びに沸く病院に、勇作の妹静子(美山悦子)が、突然大阪から駆け付けて来る。
何事かと出会った勇作に、父親が脳いっ血で倒れ、兄さんに会いたがっているので、すぐ帰って来てくれと言うではないか。
後日、長家で荷物をまとめはじめた勇作に、お艶を始め、長家のみんなが、又戻って来てくれるんでしょうねと別れを惜しんでいた。
ここは、俺の故郷だ。必ず戻って来ると言う勇作の言葉とは裏腹に、吟月を始め、みんなは、もう二度と彼が戻って来れない事を悟っていたのだ。
みんなに見送られながら、佐田病院の前にやって来た勇作は、そこで待っていた真弓から、私も待っていますと言うのを聞く。
そこに雪が降って来たので、真弓の車で送ってもらう事にした勇作。
そこに、釈放された周二を連れた菊江が駆け寄って来て、礼と別れを言いながら、外で立っていた真弓を車の中に押し込むと、土産に持って来たとんかつの折り詰めを勇作に手渡し、走り出した車を寂しげに見送るのだった。
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タイトルからすると、食べ物に絡んだ、ちょっとユーモラスな物語を連想するが、実は「とんかつ」はさほど重要な要素ではなく、実質は下町人情劇で、貧乏と医者ものと来れば、まず失敗作はない設定だけに、この作品も心に残る名品になっている。
劇中、歌謡曲で心情を表したり、かなり御都合主義的な展開と言う通俗的な部分が、若干気にならないではないが、この当時のメロドラマのパターンと考えれば、特に欠点と言うほどでもないだろう。
気丈な下町の女菊江を演じているのは、先頃他界された角梨枝子。
お嬢さん役の津島恵子、多美役の幾野道子と共に、その輝くような美貌を見せてくれる。
朴訥な好人物を演じている佐野周二もさる事ながら、相変わらず、三井弘次が味のある芝居をしている。
敗戦で、すっかり屈折してしまった男を演じている徳大寺伸も印象的。
