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蝉しぐれ

2005年、「蝉しぐれ」制作委員会、藤沢周平原作、黒土三男脚色+監督作品。

この作品は比較的新しい作品ですが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので御注意下さい。コメントはページ下です。

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海坂藩、山かがしが川を渡っている。

その川で、洗濯物を木槌で打つ少女ふく(佐津川愛美)に朝の挨拶をしに顔を洗いに来たのは、隣に住む下級武士、牧助左衛門(尾形拳)の息子文四郎(石田卓也)だった。

そのふくが、山かがしに咬まれて驚いた声を上げたのに気づいた文四郎は、その指を吸ってやり、武家の娘がこのくらいの事で泣いてはならんぞと慰めてやる。

助左衛門は、くたびれた裃をそろそろ買い替えようかと口に仕掛けるが、送りだす妻の登世(原田美枝子)は、家にはそんな余裕はないときっぱりとはねつける。

文四郎は、石栗弥左衛門(利重剛)の道場で腕を磨いていたが、15才にしては筋が良いと先輩の矢田作之丞(山下徹大)から見込まれていた。

一方、同じ道場仲間だった島崎与之助(岩渕幸弘)は、生来臆病なのか、打たれる事を恐れているようで、剣もなかなか上達せず、その日も先輩から大声で叱られていた。

もう一人の仲間大和田逸平(久野雅弘)と三人連れ立って、その日の稽古から帰る途中、美しい女性とすれ違ったので、三人とも興味を持つが、それは矢田の妻(原沙知絵)であった。

帰り道でも、独り落ち込んでいた与之助は、道場を辞めて、江戸へ行くかも知れないと二人に打ち明ける。

それを聞いた逸平も、与之助には学問に進む方があっていると思うと賛成するが、与之助の方は、今後、二人に会えなくなる事が寂しいようだった。

ある祭りの夜、文四郎は、隣の小柳ます(根元りつ子)からふくも一緒に連れて行ってくれと頼まれ、一緒に花火見物に出かける。

かねてより、文四郎の事を秘かに慕っていたふくは、花火を観ながらさり気なく、隣にいる文四郎の袖を掴もうとしかけるが、そこへ駆け付けて来た逸平が、江戸に行くのを妬まれた与之助が山根(高橋研)たちに襲われていると知らせに来たので、文四郎も一緒に加勢に行ってしまう。

独り取り残されたふくは、祭りが終わるまで待たされたあげく、喧嘩の傷痕も生々しく戻って来た文四郎から詫びられて、しぶしぶ帰宅する事になる。

そんなある日、父親が急用で出かけた夜、大雨で川が氾濫しそうになる。

文四郎は、自分が父親の代理を勤めて来ると、家を飛び出すと、同じ普請組の小柳の家に向う。

そして、川に向った一行は、上司から、ここを切り崩して、川の水を導くと指示されるが、連れて来た人足たちが何故か皆それに従おうとしない。

そこに駆け付けて来たのが、助左衛門であった。

彼は、上司に、ここの土手を切り崩せば、金井村の十町歩に及ぶ稲田が潰れてしまうので、手伝い人足たちは引き払ってしまう。もっと上流の鴨の曲がりで切り崩して欲しいと進言する。

その意見の正しさを悟った上司は、皆に上流へ移るように指示し、近辺の農民たちは、恩人である助左衛門に礼を言うのだった。

その人足の手伝いをした文四郎は、作業が終わった際、つい足を滑らせて川に落ちかけるが、その手をしっかり握りしめたのは、父、助左衛門だった。

正月、行きの中帰宅した文四郎は、玄関口でふくと出会う。

母が言うのは、米を借りに来たそうである。

いつもあれこれ借りに来ては、一度も返した事がない小柳の妻、ますの厚かましさよりも、毎度その使いをさせられるふくが不憫だと言う。

その年の夏、稽古の帰り道、文四郎は、侍たちが走り回っている異様な光景を目にする。

帰宅すると、小柳甚兵衛(小倉久寛)が来ており、殿のお世継ぎ騒動に巻き込まれ、父、助左衛門が監察に捕まってしまったと報告に来ていた。

普請組から捕まった3人は、今夜の内に龍光寺に送られるのだと言う。

その頃、小柳の家では、ますが、ふくに、今後、もう文四郎とは付き合ってはいけないと足留めをしていた。

その後、龍光寺に面会を許され身内としてやって来た文四郎は、関口信介の父と名乗る老人(大滝秀治)が、切腹させられる訳を教えてくれと役人に問いかけたので、その瞬間、父も切腹させられる運命なのだと悟る。

許された短い時間の間、父親と体面を許されるが、助左衛門は、父を恥ずべき事はない。それはいずれ分かる。道場では筋が良いと矢田作之丞から聞いているので、励むように。そして、母親を頼むと言い残して去る。

心配して、寺の下に迎えに来てくれていた逸平に、文四郎は、父親を尊敬していた事、母親の事は心配いらぬ事など、これまで育ててくれてありがとう等、思っていた事が何も言えなかったと後悔を口にするが、逸平は、そんな文四郎の気持ちを優しく慰めるのだった。

助左衛門の死骸は、夏の真っ昼間に寺で受け渡された。

その遺骸を確認した文四郎は、荷車に乗せて、独り自宅まで引いて来るが、坂道で身動きが出来なくなった時、坂の上から駆けて来る少女がいた。

ふくだった。

ふくは、荷車の遺骸に手を合わせると、黙って、後ろから押しはじめる。

その後、文四郎の新しい住まいを訪ねて来た逸平は、雨が漏るその余りに貧しい長家住まいを観て呆れる。

逸平は、今回の事件の裏を調査して教えに来たのだった。

それによると、助左衛門が処刑されたのは、世継ぎ争いで優位に立ち、今や、主席家老になった里村左内(加藤武)の対立相手、元主席家老だった横山又助の側にいた為だったと言う。

その秋、ふくが一人で長家にやって来る。

その後、稽古から帰宅した文四郎に、母登世は、ふくが明日、江戸に発つと知らせに来たと教える。

すぐさま、ふくの後を追った文四郎だったが、その行く手を、たまたま通りかかった山根の仲間たちに取り囲まれ、喧嘩が始まってしまう。

ボコボコにされた文四郎は、思わず、ふくの名を叫ぶ。

その頃、ふくは、海辺で寂しげに佇んでいたが、翌朝、父、甚兵衛に連れられ、江戸に向う事になる。

時が流れ、成長した文四郎(市川染五郎)は、御前試合に出る事になるが、対戦相手犬飼兵馬(緒形幹太)はおかしな剣法を見せたので、あっけなく負けてしまう。

その後、うちひしがれた彼の所に近づいた矢田作之丞は、やつの剣は狂気の剣だ、惑わされてはいけないと、自ら、同じ技を披露してみせる。

そして、又しても、その姿を見失った文四郎に、心の目で見よと教える。

帰宅した文四郎には、母、登世から、里村から屋敷に来るよう呼び出しがあったと知らせられる。

父親を殺した張本人から、今頃何ゆえに?と疑問を抱きながらも屋敷に出向いた文四郎は、大目付の尾形久万喜(麿赤兒)も立ち会いと称して同席しているのを知る。

里村の要件は意外なものだった。

文四郎の家の家禄を元に戻し、郡奉行支配を命ずると言うものであった。

久々に、かつての家を訪れた文四郎は、隣の小柳の家の様子が変わっているのに気づくが、近所の女の話では、小柳家は大変な出世をして、もうここには住んでいないと言う。

出世の理由は、ふくが殿のお手付きになったからと言うではないか。

かつて、そのふくと朝いつも出会っていた川に向った文四郎は、川の中に沈んでいた洗濯槌を見つけて、独り感慨に耽るのだった。

その後、かつて道場で、父親、助左衛門の後輩だったと言う青木孫蔵(大地康雄)に付いて、村廻りの仕事をはじめた文四郎だったが、ある日帰宅してみると、そこに逸平(ふかわりょう)と、江戸に行っていたはずの与之助(今田耕司)が帰って来たと言って一緒に来ていた。

学問を学んだ与之助は、藩校三省館の助教として戻って来たのだと言う。

久々の再会を、三人はきぬた屋と言う飲み屋で楽しむが、その後、女郎屋にくり出そうとする逸平の悪乗りには、さすがに家禄が元に戻って間もない文四郎と与之助は遠慮する事になる。

その後、二人きりになった文四郎に、彼とふくの仲を知る与之助は意外な事を話しはじめる。

ふく様が流産されたと言うのだ。

しかも、それは、里村とも繋がりがあるおふねと言う妾が、自らが生んだ松之丞を殿の世継ぎにする為に企んだ仕業らしいと言う。

それを聞いた文四郎は、今夜はとことん付き合ってくれと与之助に頼み、その後、酔った勢いで女郎屋の女をはじめて抱こうともするが、結局、途中で止めて帰って行く。

ある日、いつものように、郷方組の青木に伴って村廻りをしていた文四郎は、突然、釣りをしに来た隠居老人のような男と出会う。

青木が頭を下げて、後で説明した所によると、今の男こそ、父親がかつて着いていた元家老の横山又助(中村又蔵)だと言う。

その後、文四郎は青木から、かつて父親の助言で十町歩の稲田を助けてもらったお礼に、助命嘆願を集めてくれた藤次郎(田村亮)と言う男も紹介してもらう。

後日、与之助は文四郎を呼出すと、妊ったおふく様が里村に知られないように、秘かに国元に戻って来ており、今、殿の別邸である金井村の欅御殿に住んでいると教える。

その欅屋敷の玄関口にやって来た文四郎は、たちまち二人の侍に取り囲まれる。

さらに、屋敷から出て来た侍、磯貝(柄本明)から詰問されたので、自分は怪しいものではないとその場を去ろうとするが、ここでの事は他言無用とと確約させた上、念のため、役職と姓名をうかがいたいと言われたので、やむなく「郷方出役の牧文四郎」と名乗って帰る。

やがて、藩内では暗殺が横行しはじめ、青木も犬飼兵馬に闇討ちされてしまう。

そんな中、里村から直々に呼出され、茶を振舞われた文四郎は、ふくが国元に戻って来て子供を生んだのを知っているかと尋ねて来る。

その結果、世継ぎ騒ぎが再燃してしまったので、文四郎に、ふくの子供をさらって来いと言う。

お前には、家禄を元に戻してもらった恩があるはずだろうとも脅して来る。

その事を、後に友人二人に打ち開けると、聞いた逸平も与之助も、それは罠だ、やれば命取りだと忠告するが、文四郎に断わる事は出来なかった。

ただ文四郎は、赤子を受取ったら、横山の屋敷に駆け込み、何もかも洗いざらい打ち明けるつもりだと、二人に計画を明かす。

ある夜、母には、郷方の寄り合いがあるからと嘘をつき、家を出た文四郎を待ち受けていたのは、死ぬ時は一緒だ言う逸平と与之助だった。

しかし、さすがに、与之助の方は足手纏いになると断わって、逸平と欅屋敷に向うと、中から磯貝らしき声が誰何してきたので、自分は一年前、ここで名乗った文四郎で、おふく様に急用があると言って通される。

おふく(木村佳乃)とは久々の再会だったが、旧交を暖める暇もなく、文四郎は赤子を自分に預けて欲しいと願い出る。

その頃、屋敷の表には、覆面姿の一等が集結していた。

側で、文四郎の話を聞いていた磯貝も、殿もかねがね、里村を疑っており、その為に自分達が警護に着いているのだと明かすが、その時、族が屋敷内に侵入して来る。

警護の三田村と金山は、文四郎たちも、里村の手先だと刃を向けて来るが、ふくの文四郎を信じようという 言葉に従う事にする。

文四郎は、藤次郎と言う人物が匿ってくれるはずだから、ふくらには裏口から逃げろと言い、自分達には、屋敷内にあるありったけの刀を持って来てくれと伝える。

集められた刀を畳に突き刺した文四郎と逸平の前に、覆面姿の族がやって来る。

ふくはどこかと聞いて来たので、そんなものはいないと文四郎が答えると、裏切ったなと言うので、相手が、里村の配下の者である事を見抜いてしまう。

里村は、始めから、皆殺しを考えていたのだ。

逸平も文四郎も、人を斬るのははじめてだったが、無我夢中で戦いはじめる。

多勢に無勢、徐々に、文四郎と逸平は追い詰められて行くが、そこに磯貝が戻って来て助勢しはじめたので、族は逃げ出して行く。

しかし、心身共に疲弊し、しゃがみ込んだ逸平と文四郎の前に現れたのは、何時か試合で負けた犬飼兵馬だった。

その姿を観た文四郎は思わず笑い出してしまう。

そして、刺してあった新しい刀を握りしめると、兵馬と対峙し、相手の動きに惑わされない為、目をつぶると、刀を背中で反対の左手に持ち替えると、その瞬間、相手を切り裂いて倒すのだった。

やがて、藤次郎の屋敷にたどり着いた文四郎、逸平、磯貝の三人は、すでに藩中に警備が敷かれているだろうから、強行突破をするしか、ふくを横山の屋敷に連れて行く事は出来ないだろうと覚悟する。

それを聞いていた藤次郎は、川を船で下ってはどうかと教えてくれる。

その藤次郎から紹介してもらった権六(三谷昇)の漕ぐ船に乗った文四郎と、赤子を抱いたふくは、警護の者が集まった橋に近づくが、危うく見つかりそうになる。

その時、その橋に現れたのは、鬼の面を被った与之助だった。

与之助は、敬語の者たちを言葉巧みに誘導し、橋の下を通り過ぎる文四郎たちを隠してやるのだった。

こうして、ようやく、横山邸に近づけた文四郎とふくだったが、いつしか、ふくは、何時かの祭りの日のように、しっかり文四郎の袖を握りしめていた。

それに気づいた文四郎も又、彼女をしっかり抱き寄せるが、抱いていた赤子が泣き出したので、思わず離れてしまう。

横山の屋敷に、無事、ふくと赤子を預けた文四郎は、その足で、里村の屋敷を訪れると、里村に面会し、弱輩と見て、侮り過ぎましたね。

あなたの私利私欲の為に多くの人が死にました。あなたは、死んで行く人の気持ちが推し量れぬらしいと言いながら、里村が座っていた机を一刀両断で斬ってみせる。

怯えてすくみ上がった里村に、それが死んで行く人の気持ちですと言い残して、文四郎は去って行く。

その後、砂浜に作った砂山をに刀を刺し、いつまでも海を見ている文四郎の姿があった。

さらに時が流れ、無事、子供の千代丸が世継ぎになったのを期に、自分は百蓮寺の尼僧になる。

近々、箕浦に寄るので、その時、一目だけでも会えないかと言う手紙をもらった文四郎は、独り、船で会いに出かける。

久々に再会した二人だったが、文四郎の方にも、すでに一男一女の子供がいた。

あなたの子供が私の子で、私の子供があなたの子供と言う道はなかったのでしょうかとの、ふくの問いかけに、それが出来なかった事が、自分にとって生涯の悔いでありますと、文四郎は静かに答える。

自分が江戸に出立する日、あなたのお母さまに、お嫁にしてくれと言いに行ったのだが、どうしても言えなかったのだと思い出を語るふくは、その日は、泣きながら家に帰ったのだとも続ける。

そして、この指を覚えていますか?蛇に咬まれた指ですとふくが言うと、文四郎も、良く覚えていて、忘れようとしても忘れられるものではございませんと、答えるのだった。

文四郎さんと呼び掛けるふくに、はじめて「ふく」と、昔のように呼び掛けた文四郎。

二人の脳裏には、過ぎ去った子供時代の思い出が駆け巡っていた。

駕篭で出立するふくを見送り、船で独り帰る文四郎は、蝉の鳴き声を聞いていた。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

藤沢周平原作の映画化。

幼い頃から、互いを意識しながら運命に弄ばれ、縁がなかった二人の男女を中心に、主人公と父親、主人公と友人などの関係が情感深く描かれている。

原作を知らないので、成人してからのエピソード、特に、お世継ぎ騒動を巡る派閥争いに端を発する暗殺事件などの辺りが、少し釈然としないでもないが、全体としてはじんわり感動的な作品にまとまっていると思う。

風景描写も美しい。

割と凡庸なお家騒動を描いている後半よりも、少年期を描いている前半部の方がエピソードとしても面白く、キャラクターたちも皆生き生きとして印象的なので、後半、成人した主人公たちを演じる市川染五郎や木村佳乃らは、かなり不利だったと思う。

緒形拳や加藤武などベテラン組が脇を固めてはいるが、主役の二人はちょっと線が細いと言うか、興行的には若干インパクト不足だったかも知れない。

同じ事が、ふかわりょうについても言え、少年期を演じた久野雅弘の方が強く印象に残ってしまうのが、ちょっと可哀想。

今田耕司に関しては、後半かなり奇抜な扮装で登場して来るので、演技力云々と言う以前に儲け役だったように感じる。

どこか飄々ととぼけたキャラクターが多かった柄本明が、腕のたつ凛々しい侍を演じているのは、ちょっと新鮮だった。

大人向けの名品と言っても良いのではないだろうか。