1951年、新東宝、梅田晴夫ラジオドラマ「結婚の前夜」原作、和田夏十脚本、市川崑脚本+監督作品。
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京子が結婚して新婚旅行に出かけた日曜日、裏口に来た魚屋から、今夜はブリのすき焼きにしようか…と迷っていた母親の節子(村瀬幸子)は、玄関に誰か来た声を聞いたので、魚屋にブリを切り分けてもらいながら、応接間の方に行くと、ベランダから親戚で新聞社の写真部で働いている誠一(池部良)が顔を覗かせる。
玄関で声をかけたのは彼だったようだ。
おじさんは?と聞くので、裏庭で今花壇をこしらえていると言うので、誠一がそちらに言ってみると、確かに叔父の恵介が一人でクワを振るって、土地を耕している。
手伝おうかと誠一が声をかけると、叔父は遠慮なくクワを渡す。
京子が、華やかな空気を全部持って行ってしまったと、一抹の寂しさを洩らす恵介。
結構、大きな花壇を作ると言うので、軽い気持ちで手伝いはじめた誠一は、思わぬ汗をかかされる事になる。
そこに叔母が、お茶を飲みましょうと誘いに来たので、一同、応接間に戻り、紅茶を飲みかけるが、いきなり立ち上がった誠一は、京子の結婚を祝うと共に、先日の結婚式に自分の両親が招かれた礼と、自分が仕事が忙しく出席できなかった詫びを、他人行儀に言いはじめる。
京子の結婚相手は銀行員だと言う。
その母親の節子は、昔、イギリスやフランスに行った事のある良家の女で、父親である恵介は、イギリスに滞在経験がある元外交官だった。
そこへ裏口から声がかかる。
節子が行ってみると、今度はクリーニング屋(伊藤雄之助)だった。
新しいお得意にしたいのか、京子の新居の情報等聞いて来るので、麻布の方に越したと教えてやる。
その後、再び応接間に戻って来た節子は、誰もいなくなっているので裏庭に行ってみると、夫が一人で土を掘り返している。
誠一はもう帰ったのかと聞くと、黙って帰りはしないだろうと言うので、二階の京子の部屋に行ったのではないかと見当を付け、登ってみると、想像通り、京子の部屋の机に、誠一はぽつんと座っていた。
その手に持った煙草の灰が落ちそうになつている事にすら気づいていないようだったので、灰皿を差し出すと、ようやく誠一は現実に帰ったようだった。
ベランダから、カナリアの駕篭を部屋に入れながら、そんな誠一の奇妙な態度を気にかけた節子は、あなた、京子と何かあったんじゃないの?と問いかけるが、誠一は何も答えない。
画面は結婚式の前夜に遡る。
応接間で、明日着る予定のモーニングを取り出した節子に、ナフタリン臭いのはごめんだと恵介が言うので、ベランダに干していると、世話好きな佐伯さん(北林谷栄)がやって来て、美容師や着付け師は明日朝来ると報告しながら、モーニングは盗まれてはいけないので、こんな所に干してはダメ、二階に干しなさいとアドバイスする。
京子に会って帰ると言う佐伯さんは、二階に上がると、京子(久慈あけみ)がカナリアの籠をベランダで洗っているのを見つける。
あれこれ、自分の結婚の時は母親が病気だったので、全部自分でしなくてはならず大変だった等、一人でかしましくおしゃべりをした後、応接間に戻って来た佐伯さんは、恵介が椅子に座ったまま居眠りをしているのを見つけ、そのまま寝かしておきなさいと小声で節子に別れを告げた後、後ずさりしながら部屋を出ようとして、思わずドアにぶつかり、その大きな音で恵介は跳ね起きてしまう。
佐伯さんは、そそっかしいのは私の雄一の欠点で…と言い訳をする。
部屋で、自分の持ち物に書いた名前等を拭き消してしまい、掃除が終わった京子は、一階に降りて来ると、誠一に電話をかけ、映画でも観ないかと誘い出す。
結婚式の前日なんて、意外と暇なんだからと説明している京子の声を、応接間で聞いていた節子は、あの子は、好きな人が出来ないタイプなのではないかと恵介に話し掛けていた。
そんな二人の元にやって来た京子は、これから銀座に出るので、何か用事はないかと聞いて来る。
では、何か甘いものでも買って来てくれと恵介が頼むと、ちゃっかり手を差し出す京子。
恵介は、しようがないなと言う感じで財布を渡すが、京子は全部使って来て良いかと聞く。
さすがに節子はたしなめるが、恵介は結局許してしまう。
小田急線で出かけた京子は、約束の2時前から喫茶店で待っていたが、10分前にやって来た誠一を遅いとなじる。
一緒に注文したアイスを、何となくぼーっとした誠一が食べようとしないので、その分まで食べる事になった京子は、ロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーの「哀愁」が観たいので、早く映画館に行こうとせっつく。
表に出て道路を渡ろうとした二人、京子の方は走り来る車の間隙をぬってさっさと渡ってしまうが、誠一の方はもたもたしている内に、近づいて来たタクシーに引かれそうになってしまう。
その運転手(柳谷寛)が文句を言って来たので、轢けるつもりなら轢いてみろと、誠一も売り言葉に買い言葉で言葉を荒げてしまう。
すると、その運転手も熱くなって来て喧嘩は激化しはじめるが、後ろの席に乗っていた客が迷惑そうに急いでくれと言い出したので、運転手は、ここで待ってろ!後で轢いてやるから!と捨て台詞を残し、その場を去って行く。
さすがに心配した京子が、誠一を手を引きに来るが、その途端、走り出したタクシーンのパンク音が聞こえる。
「哀愁」を観ている京子は、すでに泣いていたが、誠一の方は退屈そうにしている。
さすがに、キスシーンでは、感極まった感の京子に対し、誠一の方は無関心を装おう。
映画館を出た京子は、今のは、MGMの傑作の一つと解説し、自分は本当の映画ばかり作るのではなく、空を飛んだり、馬が喋ったりする夢のある映画が観たいと言う。
そんな京子に誠一は、君は25にもなって子供っぽい、嫁に行くの良家の娘なのにあばずれだと批判する。
そんな誠一の言葉を面白がった京子は、そんな所を歩いていては危ないと、誠一と場所を変わろうとするが、よろけて車道の方に出てしまい、又通りかかった車に轢かれそうになる。
停まって降りて来た運転手は、誠一の顔を観て驚く。
先ほどのタクシーの運転手だったのだ。
又、先ほどの続きを始めようとした運転手だったが、こんな所に車を停めっぱなしにするなと警官がやって来たので、それきりになる。
その後、二人は、スケート靴を持った兄弟らしき男の子と女の子の二人連れとすれ違う。
靴屋のショーウィンドーを覗いていた二人は、自分達もこれからスケートに行こうと思い付く。
スケート場に着き、君はスケート等できるのかと聞いた誠一に対し、ちょっとしたものよと言いながらリンクに出た京子だったが、見事に転んでしまう。
それを観た誠一は、仕方なさそうに「初心者リンク」を指差すが、京子はちょっとむくれただけ。
結局、誠一と手をクロスして組み、仲良く滑りはじめる。
帰りかけていた誠一に、声をかけて来たのは、同じく女性連れで遊びに来ていた先輩(横尾泥海男)だった。
ずけずけ言うタイプのその先輩、京子の事を恋人と思い込んだのか、あれこれ男としての心得を教えはじめたり、あろう事か、キャバレーのホステスに誠一が優しくしていた事等を無遠慮に話しはじめる。
それを側で聞いていた京子は、面白くなさそうに靴を脱ぐと帰ろうとし、バッグを忘れていると先輩に渡される。
その後、テンプラ屋に来て夕食をはじめた二人だったが、ぱくぱく食べる京子に対し、誠一の方の箸はいっこうに進まない。
腕時計を観た誠一は、明日は結婚式なんだから、もうそろそろ帰ったらと勧めるが、京子は不機嫌そうに、このまま私を帰すつもりなの?と言い返して来る。
家では、両親が、2、3日前から、他人になる練習でもはじめたように、よそよそしい態度になってしまいつまらないと言う京子に、誠一はホールに行こうと誘い掛ける。
そのダンスホールで、踊り始めた二人だったが、タンゴを演奏しているのにリズムが合わないと京子が文句を言う。
すると、誠一は、自分は(軍隊に行っていた彼は、自分の事を自分と呼ぶ)トロットだと思っていたと、とぼけた事を言う。まだ、どこか上の空なのだ。
そんな誠一、踊りながら京子に、僕、兵隊に行っていた間も、君の事を忘れられなかった、君の事好きなんだと告白するが、京子はそれを軽く受けとめ、私もあなたの事好きよと答える。
曲が終わり、テーブルに向っていた二人は、京子の友達まち子に出会う。
先にテーブルに座った誠一を観ながら、あなた明日…?と不審げなまち子に、そうよ、明日結婚式よ、来てねと答える京子。
あの人、綺麗ね、背も高いし、池部良みたいと誉めるまち子と別れた京子は、テーブルで又腕時計を気にしている誠一に苛立たしそうに、時計を観ないでくれと文句を言う。
仕方なさそうに、誠一は腕時計を外すと、はめていると観てしまうから、預かっておいてくれと京子のバッグの中に入れてもらう。
その時、バッグの中から、ハンケチに包んでいた何かが床に落ちるが、それには誠一と京子が仲良く並んでいる写真だった。
京子は、急に、何もかもつまんなくなった、結婚したら不幸になりそうな気がするとこぼす。
誠一も、自分も兵隊時代あれこれ考えたと打ち明けるが、今日だけは楽しく終わらせてと迫る京子に、誠一は何も言い返せなかった。
そんな中、森繁久彌(森繁久彌)なるマネージャーが中央に出て来て、今日は、客席にアルト歌手の斉田愛子(斉田愛子)さんが来ておられるので、一曲お願いしたいと申し出ると、快く承知して下さったと紹介する。
その後、中央に進み出た斉田愛子さんは、バンドに曲名を告げると「ホームスイートホーム」を唄いはじめる。
誠一は、自らハンケチを出し、京子に渡すと、唄に酔っていた京子は素直に涙を拭う。
その頃、京子の自宅では、夜も更けたのでお手伝いのトミを先に休ませていた。
二人きりになった恵介は、節子に、京子は今度の結婚に乗り気なのだろうか?と疑問を投げかける。
それを聞いた節子は意外そうに、だって京子の意思で決めた結婚でしょうと言い返す。
恵介は、この頃の京子の行動は唯事じゃないと続ける。
時計を見ると、もう10時半であった。
もし家出しても大丈夫なくらいの金は今日渡した財布の中に入れてあると言うので、冗談だと思った節子は、だって5000円しか入っていなかったのを観たわよと笑うが、実は、2年間くらい暮す事ができるだけの金額を入れた貯金帳と印鑑も入れていたのだと恵介は言う。
すると、節子も急に真顔になり、私も最近、結婚相手の嫌な所が分かって来たと不安顔になったので、恵介はもうよそう、冗談は…とごまかすのだった。
ホールで踊り続けていた京子と誠一は、そろそろ帰ろうかと言い合っていた。
外に出た京子が、急に熱いレモンティーが飲みたくなったと言うので、自分も飲みたくなったと店を探すが、どこにも開いている店がない。
見渡すと、全ての店が閉店しているのだ。
さすがに慌てた誠一は、時間を確認しようと、京子のバッグの中に入れた腕時計を出してみるが、その時計は止まっていた。
0時48分、渋谷から小田急線の最終電車に乗ろうと、手を繋いで懸命に走って来た二人の目の前で、その電車が出発してしまう。
すごすごと地下道に戻って来た二人だったが、誠一に対し、寒いのと甘えた京子は、私たち、どうして離れられなかったの?別れたくなかったのは私の方だけなの?と問いかけるが、誠一は答えず車を探しに行ってしまう。
そのまま地下道で一人になりバッグを開けて財布を取り出した京子は、中には行っていた預金に気が付く。
父親の気配りに気づいたのだった。
結局、車が見つからなかったと戻って来た誠一に対し、京子は、どうして今まで別れられなかったの?と同じ事を問いかけて来るが、誠一は、僕たちはただの友達なんだ、今日は、時計が止まったみたいに、何かが狂ってしまっただけなんだと答えるのみ。
私は、結婚すると不幸になるのよ!と問いつめる京子に対し、今日も気持ちは一時的なものに過ぎない、今考えなければいけないのは、どうやって家に帰るかだとはぐらかす誠一に、京子は「バカ!誠ちゃんのバカ!」と叫び、外に駆け出して行く。
霧に包まれた町中をどんどん進んで行く京子は、このまま歩いて帰ると言い張る。
追って来た誠一に「誠ちゃんのいじわる!」と突き放そうとする京子に、今日の君の言う事を信じちゃいけない。明日の昼間、同じ言葉を君の口から聞きたいと言う誠一。
その言葉を聞いた京子は泣き出し、そのまま霧の中に包み込まれて行く…。
画面は、京子の結婚式後の日曜日に戻る。
誠一を送りだした節子が、今日は久々に晴れやかな気持ちになったと言いながら居間に戻って来たので、それを聞いた恵介は、誠一が京子の思い出を持って来たのだと答える。
やっぱりあの二人には何かあったのではないかしらと案ずる節子に、誠一はそんな事ができる男ではない、いざとなると、好きな女の手も握れない男だ。
今の若者は、自分から勇気を出して告白するような事はせず、恋愛もいつも危険なようで危険ではない状態にするものが多い。
それでどうなるの?と問いかける節子に、ほのかな気持ちを持ったまま時を重ねて行くだけ、そんな恋人もあって良いだろうと言う恵介。
節子は、誠一が忘れていったマフラーに気づき、それを廊下の玄関近くの柱にかけると、ジッと見つめるのだった。
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結婚後と、結婚前の二つの日だけを描いた日常スケッチ風の作品。
しかし、その中に、互いの本心を打ち明けきれない恋人の悲劇が描かれている。
誠一も京子も、互いに愛しあい、相手も自分を愛している事を自覚していながら、それを自分の方から素直に告白できない。
相手から言って欲しい…という臆病さと言うか、狡さがあるのだ。
結果的に、その心の弱さ、甘えが、二人を引き離してしまう事になる。
どちらかと言えば、やはり男性の方が狡いと見える。
京子の、ちょっと異常に見える明るすぎる行動は、どう観ても、誠一に告白してもらいたい女の気持ちの現れである。
それを誠一も気づいているはずなのだが、どうしても、もう結婚を明日に控えた彼女を奪う程の勇気は出ない…。
最終電車に乗り遅れた地下道での、二人の緊迫したやり取りは、京子のもどかしい気持ちが痛い程伝わって来て切なくなる名シーンである。
一見地味な展開に見えながら、奥深い内容を感じる。
当時の銀座の様子や、小田急線渋谷駅の様子も珍しいが、劇中に挿入される「哀愁」のフィルムも貴重。
登場シーンは短いが、若々しく、弁説巧みな森繁の姿にも驚く。
後に、この森繁と久慈あさみが、社長シリーズの夫婦役になろうとは…。
久慈あさみは、大人顔と言うか、かなり特長のある面長で、決して日本人好みの可愛いタイプではないが、この映画での彼女ははつらつとしていて魅力的である。
終始、ぶすっとしている感じの池部良も、なかなか。
コミカルなおしゃべりおばさんとして画面を賑やかにする北林谷栄も楽しい。
後に「プーサン」(1953)で主役を演じる伊藤雄之助が、ちらり顔を見せている所も見のがせない。
