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隠し剣 鬼の爪

2004年、松竹+日本テレビ放送網+住友商事+博報堂DYメディアパートナー+日本出版販売+衛星劇場、藤沢周平「隠し剣鬼の爪」「雪明かり」原作、朝間義隆脚本、山田洋次脚本+監督作品。

この作品は比較的新しい作品ですが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので御注意下さい。コメントはページ下です。

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幕末の東北、海坂藩、片桐宗蔵(長瀬正敏)と島田左門(吉岡秀隆)は、江戸に旅立つ盟友の狭間弥市郎(小澤征悦)を、渡し船乗り場に見送りに来ていた。

狭間は、新造がいるにもかかわらず、江戸で女遊び出来るなどと、片桐らに軽口を叩いて別れる。

数年後には出世しているんだろうな〜と羨む左門に対し、宗蔵は何だか不安でならないと呟く。

その帰り、片桐に自宅に寄った左門は、近々結婚する片桐の妹志乃(田畑智子)手作りのドンガラ汁を馳走になるが、実は、志乃は大根を切っただけで、料理の大半は、女中のきえ(松たか子)がやったものだと分かり、それをからかう片桐の言葉で志乃は泣き出してしまい、母親(倍賞千恵子)は、将来の夫の前で妻に恥をかかせるその不躾を軽く諌めるのだった。

片桐は、父親が生きていた時は百石取りのそれなりの生活をしていたのだが、その父親が詰め腹を切らされてからは、三十石に減俸されてしまい、住まいも手狭になった中、そんな境遇になった家の妹をもらってくれる左門に感謝していた。

やがて、志乃の後を追うようにきえも商家伊勢屋に嫁いで行き、母親も亡くなり、片桐家は火が消えたような寂しい状態になる。

そんな3年後のとある雪の降りしきる冬、片桐は、町中の小間物屋で、きえを見かける。

きえは、見違えるほどやつれていた。

母親の一周忌にも出向かなかった詫びを言うきえに、片桐は半襟を買い与えてやるが、その親切にきえは泣き出してしまう。

よほど、つらい毎日を送っているようであった。

その日の夕食時、ばあやの粂(山村嵯都子)に、そんなきえの話を伝えて心配してみせるが、気が付くと、粂は居眠りをはじめていた。

きえが、片桐家にやって来た16の時から、妹のように可愛がって来た宗蔵にとって、そのきえの不幸は他人事ではなく、その日以来、気になって、西洋近代砲術を学ぶ仕事の方もおろそかになる有り様だった。

海坂藩では、江戸から近代砲術の教官(松田洋治)を招き、新式の大砲を武器にしようとしていたのだが、英語はおろか、教官が話す江戸の言葉すら良く理解できないような状態で、全く、授業ははかどっていなかった。

御前で催された大砲の試射実験も、不馴れな中で行われた為、てんやわんやの有り様。

その後、母親の三回忌にやって来た、古い考えの片桐の叔父たち(田中邦衛)は、武士のくせに飛び道具を学んでいる最近の風潮を嘆いてみせる。

そんな中、手伝いにやって来ていた志乃から、きえが、病気で二ヶ月ほど寝込んでいるらしいが、伊勢屋は金を惜しんで、医者も呼ばないらしいと聞いた片桐は、ただちに左門と連れ立って、伊勢屋に出向いてみる。

出て来た女将(光本幸子)は、片桐らの見舞いをあからさまに迷惑がるが、片桐は強引に家に上がり込み、階段裏の粗末な部屋に寝かされていたきえを発見すると、その待遇に激怒し、そのまま彼女を背負うと家に連れ帰って来る。

医者に診せると、幸いにも悪い病気ではないようで、滋養を取って、十分静養すれば直るらしい。

手伝いに来た志乃らは、懸命に看病をして帰るが、左門は、昼日中、女を背負って町中を歩いた片桐の姿が、悪い噂にならねば良いがと案じていた。

そんな片桐家に、ある日、一人の女の子が訪ねて来る。

実家から、きえを見舞いに来た妹のおぶん(斉藤奈々)であった。

そのおぶんが、家の拭き掃除をしている所に帰って来た片桐は、見慣れぬ少女を見て不審がるが、名を聞いても、おぶんは逃げるばかり。

後から、きえに聞いた所によると、はじめて間近で刀を差した侍を見て怖かったそうだ。

片桐は、侍自身も、方を抜くのは恐ろしい事であり、自分は、手入れの時以外、刀を抜いた事がないと教えるのだった。

その夜、きえの横で寝たおぶんが、姉にこれからどうするのかと尋ねると、旦那様の世話をすると答えるので、結婚するのかと聞くと、身分が違うと言う。

まだ幼いおぶんが、何それ?と尋ねると、言ったきえ本人も、身分と言う事に付いて良く理解していない事に気づく。

ある夜、片桐を訪ねて来た左門が、大事が起きたと知らせる。

江戸に行っていた狭間が、幕府の改革派と手を組んだと堀家老(緒形拳)に通報され、謀反の罪で、遠丸籠に入れられて郷入りになると言うのだ。

この事は、内密の事であり、ごく一部のものしか知らないのだと言う。

文久元年、狭間弥市郎は切腹を認められず、遠丸籠に入れられたまま、秘かに国元に連れ込まれると、人知れぬ山奥の牢に幽閉される事となる。

そして、片桐本人も、家老から呼び出しを喰う。

片桐と狭間とは、今は禄を捨て、農民になった変わり者の戸田寛斎(田中泯)の門弟だったからだ。

堀家老と大目付甲田(小林稔侍)は、元戸田門弟の中から、狭間と親しかった者の名前を教えろと迫るが、片桐は、武士として、仲間を密告する事等できないと断わり、堀の逆鱗に触れる。

堀は、片桐が、五軒川の橋の補修工事の時、切腹させさせられた半兵衛の息子と知り、その反骨精神を嫌悪していたのだ.

その頃、山奥の牢に入れられていた狭間は、朝夕、二杯の粥を与えられるだけで、寝込んだまま寒さに震えていた。

その日、帰宅して来た片桐は、不馴れな手で庭でまき割りをしているきえに、斧の使い方を伝授しながらも、顔色が悪いが何かあったのかと心配するきえに対し、侍だから毎日我慢せねばならない事だらけだが、侍だからこそ、絶えられない事もあるのだと呟く。

その日、きえが仕立て直そうと着せてみた、父親の着物の寸法がピッタリであると教えられた片桐は、橋修復工事の時、勘定で間違いがあった際、何の責任もなかったのに、自ら腹を切った父親の姿を見たときのことを思い出していた。

その後、今のつましい生活になった家にやって来たのがきえだったのだ。

そんなきえが、片桐の母から習字や大和唄まで教わったと言うと、それを聞かせてくれとねだる片桐。

きえが恥ずかしがっていると、旦那様の命令だと冗談めかして言って、無理矢理歌わせてみるのだった。

城では、教官が、敵の弾丸の弾から逃げる為、手足を交互に前に出して走るイギリス式の走り方なるものを伝授していた。

当時の武士たちは、走り方そのものを知らなかったのだ。

授業が終わった片桐を、左門が迎えに来る。

最近付き合いが悪くなった同僚たちは、片桐がきれいな女中を家に連れ込んだ事をねたましげに陰口を叩く。

左門も用事と言うのも、片桐に見合いの話をする事だった。

高峰なる人物から、末の娘の嫁入り先がないかと聞かれたので、片桐の名前を言うと、逆に、あんな人物を紹介するとは無礼だと叱られたと言うのだ。

他人の妻を奪い、妾のように囲っているきえを何とかしろと言うのだ。

きえが気立ての良い娘である事は重々承知している左門であったが、世間体が悪くなる一方の片桐の事を心配しての忠告だった。

その日、帰宅した片桐は、生まれてこの方海を見た事がないと言うきえに、明日の休みに海に連れて行ってやると言い、翌日、知恵おくれの下男の直太(神戸浩)も連れて向った浜辺で、きえに実家に帰るよう言い渡す。

いつまでも…、せめて旦那様が新造さんをもらうまで、今のまま家にいてはいけないかと訴えるきえに、お前にはお前の人生があり、いつまでも女中で終わってはいけない、俺の命令だと、心を鬼にして、片桐は突き放すのだった。

その夜、あれこれ家事の引継を粂に言い渡したきえは、翌朝、一人で帰っていた。

その頃、山奥の牢の中では、狭間が死んだように横たわり、ぴくりとも動かなくなったので、いつものように食事を運んで来た小者が、とうとう死んだかと、木の枝で身体を突つこうとした瞬間、飛び起き、その手を捻った狭間は、小者から鍵を奪い取って脱出する。

腕を折られた小者は、狭間から渡された堀家老宛の手紙を携え、城まで半死半生の状態でたどり着く。

早速呼出された片桐は、その手紙には、百姓家に、人質を取って立てこもった狭間が、討手を寄越せ、斬って斬って斬りまくってやると言う挑戦的な内容が書かれていた事を、甲田から教えられ、お前が、その討手になって、狭間を斬れと命ぜられる。

この藩に狭間を斬れるほどの使い手は、片桐しかいなかったからだ。

かつての盟友を手にかける事も、藩命とあっては断わる事は出来なかった。

甲田は、念のため、鉄砲隊も現地に向わせたと言う。

その後、かつての恩師、戸田寛斎の住まいを訪ねた片桐は、今度、狭間と果たし合いをする事になった告げ、手合わせを受ける。

戸田は、拳を抜きあう時、互いに身体が緊張して硬くなるのは仕方がない。

徐々に身体にゆとりを持たせれば良いと言う。

逃げるのは身体で、心ではない。心はいつも攻め続けるのだと教えた後、すでに「隠し剣 鬼の爪」として片桐に伝授した技とは異なる、実戦用の必殺技を披露する。

それは、対峙した相手から目を反らし、背中を向けると見せ掛けて、一気に相手の胴をなぎ払うと言う度胸のいる技であった。

その夜、片桐の家を訪ねて来た女がいた。

一瞬見忘れていたが、狭間の妻であった。

彼女は、討手に指名された片桐が翌朝発つと聞くと、夫は生きていれば天下を取る男なので、何とか助けてくれないか、山の向こう側は羽後の国なので、そこへ逃してやって欲しいと迫る。

しかし、人の命を損得づくで語る妻の言葉に違和感を持った事もあり、それは出来ないと片桐が断わると、妻は、もし良かったら自分の身体を差し上げるとまで言う。

しかし、やはり片桐が拒絶すると、妻は片桐の正直な性格振りに感心すると共に、それではこれから堀家老の所に行って談してみると告げて帰る。

その直後、茶を持って来た直太に、もし明日、自分が死んだら、書いた手紙をきえに渡してくれと頼む片桐。

翌朝、狭間が立てこもった農家の側にやって来た片桐は、先乗りして待機していた鉄砲隊に、暗くなるまでに決めて来るので、それまで待っていてくれと言い残して農家に向う。

娘を人質にして外に出て来た狭間は、討手としてやって来たのだ、片桐だと知ると驚いた様子だった。

片桐は、同じ戸田門下生でありながら、一人だけ「隠し剣」の技を伝授された片桐に嫉妬心を持っていた事もあり、自分こそが藩随一の剣の使い手であり、それを証明する為、剣で勝負しろと言う。

どうやら、農家で、錆だらけの刀を見つけたらしい。

片桐は、遺される妻の事も考えて、切腹しろと説得するが、狭間は、あいつには、自分の死後、首を斬って死ぬようにとかねてより伝えてあると答えるだけ。

もはや、いかなる説得にも聞く耳を持たない狭間は、片桐に「鬼の爪」を使ってみろと斬り掛かって来る。

それに対し片桐は応戦一方で、相手に腕を斬り付けられてしまう。

戸田に教えられたように、時間を稼ぎ、身体にゆとりを持たせた片桐は、きちんと相手に対峙すると、目を反らして相手に背を向けるような体勢から、向って来た狭間の胴を一気に反転して斬り付ける。

驚いたような狭間は、血が溢れ出した自らの腹を見ながら、一体、どこでこんな卑怯な手を覚えたと、怒りも露に刀を持った右手を振りかぶるが、その瞬間、銃声と共に、その右手は吹き飛んでいた。

止めろと叫ぶ片桐の制止の声も空しく、目の前の狭間は、次々に撃ち込まれた銃弾に倒れる。

武士として、銃弾で倒れた狭間の無念に胸を痛めながらも、家老に報告する為、その場を立ち去りかけた片桐は、そこに来ていた狭間の妻と出会う。

呆然とした妻が言うには、夕べ堀家老は、夫を助けてやると約束したはずだと言うのだ。

しかし、そんな指令は片桐の耳には届いていなかった。

片桐は、妻が騙されていたのだと告げる。

その後、料亭で待っていた堀と甲田に報告に出向いた片桐は、夕べ、狭間の妻が訪ねて来なかったかと聞くと、堀は来たと言う。

夫の命乞いに来たので、出来ないと断わると、色仕掛けで身体を投げ出して来たので、ここでたっぷり可愛がったあげく、助けると言わせられてしまったと愉快そうに言う堀は、それでも、狭間を助ける事等できる訳がないと嘯く。

それでは、あまりに妻が可哀想ではないかと片桐が言うと、激怒した堀は、追って沙汰すると言い残し、その場を立ち去るのだった。

その後、狭間の妻は、首を斬って自害した姿で発見される。

その夜、片桐は、独り自宅で、こづかの練習を繰り返していた。

翌日、登城してきた堀は、尿意を覚え便所に駆け込むが、どうしても出ないので苛立つ。

日頃からの持病なのだ。

その後、一人になった堀が廊下を歩いていると、頭を下げて控えている侍がいる。

それは片桐だった。

片桐は、一瞬、近づいた堀の胸の部分目掛けて、手首を動かしたかと思うと、無言で立ち去ってしまう。

何が起こったのか理解できなかった堀だが、やがて、その場に崩れ落ちてしまう。

すでに、堀は絶命していた。

急いで呼ばれた医者(笹野高史)の見立てでは、全く血を流さず死んだ堀は、心の臓を、真直ぐ、何か人間のものではないもので突かれたのではないかと推測する。

片桐は、掘を突いたこづかを、復讐の証として狭間の妻の墓に埋める。

しかし、片桐の心の空しさは消えなかった。

その後、禄を藩に返上し、町民になった片桐は、新しい暮らしの場として蝦夷を目指し、旅立つ事にする。

見送りに来た左門と志乃に別れを告げた後、直太や粂を引き連れて藩を後にした片桐は、実家で農作業をしていたきえを訪ねる。

突然の訪問に驚いたきえに、片桐は、これから自分は蝦夷に行くのだが、一緒に行ってくれないか、夫婦になってくれと頼む。

返事に窮するきえだったが、少し考えた後、それは旦那様の命令ですかと聞くので、そうだ、俺の命令だと片桐が答えると、きえは安心したように、なら、仕方ありませんと答えるのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

「たそがれ清兵衛」に続く、山田洋次監督の時代劇第二弾。

地方の下級武士が、少しづつ窮屈で非人間的な武士社会の矛盾に疑問を感じはじめ、ある出来事をきっかけに、その生活から思いきって脱出し、自分の心に正直になる事で人間性を取り戻そうとするまでを描くストーリー。

人情味溢れるストーリーも素晴らしいが、一画面ごとの構図も美しく決まっており、その完成度の高さに唸らされる。

一見、冴えない風貌に見えながら、その実、秘剣の技を持っている永瀬正敏の意外性、松たか子の清楚な美しさ、憎々しげな家老を演じる緒形拳の存在感など、配役も絶妙。

「たそがれ〜」でも異彩を放った田中泯の独特の風貌は、この作品でも印象的である。

おぶんの、あどけない可愛らしさも捨て難い。

サイドストーリーのように描かれている、近代砲術の授業もユーモラスで楽しい。

今では、誰でも普通に走っている走り方が、実は、この時代に外国から伝えられたものだと言うトリビアネタも、あらためて画面で見せられると面白く興味深い。

「たそがれ〜」に勝るとも劣らない名作だと思う。