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武士の一分

2006年、「武士の一分」製作委員会、藤沢周平「盲目剣谺返し」原作、平松恵美子+山本一郎 脚本、 山田洋次脚本+監督作品。

この作品は新作ですが、最後まで詳細にストーリーを書いていますので御注意下さい。コメントはページ下です。

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「鬼役」とも呼ばれる事がある「毒味役」(殿の料理に毒が入っていないかどうか、先に味見をして調べる役)を毎日の仕事としている三村新之丞(木村拓哉)は、30石の禄をもらいならが、妻の加世(檀れい)、父の代から仕えている中間、徳平(笹野高史)と三人で、つましい生活をしていた。

城での夫の仕事の事等全く知らない加世は、形式だけの単調な仕事に飽き飽きして、思わず朝食の際、ため息をついた夫の姿を観て、それでも、毎日、殿様の前で仕事ができるだけ名誉な事ではないかと慰めるが、呆れた様子の新之丞は、自分達は、殿様の顔を見るどころか、台所の側の薄暗い部屋で食べているだけなのだと打ち明ける。

毒味役は、新之丞を含め5人の家臣が勤めていた。

老いた広式番・樋口作之助(小林稔侍)が見守る中、めいめいの前に運ばれて来た別々の料理を素早く食べ、異常がなければ、その食事を殿に持っていく…、ただそれだけの仕事であった。

その日も、無事役目を終え、徳平を連れて帰宅する途中、川で釣りをする子供たちの姿を見かけたので、側に近づいて、その中の一人を川に突き落とそうとする振りをするいたずらをするなど、元来子供好きだった新之丞は、そうした子供達相手に道場を開いて剣を教える為、早めに隠居しようか等と、帰宅後、加世に相談したりする。

教え子たち個人個人の人柄にあった独自の指導の仕方、例えれば「仕立てた着物のように鍛える」やり方を試してみたいと言う夢を持っていたのだ。

加世も、その話を興味深そうに聞いていた。

そんなある雨の日、いつものように毒味をはじめた新之丞が食べたものは、アカツブ貝の刺身であった。

いつものように、5人とも何事もない様子だったので、そのまま、その料理は殿の元へ運ばれるが、その直後、新之丞の様子がおかしい事に、周りの者たちが気づきはじめる。

最初は大丈夫だと言っていた新之丞だが、その場に崩れ落ちてしまう。

そのような事態を想定していなかった周囲は、一瞬狼狽するが、ただちに、樋口は殿の元に走り、すでに食事をはじめていた殿に毒が入っていたと報告する。

一方、料理番はじめ関係者は、全員その場から少しでも動く事を禁止され、城の門は閉鎖され、直ちに内部調査が始まる。

そんな城内の異常を聞き付けた徳平が、自宅の加世に、何者かが食べ物に毒を仕込んだらしく、新之丞に異変があったらしいと言う事を報告しに帰って来る。

やがて、城内の吟味は終わり、番頭の報告によると、今回の事件は、何者かが殿暗殺を目論んでの仕業等ではなく、単に、季節によって、フグ同様猛毒を持つ事があるアカツブ貝を食材に用いた事が悪かっただけだと大目付からの裁定が下ったので、全員帰宅を許可されたと言う。

ただ樋口だけは、番頭の部屋に呼ばれ、その夜、自宅の仏壇前で、腹を斬る事になる。

一方、自宅に運び込まれた新之丞を診察に来た医者玄斎(大地康夫)から、薬はむせぬように口移しで飲ませるなど諸注意を受けた加世は、一両日中には、意識が戻るだろうと聞かされ、懸命に看病を始める。

三日後、母親を連れて湯治に言っていたので、来るのが遅れたと言う叔母の以寧(桃井かおり)が見舞いに来る。

おしゃべりなその叔母の帰宅を見送った後、新之丞の元に戻って来た加世は、やっと帰ったか、うるさくて叶わん、あのおばさんは…と、呟く新之丞の言葉に驚く。

三日振りに、新之丞が意識を取り戻したのだ。

喜んだ加世は、ただちに重湯作りに台所へ向うが、床の中の新之丞は、開いた目の前に手を出してみて、目が見えない事に気づく。

食後、加世は徳平に、どうも主人の様子がおかしいと呟く。

いつもは、真直ぐ、自分の目を観て話す新之丞が、食事の時、一度も自分と視線を合わせないと言うのだ。

茶を持っていった時も、湯飲みをお盆に戻す時、角に引っ掛けてしまい、思わず舌打ちする新之丞を観て、目が見えないのではないかと問いかけた加世に、新之丞は、実は、表が明るいか暗いか程度しか分からないのだが、お前を心配させまいと思って黙っていたと告白する。

それを聞いた加世は、自分はあなたの事を心配したいのだと泣き出す。

すぐさま呼ばれた玄斎は、一応目の薬も渡して帰りかけるが、その際、加世だけに、アカツブ貝の毒には失明の恐れがあり、もはや目の回復は諦めるか、神仏に頼る他はないと告げる。

しかし、加世は、その事を新之丞には教えず、ひたすら薬を飲まし続け、励ます決意をする。

一方、新之丞失明の噂は、すぐさま、かつての毒味役仲間にも広がり、今度の生活すら見通しが立たないその不運に同情する声が上がっていた。

加世は、お百度参りを欠かさぬ毎日となるが、ある日、その帰り道で、番頭・島田藤弥(坂東三津五郎)に声をかけられる。

昔、彼が道場に通っていた時分から、寺子屋から帰る少女時代の加世の事は良く見知っており、今回の御亭主の不幸で、今後、生活面も含め、何か困る事があったらいつでも相談に乗ると言う挨拶だったが、加世は一応頭を下げるだけで見送る。

その後、帰宅した加世は、徳平からいきなり詫びられる。

新之丞からきつい表情で目の事を聞かれたので、思わず、本当の事を話してしまったと言うのだ。

何時かはこの日が来ると察していた加世は、慌てず、縁側で飼っていたつがいの鳥の声を聞いていた新之丞の前に進み出ると、今まで黙っていた事を謝罪するが、真実を知らされた新之丞のいら立ちは、その態度に徐々に表れるようになる。

夜中に床の間をうろつく新之丞に気づいた加世は、徳平を起こして様子を見に行かせるが、刀はどうしたと捜しているらしい。

徳平が、納屋にしまったと言うと、すぐもってこいと声を荒げる。

しかし、それを命じたのは自分であり、刀を持たせる訳にはいかないと加世は必死で答える。

加世が予想したように、新之丞は俺は死ぬと呟く。

一生、誰かの助けを借りねば生きていけず、その内、お役御免になるだろうから、そんなみじめな生活を送るくらいなら死んだ方がましだと言うのである。

お前もその内嫌になると言われた加世は、孤児だった自分を、こちらの両親に拾われ、ずっとあなたの側にいて、やっと夫婦になれたのだから、あなたが死ぬのなら、自分も後を追って死ぬと言い放つ。

その後、夏の最中に、親戚一同による新之丞の今後の身の振り方に関する相談が行われ、加世も出席する事になる。

出席した親戚たちは、どこも自分の所で新之丞を引取るのはたまらないと言う顔をしている。

せめて、今の半分の食い扶持でもいただければと、淡い期待をかけるものもあったが、かつては、城代家老だった服部と言う人物がいたが、その人物が亡くなって以降は、全く、相談できるような権力者との縁がなくなったと、大叔父が愚痴る。

加世が、自分が働くと言い出すと、うちの親戚筋から、外で働く女を出すなどとんでもないと猛反対。

誰か力になってくれそうな相談相手でもないのかと大叔父から聞かれた加世は、実は、番頭・島田藤弥様からお声をかけてもらった事があると言う話を渋々披露すると、すぐさま、そのお言葉に甘えるべきだと言われるが、加世の気は重い。

後日、その大叔父がやって来たので、今後は自分の事等お見限りを…と、自ら申し出た新之丞だったが、相手の用向きは意外なものだった。

大目付が、三村家の家名存続、今の30石と言う家禄もそのままで…と言ってくれたと、伝えに来たのだと言う。

お役御免かと思われただけに、この厚遇は感謝すべきものであったが、その礼をする為、明日、登城せねばならなくなった事には、ちょっと新之丞も気が進まなかった。

皆の好奇の目にさらされる事になるのは、明らかだったからだ。

しかし、何とか、周囲の人の気配ぐらいは分かるようになっていたし、もう死ぬのは止めたからと言って、刀も、床の間に戻させるのだった。

翌日、久々の紋付袴姿で登城した新之丞は、山崎に手を引かれ、かつての同僚たちに声をかけられながら、殿のお言葉を頂戴する為に、蚊に喰われながら、廊下の外で待ち受ける事になる。

やがて、その廊下を通りかかった殿から頂戴したお言葉は「大儀」の一言だけだった。

翌日、加世が不在の折、おしゃべりな以寧が、息子を連れて又、新之丞の家にやって来る。

彼女が言うには、近頃、御茶屋通いなどと言う悪い遊びを覚えた亭主が、染川町で、見知らぬ侍と連れ立って茶屋に入る加世を目撃したらしい。

そんな下世話な話をわざわざ自分に密告に来た叔母の下劣さを嫌い、新之丞は彼女を追い返すのだった。

しかし、その叔母の言葉は、重く新之丞の心に留まり、彼を不機嫌にさせていた。

ある日、いつものように出かけた加世を、新之丞から命ぜられた徳平が後を付けていた。

先祖の墓参りをする加世の姿を盗み見していた徳平は、主人の猜疑心に呆れていたが、やがて、その加世が、「花井」と言う茶屋に入るのを驚きの目で見る事になる。

その後、その店には、島田が入って行く。

先に帰宅した加世は、遅れて戻って来た徳平を裏に呼出すと、今日、自分を付けて来たのは、主人の命令だろうと問いただす。

彼女の方でもとっくに気づいていたのだ。

しかし、徳平は、今日見た事は悪い夢だと思うので、あれは他の方だったと、御主人には報告するつもりだと答えるが、それを聞いた加世は、来る時が来た、隠しおおせる事ではないのでと言うと、自ら新之丞の元に行き、島田との事を告白しはじめる。

親戚一同から、島田に力を借りろと言われた彼女が、土産持参で島田を訪ねた所、亭主の家禄を減らさぬように力口添えしてやる代わりにと、その場で強引に身体を奪われたと言うのだ。

ニ度目からは、主人に言うぞと脅かされ、無理矢理、逢瀬を続けさせられたとも。

それを聞いた新之丞は、褄を寝取られて保持した家禄で、自分は喜んでいたのかと自嘲すると、俺の知っている加世は、もう死んだ、お前はもう加世ではない、たった今離縁したので出て行けと命ずる。

どこにも、身寄りも実家もない新造をどこに行かせるのかと止める徳平だったが、覚悟していた加世は、自ら、雨の中、家を出て行く。

追い出した新之丞の方も、雷光の中、涙を光らせていた。

翌日から、庭に出た新之丞は、止めようとする徳平を無視して剣の練習を再開する。

新之丞は、コウモリは何故、暗闇の中を、勝手気ままに飛び回れるのかと独り言を言う。

剣の師匠である、木部孫八郎(緒形拳)の道場を訪ねた新之丞は、手合わせを願い出るが、その太刀筋が生きていると驚かれる。

師匠は、新之丞の気迫に異変を察し、何があった?誰かを斬りたいのか?と尋ねるが、新之丞は答えない。

そんな新之丞の気持ちを汲取った師匠は、目の不自由な者が真剣勝負をするなど狂気の沙汰だ、相手は何をするか分からぬと忠告するが、新之丞の気持ちは揺らぎもしない様子。

事と次第では加勢してやっても良いとまで言い、事情を聞こうとする師匠だったが、それに対し、新之丞は「武士の一分としてやらねばならない」と、答えるのみ。

そんな新之丞に対し、勝機があるとすれば、お前が死ぬ気で、相手が生きようとする執着心があった時だけだろうと教える師匠。

後日、新之丞は、久々に家を訪ねて来た名崎から、家禄を今のままでと決定したのは、殿直々の判断であり、自身の出世の事しか考えていない島田が、口添えをするはずがないと言う意外な言葉を聞く。

加世は、島田に騙されて身体を奪われたのだと悟った新之丞は、すぐさま徳平に島田屋敷に向わせると、「明日の午の刻、馬場跡の河原で待つ、盲人だからと思い、侮りめさるな」と伝えさせるのだった。

それを、徳平から直に聞いた島田は、自分は、江戸小石川の道場で、柳生新陰流の免許をもらった者だと知っていての果たし状なのだろうなと、叱りつけて追い返す。

帰宅して、必死に主人を止めようとする徳平だったが、又しても新之丞は「これは武士の一分に関わる事なのだ」と言うのみ。

死ぬのは覚悟の上だと続けた新之丞は、今の内に礼を言っておく。幼い頃から、わがままばかりを言ってやりたい放題だった自分に良く仕えてくれ、いつもすまないと思っていた。長い間、世話になったと、徳平に頭を下げるのだった。

翌日、徳平に馬場跡の河原に連れて来られた新之丞は、川と馬小屋の位置関係を教えてもらった後、達者で暮らせと徳平を追い払うが、徳平、馬小屋の陰に隠れて様子を見ている。

そこへやって来た島田は、加世とは離縁したそうだから、それですんだはずではないかと声をかけて来るが、手込め同然にした者を生かしておけば、武士の一分に背くと新之丞は答える。

それが上司に対して言う言葉かと激昂した島田だったが、もうお前は、上司でも侍でもないと新之丞は叫ぶ。

剣をかじわした島田は、思わぬ相手の強さに、目が見えるのか!と驚くが、盲人だからと思い、侮り召されるなと申したはずと新之丞は冷静。

相手の動く気配は足音等で何とか察していた新之丞だったが、その内、強い風が吹いて来て、相手の足音も遠ざかってしまう。

新之丞、しかし、慌てず、無心の境地に立とうとする。

裏から廻り込み馬小屋の屋根に登った島田は、全く見当違いの方向を向いている新之丞の側に、刀の鞘を投付けると同時に、飛び下り様斬り掛かろうとするが、一瞬早く降り向いた新之丞によって、左手を根元から斬り降ろされる。

思わず新之丞に近駆け寄って、声をかけて来た徳平から、倒れ付している島田の様子を聞いた新之丞は、とどめを刺す事もなくその場を立ち去る。

その後、自宅に訪れた山里から、何者かに腕を斬られた島田が自害して果てたが、何も言い残さなかったので、いまだに誰に斬られたのか分からず終いで終わったと、新之丞は聞かされていた。

誰も、その相手が、目が不自由な新之丞であろうとは気づくはずもなかった。

新之丞、城から呼ばれた場合は、腹を斬るつもりだったのだ。

帰る際、山里から、鳥かごのつがいの鳥の一匹が死んでいると聞かされた新之丞は、徳平に穴を掘って埋めさせるが、その徳平から、いつも自分のまずい飯ばかり食べさせるのは申し訳ないので、飯炊き女を雇っても良いかと聞かれたので、そんな事はお前に任せると答えながら、もう一匹の鳥を鳥かごから逃してやり、空になった鳥かごをたき火の中に置くのだった。

夕食時、新之丞は、自分が間違っていた。

あの時、加世の後をつけさせるなどしなければ、その加世を追い出す事も、島田を斬る事もなかったはずだと後悔していたのだ。

しかし、何も知らなかった方が良かったのだろうか?と自問しながら、飯を口にしていた新之丞は、これはお前が焚いたのか?と徳平に問いかけて来る。

いえ、今日雇った飯炊き女が…と答えながら、芋がらの煮つけを差し出すと、それを口にした新之丞は、その飯炊き女をすぐここに連れて来いと命ずる。

煮つけの味を忘れるはずがなかった。

茶をくれとその女に頼んだ新之丞は、茶碗を差し出した加世の手を握りしめ、良く帰って来てくれたと心から囁く。

そして、又、鳥かごを買わねばな…と頼む新之丞に、涙ながらに徳平は「つがいの小鳥も…」と答えるのだった。

 

▼▼▼▼▼個人的なコメントはここから下です。▼▼▼▼▼

「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」に次ぎ、藤沢周平原作・山田時代劇三部作の末尾を飾る作品。

前二作も、どちらかと言うと地味目な人情ものだったが、地味さと言う点では、最後のこの作品が、筋立ては一番地味かも知れない。

その分、夫婦の愛情が、きめ細やかに描かれており、大人向けの落ち着いた作品に仕上がっている。

その地味さを補うように、華のあるキムタクが悲劇の若侍を好演している。

クライマックスの剣劇シーンも、派手さこそないが、印象に残る名勝負になっている。

妻役の檀れいも、嫌味がなく、好印象を受けた。

時折、交えられるユーモア表現も適格で、美しい四季の自然描写等と合わせ、完成度の高い画面を見せてくれる。

途中、何ケ所かに挿入されたCG表現は自然で、おそらく、大半の観客は気づかないのではないだろうか。

味わい深い名品だと思う。